第五使徒の襲来。それはネルフに、とくに上層部に大きな衝撃を与えた。
 時はすでに夕刻を過ぎ、常闇が世を支配する時間。
「碇、まずいぞ」
「……問題ない」
 そんな訳は無い。零号機起動実験すら先ほどの騒動で進んでいないということは、今のネルフの戦力は0であることを意味する。ただでさえ先の事件でチルドレン二人が離反しているのだ。
 にもかかわらず問題ないと言い切るこの男の気は知れない。
「何が問題ないのだ!
 使徒が攻めてきているのにもかかわらずこちらが保有する戦力はないのだぞ!」
 冬月さんには是非精神科をお勧めしたい。ゲンドウの振り回しぶりで神経病の診断されること間違いなしだ。
「……レイを呼べ」
 そして厚顔無恥とはこのことを言う。先の騒動をもう忘れているのだろう。
「呼べるのなら苦労はせんわ!」
 まったくもってそのとおり。

 だが、やはり神は運命を弄ぶものである。







新世紀エヴァンゲリオン――時の迷い子

第伍話――レイ、心の向こうに

presented by 神凪珀夜様




 プシュッ
 軽く空気の抜ける音と共に発令所の扉が開く。
「ふむ、使徒だな」
「ココまでこなくてもわかりますよ、というか何故ネルフなんですか」
「サードチルドレン(シンジくん)!?」
 そう、現れたのはシンジと珀夜だ。ちなみに後ろにはレイも付いてきているため、ネルフの戦力であるエヴァパイロットが全員そろった形になる。
 そうなると当然ながらミサトはこのまま落ち着くはずもない。使徒が来ているなら撃退する、それがネルフの存在意義であり、さらにその言葉に"ミサトの手によって"と付け足せばミサトの存在意義にもなりえるからだ。
 パイロットを見つけて更に熱くなったミサトが叫ぶ。
「なにやってるのサードチルドレン、出撃よ」
「だってさ司令殿。"新"サードチルドレン召集したら?」
 軽くスルー。
「……サードチルドレンは貴様だ」
 こちらもスルー。世の中スルー力は結構大事ではあるがさすがに問題があるかもしれない。更に空気を読まない作戦部長ミサトが追い討ちをかけた。
「乗りなさい、アナタはエヴァに乗る義務があるの! レイも行きなさい!」
 だがシンジもレイもそんな恫喝におびえることはない。
「拒否します」
「僕はそんなものサードチルドレンになった覚えも記憶もない」
 二人ともそっけない。良い傾向だ。
 シンジは左手を握り締めミサトに向ける。そのまま言葉を続けた。
「そのことは国連事務総長に通知済みだと聞いたんでしょ、司令殿? 貴方たちは僕にもレイにも命令する権限は無いんだ。
 しかも……忘れたのか貴女は。貴女は僕の敵だということを……」
 シンジの目が妖しく光る。珀夜の手前、暴走することは無いだろうが、手も姿勢も、攻撃に走りたくてウズウズしているように見える。
 もちろん、そんなシンジの様子を伺うような作戦部長では、ない。
「そんなことは関係ないの。
 アナタはエヴァに乗り、私の指示に従う義務があります!」
「だが断る、というかそんな義務は無い」
 当然といえば当然だ。つーか、話を聞いていなかったのだろうか? ゲンドウも、同じく唸る
「……貴様」
 ミサトやゲンドウにとっては契約や敵対云々はどうでも良いのだ。
 ミサトの場合、使徒を"自らの指示により倒す"ことが重要であり、ゲンドウにとっては使徒殲滅は単なる過程にしかすぎない。そのためにはチルドレンは彼らの道具となる必要があったのだが、それは詮無いこと。
「そんなことは関係ないのよ! さっさと初号機に搭乗しなさい!」
 叫びと共に腰から拳銃を取り出しシンジに向ける。オペレータ3人衆とリツコの動きが止まった。
 そしてさすがに撃ち込みはしないだろうと踏んではいるのだが、家族の危機(?)のため親である珀夜が動きはじめる。ゆっくりと。同時にシンジの怒ゲージ堪忍袋の緒は限界に達した。
「……死にますか、今、ここで」
「乗らないならアンタが死ぬだけよ」
 シンジもミサトも、互いに容赦はない。先の騒動を完全に忘れたらしいミサトに、シンジは完全に敵対しているのだ。
 そのシンジを、珀夜は腕を振って押さえ話の主導を奪う。
「おちつけというに。 さて作戦部長殿? 初号機に乗るのは死体でも構わないとでも仰る気か?
 そうなると身体だけあれば良いことになるな。シンジ、髪の1本や2本くれてやれ。ネルフのことだ、クローンぐらい作るだろう」
 その言葉にレイがおびえる。そのレイの頭を珀夜は撫で付けたところで更に言葉があった。
「エヴァはクローンでは動かないわよ、ミサト。本人の意思があって初めて動くのよ?」
 当然、リツコだ。暗に銃を下ろせと言っているのだが、それが分かる作戦部長ではない。
「ふむ。にもかかわらず銃を向ける。この組織はバカばかりか?」
「あ、あなたには関係ないでしょう!」
「関係あるからこの子たちの保護者をしているのだ。もう一度聞く、エヴァを操縦できるシンジを殺して使徒への対抗手段を無くし、貴様も死ぬというのだな? 貴様の目的もすべて失って殺されるだけを待つというなら引き金を引くが良い」
「うぅ……」
 珀夜の言うことは明確だ。使徒を倒すための機関が使徒を倒せるパイロットを排除する。こんな矛盾など他では見られるものか。

