天使と死神と福音と

第壱章 〔神に突き立てる牙〕
U

presented by 睦月様


「ええ、心配ご無用、彼は最優先で保護してるわ・・・だから、カートレインを用意しといて、直通でお願い・・・そっ、迎えに行くのはわたしが言い出したことですもの・・・ちゃんと責任持つわよ、じゃ!!」

N2の爆発の後、シンジは何で自分の車は無傷なのか?という問題に頭がループに入ったミサトを正気に戻して自分の仕事を思い出してもらい。
無傷のルノーで第三新東京市を目指して走り始めた。

ちなみにミサトは正気に戻すまで「Xファイル」とか「あなたの知らない世界」だとか危なげなことをつぶやいていたが、シンジはきっぱり聞かなかったことにした。
後々面倒なことになりそうだったから。

その後は何も問題なくルノーはカートレインの入り口にたどりつき、今は地下に降りていく途中だ。

「シンジ君お父さんからIDカード預かってない?」
「これのことですか?」

シンジはポケットに手を突っ込むと一緒に持ってきた手紙ごとつかむ。
面倒くさかったので手紙と一緒にIDカードを取り出してミサトに差し出した。

「ありがとじゃーこれ読んでて」

そう言ってミサトはシンジから受け取るかわりに一冊のパンフレットを渡した。

パンフレットには表紙に〔ようこそネルフ江〕とでかでかと書かれていて温泉地か観光地の案内が書いてありそうだが隅にある[極秘]のスタンプがある程度重要書類なのを示している。

(・・・極秘資料なのに”ようこそ”?・・・)

激しく日本語を間違っている気がする。
そんなことを考えているとミサトが話しかけてきた。

「手紙が一緒にあるけど読んでいい?」
「かまいませんよ。」

別に読まれて困るものじゃないのでシンジは即答する。
興味津々で手紙を開いたミサトの動きがとまった。

(あーーーあの手紙を見て絶句したか)

シンジは苦笑した。
あれは手紙と呼べる代物ではない。
唖然としたミサトにはフォローが必要のようだ。

「十年ぶりの手紙にこんな不幸の手紙もどきなんて送りつけるなんてなに考えてるんでしょうね?うちの親父殿は?」

フリーズしたミサトを再起動させるためシンジは明るく話を振る。
もっとも内容は相当に重かったが・・・

「そ・・そうね、あ・いやそうゆう意味じゃないのよ、シンジ君?あーーーっとお父さんの仕事知ってる?」
「〔人類を守るための仕事〕らしいですね、胡散臭い話です。そんな事言うのは誇大妄想家か新興宗教の教祖くらいだとおもってますから信じてないんですよ。」
「ど・・・どうしてかしら?」

ミサトはうろたえた。
どうやらシンジはゲンドウの仕事のことをあまりよく知らない上に信じてないようだ。
怪しんでいるそぶりさえある。

「葛城さん、人はそんなに強くないんですよ。自分の大事な人や家族、自分の手の届く範囲の人を守れれば十分じゃないですか?顔も見たことのない人類を救うなんて相当に余裕のある人じゃないとできませんよ?少なくとも父さんはぼくと母さんを救えなかった。目の前の大事な人を守れなかった人に人類が守れるんですか?」

それを聞いたミサトは目の前の少年の評価を改めた。
報告書には目立たないおとなしい少年とあった。
しかしこの少年はどうだろう?
彼は人として自分などより遙かに成熟してる。
とてもじゃないが中学2年とは思えない、自分の過去を思い出しミサトはあまりの違いに愕然とした。

だが・・・だからこそミサトは聞かなければいけないと思った。
あのときの自分と同じ年の彼が今の自分があのときの自分にしたいと思う問いになんと答えるか・・・・・

「お父さんのこと嫌いなの?・・・・・」

その問いはシンジにではなく過去の自分に向けたものだった。
ミサトは少し緊張してシンジの答えを待つ。

「よくわかりませんね・・・好きにしろ嫌いにしろ相手を知らないとできないですし、残念なことに今までその機会がなかったんですよ。」
「そう・・・」

ミサトはその答えにほっとしている自分に気がついた。
もし、はっきりした答えが出ていたら・・・自分はシンジになんと言っただろう?
・・・いや、そもそも何か言う事すらできただろうか・・・

「ところで葛城さん、このネルフって何ですか?」
「え・・・ああ、ごめんなさい。ネルフはね、国連直属の非公開組織なの、あなたのお父さんはそこで総司令をされてるわ、私はお父さんの部下ってことになるわね。」
「国連直属?ということは葛城さんは国際公務員なんですか?」
「そうよーん、見直した?」
「はあ〜」

