第四章 策動
presented by ミツ様
翔蘭高校・臨時校長室
翔蘭高校には教師が二種類いる。
一つは本校の教師で、もう一つは第64戦車学校の教師達だ。
シンジ達の学校は人数も少なく翔蘭高校の敷地を間借りしている形であり、それ故にこのような変則的な事態が生じているのだ。
そしてこの臨時校長室の椅子に、間借りしているプレハブ校舎の校長…冬月コウゾウが目を閉じてもたれかかっていた。
ピピッ…ピピッ…。
金属音が鳴り、薄目を開けた冬月は事務机の上に置かれている通信機のスイッチを押す。
軍が採用している情報端末を兼ねたシロモノだ。
起動し、液晶モニターのウィンドウが開くと、すぐに画面いっぱいに厳つい髭面の顔が映し出された。
着ている制服とその装飾が上級の軍人であることを示していた。
シンジの父親…となった碇ゲンドウである。
サングラスに隠れたその瞳には画面越しにも分かるほど鋭い光が宿っている。
「私だ…」
挨拶も無く、ゲンドウはいきなり切り出した。
「…無事、入学式は終了したようだな」
「まあな。…まずは第一段階クリア、と言ったところか…?」
ゲンドウの傲慢な物言いにも冬月は何の反応も示さない。
『碇』とはそういうものなのだ。
『碇一族』。
政治・経済・軍事の中枢に食い込み、絶大な権力を誇る一族だが、その実態は定かではない。
数少ない情報によれば、彼等は”血”よりも”記憶”を重要視し、その能力を高い者を積極的に養子に迎え入れる。ゲンドウも引き取られた養子であるし、ユイもそうだった。
故に彼等は「碇をやっている」というのである。
碇に生まれるのではなく碇に”なる”のだ。
もっとも、この一族には問題も多く、民主主義に反する危険思想とテロリストとを交互に排出する呪われた一族と揶揄する者もいる。
それでも取り潰しにならないのは優秀な参謀も数多く排出するからであるが、兵の命など将棋の駒程度にしか思わない作戦は味方からも蛇蠍のように忌み嫌われていた。
自らをこの惑星の記憶と名乗る、尊大で傲慢、非人道的論理を持つ一族…。
彼等はそれまで人類が保有していなかった奇跡の技術の数々を保持し、使徒と戦う人類の為に供与してきた。
その真の目的は不明。
しかし、彼等が権力や金の収集を目的としていない事だけは、彼等の政敵も認めざるを得ない事実である。
目の前の画面に映っている男はその本質を体現したような男だ。苛烈な独善的行動は、時に味方すら恐れさせる。そしてそれはほとんどの『碇』に言えた事だった。…そう言う意味では、ユイは一族の中では稀有な存在なのかもしれない。
冬月はふと、そんな事を頭に浮かべたが、口にした言葉は別のものだった。
「で、今日は何の用だ?まさかその為だけに通信を入れてきたワケではあるまい?」
その問い掛けに、ゲンドウは重々しく口を開く。
「…”L"が、現れた」
「ほう…」
冬月の口から驚きと…そして若干の畏怖の篭った声が漏れた。
「三年ぶりだな。最後に会った時は…確か満州だったか……」
”L"……。
軍すら正体の掴めぬ車椅子に乗った老人と、そして彼に影の様に付き従う喪服姿の淑女。
碇一族が今日までの地位を築いたのは、偏に彼等の助力によるものが多い。
人型戦車、ウォードレス、多目的結晶…超技術の数々は実は彼等よりもたらされたものだと知る者は、碇の中でも極僅かしかいない。
初めて彼等に会った時はいつの時だったか……。
(そうだ…あれはまだ『二十歳』になったばかりの頃か……)
冬月は遥か昔の思いに胸を馳せる。
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…何処の場所にいても、似合わぬ二人だった。
其処にあったものは絶対的な”違和感”。
何をしても、何処にいても場違いな…そんな印象を『若い』冬月は彼等から受けた。
地上に堕ちた、本来なら星々を旅する存在……。
…そんな感じの二人だった。
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・
「…で、彼等は何と?」
感傷を振り払うように冬月が尋ねる。あの二人が現れた以上、尋常な事ではない筈だ。
「”約束の刻が来た”……それだけを私に告げて去って行った」
ゲンドウが厳かに答える。
「約束の刻?…どういう意味だ?」
「分からん。だが何らかのメッセージである事は確かだ。ひょっとするとシンジが鍵を握っているのかもしれん…」
「シンジ君がかね……?」
冬月は入学式で見たあの柔和そうな顔を思い浮かべた。
「…冬月……シンジを見て、どう思った?」
モニターの中で手を組み直したゲンドウが冬月に尋ねる。
「そうだな……正直、何故お前が彼に”碇”と”シンジ”の名を与えたのか良く分からんよ。…まあ、良さそうな子だとは思うが……」
ゲンドウの唇が皮肉げに歪んだ。
「フッ…甘いな。どうやら耄碌して眼も衰えたと見える」
