天使と死神と福音と

第壱章 〔神に突き立てる牙〕
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presented by 睦月様


「発表は、シナリオB−22か・・・またも事実は闇の中ね」

私はその言葉に声の主を見る。
蒸し暑いテントの中で防護服を脱いだ彼女はスポーツドリンク片手にテレビを見ていた。
内容は昨日の戦闘のニュース、もっとも完全に捏造されていて何一つ真実などない。

「広報部は喜んでいたわよ、やっと仕事ができたって 」
「うちも御気楽なものよねぇ〜」
「どうかしら、本当は、皆怖いんじゃないの?」
「そうね・・・でもにげちゃだめなのよね・・・ちょ〜っち厳しくない?」

そう言って彼女は笑った。
彼女の名は葛城ミサト、私の大学時代からの親友・・・・・・のはずだが・・・・自信がない。
本当に彼女かと疑ってしまう。

少なくとも私の知るミサトはこんな笑い方はしなかった。
どこか自分の本心を隠した陽気な笑顔・・・・それが彼女の笑顔だったはず。
しかし、目の前の女性は自分の陰も受け入れた微笑み・・・・・女性から見ても魅力のある微笑みをしている。

(この女性は誰?)

そんな考えが浮かんだのと目の前の電話が鳴ったのは同時だった。
〔彼の目が覚めた〕と言う報告を受けた私はミサトに告げる。

「彼の目が覚めたみたいよ」
「ほんと?あんな事があったのにもう回復したの?」
「ええ、多少記憶の混乱が見られるけどね、かなり体に負担がかかったから・・・」
「ココロ・・・・・の間違いじゃないの?しかもリツコ、戦闘よりあんたの検査責めの方が割合が多いような気がするのは気のせいかしら?」

その言葉に私はあさっての方向を見るしかなかった。
自分でもやりすぎたとは思う・・・・戦闘が終わってから〔あんな〕事があり、その後に何時間もかけて彼の体を検査した。
結果、彼が碇シンジ本人であることを証明したのとシンクロによる影響は問題がないことがわかっただけだった。
そのあと病室に行って眠ったのだろうが彼はまだ1〜2時間しかねてないことになる。
私も徹夜だが・・・何せこっちは半分私の興味で趣味のようなものだったから自業自得だ。

「趣味と実益をかねるのはあんたの勝手だけどシンジくんまきこむのはいただけないわよ?」

本心を言い当てられてぎくりとするが、何とか顔に出さずにすんだだろうか?
相変わらずミサトは妙なところに鋭い所がある。
しかしやられっぱなしは私の趣味じゃない。

「あなたこそ、彼のことが気になるんでしょ?何せ胸で泣かせてくれた人だから?やっぱりお立ち台は必要ね。」

ミサトがおもしろいように赤くなって反応する。
何せあそこにいたみんなに見られたのだからしばらくは本部内をまともに歩けないかもしれない。

「ナハハ・・・ちょっちシンジ君のお見舞いに行ってくるわねん。」

そう言ってミサトは逃げ出した。
彼女の後ろ姿を見ながら私は十時間前のことを思い出す。

碇シンジ・・・・・不思議な少年だ・・・
初めての搭乗で最高のシンクロ率を叩き出し、しかも信じられないほどの戦闘力を見せて使徒を殲滅した。

そして・・・・ミサトを解放した少年・・・・・・
何年も付き合いのある私やミサトの彼氏にも出来なかったこと・・・・・・

だけど彼は数時間の付き合いでしかないミサトの自分も気づいていなかった本心を見抜き、そしていやした。
 
「もしあのときミサトじゃなくて私だったら・・・・・・」

〔彼はいやしてくれただろうか?〕と続けそうになってあわてて自分の口を押さえた、思わず周囲を見回す・・・誰かに聞かれなかっただろうか?