シンジはミサトの言葉にあることを決心した。
しばらくするとカートレインはジオフロントに出るがシンジはチラッと見ただけで視線をミサトに戻す。
ミサトはそんなシンジに物足りなそうだった。
おそらく目を輝かせて驚くと思っていたんだろうが、はっきり言って興味が無い。
興味があるのは別のことだ。

「父さんは何で今頃・・・ぼくをよんだんでしょう?」
「それは・・・お父さんに直接きいたほうがいいわ」
「葛城さん、それは言えないんですか?それとも知らないんですか?」
「・・・・・・どちらかといえば前者ね」
「そうですか・・・・・・・」

それっきり会話は途絶えた。
言えない事を無理に聞く趣味は無い。
話が途切れたシンジはなんとなく外をみる。

そこには湖があり、森があり、建造物がある
地下とは思えない光景だ。

(さて、5年ぶりの再会か・・・・)
(彼女の態度からあまりおもしろくはなさそうだね、それより・・・)
(どうかしたんですか?)

ブギーポップの様子がおかしい。
シンジが軽く緊張する。
何が起こってもすぐさま対応できる状態だ。

(あの建物の中からさっきの使徒と同じ気配がする)
(え?・・・それはつまり・・・)
(つまり、あの建物の中に使徒と同質のものがいる)

シンジはあわててその建物を見る。
それは白亜のピラミット、人類を守るはずの砦、ネルフ本部だった。

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30分後

ネルフ本部通路

スポルディングの大きなバックを抱えたシンジは地図を片手に進むミサトの後について歩いていた。

(まよったな・・・・・)
(まよってるね・・・・・)

さきほどからミサトは同じ通路を何度も通っては地図を見直してる。
ちなみにここを通るのは三回目・・・完璧に迷子になった人物の行動だ。

「葛城さん・・・・迷いましたね?」

その言葉にミサトはあわてて振り返ると引きつった笑みを浮かべた。
ばればれである。
どうやら演劇の才能は無いらしい。

「そ、そんなことは〜〜〜〜〜〜」
「あるんでしょ?」
「はい、ゴミンね〜〜〜〜まだ配属されたばかりでなれてないのよ〜〜〜〜」

シンジはため息をついた。
予想通りの展開だがうれしくない。
とりあえずここをどうにかしないと前にすら進めないようだ。

「葛城さん、こういうときはだれかに連絡を取って迎えにきてもらったらどうですか?」
「そ・・そうよね、システムは使うためにあるのよ」

そう言って内線に手を伸ばすミサトの後姿を見てシンジはデパートの迷子の呼び出しのようだと思った。
実際それに近いのだからしゃれにならない。

10分後

シンジ達のいるフロアーのエレベーターが開き、中から一人の女性が出てきた。
エレベーターを待ってたミサトは彼女の不機嫌を隠そうともしない表情に真っ正面から見つめられ一歩引く。

「何やってたの葛城一尉。人手も無ければ時間も無いのよ」
「ゴミン!!」

そう言っうと女性はシンジに気がついたように振り返る。
金髪に染めた髪に水着の上に白衣という服装の美人だ。

「この子が例の子供ね?」
「そうよ。マルドゥック機関から報告のあったサードチルドレン!」

その言葉にシンジは訝しげな顔をした。
今の会話に聞きなれない単語が出てきたからだ。

(サードチルドレンって何でしょうか?)
(間違いなく君の事じゃないか?)
(それにしてもチャイルドじゃなくてチルドレン?何か意味があるでしょうね?)
(まだわからないな・・・・・)

シンジがブギーポップと話していると金髪の女性が話しかけてくる。
その目が自分を観察しているのに気がついた。
いやな感じだ。

「初めまして碇シンジ君、E計画開発責任者の赤木リツコです。」
「初めまして赤木さん、碇シンジです。」
「リツコでいいわよ。」
「すいません、葛城さんにもいったんですが初対面の女性をファーストネームで呼ぶのはちょっと抵抗があって・・・・・」
「そう?礼儀ただしいのね。」
「でしょー、中学2年とは思えないくらい礼儀ただしいのよ。」

