夜の公園に静寂と暗闇が迫って来た。
雲間に浮ぶ黒い月に銀の月が隠されていく。
金銀妖瞳の滴が天空から零れ落ちる地上に『ソレ』は忽然と現れた。
夜の闇から抜け落ちるように現れたのは車椅子に乗った老紳士と、喪服姿の淑女。
老紳士の腰まで伸びた白髪は、僅かに漏れる月の光で白銀色に反射している。顔に刻まれた皺も深く、老人の歩んできた歳月を雄弁に物語っていたが、その眼孔だけは鋭く猛禽類の如き光を放っていた。
その傍らに立つ淑女の方は、黒いベールを被っておりその表情までを窺い知る事は出来ないが、黒衣の服が均整のとれた若々しい身体を包んでいる。
「…次元因果律が乱れています。この空間全体のパレス磁場にも変化が……」
「……やはりそうか………」
喪服の淑女の言葉に、車椅子の老紳士が静かに口を開いた。
「…戦いが、始まるのですね……?」
「そんなものはとうの昔に始まっておる。…それこそ、”この世界”が生まれるずっと前からな……」
「そうでしたわね…」
「”約束の刻”は近い。……さて、世界はどう選択する?」
その時、風が激しく鳴った。
木々が騒々しくざわめく。
大気が鳴動を繰り返す。
まるで、老紳士の呟きに世界が震えているように……。
「では、行くか…。我等はこのために…”風を越えて”やって来たのだ」
「はい」
淑女はそう応え、車椅子の取っ手を掴むと再び闇の中に向けて歩き出した。
二人の姿が完全に闇の中に溶けた後、雲が一瞬にして霧散し、代わりに陽光が姿を現した。
???
白い部屋…。
壁も床も天井も、すべてが白で画一化された小さな部屋…。
そこに一人の少年が膝を抱えて座っていた。
年の頃は14・5歳、中世的でなかなかの美しい顔立ちをしている。
髪や瞳は深海を凝縮したかのような深い”蒼”をしていた。
だが、その神秘的な瞳には何の光も篭っていない。
絶望も無ければ希望も無く、怒りも無ければ悲しみも無い…およそ人間に必要な感情の色が何一つ無く、ただ無機質なだけの瞳が自分の膝を見詰めて座っていた。
シュン…!
扉の圧縮空気が抜ける音がする。
部屋に二人の男が入ってきた。
一人は白衣を着ている研究者風の男性、そしてもう一人は色付きの眼鏡と顎鬚を蓄えた壮年の男性だった。
「…この子供か……」
何の前置きもせず顎鬚の男が言葉を発する。低く威厳のある声だ。
「はい、唯一の成功例です…」
白衣の男性が答える。
少年は二人の会話に何の反応も示さず、ただじっと蹲っている。
まるで外界の声など聞こえないかのように……。
事実、少年には関心が無いのだ。
世界も…
他人も…
自分すら…
ただ、そこに在るだけ。
息をしているだけの存在。
そこには何ものも価値など無い。
顎鬚の男が少年の前に立った。
そのままじっと少年を見下ろす。
「………だれ?」
どれほど時間が経過しただろう?長い沈黙の後、ようやく少年が僅かばかり上を見上げて言葉を発した。
無機質な、鉄のように冷たい声を…。
「…『碇』の者に挨拶はない。私の名はゲンドウだ」
些か奇妙な言い回しだが、それがその男の挨拶なのだろうか…。少年の凍るような冷たい声に僅かの動揺も見せず、そう答えた。
「…………」
少年は名乗らない。此処ではそんなものに価値など無いからだ。
自分はずっと番号で呼ばれていたのだから…。
「お前は今日から『碇』を名乗れ…」
「………いかり……?」
ゲンドウと名乗った男の言葉に、少年が僅かに反応する。
無表情ながらも、その顔には僅かに戸惑いの色が浮んだ。
この部屋で少年が見せるはじめての感情の揺らぎだった。
「そうだ、お前は今日から碇…『碇シンジ』だ。良いな……」
男はそう言って部屋を出て行った。
少年にしては珍しく、扉が閉まるまでその背中を目で追っていた。
「……いかり…しんじ……。僕の、なまえ……?」
沈黙が埃となって部屋に降積もるが如き長い時間が経過した後、誰に聞かれる事も無く、少年が小さく呟いた。
今、運命の歯車が動き出す……。
それが世界の選択である。
第一章 サクラサク
presented by ミツ様
『次は翔蘭高校前〜、翔蘭高校前〜』
「あっ…すいません!降ります、降ります」
