「知らない天井だ・・・・・・ッて知らないのは天井だけじゃないな?どこだここ?」

目覚めたシンジの第一声は疑問詞だった。
どうやらまだ半分寝ぼけているらしい。

(シンジ君、ここは第三新東京市だよ。)
(ブギーさん?ああ、そうでしたね・・・・・)

ブギーポップの言葉にシンジは夢の世界から帰還する。






天使と死神と福音と

第壱章 外伝 〔暁のテスタメント〕

presented by 睦月様







ネルフの経営する病院、その廊下に病人服を着たシンジがいた。
かなり疲れた顔をしている。

(昨日は疲れましたよ。赤木さん徹底的に検査するんだもんな・・・)
(まあ、実際かなり怪しいのは事実だし、調べたくなるのはわかるよ。)
(・・・・・・それにつきあうのはぼくなんですが?)
(仕方ないさ、何せ僕は居候の身だしね?)

ブギーポップの声からは楽しんでるような印象を受ける。
シンジは少しすねた。

(そう言えば、赤木さんがシンクロ率が0になった事を気にしていましたね?)
(ああ、そう言えばそうだったね・・・・・・あれはいくら検査してもわからんよ。)
(何でですか?)
(シンクロが0になったのは僕に代わってからだろう?)
(・・・・・そうですね)
(僕はエヴァとシンクロしていない。だからシンクロ率はでない。)

シンジの頭に疑問符が浮かんだ。
ブギーポップは結果しか話していないので話が見えない。

(意味わかりませんよ?シンクロしないでどうやって動かしたんです?)
(僕がシンクロしていたのは君だ。)

シンジはブギーポップの言葉を総合してみる。
ブギーポップは初号機にシンクロしていない・・・シンクロしているのはシンジだと言う・・・その結果初号機は動いた・・・ということは?
ひらめくようにあることに思いいたった。

(・・・・・・・ああ、なるほど・・・・)
(気づいたかい?僕とシンクロしているとき君は一種のトランス状態にある。その状態で僕が体の主導権を得るわけだが、この状態でエヴァとシンクロした場合シンクロしている君を通して僕がエヴァを操る様わけだ。)

つまりシンジは初号機との導管と言う事になる。

(ややこしいですね?直接操ることは出来ないんですか?)
(無理だね、本来の僕にはエヴァを動かすことは出来ないだろう。僕が表にでていながら意識を保っていられる・・・君という存在のイレギュラーがあって初めて出来ることだよ。)
(複雑ですね・・・・ )
(トランス状態の君は半分眠ったような状態だ。だから君の脳波にあわせてシンクロを測定していた器械は0を示したんだろうね。)

シンジはその言葉に納得した。
たしかにそれなら理屈も通るしネルフにわかるわけがない。
もっともその分シンジは疑われるだろうが・・・面倒を押し付けられるのには慣れている。
いやな慣れだ。

(それにしても非公開組織ネルフか・・・得体が知れないですね・・・・)
(確かに・・・・)

さすがに国際レベルの組織が世界の敵にかかわっているとは思わなかった。
そもそも、組織や集団の相手は二人とも専門外なのだ。
しかも今回は世界の敵ではなく普通の人間相手になるだろう。

(世界の危機だけでもやっかいなのに今回は人間まで相手にしなきゃならないとは・・・)
(そのことだが、今回ちょっと加勢を頼もうと思う。)
(は?加勢?誰にです?)

シンジの目が丸くなる。
それほどにブギーポップの言葉は意外だ。
長い付き合いの二人だがブギーポップにそんな知り合いがいたとは知らなかった。

(古い友人さ、もっともあっちはそうは思ってないだろうが。)
(そんな人がいるなんて知りませんでしたよ?どんな人です?)
(それは・・・・・・・・シンジ君、右だ。)

言われた通り右を向いたシンジの目にストレッチャーに乗せられた見覚えのある少女が映った。
ケージで出会ったレイと呼ばれる少女・・・

彼女が目の前を通るときシンジはほほえんで手を振った。
それに気がついたレイにわずかな変化が起こる。

(今、彼女少し驚いていませんでした?)
(僕にもそう見えたよ?)