自分の顔が赤面しているのがわかる。
子供相手にときめくなど、自分にそんな趣味はないはず・・・・・
妙な考えを振り払うために私は仕事の書類に目を戻した。

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12時間前───
使徒を殲滅し、ケージに戻ったシンジが見たのはたくさんの人が自分を歓迎している姿だった。
みんな生き残る事が出来た事を喜んでいた。

(使徒を倒してくれてありがとうって事ですか?)
(そうみたいだね、ついでに君のことを英雄にしたいんだろう?)
(祭り上げられて離れられなくなるなんてぼくはごめんです。)

職員達はまだ興奮していたが初号機から出てきたシンジの白いカッターシャツとその口元にかすかに残る赤い染みの意味に気づいて徐々に静かになる。

ケージに降りたシンジが周囲を見回すとネルフ職員を代表してミサトとリツコが前にでてきた。

「シンジ君お疲れさま、よくやってくれたわ。」
「早速で悪いんだけど検査を受けてほしいの、体の影響を知りたいから。」

シンジはやたら嬉しそうに再び騒ぎ出した周囲を冷めた目で見ている。
興味があるのはそんなことではない。

「ぼくのバック知りませんか?」
「え?バック?リツコ知ってる?」
「ああ、それなら預かってるわ・・・マヤ?」

その言葉に人垣の中からスポーツバックをもって伊吹マヤが現れた。
リツコが受け取りシンジに渡す。
さらに白衣のポケットからカードを一枚取り出して差し出した。

「はい、シンジ君それとこのカードも。」
「ありがとうございます。このカードは?」
「あなたへの報酬よ、ケージで契約したでしょ?10億円はいってるわ。」
「ああ、そう言えばそうでしたね、ありがとうございます。」

そう言ってシンジはカードを受け取るとポケットに入れ、バックをかけ直した。
もう一度周囲を見回して目当ての人物を探すがいない。

「六分儀司令はいないんですか?」
「司令?今は残務処理で司令室にいらっしやるわ。」
「そうですか・・・・・帰る前に一発殴ってやるつもりだったんですが・・・残念です。」
「「「「「「「「「「「「「な!!」」」」」」」」」」」」」」」

その言葉にケージにいたすべての人が硬直した。
しかし、そんなことはシンジには関係ない。

「まあ、いないなら仕方ないですね・・・そろそろ失礼します。」

さっさと出て行こうと出口に足を向ける。
水を吸った制服が重いし、LCLの匂いがついていて不快だがシンジは我慢することにした。
このままここにいれば引き返せなくなる。
それはごめんだ。

「ま、待ってくれないかシンジ君?」
「ん?」

シンジは声の方向を振り返る。
そこには長身で白髪の老人が立っていた。
どうやら向こうは自分のことを知っているらしいがシンジに見覚えは無い。

「誰ですか?」
「これは失礼した。私の名は冬月コウゾウ、ネルフの副司令をしている。」
「そうですか、初めまして冬月さん、もう会うこともないでしょう。サヨウナラ。」

シンジはそう言うと再び出口に向かって歩き出した。
冬月の事など眼中にない。

「待ってくれ、シンジ君!!」

冬月はシンジの前に回り込んだ。
正面に立つ冬月を見るシンジの目が細くなった。
はっきり言って邪魔だ。

「なんですか、冬月さん?」
「待ってくれないかシンジ君、話を聞いてほしい。」
「・・・ぼくとしてはあなた方の言う通りあの使徒と言うのを倒しました。報酬も受け取ったし、ここに長居する意味も必要性も理由すらありませんよ?」
「その使徒に関係してだが・・・・実はまだここに来ることがわかってるんだ・・・君には出来れば我々とともに戦ってほしいんだよ?」

シンジはため息をついた。
予想はしていなかったわけではないがどこまでもいやな予感が当たるものだ。

「やっぱり素直に返す気はなかったか・・・・・」
「どう言うことかね?」
「何か面倒なことの手伝いをさせるために呼んだんだろうと思いましたし・・・」
「どうしてそう思ったのかね?」

シンジはバックからゲンドウの手紙を出し見せた。
それを見た冬月の顔色が一瞬で変わる。
ミサトの写真を出さなかったのは・・・・・武士の情けだ。

「〔来い ゲンドウ〕・・・・・馬鹿にしてると思いません?しかも一緒にはいっていた切符が片道でした。つまり、10年ほっといた息子に何かすぐ帰れないような面倒ごとを押しつけるために呼んだって事でしょう?」

