第伍幕
presented by マルシン牌様
月に存在するタブハベース。その極秘施設ではモノリス七基と渚カヲルを交えた極秘会談をしていた。
『先の第八使徒戦において、第三の適格者碇サクラ。否、正式には『惣流・アスカ・ラングレー』がネルフへ謀反とも取れる行動を示した。渚よ。この行為どう捉えれば良いか?』
「【人類補完計画】を知っている彼女だからね。ネルフのシナリオが殊の外彼女には受け入れがたいと感じて行動に移していると捉えたら良いのではないですか?」
『渚の言を信ずるならばこれは願ってもない好機。真のヱヴァンゲリヲンその誕生が益々近き等しくなる。リリスとの契約の成就は近い』
『左様、この好機は彼女からのメッセージよ。ネルフを良く知る彼女を手放しするわけにはいかぬ。
現在米国政府が秘密裏に行っている四号機の起動実験後、再び彼女からの合図が在るはずだ』
『米国政府は依然として参号機及び四号機への実験計画を行うと報告されておる。これ以上彼奴等の勝手は許されん』
『今後の彼女次第ではあるが、ゼーレの適格者名簿への登用も考えておくべき事象となった。これより第三の適格者『惣流・アスカ』への優遇対処を行う』
モノリス六基はそのトップの宣言を以て解散となった。残ったトップと渚は最後まで居残った。
『このゼーレに刃向うとは碇、この罪は大きい』「僕もそろそろ用意するよ。Mark'06は既にあれを搭載しているんでしょう?」
『そうだ。あの鍵は君たちの運命を握る大きな物だ。渚なら心配は不要だがくれぐれも扱いは慎重を期するように』
「判っているよ。あれは人間相手では毒薬にしかならない」
カヲルがモノリスへ笑いその施設を後にした。
ネルフ本部封印指定区域には碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、赤木リツコが初号機の状態を確認していた。
しかし冬月の焦りとゲンドウの心非ずという雰囲気でその初号機の状態の悪さがよく判る。
「何という事。内臓器官の壊死等による修理不可の報告ですって?」
「碇、これは…」「ああ、つまりは我々の目的が瓦解したことになる。シナリオを書き直せるほどの修正ではない。サクラめ。奴はやはり知っていたのか」
「だが、今は穏便に済ませねばゼーレが黙っておらんぞ?」「ああ、ゼーレにはありのままを話そう。これは隠匿できるレベルのものではない」
結果としては初号機の修理作業は不可能として廃機処分と結論付けた。まさしく、惣流・アスカ・ラングレーの思惑通りの結果となったのだ。
しかし、初号機不在の穴はとても大きいものだった。
バチカン条約第一三条一項に基づいた規定であるエヴァ保有数制限によって廃機処理の申請が通らなければ新たな機体を保有することが出来ないのである。
この廃機処理の申請にも数多くの審査が必要になり、当面は零号機、弐号機での運用となる。これらは本来の最も厳格に観たうえでの事。現状ではそう悲観することは無い。
このあたりネルフ総司令の判断は流石と云うべきか、既に初号機は封印指定区域へと移送されている。
従って封印を施した初号機は保有数に含まれず、故に保有数制限に引っかからないのだ。
逆に言えばそれほど『碇サクラ』の存在は大きいという事でもある。その信頼度はネルフ本部に所属する構成員の総意だ。
サクラは学校の昼休憩の折、屋上で今後の事を考えていた。
そんな中、輸送機が近くを通った音がするのを耳にし、さらにはパラシュート特有の音を拾ったサクラはふと空を見上げた。
「どいて、どいて〜!!」(まずい。完全に風に流されている)
女性の声にサクラはそんな事を思いながらもここで退けたら大惨事になりかねない状況に素直に激突される道を選ぶ。
「イッタいわね〜。パラシュートの操作誤ってどうするのよ」倒れたが至って普通に激突した人に愚痴を零す。
「ゴメン、ちょっと野暮用でね。はっ、メガネ…」
女性は衝突の際に眼鏡を落としたのか探していた。ただ探すのも実際大変そうだ。かなり視力が悪いのだろう。
眼鏡を付けた女性はふと携帯端末のアラートが鳴っていることに気が付きそれに出る。
「はい、こちらマリ。そう、風に流されちゃった。今はどっかの学校の屋上みたい。ええ?極秘入国しろって言ったじゃない?問題はそっちで話を付けてよ」
英語が堪能である女性はマリと言い、通信越しから様々な問題発言が聞き取れる。それをサクラはじっと聞いていた。
(ようやくお出ましね。真希波・マリ・イラストリアスさん。でもちょっち遅かったわ。
既にネルフのシナリオは崩壊しつつあるわよ?それでも何かしようとしているのかしら?)