やがて過ぎ去ったストレッチャーに一人の男が駆け寄る。
どうやら少女を心配しているようだ。
男の名は六分儀ゲンドウと言う。

(・・・えらくうさんくさい光景ですね・・・)
(確かにね、自分の道具は大事にする方なんじゃないか?彼は・・・・)

あのゲンドウがレイに声をかけている。
事情を知らなければ感動はしないまでも悪い気はしないがゲンドウという人間を知るシンジにとっては白々しいだけだ。
やがてレイから顔を上げるとゲンドウは自分達をじっと見ているシンジの方を一瞥し、目をそらすと少女に付き添って歩き出した。

(警戒してるみたいだね?)
(獣じゃあるまいに・・・そんなに怖いんですかね?)
(無理もないんじゃないか?彼にとっては本当に得体が知れないだろうから・・・・)
「実の息子に対してあの態度はないわよねーー」

不意にかけられた言葉に振り返るとミサトが立っていた。
あきれた顔でゲンドウの後姿を見送っている。

「ミサトさん、ぼくはあの人と縁を切ったんですがね?」
「そうね・・・でもね親子の縁ってなかなか切れないものよ?それこそ死ぬまで続くかもよん。」
「重みがありますね?経験者は語るですか?」
「そうね、経験者だから語るのよ。」

そう言って二人は笑った。
内容の重さに比べて軽い笑い声が二人の口から漏れる。
それはかげりのない自然な笑みだった。

「シンジ君これからどうする?もう退院しても問題ないんだけど?」
「ええっと、とりあえずさっきの彼女のお見舞いに・・・・そう言えば彼女は誰なんです?」
「あり?紹介してなかったかしら?」
「紹介も何もケージ出会ったときは大怪我、さっきは通りすぎただけ・・・・・誰も何も言わなかったですよ?」

思い出せばシンジの言うとおりだ。
問題ありまくりの初対面を思い出したミサトは引きつった笑いに冷や汗をたらす。

「ゴミン、彼女は最初のチルドレン、ファーストチルドレンの綾波レイよ。彼女は実験中の事故で大怪我を負ってしまったの。」
「綾波レイ・・・・」
「シンジ君と同じ年よ?気になる?」

ミサトは茶化すような口調でシンジをからかった。

「ああ、とても気になるね・・・」
「え?」

ミサトはその声がひどく自動的に聞こえた。
あわててシンジの顔を覗き込むがそこにあったのは変わらないシンジだ。

---------------------------------------------------------------

病院の一室で一人の少女が物思いに耽っていた。
彼女の名前は〔綾波レイ〕ファーストチルドレンと呼ばれるエヴァンゲリオンのパイロットの一人だ。
彼女は今、ケージでの出来事を反芻している。

「あの人は誰?何で私を助けたの?私には代わりがいるのに・・・・」

レイはケージで自分のことを助けた名も知らぬ少年に興味を抱いている。
自覚していないが他人に興味を抱くこと自体、この少女には珍しいどころか初めてのことだった。

自分のためにゲンドウに対し抗議した少年・・・・・
自分のことを気にかけてくれた少年・・・・・
自分を守ってくれた少年・・・・

レイにとって彼は未知の存在だった。
今までなんの打算もなく純粋に彼女を助け、心配してくれた人は初めてだった。

「あの人は・・・・誰?」

レイは完全に自分の感情をもてあましていた。
自分の中に理解できない感情があるのがわかる・・・・・。
それがあの少年に原因があるのも分かっている・・・・・。
そしてその感情はけして不愉快なものではない・・・・・・。
さっき出会ったときはいきなりすぎて何も出来なかった・・・・・。
彼ならこの感情の意味を知っているかもしれない・・・・・
しかしこの感情の名前すら彼女は知らないのにどう聞けばいいのかわからない・・・

