第三十九話
presented by ミツ様
ユーラシア大陸・上空
満月が漆黒の夜空をおぼろげに染め上げている。
周囲から微かに響いてくるタービン音。突如、翼を広げた鷲の様な黒い影が現れ、雲を引き摺りながら飛行していった。
国連のマークが施された長距離大型輸送機だ。昨夜未明にドイツから発進したそれは、現在日本へ向けて進路を取っている。
高度2000メートル上空の世界は、ルビーを鏤めたような藍色の空と、月の光を浴びて波頭の飛沫の様に銀色に光り輝く雲海が広がっていた。
キャビンの中では少女が一人、そんな幻想的な景色を窓枠からじっと眺めている。
彼女の名は、惣流・アスカ・ラングレー。
日本人とドイツ人のクォーターであり、赤みがかかった茶髪と意思の強そうな蒼い瞳が印象的な美少女だ。容姿だけではなく頭脳も優秀で、14歳で大学課程も修了した天才児でもある。
アスカはある使命をおびてこの機に搭乗していた。
彼女はエヴァの操縦適格者…セカンドチルドレンにあたり、エヴァシリーズのプロダクションモデルである弐号機を伴って日本へ向かっている最中であった。
「…ッ?……何だろう、アレ……」
飽きることなく眼下の景色を眺めていたアスカの眉が顰まった。
輸送機の影が落ちている雲の部分の一点に、微かに細波が渡ったように感じられたのだ。
きらきらと光が走っている。
輸送機の翼端灯か何かが雲に反射しているのだろうか。雲海の一部だけがぼんやりと明るくなっているように思えた。
波うつ雲に紅い光が滲む。その滲んだ光がゆらゆらと揺れながら移動していた。
アスカがのぞき窓から顔をあげて、更に視線を凝らそうとした時、
「アスカ、入るぞ」
そう言って、一人の男がノックをして入ってきた。
長身の優男だ。後ろで纏めた髪の毛や無精髭が、どこか世間の枠からはみ出たような飄然とした印象を受けるが、不思議とそれが様になっていた。
「加持さん!」
満面の笑みを浮かべて男を出迎えたアスカ。彼女がもう一度窓枠を見やると、そこにはもう不可思議な光は映ってはいなかった。
気のせいだったのだろうか…。
アスカはそう思い直して意識を加持の方へ向けた。
「どうした?」
「ううん…何でもありません」
加持は「そうか」と呟くと据え付けの椅子に腰をおろした。その脇にアスカが甘えた様に抱きついてくる。
「あと二時間ほどで日本に着くそうだ。どうだい、調子は?」
「加持さんと空のランデブーなのは最高なんですけどぉ、あんまりロマンチックな場所じゃないですよね」
アスカは溜息を吐きながらキャビンを見渡す。
効率のみを重視した狭い無機質な部屋は、お世辞にも快適とはいえないだろう。もっとも、彼女には不機嫌な理由がもう一つあった。
「それに、何なんです?アイツ…」
ドイツからのもう一人の同行者のことを思い出し、アスカは露骨に嫌な顔を浮かべた。
どこぞのお偉いさんなのだろう。全身イタリア製の白いスーツに身を包んだキザな男だった。
顔はまあハンサムに属する。アスカから見ても及第点をあげてもいいかもしれないが、その態度が気に入らなかった。
まるで自分をモノでも見るような…そんな見下した態度で接してきたのだ。プライドの高い彼女にとって、これほどの屈辱はなかった。
「まあそう言うな。彼は国連の監察官で、今度本部へ派遣されるそうだ」
「…まったく、本部のチルドレン達がだらしないからそうなるんですよ。もっとも、アタシが来たからにはもう大丈夫ですけど」
「ハハ、期待しているよ」
加持はそう言って笑う。
夜の帳が次第に青空へと変わっていこうとしていく。遥か地平の彼方、輸送機からは蒼い海原が見えてきた。
長野県・新松代空港
強烈な夏の光が滑走路に陽炎をゆらめかせていた。
雲ひとつない空は透き通るような青で、まるで空全体が降ってくるような錯覚さえ覚える。
滑走路上にはNERVの機体搬送用大型トレーラーや機材用トレーラー十数台が列をなして停まっていた。他の航空機の姿は無い。
ドイツから到着するエヴァンゲリオン弐号機の受け取りの為、NERV権限により本日空港でのフライトをすべて強制的にキャンセルさせたのだ。
新松代空港は現在日本の玄関口である。それを一日とはいえ実質的に閉鎖してしまったのだから、政府首脳部やマスコミ連中にまた耳の痛い事を突かれそうだが、搬送されるものの重要性を考えれば仕方の無い措置であった。
「…戦力の増加は大歓迎だけど、オマケが気に入らないわね」
14式大型移動指揮者の中、遅めの食事を済ませたミサトが両手を組みながら不機嫌な顔で呟いた。
