第二十三話
presented by ミツ様
NERV本部・第一発令所
第三新東京市の地下に存在する最大直径6km・高さ0.9kmの巨大な空洞空間、NERV本部。
その人類最後の砦に人類最大の天敵が侵攻する。
「使徒、ジオフロントに侵入!」
「34番ルート付近の天井ビル、崩壊!地面に激突します!!」
数瞬後、大地震のように揺れる本部施設。
崩れ落ちる天井都市群。
あの施設は住民のシェルターも兼ねていた。一体何十何百の人の命が失われたことだろう。
モニターに映る光景にミサトはギリッと歯軋りをすると、システム担当のマヤに呼びかけた。
「初号機の状況はッ!?」
「通信拒絶、モニター表示出来ません!」
ミサトは続いて日向を見やる。
「迎撃はッ!?」
「ジオフロント内の迎撃システム稼動確率12.6%!無理です!」
「泣き言言わないでッ、やんなきゃ人類は終わりなのよッ!対空機銃起動、5ポイント間隔で攻撃開始!」
怒鳴りながらもミサトは迎撃指示を下すが、職員は初号機が破れた事に浮き足立っている。
加えて敵は眼前まで迫って来ているのだ。絶望と恐怖がハーモニーを奏でて渦を巻き、発令所は宛ら酔っ払いのカーニバルの様な混乱を見せていた。
「初号機の通信は続けて!現有戦力で目標を迎撃、何としても時間を稼ぐのよ!!」
VTLO重戦闘機が飛び、人工池に漂泊していた軍艦から砲撃が始まる。
しかし悲しいかな、使徒の進行速度を遅める事すら出来ない。ミサイルは全て撃ち落され、戦闘機は撃墜されていった。
戦場と化したジオフロント。辺り一面は火の海だ。
『目標の侵攻速度、以前止まりません!』
『応援を請う!応援を請う!』
通信機から聞こえてくる戦闘員の悲鳴交じりの声。
「迎撃システム、4.8%に低下」
「本部到達まであと120秒です!」
次々と舞い込んでくる凶報にミサトは苛立ち紛れに爪を噛んだ。
「とにかく応戦して!…初号機はッ!?」
「依然、応答不能です」
マヤが泣きそうな声で応える。
「ショック療法で何とかならないのッ!」
「無理ね、電気信号が届いてないの。こちらからは操作は不可能だわ……それに、異物を二つも挿入してる状態では望むべくもないわ」
「だったらアンタ!このまま座して死を待てってーーのッ!!?」
リツコの言葉にミサトの癇癪は爆発した。
この世の全てが自分を邪魔しているようで、理不尽なまでの怒りが湧き上がってくる。
突然、かつてない程の激しい振動が本部内を襲った。
立っていた者は全員姿勢を崩して床に転んだ。リツコも腰をしたたかに打ちつけて倒れ込む。
ミサトは何とか姿勢だけは維持出来たが、それでも計器に寄りかかっているのがやっとだった。
「何が起こったの!?」
声を荒げてミサトが叫ぶ。
「目標、本部内に捕り付きました!!」
「そんなッ!?」
主モニターに映し出された光景には、露出した本部施設とその穴から侵入する使徒の姿があった。
地軸を揺るがすほどの音を立てて崩壊していく施設。
逃げ出すNERV職員は崩れ落ちる天井や壁に身体や足を圧し潰され絶叫を上げた。
肉が弾け、骨が砕ける嫌な音が周囲に鳴り響く。
廊下に小さな朱色の山が幾つも生まれ、そこに更に瓦礫や鉄骨が突き刺さって揺れた。
たちの悪い悪夢を見ているかのようなその光景は、強い血の臭いに満ちている。
苦痛の悲鳴と死の沈黙が斑模様に入り乱れ、それを紅一色に染め上げていく人間の血、血、血、血……。
暴力の嵐が人々を煮え滾る破壊の大釜の底へ叩き込んでいった。
「どこに向かっているの!?」
「待ってください!……目標は本部中央、セントラルドグマに侵攻中!」
「…ここに、来るわね……」
ミサトは覚悟を決めて呟く。
「D-18からC-24ブロック、閉鎖!本部稼働率38%に低下!」
切羽詰った青葉の声が響いた。
その時、またしても激しい揺れに見舞われる発令所。一斉に消えるモニター群。