ミサトが明るくシンジをほめる。
シンジはミサトとリツコの会話を聞きながらさっきミサトとの会話での決心を行動に移すことにした。

「あの赤木さん聞きたいことがあるんですけど?」
「?、なにかしら?答えられることなら答えるけど?でもあまり時間が無いんで手短にね」
「すぐにすみます。」

いきなりのシンジからの話にリツコの顔がいぶかしげになった。
何を聞くつもりだろうか?という顔だ。

「さっき葛城さんにネルフは国連の非公開組織だと聞いたんですけど?」
「そうよ、何か問題でも?」
「それで父さんが総司令をしてるって聞きました。本当ですか?」
「ミサト・・・そんなことまで話たの?」
「タハハハ・・・まずかった?」
「まったく、仕方ないわね、シンジ君それは本当よ。聞きたいのはそれだけ?」

シンジはそれを聞くと無言でゲンドウからの手紙とミサトの写真を差し出した。
それを見た(特に写真)リツコは赤くなり、ミサトは青くなる。

「ミサト!あなた中学生になに送りつけてんのよ?」
「ゴ・ゴミン、いや〜〜喜ぶかと思ったんだ・・け・・・ど」

リツコの怒声と形相にミサトの軽口も尻窄みになる。
今にも逃げ出したいらしい、じりじりと後退している。

「赤木さん、落ち着いてくださいよ、まだ話は途中です。」
「ご・ごめんなさい、醜態をさらしたわね・・・・・それでなにを聞きたいの?」
「まずこの手紙なんですけど、いくら何でも十年もほっといた息子にこれはいかがなもんかと思うんですが?」
「そ・・そうね」

ミサトとリツコはあの人だからということで納得もできるが確かに人としては問題を感じる。
というより問題じゃない部分が思いつかない。
あれでも一応結婚歴があって目の前にいるこの少年の親だと言うのだからこの世界はとかく不思議だらけだ。

「それでその十年ぶりの手紙にこんな写真混ぜ込んだり初対面で露出の高い服で迎えに来る人がいたり」
「シ、シンジクン・・・・?」

ミサトの口調がロボットのようにぎこちない。
対してリツコは髪が動いているんじゃないかとおもうほどプルプル震えていた。

「いやー国際公務員としてはいかがなもんか?と思いまして。」
「ソ・ソンニャーーーー」

すでにミサトの前にいるリツコからは目に見えそうなプレッシャーが発生ている。
ゴギギ・・・・とブリキの人形が首を回すように顔をミサトへと向けた。
ミサトはそのとき・・・ミテワイケナイモノヲミテシマッタ・・・・

「それとですね、赤木さん」

急に話を振られてあわててリツコはシンジにむきなおった。
どうやらまだ話は続くらしい。
あわててもとのクールな仮面をかぶりなおして猫をかぶる。

ミサトにお仕置きするにしても全部知ってからのほうがいい。
リツコの頭の中にある裁判所は日本式の裁判形式のようだ。

「・・・ミサトは他にも何かしたの?」
「赤木さんはここにぼくが一緒にいること知ってましたよね?」
「え?・・・ええ・・・」

予想外のシンジの言葉にリツコの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
てっきりミサトのしでかしたことの追加だと思っていたのでなぜか自分のことに話を振られてリツコはちょっとうろたえてしまった。

「初対面の人間に会うのにその倒錯的な格好はいかがなものでしょう?」
「はい?」

リツコあわてて自分の体を見下ろす。
水着の上に白衣を引っかけただけ・・・たしかにシンジの言う通りだ。
初対面の人間に見せる姿としてはいささか問題がある。
と言うよりこの格好でここまで歩いてきたのだ。
改めて指摘されると恥ずかしい。

「で・・でもね私は今まで水の中で仕事をしていていきなり呼び出されたから・・」
「そうなんですか?でもできれば白衣の前を閉めるとか・・・生身のぶん写真よりインパクトがあるかなーーーと」

そう言ってシンジは視線を逸らす。

リツコはあわてて白衣のボタンを留めた。
シンジのそんなしぐさにミサトとリツコは中学生らしいと好感をもったのだが・・・次のシンジの言葉がトドメになった。

「で・・・ここは国連の非公開組織で父さんはその最高責任者、あなたがたは国際公務員なんですよね?間違いないですか?」

シンジの言葉が二人を貫く。
そういわれれば返せる言葉が無い。
二人は完全に沈黙し頭を抱えた。

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「で、初号機はどうなの?」
「B型装備のまま現在冷却中」
「それ、ほんとに動くのぉ〜?まだ一度も動いた事無いんでしょう?」
「起動確率は0.000000001%。O9システムとはよく言ったものだわ」
「それって動かないって事?」
「あら失礼ね。0ではなくってよ」
「数字の上ではね。ま、どのみち動きませんでした。じゃもうすまされないわ」