 そうしてミサトが戸惑っている間に、発令所の司令席から指示が飛んだ。
「もういい、臆病者は帰れ! レイ、出撃だ」
 だが、すでにレイの心はゲンドウから離れている。
「……拒否します」
「レイ、命令だ」
 珀夜によって色付くこと自立することを覚え、言われるがままだったあの頃のレイとは確実に変わっている。
 そのレイを命令で以て押さえつけることはもはや不可能だった。
「いや、です」
「レイ!!!」
「私は、あなたの人形じゃ、ない!」
 以前の、命令には従うレイではないのだ。

 その後ろというか前というか。司令席とミサトの間に立つシンジと珀夜が話をしている。
「シンジ、おまえ臆病者だそうだぞ」
「僕じゃなくてあの髭ですよきっと」
 のんきといえばのんきだが、これが彼らの本来の姿だ。Going my Way我が道を行く。まさしく風のままに気ままに生きる姿。
 そんな二人がレイのそばに着いていたのだ。たった1ヶ月、されど1ヶ月。レイの心は少しずつでも確実に成長している。もはやレイですらネルフ、ひいてはゲンドウに従う気を無くしていた。ほんの少し世界を知ったレイですら拒絶する組織、ネルフに転落している。
 そしてとどめに珀夜。
「さてどうする? ネルフが保有するエヴァが2体だが、2名のチルドレンが業務内容に不満を持ち離脱。ああ、レイへの虐待資料も国連に送付してありますので言い逃れはできんぞ」
「「なんだと!!」」
 当然、ゲンドウと冬月が反応した。ちなみにオペレータsは虐待資料で反応していたりするがそれは些細なこと。
 その反応を見て、珀夜が更に続ける。
「あなた方の選択は2つだ。
 シンジとレイに協力要請をする。或いは放置する。さぁどうする?」
「先生、まだまだありますよ。エヴァを使わずに倒すとかさっさとサードインパクトを起こすとか」
 ホントウのインパクトじゃないけどね、と内心舌を出しているシンジが居る。だがネルフ職員には驚きの発言だ。もちろんそれに反応したのが1人いた。
「なんですって! サードインパクトを起こせば人類は滅びるのよ!?」
 頭から湯気を出す、リツコの発言だ。
「なぜ滅びると言い切れる。インパクトで滅びるというならばなぜファーストとセカンドで何故滅びなかった?
 ファースト、セカンドと同様、単なる爆発だというなら発生地であろう第三新東京市からさっさと逃げれば良い。あとは海に近づかなければ良いだけだ」
 珀夜の言葉にだれも何も返せない。地獄とすら思えたセカンドインパクトですら人類は滅びなかった。ならば何故サードインパクトなら絶滅するというのか。
「あなたも死ぬのよ」
「どうやって。使徒が此処を目指すならインパクトの中心は此処なのだろう? 私はさっさと逃げ出すさ、ちょうど地球を通して反対側のアメリカにでもな」
 まぁ正論だろう。だがその正論も、感情で受け付けない人間だって居るのは確かだ。

「使徒は倒さなければならないのよ!」
 その感情で受け付けない人間の一人、ミサト。
「何故?」
「使徒がサードインパクトを起こすからに決まってるでしょ!」
 話を聞いていなかったのか? あからさまなため息と共に珀夜は無視を決め込んだ。
「さて司令殿」
「こら無視するな!」
「……シンジ、頼む」
 束縛を。もちろんシンジは言葉に出さずとも、これくらいは空気を読む。
「ん〜!!!むーー!!!!!」
 どこから持ち出したか、荒縄で見えるのは口から上だけと全く身動きが取れない状態にまで束縛。その様子は確認せず、珀夜は再度問いかけた。
「司令殿、ネルフの存在意義は何かな?」
「使徒を倒すことだ」
「その通り。その手段は問わず、な。
 ならば何故エヴァにこだわる。エヴァである必要はあるまいて」
「使徒に対抗できるのはエヴァだけだ」
 だが、この男は忘れている。
「私がシャムシエルで証明しただろう。殲滅は実演ではないが、対抗するのみなら私でも可能だよ」
 そう、珀夜でも時間稼ぎは出来たのだ。――シンジに試練を与えるという余裕付きで。その現実を見てもゲンドウはエヴァのみで対抗すると言い、パイロットを含めて協力しようともしない。その様子は……ネルフ内部の全てに届いていた。
 沈黙。それをシンジは打ち破る。
「先生無理ですよ。説得なんて」
「……そうだな」

