第四十四話
presented by ミツ様
第三新東京市・D―区
破壊の限りを尽くされ、荒地と化したこの区画に国連の支援部隊が救難活動を行っていた。
使徒によって焼き払われた区画は地獄もかくやという場所と化している。何も損害を受けたのはNERV本部だけではない。そこに住む住民も同様、いや、それ以上の被害にあっていた。
特にこのエリアは運悪く避難シェルターが集中していた場所であり、瓦礫に押し潰された者、焼け爛れ性別すら判断出来なくなった死体、親や子供を失い泣き崩れる家族など、戦闘の犠牲で多くの死傷者を出していた。
各局の取材合戦も熾烈を極め、テレビでは連日のごとくそれらの惨状を繰り返し流しており、いまも仮設の救難所に運び込まれる負傷者達の映像を流しながらレポーターの一人が過剰な興奮状態で説明している。
『ご覧下さい!現場は凄惨という言葉すら生ぬるい状況です!私が立っている場所も何時崩壊してもおかしくない所なのですが、今も尚、取り残されている人々の事を思うと一刻も早い救出を望む次第です!』
もっとも、これもすでにここ数日何度も語られている内容であって、コンフォードマンジョンでペンペンと一緒にテレビを見ていたアスカは、チャンネルを何回か変えた後、つまらなそうにコントローラーを放り出した。
「そんなに救出を望むなら、アンタ等の報道車両を退けることね。そしたら作業効率がもっと上がるわ…」
「クワッ」
ペンペンはアスカの放り出したコントローラーを器用に摘み上げると、再び元見ていたチャンネルに合わせた。
「へ〜え、アンタ見かけによらず器用ねぇ、でも、朝っぱらから同じニュースばっかで飽きないの?」
「クワワッ」
ペンペンの頭を感心したように撫でながらそう話しかけるアスカ。
アスカはミサトのマンションに引っ越していた。最初、他のチルドレン達が本部詰めなのを理由に断ったのだが、ミサトの強引な説得に押し切られる形で同居を承諾してしまった。
もっとも、アスカにしても辛気臭い地下暮らしなんてするつもりは更々なかったので渡りに船といえばそうだったのだが…。
テレビでは依然として被災地の報道を続けている。
『…以上、現場の状況でした。それではスタジオにお返しします』
『ご苦労様でした。先日から現地入り、大変ですね?』
『いえ。被害にあった皆様のご苦労を察し、私はレポーターとして、一人の人間として、いてもたってもいられず駆けつけた次第です』
ニュース司会者とレポーターとのやり取りを、アスカは冷めた表情で聞いている。
「その割には化粧がバッチリ決まってるじゃない?おまけにあんな場所にヒールまで履いてっちゃって…」
このレポーターは最近人気が出てきた女子アナで、雑誌のアンケート調査では二回連続好感度トップ及びお嫁さんにしたい女子アナNO.1に選ばれているらしい。
画面はスタジオに変わり、討論会の形で幾人かの著名な知識人とやらがそれぞれの意見を交わし始めていた。
しかし、内容といえば第三新東京市から疎開する者が急増しただの、この状況に十を超える違法な新興宗教やカルト組織が摘発されただの、一つとして有意義なものは見当たらず、仕舞いには使徒との共存を主張する学者まで現れる始末だった。
「バッカじゃないの?もともと言葉すら通じないヤツにどうやって共存を訴えようってのよ。大体、話せばわかってもらえるんだったら、人間は当の昔に戦争なんて止めてるわよ」
アスカは呆れた表情で呟く。
「それに祈ったからって根本的な解決にはならないわ。本当に語るべき事は今後の対処…、エヴァ各機は大破、本部機能もそのほとんどが稼動不能、この状況下でどうやって敵に勝つか?復旧・補給・支援…それらの対応策がスッポリ抜けてるじゃない。現実を直視しないで理想論ばっか吐いてたって何の価値もないわ」
もっとも、これらについては彼らを一方的に責める事は出来ない。報道機関としても極端に制限された情報下で放送していかなければならないのだから。
だが、当のアスカは現在、そんな事にまで考えがおよぶ余裕はなかった。
彼女にとって唯一の拠り所であったエヴァパイロットとしての自信、存在価値のすべてが今、完全に打ち砕かれているのだから。
アスカは振り絞るように言葉を紡ぐ。
