天使と死神と福音と

第壱章 〔神に突き立てる牙〕
V

presented by 睦月様


『冷却終了』
『右腕の再固定終了』
『ゲージ内全てドッキング位置』
『停止信号プラグ。排出終了』
『了解。エントリープラグ挿入』
『プラグ固定終了』
『第一次接続開始』

発令所では初号機の発進準備が進んでいた。
メインモニターにはエントリープラグの中のシンジが映っている。

『エントリープラグ、注水』

シンジの足下から黄色い液体が注水され、どんどん量が増えていった。
それを見たシンジから通信がはいる。

『赤木さん、なんですかこの水は?』
「それはLCLと言って肺に取り込めば呼吸ができるようになるわ。」
『血のにおいがしますね?息が詰まりそうですよ。』
「我慢しなさい男の子でしょう?」

ミサトが性差別じみたことを言う。
シンジはその言葉にステキな作り笑いで答えた。

『葛城さん知ってました?人間って共食いを防ぐために血液に嘔吐を促す物質が含まれているらしいですよ。』
「・・・・・え?」
『後でこのLCLをもって帰りますから飲んでくれます? 2リットルくらい?』
「ゴミンナサイ」

ミサトの顔が引きつっているがシンジは軽く無視した。
リツコの方に話を振る。

「赤木さんも葛城さんのちょっといいとこ見てみたいですよね?イッキイッキって感じで」
「・・・・・そうね、お立ち台でも作ろうかしら?」
『そう言えばぼくセカンドインパクト前の映像でジュリアナっての見たことありますよ、ちょうど葛城さんの服装もそんな感じだし都合がいいですね?あんな感じでライト当てて一気飲みを・・・・・』

スポットライトを浴びながらLCLを一気飲みする自分を想像したミサトの顔が青くなる。
ビールは好きだがLCLは・・・そもそもLCLは一気飲みしていいものなのだろうか?

「観客はネルフ全職員と言うことで・・・・」
「モウユルシテクダサイ・・・・・」
『わかってくれればいいんです。』

ミサトが涙目で訴えてきたのでシンジもからかうのをやめた。
からかわれたミサトは少しいじけたようだが些細なことなので誰も相手をしない。
無視して作業を続ける。

「彼、落ち着いてるはね?」
「そ、そうね、まるで”こういう事”になれてるような・・・そんな感じ?」

ミサトとリツコがそんな話をしている間にモニターの中のシンジはLCLに沈んだ。

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〔エントリープラグ内〕

そうこうしてる間にLCLが口まであがってきた。
肺に取り込めば呼吸が出来るらしいのでシンジは飲むと言うより普通に呼吸する要領で肺に流し込んだ。
口の中に血の味と風味が充満して気分が悪い

(まずいですねこのLCLって、)
(血の味がうまいと言うよりましだよ。)

シンジは吸血鬼ではないし、血で興奮するような趣味もない。
そんな特殊な体質よりは確かにましだ。

(そうですね、それより気づいてます?)
(ああ、何かが接触しようとしてきている。)

感覚的なものだが、ブギーポップといつもシンクロしているシンジには精神的な同調はわりとなれている。
だからこそ、今何かが自分の精神と接触を持とうとしていることも自覚していた。

(これは何?・・・いや、誰だろう?)
(人格というか、本能のようなものを感じるね、人造人間たる迂遠かな?シンジ君?とりあえず敵意みたいなものは感じないから僕とするようにシンクロしてみたら?)
(わかりました。)

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「主電源接続」
「全回路動力伝達」
「第2次コンタクト開始」
「A10神経接続異常なし」
「初期コンタクト全て異常なし」
「双方向回線開きます」
「せ、先輩!」
「どうしたのマヤ、何か問題が起こったの?」

メインオペレーターの一人、伊吹マヤのせっぱ詰まった声に発令所全体に緊張が走る。
もしこの時点で初号機に何らかの問題が起こったとしたら最悪だ。
すでに自分達の頭上では再度侵攻を始めたサキエルが町に入り込んでいる。
時間的にも余裕がない。

