贖罪の刻印

第三十五話

presented by ミツ様


  NERV本部・技術研究室

 

「あっ、センパイ」

技術研究室に入ってきたマヤは、デスクで一心不乱にコンソールを操作しているリツコを見つけて小走りに近づいていった。その手には大きめの書類が抱えられている。

「例の搬入作業、正午から行うそうです」

「そう…、そうだったわね」

モニターを見続けていたリツコは、手を休めてマヤから書類を受け取り目を通す。

今後出現が予測される使徒に対して、NERV技術部は総力を上げてエヴァ新装備の開発に取り組んでいた。その第一陣として、大型ポジトロンライフルと専用電磁シールドが本日ロールアウトしたのである。

本来なら責任者である自分が取り仕切らなければならないのだが、リツコは少し考える素振りを見せるとこう言った。

「組上げと出力調整だけならマヤに任せられるわね。どう、仕切ってみる?」

「えっ…、い、良いんですか!?」

意外な申し出に驚くマヤ。リツコが自分の仕事を他人に任せるなんて極めて珍しい事だ。嬉しさの反面、戸惑いが顔に出る。

「あなたにも色々経験を積んでもらわないと、只でさえウチは人手が不足しているんだし…期待してるわよ」

「は、はい…」

「お願いね。…私はやる事があるし」

「あっ…、お忙しいんでしたら私も手伝いますけど…?」

「そうね…、もう少し形になったらマヤにも加わってもらうわ。じゃあ後宜しく」

マヤにそう声をかけると、リツコは技術室を出て行った。

 

 

 

  府中・戦力自衛隊総括本部

 

戦略自衛隊・東部方面第21戦車隊の隊長である東雲マサル三佐は参謀本部に出頭を命じられていた。

参謀本部・作戦課。

ここは国連に委託された自衛隊とは一線を画する戦略自衛隊にあっても、更に特別な意味を持った部門である。

この作戦課が起案し総理府の許可を得て発せられた命令が日本国における治安維持の指針となるのであり、まさに戦自の中枢といってもよい機関なのだ。

建物の二階部分、東雲は長い廊下を辿り扉の前に立つと、二度ノックをして中に入る。

そこは予想よりも狭い部屋だった。

中央を囲むように配置されたテーブル。壁には日本を含む太平洋全域の地図が貼られており、そのときどきの戦自を戦力配置を示すようになっていた。

会議室には既に7〜8人の作戦参謀がおり、皆腕を組んでこちらを見つめている。

「東雲三佐、出頭しました」

「掛けたまえ」

東雲が敬礼を施すと、参謀の一人が着席を促した。自分を見つめる男達の視線を受けながら、何なら非友好的な空気が流れていることを彼自身が感じ取る。

「上申書は読ませてもらったよ、東雲君…」

別の男がそう云ってテーブルに数枚の書類を放り出した。慇懃無礼ともいってよい態度だ。東雲は場び雰囲気に軽い違和感を覚えていた。

「使徒と呼称される敵生体に対して我が軍開発中のT兵器…『T・RAIDENT』の使用許可を求めたい、という事だが…」

「はい」

居住まいを正しながら東雲はそう応える。

政府直属機関である戦略自衛隊の本来の目的は、ゲリラ・その他の武力組織に対して日本の領土を防衛する事である。

しかし、新たなる敵『使徒』に対しては友好的な戦術を持たず苦戦を強いられている状況だ。これは使徒迎撃の専門機関であるNERVも同様であり、この機会にこそ軍が開発中の新兵器の投入が必要なのではないか…東雲はそう考え、上層部に具申したのだ。

だが…、

「結論から先に云おう…。本部では今後、対使徒戦においてT兵器と配備する意向はない」

「何ですって!?」

参謀のにべも無い言葉に東雲は驚く。

「理由を聞かせて下さい。現に使徒の侵攻により膨大な被害が出ているのです。このまま手を拱いていては国民の信頼を失いかねません。今こそ新兵器の投入を…。すでに数機がロールアウト間近のはずです」

「キミがどのようなルートを通してその情報を知ったかは問うまい。しかし、これは非常にデリケートな問題なのだよ」

ひどく冷淡な視線で自分を見つめる参謀の一人が口を開いた。

「第一、その余裕も無いのだよ。なにぶん東シナ海において海賊行為も多発している。現時点で兵力は一機でも疎かにする事は出来んということだ」

「ですが…ッ!」

それは国連軍の仕事であり、日本本土の治安維持を守るのが我々の責務ではないのか。そう主張しようとする東雲だったが、返ってきた答えは木で鼻をくくったような返事だった。