レイは再び思考のループに入っていく。
彼女は知らないが、それは誰かに守られるという事への安心感、あるいは喜びの感情だった。

「レイ、いる?」

不意にかけられた声にレイは扉の方を見る。
声の主は彼女の返事を待たずに病室に入ってきた。

「大丈夫?」

声の主は葛城ミサト、自分の上司だった。
ベットの横でレイを心配そうに見下ろしている。

「問題ありません・・・・・」
「そう?でも無理しないでね?女の子なんだから傷なんて残ったらたいへんよ?」

そう言ってミサトは笑いかける。

「・・・?」

レイは目の前の上司の笑顔に違和感を覚えた。
”何が”とははっきり言えないほどの微妙な違和感だ。
彼女が笑っているのは何度か見たことがある。
しかし、その時の笑顔とは何かが違うような気がする。

「今日はあなたに紹介したい人がいるのよ。」

レイがミサトの違和感の理由を考えていると一人の少年が病室に入って来る。
それを見たレイは自分が硬直するのを自覚した。
その人物はケージで自分を助け、先ほどすれ違った名も知らぬ〔彼〕だったからだ。

「彼の名は碇シンジ、サードチルドレンよ。」
「よろしく、綾波さん。」

そう言ってほほえんだシンジの顔はケージで見たあの優しい微笑みだった。

---------------------------------------------------------------

シンジは正直困っていた。
目の前のレイは自分をじっと見たまま視線をそらさない。
なぜか自分に対し興味を持っているいるようだがシンジには覚えがなかった。
今回で会うのはこれで二回目だし、前にあったケージで何かした覚えもない。
だが目の前の少女は自分のことを何も言わずにじっと見ている。
顔立ちが綺麗なレイに無言で見つめられ続けるのはちょっと怖いかもしれない・・・シンジはどう対応していいかわからなかった。

ちなみにミサトはそんなレイの様子に何を思ったのか「じゃー後は若い人たちだけでよろしくねん」と言う台詞を残して席を外している。
最後に振り返った時の笑みが面白がっていることを雄弁に語っていた。

「あなた・・・・・碇司令の息子?」
「え?」

いきなりの質問にシンジは間抜けな答えを返してしまった。
まったく前後の脈絡が無い。
ただ思いついたから聞いたと言う感じだ。

「さっきあなたの名前・・・・・碇って・・・・・」
「ああ、なるほど・・・ぼくはあの人の〔元〕息子だよ。」
「元?どう言うこと?」
「昨日のケージでの話聞いてい無かった?そういえば君は気絶してたっけ・・・あの人とは縁を切ったんだよ。それと、今あの人は碇じゃなく六分儀って名前になってるんだ。」

レイはその言葉が信じられなかった。
自分にとって唯一の絆・・・それを生まれたときから持っていたこの少年はそれを捨てたという・・・・・・・理解できなかった。

「どうして?」
「何が?」
「あなたは司令と親子でしょう?どうしてそんなことをしたの?」

レイは自分のすべてが否定されたような気になりシンジにきつい視線を向ける。
シンジはレイの疑問に中途半端な答を返してはいけない気がして自分の中の感情を表す言葉を慎重に選ぶ。

「綾波さん・・・親子ってなんだろう?」
「?・・・血の繋がった関係・・・絆で・・・結ばれた人たち・・・」
「絆か・・・確かにそう言われることが多いよね、でもねぼくはちょっと違うと思うんだ。」
「どうして?」

レイの不思議そうな顔にシンジは頷くと子供に聞かせるようにやさしく語った。

「ぼくはね、家族や親子って言うのは家族や親子になった人たちのことだと思っているんだ」
「・・・・わからない・・・・・」
「つまりね血が繋がっているだけじゃ家族にはなれないんだよ。たとえば親を殺す子供や子供を殺す親・・・・・彼らは家族や親子と呼べるだろうか?」

