贖罪の刻印

第二十一話

presented by ミツ様


  第三新東京市・山間部

 

重厚な音を立て鋼鉄製の扉が開いた。

第303緊急非常用ハッチの中から現れるトウジとケンスケ。

「ヒィ、ヒィ………止まっとるエスカレーターが、これほどキツイもんだとは…」

トウジが壁に手をつきながら根を上げる。二人とも汗だくで、肩で息をしていた。

「ゼィ、ゼィ…ッ!こうしちゃいられない…急がないと始まっちゃうぞ!こっちだ、トウジ!」

「お、おい…待ててケンスケ!早すぎるで!」

石の階段を元気よく駆け上がるケンスケ。それに遅れまいと慌ててトウジが追いかける。

二人は神社の境内を突っ切り、草むらを掻き分けて高台に身を乗り出した。

「見ろ、トウジ!最高のロケーションだよ!」

ケンスケがハンディカメラを構えながら叫ぶ。眼下に広がるは、第三新東京市全体を一望出来る景色だった。

「…さ、さよか……」

元気一杯のケンスケに対して、トウジは息を切らしながら応える。いつもながら自分の趣味の為に行動する時の友人の体力には目を見張るものがあった。

遠くの方で不意に爆音が聞こえた。

フィンダー越しに音が聞こえた方角を見渡すケンスケ。そして一点にカメラを固定するとニヤリと会心の笑みを浮かべる。

「き、来た!」

カメラの向ける先、高層ビルかの陰から現れる巨大な未確認生物の姿。

「す、凄い!これぞ苦労して来た甲斐があったというもの!凄い迫力!!」

「あれが使徒っちゅうヤツか……」

小躍りせんばかりのケンスケに比べ、トウジは身の竦む思いで使徒の異様な姿を確認していた。」

「おっ……!」

低い振動音が聞こえてくる。そして地下から何かがせり上がってくる音。

カメラから顔を離したケンスケが偽装ビルに目を凝らすと、開閉シャッターが開きカタパルトから射出されたエヴァンゲリオン初号機が現れた。

「待ってましたぁ!!」

ケンスケが嬉嬉としてその勇姿をカメラに収めていく。

「凄い、凄いぞ!あの造形美!あの躍動感!まさに究極のクリーチャ〜〜ッ!おおっ!あれはGAUー23型、120mmパレット・ガン!」

「……あんなんに乗っとるんか…、アイツは……」

狂喜乱舞するケンスケの傍らで、トウジは茫洋とした表情で紫の巨人を見詰めていた。

 

 

 

  NERV本部・第一発令所

 

「シンジ君、作戦通り敵A.T.フィールドを中和しつつパレットの一斉射、いいわね?」

『了解…』

「エヴァ初号機、リフトオフ!」

作戦管制室からミサトの命令が飛ぶ。

身体を固定しているガントリーリフトのロックが解除され、前傾姿勢で地上に足を下ろす初号機。

それと同時にD-07兵装ビルに配備されているパレットライフルを抜き取った。

眼前の使徒は鎌首を擡げる様に頭部を前傾し、胸部に脚を収納させ戦闘形態をとっている。

 

【A.T.FIELD GENERATING】

 

発令所の副モニターに映し出される表示。

「A.T.フィールド、発生を確認。敵フィールドを中和していきます」

マヤがミサトの方を振り向き報告する。

「射撃開始!」

ミサトの号令と同時にシンジが抜き打ちでパレットライフルの引鉄を引く。銃口から飛び散るマズルフレアが初号機の鬼の顔を照らした。

銃弾は風となって空気を引き裂き、一直線に使徒に降り注ぐ。

轟音!

閃光!

爆発!

死を齎す白銀色の銃雨が撃ち尽される。

だが、連続して着弾した弾丸は粉塵として粉々に舞い上がり、立ち込める煙で発令所モニターの視界がゼロになってしまった。

「バカッ!弾着の煙で敵が見えない!!」

シンジはそれには応えず、突然ライフルを放り出して後方へ跳んだ。

黒煙で埋められた空に光が疾る!

一瞬前まで初号機がいた空間に細身の刃ともとれる物体が水平に薙ぎ払われ、投げ出されたライフルをまるでバターでも引き裂く様に粉々に分解していった。

「なッ!??」

ミサトが驚愕の表情を浮かべる。

見ると使徒の姿に変化が生じており、前脚ともとれる部分から光る鞭状の武器が展開されていた。

「ダメッ!シンジ君、避けてッ!」

叫ぶ声より速く疾風が続いた。

遅れて届く破壊音。おそらく触腕の尖端は音速を超えているだろう。

体勢を立て直す暇も無く第二撃が襲い掛かる。

斜め方向から長剣の斬撃のように初号機の両脚を薙ぎに来た。

膝を曲げて跳び上がる初号機。

だが、着地したところに再び第三撃が迫ってくる。更に右、左と煌めく閃光。

それをほとんど本能とカンだけで躱し続けているが、他に打つ手が無く付近の施設の被害が徒に増えていくだけだった。

 

 

 

  山間部・神社

 

「なんや!?もうやられとるで、アイツ…」

防戦一方の初号機を身ながらトウジが呟いた。

「大丈夫、まだだ!」

ケンスケがカメラを構えながら叫ぶが、戦況は思わしくなく徐々に追い詰められていく。

「あっちゃ〜〜、やっぱ殴られてたのが効いてたのかなぁ……」

「うっ、うるさいわいッ!!」

前言をあっさり翻すケンスケの言葉に罪悪感がぶり返され、思わずトウジは声を荒げた。

「…せやけど、やっぱそろそろ逃げた方がいいんちゃうか?」

「な〜〜に言ってんだよ!お楽しみはこっからじゃないか!」

ケンスケが不満を漏らす。

「死んでもうたら終いやで!」

「だから転校生を応援してるんだろ?その為にトウジもここに来たんじゃないか?」

「うっ…ワ、ワシは別に……」

上手いように丸め込まれるトウジだが、ケンスケにしてみれば折角苦労してシェルターから出てきたのに、こんなところで帰る訳にはいかないのだ。

(まだまだシャッターチャンスはあるんだから!)

