第十三話
presented by ミツ様
NERV本部・実験ホール制御室
闇の中に浮ぶ巨大なシルエット…。
ヒトの創り出した究極の汎用決戦兵器、エヴァンゲリオン初号機。
その巨人は、後部や四肢を歪な拘束具によって抑え付けられていた。
制御室からは赤木リツコや葛城ミサト、他数名の研究所員がガラス越しにその威圧的な巨体を見詰めている。
「起動開始」
「主電源、全回路接続…」
「主電源接続。フライホイール、回転開始…」
オペレーターの声と共に、内部電源の重低音が場内を微かに振動させる。
「フライホイール、スタート。……稼動電圧、臨界点を突破。エヴァ初号機、起動します」
細心の注意をもって進められている起動シーケンス。
モニターに映る全ての表示が次々とグリーンに変わっていく。
人類が英知を結集してこの怪物を制御しようと足掻くその姿は、宛らガリバーの巨大な力に恐れおののく小人の群れを連想させた。
「神経接続を開始……シンクロ率16.7%。シンクロ誤差、0.3%以内…」
「位相空間の発生を確認」
「エヴァ初号機。A.T.フィールド、展開しました!」
興奮した口調でオペレーターが叫ぶ。同時に制御室に溜め息にも似た声が上がった。
巨大実験ホールで行われたエヴァのA.T.フィールド展開実験は完全に成功をおさめた。
「凄いわね…彼……」
腕を組み壁に背をもたらせながら実験の経過を見ていたミサトは、サブモニターに映っている少年を見て思わず呟く。
長年、NERVの技術機関が辿り着けなかった境地にあっさり到達した少年に、今更ながら驚愕の念を抱いたのだ。
キューブ型の各種ディスプレイに映し出されるグラフ表示を見詰めていたリツコが冷静に分析を始める。
「このデータをフィードバックすれば、現在凍結中の零号機やドイツの弐号機もA.T.フィールドを展開させる事が出来るようになるわ…」
「まさにエヴァに乗る為に生まれてきたような少年ですね」
「…………」
マヤも感嘆の声をかけるがリツコはそれには応えず、スピーカー越しから少年に声をかけた。
「シンジ君…」
「…はい」
ゆっくりと目を開くシンジ。
LCLで満たされているプラグ内に、黒曜の眸が鈍く光った。
「A.T.フィールド展開実験はこれで終了よ。続いてインダクション・モードによる実技テストに入りたいんだけど……身体の調子はどう?」
「問題ありません」
「エヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの配置、全て頭に入っているわね?」
この少年にとっては何度も経験していることだ。しかし、二度手間と知りつつも訓練のレクチャーを続けるリツコ。
「はい」
「ではマヤ。始めて…」
「わかりました」
マヤがコンソールを操作すると、プラグ映像内に仮想空間の街並みとホログラフィック化された第三使徒の姿が映し出された。
「インダクション・モード開始」
その声と同時に内部電源のカウントが開始される。
シンジは銃身を構え、トリガーを引く操作を行う。
数発の火箭が使徒の横を掠めるように光ると、次の瞬間、残りの弾丸が使徒のコアに撃ち込まれていった。
その放火を浴び、四散するように消滅する第三使徒のホログラム。
「…目標をセンターに入れてスイッチ……」
だがシンジは構えを解くことも無く、新たに出現したホログラムに照準を定めている。
スコープに映るその眸からは何の感情も読み取る事は出来なかった。
NERV本部・技術研究室
「…射撃は……まあまあのレヴェルだったわね。ちょ〜〜ちシンクロ率が低いのが心もとないけど…」
シンジの訓練を終えた後、いつも通りリツコの部屋にやってきたミサト。
だが、言葉とは裏腹に機嫌は良かった。
シンジの射撃成績は、本職の軍人であるミサトと比べればまだまだだったが、素人の少年であることを差し引いてもかなりの好成績といえたからだ。
「これでエヴァと兵装ビルとの連携が取れれば…イケるかもしれない……」
ようやくパイロットに訓練らしい訓練が施されて充実しているのだろう。ミサトの瞳は興奮で輝いていた。
「どうぞ」
「あんがと、マヤちゃん」
マヤの淹れてくれた珈琲を美味そうに啜る。
しかし、その浮かれた気持ちに水を差すようにリツコが話し掛けた。
