第二十二話
presented by ミツ様
第三新東京市・山間部
耳を劈く轟音。
大地を轟かす振動。
その凄まじさに思わずケンスケは頭を抱えて倒れ込んだ。
一瞬、何が起こったのか解らなかった。
ハンディカメラで撮影していた自分達のもとに、宙に放り投げられたエヴァが真上から墜落してきたのだ。
震えながら頭を上げると、そこには粉々に薙ぎ倒された大木と初号機の巨大な腕が視界を占領していた。
「…あ、ああ……」
掠れたような声が漏れ、背中にぞっと戦慄が疾る。
偶然にもエヴァの指と指の間に挟まって助かったと理解するのに数秒を要した。
初めて恐怖の感情が襲ってくる。
運が悪ければ死んでいた…。
死んでいたのだ。
何の遠慮も呵責も無く、無慈悲に潰されていた。
巻き上がる砂塵で止まらない涙と咥内一杯に広がる泥の苦い味が、これがドラマでも映画でもなく、現実なのだということをリアルに実感させてくれる。
友人を誘いロボットと怪獣の戦闘シーンを撮る……それだけだった筈なのに。
ここが戦場だという事を忘れていた。
そこには何の感情もロマンも無い。
あるのはただ死という名のリアリズム。
恐怖で硬直している中、使徒がゆっくりと山腹を昇りこちらに向かってくる。
フィルター越しでは到底体感できなかった生の存在感…その吐き気を催す禍々しさに圧倒させられ、宛ら蛇に睨まれた蛙の様に身動き一つ出来ないでいた。
使徒が身を翻していきなり光る鞭を伸ばしてきた。
初号機は咄嗟に両手を突き出し、左右から別々のタイミングで襲いかかて来るそれを素手で掴み取るという離れ業をやってのけた。
電気がショートするような音と、肉が焼ける嫌な音が混じり合って周囲に聞こえてくる。
「なんや!なんで闘わんのや!」
トウジが痺れを切らしてそう叫ぶが、状況をいち早く分析したケンスケが呆然と呟いた。
「俺達がここにいるから…戦えないんだ!」
「なッ!なんやって!!」
愕然と振り返って初号機を見上げる。
自分の所為でアイツが…。
トウジは好奇心でこんな場所に来てしまった事を心底後悔した。
NERV本部・第一発令所
「シンジ君のクラスメート!?なんだってこんな処に……」
作戦管制室に映るエヴァからの直接映像を確認したミサトが動揺した声を上げた。
だが、その瞬間にも使徒の触腕を掴んでいる初号機の掌がどんどん焼け爛れていく。
「接触面に融解!」
「初号機、活動限界まであと3分30秒!」
マヤと青葉から立て続けに報告される最悪の状況。メインモニターに画面分割で映されている使徒と少年達を交互に見比べたミサトは意を決してマイクを握り締めた。
「シンジ君!その二人をプラグに入れなさい!!」
その台詞に発令所の面々が驚く。
リツコが静かに口を開いた。
「……ミサト、あなた自分が何を言っているのか解ってるんでしょうね?」
「何がよ!?」
「許可の無い人間をエントリープラグに入れることの意味を、よ…」
「民間人を見捨てる訳にはいかないでしょッ!?私が許可します!」
NERVは人類を救う為に存在する…彼等二人を救えなくてどうやって人類を救える、というのがミサトの主張だった。
リツコはその瞳をじっと見詰めた後、諦めたように告げた。
「そう……なら私が口を出す事じゃないわ」
「センパイ…」
「ミサトがああ言ったら何を言っても無駄よ」
マヤが心配そうな表情を向けてくるが、リツコは表情を変える事無く冷静に応えた。
「現行のままホールド!プラグを射出して!」
「…りょ、了解……」
ミサトの指示でエントリープラグが半射出され、緊急脱出用のエジャクションカバーが開く。
『そこの二人!死にたくなかったら早く乗りなさい!』
外部スピーカーからの声に、トウジとケンスケはおっかなびっくりプラグによじ登った。
初号機・エントリープラグ
プラグの中に入った瞬間、いきなり水中に叩き込まれ半ばパニックに陥る二人。
「ガボッ…!なんやこれ…水やないくあっ!?」
「ゴボゴボッ…カ、カメラぁ……」
喉元を抑えるトウジとこんな時にもカメラを気にするケンスケ。二者それぞれの反応だったが、突然明るくなったプラグ内にやがて息が出来ることに気がつく。
