第四使徒殲滅。その報告は極一部を除き吉報としてネルフ内を駆け巡った。
 極一部、即ち発令所に居たメンバーだが、実は依然として稼動状態にはない。殲滅された発令所が動かないにもかかわらず初号機がケイジに格納されているのはひとえに整備班のおかげだった。
 彼らが命令を受けていないにも関わらず機器を動かし、初号機を格納させたのだ。それは珀夜とのやりとりや教育に影響されているともいえる。
「よく帰ってきた!」
「てめぇら整備をとっとと終わらせろ!今日はボウズと打ち上げだ!」
 そもそも根本からして結構ノリの良いヤツらなのだ。
 初号機の肩に乗り一緒にケージまで降りてきた珀夜もくすくすと笑っていた。

 だがエヴァの頚椎が火を噴きエントリープラグ内部が見えるほどに破壊されたとき、珀夜の目と思考が戦闘モードに切り替わる。
 頚椎から火を噴いた後のエントリープラグにはシンジの姿が見られることは無かったのだ。







新世紀エヴァンゲリオン――時の迷い子

第肆話――雨、逃げ出した後

presented by 神凪珀夜様




 格納完了報告ついでに爆破事件途中経過を受けるに至ってようやく発令所も動き出す。
「ぱ、パターン青消滅、第四使徒殲滅を確認……」
 しかし作戦と呼べるかどうかはともかく、戦闘は終了。すでに初号機も回収されている現在に於いては只の間抜けな報告だ。
 オペレータの声と空調の音のみが響く発令所に圧縮空気の抜ける扉が開く音が響いた。
「し、シンジ君……」
 そう、シンジだ。俯いて顔が見えないが……先程ではないとはいえ、雰囲気はエヴァに乗っていたときのあの雰囲気を思い出させる。あの時は機械越しで心臓を捕まれたと感じた。今は若干軽いとはいえ直接逢見えているのだ。リツコにオペレータsはすでに見動きがとれなかった。

 動くのは只一人。いつまでも雰囲気が読めないのか。
「何やってるのよあんたは! 戦場は子どもが遊ぶ場所じゃないのよ!
 命令違反によりサードチルドレンを拘束、3日間の独房入りとします、保安部! 連れて行きなさい!!」
 ミサトがのたまう暴言にも顔を上げない。もちろん保安部も身動きがとれず、ミサトの命令(?)には反応できなかった。
 誰もが反応しない。沈黙がしばらく続いた後、唐突に声が響いた。
「…死ぬ覚悟はできましたか?」
「え?」
 シンジの声が発令所に鳴り響く。その声はまさしく神事シンジ。威圧感、存在感など計り知れないほどに重い。何よりも、軍事教習を受け、さらに経験を実地で受けているはずのミサトが、シンジを前に一切の動作を封じられたのだ。……声だけで。
 そう。シンジがネルフを、発令所を、ひいては葛城ミサトを敵であると認めた瞬間、歴史が変わる瞬間だ。
 敵であると認めた以上、シンジは手加減も容赦もしない。
「心配しなくても、一瞬で消滅させてあげます。……寂しくなんて無いように発令所ごとね」
 右腕でミサトを指し示し……そして…
≪踊れ 焔の姫
 舞え 紅の皇
 我願うは彼の者の消滅なり 【Load of Ver...≪【Spell Breakerスペルブレイカー】≫≫
「そこまでだ、シンジ」