朝からの待機で暇を持て余しているのか、楊枝を唇で弄ぶ姿が少し行儀が悪い。
隣で座っていた日向が顔を上げる。こちらも暇潰しだろうか、手には愛読のマンガ雑誌を持っていた。
「ああ、例の国連監察官のことですか?一体どんな人なんでしょうね…」
「昔っから粗捜しが得意な人間で、イイ男に出会ったためしがないのよねぇ」
隅のゴミ箱に楊枝を投げ捨てながら、ミサトは皮肉気に唇を歪めた。
「とは言え、国連からの正式な命令ですから無碍にも出来ませんしね」
「だからこんな正装までしてお出迎えしようってんでしょ……ったく、、なぁんでこんな時にリツコはいないのよ」
「赤木博士ならMAGIのシステムアップの為に昨日から本部に缶詰状態です」
愚痴を吐くミサトの後ろの座席から、これまた編物をしていたカエデが振り返ってこたえる。彼女もまったくくつろいだ状態で座ってはいるが、監視レーダーのチェックは怠ってはいない。
この車両は野外における情報収集や指揮を行う、いわば簡易発令所としての機能を有しており、スーパーコンピュータまでも搭載したコントロールルームは電子機器も充実し最大3人までのオペレーターの搭乗が可能であった。
「それでマヤちゃんの代わりにカエデちゃんが来たわけか…貧乏くじ引いちゃったわね」
「いえ、これも仕事ですから」
そう言って微笑むカエデに、ミサトはハンカチを瞼に当てて涙を拭く仕草をみせる。
「うう…マヤちゃんもそうだけど、リツコの部下はみんな良い子達よねぇ。あんな根性悪からどうしてこんな出来た子が育つのか…NERVの七不思議だわ」
「ハ、ハハ…聞かなかったことにしておきます」
どう応えて良いかわからず引き攣った笑いを浮かべるカエデだったが、突如レーダーに映った一つの光点を確認し表情を一変させた。
「葛城さん…」
呼びかける必要も無く、ミサトも同様に引き締まった表情を浮かべて空の一点を見詰める。
「どうやら…着いたようね」
蒼銀に輝く天球の彼方、大型輸送機の機影がゆっくりと見えてきた。
「あれが、弐号機……」
空港に無事到着した輸送機のハッチから、巨大な赤いロボットが機体搬送用トレーラーに積み込まれていくのをじっと見詰めながらミサトは呟いた。
エヴァンゲリオン弐号機。
本格的実戦を想定したエヴァシリーズの先行量産モデルであり、組み立て及び起動実験はドイツのNERV第三支部で行われていた。
汎用性を高める為、胸部装甲や肩部装甲は一部簡略化されているが、決して性能が落ちるというわけではなく、逆に零号機や初号機のデータをフィードバックしたことで神経接続や精神汚染防止など素体自身の能力を向上させたほか、頭部に4つの補助光学カメラと電磁波センサーを持つなど、ソフト・ハード両面において改良が施され、対使徒戦用の汎用決戦兵器としてかなりのポテンシャルを秘めているといえるだろう。
「さあ、グズグズしていられないわ。各機能チャック、急いで」
「ヘロウ、ミサト!元気してた?」
搬送準備を進めていたミサトのもとに、輸送機から降りてきた少女が声をかけてきた。
勝気そうな微笑、強く照りつける日差しに負けぬほどの存在感、エヴァンゲリオン弐号機の専属パイロットの惣流・アスカ・ラングレーだ。
「ま、ね。あなたも背、伸びたんじゃない?」
ミサトも旧知を見つけ笑顔でかえす。
「他にもいろいろ成長しているわよ。……それより、せっかくこのアタシが着たってのに、本部のチルドレンのお出迎えが無いってのはどういうこと!?」
不機嫌そうなアスカ。彼女としては自分と弐号機の優秀さをアピールする絶好のチャンスを逃してしまった事が気に入らないようだ。
「…まあ、いろいろあるのよ。それでなくても本部は大変なんだから」
「ハン!ミサトもお荷物達の世話に相当苦労しているようね」
バカにしたように鼻で笑うアスカに苦笑いを浮かべるミサト。
アスカとはドイツに出向していた時から面識があり、エヴァ操縦適格者としての強い自負と訓練に対する多大な努力は認めていたが、その反面、負けず嫌いで我が強い傾向があったからだ。
「でも安心しなさい。このアタシが着たからにはラクさせてあげるから。まあ大船に乗ったつもりでいなさいよ」
「それはそれは、頼もしい限りだネ…」
突如彼女の背後から響いてきた冷たい男の声。
アスカは背中に氷でも押し当てられたような不快な感触に身震いをしながら振り返ると、声の主に怒鳴りつけた。
「チョット!いきなり会話に割り込まないでよ。ビックリするじゃない!」