「…アレ、苦しないで?」
「LCLだッ!理論上では判ってたけど、実践じゃ……」
そんな二人の耳に鳴り響く各種警告音。
驚いた視線の先には青を基調とした戦闘服を着ている少年の姿があった。
暫し視線を交えたままで言葉を交わさない三人。トウジも不機嫌な表情で黙り込んでいる。
無言で視線を逸らすシンジ。メインモニターには目前の使徒が映っていた。
「て、転校生…」
「話しかけるな…気が散る……」
青褪めながら尋ねかけるケンスケにシンジは頭を抑えながら煩わしそうに吐き捨てる。
思考ノイズの乱れか、先ほどから頭の中を地虫が這いずり回っている様な不快感と絶え難いまでの異物感が込み上げているのだ。
だがそんな事情を知らないトウジが再び語気を荒くして食って掛かった。
「なんやとぉ!」
「お、抑えろ、トウジ!」
ケンスケが必死で止める中、シンジは二人に底冷えする視線を向ける。
「…死にたくなかったら、黙ってろ……」
「…………」
有無を言わせぬ気迫に圧され、二人の少年は黙り込んだ。
NERV本部・第一発令所
【SYNCHRONIZATION LED】
【HARMONICS ERROR】
エントリープラグにトウジ達を搭乗させた途端、状態異常を示す警告音が発令所に響いた。
「神経系統に異常発生!」
「どうなってんのよ!?」
訳が分からないとばかりにミサトがリツコの方を振り向く。
「異物を二つを挿入すれば当然の結果よ。神経パルスにノイズに混じっているんだわ……」
「何とかなんないの!」
「プラグに入れた民間人をまた降ろせば元に戻るわ…」
冷徹、とも取れる口調でリツコが言う。
「そんな事出来る訳ないでしょッ!シンジ君、何とか使徒を引き剥がして、お願い!!」
ミサトの切実な叫び。
気持ちは分かるが『何とか』・『お願い』などという指示は作戦とは呼べない。
それを痛感しているのか、ミサトの表情は険しくなる一方だった。
初号機が触腕を強く握り返し左脚をかけると思いっきり吹き飛ばした。
そのまま500m先の偽装ビルを破壊しながら倒れ込む使徒。
「ナイス!今よ、後退して!回収ルートを34番、山の東側へ後退するのよ!」
初号機がゆっくりと立ち上がる。両の掌が火箸を押し付けた様にグズグズに焼け爛れている。
『…了解』
シンジはそう答えるが、移動する初号機の速度はまるで壊れたブリキの玩具のように不細工で緩慢だった。
「ちょっと、もっと速く進めないの!」
「起動指数ギリギリなのよ…これが限界だわ……」
ミサトがじれったそうに怒鳴るが、リツコの言うとおり起動時よりもシンクロ率がガタ落ちしている。
これではただでさえ低シンクロなのに動く事すらままならない。
「シンジ君、とにかく急ぎなさい!」
理不尽、とは思いながらもそんな指示しか出せない自分に苛立つ。
だがミサトが幾ら叫んでもそれで進行速度が上がる訳では無く、初号機は亀の様な愚鈍さで進み、漸く回収エリアまで到達した。
「エヴァ初号機、18番リニアレールに到着!」
「良し!回収、急いで!」
「了解、エヴァ初号機、ロックボルト繋げます。回収は4番ルートを通りD-7ブロックへ!」
民間人を乗せては戦えない。一旦引いて態勢を立て直すべきとしミサトは撤退の指示を下した。
しかし彼女達は忘れていた。
これは戦闘…敵がいるのだ。相手はこちらの都合など構ってはくれない。
殿役もおらず悠長にロックボルトに固定して回収などしたら無用な隙を生むだけだ。
案の定、日向から悲鳴交じりの声が発せられた。
「か、葛城さん!使徒が眼の前に!」
「何ですって!?」
メインモニターには先ほど飛ばされた使徒が無慈悲な殺戮者の如く高速で迫り来る姿が映し出されていた。
焦るミサト。
「クッ…!緊急回避!」
「間に合いません!」
初号機がガントリーリフトに固定されて動けないでいるのだ。
触椀が宙を舞い槍か鉾の様にとがった尖端を銃弾にも勝る疾さで初号機に衝き立てた。
「いけない、避けてぇぇぇぇぇッッッ!!!」
斬ッ!!
