第三章 青と赤
presented by ミツ様
プレハブ校舎2階・A組
授業が終わり、ボーッとしているシンジの前に一人の少女が近づいて来た。
朱色の髪で青い瞳を持ったなかなかの美少女だが、彼女の最大の魅力は躍動感溢れる仕草にあるだろう。
颯爽とした歩き方からは自信漲る瑞々しい生気が満ち満ちている。
その夏の向日葵のような少女がシンジの前に立つと、腰に手を当ていきなり話しかけてきた。
「ねえ!アンタが碇シンジ?」
強い口調で話すそれは明らかに挑発的なニュアンスが込められている。
「えっ、そうだけど……」
「ふ〜〜ん……冴えないわね」
シンジがドギマギしながらどもっていると、少女は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
顎を上げて見下ろす高飛車な態度だが、不思議とその姿が様になっていた。
「ア、アスカ!失礼な事言っちゃダメよ」
そこに黒髪を左右に束ねた少女が慌ててやって来る。
「だってヒカリ、ホントの事じゃな〜い。こんなぽややんとした奴がユイ叔母様の息子になるなんて信じらんないわ!」
「も〜う!どうしてアスカはそう口が悪いの。…ごめんなさいね、碇君。この娘って言い方がキツくて……あっ、私、洞木ヒカリって言うの、よろしくね」
ヒカリと呼ばれた少女がソバカス混じりの頬を赤く染めて何度も謝った。
「う、ううん…気にしてないから……」
呆気に取られていたシンジがそう言うと、朱金の少女…アスカが更に声を荒げた。
「ヒカリが謝る必要なんてないわよ。こんな見るからに鈍くさそうなヤツ、この惣流アスカ様がいる部隊でやっていけるワケないでしょう!今の内とっとと尻尾巻いて逃げた方が身の為よッ!!」
ビシィッ!と指をさしてシンジを睨みつけるが、当のシンジはそんなアスカの剣幕を気にした風もなく、幸せような笑みを浮かべて応えた。
「へぇ…キミ、アスカって言うんだ。よろしくね」
「アンタバカぁ〜!?気安く名前呼ばないでよねッ!大体何でこのアタシがアンタなんかとヨロシクしなきゃなんないのよッ!!」
「ち、違うよ…別に”よろしく”ってそんな意味じゃないよ……」
シンジは相手を宥める口調で言ったが、そんな態度がアスカには「余裕がある」ように見えて、益々癇癪を爆発させる。
「アスカ!いい加減に……!」
「そーだよ、アスカちゃん。おにいちゃんいじめじゃめーなのよ!」
いきなり下の方から声が聞こえた。見ると、今度は小学生くらいの女の子がこちらを見上げていた。
青い髪と紅い瞳が印象的な可愛らしい少女だ。
「ウッサイわねぇ、チビれい!」
「ぶぅ〜、れいちゃんちびじゃないもん、りっぱな『れでぃ』です!」
頬っぺたを膨らませて、少女が抗議する。
「ヘッヘ〜ん!そんなチンチクリンで何がレディよ。まっ、アタシくらいナイスバディになってから言いなさい」
「むむぅ〜〜、あすかちゃんのいじわるぅ!」
「ちょ、ちょっと…二人共、落ち着いて……」
睨み合う二人を仲裁するようにシンジが割って入ったが、アスカは更に鋭く睨みつけて怒鳴った。
「アンタに関係ないでしょ!触んないでこの変態!バカシンジッ!!」
…これから先、ことあるごとにアスカはシンジのことを「バカシンジ」と呼ぶようになるのだが、これが記念すべき最初の一言となる……。
初対面の相手に何故こうまで悪し様に罵られなければならないのか…シンジは人生の不条理を嘆くように床に『の』の字を書いて落ち込む。
「よしよし、いいこいいこ。おにいちゃん、ないたらめーなのよ」
れいがとてとてと歩いてきて、なぐさめるようにシンジの頭をなでなでしてくれた。
「……あ、ありがとう。…ええと、れいちゃん?」
「うん!れいだよぉ。えへへぇ〜〜…」
幼女がはにかみながら、にぱっと笑う。
それは世界を一撃で幸せにするような笑顔だった。
「キミもこの学校の生徒なの?」
シンジも何となく幸せそうな気分に浸りながらそう聞き返す。
れいと名乗った子はどうみても八歳か九歳くらい…普通なら強制徴兵の範囲外のはずだからだ。
