”人類最後の砦”NERV本部。

やがて訪れる使徒の襲来に対し人類の叡智を結集して建造されたというそれは、地上からは窺い見ることは出来ない。

極東の大地の地下深くに広がる大空洞はその大半が埋没していたが、上下の外縁部の岩盤に無数のサスペンションを接合し周囲の地盤とは独立したシェルターにもなっており、地震は勿論のこと、N2地雷数発の直撃にも耐えうる構造になっていた。

中央にはピラミッド型の本部施設があり、集光ブロックを介して光ファイバーにより太陽光が送り込まれる大地には森林や畑、小動物が生息し地上と同様の機能を果してる。

しかし、その人類の希望の象徴ともいえる場所は、天敵の侵攻により深刻ともいえる被害を受けてしまっていた…。







贖罪の刻印

第二十七話

presented by ミツ様







  第三新東京市・市街地

 

燃え立つ様な朱色の空がやがてその輝きを失い、しんと冷たい静寂の闇に飲み込まれ始めても尚、地上の世界はその大半が喧噪の中にあった。

第四使徒襲来から十数時間後……。

警察機構や消防機構にも深刻なダメージを与えた今回の被害は甚大であり、破壊されたビル群や火災による復旧活動がほとんど進展していないのが現状だ。

また、統治機関である市議会もMAGIに頼りすぎていたツケが回ってきたのか、その機能を著しく低下させており、政府官邸との折衝がぐずぐずと徒に長引いていた。

だが、復旧作業が進まない原因は他にあった。

 

人々は知ってしまったのだ…。

 

二度にわたる人類の天敵の襲来…。

 

自分達にはもう、安全な場所など何処にも無いのだという事を…。

 

その空気はあたかも黒い疾病の如く街中に広がった。人々は活力を失い、投げやりと怠惰が蔓延り、あるいは極限状況に追い込まれたストレスからか凶暴的な衝動に駆り立てられ、暴行・略奪に走る者が急増していった。

逆に理性的に行動しようとする者がいても、統制の取れない市民レベルでは各所で起こるトラブルや諍いの類を解決する事など出来ず、かえって混乱を呷る形となっている。

これは神の気まぐれか、それとも悪魔の計らいなのか……誰の目にも見えず、しかしどうしようもない悪意による黒い沁みはとめどなく肥大し、この第三新東京市を暗雲さながらに覆い隠していった。

 

 

 

  NERV本部・セントラルドグマ

 

モーターの重低音が施設内に木霊する。

セントラルドグマ…NERV本部直下に拡がる、直径7kmにも及ぶ大深度地下施設。

その中を、対放射線の防護服を着た集団が作業を行っていた。

「…プラグ、排出します……」

バシュッ!と音を立て初号機の背面装甲が開き、半ばほどイジェクトされたプラグに救護班が駆け寄る。

「いたぞッ!」

「パイロット及び民間人の生存を確認」

「担架を持ってこい!」

救護班が口々に叫ぶ中、救出される三人の少年達。

彼等は全員”意識を失っていた”。

とりわけパイロットであるシンジの外傷は激しく、派遣された医療班が彼をキャリーへ移した。

静脈への点滴チューブが挿されCTスキャンが全身を走査するのを確認し、現場の指揮を取っていたリツコは漸く息をつく。

 

 

…使徒の本部侵攻後、地下での『パターン青』の消滅を確認した時点でリツコ達回収班はセントラルドグマに降りてきたのだ。

そこで彼女が最初に目にしたものは、傷だらけのエヴァ初号機とその傍らに引き摺られたボロ雑巾のように転がる血塗れの使徒の残骸だった。

天使の御遣いの名を冠するこの化け物の体液がどのような化学変化を起こしたのか、趣意にはこの世のものならぬ異臭が立ち込めている。

小さな呻き声…。

回収班の何人かが口元を抑えて蹲ったのだ。

胃から逆流したものを必死で呑み込んでいるのか、彼等の目元にはうっすらと涙が滲んでいる。

リツコも現場のあまりの壮絶さに一瞬怯んだが、すぐ我に返るとシンジの救出作業に取り掛かったのだ。

数分後…キャリアーで運ばれたシンジは、医師達と共に通路の奥へと消えていった。

そのまま集中治療室へ直行だろうか…。

何故か付いて行きたいという衝動に駆られたが、自分の仕事は他にあると軽く首を振る。

…事実、やらなければならないことは多々あるのだ。

プラグから救出された残り二人の少年は見たところ外傷もないようだ。意識が戻り次第自宅へ帰されるだろう。

いや、その前に戦闘区域に抜け出てきた事情聴衆等もあるだろうが、そんな瑣末な事は自分の知ったことではないし、『以前』の経験から彼等がスパイではない事も知っている。もっともそれを他人に告げるワケにもいかず、彼等の事は保安部に任せることにした。