振り下ろされた必殺の一撃。
刹那、時間が止まった。
一瞬遅れて舞い散る血飛沫。
ミサトの叫びも虚しく、初号機は胸部装甲と頭部ユニットをズタズタに切り裂かれ、ガントリーリフトごと後方へ吹き飛ばされた。
「シンジ君!シンジ君!?……パイロットの状況は!?」
「ダメです!回路断線…モニター出来ません!」
更に凶報が続く。
「使徒、ジオフロント内に侵入!!」
「何ですって!?」
顔色を変えモニター画面を振り返ったミサトが見たものは、開閉シャッターを切り刻み地下に進入をはかる使徒の姿だった。
「此処の位置がばれたというの!?」
「葛城君!使徒の本部内の侵攻は何としても食い止めねばならん!!」
司令席の上段から冬月が声を荒げる。
「わかってます!!装甲シャター、閉じて!」
「ダメです!隔壁、すべて突破されていきます!」
「チッ!…迎撃態勢!!本部内の非戦闘員は退避!」
戦戦兢兢する発令所…その中で唯一冷静な人物がいた。
リツコである。
彼女だけは冷静だった、冷静でいられた。
まるでこうなる事が全部判っていたかのように。
「………はじまるわ、悪夢が……」
誰の耳にも届かない声でリツコは小さく呟いた。
エヴァ初号機・エントリープラグ内
無惨に切り裂かれた装甲から噴き溢れる血塊。
頭部も半分吹き飛び、脳漿が熟れた柘榴の様に飛び出ている。
初号機…人類最後の希望はすでに死んでいた。
だが、内部電源も底を尽き薄暗闇のエントリープラグの中で蠢くモノがあった。
シンジだ。
トウジとケンスケは衝撃で気を失ったのかLCLの中に浮かんでいる。
シンジは二人が気絶している事を確認すると小さく呟いた。
「暫くそこで眠っていてよ。……君達の出番はもう終った」
かつての親友に感情の篭もらない一瞥を返すだけで少年は眼を瞑り神経を集中させていく。
すると淡い光が周囲を包み、その背中から片翼だけの真紅の羽が顕現してきた。
まるで血塗られた…死神の振るう鎌のような禍々しくも美しい翼……。
うっすらと開いた少年の眸が妖しく輝きだす。
瞬間、朽ちた紫の鬼神が雄雄しく獣の咆哮を放った。
惨劇の始まりだった……。
To be continued...
(2006.01.28 初版)
(2006.02.25 改訂一版)
(あとがき)
こんにちは、ミツです。
風邪で数日寝込んでおりましたが何とか22話を仕上げることができました。
でも戦闘シーンか思いのほか長引いてしまい決着は次回に持ち越しです。
ペースが遅い分、更新だけは早めにしていきたいと思いますので宜しくお願いします。
ではでは。
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