サクラがそう思案に深けているとマリがサクラに近づき、匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょっとなにしてるのよ」「貴女、いい匂いしているわね。LCLの香りがする」「何言っていんのよ?LCLが良い匂いとか頭おかしいんじゃない?」
「そう?貴女面白そうね。じゃ、この事は他言無用で。ネルフのニャンコちゃん」
マリが立ち去ろうとしたところをサクラが止めた。「ちょっと待ちなさい。真希波・マリ・イラストリアス」
ふと驚いた顔でサクラを見るマリ。サクラは英語でマリへ話しかけたのだ。「へぇ〜やっぱり貴女面白いじゃん」
「生憎と、私は日英独語に堪能なのよ。ま、ユーロ支部所属の貴女がやってくるってのは折込済みだったみたいだし。
物は相談なんだけど、貴女、スパイでもやってみないかしら?私、今ゼーレに重きを置いている身でさ。
ちょっと人手が必要だったのよ。勿論、拒否権はあるわよ、どうします?」
ニヤリとサクラが笑みを零すと、マリは一瞬考えた後、了承の頷きをするのだった。マリが承諾した理由もサクラが本気で聞いていれば呆れるものだ。
『面白そう』と考えての了承だった。ある意味、加持リョウジに性質が似ている。そんなマリは予想以上の展開に内心ワクワクしていた。
(なんでまた、ゼーレなんて言葉あの子が知っているのかな。まっ、そのあたりは追々と調べればいいか。これから面白そうになるし、楽しいだろうなぁ)
それはゼーレと碇サクラが予期していた出来事だった。米国政府が主導で行った四号機起動実験。
その結末は最早語るにも愚かと云うもの。報せが入ったのはサクラと葛城二佐の謹慎処分が解けた翌日の夕方だった。
その時、サクラ達は訓練中であり、職員も皆リラックスしていた丁度その時に狙ったかのような報せである。当然訓練室のスピーカーにもそれは伝わった。
『米国支部で起動実験失敗。第二支部が消滅。繰り返す、米国第二支部が消滅!至急幹部は作戦会議室へ来られたし』
その報せにサクラ達にも緊張が走った。そしてネルフナンバースリーである葛城二佐は伝達された作戦会議室へと向かうのだった。
作戦会議室ではその時のデータを表示していた。そのデータは彼らが予想していた以上のモノ。
『T+10、グラウンドゼロのデータです』「酷いわ…」『ATフィールドの崩壊が衛星からもキャッチ出来ましたが、詳細は不明となっています』
そのオペレーターの報告に葛城二佐が推論を述べる。「やはり四号機が爆心か…うちのエヴァ二機は大丈夫でしょうね?」
その疑心を以て親友に問う葛城二佐に反論するのは伊吹であった。その上で赤木博士が論じた。
「四号機は別です。稼働時間問題を解決するために造られた試験機だそうです」
「そう、北米ネルフ主導の新型内蔵主機のテストベットだったそうよ。
ただ、北米ネルフからの情報は十分に伝わっていない。この事故は起きてもおかしくは無いわ」
「そう…そうなると知っているのは…」その赤木と伊吹の言い分を聞いた葛城二佐はネルフトップの二人を思い浮かべた。
総司令室でその情報を聞いた碇ゲンドウと冬月コウゾウは内心気が気でなかった。
先の初号機に続き四号機までも失ったそのエヴァの運用体制にゼーレからの小言を頂戴するのは目に見えていた。
「エヴァ四号機も失ったか…次世代型開発データ収得が狙いの実験機だ。何が起こってもおかしくは無いが…」
「ああ、タイミングが悪い…限りなく想定外の事態が続いている…」
総司令室の雰囲気は重い。室内の暗さに輪を掛けてその二人の長い嘆息がそれを冗長していた。
加持は通信室でその情報を盗み聞きしていたが、紫煙を吐きながら明らかな疑惑の目をしながらつぶやいた。「本当に…事故なのか?」
加持が籠っていた通信室とは別の場所へ潜り込んだサクラはデータをハッキングし、開示された情報を手当たり次第確認していた。