救出作業が一段落したリツコはふと、傍らに蹲るエヴァ初号機を見やる。

そこには頭部が砕け、脳組織が半ばまで晒けだされている紫の鬼神の姿があった。

辺りに立ち込める異臭のうち、おそらく何割かは”コレ”の所為でもある。そして、片腕を失い身体じゅう夥しい血に塗れ、見る者の心胆を寒からしめる凄愴たる姿…月さえ届かぬ暗黒の中に蒼白い炎のように浮き上がった異形のその姿は、人外境の怨念が形をとったものといわれても信じるだろう。

「…し、死神……」

誰かから洩れた呟き……掠れたように漆黒の闇に響く声。

人類の切り札、エヴァンゲリオン初号機。

それは、人々の眼には冥府から蘇った魔性の存在に映っていた……。

 

 

 

  NERV本部・第二発令所

 

人類最後の希望と謳われたNERV本部…だがそこは混乱の極致にあった。

ジオフロントへの敵の侵入

本部施設の半壊

それによる甚大な人的被害

司令部も機器類の殆どを破壊されてしまった第一発令所を放棄して予備の第二発令所に移ってきたが、その中央機能は未だ回復には至っていない。

そこかしこから溢れるパニック混じりの悲鳴。

飛び交う怒号。

まさに狂人の集う酒場とも化した現場の指揮官席の前に立ったミサトは、苦虫を数千は噛み潰した表情でオペレーターから報告される損害状況を受けていた。

しかし、逐一とも云える間隔で彼女の耳に飛び込んでくる内容はいつも同じ…

 

『被害甚大』

『復旧の見込み難し』

 

その報告ごとに彼女の端正な顔立ちは険しさを増す。

そんなものは一々聞かなくても一目瞭然だ。

…ここはまさに地獄なのだから。

副モニターに映されている画像には、負傷した職員が次々と運び出され、救護班が怒鳴りあいながら行き交っている。

片足を失い、血塗れで意識が朦朧としている者。

顔の半分が焼け爛れ、声にならない苦悶の声を必死に上げている者。

血や脳漿が吐瀉物のようにぶち撒けられたかつての同僚だったモノを見回してうわ言のように何か呟いている者。

そこは死屍累々という言葉がよく似合う…まさに惨澹たる有り様だった。

『松代からも応援を寄越させろッ!』

『何言っている!?今欲しいのは詳細な情報なんだよッ!』

『そんな話は聞いていませんッ!』

尋常でない事態、そして錯乱している情報に、オペレーター達は戦戦兢兢としている。

ミサトは険しい表情のままモニターから顔を外し、部下の日向に視線を送った。

「……国連からの支援は?」

「はい……補給物資を運ぶ為、世界各国からは輸送機が離陸を始め、また先行して新ユーラシア共同連合の輸送艦が太平洋沿岸に待機していますが……」

「どうしたの…?」

言い澱む日向にミサトはその先の回答を促す。

そこには、「だったら何故すぐさま支援活動を行わないのだ」という非難の声が含まれていた。

上司の不機嫌指数を敏感に察知した日向は冷や汗を流しながら答えた。

「…実は、地上における暴動が鎮静するまで待機せよとの命令が出ているらしくて……」

「ナンですってぇッ!!そんな悠長なこと言ってられる場合だと思ってんのッ!!!」

「ス、スミマセン…ッ!」

日向にしてみれば理不尽極まりない八つ当たりだが、それほどまでにミサトはキレていた。

「……もっとも、それは表向きの理由で…本当は、復興支援に対する日本政府との折り合いがついてなく、未だに揉めているらしいんです……」

おずおず、と言った感で話す日向。

だがそれを聞いた瞬間、ミサトの顔は青くなり…続いて怒りで赤く染まっていった。

「…利権絡みだってーーのッ!?ナニ考えてんのよ、上の連中はッ!!」

発令所内に響き渡るほどの怒声が放たれる。

人類の滅亡がかかった戦いの裏側で、このような政治的駆け引きが行われていようとは…。

どうやら政府の連中にとっては使徒の襲来すら対岸の火事でしかないのかもしれない。

『明日の命より今日の食事のほうが大事』というワケだ。

日向の隣に座って情報収集を担当している青葉からも不満の声が上がった。

「国連も未だ前世紀のパワー・バランスを無視は出来ないんでしょう…。MAGI経由で入ってきた情報では、すでに某国の横入れで『この際、本部の機能分散を図ったらどうか?』という意見まで出いるそうです」