それを聞いていた全員が内心でシンジの意見に同意したが冬月の手前頷くわけにも行かない。

手紙からシンジに視線を戻した冬月は目の前の少年の評価を改めた。
この少年は油断できない・・・・

「確かに君の言うとおりだ、碇・・いや、六分儀には私から言っておく。しかしシンジ君、そこまでわかっているならどうか我々に力を貸してくれないか?」
「お断りします。」

この拒絶の言葉にケージの中は騒然とする。
話は終わりと言わんばかりにシンジは再び出口に歩き出した。

「まて、碇シンジ」

歩き出したシンジの目の前に黒服の男が立ち塞がった。
保安部か諜報部の人間だろう。

「副司令のお話は終わっていない。」
「さっききっぱりとおことわりしたじゃないですか、空気呼んでくださいよ、大体子供とはいえ初対面の人間をフルネームで呼び捨てにするのはどうかと思いますよ?」
「指示に従わないならばしかたない。」
「それ以前に人の話を聞いています?」

黒服は問答無用で掴みかかってくる。
シンジはため息と共に前に出た。

「ぐお!」

黒服の男の動きが止まる。
踏み出した右足の甲をシンジの右足が踏んでいた。
痛みと動きを止められて硬直した黒服の懐にシンジが滑り込むように入りこむ。

「うわああ!!」

シンジは男の体を背負い投げで投げ飛ばした。
子供と言うので油断していたのとシンジの身長差、不用意につっこんで来た勢いを加えた理想的な背負い投げだった。
戦闘訓練を受けた事のあるミサトも状況を忘れておもわず感心してしまう。

ドスン!!

床に叩きつけられた男は完全に伸びていた。
シンジはつまらなそうに一瞥すると再び歩き始める。
呆気に取られたケージで最初に正気に戻ったのは冬月だった。

「待ってくれたまえ、確かに我々は君に不愉快な思いをさせたかもしれん。しかしそれは仕方なかったんだよ。」

冬月の言葉にシンジが振り向いた。
その顔は冬月の言葉通りシンジの不愉快な感情を示している。

「ええ、確かに不愉快な気分です。しかしぼくとあなたではそれの捉え方が違うようですが?」
「どういうことかね?」
「単純なことなんですけどね、ぼくが礼儀知らずと偽善者が嫌いなだけです。」

シンジの言葉に冬月が絶句する。
確かに反論は出来ない部分が多々あったのは事実だ・・・主に今だ床で気絶している男など、しかしここで引き下がるわけにも行かない。

「シ、シンジ君それはいくら何でも口がすぎるんじゃないか?」
「そうでしょうか?」
「実際,我々は使徒を倒し人類を救ったじゃないか?」
「・・・・・本気で言ってるんですか?」

シンジが苦笑とともに冬月だけでなくほかのスタッフも見回す。
思わず全員がその冷ややかな視線に固まってしまった。

「どう言うことかね?」
「あなた達が何をしたって言うんです?訓練もしていない素人を戦場に送り出したことですか?それとも何の説明もなしに使徒の目の前に出しておいて歩けって指示を出したことですか?まさかとは思いますけれどぼくをエヴァに乗せて敵の前に放り込めばそれだけで勝てると思ってませんでした?・・・戦争ごっこやゲームがしたいなら家に帰ってモニターの中でやってくださいよ。」
「く・・・」

冬月は言葉に詰まった。
シンジが言う事はこれ以上ない正論だ・・・反論の余地がない。
他の職員も今回がどれほど奇跡の積み重ねで起こったことなのかを理解して青くなる。

「それにあなた方は守るべきその人類をすでに2人殺しかけている・・・・」
「「「「「「「「「「「「な!!」」」」」」」」」」」」」
「一人はここで、もう一人は戦場で・・・・・・戦場の子は偶然だったとしても、あの大怪我をした女の子・・・人を説得するためのだしに使うなんて・・・それとも本気で彼女が戦えるなんておめでたいこと思ってなかったでしょうね?」
「う・・・む・・・」

