第四十三話
presented by ミツ様
NERV本部・総司令官公務室
薄暗い公務室に四人の人影があった。
「お説教を食らった気分は如何ですか…碇司令?」
白いスーツを着込んだ男が、皮肉げな口調でデスクに座っているゲンドウに語りかける。
マルファス・エイクシル。NERV本部に派遣された監察官だ。ゲンドウは先程までSEELEの査問を受けていた。
「まあ、議長達のお怒りももっともでしょう。二度どころか三度に渡る失態。一体、どう申し開きをされたんデス?」
「初号機は我々の制御化にはなかった。原因は現在調査中だ…」
「オヤオヤ…」
マルファスは大袈裟に肩を竦める仕草をした。それは相手を必要以上に挑発する意思が込められていたが、当のゲンドウはそれに乗る気配は無かった。
「ドウモ本部の方々は危機意識に欠けるヨウデスネ。…危うく“アレ”を起こしかけたんですヨ……?」
“アレ”とは初号機が発生させたアンチA.Tフィールド現象の事を指しているのだろう。その指摘にゲンドウの瞳が一瞬揺れたが、それでも彼の精神にさざ波を立たせるほどではなかった。
「…初号機の凍結は決定した。SEELEの別命あるまでは封印は解除しない」
「そんな事は当然ですトモ。それよりも問題は、あの玩具を与えられたアナタの息子なんですヨ…」
「それも既に委員会から通達が来ている。その処分に従うだけだ…」
「ナルホド…」
あくまでも監察官の前では殊勝な態度を崩さないゲンドウ。マルファスは視線に若干の苛立ちの色を込めて、更に攻撃しようとしたその時だった、
「では、そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
間延びした言葉で、張り詰めていた空気に一気に割って入った男がいた。ずっと後ろで控えていた加持リョウジだった。彼は手に持ったトランクを机の上に差し出す。
全員の目がそれに集中した。マルファスも渋々ではあるが矛を収める。加持は飄々とした笑みを浮かべて暗証番号を入力してキーロックを解除した。
パチンと派手な音と共に分厚いフタが開く。
トランクの中は、箱状の色付きガラスで覆われていた。そして、その中に酷く奇怪な物体のシルエットが見て取れた。
「これがアダムか…」
冬月が感嘆の表情で呟く。
「ええ、すでにここまで復元されています。硬化ベークライトで固めてありますが、生きてます。間違いなく…」
アダムと呼ばれた物体は、まるでひざを抱えて丸まっている人間の胎児のような姿をしている。だが、ケース越しに感じる圧倒的な存在感は瘴気と狂気を含み、見る者の魂すら揺さぶる何かを秘めていた。
「…しかし、こんなモノと一緒に旅をさせられていたとはネ……」
アダムを一瞥したマルファスは不快そうにゲンドウを睨み付ける。これは、アダム護送を自分が知らされなかった事を暗に非難してのことだ。
「使徒がアダムを追って現れる危険性は十分に考慮していた。その為に弐号機を護衛に付けたのだ」
「役に立たない護衛では、その意味をナシマセンネ。総司令閣下…」
「…………」
再び繰り返される挑発に、またも沈黙でこたえるゲンドウ。
「…まあイイデショウ。今後の活躍に期待しますヨ。ただし、いつまでもその席がアナタの席とは思わないコトデス」
マルファスは恫喝を込めた口調でそう言い残し、さっさと公務室を出ていってしまった。
NERV本部・制御室
第五使徒戦の映像記録を確認し終え、リツコは瞼に軽く指を当てて揉みほぐした。
その秀麗な顔には疲労の色が見てとれる。
これは何も、大破したエヴァの補修が滞っている為ばかりではない。ここ最近の理解不能な事象が彼女を悩ませているのだ。
「理解不能…、か」
リツコが呟く。
そう、まさにその通りだ。何もかもが解らなかった。すべての事柄が彼女の予測を超えていた。最強の使徒の出現も、その使徒が他の使徒の能力まで付与していたことも。
それだけではない。初号機に関しても、コアが破壊されて何故起動する事が出来たのか。
シンジがコアから碇ユイを取り出したのは、リリンの力を得て直接シンクロが可能になった彼にとって、母親の存在はかえって邪魔になるからである。
人のココロを排したオリジナルコアとて、そこまでの機能があるとは考えにくい。しかも、あれだけの破損にかかわらず、微弱ながら復元の兆しも見れるのだ。
これは、歴史のズレなどという陳腐な言葉では片付けられない、何か大いなる意思のようなものまで感じさせられるのだ。
シンジの言葉が思い出される。
(歴史は僕たちを排除しようとしているかもしれない…)
本当にそうなのだろうか?
自分達はこの世界のイレギュラーで、時間率という体内に巣食う病原菌のように、白血球に滅ぼされる運命なのだろうか?