「次の戦いでは絶対に負けられない。負けちゃいけない。負けたら誰もアタシを見てくれない。パパみたいに…、みんな、みんな離れていってしまう…」
「クワ…」
気が付くとペンペンが心配そうな表情でコチラを見ていた。アスカはもう一度彼の頭を撫で、軽く笑いかける。
「アンタはさ、生きているだけで好かれてるんだから。心配しなくってもいいわよ」
テレビは何時の間にか話題が変わり、天気予報と今日の運勢占いのコーナーになっていた。アニメーション処理によって、コミカルなキャラクターが能天気な声で誕生月ごとの運勢を告げている。
「ホント、節操ないんだから…」
尺の関係とはいえ、こうも前後のギャップを感じさせる構成にため息を吐きながらも自分の運勢日を見ると、【仕事運・恋愛運は下降気味。独り言には要注意、運を手放す】となっていた。
「ヤナ気分…、もう切るわよ!」
アスカは憮然とした表情で、テレビの電源を消してしまった。
NERV本部・制御室
「どこ行くんだ、葛城!?」
制御室を飛び出そうとするミサトを慌てて引き止める加持。だが、ミサトはそんな彼の手を振りほどくように叫ぶ。
「離してよッ!決まってるでしょッ、司令のトコよ!」
「落ち着けって、お前が一人乗り込んだってどうしようもないだろ?」
「うっさいわね!こんな理不尽が通ってたまりますか!?…ちょっと、ドコ触ってんのよッ!」
「まて、誤解だッ!」
身体のどこかを掴まれたのか、真っ赤になって抗議するミサト。そんな二人の痴話喧嘩を黙って見ていたリツコが口を開く。
「司令に掛け合っても無駄よ。命令はもっと上の方から出ているわ」
「それって…」
加持に肘鉄を食らわし終えたミサトが、真剣な表情でリツコに向き直った。
「そう、人類補完委員会。…サードチルドレンは登録を抹消し永久追放とする」
「そんなムチャクチャなッ!?シンジ君はアタシ達のために命を懸けて戦ったのよ!あんな怪我までして……それに対する仕打ちがコレッ!?」
「あなたも、アレを見たんでしょう?」
「…ッ!?」
リツコの指摘にミサトの表情が一変する。意識しまいと思っていた悪夢の出来事を、無理矢理目の前に突きつけられた様に顔色を青褪めた。
「上が恐怖を感じたのよ、今のあなたと同じように。初号機とサードチルドレン…、この二つの組み合わせをね……」
「…それで、アンタは本当に良いの?」
それでもミサトはリツコに問いただした。彼女が少年に只ならぬ思い入れをしている事を、女の感というもので薄々感づいていたからだ。しかしリツコは、一瞬憂いた表情を浮かべた後、努めて冷静な口調でこう言った。
「復帰しても戦力にはならないわ。それに、シンジ君にとってはその方が幸せなのかも知れない…」
「わかったわ、もういいわよ!」
ミサトはそう言って机を思い切り叩くと、怒った様に出て行ってしまった。その後姿を見送った加持が肩を竦めながら呟く。
「やれやれ…、ああいうところはちっとも変わってないな」
「自分の感情にストレートなのよ。…時々羨ましく思うわ、皮肉じゃなくてね」
「リッちゃんも、そういう冷めた言い方は変わってないな。…そんじゃ俺も帰るわ」
陽気な口調で退出しようとした加持だったが、ふと何かを思い出したように足を止めるとリツコを振り返った。
「そういえば初めて見たような気がするよ、キミのそんな表情…」
「そう…?」
「何があったかは知らないけど、自分の気持ちに素直になった方がいいな。これは友人としての忠告だ」
先ほどの一瞬の感情の揺れを見逃さなかったのだろう、意外なほど真摯な表情を見せる加持。リツコは自嘲気味の笑みを浮かべる。
「…やっぱり経験者の言葉だと重みが違うわね」
「俺は失敗したクチだがね。今度再会を祝して三人で飲みにでも行こうや。じゃあな…」
再び飄然とした態度に戻った加持は、ウインクを一つ返すと片手を振りながら制御室を出て行った。
第三新東京市・第壱国際グランドホテル
第三新東京市の中心街に位置する最高級ホテルのスイートルームに国連監察官のマルファスは滞在していた。
白黒タイルの床もモダンなエントランスがあるリビングルームは、左手の居住スペースがベネチア製のシャンデリアと特注の大理石を敷き詰めた執務室、そして右手には十人以上はゆったりと囲める円卓の会議室に分かれている。さらに奥に進むとガラリと雰囲気が変わり、掛け軸や日本画、花器が置かれた落ち着いた風の純和室になっていた。他にも専用のベッドルームやバスルームがあり、贅を凝らした造りになっている。
