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第陸幕
presented by マルシン牌様
サクラは第五使徒戦の戦闘過程を確認していた。が、再生間もなく驚愕の事実にぶち当たった。
(海が紅い…どういうことなの?これは想定外よ…level3のカードじゃ流石にセカンドインパクトの真相なんて閲覧できない。
たとえ閲覧出来たとしてもあまり成果は得られないと思う。これは加持さんが来るまで判らないわね)
衝撃的な事実を見た後、気を取り直したサクラは映像をすべて見終え、自分なりに反省点を見出した後、今後の予定を再確認する。
「第五使徒ね、この光の鞭はホントに厄介だった。あいつもこれでかなり苦労したはずね。さて次は順当にいけばラミエル…使徒の中で三番目に厄介。ヤシマ作戦か、レイ大丈夫かな」
サクラの中では過去の使徒戦の中で一番苦い思い出があるのは間違いなくゼルエルとアラエルである。
ゼルエルは完全な敗北、アラエルはPTSDを発症させた忌まわしき使徒である。三番目に来るのは碇シンジと綾波レイを敗北寸前まで追い遣ったラミエルであった。
余談ではあるが、サクラは量産型については全くと言っていい程考慮の範疇にない。あれはゼーレが仕組んだ儀式の道具だとの認識。勝っても負けても同じことと割り切っていた。
「レイともう少しお話出来たらいいんだけど…どうしようか」
モニタには綾波レイの過去の情報が映し出されていた。
(知っていることが多いことだけど、改めて経歴を見ると空白が多いわね。過去の経歴はほぼ全てが闇の中。知っているのは碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、赤木リツコくらい…か。
綾波レイ一四歳、マルドゥック計画報告書によって選出された最初の適格者で、エヴァ試作零号機の専属パイロット。 マルドゥックの根本的な目的もこっちでは違っているのね。
よく判らないけど、害為す計画ならちょっと骨が折れそうな案件だわ。そして、これ。私が来る数週間前の起動事故。証拠隠滅した後があったけど私にかかればちょろいもんよ)
惣流・アスカ時代の加持リョウジにこっそり教えて貰っていた加持直伝のハッキングをしていたサクラ。
内心ではすぐにでも碇ゲンドウを問いただしたいと憤慨していたが今はその時ではない事をサクラは十分に判っている。
そのために危険な冒険であるがハッキングという行為をしていたのだ。師匠が加持リョウジとあってその腕は確かである。
形跡はじっくりと調べなければ判らないほど巧妙であった。起動実験の事故の様子と題した報告書を閲覧に入るサクラ。出来事はこうだった。
『起動システムに異常発生』予期せぬ起動事故だった。オペレーションをしている各々が状況の悪化に右往左往して的確な対処が出来ていなかった。
『プラグ深度不安定…エヴァ側に引き込まれていきます』「コンタクト停止。六番までの回路緊急閉鎖」『ダメです。信号が届きません!』
零号機の暴走は留まることを知らなかった。壁に備え付けられた拘束具を無理やり剥がし何かもがく様に暴れだしていた。
『零号機、制御不能』マヤの悲鳴にも似たその声を聞いたゲンドウが至って冷静にその場を収める。「実験中止。電源落とせ」
その声に素早く反応した赤木が緊急電源停止ソケットを作動させ、零号機から電源ソケットを外す。だが、それで停まるわけでない。
エヴァには予備電源として五分は動作するのだ。 その結果、様々な壁に人間でいえば八つ当たりの如く拳を繰り出す。
その最中で、体内に異物が入ったような感覚があるのかエントリープラグを強制的に排出したのである。それもかなり乱暴な排出である。
エントリープラグは吹き飛び数メートル飛ばされ地面に落下した。それを見ていたゲンドウが悲鳴を上げる。「レイ!!」
その間も動き回る零号機に対し、赤木が『特殊ベークライト』と呼ばれる凝固剤のような液体を零号機へ吹きかけるよう指示を出した。
何とか足場を固められた零号機はそのまま電源残量がゼロになったのか動作を停止したのである。ゲンドウは医療チームよりも素早く動いていた。
医療チームが来る前にエントリープラグに駆け寄って、エントリープラグを開けようと手を伸ばす。だがエントリープラグは動作過程で熱せられていた。
その結果、ゲンドウは両手に大火傷を負うのだが、それでもその手をプラグ出入口のノブに手を掛け渾身の力でプラグを開けたのである。
「レイ、大丈夫か…レイ!」綾波は小さく頷いてゲンドウはほっと胸を撫で下ろし、そのまま医療チームへ引き渡したのである。
(これは総司令の思惑の範疇の事故…ある意味故意の事故ってとこかしら。レイを人形扱いしたその報いはがっちり十倍、百倍にして返してあげるわ)
ため息を漏らしつつ、昔の自分では考えられないほど憤っていた。
夜のどこかのバーで葛城と赤木は話し込んでいた。
「どう、彼女。ミサトの報告書の通りだと性格面では二番目の天才少女のような感じで良好な生活できているようじゃない?」
赤木が煙草に火をつけながらそう切り出した。
「アスカよりよっぽど大人よ彼女。何をするにしてもこっちの言いなりじゃなくてはっきりと物が言える。マルドゥック計画報告書に書かれていた事殆ど違っているじゃないの?」
「そうね、その問題については上層部が今洗い直ししているらしいけど。目立ってこれといった情報が入っていないのが実情よ」