シンジの言葉を聞いたレイは首を振った。
家族や親子とは絆で結ばれた者達、殺しあう者達に絆があるはずが無いと思うからだ。

「そうだね、その反対に赤の他人でも家族のようになれる。結婚すれば夫婦、あるいは義理の父や母、義理の兄弟とかね・・・彼らは血が繋がってないけれど努力してお互いを理解し合うことが出来る・・・・それは家族と言えないかな?」

シンジの言葉をレイは考えるが結論は出ない。
少々高度すぎるようだ。
ただ戸惑うばかりのレイにシンジは結論を求めなかった。
早急に答えを出す必要などない。

「血が繋がっていることに胡坐をかいているだけじゃすぐに絆は切れてしまう。」
「絆が・・・切れる?」
「ぼくたちの場合はあの人が10年前に家族になることから逃げたんだ・・・そして昨日完全に放棄した。」
「司令が?」
「ああ、君が重傷なのにエヴァに乗せようとしたよね?そんなことをする人間をぼくは家族とは認められない・・・まあそんな感じでぼくがあの人を父親からクビにしたんだよ。」

レイは驚いた。
この少年は自分のために父親との絆を断ちきったのだ。
しかもそのことをまったく後悔していない。

たとえあのまま死んだとしても自分には代わりがいる。
自分の命にその程度の価値しか見いだせないレイには自分のために父親との絆を断ちきった少年がわからなくなった。
今まで出会ったことの無い完全に未知の存在だ。

「それに逆を言うと絆なんて歩み寄ることが出来ればすぐに作ることが出来るんだよ?ぼくと君にだって作れる。」

その言葉を聞いたレイはしばらく考えた。

(絆を結ぶ・・・血のつながりの無い他人・・・血の繋がらない親子・・・血の繋がらない兄弟・・・そして・・・)

何を思ったのかレイの顔が真っ赤になる

「・・・・・・・私と結婚したいの?」

病室の外で何かが盛大にこけた音がする。
外に大きなネズミがいるらしい・・・あるいは出歯亀か・・・あとで絞めておこう。

「・・・・・・違うの?」

レイが少し沈んだ声で聞いてくる。
何を残念がってるのか気になるところだが追求すると話が脱線しそうだ。
シンジはなんとか衝撃から復活すると苦笑して話しかけた。

「い、いきなり結婚は早いんじゃないかな?」
「そう?・・・よくわからない」
「ある意味、究極の絆だけどね・・・でもまずは簡単なところから行こう。」
「どうするの?」
「綾波さん、ぼくと友達になってくれないかな?」
「友達?」
「そう友達、だめ?」

レイはシンジの手を不思議そうに見つめる。

「命令ならそうするわ・・・・」
「命令?そんなつまらないものじゃないよ。ぼくはファーストチルドレンじゃなく綾波レイという一人の女の子と友達になりたいんだ。」
「私と?」
「そうだよ」
「でも私はファーストチルドレンだわ・・・それは変わらないし、私には他に何もないもの・・・」
「それが君の絆?誰との?」
「皆との・・・エヴァに乗ることが私のすべて・・・」
「・・・・・そんなことはないよ。」

シンジはベットに近づくとレイの頭に手を乗せ子供にするようになでる。
レイは最初驚いたが抵抗せずシンジが頭をなでるままにした。

「綾波さん、エヴァのパイロットとしての綾波さんは確かに存在するよ?でもねそれは君のほんの一部でしかないんだよ?」
「い、一部?」
「そう、人はね・・・皆いくつかの自分を持っている。肩書き、性別、他にもいろいろ、そのすべてを含めて一人の人間が成立しているんだ。何か特定の事や物のために存在しているわけじゃない。」
「わ・・私には・・・・・」
「綾波さん、ぼくにとっては同じ年のかわいい女の子って言うのも本当なんだよ?」
「な、何を言うのよ?」
「ほら、もうパイロットの君は綾波レイの半分になった。」

レイはいつもは白い肌を真っ赤にしてうつむいた。・・・・恥ずかしいらしい。
シンジもかなり恥ずかしかったがここで退いたらさらに恥ずかしいことになる。
ここまで来たらやるしかない。
思わずにやけそうになる顔を引き締めて話を続ける。