(やることがえげつないわね。ゼーレって本気になると、ここまで綺麗な仕事が出来るってのは流石といったところかしら)
加持とサクラがハックしていた頃、総司令室に通信が入った。ゼーレからの臨時会議の招聘である。ゲンドウと冬月は慌てつつ、その会議へ出席するのだった。
会議室に入ると既にモノリス七基が立ち上がっていた。ゲンドウは中央に設置されている椅子へ腰かけ、冬月はその横に居座った。
『揃ったようだ。さて、君たちを呼んだ理由は判っているな?先にエヴァンゲリオン五号機が失われた事はまだ許容範囲であるが…』
『しかし、此度の戦闘で初号機の廃機及び先の運用試験によって四号機が失われた。碇君、この損失は目に余るよ』
『左様、修正の範囲外である。問題が大きすぎる』それらの論に冬月は反論するが、モノリスに遮られる。「ですが、起ってしまった以上、取り返しはつかない」
『冬月君は黙りたまえ。今回の事象は想定外であるが…今回、我々は妥協案を示すことにした。
先の初号機廃機に伴いネルフエヴァ搭乗適格者名簿から除籍された『碇サクラ』の名簿復帰を以てこの問題を早急解決することになった』
『左様、米国政府はこの事態にエヴァ三号機を是非にと君へ差し出したのだよ。君の国も快諾していたよ』
『最新鋭機だ。『碇サクラ』君の能力からして現行最強のエヴァと成り得るだろう』
それらモノリスの提案を聞いていたゲンドウが待ったをかける。
「その最新鋭機は、未だ試験前の機体。信頼に欠けます。何より第三の適格者の再登録など貴方方の総意とは言えませんが?先の議会で疑心だったではありませんか?」
『第三の適格者『碇サクラ』の使徒殲滅に対する戦果は我々の想像以上であった事は認めよう。
しかし、他の適格者の実績は皆無に等しい。よってその実力は未知数。使徒殲滅も君の職務であることを考慮すれば『碇サクラ』を外すわけにはならん』
『エヴァは試作段階の初号機は役目を終え、零号機もその役割は既に終わりに近い。必要あるまい?』『左様、優先すべき事柄は他に在る』
『我らが望む、真のヱヴァンゲリヲン。その誕生とリリスの復活を以て契約の時となるのだ。それまでに必要な儀式は執り行わねばならぬ。【人類補完計画】のために』
「判っております。全てはゼーレのシナリオ通りに…」
渋々といったゲンドウの締めに満足したのかモノリス七基のライトが消えた。残ったゲンドウは疑問を抱きつつゼーレ最終目標の確認の呟きを漏らす。
「真のエヴァンゲリオン…その完成までの露払いがこれまでのシナリオか。しかし運用体制に万全を期していた。五号機は我々の臨んだ結果ではあるが…初号機と四号機は…」
「最終目標、その前座があのMark'06なのか?あれを元に偽りの神ではなく、ついに本物の神を創ろうという訳か」「ああ、その為のネルフと成り下がってしまったがな…」
苦心に塗れたゲンドウのその胸中は察して余りあるものがある。
ネルフの目的完遂が出来ぬ今、現行ゼーレのシナリオを遂行させるだけの傀儡組織と成り下がったのだ。そしてゲンドウが抱いた疑問があった。
「それよりも何故、ゼーレはサクラを使うのだ?代わりの真希波が居るはず…」
「そうだな、ゼーレがあそこまでサクラ君を評価しているのは驚いた。碇、どうするのだ?」
「ゼーレが提案したことに我々は無碍にする事など出来る訳がない。仕方ないだろう。サクラを第三の適格者へ再登録させる」
ゼーレからの決定案によって米国政府は早速エヴァ三号機の輸送を開始したのだった。
それは後に過酷な戦いに足を踏み入れる結果となることを『惣流・アスカ』以外誰も知らなかった。
To be continued...
(2011.11.26 初版)
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