長野県…将来の遷都を目的として開発された第三新東京市を走る市営バスのアナウンスが聞こえた時、窓の外の景色をボ〜ッと眺めていた少年が慌てて立ち上がり、乗降口の方へ走っていった。
「ふぅ……危うく乗り過ごすところだった〜〜」
バスから降りて身体の半分はあろうかという大きなバックを道端におろしながら少年は呟いた。
綺麗な”黒い瞳”と”艶やかな黒髪”を持ったなかなかの美少年だ。白を基調とした機能的なブレザーを着ているところを見るとまだ学生だろう。凛々しい格好とも言えなくも無いが、どこか”ぽややん”とした印象を受けるのは何も中性的な顔立ちの所為ばかりではないようだ。
荷物を置き、落ち着いたところで周りを見渡す少年。
『味のれん』と書かれている定食屋の看板の向こう…道一つ渡ったところに桜の樹に囲まれた学校の校門が見える。
「あそこが学校かぁ…。僕も今日から立派な軍人、頑張らなくちゃ……って、まだ訓練生だけど……」
などと一人ツッコミをしていると、薄い桜色のワンピースを着た女性が近づいてきた。
「…ひょっとして、『シンジ』君……?」
「あっ、はい。そうですけど……」
突然声をかけてきた女性は30代半ばくらいの品の良さそうな感じの人だ。甘栗色の髪を短く切り揃えているところが清楚なイメージをもたせている。
シンジの言葉にその女性はパッと微笑んだ。
「ああ、良かったぁ〜〜。さっきからずっと待っていたんだけど、全然現れる気配が無いからてっきり道にでも迷ったんじゃないかと心配していたのよ。…それとも、もしかしたら何か事件に巻き込まれて融解でもされちゃったんじゃないかって……そんな事があったら警察に通報して…いえ、警察は当てにならないわね。ここはやっぱり自衛隊を動員して……」
「あ、あの〜〜…ちょっと……」
何やら危険な発想に進みそうになっている彼女にちょっとヒキながらも、シンジは恐る恐る話し掛ける。
「…あっ、ご免なさい。私ばっかり喋って」
「い、いえ……」
ようやく自分の世界から帰ってきたようだ。どうやら学校関係者のようだが、トリップしたままじゃ話が先に進まない。口には出せないが内心ほっとするシンジ。
だが、その女性は次の瞬間、何を思ったのかいきなりシンジの頬を両手で挟むと自分の顔を近づけてきた。
「あ、あああああのっあのっ……!!???」
その仕草に少年は真っ赤になる。
女性の顔はすでに数センチのところまで接近していたのだ。
「うんうん、私の理想にピッタリ!やっぱりゲンドウさんは頼りになるわねぇ」
「えっ?ゲンドウって……」
この謎の女性から出てきた知っている単語にシンジは驚く。
…確か、あのラボで僕に名前をくれた人……。
「あらヤダ…私ってば自己紹介もまだだったわね…」
シンジの思考を他所に、女性は話を進めていく。
「私の名はユイ。『碇』をやっているわ。ゲンドウさんとは夫婦なの」
「は、はぁ……、そうなんですか……」
優しい微笑みを浮かべる女性、碇ユイを見て、…何かあの厳つい人に似合わないなぁ…などとかなり失礼な事を思っている。
しかし、ユイから発せられた次の言葉に、シンジは我が耳を疑った。
「そして、今日からはあなたの『母親』にもなるのよ」
「はっ?……今何と…?」
やや間が抜けた声を上げるシンジ。
「だ・か・ら!私はシンジの『お母さん』になるのよ」
指を左右に振りながら可愛く答えるユイだったが、シンジはほとんど聞いていなかった。
あまりの事態の推移に頭が付いていかない。…一体この人は何を言っているんだ?
「……えっ?…お母さん?…だ、誰が?」
シンジの問いに、にっこりと自分を指差すユイ。
「………誰の?」
今度はシンジを指差す。
そこで彼の思考は止まった。
「えぇええええええええええッ!!???」
仰天の声を上げて立ち尽くす少年を、にこにこと笑顔を浮かべて見詰める謎の女性…いや、碇ユイだった。
To be continued...
(あとがき)
こんにちは、ミツです。
この「新世紀幻想」はPSのゲーム『ガンパレード・マーチ』の世界観を取り入れたエヴァキャラ入替物です。
今後どのような展開になっていくかは分かりませんが、「贖罪」共々宜しくお願いします。
ではでは。
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