「な…ッ!?」

ミサトは唖然と呟く。

NERVの機能分散…。

それは、使徒の襲来する日本には実働部隊のみを配置し、研究機関は諸外国に任せるという…事実上の技術部の海外移転を示唆したものだった。

それは一見、正論のようにも聞こえるが、その内実はミエミエである。

エヴァ自体は平時に於いて金食い虫ともいって良い様なシロモノだが、それに付随する技術はオーバー・テクノロジーの塊。

金の臭いに鼻の利く政治業者から見れば、さぞや魅力的に映るものなのだろう。

青葉からもたらされたこの情報に、流石のミサトも声が出ない。

もっとも感動したワケではない…逆に怒りで限界を超えてしまった為だ。

何時の時代も人と云うものは無自覚に愚行を繰り返すものなのだろうか…。

「…司令達は……どうしたの?…姿が見えないみただけど?」

本来なら組織のTOPである者達が、一度もこの発令所に顔を出していないのだ。

NERVの…いや人類の存亡の危機とも云えるこの状況下でその最高責任者達の指示が一向に示されないなど責任の放棄としか見えない。

それに加えてもう一人、自分と同等の責任者である大学以来の友人の姿も見えないことも、彼女を余計苛々させていた。

大袈裟な事かもしれないが、この地上における全ての凶事を自分一人が背負わされているような気分になる。

「は、はい。冬月副司令は”上”の臨時特別市議会に参加しています。…碇司令は19:30に専用VTLO機でNERV本部に到着していますが…」

「…んで?」

日向が次第に声を萎ませるが、不機嫌に次を促すミサト。

「それが……衛生通信による緊急会議に招集され公務室に篭もりきりで…現在まったく連絡が取れません」

「…チッ!!」

流石に不満を声高にはぶち撒けられない為、逆に行動によって表現する。

怒りに任せ、あろうことか近くのコンソールに思い切り拳を叩きつけたのだ。

その蛮行に抗議しようとしたマヤも、あまりの彼女の形相に恐怖したように首を竦める。

この逆鱗に触れたが最後、どんな災厄に見舞われるか知れたものではないと悟ったからだ。

今や発令所にいる大半の者は、どうかこのトバッチリが自分に降りかからずに通り過ぎることを切に願うのみだった、

しかし、その”絶対恐怖領域”を全く苦にしないで突破出来る人間もごく小数ながら存在する。

その希少人物の一人…技術部主任の赤木リツコは白衣に手を突っ込んだまま憮然とした表情で発令所に姿を現した。

「…ミサト、もう少し大事に扱ってくれない?此処を壊されたら私達にはもう行く所が無くなるのよ……」

そう苦言を吐いた彼女は、モニターに映る本部の被害状況…赤の塗料を大量にぶち撒けたような壁や天井を目ににして胃に無意識に手を当てる。

「ちょっとリツコ!アンタこそ今まで一体ドコに行ってたのよッ!!」

「ドコって……初号機の回収に決まってるでしょ。…忘れたの?」

溜まった鬱憤を晴らすかのように鼻息荒く友人のもとに駆け寄ったミサトだったが、リツコの反論に不貞腐れたように横を向いた。

無論、忘れていたワケではない。

ミサト自身、シンジの救出作業に立ち会いたかったのだが、ターミナルドグマへの進入権限が無いとの理由で同行を拒否されたのだった。

…理不尽だった。

何故、作戦部長の自分が蔑ろにされるのか。

これもミサトの不満の一つになっていた。

「そ、それよりシンジ君は!?…無事なの?」

「エントリープラグの中で二人の少年と一緒に”気絶”していたわ。今は集中治療室の中よ……」

「集中治療室って…ッ?んじゃ怪我してんじゃない!?大丈夫なの!?」

ミサトが青褪めた表情でリツコに詰め寄る。

「落ち着きなさい。…シンジ君は腹部と右肩に第二次裂傷が見られるけど命に別状は無いわ。ただ、理由は不明だけど体力が極度に消耗していたの…おそらく一週間はベッドから起き上がれないでしょうね。それから他の二人の子供には目立った外傷は無し。彼等はそのまま保安部に引渡したわ…今頃はお説教を食らっているでしょうね」