そんな二人の会話をじっと見る一対の瞳があった。

(・・・何かわざとらしい会話ですね)
(そうだね、このままいくとそのオーナインシステムとか言う何かを起動しなければならないようだけど・・・)
(・・・まさかそれをぼくにやれって言うんじゃないでしょうね?)
(言うのは僕じゃないよ、でも確率は高いだろうね)

あれからすぐに緊急事態を告げるアナウンスを聞いてフリーズの解けた二人はあわててシンジを連れて駆け出した。
シンジをともなってゴムボートに乗り、今は冷却用LCLの赤い川を走っている。

ミサトとリツコの話を聞きながら、シンジはなんとなくボートの進む先を見た。
予想ではそこに父である碇ゲンドウがいるはずだ。

(・・・5年ぶりか・・・)
(ああ、シンジ君?言い忘れていた。)
(なんですか?)
(使徒と同じ気配がするといったのを覚えているかい?)
(はい)

ブギーポップの言葉にシンジが頷く。
車の中での会話を思い出した。

(この建物の中に使徒と同じ世界の敵がいるんですよね?)
(そうなんだが・・・・どうもそれが複数いるみたいだ。あっちこっちから気配がする。)
(・・・・・マジなんですか?)
(大マジだよ、ちなみに今進んでる先にも一つ気配がする。)

程なくゴムボートは岸にたどり着きシンジ達は暗いケージにおりた。
照明が消されていて何も見えない中をリツコに促されるままに足を進める。

(これは演出ですかね?)
(たぶんね、いきなり明るくして心理的にショックを与えるつもりなんだろう?)
(いきなりショックを与えてどうするつもりだ?)

ケージは物が見えないぐらいに暗かったがシンジとブギーポップには関係ない。

角の生えた巨大な顔がはっきり見えた。
ブギーポップは本来、体を借りてる存在なので宿主となった人物の体を限界まで使える。
夜目を効かせることなんて簡単なことだった。

(これが気配の正体ですか?)
(ああ、間違いない・・・そして手紙についてたにおいの元だね)
(世界の敵と同じ存在・・・父さんはこれでなにをするつもりだ?)

無言のシンジを暗いのでとまどっていると思ったリツコが照明をつけた。
周囲が明るくなって巨大な顔がはっきり見えるようになる。

(一応驚いた方がいいんじゃないか?)
「か、顔?何ですかこれは?」

わざとらしくならないように気をつけながら一応驚いたふりをする。
それに満足したのかリツコが解説を始めた。

「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン・・・その初号機よ、建造は極秘裏に行われた。我々人類の最後の切り札よ」
「極秘?どおりでパンフレットにも載っていなかったわけですね・・・」

軽く答えるシンジだが内面はリツコの言った言葉をブギーポップと話し合っている。
わざわざ声に出さないでも相談が出来るのはこういうとき便利だ。

(人造人間・・・?つまりこれは人が作り出した使徒と言うことでしょうか?)
(彼らが作ったかどうかはわからないが、これが彼らの言う人類の敵と同じ物なのは間違いない。にしてもエヴァンゲリオンか・・福音をもたらす者という意味かな?)
(使徒に福音・・・本当に聖書じみてきましたね、ということはここはやはりゴモラですか?)
(敵になれば天使、味方なら福音、どっちも《聖なるかな》だ。)
(本質は同じか・・・・)

シンジもじっと初号機を見ていたがこのまま黙っているわけにも行かない。
一応、適当に言葉を選んでみる。

「ええっと・・・これが父の仕事ですか?」
「そうだ」

その声にケージのすべての人間が声の方向を見上げた。
初号機の頭上に設置された部屋にいたのはネルフの総司令、碇ゲンドウだった。
ガラス越しにシンジを見下ろしてる。

「ひさしぶりだな?」
「そうだね、5年ぶりかな?元気そうで何より」

二人の視線はまっすぐにつながっていたがその思いは全く違う方に向いていた。
お互い相手を値踏みしている。
先に動いたのはゲンドウだった。

「フ、出撃」

その短い言葉に事態が動き出す。
意味がわかっていないのはこの場ではシンジだけだ。

「出撃!?零号機は凍結中でしょ!?まさか、初号機を使うつもりなの!?」
「他に方法はないわ」
「ちょっとレイはまだ動かせないでしょ?パイロットがいないわよ」
「さっき届いたわ」
「・・・マジなの?」
「碇シンジ君。あなたが乗るのよ」