しかし、彼等は理解してはいなかった。

これはゲームでも映画でもなく、本当の戦闘なのだという事を。

自分達の行動が戦場に於いてどれだけ障害になるかを。

完全に理解するには至っていなかった…。

 

 

 

  NERV本部・第一発令所

 

「シンジ君!予備のライフルを出すわ、受け取って!!」

初号機の右側面に位置するD-13兵装ビルの開閉シャッターが開くが、初号機は使徒の攻撃から逃れるのが精一杯で中々近づけないでいた。

「あ〜もうッ、何モタモタしてんのよッ!兵装ビルの方から援護は出来ない!?」

「無理です、あの位置はまだ建造中で…攻撃範囲から大きく逸れています!」

「くそッ!」

日向の報告にミサトはやきもきしたように吼える。

それでも初号機は何とか兵装ビルに辿り着くと、パレットライフルを構え直した。

「ナイスよ、シンジ君!距離を取ってもう一度ライフルで攻撃!今度はコアを集中的に狙って!!判った!?」

『…了解』

スピーカー越しにシンジの声が静かに聞こえた。

初号機が今度は移動と射撃を繰り返しながら敵のマークを外し、銀色の銃弾を浴びせる。

しかし劣化ウランの弾丸が使徒の身体に届く事はなかった。

見ると、先程の触腕が楯状に変形し全ての攻撃を弾き返してしまったからだ。

「…あれで、ライフルの攻撃を防いだというの?」

ミサトが唖然とした表情で固まる。

不意に周囲の建物が衝撃波を伴い爆砕した。

紙屑のように破片が舞い散る武器庫ビル。

驚くことに使徒はその巨体を超高速で移動させ、一瞬の内に初号機の眼前にまで迫ったのだ。

「は、疾い…!?」

リツコも信じられない面持ちで呟く。

あの巨体でエヴァと同等以上の機動性を有するとは完全に彼女の予測を超えていた。

使徒の放つ光の鞭が初号機の首に迫る!

薙ぎ払われる空間!

間一髪、かろうじて躱した初号機だったが、その攻撃はエヴァの生命線…電源供給システムであるアンビリカルケーブルを切り裂いてしまった。

突如発令所に鳴り響く警告音。

次の瞬間、作戦管制室スクリーンの逆算式大型時計が表示されカウントを数え始めた。

「アンビリカルケーブル断線!!」

「エヴァ、内臓電源に切り替わりました!!」

「なんてことッ!?」

初号機は爆砕ボルトを作動し、強制的に背中の三極電源コンセントを取り外して身軽になる。

「シンジ君、活動限界まであと4分53秒よ!早く倒さないとヤバいわッ!!」

ミサトがそう叫ぶが事態は一向に好転しない。そして奇跡の如く使徒の攻撃を躱し続けていた初号機にもついに限界が来た。

変幻自在に動く触腕が大きく弧を描き、初号機の死角にまわりこんだと見るや一気に収縮し右脚を拘束したのだ!

引き剥がそうとするがそのまま水平に脚をすくわれ転倒する初号機。

周囲のビル群が音を立てて崩れ落ちた。

「シンジ君!!」

悲鳴混じりのミサトの声に重なるように使徒が更に触腕を振るう。一瞬遅れて初号機の巨体が宙を舞った。

もんどりうって山斜面に叩きつけられる初号機。激しい衝撃音で地面全体が揺れているかのようだ。

「シンジ君、大丈夫!?……ダメージは!?」

「数値問題なし。行けます!」

ミサトの確認の言葉にマヤが応える。

しかし、初号機が立ち上がろうとすると突然警戒音が鳴った。

何事かと驚くスタッフに、続いてモニターに表示される個人パーソナリティーの一覧。

 

【鈴原トウジ ID0254762】

【相田ケンスケ ID0257031】

 

「うそッ!?シンジ君のクラスメート!!」

ミサトが驚きの声を上げる。

副モニターには二人の少年が初号機の指の間で涙を流しながらカタカタ震えていた。

「何で、こんな処に……っ!?」

「葛城さん!このままじゃ子供達が……」

マヤが青褪めた表情でミサトを見やる。

「クッ…!あそこの管理システムはどうなってたのよ!」

「K-24エリアの非常ハッチのロックが解除されています!恐らくココから外に出たと思われます!」

「保安部を至急向かわせて!」

「ムリです!危険過ぎます!」

混乱し騒がしくなる発令所。

その喧噪の中…小さく呟いたシンジの声は誰にも聞こえる事はなかった。

氷の亀裂の様に歪められた少年の表情…その唇は確かにこう言ったのだ。

 

 

 

『………やっぱりいた……』………と。




To be continued...

(2005.12.31 初版)
(2006.01.28 改訂一版)


(あとがき)

こんにちは、ミツです。
今回文量が少なめですが、22話をなるべく早く仕上げるつもりですので宜しくお願いします。
ではでは。

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