第二章 入学
presented by ミツ様
翔蘭高校前
「……ごめんなさいね、驚かして……」
「い、いえ……」
心配そうに見詰めるユイに、シンジは困ったような笑みを浮かべる。
衝撃の『母親宣言』の後、シンジは暫く茫然自失となっていた。
しかし、それも無理はないだろう。
いきなり初対面の人間から「今日からあなたの母親よ」などと言われれば、誰だってそうなる。
そんな、呼びかけても返事をしないシンジにユイは大層動揺し、おでこにおでこをくっ付けて熱を測ったりもした。
もっともそれがかえってシンジの脳内シナプスをパニックに陥らせる結果となったことは想像にかたくないだろう。
「ゲンドウさんったら何も言ってなかったの…?」
「は、はい…」
「もう!あの人ったら本当に口下手なんだからっ!」
憤慨したように頬を膨らます。何故かそんな仕草が可愛く見える。
二人は翔蘭高校の校門をくぐっていた。
そこは両脇に樹木が植えられた街路道になっており、正面の方に校舎が建っている。古い建物だがその横には噴水もあり、なかなか風情があった。
「一応ね、私も此処の教師なの。分からない事があったら何でも聞いてね」
校舎の玄関に入り、廊下を歩きながらユイが嬉しそうに話し掛けてくる。
「そうなんですか…凄いですね」
「もう、親子なのに他人行儀ねぇ」
「すっ、すみません!」
シンジは顔が赤くなる。どうも『親子』という言葉はヘンにくすぐったく…苦手だ。
そんな他愛ない会話を交わしながら歩いていると、ユイは渡り廊下を抜けてグラウンドの方へ向かって行った。
「あ、あの……どこへ行くんですか?」
教室へ行くものとばかり思っていたが、これでは校舎を出てしまう…。そう思い、シンジはユイに声をかける。
「ああ、私達の校舎はこの先なの。ウチは規模が小さいから他所の学校に間借りしているのよ」
「そうなんですか……。規模が小さいってどれくらいなんです?」
「ええとね…シンジを入れてちょうど七人目よ」
「えっ、七人!?…たったそれだけなんですか?」
シンジが吃驚したように目を見開く。
「もっとも、すぐに増員が来るわ。でも、他所の部隊からの引き抜きとかもあるから結構時間がかかるのよ。取りあえずはその人数で発足といったところかしら?」
「…は、はあ……」
屈託無い笑みを浮かべるユイを見て、えらいトコに来たなぁ…と嘆息するシンジであった。
プレハブ校舎前
校庭の片隅に立つプレハブ造りの建物。どうやら此処がシンジの通う学校のようだった。
そして、その傍らには小さな木造の建物もある。
「こっちの建物は今はまだ使われてはいないけど、シンジ達が戦車学校を卒業したら合同訓練の部隊設立委員会の執務室になるのよ」
ユイはそう説明した。
シンジは鷹揚に頷きながら、このくたびれた建物を見渡す。
(しかし、プレハブ校舎とは……。成る程、戦時急造の寄せ集め部隊にはこれでも贅沢という事か……)
…政府は少年兵を盾にして時間稼ぎをしようとしている……。
こんな噂は昨年の『少年兵強制徴兵臨時特別法案』が可決された時からまことしやかに囁かれてきたことだ。
お偉いさんにとって、人間一人の命など紙切れより軽いものなのかもしれない…。
シンジがそんな事を考えていると、授業の開始を知らせるベルが鳴り響いた。
「あっ、予鈴だわ。ごめんなさい、急ぎましょう」
ユイが慌ててそう言い、二人はプレハブ校舎へ掛けて行った。
「ええっと、それからね……」
サビの浮いた階段を昇る途中、ユイは足を止め振り返る。
「教室ではちゃんと『先生』って呼ばなきゃダメよ。親子でも公私はハッキリさせないと……あっ、でも家では『お母さん』で良いからね」
「……は、はあ……」
その言葉に、シンジはまた顔を赤くする。
「何だったら『ママ』でも良いのよ」
「…………」
此処でちゃんとやって行けるのか……心底不安になったシンジであった。
プレハブ校舎2階・A組
「やっと全員揃ったわね」
シンジが教室に入ると、目の前には40代半ばの白衣を着た女性と、ユイと同じ30代後半くらいの外国人らしい金髪の女性が出迎えた。
すでに教室の席にはこの学校で共に学ぶ生徒が着席している。
年齢はさまざまだ。シンジと同じ年の生徒もいれば、明らかに小学生としか見えない子供もいた。
(寄せ集めの混成部隊ってのは本当だな……)
「ユイ先生、遅いですわよ」
シンジがそう思っていると、最初に声をかけてきた白衣の女性が言った。
「ごめんなさい、ナオコ先生。シンジに校舎内を案内していたもので…」
「この子が、そうなの?」
今度は金髪の女性が話し掛ける。
「ええ、キョウコ先生。この子がウチのシンジです」
ユイはにこにこしながらシンジを紹介した。
「まあ良いわ…取りあえずシンジ君、空いている席に座りなさい」
「は、はい」
ナオコ、と呼ばれた女性にそう促され、シンジは席に向かった。
途中、生徒達が興味津々の面持ちでこちらを見てくるが、その内の数人がいやにキツイ視線を送っているのに気付く。
(なんだろう……?)
訝しがりながらも、取りあえず席に着くシンジ。
「さて、これで全員揃ったわね。それではこれより我が第62高等戦車学校の入学式を始めます。…まずはじめに、校長先生のご挨拶から……」
教壇に立つナオコがそう宣すると、教室の入口から初老の男性が入ってきた。
長身で白髪、温和そうな表情からは”好々爺”という言葉が似合いそうである。
その男性はナオコがひいた教壇の上に立つと、教室の全員を一人づつ見渡しながら静かに口を開いた。
「…諸君、私が第64戦車学校校長の冬月コウゾウだ。君達は本日付けをもってこの学校の生徒となった。そして、数ヵ月後には戦場に借り出されるだろう……。それまでに生き残る為の技術を身に付けたまえ。血ヘドを吐いて得られた技量のみが戦場で生き延びる唯一の手段となる…。そのことを忘れないように……以上だ」
そう言って冬月はおもむろに出て行った。
全員が暫し呆然とその後姿を見やる。
「コホン…、それでは入学式はこれまで。それと、今日から私達があなた方の教育係となります。私は衛生医の赤木ナオコよ」
「惣流キョウコです。人型兵器による三次元戦術理論を教えます」
続いて金髪の女性が答える。
「碇ユイです、整備技術を担当します」
最後にユイが自己紹介をして、どうやらオリエンテーションは終了のようだった。
教師達が教室を出て行く時、ユイがシンジのところにやって来て一枚の紙を手渡す。
「そうそうシンジ。家の住所はこのメモに書いたから、学校終ったら寄り道しないで真っ直ぐに帰ってくるのよ」
「あっ、は…はい」
シンジは顔を赤くしながらその紙を受け取る。
ゾク…
一瞬、またキツイ視線を感じた…。
To be continued...
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