「綾波さん、君はエヴァに乗るために生まれてきたわけじゃない。パイロットの才能なんて君という存在のおまけみたいなものなんだよ?」
「わ・・・私は・・・」
「何度でもぼくは言うよ?君はエヴァのためにあるんじゃない・・・・他の誰が言おうと君はエヴァだけがすべてじゃないと・・・君がいくら否定してもぼくがさらに否定する。」

レイは自分の中に何かが生まれたのを感じた。
何かがこみ上げてくる、押さえきれない思い
その思いは彼女の瞳からあふれた。

「これは・・・・涙?・・・・なぜ私は泣いてるの?」
「綾波さん?その涙は不愉快?」
「いえ・・・・なぜか暖かい・・・・・」
「それはたぶん君が今嬉しいと思っているからじゃないかな?」
「嬉しい?・・・そう私は今嬉しいのね?」
「人は嬉しいときにも涙が出るんだよ・・・・」

そう言ってシンジはレイの傷にふれないように頭を自分の胸に引き寄せる。
レイはどうしたらいいのかわからなくてされるがままだ。

「大丈夫だよ、ぼくがそばにいるから・・・・泣きたいときには泣いた方がいい・・・・」

レイはもう涙をこらえることが出来なかった。
この少年はファーストチルドレンではなく綾波レイをみてくれる。
エヴァのパイロットとしてだけでなく自分のすべてを見てくれる。
今まで知らなかった感情が自分の中にあふれて止まらない。
この人なら・・・自分を受け入れてくれるかもしれない・・・受け入れてほしい。
それは一人の少女が初めて抱いた夢・・・・

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人類を守る砦として存在するネルフ本部・・・・その1室において始まった会議は闇の中で行われた。
薄暗い室内に6人の人物が浮かび上がる。

「使徒再来か・・・あまりに唐突だな」
「15年前と同じだよ。災いは何の前ぶれもなく訪れるものだ」
「幸いとも言える。我々の先行投資が、無駄にならなかった点においてはな・・・」
「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ。」
「さよう、いまや周知の事実となってしまった使徒の処置、情報操作、ネルフの運用は全て適切かつ迅速に処理して貰わんと困るよ?」
「その件に関しては既に対処済みです。ご安心を」

出席者はすべてゼーレと呼ばれる組織に属する老人達・・・・・・
例外は彼らに詰問されているネルフ総司令〔六分儀ゲンドウ〕だけだ。

「しかし、碇君・・・ネルフとエヴァ・・・もう少し上手く使えんのかね?」
「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した初号機の修理代。国が一つ傾くよ?」
「聞けばあのおもちゃは君の息子にあたえたそうではないか?」

ゲンドウの表情がわずかにゆがむがすぐに無表情に戻る。
その変化に気づいたものはいない。

「しかも、君の息子は偉く反抗的だそうだな?子供の手綱一つとれんのかね?」
「その息子に捨てられ、名前まで改名させられたと聞く。」
「お言葉ですが」

ゲンドウが老人達の会話に割り込んだ。
本来なら無作法にあたるがこれ以上関係ない話に付き合うのは時間の無駄だ。
まだ戦闘の事後処理も残っている。

「シンジが初号機に乗るのはシナリオにあったことです。それを考えれば状況は我々のシナリオの上にあります。」
「しかし、あの戦闘力はどう説明する?本来あの使徒は初号機の暴走によって殲滅されるはずだった。しかし結果はあのざまだ。」
「シンジが予想以上に適性があったと言うことでしょう。それに使徒殲滅に関してあの力は我々に有利に働きます。」
「むう・・・・」

確かに計画の第一段階はシンジを初号機に乗せること、これは果たされている。
暴走によって初号機の本能に働きかけることが出来なかったのは残念だが、これに関しては運の要素がかかわってくるため確実に成功する保証はなかった。
それに、シンジのあの戦闘力・・・もし有効に使えるなら計画にとってはプラスに働く。

