第陸幕
presented by マルシン牌様
「あの…さ、サクラ。この間の事でちょっと昼良い?」
教室に入ったサクラを待っていたのは何か気負いして話すアスカだった。サクラはその申し出に一瞬逡巡するが、よい機会だとしてそれを受けた。
「ええ、良いわよ。珍しいこともあるのね、式波先輩から話を持ちかけるなんて。明日は嵐かな?」
サクラが微笑みを浮かべながら薬が効いたアスカを内心ゴメンと謝っていた。
(物事が上手くいかないのが人生よ。私は一度それを経験しているの。貴女はそれに少し触れすぎたのよね。私の勝手なシナリオで苦悩するのは些か気が引けるわ)
朝礼のチャイムが鳴り響く中、レイはそんなサクラをずっと見続けていた。
レイとて疑問は在る。レイはサクラを使徒として当初から認識しているのだ。だが、自身とアスカに何かと気に掛けたりしている。
それは他の友人とは別の気遣いがあるのだ。それを最近になり敏感に感じ取っていた。その裏にあるものをレイは計りかねていた。
昼休憩、何かと最近縁がある屋上で、今回はアスカの謝罪で始まった。
「サクラ、ゴメン!初号機パイロット剥奪なんて…無理して私に忠告してくれたのに…それを無碍にしてゴメン」
「式波先輩、そんなに謝らなくてもいいわよ。私は私がやりたい様にやっただけ。式波先輩の実力だってある程度判っていたから言った事よ。
これからは気を張らずに自分を見つめてさ。前の式波先輩は自滅していたわよ?でも、私もちょっと無理するきらいはあるからね。今回の事は御相子様って事でいいじゃない」
式波・アスカ・ラングレーは自身の在り方についてサクラの助言により、さらにネルフの思惑と違った行動をとるようになるのだった。
それは『惣流・アスカ』が描いたシナリオに大きく影響を与える結果を齎す。
ネルフ本部の弐号機が収容されているケイジに、碇ゲンドウと冬月コウゾウの姿があった。
サクラが過去苦い思い出の一つに数えているダミーシステムが弐号機へ搭載されているのだ。
初号機無き今、弐号機をその実験機とするのはゲンドウの性格上当然の結果なのかもしれない。零号機に搭載などゲンドウの頭には無いらしい。
『第七ケイジに於けるダミーシステムの第一回無人単独…』
「あれが…ダミーシステムってやつね」
『あくまでパイロット補助との名目ですが単独での自律制御だけでなく無人状態でのATフィールド発生まで可能。子供に操縦させるよりも人道的だそうです』
葛城二佐はオペレーターの一人とのやり取りで、特注された『ダミーシステム』を搭載しているエントリープラグをモニタで見ながら何か疑心となっていた。
アスカがこれを知った時どういう態度をとるかある程度判ってもいたからだ。
その夜、葛城二佐は加持と食事に出掛けていた。だが、職場の愚痴を止めどもなく零す完全酒酔いの葛城二佐に対し勘弁してくれと言った風に加持は思っていた。
「あの新型のダミーシステムってやつ…何かいけ好かないんだけど?」
呂律が廻っていない喋りだ。かなり呑んだのか、はたまた酒の種類でこうなるのか判らないが葛城二佐にしてみればここまで酔うのも珍しいだろう。
そんな葛城二佐の疑問に加持もまた軽口で判らないと応える。
「ゴルゴダベースからの厳封直送品だからな。得体は知れないままだ」
「そんな危なっかしいもんにエヴァを預けるなんて気がしれないわ」
「人間だからあのエヴァ任せておけるってか?信用されているな葛城の部下達は」
そんな加持の軽口に合せるのもお開きなのか、葛城二佐が常々疑問を持っていた事を聞いた。
「それよりも、ゼーレとかいう、うちの上層組織の情報もらえないかしら?」
そんな葛城二佐に加持は待ったをかける。
「例の計画を探りたいのならやめておけ。今うちの部下が探っているが中々尻尾が掴めない」
「そんな…アンタの部下が掴めないなんて…まさか無能な部下なんて雇ってないでしょうね?」
「そんなことは無い。俺が唯一認めた部下だ。ちょっと問題児ではあるが、その実力は確かだ。それに今はネルフの計画は瓦解しているらしい事は判っている。
ゼーレの方は未だ計りかねている。それくらいの情報でストップを掛けろ葛城。俺も全て知りたいが命がいくらあっても足りん事だ。諦めろ」
加持がそう言い切り、さらにぼやく。「久方ぶりの食事だってのに仕事の話ばっかりだな」
「学生時代とは違うわよ。色んな事を知ったし、背負ってしまった」「お互い自分の事だけ考えている訳にはいかないか」
「サクラさん達はもっと大きなモノを背負わされているし」「ああ…子供には重すぎる…だが、俺達はそこに頼るしかない」
加持が結論付けると同時に葛城二佐のケータイが鳴った。
「はい、葛城。ええ、判っているわ。え?サクラさんが?そう。伝えておくわ」