シンジは黙って話を聞いていた。
何よりもまずはこの現状の確認が重要だ。
都合のいいことに勝手に話を進めてくれるらしい。

「待ってください司令、レイでさえエヴァとシンクロするのに7ヶ月もかかったのに、今来たばかりのこの子にはとてもムリです!!」
「座っていればいい。それ以上は望まん!」
「しかしっ・・・!!!」
「葛城一尉!!」

必死に食い下がろうとするミサトを止めたのはリツコの言葉だった。
さっきまで名前で呼んでいたのを役職付の苗字で呼ぶあたり公私の私を捨てろと言う意味だろう。

「今は使徒撃退が最優先事項です。その為には誰であれEVAとわずかでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法は無いわかっているはずよ。葛城一尉」
「・・・そうね」
「シンジおまえがこれに乗るのだ!」

それまで黙っていたシンジはゲンドウを見据える。
大体の状況は読めた。
どうやらシンジ達の予想通り、ゲンドウたちはこの初号機にシンジを乗せたいらしい。
あまりにも予想通りな状況に軽く呆れがくる。

「何でぼくを呼んだわけ?」
「おまえの考えている通りだ!」
「あっそ、何でぼくなの?」
「ほかの者には無理だからな!」
「つまりぼくしか乗れないと?」
「そうだ!」
「・・・今まで何をしていたのかと思えば欠陥兵器を作っていたの?」

その瞬間、ケージとそれをモニターしていた発令所の時が止まった。
当のシンジはまったく気にしていない。

「シンジ君どう言うことかしら?開発者として聞き捨てならないわね!」

リツコがシンジにつめよるがシンジは面倒くさそうな顔をしている。

「何言ってるんです?赤木さんが言ったんじゃないですか!」
「え・・・どういうこと?」
「「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器」って言いましたよね?」
「ええそうよ・・・・・・」
「パイロットを選ぶような機体が汎用兵器なわけないじゃないですか?」

一言でリツコが黙る。
非常に痛いところをつかれた。
シンジはさらに追い討ちをかける。

「いいですか?汎用兵器ていうのは拳銃のように子供でも老人でも使えて同じような破壊力を出せる物のことですよ?しかも訓練された軍人ならともかく、素人の中学生にしか使えないなんて兵器としても成立してないじゃないですか?」

その場にいた全員が反論できなかった。
確かにそれは汎用云々以前に兵器として致命的な欠陥だ。

反論を探すリツコを無視してシンジはゲンドウを見た。

「10年もかけて何をしているのかと思えば・・・その結果がこれ?」
「・・・・・・」
「大体、見たことも聞いた事もない物をぼくにどうしろと?」
「・・・説明を受けろ」

ゲンドウはあくまでシナリオを進めるつもりらしい。
しかしそんな戯言を素直に聞くほどシンジは愚かではない

「そう言う意味じゃないだろう?さっき葛城さんがぼくのことをサードチルドレンと呼んだ。」

シンジは背後のミサトを親指で指す。
さされたミサトのほうは思わずうなずいてしまう。

「・・・つまり後二人はぼくのような人がいることになる。おそらく訓練を積んだ人が・・・・」
「・・・・・・・・」
「その人達はどうしたの?」
「シ、シンジ君」

何も言わないゲンドウにかわってリツコが説明を始めた。
ゲンドウに任せていたら話が進まない。

「確かにあなたのほかに二人パイロットがいるわ、でも一人はドイツにもう一人はこの本部にいるけど実験で大けがを負ってしまったの戦える状態じゃないわ。」
「職務怠慢ですね?」

ケージの人間は再び沈黙した。
今のシンジは容赦と言うものがない。

わざわざ遠くから呼び出しておいて、その理由がわけの分からない兵器に乗っていきなり戦えと言うふざけた命令・・・さすがにシンジも多少いらついているようだ。

「本部にいる人がケガをしたときすぐにドイツにいる人を呼ぶか、もしくはぼくをもっと早く呼んで訓練を受けさせるべきだった。それをしなかったのは明らかなミスですよ?」
「シンジ君、ドイツのセカンドチルドレンはまだ自分の機体が完成してないの、それにあなたが適格者だとわかったのはつい最近なのよ。」
「それは・・・間違いなく嘘ですね?・・・・」
「な・なぜかしら?」

その問いには答えずシンジはゲンドウに向き直る。
シンジの視線ははっきりとゲンドウを射抜いた。
それだけでゲンドウは動きを封じられる。

「それで、ぼくにこれにのって何をさせたいわけ?」
「使徒を倒すのだ!」
「なぜ?」
「そうしないと人類が滅ぶからだ!」
「いきなり世界の命運を背負えと言われても困る。わかりやすく説明してほしい。」
「そんな時間は無い!」