 シンジの後ろ、つまりは扉から声が鳴り、シンジとミサトの間に人が立っていた。珀夜だ。
「先生…! どいてください!!」
「言ったろう、そこまでだと。何のためにキャンセルしたと思っている」
「でも…!」
 この状態でシンジが素直に聞くとは思えない。が、そこは保護者の役目、時間と力を使ってでも抑える気でいた。
 事実、その威圧感は先程のシンジの比ではなく、珀夜自体も戦いを前提に構えを取っている。
 ほんの十数秒の師弟対決。直接気を向けられた訳ではないにも関わらず、オペレータ3人のうち1人は完全に失神している。だがそれは幸せだったのかもしれない。すぐに終了することになっても、だ。
 そして珀夜もすぐに攻撃する気が無いと取ったのか構えを解いた。
「とりあえず頭を冷やせ……いいな?
 で、そこの牛娘。私に言うことがあるようだが?」
 軽甲冑に付くマントを翻し、珀夜は今度こそミサトと対峙する。
「う…う、うるさいわね、今はサードチルドレンと話をしているのよ、そこをどきなさい、このバケモノ!」
 この威圧感を前に声を発することができるのはある意味賞賛に値する。もちろん、それだけ空気が読めないという意味で。珀夜の後ろではまたしてもシンジが行動しようとしていることに気付いていないのだ。そんなシンジを片手で合図する。
 もちろんミサトの仮初めの気力程度では珀の気は揺るがない。まさしく格の違いだ。
「それをしてしまえば保護者失格、そして本来私に向けられるべき感情を別の者にぶつけ、さらには人間失格だな。
 さて、シンジへの用件を聞こう。内容によっては上のデカブツと同じ目に遭うと知れ」
「……」
 シンジの気が児戯に感じるほどの威圧感…。杖はミサトを向いている。即ち、攻撃態勢にあるということ。
 圧倒的な殺意にミサトですら放心し、直接戦闘に関わることのないリツコやオペレータsは意識を完全に手放している。直接見ているわけではない、司令席の冬月ですらすでに立つことは叶わず、手を突いてようやく起きているのがやっとの有様だ。
 直接戦いに関わることのある保安部諜報部にしても、一流どころでようやく立っているのがやっとなのだ。国連直下の大組織がたった一人の個人に、文字通り気圧されている。
 10秒、20秒。誰も何も発しない。いや、発することができなかった。
「用はないのか?ならばこれで失礼させていただく。
 副司令、後ほど挨拶に伺う。そのおつもりで」

 もっとも、誰も聞いていない。いや、発令所作業フロア最下層に居た者とMAGIは声だけ聞こえたか。
 気を霧散させ、珀はシンジの頭を撫で付けた。それは、子をあやす親と同じ姿。
「シンジ、いくぞ」
「…はい」
 明らかに納得していない。そんな声、そして顔。
「そんな顔をするな
 今日は整備の人たちが来るそうだからな。お詫びもかねてとは言っているが、お前が居なければ家のことなど手に負えん」
「…先生が家事しているところ、もう一度見てみたいですよ?」
 くすくす…
 願いは叶わずとも、彼らに幾許かの幸あらんことを。

 ファーストチルドレン、綾波レイ。
 特務機関ネルフに所属するエヴァンゲリオン零号機専属パイロット。
 その過去は全て――
「抹消されている、ねぇ」
 抹消されているのではなく、白紙で居てもらいたいの間違いだろうと毒づく。いくら"我が道でなくともロードローラーで均してむりやり進む"珀夜とはいえ、ここまで何も無いものをどうこうはできない。まぁ彼の場合はもうきれいなぐらいに無色透明から色を作り出して個性を引き出してしまうのであって、実際サキエル戦後レイを秘密裏に引き取っていたりする。
「今はまだ第八圏 第五の嚢謀略者か。彼の者でも第九圏 第四の円の中心いきつくところまで行かなければ良いが……」
 誰のことを指すかはいうまでもない。ゲンドウのことだ。

 ちなみに、第九圏 第四の円ジュデッカの中心には魔王サタンが幽閉されている場所であり、サタンとは熾天使ルシフェルが堕天した姿だとも言われている。
「まぁ深くは考えまい。
 ならば、謀略者らしく火焔ほむらに包まれてもらうとしよう」
 壁に貼り付けられた白き巨人を見上げ珀夜はわらう。
 彼が目にしているのは白き巨人か、果たして……