「…キミは、自分の立場をわきまえて口を聞くとイイネ」
「なんですってぇッ!」
「待ちなさい、アスカ!」
激昂しかかるアスカの間に遮るように立つミサト。そのまま帽子を取り男に敬礼を施した。
「マルファス監察官ですね。私はNERV作戦部長・葛城ミサトです。遠路はるばるご苦労様です」
「蒸し暑くて、埃っぽくて、陰気なところダ…」
「は…?」
マルファスはポケットからハンカチを取り出すと、それを口元に当てて話し出す。
「このボクが、ワザワザ日本にまで来た理由…オワカリになられますカ?」
「…………」
挨拶もせずそう切り出され思わず鼻白むミサト。ルックスは良いのかもしれないが、蒼白そうな肌といい相手を侮蔑するように見詰める爬虫類のような眼差しといい、一瞬にしてこの男を嫌いになるには十分な理由だった。
そしてそういった相手に対する対処法も前回の査問会で心得ている。ミサトは一瞬瞳を細めると努めて冷静に振舞った。
「対使徒戦における、NERVの監督・視察・取締まりと心得ております」
「ボクの気持ちひとつでキミ達の首の挿げ替えなど、どうとでもなるのデス。その事を肝に銘じておくとイイ」
「非才なる身ですが全力で職務に勤めます。…つきましては弐号機の引渡しの手続きを早速始めたいのです。時間は一秒たりとも貴重です。監察官にはあちらに車をご用意いたしましたのでどうぞ…」
皮肉も完全に無視して書簡を差し出すミサト。マルファスもそれ以上何も云わず「結構だ…」と言い残すと、その場を後にした。
アスカも少し感心した視線をミサトに送る。
「へ〜、案外ヤルじゃない、ミサト」
「あんなの、一々相手してらんないわよ…」
そう言ってミサトは溜息を吐く。あのような男を相手に冷静さを保つのは、なかなかの忍耐力を必要とする作業だった。
そんな彼女に頭上から声をかける者がいる。
「ヨ、相変わらず凛々しいな」
「か、加持ぃ〜〜ッ!?」
ゲッ、と驚いた表情で見上げた先には、輸送機のタラップから降りてきた加持リョウジの姿があった。
「なななっ、何でアンタが此処にいるのよッ!??」
「二人の随伴でね。ドイツから出張さ」
加持は大きめの黒いトランクケースを片手に抱えている。もう片方の腕の位置には既にアスカが嬉しそうに陣取っていた。
「最っ高にロマンチックな旅でしたよねぇ〜〜、加持さん!」
「迂闊だったわ……十分考えられる事態だったのに」
頭を抱えて蹲るミサトだったが、何かを思いついたように加持に詰め寄る。
「チョッチ待って。二人って…じゃあアンタ、あの”白ヘビ野郎”のお供でもあるわけ?」
白ヘビ野郎とはマルファス監察官のことだろう。
「ハハ、白ヘビ野郎は上手い喩えだな。まあ、一応俺の上司ということになるのかな…」
「ホント…粗捜しの得意な人間にロクなヤツいないわ……」
皮肉の篭ったジト目で睨み付けるミサトを、加持は飄々とした表情で受け流している。
「あれ?信用ないなぁ。俺は葛城に対しているも真剣だぜ?」
「どの口がそんなこと言えるのかしらね…」
「…俺の居ない間、寂しかっただろ?」
「なっ!!な、な、な……」
真っ赤になって口をパクパクさせるミサト。どうやら役者は相手が一枚上手らしい。そして、そんな二人の”わけありそうな関係”が面白いはずがないアスカが、逆にミサトに食ってかかった。
「ちょっとミサト!加持さんにヘンなちょっかい出さないでくれる!?」
「だ、だれがこんなヤツ!」
動揺したミサトを助けたのは日向からの通信コールだった。もっとも、それは必ずしも喜ばしい内容ではなかったが…。
携帯マイクから日向の切羽詰った声が聞こえてくる。
『葛城さん、非常警戒指令です!南西56キロの上空に巨大な飛行物体を確認しました!』
「まさか…ッ!?」
『パターン青……使徒です!』
気色ばむミサトに何かを察した加持の顔。そしてアスカの瞳がキラリと光った。
「チャ〜〜ンス!ミサト、弐号機起動させるわ!電源は持ってきてるんでしょうね!?」
「そりゃ、一応は準備しているけど……ってアスカ、アンタ大丈夫なの!?」
日本に到着した早々いきなりの実戦である。長旅の疲れや機体の調整不足を危惧するミサトだったが、赤い髪の少女は不敵な笑みを浮かべると自信満々にこたえた。
「当ったり前でしょ!アタシはエヴァンゲリオン弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーよ!」
「わ、わかったわ…任せるわよ、アスカ」