「シ、シンクロ率が・・・・」
「どうなってるの?正確に報告しなさい!」
「は、はい・・シンクロ率99,89%です。」

一瞬の沈黙・・・しかしすぐに発令所が驚きに包まれる。
はっきり言って異常な数値だ。
いい意味でだが・・・

「間違いないの?マヤ・・・」
「はい、念のため3回確認しましたが同じ結果です。」
「初めての搭乗で理論限界値まで・・・・何者なの彼?」

リツコはモニターの数字を信じられない思いで見つめた。
そこに表示されている情報はマヤの言ったとおりの事実を示している。

「才能って・・・奴かしら?」
「リツコ!初号機は使えるのよね?」
「ええ、起動はしたわ。私たちの予想を超えた形でね。」
「考えるのは生き残ってからにしましょう。初号機発進位置ヘ」

ミサトの指示で再び発令所があわただしくなる。
いろいろと疑問はあるがミサトの言う通りこの場をどうにかしてまず生き残らなければそれを解消するすべはない。

『発進準備!!』
『第一ロックボルト外せ』
『解除確認』
『アンビリカルブリッジ移動開始』
『第2ロックボルト外せ』
『第1拘束具を除去』
『同じく第二拘束具を除去』
『1番から15番までの安全装置を解除』

初号機の周囲から拘束台がはずされていく。
その奥から初号機の紫の体が現れた。

『内部電源充電完了』
『内部用コンセント異常なし』

最後の台ごと初号機が移動する。
縦に設置されたレールのある壁に到着したところで止まる。

『了解。エヴァ初号機射出口へ』
『進路クリア。オールグリーン』
「発進準備完了」

リツコの言葉を最後に発進の準備は完了した。
すべてのスタッフの動きが止まる。
自分達のやるべき事はほとんど終わった。
後は戦闘中の初号機のサポートだ。

「了解」

ミサトはそう言ってうなづくと背後を振り返った。
その視線の先にいるのはゲンドウ・・・

「よろしいですね?」
「無論だ、使徒を倒さぬ限り我々に未来はない。」
「エヴァ初号機発進!」

その掛け声と共に初号機は地上に射出された。

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(で・・・いきなりなんでこいつが目の前にいるんです?)
(彼の方が先客だからだよ。)

いきなり猛烈なGと共に地上に出されたシンジが最初に見た物は正面に立つサキエルだった。
完全にお見合い状態で向き会うことになった理由はサキエルの目の前に射出されたから・・・

(ネルフの人たちぼくが素人だって思ってるはずですよね?)
(そのはずだよ。)
(なのに敵の目の前に障害物もなしに放り出すなんて何考えてるんだか?)
(さて、何考えてるんだろうね?)

まさか正々堂々真正面から戦えとでも言うのだろうか・・・こんな状態では隠れる事も出来ないし隠れる場所もない。
左右にはビルがあるので二次元の格闘ゲームのような感じだ。
何も考えずにただ目の前に出しただけらしい。

(まさかぼくが死ねば10億はチャラとか思ってないですよね?)
(・・・・・・・・・・・・・たぶん?)

サキエルに動きはない。
どうやらいきなり現れた初号機にとまどっているようだ。
じっと初号機を見て見ている。

(とりあえず先手をとります。)
(大丈夫かい?)
(なんとかするしかないです。)

その時、発令所から通信が入った。

『シンジ君まずは歩いてみて。』

ミサトからの通信にシンジは憂鬱になる。
これから戦闘で殺し合いをしようと言うのに赤ん坊に言うようなことを言われても困る。
歩くだけで戦いに勝てるなら苦労はしない。

(本当にあの人たち・・・これから戦うつもりですかね?)
(そのつもりじゃないかい?)

次の瞬間、シンジの疑問を振り切るように初号機は空を舞っていた。

ズガァァァァァァァ

空中で体を入れ替えた初号機はドロップキックのようにけりを放ちサキエルを吹き飛ばす。
まともに食らったサキエルはサッカーボールのようにはずんで蹴り飛ばされた。

(シンジ君、どうだい?)
(いけそうですね、どうやらこのエヴァの意志は眠っているような状態みたいです。向こうに明確な意志がない分シンクロしやすいですよ。)
(なるほど、でも油断はしないように)
(はい!)