「シンジ、エヴァに乗れ」
「いやだと言っただろう?」
「お前も死ぬぞ」
「ならもっとまともな契約でも持ってくるんだね。僕はネルフというか、こんなの葛城ミサトの命令なんて受けないよ。ネルフ自体信用できないからそれなりの条件提示してみせてみろ」
 それは乗らないと言っていることにほぼ等しい。その言葉にトップ二人は苦悩する。
「……」
「碇、良いのか」
「保安部を呼べ。子どもの駄々に付き合ってられん。
 多少痛めつけても構わん、エヴァに乗せろとな」
「…ホントウに良いのだな?」
 冬月の心配はすばらしく正しいが……。 司令席の騒動と副司令の血圧上昇は収まりそうにも無い。

 だが発令所は関係なく動き出す。
「シンジ君、乗ってくれないか……?」
 オペレータの一人、日向マコトがシンジに声をかけた。
「日向さん?」
「使徒にはエヴァしか対抗できないんだ……だから、頼む!」
 ミサトとは違い、彼は律儀で真面目な性格だ。だからこそこんなところで作戦部補佐などやっていけるのだ。
 だが、そのマコトに対してもシンジはそっけない。
「それとこれは関係ないんですよ。ネルフの仕事って何だと思います?」
「……使徒を倒すこと」
 シンジに聞かれてマコトは答える。
「で、あなた方は何をしているのです?」
「それは……戦闘へのサポートを」
「その通りです。ではもう一度聞きます。使徒戦に対し、"戦闘中の様々な方面に向ける行動案を作るはずの作戦部"であるあなたは何をしているのです?」
 痛烈に的確に言葉を返すシンジの言葉に、マコトには何も答えられなかった。
 作戦部に所属する彼らが為すべき事は文字通り作戦を作ることにある。その他戦闘に使用する火器の補充や市民の誘導なども含まれるが、本質は変わらない。つまり、きたるべき敵に備え、あらゆる準備を施しておくべき部署が作戦部なのだ。
 ところがその作戦部は、使徒戦を3戦経過した今に至って有効な作戦は提示できていない。本来平時にこそ働くべき作戦部が戦闘時の主力になるにもかかわらず何も行動をしない。その上ミサトが――個人で――出している作戦(?)はすべて行き当たりばったり。そこいらのオッサンの野次に等しい罵詈雑言を、もちろんマコトとて作戦と認めたくは無い。
「使徒にエヴァをぶつければ勝てる。そんな考えでいるからサキエル戦みたいにパイロットに頼る戦闘になるんですよ。それなら整備部、技術部だけネルフに存在すればいい話です。
 ……もっと的確に言いましょうか? "使徒を倒すはずの組織が使徒を倒す努力をしていない、そんなところに協力はできない"と言っているんです」
 マコトはようやく、ネルフで作戦部が嫌われている理由に思い当たった気がした。だが……もう遅い。

 ガガガガ…
 ゴォォオオオオォォォ……

 ネルフの様子など全く無視して事態はゆっくりだが確実に進行する。
「……上の使徒も腰を据えたようですね。
 マヤさん、使徒は今どこに?」
「え? えっと、使徒0−0−0エリア本部直上の地表でドリルによる掘削を開始しています。第一装甲板に接触しました。」
「なんですって?! マヤ、すぐにジオフロント到達時間を割り出しなさい!」
「はい! ……このまま掘削が続くと仮定し、二日後00:05:28にジオフロントに到達します」
 その言葉にシンジを含む発令所の全員が目を剥いた。何を暢気にとも取れかねないが、ラミエルの戦闘条件の悪さはすさまじいものがある。まず、地表に縫い止められている時点でマイナスなのだ。
 にも関わらず、ラミエルはそれを選んだ。戦闘に自信があるのかそれとも……
 暗くなる発令所にシンジが声を掛ける。
「残り28時間? ずいぶん悠長な使徒ですね。
 今度こそ、仕事してくれることを期待しますよ、作戦部長殿。もっとも僕たちには関係の無いことですが」
 それを聞いて、ミサトは身悶える。マコトやシゲルに縄を外してもらいながらと多少みっともないが、その甲斐あって荒縄は全て外れ…
「だから出撃だと言っているd……」
 瞬間、ミサトの姿が光と共に消え去った。
 Warp Portalの光だ。
「先生?」
「うるさいから今度こそ退場してもらった。話が進まん。
 今頃あの使徒の足元に居るだろうよ」
「そうですか、ありがとうございます」
 殲滅しないで移動だけさせたのは物足りない、そうシンジは思う。