その時、使徒の攻撃によってケージが振動した。

「奴め、ここに気づいたか・・」

そう言ってゲンドウは内線に手を伸ばした。
最後の茶番を始めるために・・・

「冬月・・・。レイを起こしてくれ」
『使えるかね』
「死んでいる訳ではない」
『・・・わかった』

ゲンドウ達の会話はケージにも聞こえた。
その音量はまるで”聞かせる”かのような大きさだ。

(何する気だろう?)
(たぶんあまりおもしろくないことだろうね、君のお父さんはやはりわかりやすい人だ。)
「シンジ君、何のためにここに来たの? 悪いけどこれに乗らないならあなたはここでは必要のない人間なのよ? 」

ブギーポップと会話していたシンジは急に話しかけてきたミサトの言葉に振り向く。

「あなただってここにただお父さんに会うためだけにきた訳じゃないでしょう?逃げちゃだめよ?お父さんから、何より自分から・・・」

その言葉にシンジはため息をついた。
どうやらミサトは状況が読めていない。

「葛城さん、あなたは勘違いしている・・・」
「え?・・・・」
「ぼくは逃げも隠れもしていません、そもそも、この状況はあなた達の迂闊さから来た事でしょう?そのあたり理解しています?あなた達の皺寄せをいきなり押し付けられても困るんですよ。」
「そ、それは・・・」
(シンジ君?)

ミサトが言いよどんでいるとブギーポップが話し掛けて来た。

(どうしたんですか?)
(世界の敵の気配が近づいてくる。)
(この建物の中にいる他の気配がですか?)
(そうだよ、あっちの方か・・・)

シンジがブギーポップの言った方を見るとストレッチヤーに乗せられて一人の少女が運ばれてきた。
彼女は体中に包帯を巻かれていて遠目にも重傷だとわかる。

「レイ、予備が使えなくなったもう一度だ」
「ハイ」

レイと呼ばれた少女は痛みに顔をしかめながら体を起こそうとする。
蒼銀の髪に赤い瞳、シンジはその顔に見覚えがあった。

(あ、あの子は・・・・)
(駅にいた子だね、何でここにいるんだろう?しかも気配の元は彼女だ。)

彼女は必死に起きようとしているが激痛のため、うまくいかないようだ。
その顔が苦痛に歪んでいる。

(な、何をしているんだ?あんなに怪我してるのに?・・・・)
(茶番だね・・)
(茶番?)
(たぶんあれが重傷を負った本部のパイロットなんだろう?)

シンジは少女を見る。
立ち上がることも出来ないのに戦闘が出来るはずがない。
こんな状態では戦う前に死んでしまう。

(何でそんな重傷者をここにつれてくるんですか?それに茶番って・・・)
(君のためだろう?)
(ぼくの?)
(つまり、君がこれに乗らないなら彼女を乗せるしかない、こんな状態で乗せれば死んでしまうのに君は心は痛まないのか?と言うことだよシンジ君)

シンジの顔に怒りの感情が浮かぶ。
軽く沸点を超えている。
しかし、全員の視線はレイに向いているため気づいた者はいない。

(ふざけてやがる・・・・・)
(そうだね、しかも彼女からは使徒やエヴァと同じ気配がする・・・ということは普通の人間じゃないということだね、死んでもいいと思っているのかな?)

シンジとブギーポップの話の間にもレイは立ち上がろうとする。
包帯に血が滲み始めているが周囲の人間は見ているだけだ。
哀れみの視線を向けても助けるものはいない。

「・・・・・・」

シンジはレイに向かって一歩踏み出す。
その顔には決意があった。

(何をするつもりだい?シンジ君)
(あの子の傷をぼくの能力で治します・・・)

シンジは本気だ。
その表情にはまったくためらいの色がない。

(まちたまえ、こんな場所で君の能力を使うのはまずい)
(でもあの子が死んでしまう。そんなのは認めません。)
(君は本当に貴重な人だね、わかっているよ。)
(どうするんですか?)
(とりあえず変わってくれるかい?)
(わかりました、でもちょっと待ってください。)

シンジはレイに駆け寄り、体を起こそうとしていた彼女を傷に触れないようにストレッチャーに押し戻す。

「放して・・・」
「だめだよ、今動けば命に関わる。使徒の事は心配しなくていいぼくが何とかする。・・・信じて」

シンジはそう言って手を両手で包みほほえんだ。
それを見たレイはなぜかその笑顔に逆らえなかった。
おとなしくシンジの言うとおりストレッチャーに戻る。

(何でこの人は私のことを心配するの?私が死んでも代わりはいるのに・・・)