「オイ…耄碌は酷かろう。そう言うお前はどう見たのだ?」
「見たとおりだ…一種の化け物だよ、アレは……」
「化け物…?」
この男から出た、あまりにも意外な言葉に思わず聞き返した。
優しげで中性的な顔立ち…どう考えても化け物という表現が似合う少年ではない。
だが、ゲンドウは更に言葉を続けた。
「そうだ。我々とは根本的に異なる存在……もっとも、今はほとんどを”寝かしつけている”ようだがな…」
「…それほどの存在とはとても思えんが……」
信じられないように冬月が疑念を口にする。
「軍の無能なジジイ共に飼い慣らせるシロモノではない。…いや、我らとて危うい。もしかしたら、我らは身内に最大の敵を招き入れてしまったのかも知れん…」
言葉とは裏腹にゲンドウの声はどこか嬉しそうだった。
冬月は嘆息する。
この通常とは異なる思考回路を持った怪人の前では『常識』という言葉は酷く薄っぺらで、脆いように感じるのだ。
「本当に分からん男だよ、お前は…。それだけ危険と判断するなら、何故手元に置こうとする?」
忌々しいほどふてぶてしく、どんな状況に於いても己の腕を信じて疑わぬ男。
それこそがゲンドウという男の凄みであった。
「…現実とはいつもつまらんものだ」
「何だ…急に?」
突然話題を変えたゲンドウの真意が掴めず、冬月は怪訝な表情を浮かべる。
しかし、ゲンドウは構わずに話を続けた。
「そのつまらん現実を前にして、人には三つの選択肢が有るという…何だか分かるか?」
「いや……」
冬月は頭を振って答える。
「それはな、つまらん現実に『慣れる』か…。
つまらん現実から『逃げる』か…。
それとも、つまらん現実を『変えてしまう』かだ…。
……そう、だから我らには選択の余地は無かったとは思わんか?」
この突拍子も無い、非論理的ともいえる無茶な言動。
そしてそれを信じて行動する思考の不可解さを、冬月は今でも理解出来ない。
だが、それこそがまさに味方すら恐れさせる魔人の魔人たる所以なのだろう。
「まあいい。…で、例の件は?」
これ以上話をしても精神的に疲れるだけだと判断した冬月は、実務的な話題に会話を移した。
「問題無い。作業工程は5%も遅れてはいない…」
「やれやれ…また他の部隊から恨みを買うな…?」
冬月は諦めたように溜め息を吐く。
ただでさえこの校長室は翔蘭高校の”元”生徒指導室なだけに居心地が悪いのだ。
この学校の教師は、第64戦車学校の教師をまるで居候のような目付きで見る。
さすがに冬月には面と向かってそのような無遠慮な態度をとる者はいないが、元来生真面目な性格故に気苦労も多かった。
「必要があればどんな手段でも講じる。それが『碇』というものだ…」
事も無げに言うゲンドウに、やや皮肉をきかせるつもりで冬月は言った。
「どうでも良いが、ユイ君は泣かせるなよ」
「フッ…やはり耄碌したな、冬月。年は取りたくないものだ…」
そう言い、不敵な笑みを浮かべて通信を切るゲンドウ。
何も映らなくなった通信機の画面を見ながら、冬月は深々と嘆息した。
「…まったく……ああいうのが『可愛い』と言うのかね、ユイ君は…?」
翔蘭高校・教職員室
「へっくちぃ!」
二つの高校の教師が勤める職員室に、一際大きなクシャミが鳴った。
「あら、ユイ先生…風邪?」
どこから持ってきたのか、年代物の石油ストーブの上で餅を焼いていたキョウコがユイに尋ねる。
…翔蘭高校の老教師が気難しげな視線を時折送るが、気にした風は無かった。
「ユイ先生、お餅は何にする?磯部?それとも砂糖醤油?」
「あっ、私、きな粉ね!……う〜ん…誰か噂でもしているのかしら……?」
鼻をかみながらユイは小首を傾げる。
「ゲンドウ君じゃないの?」
納豆餅を頬張っていたナオコが意地悪い笑みを浮かべてからかうように言った。
あの強面が、日に一度は欠かさずにユイにメールを送っているのを知っているからだ。
もっとも、内容までは知らないし、知りたくも無いが…。
髭面で頬を弛めながらメールを打つゲンドウの姿を想像してみる…。
……何やら怖い考えになってしまい、ナオコは全身に寒気を覚えた。
「ウチの人は寂しがり屋だから」
にこにこと照れたようにはにかむユイ。
「…アレが……寂しがり屋ねぇ……」
からかうつもりが逆にあてられる形になってしまったナオコとキョウコは、互いの顔を見合わせながら引き攣った笑みを浮かべる。
”痘痕も笑窪とは良く言ったものね…”。
二人の脳裏をほぼ同じ思考が交差した。
To be continued...
(あとがき)
こんにちは、ミツです。
今回はシリアスな展開にしたかったのですが、何故か後半、三賢者の皆さんが井戸端おばさんになってしまいました。
でも職員室で餅大会か……冬月校長の苦労が忍ばれます。(^^;
ちなみに”L”は某ジャンプキャラとはまったく関係ありませんのでご了承ください。
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