シンジのプレッシャーに冬月は押されていた。

シンジとゲンドウのケージでのやりとりを聞いていた者やモニターしていた者、そして戦闘を見ていた者はいっせいに顔をうつむかせる。
冬月が何とか反論しようと口を開く。

「し、しかし他に方法が・・・」
「もし乗せていたなら出撃しただけでショック死していたでしょうね・・・それで死ななかったとしても・・・知ってました?血液って液体の中じゃ凝固できないんですよ?・・・あのLCLの中にいたら彼女はずっと血を流し続けていたでしょう・・・結果、失血死・・・どの道戦う前に死んでましたよ?」
「しかし、人類を救うためには仕方がなかったんだよ。」
「・・・そこが不愉快ですね。」
「ど、どう言うことかね?」
「彼女たちは人類のために犠牲になるように生まれて来たわけじゃない・・・それとも、あなた達にはその権利があると・・・自分たちの都合で彼女たちの未来を軽んじる権利があるって言いたいんですか?」
「そ、そんな事はないよ・・・」
「当然です。そんな権利、神にも悪魔にもありはしない・・・」

予想もしなかった言葉にみんなの視線がシンジに集まった。
当のシンジは注目されていようがおかまいなしに話しつづける。

「ぼくも、まさかこんな物に乗せられて戦わされるとは思ってなかったですけどね、そんなことはどうでもいいんですよ。ただ現実がぼくの予想の上を行ったってだけであきらめることが出来る。でも大怪我をした女の子を脅迫の材料にしたり、逃げ遅れた子を救助もしないで見捨てるなんて事を許せるほど心は広くないですよ?」

ケージにいる者は皆、少年の言葉に驚いた。
自分に押しつけられた理不尽をどうでもいいと一蹴し、一度しか会ったことのない少女達の理不尽を訴えたのだ
シンジと言う少年の本質を見誤っていたことに皆が気づいたが手遅れだった。

「し、しかし我々も人類を守るために手段を選んでいられなかったんだよ。」
「人類を守る・・・それがあなたがたの免罪符ですか?これはぼくの個人的なことなんですけどね、守るという言葉はぼくにとってとても大きな意味を持ってます。その覚悟も意志もない人に軽々しく使ってほしくはないんですよ。」

何も言うことが出来ない・・・・
身をもって〔守る〕事を実践し盾になる覚悟と傷つけられても〔守る〕事をやめない意志を示した少年・・・・
それに対して自分たちは何をしただろうか?
戦闘では手出しできず、助けるべき人を上司の指示とはいえ見殺しにしようとした。
・・・・・・この差は大きく・・・・重い。

「それでは失礼します。」

シンジは最後にそれだけ言うと冬月を無視して出口に向かう。
誰もシンジを止めることが出来ない。
そんな権利がある人間は一人もいない。

彼の言葉はきれい事かもしれない。
でもとても大事なことだった。
彼はその大事なことを知っていて自分たちは忘れていた。
ただそれだけのとても大きな違い・・・

(いいのかい?シンジ君?)
(すいません、世界の敵のことは必ず何とかします。)
(それだけじゃないんだが・・・・・)

出口の前まで来てあることに気づいたシンジはケージを振り返った。

「葛城さん、あの戦闘に巻き込まれた女の子はどうしました?」
「え?ああ、彼女なら心配ないわ。擦り傷くらいで外傷もないし、今日中には家族のところに帰れるでしょう。」
「そうですか、葛城さん」
「何?」

シンジの顔に感情が浮かぶ。
さっきまでの突き放すようなものではなく、もっと暖かい感情だ。

「二回目にぼくが呼びかけたときにはすぐに反応してくれましたよね?それにスピーカーで助言してくれたこと・・・助かりました。ありがとうございます。」
「わ、私はなにもしてないわ・・・・・」

ミサトの脳裏に、さっきの戦闘で何も出来なかったことが思い出される。
すべてはシンジがしたことだ。
使徒の殲滅も・・・女の子を救ったことも・・・

「そんなことはありません。少なくともぼくは感謝しています。」
「シンジ君?」

ミサトは目の前でかるく笑いながらで頭を下げる少年を見て彼をこのまま行かせてはなら無いと思った。
おもわずシンジのもとにかけよる。

「ごめんなさい、こんな事になるなんて・・・・なんて言えばいいか・・・・」
「いいんですよ、葛城さん。」
「本当にごめんなさい・・・でもこれだけは覚えていてほしいの私たち大人は自分の夢、願い、希望そう言った物をあなたに託すしかなかったの・・・」

