第壱幕
presented by マルシン牌様
マリは突然の事に呆気に取られていた。よもやあのゼーレからの救援である。
それも間違いなき『碇サクラ』の予測通りのシナリオ。
既にマリはサクラからある程度の裏の情報を握らされていた。
碇ゲンドウらネルフスタッフもこの異常事態に呆気に取られている、槍一つで使徒を足止めしたことと新たなエヴァが登場したことに。
そんな中で渚カヲルは憎い敵を見る目で第十使徒を見ていた。ふと思い出される過去の話。それは渚カヲルがこの世界に来た時の事。
彼は正に、悲しき運命の子供であった。『委員会』と呼ばれる裏の組織によって造られた命、そして同い年の子供に死を選択させてしまった子供。
全く以てあの世界での『渚カヲル』はそうして消えていったはずだった。
だが、あの『碇シンジ』がそれを良しとしなかったのだ。
碇シンジがあの紅い世界に溶けた瞬間願ったことがあった。
『カヲル君も救いたい』シンジが願ったのは当然の帰結である。
碇シンジが目覚めた理由に『渚カヲル』の存在が確かにあったのだ。
渚カヲルがこの世界で目を覚ました時すべてを知ったのだ、この世界はサードインパクトが起きた世界ではなく別次元の世界だという事に。
それは渚カヲルにとって喜ばしい事ではなく当然愕然としてしまったのは正しい感情であった。
(何故、シンジ君はこの世界に僕を…)
だが、それも数分、この世界での役割を知った彼は当然の如くそれを阻止することを内心で決めたのだ。
一度経験したあの悪夢とも思える惨劇をこの世界の『碇サクラ』に押し付けるわけにはならなかった。
カヲルが良く知る者はこの世界では性別が変わっていたことも驚愕の事実であったが、それ故にカヲルは更なる決意を秘めることになった。
だが、カヲルをも以てして、予想していなかった事実が第四使徒戦後明らかになったのだ。
渚カヲルがふとした理由でその映像を見たとき、何か違和感と既視感を覚えたのだ。
初号機を操縦する『碇サクラ』の様子がどこか不自然に手馴れている様子であったことがきっかけだった。
何か惣流・アスカ・ラングレーの操縦に似た感じの雰囲気があったのだ。
(まさかシンジ君は彼女も?)
カヲルはそんな思いを持って、モノリストップとの初顔合わせをした。
『渚カヲルよ、貴様は我々の野望の成就。その一点のみを願う。それを誓うのならゼーレエヴァ搭乗適格者第一号となってもらう』
「ええ、良いですよ。そのために僕は生まれてきた…貴方達の願いは僕の願いでもある」
カヲルは心底このセリフを吐くのに多大なストレスがあったがそれをおくびにも出さないのは流石、アルカイク・スマイルのお陰だろう。
『了承した。これより渚カヲルをゼーレエヴァ搭乗適格者名簿01として登録する。
渚が乗るエヴァ、Mark’06だが建造中である。完成次第行動を移してもらう事になる』
そうして渚カヲルはひと時の眠りについたのだ。
それから碇サクラがネルフへ登録され、第四、第五、第六の使徒を倒し、ゼーレの計画の初段階が完遂した時、渚カヲルは再び目覚めた。
ゼーレはこの時、碇サクラの異常な精神力とその操縦術に疑心になっていた。
彼らが願う真のエヴァの完成それを使った【人類補完計画】の完遂。
彼らに時間は無い、そして財力もこの計画によってほぼ底をつくのだ。
だがそれが完遂すれば世界は理想郷へと変貌する事をゼーレは夢見ていた。
だが、この碇サクラがその夢を達成する依代になるのかという危惧をゼーレは持ったのだ。
そんなゼーレを嗜めたのは他でもない渚カヲルである。彼は彼が識る真実をゼーレに渡した。
【第十七次人類補完計画】の概要である。それは【第三十四次人類補完計画】とは全く異質であった。何とも矮小な願いの基に造られた悲劇的な結末。
ゼーレはそれを認め、それが今の碇サクラも知っているであろう事実を告げた。
「彼が助けたのは僕だけではありません。彼が気に掛けていた一人、『惣流・アスカ』もまたこの世界に来ているはずです。
貴方達が疑心になっている碇サクラは彼女の可能性がある」
それを聞いたモノリストップは【第三十四次人類補完計画】の予言の精確性と共に、『惣流・アスカ』がこのゼーレと共に行動するのだろうという予測を描いたのだ。
そんなトップの予測はあながち間違いではなかった。『惣流・アスカ』はほぼ確実にゼーレの狙いを予想して、ゼーレに歩み寄っていた。
それは『惣流・アスカ』の罠という事を残念ながらモノリストップは考慮の外であった。何よりもその考慮を渚カヲルという存在が希薄にしていたことは明白であった。
この時を以て真の救世者は、まさしく渚カヲルという事になる。渚カヲルは第八使徒戦の『惣流・アスカ』の行動から正しくその意図を汲み取っていた。
(彼女は恐らく第九使徒に乗っ取られる…ゼーレとの決別は近い…この世界は僕たちが守る!)