「その為にNERVがいるのだろう?」

「これ以上我が軍は化け物退治に予算は使えんよ」

軽口じみた言葉に数人が薄笑いを浮かべる。

もはや東雲の言葉など真面目に取り合おうとしない態度に、机を叩いて怒声を浴びせたい衝動に駆られるが、参謀本部とあっては相手が悪すぎる。

東雲は席を立ち上がり、無言のまま敬礼を一つ返すとそのまま会議室を退出した。

 

 

 

「どうでした……って聞くまでもないか」

73式小型トラックの運転席に座っていた鈴谷は、戦自本部から出てきた東雲の表情を見てすべて理解したようにひとりごちする。

だが肝心の東雲の方はそうはいかない。上層部の危機意識の低さに憤慨して声を荒げた。

「まったく話にならん!上の連中の脳みそには蜂蜜でも塗してあるんじゃないのか!?」

「…まあ、大方予測はしてましたが」

「どう言う事だ?」

いまだ腹の虫が収まっていないのか、東雲はやや憮然とした口調で聞き返した。

「トライデントは機密兵器。しかも来るべき世界大戦に備えて開発されたシロモノですからね。対外的にも発覚したら色々マズイ事があるんでしょう」

「そんなこと他の国だって多かれ少なかれやっている事だ。特に中国の軍備拡張は明らかに自衛の域を脱している。噂では、独自にエヴァとは違う二足歩行型戦車の開発に着手しているらしいじゃないか」

「いちおう建築作業用という名目らしいですが」

「そんなこと誰も信じるもんか!」

「建前と本音というものは大事なんですよ…たとえ見え透いていてもね」

「…お前、一々正論吐くね。そんな事だと上官の心象が悪くなって出世も出来ないぞ」

ジト目で睨む東雲に、鈴谷は涼しい顔で答えた。

「自分も鍛えられましたから。敬愛する上官殿に…」

「……まあ、それは兎も角としてだ」

形勢が不利と判断したのだろう、強引に話題を変える東雲。

「上の連中をアテにしていたら埒があかん。こうなったら直接トライデントの開発工場に乗り込んで話をつけてやる」

「それって命令違反じゃ………って言ってもしょうがないですね……」

上官の突拍子もない発言に溜息を吐きながら車のキーを回す鈴谷。長年の経験で東雲が一度言い出したらきかないことを理解しているのであった。

鈴谷アズマ。

彼もまた上司に恵まれない一人なのかもしれない…。

 

 

 

「…まったく、ああいうハネッ返りがいては困る」

「そうですな。我々の苦労をちっとも理解していない」

「ただ戦えばよい、という訳にはいかないのだよ。現時点で使徒との戦いに介入すれば。NERVの…あの碇の風下に立たねばならん」

退出した東雲の背中に口々に嘲笑と罵声を浴びせていた参謀達だったが、すぐに彼の事などは全員の頭から忘れ去られ、本日の議題に入った。

「…で、どうかね、最近は?」

「情報操作により国民は落ち着きを取り戻しました。心配されていた株価も安定を維持しております」

「セカンド・インパクトで地獄を見たのだ。いまさら使徒襲来程度でうろたえてどうする」

「しかし、あれほど報道機関も騒いでいたんだがな…」

「人の噂も何とやら…ですな。いまでは与党議員の政界W不倫スキャンダルがニュースのトップを飾っています」

「これだからマスコミは…」

男が憮然としたように呟いた。

使徒戦当初、戦自が展開した作戦に関してマスコミの批判が集中した時期があった。街を一つ犠牲にして戦果が何一つ上がらなかったのだから当然といえば当然といえるのだが、彼等の節操の無さには呆れ返る。

「まあそう言うな。そのお陰でこれ以上我が軍の失態が露見しないで済む」

「失態ではないよ。それもこれもNERVの情報提供が不十分だった所為だ。我々の責任ではない」

別の男が反論した。どうやらこの男は先の第三使徒戦でNERV本部で指揮を取っていた一人のようだった。一瞬、険悪な雰囲気になるところを比較的若い参謀がとりなすように諮る。

「…そうでしたな。ところで本題はこれからです。使徒撃退という厄介事は現段階でNERVに任せるとして、彼等によって回収された貴重なサンプル…あれの処遇についてです」