 日は改まり第四使徒戦から3日。2日間の緊急休校を挟んで戦闘後初めての登校日になる。
 ――もっとも土曜なので午前終了してしまう。
 そしてそんな日の学校はよほどのことがないなら平和なのだが、ここ第三新東京市はそのよほどのことが起こる都市だ。もちろんその事件に巻き込まれたというか、巻き込まれにいった二人も居る。当然……
「シンジ!すまんかった!」
 こうなるわけだ。

 土曜の放課後とはいえ、周りにクラスメイトが居るにもかかわらずトウジは土下座を続けた。
「トウジ?! どうしたの?」
「すまんかった!シンジ!」
「いや、前後並べ替えただけじゃ分からないって…」
 ある意味滑稽な図だが、苦笑している本人には実に切実だ。このままでは埒が明かないと、謝り続けるもう一人の友人に声をかけた。
「ケンスケ、どういうこと?」
「いや……。
 …俺たち、この前の戦闘のときにな。興味本位でシェルターの外に出たんだよ」
「え?」
 また? と言いそうになるが無理矢理押し込み、そのままケンスケに続きを促す。
「もちろんというかなんというか、ネルフに捕まってな。
 そこでこってり絞られたよ。戦いのこともそうだし、シンジのこともきいた。
 …すまなかった、シンジ」
 ケンスケの言葉が続くが、この間トウジは土下座のままだ。
「……怪我とかしてないよね? トウジもケンスケも。
 自分が選んだことで僕が怪我をするならともかく、友達を傷つけるなんて最低だからね。次は出てきちゃだめだよ? 僕だって足元気にしては戦えないからさ」
 ほら、エヴァってあんなにおっきいだろ? そう続ける。
「シンジ…」
 トウジを無理矢理立たせ、トウジとケンスケの顔を覗き込む。
 二人がみたシンジの顔は、何かを考えるような明らかに意識がココにはなさそうな顔だった。
「でもおかしいなぁ。僕エヴァのパイロットにはなった記憶はないんだけど?
 ケンスケ、僕のことネルフはなんていってた?」
「エヴァのパイロットだって聞いたぜ。違うのか?」
 ケンスケの言葉にシンジが頷いた。
「うん。パイロット操縦者には違いないけれどネルフ職員じゃないんだよ。ただの外部協力者。
 だから僕にパイロットにさせてくれって言ってもダメだからね?」
 驚愕を顔に貼り付ける二人をよそに、シンジはくすくすと笑う。ネルフは一般人に、子どもに何をさせているのだ?
「ま、それでもネルフのことだし僕がパイロットだって公表するんだろうけどね。
 一応知っておいてほしい。僕はパイロットなんてやる気はないんだ」
「なんでだ? 巨大ロボなんて男のロマンじゃないか!」
「ロマンかどうかはともかく、そうやって勝手に祭り上げられることがいやだってこと。自分がやるって言った上での立場ならともかくね。
 ケンスケだっていやだろ? 自分が何もやってないのに犯罪者に仕立て上げられたら」
「そんなの当たり前じゃないか!」
 犯罪者は無いだろうが……それに気付かずケンスケは叫ぶ。 
「僕にとってエヴァなんてものはその程度のものだってことだよ。
 あっちが協力してくれと頼みに来るなら良し、今のところあーしろこーしろって命令するだけだからね」
 2戦と実験数回。これまでに命令は数多くされた――がほとんどを無視している――が、お願いされたことは片手で数える程度のグループ数しかない。さらに決まってシンジと直接かかわりのある、地位の低い者のみがお願いしにくるのだ。
「……なるほどな」
「僕はネルフをみんなが言うほどには信用していないんだ。
 だからこそ言うけど、ネルフには…気をつけて」

