契約。相対する二人以上の合意によって成立する法律行為、約束。
しかしこのネルフで正確な意味での契約など存在しない。雇用契約ですら無意味だろう。何せネルフの頭脳はMAGIであり、ネルフのほぼ全ての決済は電子書類となっている。そしてネルフ上層部に近付くほどMAGIを自由にできる。碇などその典型的な例であり、
それは即ちネルフの上層部がネルフを自由にしているということを端的に表している。
だがそれも電子書類上、かつネルフ内で事が終わる場合に限る。
「副司令殿、心配だというなら私とも契約しないかね」
そして彼が持ち出した契約こそが、ネルフが自由にできない契約のひとつに数えられるものだった。神凪、珀夜だったか。彼が取り出す紙の束こそが。
「何、書類はこちらで準備してある。後はそちらで印を頂くのみだ」
そうすれば契約は成る、とそう続けた。だがただ印を押すのみではこちらが限りなく不利になる。
「確認のために見せてもらっても良いかね?」
「存分に。ただし、ネルフ分は一部のみだ。ああ、余分はあるからな、司令殿にも見せるが良かろう」
……なかなか厳しい勝負だな。碇のヤツもたまには仕事をするが良いわ。しかし今の時代羊皮紙とは珍しいな。
外伝之参――契約。相対する二人以上の合意によって
presented by 神凪珀夜様
この契約劇そのものは軽く考えていたのだが、この羊皮紙を読んでいくにつれてそうはいかなくなった。
「これは……」
たかだか一契約にココまでの念を入れて準備をするものか。念の入り方が普通ではない。内容よりもその防衛策に、だ。 例えばこの羊皮紙。紙の上部表面にものすごく複雑な半印が施されている。少なくとも日本語ではなく、だがアルファベットでもない奇怪な紋様。このようなものを予測複製など不可能に近い。それはつまり複製可能性が無くなることを意味している。
事態は決して芳しくない。低く唸る声が響く。
「大したことはなかろう?
私という人間一人をネルフに協力させるための契約だよ」
確かに大したことはない。"契約の中身自体は"にはまったく。問題はこれが紙であることと……。国連が絡むことだ。
(厄介だな)
既にこの契約書には国連事務総長の印が押されている。しかも個人名義ではなく国連事務総長名義として。
彼はネルフ、ゼーレ、その他の機関、派閥に所属せず純粋に彼の力のみで成り上がった実力者だ。昔の日本ではないが、派閥に所属し、その応援があって初めて当選するような政治屋ではない。
それはつまり、ネルフにもゼーレにも関係していないのにもかかわらず、その所属メンバーが認めざるを得ないほどの働きをしていることになる。
(その事務総長の立会い付か)
即ち、この契約は純粋にネルフ上層部としての動きが問われることになる。神凪といったか。シンジ君を引き込むには彼を射落とす必要があるのは認めよう、だがこれは分が悪すぎる。
そう考えていたところに碇から言葉が出た。
「ふん、こんな紙切れに何の効果がある。
それに貴様如きの力などネルフは必要としていない。さっさと帰れ」
碇が吼えるが、彼ほどの男を抑えられるとは思えんな。
「道理だな。ただし先ほどのシンジとの契約内容を飲むならばアナタは六分儀となる。更にネルフは単なる協力体制だ。
さて、だれがシンジを押さえるのかね? ネルフとしての命令は効かず親としての命令は効かず。他に方法があるなら如何様にでも。 ああ、或いはシンジを抑えず暴走させるかね? あのまま発令所を破壊するのが良いなら今からでもやってこよう」
――このように。
言葉と同時に彼がこちらに伸ばす右腕とその手に持たれた杖……炎に水だと?!
「「なっ!??」」
さてどうするかと聞いてくるが答えられるはずが無い……。
「貴様、使徒か」
碇が吼えるが、それは逆効果だぞ!
「ならばどうする」
「碇!」
彼の声に碇を止める、だがこの男が聞くわけがない。
「ならば殲滅するまでだ」
「碇!! 落ち着け!!」
使徒ならばどうやって殲滅するというのだ! 人のサイズではエヴァでは対抗できんぞ!
「シンジ、その使徒を殺せ」
……っ!! シンジ君の雰囲気が変わっただと?!
「そうでしたか、貴方も僕の敵でしたか」
これは、やばいどころではない。私に第六感はないだろうが、すべての感覚がヤバいと告げている。
「碇、やめろ」
「フン、何を言っている。ならば臆病者は去るが良い。私がやる」
そういってヤツは銃を取り出す。私の声など届いていない。
その光景を見てさらに空気が重くなる……ここまでとは。
「しn」
「やめろと言っている!!」
「えッ?!」
思わずヤツの頭を黒壇に打ち付けてしまったが、まぁ死にはせんだろう。
「……副司令も大変だな」
神凪君のねぎらいが、今はひたすら嬉しいな。
「おかげさまでね…」
気持ちが分かるなら立場を変わるか或いはこちらを察してほしいものだ。さすがに無理だろう。
医薬費もバカにならん……かといって赤木博士の薬もいろいろな意味でな……
「くっちゅんっ」
へ??