「…ミサト。機嫌が良いところ申し訳ないんだけど、あの訓練はやってもあまり意味が無いと思うわ」
「えっ!?な、何でよッ!??」
驚き、リツコを振り向くミサト。
「先の使徒の皮膚装甲を調べた結果、ウチのパレットライフルの弾頭に使用する劣化ウラン弾よりも強度があることが判明したわ。今後現れる使徒の戦闘能力が第三使徒以下とも思えないし、パレットライフルの有効性はかなり低いわね」
「待ってよッ!それじゃ困るわよッ!」
「設計上に不備は無いわ。…ただ、敵の能力がこちらの予想以上だっただけ……」
「そんなの言い訳になんないわよッ!!」
激昂するミサトだったが、リツコは涼しい顔で言ってのけた。
「もっとも、そのデータを基に現在最優先で武装強化計画を実行しているところだけど……」
そう言って、パソコンのディスプレイにエヴァの兵器開発の項目を見せるリツコ。
「な、なんだぁ〜〜、それを早く言ってよ。リツコも人が悪いわねぇ、ちょ〜っち焦っちゃったじゃない」
ミサトはほっとしたように胸を撫で下ろした。
「私たちも別に遊んでいるわけではないわ。…マヤ?」
「はい」
リツコの視線を受け、マヤは手元に抱えていたファイルをミサトに手渡す。
「どうぞ、葛城さん。関係部署に提出予定の技術三課の新兵器開発プランです。図形化し、文章でも簡単に補足してありますので素人にも解りますよ」
何気にひどい事を言うマヤ。ミサトの顔が思わず引き攣り、リツコも口元に手をあてて笑いを隠した。
「サ…サンキュ、マヤちゃん………しっかし、アンタって結構毒あったのね…?」
「えぇ!?何でですかぁ?」
不思議そうに可愛く首を傾げる彼女の仕草を見て、「年いくつやッ!!」とツッコミたくなるのを辛うじて堪える。
(流石リツコの後輩だけのことはあるわね…いいえ、自覚が無い分、余計タチが悪いかも……)
”小リツコ”…などという失礼な考えを頭に思い浮かべながるミサトだったが、資料に目を通すうちに段々表情が真剣なものになってくる。
ファイルには剣やチェーンソーの様な近接兵器の他にも、エヴァ専用陽電子砲の改良型やらN2兵器を使用する大型バズーカ等の銃器類が各ページに渡って多種に提示されていたからだ。
「………何か、リツコの趣味がモロに出てるってカンジ……えっ!?」
軍隊でもない国連の一組織が所有するにはあまりにもパワーバランスを逸脱した超兵器の開発項をパラパラ捲っていたミサトの視線がある一点で止まる。
「チョット!?これって……?」
驚愕の表情を浮かべたミサトとは対照的に、リツコはすました顔で珈琲に口をつけた。
「旧ゲヒルン時代に使われていたF-21エリアの、今は使用されていない第8地下環状線と614番モノレールを接収……特殊磁生体を用いた高周波加速空洞を製作し、超高速に加速した粒子を衝突させる施設を建造する予定よ」
「…って、それってまさか……ッ!?」
ある想像に達し、恐る恐る尋ねるミサト。
「ええ、完成すれば総出力12テラ電子ボルト以上…直径4キロのレバトロン型巨大粒子加速器になるわ」
「………か、過激ねぇぇ〜〜……」
旧東京を結んでいた…今は使用されていない区画とはいえ、街をまるで巨大な実験場のごとく扱う友人に冷や汗を浮かべる。
「仕方がないわ、技術は日々進歩させる為にあるのよ。使徒の生体を暴く為にはこの程度の施設が最低限必要ね」
「…その前に、予算が通るかどうかが問題じゃない……?」
「……もっとも、四極電磁石挿入型ビーム位置モニターやセプタム電磁石といった観測精度、自走の安定性、粒子ビームの収束率、どれを取ってもクリアしなければならない課題は多いけど……」
ポツリと呟いたミサトの皮肉はさらりと無視するリツコ。
「はぁ〜〜……。でさ、そんな大規模なモノは兎も角、ここにある武器はいつ頃出来んの?明日?それとも明後日?」
まるで図画の工作のように簡単に言うミサトに、リツコは呆れ顔を浮かべた。
「…あのね、こんなものがそうホイホイ出来るわけ無いでしょう?私は”カルパ=タルーの樹”なんて持ってないのよ。ポジトロンライフルにしたって完成するには早くても後一ヶ月以上はかかるわ」
勿論、そんな理屈はミサトには通用しない。
「ちょっ、ちょっと!それじゃ遅いわよッ!!使徒はいつ来るか分かんないんだからッ!!」