「ようやくお戻りか、総司令殿」
 所変わって司令室。結構趣味の悪い、暗く広いだけの部屋。
 零号機軌道実験の当日、珀夜は幽霊屋敷司令室に足を運んでいた。
「貴様は……どうやって此処に入った」
 ゲンドウが呻く。
 司令室はゲンドウが権力に物を言わせ、二重どころか、三重のセキュリティ+完全にゲンドウのみがコントロールできる扉を一つと、MAGIを操るリツコですら勝手に侵入はできない個室だ。その中に、何故か珀夜がいる。それはゲンドウにとって恐怖に等しかった。
「些細なことだな。電子機器であっても私には無意味だよ。
 さて最初の契約内容にあったとおり、協力関係の破棄を伝えに来た」
「なんだと!」
「では確認しよう」
 今回は第2項と3項だと言い、珀は手に持つ契約書を掲げる。ちなみにネルフとシンジ・珀夜が結んだ契約にはこうある。

 1、碇シンジおよび神凪珀夜を外部協力者として扱う。これに伴い両者は対等であることを認め、一方への強制的な命令は禁止される。
 2、(1)で挙げた項目をネルフ内外を問わず適用するよう、ネルフは尽力を尽くす。
 3、この条件は神凪 珀夜、碇 シンジ両名に適用され、碇 シンジに適用される場合は碇 シンジへの契約に上乗せとなる。
 4、この契約は国連が認める正当なものであり、契約には両当事者及び国連事務総長が認める2名以上の署名が必要となる。
 5、この契約の変更には、契約にサインしたものまたはその代行者全員の賛同が必要とする
 6、第三者による判断で契約破棄が明確となった場合かつ署名者の半数がその状況を認めた場合、当事者間の関係はすべて抹消される。尚第三者とは契約に署名を行ったもの以外でも構わず、その場合証拠を署名者に提出すること。以後永久に両者間の関係は抹消され、新旧問わず如何なる契約は無効となる。

 契約にしてはなかなかにあいまいで、契約としての範囲は広い。要請を承諾してしまえば、負けて戻ってくることも有りになる。また国連を巻き込むあたり強制力は大きい。だれかが証拠つきで報告、署名者が承認してしまえばそれまでだし、変更にもネルフ外の賛同を必要とする。つまりは老人会の耳に入る。
 もちろん契約書の複製は国連事務総長宛に送付というか手渡し済み。ちなみにこの事務総長、珀夜の旧友でもあり、某裏方暗躍部隊とは関わりがないことは彼自身が知っている。
 そして珀自身の手でゲンドウの手紙召集令状も同様に送付済み。不幸の手紙まがいの命令ともとれない電報と一緒に国連要職各員に送付したのだ。ゼーレ派が多い国連で、コレ幸いと事務総長は内部周知としてこの事実を徹底的に公布し、ネルフ、裏を知るものにはゼーレの評判をかなり貶めた。現在では数は少ないが質の高い事務総長派がネルフ・ゼーレ連合と拮抗を保っている。
 当然だがゲンドウは老人会からかなり追求を受けることになり、老人会主催36時間耐久愚痴レースを開催しているが、これまた別の話。
 ともあれそうした背景を知っているはずの総司令に更に言葉を連ねる。
「……Magiの監視下にあるこの町で民間のうわさ……諜報部の動きを知らぬとは言わせぬぞ」
 つまりネルフ自身によりシンジがネルフ職員だと広報されていると指摘したのだ。

「知らんなそんなことは」
 この期に及んでこうも言い切れるあたりはさすがだろう。契約は親ネルフ・反ネルフを問わず国連内部でも知れ渡っているというのに。
 第三新東京市はMagiが統括していることを珀が知らないとでも思っているのだろうか。
「そちらが知っていようが関係は無いのだよ、総司令殿。この件はすでに国連に報告、了承済みだ。
 よって私とシンジは今後ネルフには協力しない。力を持って制するならば我らも力を持って制させて頂くのでそのおつもりで」