「それからマヤさん、赤木博士も考えてください。あなた方は何をされているのですか」
「エヴァの調整や新兵器の開発ね」
 リツコがあっさりと答える。
「そうですね。では赤木博士が言う"究極の汎用人型決戦兵器"の完成はいつになるのでしょうね?
 パイロットの選定を行っている時点で汎用とは言いがたいですよ? "究極の専用人型防戦兵器"ならともかく」
「……そのとおりね」
 くっ、リツコの口がゆがむ。さらにシンジは司令席に向かっても続けた。
「それから総司令殿?」
「……なんだ」
「……仕事しようね」
 それだけ言い残してシンジ達は発令所から去って行った。
 後に残るのは気まずい沈黙と不信感のみ。

 人、ネルフに与えられた時間は残り28時間。
 最大戦力であるエヴァを無くし彼らはいったいどう動くのか……。


 ラミエル襲来より2週間ほど時間を戻す。
 シャムシエル戦を終了し、トウジが学校の床に頭をこすり付けていた日、その夕刻。
 その時、すでにレイはシンジと家を共にしていた。レイを加え5人になった家族会議の始まりだ。
「さて」
「なんですか先生?」
「めずらしいですね、これだけ集まるのも」
「ど〜せ今後も増えてくんだし、この程度でビックリしちゃだめだよ〜」
 上から珀夜、シンジ、サキ、シャルの言葉だ。この4人とレイを含めた"4人"がテーブルを囲んでいた。
 まずは一家の長である珀夜が切り出す。
「とりあえずレイが家族に加わったわけだ。
 それに伴い、今後ネルフの妨害が多く入ると予想される」
「まぁ、あの髭のことですし」
 ゲンドウが暗躍"失敗"することぐらいはお見通しだ。
 ちなみに失敗なのは防ぐ手段を講じるという意味であり、それはサキ或いはシャルが居れば事足りる。
「私、迷惑かけてる」
 レイが目線を落とし呟く。
「気にしなくて良い。それくらいはいつものことだ。なぁシンジ?」
「なんのことです?」
 つぃー、と視線をそらすのはシンジだ。結構後ろめたいことがあるらしい。
「まぁそれはさておき。
 レイにはサキをつけようと思う。大丈夫か?」
 珀夜はサキに問う。
「私ですか?」
「私は常にレイに着いてはいられん。もちろんお前たちにもな。シンジですら戦闘に入ってしまえばレイのことを気に掛けられなくなるだろう。
 ネルフに確認されていないのはお前たち二人、とはいえ、シャルがアレではな」
 視線をそらすと、なぜかテレビゲームで遊んでいるシャルが居る。テーブルに着いている4人とテレビにかじりつく1人。そして動けるのが一人ずつならどちらを選ぶかは明白だ。
「……(^^;
 わ、わかりました……」
 サキ自身釈然としないが、こればかりは仕方が無い。
「全ておまえの判断に任せるよ。誰かに引き継ぐのもな。
 だが元来の力だけは禁止だ。既に私の力のことは知れ渡っているし、そちらはいくらでも構わんよ」
「了解です」
「サキさん、ついでに巨大化もダメだからね?」
「し、シンジさん?!」

 神凪家はいつもどおりの風が吹く。

Write by: 神凪 珀夜
Homepage: 徒然草

To be continued...
(2008.04.26 初版)
(2008.06.14 改訂一版)
(2008.06.28 改訂二版)


(あとがき)

 シンジ、レイ、サキ、シャルを纏める珀夜。もう一家の長です。おはこんばんちわ、珀夜です。
 小説内の珀夜と当方(作者)の名前と混同しやすいですが・・・同一人物だから仕方が無いということにしてください!(ぇー

 さてさて、今回はネルフ対策のその1といった位置づけです。
 技術部に布石、ネルフ全職員に不信感と先入観の払拭。ついでにキーであるレイの自立と暗躍しすぎですかそうですか?
 これでストック切れです! あうー。次は1月ぐらい後になりそうです・・・

 今回はラミエル戦手前で、敗退というか、戦場脱退までです。まぁテレビ版と同様の範囲。
 まだまだ見えないところが多いですが、外伝に・・・すこしずつ補充していきます
 それではまた次話にて!


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