レイは傷の痛みで朦朧としながらそう思った。
限界が近いようだ。
程なく痛みのために意識を失ったのを確認したシンジは背後を振り返る。

(ブギーさんお願いします。)

シンジはブギーポップに体の主導権を渡した。
その顔に片方の眉を上げた左右非対称な笑みが浮かぶ。

「それでいつまでこの茶番は続くのかな?」
「「「「「な」」」」」

その言葉にすべての人間が凍り付いた。
ブギーポップは皮肉げに笑ったまま全員を見回す。

「シンジ君なんて事言うの、彼女はあなたの代わりに戦うことになるのよ?あんな大怪我をした女の子を戦わせて恥ずかしいと思わないの?」

あまりの言い様にミサトが憤慨する。
しかしブギーポップにとってはその程度は表情を変えるにも値しない。
格が違う。

「笑わせてくれるね」

それはこの場にいる全員に向けた嘲弄の言葉・・・

「本気で言っているのなら貴女は純粋な人だが、悪く言うと馬鹿と言うことになる・・・しかし、むしろそんな人の方が好感が持てるかな」
「どういう事よ!?」
「これはすべて茶番と言うことだよ。」
『何をしている、臆病者はここには不要だ!』

シンジとミサトの会話にゲンドウが介入する。
見上げればゲンドウが自分たちを見下ろしていた。

「臆病者?それはあなたの事かな?ならなぜ貴方はいつまでもそこにいるんだい?ここに臆病者は不要なんだろう?」
『何だと!!』
「中学生にこんな脅迫の茶番でうんと言わせようなど臆病者のする事じゃないか?」
「シンジ君どういうこと?」

ミサトが訳が分からず聞いてくる。
二人の会話の意味が分かっていないらしい。
ブギーポップは黙ってレイの寝ているストレッチャーを指差した。

「葛城さん、何で彼女はココにいると思う?」

ミサトが見ると変わらずストレチャーは気絶したレイを乗せてそこにある。

「そ、それは・・・」
「何でココなんだろうね?あのエヴァにはまだ距離がある、ココから彼女に直接行かせるつもりかい?こんな重症なのに?しかも誰も手伝おうとしない、こんな大怪我だ普通はコックピットまで連れて行ってそっと中に入れてやるべきなのに見せつけるように目の前にいる・・・姑息だね?」

ミサトや職員はそれの意味するところを理解した。
これはシンジに見せ付けて罪悪感を抱かせるための演出なのだ。

「それに・・・僕は乗らないとは言ってない。」
「乗ってくれるの?」

自分たちの行為の意味を理解したミサト達は信じられない思いでその言葉を聞いた。
まさかそんな言葉が聞けるなどと・・・信じられないという顔だ。

「いくつか条件がある、それをのんでくれればね。」
『何だ?』

自分のシナリオが狂ったゲンドウはこの話に乗ることにした。
初号機に乗せることがそもそもの目的なのだ。
それがかなうなら多少のイレギュラーは挽回できる。

「まず貴方が碇シンジの親権を放棄すること、そう言えば貴方の前の名は六分儀だったね?ついでに旧姓に戻ってもらおう。次に報酬、君らの尻拭いで素人を乗せるんだ10億はもらおうかな?それとネルフは今後碇シンジに一切干渉しないこと、もちろん無理やり言うことを聞かせようとするのも無しだ・・・いきなり訳も分からず勝手にされるのは我慢ならないからね、最後にこの茶番を終わらせて彼女に適切な治療を受けさせること。僕からは以上だ。」
「シ、シンジ君?」
「なんだい葛城さん?」

ブギーポップの出した条件にミサトがおずおずと反論する。

「その条件はちょっと・・・・・」
「そうかな?僕は必要だと思うがね、まず一つ目は難しい事じゃない、彼が書類を一筆書いて役所に出せばすむことだよ。金もかからないし彼個人の問題だ。それに僕の精神衛生のためだよ、これでも恥というのは持っているつもりだ。誰かと違ってね。」

そう言ってゲンドウを見上げる。言外に「貴方と違って」と言わんばかりの不遜な態度だ。
対するゲンドウは無言で答える。

「次の条件はあなた方の尻拭いで命を懸けるんだ、10億なんて安いだろう?」
「で、でも・・・いくら何でも法外よ?」
「戦闘機が一機余分に撃墜されたと思えばお釣りが来るんじゃないかい?」