「でもまぁ、彼女結構無理していることもあるのよ?いつも情報室で情報探っているようだし、やっぱり親子の溝は深いようね」
「碇の姓を嫌っては居なさそうだけど、司令との確執は確かにあるわね…ある意味、ミサトと同じね」
「あの子と私の確執には違いがあるわ。確実に碇司令とサクラの溝は埋まらない。私はそう考えているわ。
第一ネルフという組織にさえ疑問を抱いているようだし。それでもエヴァに乗ってくれている以上、詮索なんてしたらその場でネルフから離れるわ」
「そう。なら私もあまり問詰出来ないわね。あの子に嫌われたらそれこそ世界滅亡と同義だもの」(いつかネルフの真の計画にたどり着くのかしらねあの子)
「さてと、時間だし戻らなくちゃ。そういえば、これサクラさんの正式なセキュリティーカードと綾波レイの更新カード。さっき渡しそびれちゃってね。明日サクラさんに頼めるかしら?」
煙草を灰皿に押し付け帰る支度に入った赤木だったが、ふと思い出したように手提げバッグから二つのカードを葛城に渡した。
呆気に取られた葛城であったが何も断る理由が無いため即断で受け取った。
帰宅した葛城が開口一番に綾波の更新カードを渡してほしい旨を伝えた。
「私が綾波さんにこのカードを渡してほしいって事ね。良いわよ、綾波さんとそろそろお話したかったのよ」「そう。お願いね」
「了解です。赤木さんもたまにはうっかりしているのね」「まぁリツコは仕事一辺倒だからね。たまには忘れることもあるわよ」
次の朝、サクラはネルフへ行く前に昨夜の件で綾波の住むマンションに来ていた。
(このオンボロマンションがレイの住処ってわけ?呆れて物も言えないとはこの事ね。これは早急にミサトに云うしかないわ)
住所を頼りにサクラは驚きを通り越した心境になった。まずもって人が住むような場所ではないオンボロのそれも解体間際のマンションの一角に綾波レイの部屋はあった。
玄関前のインターフォンを押してみるが反応が無い。仕方なく鉄製のドアをノックしてみるも反応が無い。どうしたものかと思案するが、見ればダイレクトメール類などそのままドアポストに刺さったまま何も処理されていない。
(こりゃ、レイ何も教えて貰ってないのね。ったく使い捨ての人形扱いとかどういう事よ)
サクラは過去の苦い思い出が頭に過ぎるがため息とともにそれを奥にしまいこみ、とりあえず入ってみる決意をする。
「サクラだけど、綾波さん居る?入るわよ?」
入ってみるものの、廊下は埃だらけ、あまりの部屋の状況に呆気に取られてしまう。とはいえ、住人である綾波がいないのであればどうにもならない。
時間的に言えば確かにネルフへ行ったのかと疑うがそれもずいぶん早いと感じた。
(レイの場合、時間は正確に把握しているからそんなに早く行く訳ないか。ということは寝ているかシャワーでも浴びているのかしら?)
そう考えてリビングになるであろう部屋へお邪魔してみるサクラだったが。綾波の自宅で何度目になるか呆気に取られてしまう。
(ちょっと血のついた包帯を放置しているの?それに布団にも血がこびり付いて…。栄養剤の錠剤類も未だにこんなにあるの?
レイ…こんな生活でよくやっていけたわ。これは本格的に移動させないといけないわね)
そう決意しておもむろに振り向いたら体を拭いている全裸の綾波が立っていた。一瞬サクラの顔が硬直するが、気を取り直して注意する。
「綾波さん?とりあえず服着てね。話があるの」「ええ、判ったわ。ところで何の話で来たの?」「良いから。早く服着なさいよ!話はそれからよ」
着替えが終わった綾波が視線をサクラに向ける。言葉数が少ない綾波の意思疎通の一種だ。
「綾波さん、これ貴女の更新されたセキュリティーカード。赤木博士から渡してほしいって言われていたのよ」「そう」
そっけない感じでそのカードを貰っていく綾波に対し、もう一声サクラは言った。
「綾波さん、この部屋掃除しない?これじゃ健康上良くないわよ?」「判らない…でも碇さんが云うならそうする」
「明日にでももう一回来るわ。明日予定入っている?」「いえ、明日は大丈夫よ」「良かった」
何とも言えない空気の中、二人は会話もせずただひたすらネルフを目指すことになった。
ネルフについた二人は、ある意味ネルフの名所ともいえるであろう。とても長いエスカレーターで下層へ目指していた時の事。ふと思い出したかのようにサクラが切り出した。
「綾波さん、あれから食事どうしているの?昼の弁当以外まだ錠剤摂取かしら?」「ええ、私作れないから」
「そっか。ならさっきのお部屋掃除の件無しにして、葛城二佐のお隣の部屋に住まない?私が葛城二佐の自宅に居候させて貰っている事教えたでしょ?そのお隣の部屋今空いているのよ」
「それで?」「私の料理美味しいって言ってくれて嬉しかったから。もしよければ私と一緒に料理しない?教えてあげるわよ?」
「碇司令の許可がいるわ」「そのあたりは私に任せてなさい」(あんな汚れた部屋でレイを住まわせるなんて正気の沙汰じゃないわよ)
サクラとしてはあの状態の部屋に綾波を住まわせている事にかなりの憤慨を感じていたのであった。その頃、外ではこれから苦戦を強いられるであろう第六使徒が動き始めていた。
To be continued...
(2011.10.15 初版)
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