「……可能な限り急がせるわ。…でもねミサト、いくら武装を強力にしてもそれを使いこなせなければ意味が無いのよ…?」
「ウッ…わ、わかってるわよ……」
リツコの冷たい口調に不貞腐れたような顔をするミサト。今年で三十路の大台に乗るはずだが、そんな仕草はやけに子供っぽかった。
「それにね、エヴァの最強の武器って何だと思う?」
「最強の武器??何それ?」
興味が沸いたのか、ミサトが聞き返した。
「それはA.T.フィールドとあの五体よ。エヴァの圧倒的なパワーで繰り出される拳や蹴りの一つ一つが必殺の武器になるの…。それに使徒との戦闘はA.T.フィールドを中和しながら弱点であるコアを攻撃する近接戦闘が友好とMAGIも判断したわ。……よって、技術部としては武装の強化以上にエヴァ自体の強化案を検討する事が重要と考えるわ」
「…それって、接近戦をメインに作戦を立てろってこと……?」
「そうね。……もっとも、私にそこまでの権限は無いけど……」
その意見にミサトは複雑な表情を浮かべる。
軍人出身のミサトにとっては銃火器への信望は強い。
そして、それ以上に前回の戦闘で思い知ったのだ。パイロットの判断に頼らざるを得ない格闘戦が主体では、自分が使徒に復讐を果す事にはならないと……。
今でも思い出す…。
十五年前の悪夢…。
天空に起立する四枚の羽…。
アレがアタシの人生を狂わせた…。
どうしても頭から離れない…。
忘れさせてくれない…。
疼くのだ……胸の傷が…。
どんなに夢中になることを見つけても、我を忘れ快楽のみに溺れてみても、まるで飽く事を知らない餓鬼のように常にココロの何処かに喪失感を覚える。
………この飢えを満たす為には……。
ミサトは、銀のペンダントを強く握り締めながら言葉を発する。
「…子供を……これ以上危険な目に合わせらんないわよ。……それに、この訓練がまったく無意味とは言えないでしょ?」
「……ええ。あらゆる訓練は無駄にはならないわ……」
感情を込めずにそう答えるリツコ。
「だったら続けるわ。どんな状況にも対応出来るパイロットを育てる事がアタシの仕事だし、…これ以上シンジ君の負担を増やすようなマネしたくないでしょ?」
だからアタシ達もしっかりサポートしないと、と腕まくりをする。
己の目的の為の自己弁護と欺瞞……他人の心と自分の心…その双方を誤魔化すシンジが嫌ったミサトの性癖だ。
その理由も分かる。
(……自分に似ているからでしょうね………)
シンジ自身、贖罪の為と口にしながらも心の裡にはどす暗い闇の部分が渦巻いているに違いない。
でなければ、あのように澱んだ眸を持つことなど出来ないだろう。
あまりにも近すぎる者同士……それ故に嫌悪する。
そんな二人の思考を正確に理解したリツコだったが、あえて何も言わなかった。
「……それにしても、不思議なコよね」
空になったコーヒーカップを弄びながら、ミサトが話題を変えるように話をふる。
「…誰のこと?」
「惚けないでよ、シンジ君のことよ。……何て言うか、本当はまた乗ってくれるとは思わなかったから……」
両手を頭の後ろに組んでバツが悪そうに呟く。
『人類の未来の為』などという大義名分を振りかざして何も知らない少年を勝手に戦場に送り出した事に今更ながら罪悪感が沸いたのだろう。
「…そう?彼、最初から全然嫌がってなかったじゃない?」
「だからヘンなのよ。…あの子を嗾けた本人が言うのも何だけど、アタシが同じ立場だったらと思うと……」
多分逃げ出していたわ…と、ミサトは苦い表情で語った。
そうだ。普通ならそう思うはずだ……。
あの少年にとって、この第三新東京市に来てから何もかもが初めて尽くしだったはず。
”人類が滅亡する”
”パイロットはお前しかいない”
”だから命をかけて戦え”
そう言われて素直に戦う人間などいるだろうか?
答えは……『否』。
そんな人間などいやしない。いたとしたらそいつは余程の楽天家か…さもなければ脳みそまで蜂蜜漬けの現実を直視出来ない夢想家か何かだ。
それなのに…シンジは震えて泣き出す事も、不条理と喚き散らす事もしなかった。
何の感情も示さず、自ら戦場へと向かった。
自分が死ぬかもしれないというのに。
恐怖は無かったのか?
身は竦まなかったのか?
絶望は?
怒りは?