「そうだよ」
れいの無邪気な笑みを見ながら、シンジは先ほどまでの幸せな気分が沈んでいくのを感じた。
(…これじゃ、いくらなんでもあんまりだ……)
シンジが思ったのは子供に戦争をさせる事に対してではない。
そんな事を言ってはいられない状況だということは彼も知っている。
だがそれよりも、れいのような小さな子供までがかき集められている事実が、いかにこの部隊が急場の寄せ集めであるかを痛烈に思い知らされたのである。
しかし、そんな内心の思いを表には出さず、シンジは優しく幼女に話し掛ける。
「……そっか、偉いね…。れいちゃんは一人なのかい?」
「ううん、おねえちゃんといっしょだよ」
「お姉ちゃん?」
「ほら、あそこでご本よんでるひと」
小さな指が指差す方向には、れいを五歳ばかり成長させたような、これまた美少女が窓際で静かに読書をしていた。
髪の毛もれいと同じ青、瞳も同じ紅である。
「本当だ…れいちゃんに似ているね」
ふと、少女がシンジの視線に気付く。
窓際の少女はその紅い瞳に何の感情も浮かべず、じっとこちらを見ている。
「あっ…ご、ごめん。……えっと…その……」
無言の圧力にに耐えかねたようにシンジはしどろもどろになるが、少女はそんな姿を無視して席を立ってしまった。
「ふぇ?いっちゃった…」
(…どうも、方々で嫌われてるみたいだな……)
れいが不思議そうに首を軽く傾け、シンジも自嘲気味な笑みを浮かべた。
「あの子が、れいちゃんのお姉ちゃんなんだ…?」
「うん、”あやなみレイ”っていうんだよぉ」
「え?…それってれいちゃんと同じ名前……?」
「うん!だって、れいちゃんたちはおなじたいぷだもん」
シンジが疑問を口にすると、れいは嬉しそうに話す。
「……ひょっとして、キミ達って…?」
「うん、『ブルー・ヘクサ』だよぉ」
あっけらかんとした笑顔に、シンジは複雑な思いを禁じ得なかった。
《ヘクサ》
この世界に存在する人間にはすべて「世代」というものが存在する。
それは生まれた時代のカテゴリーであり、能力的なカテゴリーでもある。(純粋な人間は第一世代《モノ》のみで、他の世代はクローニングされた存在である)
この物語の主な登場人物は第六世代《ヘクサ》と呼ばれており、対使徒戦に生体強化された人間である。
原種の人間よりも遥かに高い戦闘能力を持っているが、第六世代最大の特徴は『力翼』と呼ばれる翼(ウォードレスの機体制御に使用)を持っていることと、左手に備え付けられたレンズ状の高度情報結晶体『多目的結晶』(これもウォードレス、エヴァの起動に必要)があること。
生殖能力は持たず、ただ戦う為のみに存在する悲しき鬼子である。
《ブルー・ヘクサ》
第六世代《ヘクサ》に、更に実験的に特殊な能力を与えられた改良固体のこと。
だが、必ずしも全員が能力を発現するわけではなく、失敗し能力が裏目に出る場合も多い。外見上(青い髪や青い瞳等)に特徴がある。
ブルー・ヘクサには予知能力やシンパシー能力等、様々な能力があるが、それを得る為には人体実験ともいえる筆舌に尽くしがたい非人道的な研究が行われるのだ。
シンジは目の前の少女が、ただ見た目だけの存在ではないと理解した。
「でも…おにいちゃんはれいちゃんたちともすこしちがうみたい。なんかふしぎなかんじ……?」
その言葉に僅かに彼は声を落す。
「……そう言う事は、あまり言わない方が良いと…思うよ」
「うん、わかった。おにいちゃんと二人だけのひみつだね!」
あくまで明るい少女の声。
「…えっ?」
天真爛漫で無邪気なその様子に、さすがにシンジは戸惑った。
「うん!うん!れいちゃんはねぇ…ラボでは今までなーんにもひみつに出来なかったから。ずっとひみつを持ちたいっておもってたんだぁ。……えへへ、なんかうれしいなぁ。ねぇ、おにいちゃんのこと、”しんちゃん”って呼んでもいい?」
「…何でその事も……ひょっとして…読んだの?」
シンジは硬い声をあげる。……彼女はその能力で自分の心の中を覗いたのだろうか?