初号機の視線の先でサキエルはのそのそと起きあがり右腕から光の槍を打ち出してきた、初号機はそれを半身でかわして接近する。
お互いの体が触れ合うほどに近くにある。

ガシッ

突き出されている右腕の手首を左手でつかみ下からのショートアッパーでサキエルの体を浮かせる。
サキエルは右手が固定されているため後ろへは飛べず真上に跳ね上がる形となった。

「まだまだ!!」

初号機は空いた隙間に自分の体を入れ込み、一本背追いの要領で自分の真下にたたきつける。

ズドン!!

地震のような地響きをたてて大の字になったサキエルに初号機は全体重を乗せたけりで仮面のような顔を踏みつけた。

パキッ!!

その一撃でサキエルの顔にひびが入る。
もう一度踏みつけようと初号機が足をあげたときサキエルの目から光線が放たれた。

「うわっと!!」

シンジはあわてて足を引き光線をやり過ごすと一端下がってサキエルと距離をとる。

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「な、なんなのあれ?シンジ君がやってるの?」
「マヤ?」
「ハーモニクスすべて正常、初号機はパイロットの制御下です。」

発令所は驚愕に包まれた。
初めての搭乗でいきなり最高のシンクロ率を叩き出しさらに手足のように操る・・・そんなことが可能なのか?と言う疑問は当然浮かぶが目の前の光景は事実だ。
すべてが規格外の少年・・・正体すら怪しいが発令所の大半の思いは一致していた。

((((もしかしたら人類は滅びなくてすむんじゃないか?))))

しかしそれを違った目で見る者たちもいる。

「碇、シンジ君のあのシンクロ率と戦闘力、少々シナリオとかけ離れていないか?」
「問題ない、あれは間違いなくシンジだ。そうでなければ初号機はうごかん。シンジが予想より母親を求めていただけだ、シナリオに影響はない」
「そうか?それだけとはおもえんが・・・・・」
「今あの力は我々に利する。どのみち使徒は倒さねばならん、気になるならおまえの方で身辺調査をしろ。」
「わかった・・・・・・」

すでに舞台の道化に成り下がったことにも気づかず男達は自分の理想を追い求める。

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戦闘は初号機優勢で進んでいた。
サキエルはすでにあっちこっちがぼろぼろになっているがいまだ健在だ。

(何とかなりそうですね?)
(どうやら彼の攻撃は直線的なものだけらしいね、問題は間合いかな?)
(はい、近距離から中距離はあの両手の槍、それ以上はあの目からの光線ですね。)
(バランスはいいな、でも攻撃が読みやすいから避けやすい・・・・っと)

再びサキエルが立ち上がりこちらに槍を放とうと右腕を上げた。
しかしもうその攻撃は見切っている。
シンジが余裕を持って避けた時、自分の背後のビルの下にあるものを見つけた。

「な!!・・・何でこんなところに!?」

その一瞬の隙にサキエルの槍が放たれていた。
よければこのやりはビルを破壊する・・・それはまずい・・・

「くそ・・・」

シンジは一瞬で決断すると初号機で光の槍を受け止めた。

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「ど、どうして?」

ミサトのつぶやきは発令所の総意だった。
メインモニターにはサキエルの槍に腹部を刺し貫かれている初号機が映し出されている。
さっきまでの初号機優位の展開が一変している。

「ミサト、何が起こったの?」

状況が理解できないリツコがミサトに聞いた。
戦闘に関してはミサトの方が専門家だ。
しかし、ミサトも何がなにやら分からず呆然としている。

「わ、わからないわ、彼は間違いなく一度避けたのよ。でもなぜかその後自分から当たりに行ったような・・・・・・」
「自分から攻撃に当たりに行ったというの?」
「ええ、そう見えたわ・・・・」

その時、三人のメインオペレーターの一人、青葉がさっき見た初号機の動きを思い返した。
その動きは例えるなら・・・

「まるで何かを守るみたいでしたね・・・背中にある物を庇おうとしたような・・・」

その言葉にミサトが反応する。
もう一人のメインオペレーターの日向の席に駆け寄った。

「日向君、初号機の背後には何があるの?」
「え?は、はい・・これはビルが一つあるようですね。」
「そのビル、モニターに出せる?」
「やってみます。」

映し出されたモニターを見た全員が驚いた。
初号機の背後のビルの下にうずくまって怯えている女の子が映っていた。
腰が抜けているのか恐怖で動けないのか座った状態で初号機を見上げている。