「いいだろう、しかし君の任務はそれだけではあるまい?人類補完計画・・・これこそが、君の急務だぞ」
「さよう。その計画こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ。・・・我々のね。」
「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」

バイザーをかけた老人・・・キールの一声で会議は終了した。

「では、あとは委員会の仕事だ」
「六分儀君、ご苦労だったな」

そう言って老人が次々に消えた。
どうやらホログラムだったらしい。
後にはキールとゲンドウが残り、二人は黙って見つめ合う。

「忘れるな、おまえがシナリオを作る必要はない。」
「わかっています。すべてはゼーレのシナリオのままに・・・・」
「後戻りはできんぞ・・・・・裏切るなよ。」

その言葉とともに室内はゲンドウを残して完全に闇に沈んだ。

闇の中でゲンドウは実の息子の事を考える。
シンジが怖かった
あの力も、揺るがない意志も自分には持ち得ないものだ。

何より・・・・・・・・息子は〔彼女〕に似ている。
シンジの顔が彼女に重なる・・・自分を受け入れてくれた彼女に・・・
彼女の面影があるシンジが自分を叱責したときには彼女に言われたたような錯覚さえ覚えた。

・・・・出来れば会いたくなかった。
彼女が今の自分を見たらなんと言うだろう?
少なくとも・・・・拒絶されるのは間違いない。
シンジが彼女の言葉を代弁するような、そんな気がする。
しかし、ゲンドウは戻れない・・・・・彼女に再び会う・・・彼にはもうそれ以外の選択肢はなかった。

・・・・・・・・誰もが病んでいる。

---------------------------------------------------------------

シンジはベットに眠るレイを見ていた。
彼女はあまり感情を表したことがなかったのだろう。
いきなりの感情の発露につかれて眠ってしまった。

「・・・・・・」

シンジはレイの額に手を当て【canceler】を発動する。
レイのからだが一瞬ふるえた。

(彼女の怪我の状況を【canceler】で直したのかい?)
(はい、とりあえず全治一週間と言ったところまで・・・・これなら傷の治りが早い位で疑われないでしょう?)

シンジはレイの安らかな寝顔を確認するとを起こさないように病室を出た。

「お疲れさま」

シンジが扉から出たところで横の壁により掛かっていたミサトが声をかけてきた。
それを見返すシンジは半眼だ。

「ミサトさん、立ち聞きはよくないですよ?」
「ゴミンね?なんか入りずらくってね〜〜〜〜〜」
「嘘でしょう?綾波さんの答えにずっこけた音・・・聞こえましたよ?興味津々で聞いていたんでしょう?」
「う゛・・なははごめんね〜〜〜〜〜」

シンジはため息をついた。
ミサトには悪気はないらしい。
ただ、年のせいかすこし好奇心が強いようだ。

「ん?今なんか失礼なこと考えなかった?」
「いえ、べつに・・・とりあえず退院の手続きを取りに行きますね?」
「そうね、私も行くわ。」

シンジとミサトは手続きのために受付に向かうことにした。
二人は並んで歩き出す。

「シンジ君、住む所どうするの?一応ネルフの用意した個室があるけど?」
「う〜〜ん、とりあえずそこに行きましょうかね?」
「そう?個室はネルフの本部の中にあるわ。」

それを聞いた瞬間シンジの足が止まった。
なぜか困った顔をしている。

「?シンジ君どうかしたの?」
「まずいですね・・・・・」
「ど・・・どうして?」
「本部内にいると司令と鉢合わせしたときに殴ってしまうかも・・・・」

ミサトは冷や汗をかいた。
どうやらケージで言ったことは本気だったらしい。
今でもシンジは隙あらばゲンドウを殴るつもりだ。

レイの前で殴らなかったのはさすがに場所や人目くらいは選ぶと言うことだろう。
怪我や病気を治すための病院で怪我人を出すわけには行かないというくらいの配慮はしているようだ。