 だが珀の宣言を副司令が止めた 
「まってくれないか」
「何ですかな冬月副司令」
 間違いなく懐柔策だろうとは踏んでいるし、ここで引き止めるのはそれ以外の何物でもない。
「今ここでチルドレンが離散されるのは困るのだよ」
「確かに。しかしネルフには2ndが居る。
 少なくともこの1月で召集する気配すらもないところを見ると使徒とはエヴァ1体でどうにかなるものなのだろう?」
 珀の言うことも当然だろう。正パイロット2名は怪我とドイツ。怪我は仕方ないとしても依然召集がかからないあたり、訓練なしの新パイロットでどうにかできると考えることができる。
 心構えができてはいるが満足に動けない怪我人と心構えができていないために満足に動けない新米兵士。どちらをとっても結果は変わりない。
「しかし2人居れば楽に殲滅もできるのだよ」
 道理だと頷く。
「確かに動けないパイロットが1人よりも、動けないパイロットが2人で望むほうが勝率は上がるだろう。
 だが忘れてはいないか? ネルフは初戦で勝率を完全に無視しているのだぞ」
 ちなみにシンジが指摘したことでもある。数日早ければ、と指摘したことだ。
「勝率が上がるからといってシンジをパイロットにすることには関係がない。本人が望むかどうか、肝要なのはただそれだけでありシンジはパイロット就任を拒否した。にもかかわらずパイロットとして動いてもらいたいからと外部協力者としてココに居たのだろうが。
 最も現在は綾波レイの怪我は完治とはいかずとも大方癒え、2ndもいる。たかだか2週間の、新着、ネルフ曰くパイロットでどうにかするより訓練された兵士で当たるのが当然とは思うが如何かな?
 まぁそれとは別にして1stの怪我の原因が総司令の暗躍とはいただけぬが」
「何のことかな……」
 その額には冷や汗がある。看破されると分かっていても強気で居たいのだろうが珀には無駄だ。
「しらばっくれるだけ無駄だぞ。状況証拠で十分だ。そもそも発令所にいたはずの司令が待機していたはずのレスキュー隊より早く実験場に着くこと自体が怪しいのだからな。
 そういうわけで、我々はこれで失礼させて頂く」
 その声を後に、珀はすぅ〜と音もなく姿を消していった。
「まて!」
「今後逢見えないことを祈っているよ」
 言葉の終わりには珀の姿は残っていなかった。見えるのはただ二人。
「…くっ」
「おまえ、そんなことをやっていたのか」
 冬月がゲンドウに問う。このことは冬月も知らなかったようだ。
「レイをオレに縋らせるには必要な処置だ。
 レイはこの計画には必要な道具、手放してしまっては計画倒れになりかねんからな」
「最低だな」
「今更さ、冬月、おまえもな」
 そして、彼女の時は動き出す。

「そう、だったのですね……」
「なに、レイ?!」
「あれは……司令の計画……
 絆は偽りだったのね……」
 室内には二人だけではなく、レイも居たのだ。
「答えろ、レイ。いつから此処にいた」
「初めから。珀夜さんと一緒に居た。今も」
「なんだと!?」
 その叫びと共に、再度珀が姿を現した。
 珀は部屋を出たのではなく、ただ姿を見えなくさせていただけだったのだ。姿が消え目の前に居ないと思い込んだことがネルフトップにとって裏目に出た。
「そういうことだ。残念だが、レイも貴様を知った。
 今後レイを自由にできるとは思わぬことだ」
 冷徹な珀の声。
「くっ…命令だレイ、こっちへ来い」
「……私はアナタの人形じゃないっ! 私はレイ、あなたが求めるファーストチルドレンじゃない!」
 同時にレイは走り出す。己が意思で生きるため、ゲンドウから離れるために。
「まて、レイ!」
 司令席から立ち上がる総司令を、珀が目線だけで止めた。
「それでは、本当に失礼させて頂くよ」
 身を翻し"歩いて"司令室のドアを潜った。
 後に残るのは老人二人。
「……策に溺れたな」
「くそっ!」