「な、何でこんなところに民間人が?」
「たぶん逃げ遅れたのね、シンジ君はこの子をかばって初号機を盾にしたんだわ・・」

発令所のスタッフはミサトとリツコの言葉にシンジの行動の意味を理解した。
もし初号機がそのままよけていれば槍はビルを破壊してその瓦礫は真下にいる女の子をつぶす。
女の子を守るためにあえて初号機でサキエルの攻撃を受け止めて自分の身を盾にしたのだ。

『ガハ・・・・』

不意に、通信機から漏れた声に全員の視線がモニターに集まる。
そこには口から血を吐きながら苦しむシンジの姿があった。

「いけない、マヤ!!」
「はい!」
「パイロット側のフィードバック落として、早く」
「は、はい!」

リツコは何かに気づいて焦りながらも指示を出す。
その青い顔が状況の悪さを語っている。

「リツコ、どうなっているの!?」
「ミサト、彼はほとんど100%に近い数値でエヴァにシンクロしているわ。そしてシンクロ率が高い程エヴァを自分の手足と同じように扱える。でもその分フィードバックのダメージもパイロットに伝わってしまう・・・・・」
「それじゃシンジ君は・・・」
「ええ、自分のおなかを刺し貫かれ焼かれるような感覚を味わっているはずよ。」

二人の会話を聞いた者達は一斉に青くなった。
その時モニターの初号機が自分の腹部を貫いている 槍に手を伸ばす。
それを見ていたミサト達は槍を引き抜くつもりだと思ったが・・・シンジはその想像の上を行った。
初号機は自分の体に槍を刺したまま両手で槍を固定したのだ。
両手が燃えるような痛みにシンジはまったくひるんでない。
それどころかサキエルを睨んでいる。

『か・・葛城さん・・・今のうちに・・・この子を・・・』

シンジの苦しげな声が通信機から流れた。
声がかすれていて苦しそうだ。

『グッガ!!」

再びシンジの口から真っ赤な血があふれて吐血する。
しかし初号機はサキエルの槍を離さない。
シンジは自分の体を使って少女の救出時間を稼ごうとしている。
それを理解したミサトはすぐさま行動に移ろうとした。

「日向君、すぐに保安部に「待て!」・・え?」

ミサトの指示を遮ったのはゲンドウだった。
いつものポーズのままでじっとモニターのシンジを見ている。

「シンジその少女は気にせず使徒殲滅に集中しろ!」

それを聞いた全員が驚いた。
シンジも意表を突かれて呆然としている。
どうやらゲンドウの中では少女の命より使徒殲滅が優先らしい。

『何を・・・言って・・・・』
「すでに退避勧告は出ている。そこにいるのはその子の過失だ。気にする必要はない!」
『この・・子を・・・見捨てろ・・と言う・・・のか?』
「人類を守るためには多少の犠牲は仕方ない!」

それを聞いた瞬間、モニターの中のシンジから表情が消えた。
さっきまで浮かべていた苦しみの表情すらも残らず。

『今、何って言った?・・・・』

シンジの声が冷えたものになる。
モニターの初号機は自分の体に槍を刺したまま拳を固め・・・

バキン!!

槍に振り下ろしてたたき折った。
いきなり槍を折られたサキエルがたたらをふむ。

『この子が犠牲になるのは仕方ないと言ったか?』

その言葉は静かなものだったがそれだけに言葉に込められた怒りは発令所のすべての口をつぐませる。
槍を折られたサキエルは動きを止めている初号機との距離を詰めてきた。

『ふ・ざ・け・る・なーーー』
ドン!!