直下型地震の震源地にでもいるかのような激しい振動と立ち込める煙の中、頭を抱えしゃがみ込む人々の眼の前に使徒…人類の天敵がその姿を現した。
「……っ!」
日向や青葉は驚愕の表情で椅子から腰を浮かした。マヤは迫り来る恐怖を締め出すように瞳をキュッと閉じる。
全員が絶望の表情を浮かべる中、ミサトだけはロザリオを握り締めじっと使徒を睨み続けた。
親の敵を射殺すかのように…。
使徒の腹から左右に伸びた節足が揉み手をするように厭らしく蠢く。
パニックに陥り次々に逃げ出す職員達。
使徒の身体が僅かに動いた。
殺られる!誰もがそう思った瞬間、またもや激しい衝撃が発令所を襲う。
「あ、あれは…ッ!?」
驚き見上げるその視線の先には壁を破壊して出現した巨大なる影が…。
それは紫と緑のツートンカラーのボディ、角を生やした凄愴なる巨人。
人の造り出した究極の人型決戦兵器。
「初号機!!…シンジ君!?」
ミサトの声が掠れたような響きを上げた。
発令所に詰めていた人々もそれを見詰める。
だがその表情には助かった安堵感よりも恐怖の色の方が濃い。
…潰れた眸。
…ズタズタに切り裂かれた装甲。
…まるで墓場から黄泉還った亡霊のような異様な姿。
何故こんな状態で動ける!?
戦慄が彼等の心を掴んだ。
鬼神は恐怖に硬直した人々を尻目に、使徒に体当たりをかけそのまま逆サイドの壁を破壊して突き抜けていく。
両者の姿はたちまち廃塵の渦の中に潜り込んで見えなくなってしまった。
漸く金縛りが解けたミサトが慌てて叫ぶ。
「パイロットの状況はッ!?」
「ダメです、通信を拒絶。モニター出来ません!」
「まさか……また暴走なの…?」
埃と瓦礫塗れになった発令所で呆然とするミサト。
「目標とエヴァ、セントラルドグマを降下中!」
「マルボルジェ全層の隔壁を緊急閉鎖!」
僅かに生き残った計器でミサトが指示を出す。
流血と破壊の旋風は、いまや急速に移動して中央大垂直構に達しようとしていた。
「マズい!使徒が装甲障壁を突破、侵攻止まりません!」
「目標、『第三コキュートス』を通過!」
「葛城一尉!いかなる方法を持ってしても、目標のターミナルドグマへの侵攻を阻止せねばならん!!」
司令席の上から冬月が叫ぶが、肝心の初号機は暴走状態。
迎撃システムは崩壊寸前。
事此処に至っては何の対応策も無いことは誰の目にも明らかだった。
「目標、最下層に到着!」
最終宣告、とも言える報告が入った。
全員の顔に絶望の色が過ぎる。
ミサトは一旦眼を瞑った後、何かを決するように傍らに座る日向の耳元に顔を近づけた。
「…日向君。………こうなったら後は……」
「!?…わ、わかりました……」
日向が上擦った声を上げる。
「あの悲劇を再び起こすよりマシよ……ッ」
ミサトは地下にあるモノと使徒が接触したらサードインパクトが起きると知らされているのだ。それだけは何としても阻止しなければならない。
例え本部を犠牲にしてでも…。
それが復讐に命をかけた彼女の決断だった。
苦渋の表情で自爆ボタンを促すミサト。…しかし、それを止める者がいた。
「待ちなさい、ミサト…」
リツコだった。ミサトは驚いて友人を見上げる。
「リツコ!?…でも、あの使徒を倒すには他に方法は……!」
「まだ勝負はついていないわ」
「だって初号機は暴走よ!役に立たないじゃない!」
「大丈夫よ………」
リツコはただそう言って、髪にかかる埃を払いながら壊れた壁に視線を送る。
そこはまるで、地獄の底に続いているような深淵の闇に包まれていた…。
NERV本部・最深部
地下要塞の更に深く、死の世界ともいえるそこには人口の太陽すら届かない。
二匹の獣は互いに縺れ合いながら地下深くまで落ちていく。
眼の前に佇む巨大な扉。
【HEAVEN’S DOOR】
地下にある『天国の扉』が、今まさに開かれんとしていた。
一閃ッ!