「レイ」
 コレで嫁も居ないのに二児の親か、といろいろ何かと問題があることを考える。
「珀夜さん……」
「つらいか?」
「……はい」
 何を当然のことを。というかこの環境に叩き込んだ本人が何を、とも思われそうだが、これが珀夜でもある。手法はかなり荒いが、いつか事例が挙がるだろう。それより話を進めておく。
「……以前、シンジはレイを人形と言ったことがある。覚えているか」
「はい」
「ならばもう一度聞こう。レイ、君は人形か」
 ミサトと対峙したときほどの威圧感ではないとはいえ、その気を放つ。体に響かない程度に。この状態ならば感情に任せた答えは見出せようもない。そしてレイも分かっているはずだ。
 次の言葉が、珀夜との誓約になることに。
「私は、人ではないけれど、ヒトでありたいと思う。
 以前の私は、碇司令に言われるままの人形だった。けど、これからはヒトでありたいし、そう見てもらいたい……
 私自身を知らない私だけど、これから知っていければ良いと思う」
 上出来。このレイの言葉に対する珀夜の評価はかなり高い。
 以前から少しずつ意識改革をしていたとはいえ、ここまでの言葉を引き出せるとは思っていなかったのだ。
「よかろう、ならば私も誓おう。
 レイ、君をヒトにするのは君自身だ。だが君が望む間、降りかかる災厄はすべて振り払うことを」
――遥かむかしに捨てた名と。
――現在いまこの時に持つ名に掛けて。

 魔術師の名に掛けた誓い。
 それは己の存在を掛けた、命よりも重い誓約。
 それだけ名前を掛けるというのは重いこと。

 名前は真名まなに通じ、真名はマナに通じる。
 マナを操り魔法を操る魔術師にはまさしく自身を賭けた誓いとなる。
 今のレイには理解できようもないが……。

 粛々と歩を進める二人。ジオフロントに出たところで二人を迎える声が響いた。
――せんせー!
 当人はまだ道の向こうだがすぐに近づくだろう。彼もまた魔術師だ。
「はぁ……やっとついた。
 あれ、レイ? 先生とどうしたの?」
 くすっ。
 レイの微笑みは今のこの状態を表している。一時の平和、それが三人を包んでいた。
「なんでもないの」
「家に帰ってから説明してやろう。
 とりあえず、帰ろう。」
 何か結託されているようで気にはなる、が珀は約束を違えた事は無いことを思い出す。とりあえず帰ってからでいいかと返事を返した。
「はい、せんせ――」
 だが、平和はすぐに崩される。一部の愚か者の策略で。

 後に不破城と称される要塞。
 第五使徒、ラミエル襲来。

Write by: 神凪 珀夜
Homepage: 徒然草

To be continued...
(2008.04.19 初版)
(2008.04.26 改訂一版)


(あとがき)

なんか短い。くそぅ。珀夜です。おひさしぶりです。
本編ではシンジと珀に焦点を絞っているため、1〜3話に比べるとなんかボリューム少ないです。

今回の裏話。
最初のほうに第八圏 第五の嚢謀略者第九圏 第四の円ジュデッカが出てきました。
これはダンテ・アリギエールの作品である『神曲』、地獄篇インフェルノからの出展です。
それぞれ

・第八の嚢 謀略者 - 権謀術数をもって他者を欺いた者が、わが身を火焔に包まれて苦悶する。
・第四の円 ジュデッカ Judecca - 主人に対する裏切者 (イエス・キリストを裏切ったイスカリオテのユダに由来する)
・地獄の中心ジュデッカのさらに中心、地球の重力がすべて向かうところには、神に叛逆した堕天使のなれの果てである魔王ルチフェロ(サタン)が氷の中に永遠に幽閉されている。

という内容になります。
ではまた次話で会いましょう。


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