「本部のチルドレンに、華麗な戦いのお手本ってヤツを教えてあげるわッ!」
アスカはそう云って機体搬送用トレーラーの方へ駆けて行く。それを見送り、自分も指揮車両へ向かおうとしたミサトのもとに一台のジープが横付けしてきた。リアウインドゥが僅かに開く。
「葛城ぃ〜」
「加持くんッ!?」
驚きの声を上げるミサト。いつの間にか姿を消していた加持が、どこからが車を一台調達してきたらしい。
「届け物があるんで、俺、さき行くわァ」
飄々とした笑みを浮かべて手を振る加持。車はそのまま一直線に走り去っていってしまった。
「……逃げた」
後に残されたのは、呆気に取られた表情を浮かべるミサトだけだった。
「いやぁ、便乗して申し訳ありませんね」
「…よほど大事なモノなのかナ?」
加持の傍らで、後部座席に座っていたマルファスが、加持の持つ対核仕様のマークが施されたトランクケースに目をやりながら話しかけた。ケースに取り付けられている手錠の鎖が加持の手首に幾重にも巻かれていることからして、その重要度が窺える。
「さあ、なにぶん極秘扱いで私も中身は確認しておりませんので」
「ボクの権限を使えばそのケースを検閲することも可能だが?」
「お使いになられますか…?」
後部座席を振り向きながら、にこやかに応える加持。
マルファスと目が合う。
偏執的な毒蛇のような視線が加持を捉えるが、彼は外見上は涼しい顔で受け流している。
「いや、止めておこう…」
ふと、マルファスが興味を失せたように視線を前に移した。
「それは助かります」
加持もそう云って黙り込む。
その後、二人に何の会話もないままジープは走り続けていった。
第一中学校・屋上
昼休みの校舎の屋上には、昼食やお喋りに興じるグループが数組あった。
トウジとケンスケもその中の一組で、二人ともフェンスにもたれかかりながらぼんやりと青空を眺めていた。
「あ〜あ…やっぱ、パイロットなりたかったなぁ…」
ケンスケが心底残念そうな口振りで口を開く。
ここ最近の二人の会話は決まってこの話題だ。以前ミサトに再会して以来、エヴァのパイロットになりたいという願望は萎むどころか、益々膨らむばかりだ。
「せやけど、ミサトさんが選別するトコが他にあって、自分や判断出来へん言うてたやろ?」
トウジがコンビニで買ったパンに噛り付きながら呟く。
「そうなんだよな。パパのパソコン弄ってみても、そこまではわかんないんだ…」
「やっぱ普通じゃなれへんのかな…」
溜め息を吐いてパンの紙くずをビニール袋放り込むトウジ。そんな彼を横目で見ながらも、ケンスケは自分の考えを口にする。
「う〜ん…でも、その基準が分かれば、自分に何が足りないのか、どうすればパイロットになれるのか、対処法が見つかると思うんだ……って、アレ……綾波じゃないか?」
ケンスケが校門の前を指差す。そこにはNERVの公用車と、それに乗り込むレイの姿が見てとれた。
「ホンマや」
トウジも思わず身を乗り出す。
「何で綾波が”ねるふ”の車に乗るんや…?」
首をひねるトウジ。しかし、ケンスケは何かを察したように小さく呟いた。
「まさか…」
その時、静寂の時を破るかのように、けたたましい警報が鳴り響いた。
NERV本部・第二発令所
「状況はッ!?」
発令所に駆け込んだリツコは、オペレーター席に座る青葉のもとへと向かった。
MAGIのシステムアップによる徹夜明けの疲れはなさそうだが、その表情には焦燥の色が濃い。
「はい、松代方面に使徒出現。これに対し、ドイツより到着した弐号機が葛城さんの指揮のもと目標と交戦した模様です」
「いきなり内地に攻め込まれるなんて……早期警戒システムはどうなっていたのッ?」
「それが、レーダーにまったく感知されませんでした。まるで突然その場に現れたようで…」
「ミサト達との連絡は?」
「電磁波の影響が強くモニター取れません…。現在、哨戒機を飛ばして中継で情報の集積にあたっています。それと、碇司令の命令で初号機と零号機が出撃体勢に入っていますが…」
青葉からの報告に、リツコは驚き上段の司令塔を見上げた。
「司令、初号機はまだ戦闘に耐えられる状態ではありません!」
「先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、実戦における稼働率はゼロだ」
「しかし…」
「構わん。オトリ程度には役に立つ」
予想されたとはいえ、ゲンドウの冷厳な声にリツコは臍を噛む。
何もかもが予定外だ。いくらなんでも早すぎる!