少年の表情に暗い翳がさした。
だが、れいは首を振った。
そして可愛らしい手でピッとシンジの胸元を指差す。
「…なふだにかいてある」
「あっ………」
シンジは顔を赤めて自分の制服を見た。…確かに胸の処に認識票がある。
…数瞬、時間が止まった。
その後に不意に笑いの衝動に突き動かされた。
考えてみればたった七人のクラス…名前を知らない方がおかしい。先程のアスカだって自分の名前を知っていたではないか。
シンジは滑稽なほど神経質になっていた自分に笑った。
「そ、そうだったね……ハハ…ごめんね、れいちゃん」
「ううん、えへへ…しんちゃん、やっとわらったね」
「笑った?」
シンジは不思議に聞き返す。
「うん、しんちゃんさっきとても哀しそうなめをしていたのよ」
「そ…そうかな?」
「えっとね…えがおはとてもだいじなのよ。それはみんなをしあわせにするから。だから、それがせかいのせんたくなのよ」
シンジはどきりとした。
自分の半分にも満たない幼子の一言が、何故か胸に響いた。
だが、二人が和んだ雰囲気を出していると…、
「ちょっとアンタ達!人の話聞いてんの!?無視すんじゃないわよッ!!」
「うわッ!?」
「ふぇぇ?」
アスカの突然のアップに、思わず飛び退るシンジとれい。
その怯えた表情が更に感に触ったのか、アスカは益々不機嫌になった。
「何よ!この超絶美少女アスカ様の顔を間近に見といて失礼なヤツねぇ〜〜。いいこと!この部隊にいる限り、天才であるアタシの足引っ張るんじゃないわよッ!分かった!?」
またまたビシィッ!とシンジを指差すアスカ。
「う、うん…」
この一々芝居がかった物言いに…(慣れるとこれはこれで面白いかも)…などと思い始めるシンジは結構神経が太いのかもしれない。
「アスカ!もういい加減にしてこっちに来なさい!…それじゃ碇君、ごめんね」
ヒカリがアスカの両脇をがっしりと掴んだ。
「ちょっとヒカリ!?離しなさいって!アタシはこのバカにビシッと言ってやんなきゃ……!」
「はいはい、後は『味のれん』で聞くから…行きましょ」
「まって、れいちゃんもいくぅ〜」
『味のれん』と聞いて何か美味しい物が食べられると思ったのか、れいが嬉しそうにヒカリのもとに駆けていく。
「じゃあ、アスカの片手を持ってね、れいちゃん」
「うん!あすかちゃんいこっ!れいちゃん、ちょこぱふぇがたべたいなぁ〜」
「あっ、コラ!チョット………離しなさいってぇぇぇぇぇッ!!」
しかし抗議の言葉も虚しく、ヒカリとれいの二人に半ば強引に引き摺られながら連れて行かれるアスカ。
「…結局、何だったんだろう?あの娘………」
そんな、嵐のような暴風娘の襲来に暫く固まったままでいたシンジの肩を叩く者がいた。
振り向くと、そこには眼鏡を掛けた少年とジャージ姿の少年が立っていた。
年の頃はどちらもシンジと同じくらいだろう、二人共人懐っこい笑顔を浮かべてコチラを見ている。
「よう、何か凄いところに入校してきちゃったな、俺たち」
「ホンマや」
二人の少年がそうシンジに話しかけてきた。
「えっと…キミ達は?」
「俺か?俺は相田ケンスケ」
眼鏡の少年がそう言うと、今度はジャージの少年が自己紹介を始める。
「ワシは鈴原トウジや。よろしゅう」
「は、はぁ…よろしく」
シンジも取りあえず挨拶する。
「ま、今日は学校もこれで終わりみたいだし、親睦を深める為にも一緒に帰ろうぜ。…俺が面白いトコ案内するよ」
「えっ?でも僕は今日早く帰らなきゃ……」
「まあまあ、固いこと言いっこナシ!」
「そやそや、今日はワシらの親睦会や!」
「い、いや?あの、ちょっと!?」
ケンスケ達はそう言うと、強引にシンジを伴って教室を出て行った。
To be continued...
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