加持がそんな葛城を見て同友を思い出す。「リッちゃんか?」
「そう、三号機テストパイロットの件。サクラさんが適格者名簿に再登録されたって」
「そうか…しかし妙だな。一度適格者名簿から外れた人物をテストパイロットの為に再登録などマルドゥック計画には無かったはずだが…」
「そうなの?じゃあ、裏で何かが起きている?」「ああ、だが先も言った通りこの件は俺に任せろ。お前にこの仕事は向かないからな」
「いい報告なんて無いんじゃなかったの?」「まっ、俺なりに足掻いてみるさ」
三号機起動実験は翌週と決まり、三号機テストパイロットは『碇サクラ』に決定となった。
その日、サクラは久しぶりのシンクロテストとあって、ネルフ本部へ来ていた。少々間があったが、普段と変わらないシンクロテストの結果である。
それは必然ではあるが良好な事を確認した後に、自販機で少し休憩していた時の事だ。ふと、後ろに気配を感じたサクラは振り向かずにその相手に言った。
「加持さんでしょ?持っているのは缶コーヒーかしら?」そのサクラの言葉に少々の驚きを以て加持は応えた。
「正解だよ、サクラさん。なんで判ったのかなぁ」「う〜ん。女の勘ってやつ?」
その実、サクラは既に使徒として覚醒している。その結果普通の人よりも感覚が優れているのだ。
「恐ろしいな。勘というと第八使徒戦の時のあれも勘かい?」
「そうね、あの時はオペレーションがとても良くできていたし皆のお陰よ。加持さんは何でここに?」
「たまには外でデートでもどうだい?最近ピリピリした感じで肌にも悪いぞ?」
「あら、私はもう売り切れですよ?それでもいいんですか?」
加持の頭には鈴原が浮かんでいたが、それは間違い。確かにサクラと鈴原は仲が良い。だがそれ以上ではないのだ。
無論、サクラが求めていたのは『碇シンジ』ただ一人である。今更男と付き合う相手などこのサクラには居ないのだ。
「デートは無理か。じゃぁアルバイトはどうだい?気分転換にはなる」
加持が連れてきたのはジオフロント内にあるどう見ても家庭菜園の畑であった。
「で、私は何をすれば?」「ああ、雑草の除去だ。案外大変な仕事でね。一人でやるのは一日を費やす位だ」
「で、バイト料が缶コーヒーって訳ね。良いわよ、たまにはこういう作業も悪くは無いわね」
雑草抜きを始めて一時間程度経過した頃、加持が口を開いた。
「ほぉ〜。サクラさんって案外体力あるんだなぁ。こりゃ負けたかな?」汗を流しながらそうサクラに言った。
「私のほうが驚きよ。でも、やっぱりこのネルフの訓練が功を奏しているのかしらね。
今まで身体を動かしてこなかったから最初期の頃は頭で理解していても体が追い付いてなかったし」
確かに、訓練開始の初日、二日目は理解できていても体力が追い付かなかったのだ。
それは『碇サクラ』が運動をしていなかったからであるが、精神が移って数日もあればその体力も追いつき始め、ついにはアスカ時代の時を超えることになっていたのだ。
「あら、これ西瓜?驚いたわ、こんな果物まで作っているなんて」「ああ、かわいいだろ?俺の趣味さ」
「何かを作る、何かを育てるっていうのは良いぞ。色んな事が見えるし、分かってくる。楽しい事とかな」
「そうね、その点、葛城二佐はこういった事苦手だそうで、結局私とレイがやるようになったのよ」
「葛城か…確かに料理等生活面においては苦手分野だな。そうだ、サクラさん、葛城をどう思っている」
加持がふと思い出したかのようにサクラへ問いかけた。
「え、ああ、葛城二佐はとても好感が持てるわよ。加持さんは葛城二佐と付き合ったりしないんですか?」
そんなサクラの返答に加持が詰まった。意地悪なサクラである。答えが判っているから始末に負えない。
「できればでいいんだが、葛城を守ってくれないか?それは俺には出来ない事なんだ。『誰か一人でもいい、アイツのそばに誰かを』って思っていたんだ。
サクラさんなら守ってくれる。そう信じている…頼む」
サクラが見たどれでもない加持の神妙な顔つきに本気で云っていることに気が付いた。確かに自身が舞い戻ったのは世界を救うという大義名分がある。
しかし、それはあの悲劇を回避することにあった。だが、こうして皆から縋られるようになると何か当初の目的が曖昧になりつつあるのを感じていた。
(全てを救う…そんな大層な事を私一人で出来る訳ないじゃない…たとえこの身が使徒であっても…)
そして運命ともいえる日を迎えた。超大型車両がひしめく中で、葛城二佐が運転する車は起動実験を行う松代へ到着した。
赤木博士も空路でその地を訪れた。この数時間後この松代の付近は地獄となることを知らずに。
『エヴァ三号機、有人起動実験統括責任者到着。現在、主管制室に移動中』