使徒が光る触腕を振るう。
扉が紙切れのように破壊されると広大な空間が出現した。
周囲には闇が蟠り空気は冷気と湿気で冷たく満たされている。
血の色をした紅い海。
起立する塩の柱。
そこはまさに地獄の光景。
深淵たる地の底に何故このような場所が存在するのか…?
ここは本当に現実の世界なのか…?
しかし、天井から放たれる光が妖しい輝きと質量感をもって、この非現実な光景に堅牢無比の現実性を与えていた。
中央には七つ目の仮面を付けた白き巨人が赤い十字架に磔にされている。
まるでゴルゴダの丘のキリストのように。
まだ成長し切っていないのか下半身は無く、腹部にある無数の球体状組織から人間の小さな足らしきものが生えている。
こんな非現実的なシロモノを見せられれば、通常の人間なら精神に異常をきたしかねない。
だがシンジはそれを殆ど無視し、その鋭い眼光を眼前の使徒へ向けていた。
神の御遣い…人類の天敵へと。
「この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ…か。残念だけどキミの望みは叶わないよ……」
凄絶たる瘴気の中、二匹の獣が対峙する。
ぶつかり合う強大な気を前に、大気が引き攣り戦慄するが如く震える。
起立する塩の柱が鳴動で次々と崩れ落ち海面が嵐のように吹き荒れる様は、まるでロトの妻の嘆きの声のようにも聞こえた。
初号機が肩のウェポンラックからプログレッシヴナイフを抜き取る。
高振動粒子で接触し、あらゆる物体を分子レベルで切断するその刃の煌めきは、百万の水晶よりも美しい輝きを放っていた。
突然、使徒の前脚が動く。
強烈極まる一撃。まともに食らえば初号機は肩から腰まで一気に切り裂かれていたに違いないが、鬼神は驚くべき柔軟な身のこなしでその攻撃を躱した。
すかさずナイフを疾らせる!
しかし使徒の反応も尋常ではなく、即座に触腕が返ってくると迫り来る刃を光の鞭で絡めた。
振動を繰り返す大気、互いの態勢で膠着する巨人。
二者の打ち合いは流晴雨の如く海面に火花を降らせた。
極彩色の光を反射する紅い海。
それも一瞬、初号機が刃を外すと自ら跳び離れた。
着地際に手首を振るい真紅の風を起こす。
A.T.フィールド同士の激突が薄闇の中を激しく照らし出した。爆風を潜り、光る触腕が再び襲いかかる!
右に払う、左に薙ぐ。咽喉を狙って突き込まれる攻撃を上半身を捻って受け流す。
更に数合打ち合いながら再び距離を取り対峙する両雄。
小さく息を吐きながらシンジが低く呟いた。
「流石に強い……。けど……」
相眸に冷たい光が宿る。
使徒の全身にも気が漲る。
二体から放出される高密度の闘気…それが周囲の光景を陽炎のように揺らめかせていく。
放たれた熱気が冷え切った大気を燃やし、互いの闘気の衝突点にある塩の柱に亀裂が走った。
それが合図だった。
紫の鬼神が刃を逆手に構え、疾風の如く駆け抜けた!
だが間合いは敵が有利。初号機が懐に飛び込むよりも速く、音速を超える一撃が眼前に迫るが、鬼神はそれすらも無視して気迫の迸る切尖を赤き光球へ一閃させた。
すれちがう二条の雷光!