リツコは遥かな高みから、自分達を嘲笑う声が聞こえたような気がした。
溜息を吐きながらコクピットに残された戦闘メモリを削除していくリツコ。これが他へ渡ったら少年の身にどんな棄権が及ぶか想像もつかない。
しかし、その時…、背後からリツコの身体をそっと抱きしめる腕が現れた。
一瞬、緊張が走るリツコだったが、少し笑顔を浮かべると背後の男に話しかけた。
「お久しぶりね、加持君。着任の挨拶はもう済んだの?」
「まぁね。ああいう堅苦しい事は苦手さ」
加持は抱いていた腕を解くと、椅子から振り返ったリツコににこやかに挨拶を交わした。
「でも、よく俺だってわかったな?」
「ええ、あそこで怖〜いオネエサンが睨んでいるからね」
リツコの指し示す方向には、制御室のガラスに顔を押し付けて自分達を睨みつけるミサトの姿があった。興奮しているのか、鼻息でガラスが曇っている。
「よっ、葛城」
「フンッ!」
リツコから腕を放し、陽気に手を振る加持を無視して仏頂面でやってくるミサト。加持はそんな彼女の態度を楽しそうに眺めている。
「迂闊だったわね、加持君」
そう言って、旧友との再会に表情を緩めるリツコ。
「コイツのバカは相変わらずよ」
「コンチまたご機嫌斜めで…。俺に愛の告白でもしに来たのかと思ったんだが?」
「ばぁ〜か、誰がアンタなんか…。アンタ弐号機の引渡しが終わったんだからサッサと帰ったら?」
ミサトはジト目で加持を睨みつけるが、等の本人は笑いながら肩を竦めた。
「愛しのマイ・ハニーの期待を裏切って申し訳ないんだが、今日付けで出向の辞令が出てね。暫くは此処に居残りさ」
「うげぇ……」
心底嫌そうな顔を浮かべるミサト。
「まあ、そう言うなって。またつるめるだろ、昔みたいに。どうだ?再会を祝して今夜三人で飲みにでも……」
「ダメよ。今日はリツコをお誘いにきたの」
馴れ馴れしそうに肩を組む手を邪険に払うと、ミサトはリツコに話しかけた。
「私を…?」
「そっ。これからシンジ君とレイのお見舞いに行くんだけど、アンタも来るでしょ?」
その言葉に、ハッとしたようにリツコと加持はお互いの顔を見あわせた。その雰囲気に訝しがるミサト。
「な、なによ二人で深刻そうな顔して…。そりゃまだシンジ君は意識は戻らなくて予断は許さない状態だけど、NERV医療班が全力をあげて治療してるんだし…」
「…いや、葛城……お前まだ知らなかったのか?」
「だから何よ?」
訝しがるミサトに、加持が気まずそうに口を開いた。
「シンジ君は……」
NERV本部・総司令官公務室
「アダムを追って……か?あれで良かったのか?」
一人、公務室に残った冬月は、トランクケースを挟む形で座りゲンドウに話しかけた。
「ああ、そう取られた方が都合が良い。あの男にも…その後ろに繋がっている組織にもな」
「弐号機はその為のエサか…」
「あれは元々アダムのコピーだ。使徒がアレに惹かれるのは当然だ」
「だが、それでコレが本物と思わせる事が出来た、か?…大した芝居だな」
冬月はトランクの中身をもう一度見つめた。
現在のアダムは琥珀中の化石のごとく、一切生の胎動らしきものは感じられない。だがこれは生きている。間違いなく。
しかし、冬月のいう「本物と思わせる事が出来た」とはどういう事なのか…。
「だが、よくSEELEがコレの流出を許したな。老人達からもかなりの反発があったと聞くが…」
「キール議長の独断だそうだ」
「なるほどな。…大方、議長はこの茶番に気付いているのではないか?」
「だろうな、でなければ現段階でこれを手渡したりはせんよ」
ゲンドウもまたアダムを見つめながら語りだす。しかし、冬月と違い、どこか愛しきものを見つめるような眼差しが込められていた。
「コレはSEELEの目指す補完計画には不要のモノだ。所詮は“イミテーション”でしかないからな。だが…」
「しかし、それこそが我々の目的でもある、とまでは読めんか?」
冬月がそう一人ごちした。
「すべてはシナリオ通りだ」
「初号機の事もか…?」
その指摘に、ゲンドウは押し黙ったままトランクケースをデスク下からせり上がって来た特殊金庫の中に仕舞い込む。
「それに加え、サードの“永久追放処分”。…これは、俺のシナリオにも無かったぞ」
「あの現象を起こしてしまったのだ。仕方あるまい…」
「だが、ここまであからさまな行動に出るとはな…。彼がNERVの庇護を受けられなくなったと知ったら、ちょっかいを出す組織が出てくるぞ…?」
そう言った瞬間、冬月は何かを感じ取ったかのように、ハッとゲンドウに視線を向けた。
「まさか…お前、それを狙って…?」
「何れにせよ、これでいくつかの疑問に対する答えが出る…」
ゲンドウはそう言って机の上に腕を組み、モニターに映し出されていた初号機の戦闘画面を見詰め続ける。
冬月はゲンドウの表情をそっと窺った。その瞬間、冷たい感覚が全身を走るのを感じた。
漆黒の中のモニターの光を受けて浮かび上がるゲンドウの顔。
そこには、人を思わせるものは一切浮かんではいなかった。そこにあるのは、果てしない闇だけだった。
冬月は、自分が何かとんでもなく恐ろしいものの前に立っているかのような錯覚を覚えずにはいられなかった。
To be continued...
(あとがき)
あけましておめでとうございます。ミツです。
随分とご無沙汰しておりました。申し訳ありません。
何か色々と忙しくて…中々執筆することが出来ませんでした。
今後も定期的に出すことは難しいかもしれませんが、何とか完結目指して頑張るつもりです。
では、今年も宜しくお願いします。
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