もっとも、現在この部屋の主はここにはおらず、ホテルの地下にあるショット・バーにいた。この場所は、スペイン王城の酒蔵をイメージした造りで、ゆっくりと流れるクラッシックの音楽と、テーブルごとに設けられたランタンが仄かな灯りを照らし幻想的な雰囲気を醸し出しているのだが、今宵は少々趣が違うようだ。
その理由はマルファスの両隣に腰掛けている二人の女にあった。派手な化粧と露出の激しい格好をしたお世辞にも趣味が良いとは言えない女性が、時折けたたましい嬌声を上げ、店の格調を貶めている。
「ねえアンタ、この街はじめて?」
「今晩アタシ等ヒマなんだぁ。遊んでかない?」
女達は男の身なりから相当の金持ちと判断したのだろう。歓心を買おうとしなだれかかり、必要以上に媚を売っている。
そこに近づく男がいた。
「ちょっといいかな?お嬢ちゃん」
「な、なによアンタ!?」
「ジジイ、お呼びじゃねーヨ!あっちへ行け!」
急に声をかけられ必要以上に慌てる女達だったが、男が警察でないことを確認するや、金づるを離すまいと威嚇するように吠え始めた。
「ハハ、キツイなぁ。オジさん、このお兄さんと少し話しがあるんだ。悪いね」
そう言って男は女達に何かを握らせる。女は一瞬驚いたが、中身をすばやく確認した後は一転、笑みを浮かべて後ろのテーブルに移っていった。
「すいませんね、お楽しみのところ」
「別に構わん、あの女が勝手に付きまとっていただけダ。日本の女性は慎み深いと聞いていたが、噂と現実は違うようだナ?」
「もう大和撫子なんて言葉は死語になりつつありますからね。私のトコの娘なんて殆ど口も聞いてくれませんよ」
嘆かわしい限りです…、としみじみ呟く男に向かって、マルファスは胡散臭そうに視線を向ける。
「新聞屋がこんな所で油を売っていていいのかネ?」
「おや?どこかでお会いしましたか?」
新聞屋と称された男、熊野タツミが人懐っこい笑みを浮かべて隣に座る。一瞬不快気な表情を浮かべるマルファスだったが、何も言わずにグラスを傾けた。
「イヤ、初対面だ。だがボクも仕事をサボっているワケではない。国連からの派遣記者の事は耳にいれているヨ」
「今をときめく国連監察官殿に覚えていただけるとは、光栄の至りですな」
そう言って熊野は「同じものを」と、バーテンに頼んだ。ほどなくして目の前に濃いルビー色のワインが置かれる。
黒にも近い赤い液体を一口含んだ熊野は、深いため息と共に感嘆の声を上げた。
「ルーマニア産のワインですな?この独特の風味…華やいでいて、しかも甘みと渋みがしっかりとコントロールされている深く熟成された味わいだ」
「ほう、酒の飲み方など知らない日本人にしては詳しいナ。ワインと云えばフランスしか思いつかないと思っていたが…」
マルファスは意外そうな、それでいてどこか人を小馬鹿にした笑みを浮かべながら熊野を見つめた。
「いやいや、カミさんがその手のマニアでして、受け売りです。酒の神バッカスにみそめられた地、いいですなぁ。…で、ご出身はそちらで?」
「何が言いたい…?」
やや危険な香りを含んだ視線を男に向けるマルファス。しかし熊野は惚けた様に陽気に答えた。
「いえね。観察官ともなると、さぞやご実家が立派なんだろうなって…」
「…ボクは酒の場ではお喋りな男とは飲まないようにしている」
マルファスはそう言い、もはや何も語る事はないといった態度を決め込む。
どうやら見かけどおりの男ではないらしい。今回の派遣は国連と人類補完委員会…ひいてはSEELEとの裏取引で決まった事だ。それ故、彼に関する情報は一切が非公開とされており、特に民間の…一記者が知るべくもないはずなのだが…。
マルファスは今までとは違った思いで熊野を睨みつけた。
「ハハ、これは手厳しい。娘がワタシに全然懐いてくれんのは、きっとその所為ですな」
当の熊野はそんなマルファスの視線など意にも介さないように豪快に笑うと、一気に杯を呷った。
To be continued...
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