『地上仮設ケイジ。拘束システムのチェック完了、問題無し』『アンビリカルケーブル接続作業開始』
『コネクタの接続確認』『主電源切替終了。内部電圧は規定値をクリア』
『エントリープラグ挿入位置で固定完了』『リスト一三五〇までをチェック問題無し』「了解、カウントダウン再開」
全てのオペレーターからの指示を受け、葛城二佐は了承を取った。『カウントダウンを再開、地上作業員は総員退避』
『テストパイロットの医学検査終了。現在、移動隔離室にて待機中』
ほぼ全ての葛城が行うべき工程作業は終わりを見た。そしてこの実験の統括責任者である赤木博士への引き継ぎとなった。そんな葛城二佐のところへ連絡が入る。
「あら、守秘回線?サクラさんから?」葛城二佐が管制室から外へ出て、応対する。
「どうしたの?サクラさん本番前に」
『本番前に連絡ってこれしかないでしょ?なんなのよこのテスト用プラグスーツ!新型っていうから期待したのに…。
式波先輩と同様に紅いのはいいのよ?でもこれは幾らなんでも見えすぎじゃないの?』
サクラが着ているプラグスーツは最新モデルのテストタイプの物。赤木博士肝いりの新型である。色は赤。
元々は式波・アスカが着る予定の物だった。しかし初号機の廃機に伴った変更によりサクラが着ているのだ。
そしてそのスーツは身体の線が際立つ物でもあった。元アスカとしてこれは如何なものかと葛城二佐へ連絡したのだった。
「そうなの?それ赤木博士の特注品だそうよ?テストが終わった後にでも上申しておく?」
『ええ、お願いするわ。これじゃ式波先輩に笑われちゃうわよ』
そんなサクラの言葉に葛城二佐も苦笑いを浮かべて最後こう締めくくった。
『そう、アスカと和解できたのね。アスカだってサクラさんの事を頼りになるエースパイロットだって近頃は言っていたわよ。胸を張って頑張りなさい』
その言葉に無言を貫いて電話を切ったサクラであった。これからの予定を考えると葛城のそれは不要すぎる言葉だった。
この後想定される出来事。それを自身が味わうのだ。あの『碇サクラ』でさえ、身震いをするほどだ。
(大丈夫よ、アスカ!こっちの世界の私が何とかしてくれる!)
だが、サクラは重要な事を見落としていた。ダミーシステム、それをアスカが乗る弐号機に搭載されているという事実である。
式波アスカとの戦いは想像を絶する過酷なものとなるのだ。
三号機のエントリープラグもまた新型である。LCLの純度や操縦桿すべてが新型。ただ初号機や零号機とその操縦システムタイプは同じで、反応速度が違うというだけ。
正式タイプである弐号機と同等か少々性能が良いとされている反応速度である。その中でサクラは初搭乗の感想は至ってシンプルだった。
(へぇ〜。居心地は最高じゃん。けど問題は此処に寄生しているのよね使徒が)
感覚の優れているサクラは既にこのエントリープラグ付近に使徒が居ることを確認していた。そして起動開始の合図が赤木博士より伝達される。
「エントリースタート」『LCL電荷、圧力正常値。第一励起状態を維持』
『プラグセンサー問題無し。検査数値は誤差範囲内』「了解、作業をフェイズ2へ移行。第二次接続開始」
赤木博士の言葉を聞いた刹那、サクラは自身の持つ使徒としての能力を解放させる。この潜伏する使徒と抗うためである。
(バカに単純な名前だけど…まぁ良いわね第一八使徒覚醒、【ASKA REVERSE】に接続開始)
その瞬間、水音がエントリープラグ内に響き渡る。更には、サクラの目の前から徐々に汚染されていくのだった。
エントリープラグ内には子供が笑うような声が響き渡り、サクラへ浸食を開始。
それと同時にエントリープラグの座席の位置が凄まじい勢いでエヴァ側に引き込まれる。その結果、エヴァは完全に制御不能と化し、起動したのだった。
『プラグ深度150オーバー。精神汚染区域に突入!』オペレーターの悲鳴にも似たその報告に葛城二佐と赤木博士は動揺した。
「何故、急に?」『パイロット、完全に安全深度を超えました』
「引き止めなさい!このままではサクラさんはヒトでなくなる!」「実験中止!回路切断!」
しかし、アンビリカルケーブル等を遮断してもエヴァは動作を続ける。オペレーターが状況を逐次報告するがどうにもならず三号機は臨時に設置された格納庫から出ようともがく。
『ダメです!体内に超高エネルギー反応!』その報告に赤木博士と葛城二佐は青ざめながらつぶやいた。
「まさか…」「使徒?」そんな呟きに対して、外に居る三号機は咆哮し、辺り一面エネルギーの塊を放出したのだった。
To be continued...
(2011.12.03 初版)
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