前回の記憶通りなら、次の使徒の襲来にはまだ若干の時間があったはず。その前にエヴァ三機による迎撃体勢を整えようとした矢先の事態だった。
リツコは自分の目算が脆くも崩れ去ったことを悟った。
(こちらのタイムスケジュールの繰上げが、使徒の出現を早めてしまったとでもいうの…?)
それとも…。
以前より抱えていた疑問が再び頭を過ぎる。
自分達イレギュラーの存在が、歴史の歯車を悪い方向へ歪めているとでもいうのか…?
だが、そんな事はいくら自問自答を繰り返しても答えなど出るはずも無い。
ミサトにしてもアスカにしても、”ラミエル”…あの過粒子砲タイプの使徒が相手では対処しようがなかったはず……弐号機は敗北したとみるべきだろう。
予め事前情報を与えられなかった事が悔やまれるが、今はそんな事をいっている暇はない。彼女達が無事であることを祈って今後の対処法を講じなければならない。
「それにしても…」
リツコが陰鬱な面持ちで呟く。
初号機は頭部の復元を最優先させた為、右腕の結合作業は行っておらず、胸部も第一次装甲までしか取り付けていない…戦闘はそもそも無理な話だ。
零号機は起動実験には成功しているが、まだまだ各部のチェックが不足していおり、射撃などの精密作業はとても出来ないだろう。
状況はどう転んでも最悪といってよかった。
「哨戒機が現場に到着しました。最大望遠で画像出ます」
オペレーターからの報告でモニターに映し出された光景。それを見てリツコは思わず持っているペンを落とした。
「そ、そんな…ッ!?」
辺り一面火の海だ。空港の管制塔は崩れ落ち、他の建物もすべて倒壊し、瓦礫ですら粉々に粉砕されているほどだ。舗装され整備されていた滑走路には隕石が衝突したかと思われるほどのクレーターが幾つも穿たれ、そこから黒い噴煙が立ち昇っている。
徹底的に破壊の限りが尽くされ、地獄と化した世界。
そして、そこに倒れ伏している赤い巨人。
エヴァ弐号機は両腕を引き千切られ、装甲も爆ぜて無残な姿で崩れ落ちていた。
まさにそこは、焦土と呼ぶに相応しい有様といえるだろう。
しかし、リツコが驚愕したのはその現場の惨劇ではない。
彼女の眼は一点に釘付けにされていた。
燃え上がる炎と噴き上げる黒煙の海から現れ出でたる巨大な影…。
漆黒の闇よりも深く暗い髑髏の瞳。
帯状に折りたたまれた異形な腕部。
なまじ人間形態に近いフォルム故に、より一層その異様さと醜悪さが強調され、見る者の心を寒からしめる怪異。
それは、裏死海文書に記された最強の使徒…”ゼルエル”。
『力』を司る破壊の天使の姿だった。
何かが狂い始めていく…。
これが、自ら招いた”罪”なのか…。
与えられる”罰”なのか…。
答えを出せる者はどこにもいない…。
すべてはそう、運命の導きのままに…。
To be continued...
(あとがき)
こんにちは、ミツです。
なんか今回は駆け足で書いてしまったような感じです。もう少し上手く描写を表現出来たかも…と、ちょっと反省。
それはともかく、物語はいきなりのゼルエルの登場です。今後どうなってしまうのか…。
それは次回のお楽しみに。
ではでは今年もよろしく。
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