シンジの叫び声とともに初号機は逆にサキエルが近づくより早くサキエルに肉迫する、その勢いのままカウンター気味の拳をたたき込んだ。
その衝撃で三たびシンジが吐血する。

『人類を守るための犠牲?そう言ったか?』

周囲のLCLを紅に染めながらシンジは続けた。

『手の届く場所にいる人を守れないような人間が誰を守れるって言うんだ?[守る]と言う言葉を免罪符のように使うな!』

シンジの声を聞いていたミサト達はモニターから目が離せなかった。

そこには傷口からあふれ出る血で半身を紅に染めながらなお背後の命を守るために立ちつくす紫の鬼と何度も血を吐きながらなおその視線を敵に向ける少年の顔が映っている。

ミサト達はその恐ろしいはずの光景に嫌悪感は抱かなかった。
それどころかその光景を美しいとさえ思っていた・・・あまりにも純粋で尊い・・・

モニターの中で初号機に弾き飛ばされたサキエルが立ち上がり、初号機に向き直ったがその気迫を感じたのか警戒しているのか動きを止めてにらみ合いの状態になる。

『葛城さん!』
「わかったわ、日向君!」
「はい、保安部は後5分ほどで到着します。」
「急がせなさい!」
「了解!」

数分後、保安員によって保護される女の子の姿が発令所と初号機の中のモニターで確認された。
ゲンドウはこの間、全く動くことができなかった

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「げふ!!」

シンジは口の中に残っていた血を吐き出すと口元をぬぐった。
制服に血がついてシミになるが今は気にしていられない。

(シンジ君?あまり無茶をするものじゃない。)
(すいません、あの子の安全が保証できなかったんです。)

ついさっき女の子が無事に保護されたのがモニターの隅に見えた。
大きな怪我はなかった様に見えたのでシンジは安堵する。

(民間人がいたのはネルフの責任だし、怪我にしても君のせいじゃない、最初から僕が出ておくべきだった。)
(いえ、ぼくの油断です、能力を使う暇もなかった。刺されてからは激痛で集中できなかったんです。きちんとしたイメージがないとぼくの能力は意味を持たないし。)

ブギーポップはシンジの言葉に苦笑した。
シンジのこういうところは甘いと思うが不快ではない。

(刺された上に内蔵を焼かれるような感覚を味わえば誰でもそうなるだろう?それより・・・ここからは僕の仕事だ。)
(はい、後お願いします。)

そう言ってシンジはブギーポップとシンクロを始めた。
二人の意識が重なる。

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「せ、先輩!?」
「どうしたの?マヤ?」
「初号機のシンクロ率が・・・・・・・・・0になりました。」
「何ですって?・・・・」

その言葉に戦慄が走る、今まで維持していた最高のシンクロ率が0になる。
発令所にいたすべての職員に最悪の結果が頭をよぎった。

「リツコ・・・まさかシンジ君は・・・」
「どうなの・・・マヤ?」
「いえ、バイタルは正常です、しかしプラグ内をモニターできなくなりました。」

正面モニターに映っていたシンジの姿が今は消えて真っ暗になっている。
おそらく戦闘のダメージのせいだろう。
同時にシンジの状態もモニターできない。

「どういうこと?リツコ?」
「わからないわ、シンクロ率がゼロなんて・・・シンジ君が気絶したかもしくは・・・・暴走?」
「そんな・・・・」

リツコの言葉が正しいならこの戦闘は自分達の手を離れた事になる。
その中心に一人の少年を残したまま・・・助けるどころか生きているか死んでるかすら分からない。

ミサトは何もできない自分が腹立たしかった。

それを見下ろす二対の瞳・・・

「勝ったな・・・・」
「ああ・・・・」

道化は踊る・・・誰より滑稽に・・・すでに自分の理解の範疇を超えていることにすら気づけない。

「リツコ、何とかプラグの中のことわからないの?」
「映像は回復してないけど、音声だけは通じてるはず・・・呼びかけてみて」
「わかったわ・・・シンジ君、シンジ君お願い返事して?」

インカムに向かってミサトは呼びかける。
ミサトの言葉に返事はなかったが、代わりに別のものがスピーカーから流れ出した。

「何これ?」
「口笛?」

スピーカーから流れたのはワーグナーの”ニュルンベルクのマイスタ−ジンガー”だった。
本来ならオーケストラで演奏されるにぎやかな曲だ。
口笛にはまるで似合わない。

「シンジ君?」

ミサトのつぶやきが届くインカムに届く前に通信は切れた。

「何が起こっているの?」

その疑問はミサトだけでなく、発令所にいる皆のものだったが答えられる者はいない。

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初号機は自然体で歩きながらサキエルとの距離を詰めていく。
対してサキエルは一見無防備な初号機に残った左手の槍を放った。

「やれやれ、みえみえだな」

初号機は左肩を前に出した半身になり、槍を避けるとその槍を右手で掴んでサキエルを引き寄せた。
バランスを崩して初号機の方に倒れ込むサキエルにあわせて体を入れ替える。

ギン!!