「そ、そう……」

取り合えずシンジが無事と知り、ホッと安堵の表情を浮かべるミサト。そして一番肝心な事を確認した。

「初号機の方はどう?…異常は見られなかった?」

現在、唯一実働可能な戦力は初号機のみなのだ。作戦部長としては知っておかなくてはならない。……例え暴走する危険極まりない兵器と云えども。

しかし、リツコからの返答は予想外のものだった。

「……酷いものね」

「え?そんなにボロボロなの!?修理にどれくらい掛かりそう?」

主戦力が無くては次の使徒との戦闘に対処出来ない…流石にミサトは慌てて尋ね返した。

「確かに大破とも云える状態よ……でも、そう言う意味だけじゃ無いの」

「それだけじゃないって……一体どういうこと?」

しかし、リツコは怜悧な顔を僅かに硬くさせただけでそれ以上何も語ろうとはしない。

「……リツコ?」

「仕事に戻るわ…何かあったら呼んで頂戴」

そう言って踵を返して発令所を出て行くリツコ。

彼女が呟いた本当の意味を、この時のミサトは知るよしも無かった……。

 

 

 

  NERV本部・特別会議室

 

証明を落とした薄暗い部屋の中央にNERV総司令・碇ゲンドウの姿があった。

モニターからの逆光によって照らし出された険しい顔立ちからは何の感情も見てとれない。

ここは司令公務室の奥にある機密レベルSSSの会議室。

この部屋の存在を知っているのはゲンドウ以下、副司令の冬月コウゾウと技術主任の赤木リツコのみであり、通常の職員は存在すら知られていない。

云わばNERVの持つ闇の部分の象徴であり、秘教組織SEELEの最高意思決定を伝える場所でもあった。

周囲の空間が僅かに歪み、暗闇の中から立体映像による人影が浮かび上がる。

『失態だな、碇……』

発せられた言葉の主は、云うまでもなくSEELEの当主キール・ロレンツであった。

その口調には怒りと失望の意思が見てとれる。

第四使徒襲来後に即座に発せられた召還命令。

委員会ではなく、直接SEELEが出てきた事からも彼等の焦りが窺い知れるだろう。

『前回…そして今回の被害……』

『NERVとエヴァ…もう少し上手く使ってくれと言った筈だがね……』

「…使徒は殲滅しました。何の問題も無いでしょう……」

周りから聞こえる揶揄の声を無視してゲンドウは無表情に答えた。

『本気で言っておるのかね?』

末席に座っていたゲーリッヒ・エイクシルが明らかに侮蔑した口調で言葉を発する。

『エヴァの暴走による莫大な損害…今や世界各国から非難の的なのだよ。”無駄金ばかり使って何の役にも立たん組織だ”とな……』

『現に国連からも反発の意見が広まっている。委員会でも抑えが効かん程だ……』

『左様、満足な結果を出さない不透明な特務機関の監査と情報の公開を要求してきている』

『それだけではない。中にはキミの更迭案まで出されている事を認識してもらいたいな』

無機質な機械音から響く怨嗟の篭もった言葉…しかしながらゲンドウの顔色を変えるまでには至っていない。

小憎らしい程の鉄面皮を忌々しそうに睨み付けるゲーリッヒ。

『事ここに至り、我々としてもある程度の譲歩は止むなしと判断した…』

『国連からの監査官の派遣、更には民間からも情報の一部公開の為にNERV本部への情報機関の介入を容認した…』

周りの連中からも不機嫌な声が上がるが、それも当然だとう。

早期の第三者の介入は彼等にとっても不利益以外の何ものでもないのだから。

『わかっておるのかね?これはすべてキミの不始末が招いた結果なのだよ』

『まったく、決戦兵器を暴走させることでしか勝たせられないのなら、NERV総司令など誰がやっても同じなのではないかね?』

『キミの肩書きはただの”お飾り”ではないのだよ』

次々とゲンドウに浴びせられる侮蔑と嘲笑の言葉にゲーリッヒの口元が微か歪んだ。

彼は自分の障害と目している男が精神的リンチを受けている光景を見て愉しんでいるのだ。

しかし、その不毛な会話を遮るようにキールから厳かな声が響く。

『無論、キミのこれまでの功績を忘れてはおらん。…だがな、こうも我々を失望させる事態が続けばキミのその椅子も安泰ではないということを考慮してもらいたい』

「了解しました…」

キールの言葉に殊勝に頷くゲンドウ。

「いかにも不手際は認めざるを得ません。しかし、A計画の進行は0.5%も遅れてはおりません。また、派遣される査察団にはダミーの情報を流して黙らせます。民間の方は放っておいても何も掴むことは出来ますまい。…十分修正可能な範囲です」