「ぐぅ……ッ!」
少年が呻き声を上げた。
水面に何かが大きな音を立てて落ちていった。
使徒の神速の一撃が初号機の左腕を枯木のように斬り飛ばしたのだ。
プラグスーツの肩口から血が溢れる。
もう一度攻撃を食らえば確実に殺られるだろう。
だが…その使徒も身悶えその場に立ち尽くしていた。
見ると、赤きコアに初号機の刃が深々と突き刺さっている。
使徒が動きを止めた。
その隙を逃さなかった。
鬼神が強烈な貫手を放つ!
拳がオレンジ色の干渉波ごとコアを砕いたと思われた瞬間、シンジの身体を焼けるような感覚が襲った。
ゴフッ!!
喀血。
初号機が止めの一撃を与えたその瞬間、使徒の触腕が狂ったように動き、背面から背中ごと貫いたのだ。
強大な力で内側から蹂躙され、苦悶の表情を受けべるシンジ。
機体各所からも血潮が噴き出た。
想像を絶する激痛、そして更にシンジの脳内には使徒の強烈な思念波が叩きつけられた。
それは圧倒的な憎悪。
それは狂おしい程の憧憬。
虐げられし者の魂の叫び。
無限の怒りと悲しみの心が、どっと本流となって少年の精神に押し寄せてくる。
”何故お前達だけが繁栄する!”
”何故お前達だけが祝福される!”
”生きたい!”
”滅びよ!”
”憎い!”
”死ね!”
神経が焼き切れそうなほどの激しい痛みが襲いかかる中、その声が頭に響き渡る。
それはシンジの脳を掻き乱し、痛みをより酷いものにしていった。
身体から力が抜け落ち意識が遠のいていく。
常人ならば発狂していたかもしれない。…だが、少年は突き入れた拳を弛める事はなかった。
そのまま更に力を篭める。
「…確かに、僕には生きる価値など無いのかもしれない……でも……」
口から血を流しながら、少年の眸が強く光を放った。
「まだ死ねない、死ぬわけにはいかない……。死んだくらいじゃ、僕の罪は償われないッ!!」
コアを砕いた光球がそのまま使徒の身体を貫いた。
瞬間、喰い込んでいた触椀がまるで最後の抵抗のように初号機の腹を半ばまで引き裂く。
シンジの耳から鮮血が流れ出し、胃の中の血溜りが食道を伝わって鼻や咥内から吐き出され少年の身体を汚した。
しかし、それでもシンジの顔色は変わる事はなかった。
渾身の力で拳を突き立てる。
神の御遣いに。
人類の天敵に。
そして…相容れぬ同朋に。
数瞬の刻が流れた……。
痙攣するかの如く蠢いていた使徒が、やがて重々しい地響きを立ててその場に崩れ落ちそのまま動かなくなった。
紅い海に沈みながら虚ろなる空間を見上げるその姿は、まるで恨んでいるようにも泣いているようにも見えた。
静けさを取り戻した紅い世界。
バシュッ!という音と共に初号機の緊急開閉装置が作動してエジェクションカバーが開いた。
そこから現れた少年。
今の戦闘で身体中の何かを一切残らず使い果たしたのか、頬の辺りがげっそりと落ち込むほど衰弱している。
血に塗れたその姿は見るからに重体のはずだ。しかし、シンジはふらつく足取りで十字架に晒された白い巨人に一瞥をくれると、意味ありげにある一点を見詰め眼を細めた。
そこには…少年以外にターミナルドグマに立つ人影がいたのだ。
壁の吹き抜けからこちらを見下ろすその人物
蒼い髪と紅い瞳の少女
綾波レイ。
「……さあ、第二幕の始まりだ………」
シンジの唇がゆっくりと吊り上がると、鮮血で塗りたくられた白い歯が覘く。
血の装束を施されたその表情は、妖しくも歪んだ…それでいて美しい微笑だった……。
To be continued...
(あとがき)
こんにちは、ミツです。
なんとか第四使徒戦が終了しました。
ですがこの章はここからが本番です。
地下深い紅い海でシンジ君は一体何をなすのか?
それでは次回をお楽しみに。
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