「どうなっている?」

「第三・第四使徒のサンプルもNERVが特別法をタテに独占しています」

「あれだけのテクノロジーの集大成をか?」

「エヴァンゲリオンだけでは飽き足らんとみえるな」

憎々しげに呟く男達。

「こちらとしても情報公開法をタテに資料の提出を要求してきましたが…」

そういって彼等の目の前に数十枚のレポート用紙が配られた。

それは”極秘”と朱印された『使徒と呼称される物体及び人類補完計画(仮称)に関する第一次中間報告書』のコピーだった。

もっとも、ほとんどが黒塗りのラインで読めはしないシロモノだったが…。

「出てきたのは、これだけです」

「ナメられたものだ!」

一番年長にあたる参謀が憤ったように資料を机に叩きつけた。

「現在、我々に有利な法的整備も進められてはいますが…」

「回りくどい!サード・インパクトが起きてからでは何もかも遅いのだぞ」

「これも人類補完委員会がNERVをアテにし過ぎているからだ」

「この甘さが碇の、ひいてはNERVの独走を許す結果に繋がっている」

「我々にとっては由々しき事態だよ」

戦自の参謀達は元々NERVの存在を快く思ってはいない。

自衛隊とは一線を画し、日本国政府直属の組織として創設された戦略自衛隊は、その理念からいえば対使徒戦に当然投入されるべき戦力である。

軍事力としてみてもN2兵器やBC兵器を保有するなど、自衛隊を凌ぐ規模であるにも関わらず、国連や政府の一部が自分達よりも得体の知れない一特務機関を重宝している事実に不満が燻っていたのだ。

「NERVの主力兵器…エヴァンゲリオン一つにしても、どうやってあれほどの兵器を建造出来たのか?」

「不透明な部分が多過ぎる」

「明らかにテクノロジーのレベルが違い過ぎる」

「使徒のサンプルを解析すれば、我々の”トライデント”も格段の進歩が見られるものを…」

先ほど東雲に冷淡な視線を送っていた参謀が悔しげに呟く。

彼の名は榊キョウゴ。

作戦本部では一番若手ではあるが、どうやら彼がトライデント計画の責任者らしかった。長身で頬のこけた相貌に丸眼鏡。そしてその奥には変質的ともとれる眼つきの鋭さを持っている。

「それだけではありません。人類補完計画も秘匿のうちに進められています」

「いかんね。独占はいかん」

「我々への配慮が足りなさ過ぎる」

再び男達から不満の声が上がる。

「そして資金もだ。たとえ使徒に怯える毎日でも金は必要なのだよ。生きている限りね」

「軍事産業に関しても同意見ですな」

「日重か…」

「アチラの方でもリアクションを起こす予定らしい。NERVに対する揺さぶりになるだろう」

「先の東雲君ではないが、我々の使徒迎撃計画はどうかね?」

年配の参謀が榊に意見を求めると、彼は一枚の写真付きのレポート用紙をクリップボードへ貼り付ける。こちらも黒塗りで所々潰されてはいるが、これが戦自秘蔵の起動兵器のようだった。

「テストは順調です。ですがやはりいくつかの問題点も抱えておりまして…」

「それでは意味がない」

「ご安心を、解決法は考えております」

「ほう、どうするのだ…?」

「問題が解けぬのなら、解答を教えてもらえばいいだけです。知っている者からね…」

榊は一同を見渡しながら、唇を歪めてそう答えた。

 

 

 

  NERV本部・大深度地下施設

 

NERV本部セントラルドグマの更に下層にある大深度地下施設の中央部。

先の使徒の襲来より奇跡的に難を逃れたこの部屋の中央の座に、光り輝く試験管状の物体が据え付けられている。

天井からは数十本の配管や配線が幾重にも有機的に張り巡らされ集中している姿はまるで巨大な大脳と脳髄のようにも見えた。

そして試験管の下方に描かれた幾何学的な記号や魔法円。

まるで中世の悪魔教の祭壇にも似た不可思議な空間に赤木リツコは立っていた。

彼女の視線の先にはLCL溶液に満たされた等身大のシリンダーがあり、その中には一人の少年が生まれたままの姿でたゆたっていた。

眠るように眼を閉じていた少年の瞼がゆっくりと開いていく。

無言のまま見詰め合う二人…。

深遠の深さをみせる広大な空間が、二人を闇の中に圧し包んでいった。




To be continued...


(あとがき)

こんにちは、ミツです。
35話も何とか出せました。しかし、相変わらずチマチマとしか進んでないですね。
もうちょっとペースアップをしないといけないかなぁ…。
それでは最後に感想メールを下さった方々、有難うございます。
感謝感激です。
ではでは。

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