普通の子供の精神状態からはあまりにも逸脱した行動。
……はっきり言って異常だった。
そして今度は進んでパイロットに志願したという。
あの少年が何を考えているのか分からない…。
こんな事なら自分達をなじってくれた方がどんなに気が楽だったことが…。
「…結局、人類の為とか言いながら、アタシはシンジ君の気持ちなんか何も分かろうとしてなかったのよね……。それで自分の指揮には従わせようとする……まったく、我ながら嫌になるわ……」
自嘲気味に笑うミサトを黙って見詰めるリツコ。
ミサトは昔から情に流されやすいところがある。そして…そんな自分に酔うところも。
しかし、だからと言ってそこから先何かをどうこうするわけではないのだ。
ただ、嘆くだけ…。
落ち込むだけ…。
その人間の更に内側に踏み込む事を極端に嫌う。
誰かが「あなたの所為じゃない」という免罪符を与えてくれるのを待っている。
親切心を出した、”残酷な他人”。
たしかに、シンジとミサトは似た者同士なのかもしれない。
だからこそ………。
「ミサト…貴女の悪い癖よ。自分をそうやって責めて、ただ逃げてるだけ……それは問題の解決にはならないわ……」
「………わかってる……」
痛いところをつかれた様に顔を歪めるミサト。
部屋に気まずい空気が流れていった。
「…あっ…で、でも、シンジ君。思ったほど怖くなかったですね!」
今まで黙って二人の会話を聞いていたマヤだったが、場を和ますように話し掛ける。
ミサトもその言葉に救われたのか、調子を合わせる様に明るい声で応えた。
「ちょ〜っとマヤちゃん、シンジ君を一体何だと思ってたのよぉ」
「えっ!?…す、すみません。………で、でも……」
慌ててマヤは謝罪するが、そのまま口篭ってしまう。
「まっ、気持ちは分かるけどね……」
そう言ってミサトは椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げ、黒髪の少年に思いをはせた。
〜三時間前〜 NERV本部・第一発令所
「…本日よりエヴァ初号機の専属パイロットとして配置されました、碇シンジです……」
発令所の面々に挨拶をするシンジ。
「そう、歓迎するわシンジ君。これから大変だと思うけど頑張ってね」
作戦部長であるミサトはそう応えたが、他の職員達は複雑そうな表情を浮かべている。
無理も無い……皆、前回の戦闘の記憶が生々しいのだ。
……圧倒的な戦闘力。
……狂気を纏った凄絶な嗤い。
露骨には出さないが全員の顔に怯えの色が見てとれた。
特にマヤなどは顔色まで蒼くなっている。
「…葛城さん、でしたよね?」
「んっ?…何、シンジ君?」
しかし、そんな周囲の雰囲気を気にした風もなく、シンジはミサトの前に立ち深々と頭を下げた。
「前回の戦闘の事は無我夢中であまり覚えてなくて……すみませんでした」
シンジの口から出た突然の謝罪の言葉に面食らうミサト。
「えっ!?……あ、ああっ、…良いのよ!気にしないで!いきなりあんな状況に追い込まれたら誰だってパニクるわよ」
「…微力ですが役に立つよう頑張りますので、……よろしくお願いします」
「うん、期待してるわ。それと、アタシの事は『ミサト』で良いわよん!」
そう言って上機嫌で笑いかけるミサト。
マヤや他のオペレーター達も、シンジの意外に素直な態度を見て安心したのか、やはり普通の子供なのだとほっとした表情を浮かべている。
だからかもしれない……。頭を下げた少年の顔に昏い翳がかすめたのを……この時は誰も気付かなかった。
「…んで?そのシンジ君は何処行っちゃったの?」
ミサトが周囲をキョロキョロと見渡しながら尋ねた。…件の少年は訓練終了後、何処とも無く姿を消しており今は此処にはいない。
「…病院よ」
彼女の問いにリツコは無表情に答えた。
「えっ!?何処か体調でも悪いの?」
「違うわ。…レイのところに行っていると思うわ……」
「なに?お見舞い?…意外ねぇ〜」
ミサトが驚いたように聞き返す。
失礼な話…そういう事をする少年とは思っていなかったのである。
………マヤの事はとやかく言えまい。
「そうなるかしら……」
「へぇ、優しいんですね。シンジ君」
マヤも素直に感心する。ミサトもうんうんと頷き、
「成る程、戦場で芽生えるロマンスかぁ。カァ〜〜ッ!!シンジ君もオットコの子ねぇ。病室でヘンなことしてんじゃないのぉ〜〜!?」
「か、葛城さん…フケツですぅ」
ニマぁ〜〜っと下卑た笑いを浮かべるミサトに顔を真っ赤にさせながら抗議するマヤ。
しかし…玲瓏たる女科学者はそんな二人の様子を冷ややかに見詰めるだけだった。
To be continued...
(2005.12.03 初版)
(2005.12.10 改訂一版)
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