そうして今に至る渚カヲルと惣流・アスカの二人の戦いは最終局面と向かうのである。
第十使徒、それは第三使徒の容貌でいて、それを強固なATフィールドを覆ったゼルエルにも負けない最強の拒絶タイプであった。
渚カヲルが乗るMark’06から放たれた槍によって押さえつけられたそれは槍から抜け出そうと足掻きを見せるが、カヲルはそれを押さえつける。
槍が完全に地面まで貫通し、完全に使徒の動きを抑えたのであった。
しかし、この第十使徒これで終わるような使徒ではなかった。
徐にその体躯を再び捩じらせその槍から乱暴に抜け出すのであった。これにはカヲルも驚愕の顔を作りつつも態勢を整える。
『ネブカドネザルの鍵』を仕込んだMark’06はその運動能力とパイロットとのシンクロを限界までに引き上げられている。
いわば、未来からの来訪者である惣流・アスカや渚カヲルが良く知る『碇シンジ』の途轍もないシンクロ率の実現がこのMark’06では可能であったのだ。
にも拘らず、この第十使徒はそれに肉薄していった。焦るカヲルは奥の手とばかりに自身からATフィールドを纏って、それを槍に込め始める。
「これで終いだ!」
カヲルは操縦桿を固く握りしめ、Mark’06から放たれるATフィールドを纏った槍を見やった。
第十使徒はMark’06の猛攻で回避動作が困難な状況に陥っていた。
その結果その槍を完全に戴く格好になってしまった。当たった瞬間、第十使徒は最後の咆哮をあげながら爆発し、十字架の爆炎をあげたのだった。
この恐ろしき第十使徒戦は辛くもゼーレ、ネルフ側の勝利となったが、代償が大きい。
弐号機の半壊、零号機の全損という結果を以てネルフ保有のエヴァは既に死に体と化した。
碇ゲンドウや冬月コウゾウは最早、『人類補完計画』がこの先成功するなど思っていなかった。
あのロストナンバーの『鍵』は未だあるが、それを使う手段は無い。宝の持ち腐れとなっている。
唯一、ゼーレが目指す『真のヱヴァンゲリヲン』による『新世界の創造』ただそれだけが彼らの存在理由であった。
『第三十四次人類補完計画』そのゼーレ側が提示した予言書は次の内容であった。
曰く、十二使徒が目覚める時、救世者が現れる。
曰く、救世者はこの世界を破壊より救う。
曰く、その為すべき事は福音を持つ鬼神を変容させ真の世を創造する。
この予言書を基にネルフの総司令はもう一つその計画の残滓を使い、碇ユイとの邂逅を果たそうと画策していたのだった。
それを知っている『惣流・アスカ』がまず初号機を廃機とさせるべく、動いたのだ。
彼女の考えではまず厄介なネルフ総司令の野望を砕き、ゼーレに歩み寄った形をとったのだ。
その代償に救世者は眠り姫となった。そんな中に居て、ゼーレは気が付いていないのだ。
その眠り姫がゼーレ側の真なる計画を頓挫させるよう今までシナリオを書き換えていたことに。
それに気が付いているのはただ一人だけ。そう渚カヲルだけであった。
その渚カヲルはMark’06の特殊なエントリープラグ。(所謂、筒状ではなく戦闘機コックピットのような形)から降り、弐号機へと駆け寄っていた。
半壊した弐号機を見やると、エントリープラグのハッチを動かし、搭乗者を救出したのだった。
「君は、真希波・マリ・イラストリアスさんだったね?」
カヲルがそう言葉を掛けるとマリは割れた眼鏡を掛け直して、素直に頷いた。
「少し急ぐよ。綾波レイさんが危ないからね」
カヲルが言いながら駆け足で零号機が収容されたケイジへ足を進めた。マリはそんなカヲルを追いかける形で駆けた。
To be continued...
(2012.01.21 初版)
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