ブギーポップは左右非対称の笑みを浮かべて余裕だ
ミサトにとっては相手が悪い。
もともと交渉事向きの性格はしていない上にブギーポップから受けるプレッシャーに押されていて、すでにたじたじになっている。

「三つ目はほっとくと人類の為と言う免罪符で無理矢理に徴兵しそうだから、それはこの場ではっきりと拒否させてもらう。」
「そんなことは・・・」
「怪我人を脅迫の材料に使う人たちはそんな事しないと言えるかな?」
「ウ・・・・」

ブギーポップが思い出したようにゲンドウを見るとサングラス越しにこちらをにらんでるらしい、結構なプレッシャーがくる。
しかしシンジもブギーポップも人外の死線をくぐり抜けてきた者だ。
たかが人間の威圧感など意味はない。

「ふっ」

軽く冷笑で返すほどの余裕がある。
むしろ、表には出さなかったがゲンドウが内心で驚いたくらいだ。

周囲のスタッフはそんなシンジに逆に感心してしまった。

「最後は言うまでもないな、怪我人を茶番につきあわせたことを少しでも恥じるなら彼女に謝るんだね」

ブギーポップの言葉を聞いた者は皆頭を垂れた。(ゲンドウを除く)

その時、再び振動がケージを襲う。
思わず身構えたことでブギーポップからシンジに戻る。

ガコン!!

振動で天井の一部が崩れ、シンジ達の上に落下してきた。
それを見たシンジはとっさにそばでいまだストレッチャーに寝かされているレイを見る。

自分たちは余裕で避けられるがこの子はそうはいかない、下手に動かせば傷口が開いて大変なことになる。

(シンジ君!)
(はい!)

そこまで考えたシンジ達は【canceler】を発動させるためレイに覆い被さった。

ガン!!

しかし、シンジが能力を発動する必要はなかった。
瓦礫は確かにシンジに迫ったが、能力を発動させる前に赤い冷却用のLCLから紫の手が現れ瓦礫をはねとばしたのだ。

『エヴァが動いたぞ。・・・どういう事だ』
『右腕の拘束具を引きちぎっていますっ!!』
「まさか!?ありえないわ!!エントリープラグも挿入していないのよ!!動くはずないわ!!」
「インターフェイスもなしに反応している。・・・というより、守ったの?彼を?・・・いける!!!」

シンジは周囲の騒ぎを無視してレイが無事なのを確認すると自分たちを守った紫の腕を見上げていた。
瓦礫を跳ね返したそのままの形で静止している。

(どうなってるんだ?)
(どうやらただの使徒の同類と言うだけじゃないようだね。)
(まだ何か秘密があると言うことですか?)
(たぶんね、さてそろそろ始めようか?)
「結論は出たかい?」

ブギーポップが表に出てきてゲンドウに最後の確認をした。
この状況で提示された条件を切れば職員達から不満が出るだろう。
そもそもストレッチャーで気絶しているレイでは戦うことは出来ない。

「・・・・・問題ない・・・」
「それは了承したと言うことだね?」
「・・・・・・・・・そうだ。」
「わかった、ここにいる人すべてが証人だ。六分儀司令殿。」

まだ碇ゲンドウだがブギーポップはあえて六分儀の名でゲンドウを呼んだ。
もちろんおちょくるためだ。

ゲンドウが殺意のこもった視線を送ってくるがきっぱり無視してリツコに向き直る

「では赤木さん、説明を」
「え、ええわかったわ・・・」

リツコはチラッとゲンドウを見上げた後、ゲンドウが何も言ってこないことを確認するとシンジにエヴァの説明を始めた。

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本部通路−−−
ゲンドウはケージでのことを考えていた。

完全に予想外だった・・・
シンジは自分の駒として動くはずだった・・・
シンジに怪我をしたレイを見せ自分から乗るようにし向けるはずだった・・・

それなのに・・・そのすべてを見抜かれてしまった。
さらにいくつかの不利な契約を結ばされた。
・・・シンジは危険ではないか?

「ふん、所詮は子供、どうとでもなる。」

ゲンドウはそう結論し発令所に向かった。
しかし、ゲンドウは自分が決定的な間違いを犯したことに気づいていない。
シンジと言うカードが文字通り自分にとっての死神【ジョーカー】だと知らずに手札に加えた気でいることを・・・






To be continued...

(2007.05.26 初版)
(2007.06.02 改訂一版)
(2007.09.15 改訂二版)
(2008.06.07 改訂三版)


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