『……よかろう。キミの処分は一時保留する』

暫し考え、SEELEの当主はそう答える。

案の定、周りから不満の声が上がったがキールはそれを窘めていった。

(茶番だな…)

そんな彼等の反応を見ながらゲンドウは心の中で呟く。

すべて彼の読みどおりだった。

SEELEの画策する人類補完計画…これを遂行させるには自分の力無くては不可能。

その為に長い年月をかけて組織の奥にまで食い込んでいったのだ。

最後には切り捨てられるにせよ、現時点でキールが自分を処罰することなど出来る筈はなかった。

しかし、SEELEの他のメンバーが自分に不満を持っているのは事実、適当なガス抜きが必要なのだろう。

その為だけの招集とゲンドウは認識している。

だが、次に議長の口から発せられた台詞は彼には意外な言葉だった。

「それとな、初号機パイロットの尋問を委員会で行うことにした。…よいな?」

「サードを…?」

一瞬、ゲンドウの顔に不信な表情が浮かんだのを見逃さなかった。周りからまた侮蔑混じりの声が上がる。

『当然だろう、初号機と使徒の戦闘はリリスの眼前で行われたのだぞ…。チルドレンに意識は無かったと報告ではあるが事実確認はせねばならん』

『左様。この件に関しては万事細心の注意をもってあたらねばならん』

『どんな強固な壁でも”一匹の蟻”が崩壊させることもあるのでな。…それとも何か不都合な事でもあるのかね?』

ゲーリッヒの嫌味混じりの言葉に、ゲンドウは唇を歪めて応えた。

「…蟻ごときに崩されるようでは、所詮大した壁ではないのでしょう』

『何だとッ……我々を侮辱するのか!』

憎悪の篭もった表情でゲーリッヒが唸る。

ぶつかり合う視線と視線。

放出された憎しみが、闇を貫いてほとんど物質的な圧力をもって突き刺さってくる。

気の弱い者なら思わず卒倒してしまう激しさだが、当のゲンドウはまったく意に返した素振りを見せなかった。

その事が更にゲーリッヒのプライドを傷つける。

『貴様…ッ!』

『止さんか…今我々が争っている場合ではない』

だが、激昂したゲーリッヒをキールが手で制した。

『今度の件でアメリカが3号機の引渡しに難色を示し始めた。国連の幕僚本部にも不審な動きが見られるという情報も入っておる。…今後、彼等との関係も微妙なものにならざるを得ん。我々の悲願成就の為、事態は可及的速やかに対処せねばならんのだ』

『はっ…』

渋々鉾を収めるゲーリッヒだが、その視線は憎憎しげに眼の前にいる男に注がれている。

選民意識の強いこの男にとって、ゲンドウは邪魔以外の何者でもない。本来なら真っ先に排除したいところだが現時点では完全に敵に回すわけにもいかず、不愉快な同盟関係を守っていかなければならないのだ。

このような心理的複雑なジレンマを抱えているゲーリッヒに対し、ゲンドウの方はまったく関心が無いように沈黙を守っていた。

事実、ゲーリッヒ如き小物など相手にするつもりもない。再三の不毛で不快な難癖に大して少々嫌味を言ってみただけだったのだ。

会議の間中、彼の氷の様な冷たい態度が崩れることは無かった。

しかし、会議を終え自分の公務室に戻ったゲンドウは、続いてもたらされた赤木リツコからの報告に思わず手元の受話器を滑り落すこととなる。

SEELEの重鎮を前にしても顔色一つ変えなかった男を一瞬でも自失させた電話の内容…。

それは、『地下ダミープラント施設、崩壊』の報であった。




To be continued...


(あとがき)

こんにちは、ミツです。
使徒二戦目でNERVボロボロの状態です。ここから立て直すのは大変でしょうね。
そしてついにリツコさんがダミープラント破壊の報告をゲンドウ氏にします。
一体どんな言い訳を考えていることやら…。
それでは次回も頑張ります。

最後に、こんな作品に感想メールを送ってくださった皆様。
感謝感激です。
ではでは。

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