「先輩?」
「だ、誰かがうわさでもしてるのよっ」
先輩…かわいい…
「さて、本題に戻ろう」
そうだった、契約の話だったな。
「契約書にも書かれているが、協力の立場はどうあっても崩さんぞ。」
「エヴァがあれば本部全壊なんて簡単ですよねー」
シンジ君が物騒なことを付け加えたな。これは二人一組で契約するのが得策だろうか。
「そうか……なら二人同時に契約になるのかね」
「それは違う。さて遅くなったが契約内容を説明しよう。
まず第一項目にある通り、これは"私とネルフ間での契約"だ」
「もちろん先生の契約ですから、僕は関係ないですからね?」
あわよくば二人同時に、も断たれたか。仕方があるまい。
「二人の言い分は分かった。だが話は少々重いのでな、後日改めて回答でも構わんかね?」
「ほぅ、上位役との相談かね。ネルフには総司令の上位組織があると見える。ネルフ最上層位とその補佐殿が、たかだか個人との契約も結べぬか」
「…君は何を知っている」
「知っているとは何のことかな。あくまで個人の契約のつもりだったのだが、そちらが要判断と決めたのだろう?」
喰えん男だ。ゼーレのことを嗅ぎ付かれてしまうか?
「些細なことだ、戻るぞ。
契約はシンジがいったとおり、私とネルフとの契約だ。その協力内容は第二項にあるとおり」
ざっと目を通した範囲だとこのような内容になるか。
1、神凪珀夜を外部協力者として扱う。両者間は対等であり、一方への強制的な命令は禁止される。
2、(1)で挙げた項目をネルフ内外を問わず適用するよう、ネルフは尽力を尽くす。
3、この契約は国連が認める正当なものであり、契約には両当事者及び国連事務総長が認める2名以上の署名が必要となる。
4、この契約の変更には、契約にサインしたものまたはその代行者全員の賛同が必要とする
5、債務不履行が明確となった場合、当事者間の関係はすべて抹消される。以後永久に両者間の関係は抹消され、新旧問わず如何なる契約は無効となる
1項は良い、2項も良いとしよう。だが、3項以降はネルフには厳しい内容だろう。
「聞いてよいかね」
「なんなりと」
「この第三項のことだが、何故国連が絡むのか説明してもらえるかね。ネルフと君だけで良いのではと思ったのでな」
国連ならともかく、国連事務総長がここに出てくることが問題なのだが、それは言葉にしない。先ほどの二の舞にするべきではないだろう。
「単純なことだ。私は組織の上位者だからと相手を無条件で信用できるような人間ではない。
ついでに付け加えるならMAGI=ネルフ(上層部)だからだ」
MAGIがついでか。先ほどの力を見る限り、二の次ではありそうではあるが読みきれんな。
「ふむ。国連直属組織であってもかね?」
「公開組織で私が自由に情報検索できるというのならばそれなりに信用しているだろうな。そもそもネルフが何の目的で何を求めているのかすら分からんのに配下に置かれるなど出来ようはずも無かろう。
いきなり呼び出されて『困ってるんです。あの巨大生物を私が準備した兵器でやっつけてください(><;』などと言って来る組織のどこに信用が置ける。
さらにネルフが称する汎用兵器も問題だ。汎用兵器というならばシンジを呼ばずともネルフのみで片がつく。にもかかわらずたかだか14の子どもを呼び出して挙句殺し合いだと?」
「先生、ついでなんでそこに『14歳の実の息子に風俗紹介をしてくる総司令がいる組織』と付け加えてください」
ぴきっ……
「シンジ君、今なんと言ったかね?」
さすがに今の言葉は聞き捨てならん。
「え、『14歳の実の息子に風俗紹介をしてくる総司令がいる組織』と言ったんですよ? 見てみます?」
シンジ君が取り出した手紙はコピーではあるが、たった1単語と名前が書かれた紙、葛城一尉の……確かにこれは風俗紹介ととられても仕方が無い。
(この大うつけどもが!)
「ともかく、こういう組織を冬月副指令であれば無条件で信用できるかな?」
「無理だな」
さすがに即答で返す。シンジ君の招集方法もあり、あっさりと白旗を揚げることにする。この責任は碇にあるのだ、碇にとってもらうことにしよう。
「そうだな、であればこの契約でも無条件契約しているところだよ」
そこまでうつけではなかったつもりだが、まだまだ甘かったか。
「話は分かった。ただやはり事が事なのでな。しばらく時間を頂いても良いかね? シンジ君との立場を考えるとどうしても上役で迎えねばならん。となれば根回しが必要でな」
「私は構わん。シンジはどうだ」
「僕も大丈夫です。ケド先生の契約が終わった後に僕の契約案を持ってきますから、それまで僕には非干渉でお願いしますね」
早いところ神凪君との契約を成さねばシンジ君との契約もできんということか。
(まったく、面倒事ばかり起こしよって!)
「では冬月副指令。早めの返事を期待していますよ」
「失礼します」
そう言って師弟二人は司令室を出ていった。
さて、まずは
(このバカどもをどうするか、だな)
とりあえず一人は赤木博士に任せるか。そう思い、私は内線を手に取った。
「冬月だが、そこに赤木博士は居るかね?」
Write by: 神凪 珀夜
Homepage: 徒然草
To be continued...
(2008.06.28 初版)
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