初号機は目の前の槍に左手を手刀にして振り下ろし、槍を断ち切った。

ザク!!!!

さらに叩き折ったその穂先を向かってくるサキエルの顔面に深々と突き刺す。

ズン!!

初号機は一瞬も止まらない。
衝撃でのけぞるサキエルのコアについでとばかりに右の回し蹴りが吸い込まれる。

ガキィィィ

サキエルのコアにひびが入り、ビルをなぎ倒しながら吹き飛んだ。
何とか立ち上がろうとするがうまく立てないでいる。
すでに虫の息だ。

「悪いね、そろそろ終わらせてもらう!」

ブギーポップには戦闘を楽しむ趣味はないし、シンジの体のダメージも気になる。
戦闘を引き伸ばす理由は皆無だった。

バキン!!!

とどめとばかりに距離を詰める初号機だがその眼前に赤い光が現れ初号機の動きを止めた。

「これは・・・・・拒絶の意志?」

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「ATフィールド!?」

リツコが呆然とつぶやいた。
モニターに映るサキエルの眼前に八角形の赤い壁が展開されている。

「だめだわ!!ATフィールドがある限り使徒には近づけない!!」

それは初号機の攻撃が通らず、使徒を倒せないことを意味していた。
どんなに追い詰めていてもとどめをさせないのなら勝てない。
ミサトはすばやく現状を分析する。
今、この状況で自分に出来る事は・・・

「・・・リツコ・・初号機はシンジ君が動かしているのよね?」
「おそらく間違いないわ、あの動きは暴走した初号機にはできない・・・」
「何とかシンジ君に初号機も ATフィールドが使えることを伝えられない?」

いまさらながらに説明の時間がなかった事が悔やまれる。
それがわかったからと言ってシンジがぶっつけ本番で出来るとはかぎらないが知らないよりはいい。
知っていれば可能性はゼロじゃない。

「まだ通信は回復してないし、それにまだ誰もフィールドの展開に成功してないのよ?いきなりそ「リツコ!!」・・・ミサト?」

言葉をさえぎられたリツコが面食らう。
目の前のミサトは真剣だ。

「私たちはもうすでに訓練もしてない素人を戦場に送り込んでいるわ、子供を前に出して戦わせているだけでも許されないことなのに・・・しかも全然あの子の力になれてない。もう私たちにできることはそれくらいしかないの・・・」

ミサトは必死に訴える。
その言葉は発令所にいる全員の心に突き刺さった。
シンジがどれほどの才能を持っているかというのはこの際問題ではない。
重要なのは子供にろくな説明も出来ずに戦場に放り込んで自分達は何もしていないと言う現実だ。

「ミサト・・・わかったわ、出来る限りのことをしましょう。・・・マヤ?」
「ハイ!!」
「あらゆる回線で初号機に通信を送りなさい、それと町の外部スピーカーにアクセスして直接伝える用意を!!」
「了解!!」
「日向君!!」
「ハイ!!」
「どんなに少なくてもいいわ、兵装ビルを起動して煙幕ぐらいには使えるでしょう?」
「了解!!」

二人の指示の元、発令所は本来の姿へと戻っていく・・・・・・人類を守る砦として・・・

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「拒絶の意志で壁を作る能力か・・・・・ひどく孤独な能力だね、自分を外界と切り離してしまえばその世界を知ることはなく自分の世界を作れる。だがそれだけに・・・・世界の敵としてふさわしい。」

初号機はサキエルから距離を取る。
こちらからの攻撃が通らないのに接近戦をするのは危険だ。
ブギーポップが目の前の壁をどうするか考えていると、不意に初号機の周囲の街頭スピーカーから聞きなれた声が聞こえた。
ミサトの声だ。