シンジのミサトを見る目がいぶかしげになった。

「勝手ですね?託される方の思いは無視ですか?」
「・・・・本当にそうね、いいわけになるけど大人ってあんまり選択肢が残ってないのよ・・・・そして私の選択肢にはあなたに謝ることしか残ってない。ごめんなさい・・・」

そう言ってミサトはシンジに深く頭を下げる。
しばらく沈黙が続きミサトが顔を上げたときそこにはまだシンジの姿があった。
シンジは真剣な表情でじっとミサトを見ている。

「な、何?」
「葛城さん・・・貴女がぼくに託したかった〔モノ〕って何ですか?」
「・・・・・・え?」

ミサトは驚いた
それを話すことは自分の存在意義を話すことになる。
すなわち自分が復讐のためにここにいること・・・
シンジ達を復讐の道具にしようとしていること・・・

それは自分の闇の部分、決して人に知られたくない事をあかすことだ。
うまい方便ならいくらでもあるだろう。
ふざけて煙に巻いてもいい、しかしそれは出来ない。
シンジの瞳がそれを許さない。
この少年は嘘など簡単に見抜くだろう。

そうなれば自分はこの少年とのつながりが完全に切れてしまう。
ネルフなどは関係なく、ミサトはその一点だけを恐れた。

ミサトは自分に選択肢は1つしかのこっていないことを悟る。

「私は・・・復讐のためにここにいるの・・・・」

覚悟を決めて話し始める。
背後で事情を知っているリツコが息をのむのが聞こえた。

ミサトはすべてを話した。
セカンドインパクトの事・・・・・・
死んだ父親の事・・・・・・
父親をどう思っていたかわからなくなり復讐を決めたこと・・・・
復讐のためにシンジ達を・・・・・道具にしようとしたこと・・・・
ミサトが苦しげに血を吐くような思いで話すのをシンジは無表情で聞いていた。
文句も慰めも言わない。

シンジはただじっとミサトの話を聞いていた・・・やがて、ミサトの告白が終わる。

「・・・それがすべてですか?」
「・・・ええ・・・」
「そうですか・・・なるほど、復讐か・・・」

その言葉を最後に沈黙がおりる。
誰も何も言わない、言うことなど・・・出来ない。

つねににぎやかで人あたりのいいミサトがこんな思いを秘めていたとは思わなかった。
いつも無意味に明るい女性それがみんなの認識だった。
あの笑顔の裏にこんな闇があったなんて予想も出来なかった。

ミサトのうつむいた顔をじっと見ていたシンジが口を開く。

「冬月さん?」
「な、何かね?」

いきなりシンジに名指しされたことで冬月があわてた。
唐突に自分に矛先が向いてあわてている。

「この町でぼくが滞在できるところありますか?」
「「「「「「「「「「エ?」」」」」」」」」」

シンジの予想外の言葉にみんなが硬直する。
今までの話からなぜシンジがそんなことを言うのかわからなかった。
普通ならさっさと出て行って二度とここにはこないのが普通だろう。

「シンジ君・・この町に残ってくれるのかね?」
「いくつか条件がありますが・・・・・」
「な、何かね?」
「ネルフに所属はしません。」
「・・・理由を聞いていいかな?」
「ネルフの命令を無視するためですよ。また見殺しにしろって言われても聞かなくていいように、文句でもあるんですか?」
「わ、わかった。ほかには?」

冬月はあわてて了承する。
組織の命令系統としては問題を感じるが、ここで出て行かれるよりははるかにましだ。

「後は危険手当と給料、それと住む所があればそれでいいです。」
「わかった、すぐ手配しょう。」
「前の条件とあわせて契約書を作ってください。いますぐに」
「い、いますぐかね?・・・いや、そうだなすぐに用意してくる。」