「シンジ君、それはATフィールドと言ってまだ確認されてないけれど初号機にも作れるはずなのよ!」

初号機の中のブギーポップはミサトの言葉を聞いて一瞬呆けるが、すぐに左右非対称の笑みを浮かべる。

「はははっ葛城さんもやるな・・・なるほど、だから使徒と同質の存在が必要なのか。イメージで壁を作ることが出来るなら・・・」

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「初号機からATフィールドの反応」

マヤの言葉に発令所の視線がモニターに集まった。
アドバイスとも言えない事を伝えてまだ数秒だ・・・早すぎる。

「まさか・・こんなにあっさり?」

リツコが呆然とつぶやく。
信じられないのも無理はない。
他のスタッフも半分くらいは同じ思いだ。

「ATフィールドの反応、これは・・・右手に集中しています。」
「何ですって!?何をしているかわかる!!?」
「そこまでは・・・・・」

モニターの中で初号機が右手を振り上げた。
その瞬間にサキエルの左手が地面に落ちる。
切断面は鋭い刃物で切られたように滑らかだった。

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サキエルは自分の左手と切断面を不思議そうに見た後、初号機に視線を戻す・・・しかし、すでに初号機の姿はそこに無い。
目を離した一瞬に消えていた。

あわててサキエルは初号機を探すがその動きが不意に止まる。
サキエルが自然に止まったわけでは無い。

たとえて言うなら蜘蛛の糸に絡め取られた虫のような不自然な止まり方だった。
サキエルの背後に回り込んだ初号機が現れる。

「消えろ・・・・〔泡〕の様に・・・」

初号機が右腕を横に振った瞬間、サキエルが動いた。
しかし、その動きはサキエルの意志では無い。

サキエルの体はその意思に関係なく解体されていく。
上半身は右に、下半身は左に回転する。
残っていた右手は上にはね飛び、両足は二つとも地面に転がった。
数秒前までサキエルだった”もの”がいくつものパーツに分断されその切断面から多量にあふれた自らの血の中に落ちる。

しかし・・・サキエルは死に行く直前の、その最後の力を使い・・・道連れを求めた。

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発令所のモニターがあまりの光量に焼け付けを起こす。

「まさか・・・自爆?」

ミサトは呆然とつぶやいた。

「マヤ、初号機は?」
「確認がとれません、あ・いえ初号機無事です。爆心地のすぐそばですが確認とれました。」
「何とか逃げ切れたみたいね・・・」

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(助かったよ、シンジ君。)
(いえ、ちょっと危なかったですね)

初号機は避けたのでは無くシンジの【canceler】で難を逃れたようだ。

(いきなり自爆するなんて・・・・いったい使徒って何なんでしょう?)
(さあね、僕としては世界の敵で刈るべき存在・・・それで十分だからね)
(アバウトの極致ですね・・・・・)

シンジはため息をついた。
そもそもブギーポップ相手に普通の倫理観を持ち出す時点で間違っている
こういうやり取りもいつものことなので苦笑するしかない。

(そう言えばシンジ君・・)
(何ですか?)
(誕生日おめでとう。)
(ハア?)

シンジは一瞬理解できなかった。
思わず何を言われたのかわからなくて呆ける。

(気づいてなかったかい?今日の日付?)

シンジがあわてて腕時計を見ると午前0時を回って日付が変わっている。
今の日付は6月6日・・・シンジの誕生日だった。

(戦場での誕生日なんて滅多にないと思うよ。)
(ぼくとしては全くない方がよかったんですけどね)
(いいんじゃないか?今夜は月もきれいだし、僕と月が祝うんじゃ不満かい?)
(いいえ、他の誰に祝ってもらうより嬉しいです。)

シンジは他にも誰かが自分のことを祝ってくれてるような気がして暖かい気持ちになっていた。


その日少年は14歳になった。
一人の少年の誕生日を祝ったのは月と死神と・・・・・・福音・・・・






To be continued...

(2007.05.26 初版)
(2007.06.02 改訂一版)
(2007.09.15 改訂二版)
(2008.06.07 改訂三版)


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