シンジの立場ならキチンとした形での契約を求めるのは当然だ。
なんと言ってもシンジはネルフを信用していない。
ミサトの事がなければそのままネルフを去っていただろう。

それにシンジの条件はそれほど無理な話でもない。
むしろその程度の契約でシンジを引き止められるならやすいものだ。
あの戦闘力を手放すのは惜しい。

ここで反論して時間を食うよりこちらが譲歩して契約した方がいいと判断した冬月は部下に書類の作成を指示した。

少しあわただしくなったケージ・・・その中心でミサトはシンジ達のやりとりを別世界のことのように見て聞いていた。
シンジと冬月の会話が終わるのを待って口を開く。

「・・・・・・どうして?」
「何がです?」
「なぜ・・・この町に残るの?」
「"ミサト"さんが信用できる人だと思ったから」
「ど、どうして?」
「さっきの・・・話すの辛かったでしょう?でもミサトさんは嘘をつかず話してくれました。だからあなたは信用できると思った。それだけです。」
「だ・・・・だって私はあなたを自分の復讐の道具にしようとしたのよ?」
「だから?」
「だからって・・・あなたは何とも思わないの!?」

ミサトはヒステリックに叫んでしまった。
シンジの言葉は何一つ理解出来ない。
しかしそれはこの場にいるすべての人間の総意だった。

「"ミサト"さん、ぼくは復讐を勧めるわけではないけど悪いことだとは思いませんよ?自分の本当に大事なものが傷つけられたら恨んで当たり前だと思いますから。」
「で・・・・でも・・・・」
「それにね、ミサトさん?ぼくがここに残るのはあなたが復讐をするために生きてきたって言ったからですよ?」
「え?・・・何で?・・・・」
「簡単に言うと、うらやましいからですかね?」

ミサトだけでなく誰もその理由が理解できなかった。
シンジはそれを感じて笑う。
見ているほうが切なくなるような透明な微笑みだ。

「ミサトさん、あなたは自覚してないでしょうけど・・・・・・あなたはお父さんを愛している。今でもずっと・・・・」
「な、何でそんなことがわかるのよ!?」

ミサトはシンジに向かって叫んだ。
シンジは優しく微笑んだままゆっくり答える。

「言ったでしょう?人は大事なものを傷つけられたとき復讐を考えると・・・ミサトさん、10年以上愛してもいない人のために復讐なんて考えませんよ?あなたの中でお父さんを失ったことはそれほどに大きな事だったんですよ。」
「そんな・・・・・・」
「ぼくはたぶん肉親をそんなに強く思うことは出来ないと思うからミサトさんがちょっとうらやましいんです。」

シンジの母親は亡くなっているし、ケージでのゲンドウとのやり取りを見れば確かに絶望的だ。
ミサトは足に力が入らないのか崩れ落ちて膝立ちになる。
その勢いで目の前のシンジにすがりつく形となった。

「ミサトさん、大丈夫ですか?」
「シンジ君、私があなたのことを道具にしようとしたのは事実なのよ?それは決して許されることじゃないわ。」

ミサトはシンジにすがりながらそう言った。
その体は小刻みに震えている。

「なら・・・ぼくは許しますよ。」
「シンジ君!!」
「碇シンジは葛城ミサトを許します。だから自分を責めないでください。」

その言葉にミサトは泣いた。
赤子のようにただシンジの胸にすがりながら・・・・・・
シンジは何も言わずただミサトの頭をなでているだけだ。

その姿は大人が子供にすがり付いているが全く違和感がない。
まるで宗教画のように見る者の心に暖かい感動を与えた。
マヤなどは感動で泣きだしている。
そしてみんなは理解した。
今このとき一人の復讐にとらわれた女性が解放されたのだと・・・
解放したのは14歳の少年

人はこれほどに強くなれると・・・・・・・

人はここまで優しくなれると・・・・・・・・

人は誰かを支えられると・・・・・・・・・・・

人を動かすのは思いの強さだと・・・・・・・・・

その光景は語っていた。
いずれその強さは他の誰かも救うだろう。


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.05.26 初版)
(2007.06.02 改訂一版)
(2007.09.15 改訂二版)
(2007.12.15 改訂三版)
(2008.06.07 改訂四版)


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