「シ、シンジ君?それなら家に来ない?」
「?どう言うことですか?」
「一応あなたは中学生だし、保護者は必要でしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・ミサトさんが保護者になると?」
「そうよ〜〜〜ん、良い考えだわ早速実行しましょう。」
「はあ?ミサトさん?ちょっと・・・」

ミサトはシンジの言葉を無視して携帯をとりだした。
記録している番号にかけるまで一秒
即断即決、とにかく早い。

「あ、リツコ?・・・・シンジ君のことだけど私の家に一緒に住んでもらおうと思うの。」
「え?なんでって・・・そうね「パイロットと指揮官のスキンシップは重要」と言うことにしといて・・・」
「だから手続きだけお願いしたいのよ・・・・・」
「え?・・・・・そうね、別に飢えてないけれどシンジ君ならアリかもね。じゃそう言うことで。」

最後の言葉を言いきると返事を待たずに携帯を切った。
文句を言わせないつもりだ。
シンジに振り返った顔は笑っている。

「よ〜〜〜し、これでおっけー」
「なにがですか?特に最後の言葉は気になりますよ?」
「気にしなくていいわよ?こっちのことだから。」
「ミサトさん?小学生の時の通信簿に人の話を聞きましょうとか書かれませんでした?」
「・・・・・・・・・ソンナコトナイワヨ?」
「その間はなんです?しかも片言なのはなぜ?」
「そんなことはいいから行きましょう。気を使わなくていいわよ?」
「いや、気を使うのはあんただろ?」
「シンジ君、往生際が悪いわよ?」

そう言ってミサトはシンジの襟首を引いて受付に向かう。
なぜかシンジにも振りほどけない。

「だからぼくの話を聞け〜〜〜〜〜〜〜〜」

シンジの言葉はミサトに完全に無視された。
BGMはドナドナと言うことで・・・・・

---------------------------------------------------------------

シンジはミサトの青いルノーに乗って町を走っている。
あの後、何とかミサトを説得してマンションの隣の部屋を用意してもらう事に成功したが、部屋が用意されるまでの数日はミサトの部屋にやっかいになることになった。

さすがにこれ以上わがままを言うわけには行かず、シンジのほうが折れることになった。

「・・・・・・」

助手席のシンジは窓の外に視線を向けているが風景を見ているわけじゃない、考えているのはレイの事だ。
あの透明な心を持つ少女のことを考えていた。

(彼女の事、どう思います?)
(子供だね、どういう育てられ方をしたのか知らないが、精神的にはとても不安定な子だよ。)
(・・・・・・・彼女はなんなんでしょう?)

それは最も重要な問題だ。
使徒と、そしてエヴァと同じ気配を持つ少女
彼女の真実はシンジ達にとってもレイにとっても重要で避けては通れない・・・それ次第でこれからの彼女との付き合い方が変わる。

(たぶんだが、使徒と関わりがあるんだろうね・・・)
(世界の敵・・・ですか?)
(まだわからない・・・・彼女は世界の敵になる才能を持っている。しかしまだ世界の敵になるかどうか彼女は選択していない)
(もし彼女が世界の敵になったら?)
(その時は【僕】の仕事だ。)
「シンジ君」

不意に運転していたミサトが話しかけてきた。
シンジが横目で運転しているミサトを見ると真剣な顔をしている。

「なんですかミサトさん?」
「彼女を・・・レイの事をお願いしたいの・・・・」
「どう言うことですか?」
「あの子は人との付き合い方を知らないわ、彼女の過去は抹消してあって、調べることが出来なかった。たぶんそこに理由があるんだと思うけれど・・・・・今あの子が心を開いているのは司令と・・・・あなただけなの・・・」
「それをぼくにどうしろと?」
「特に何をしろって訳じゃないのよ・・・・ただ、病室であなたが言っていたようにあの子の友達でいてあげて・・・・・・」

シンジとミサトの会話はそこでとぎれた。
時刻は夕日によって空が赤く染められる時間
車は町を一望できる小高い丘の上の公園に止まる。

「なんですかここ?」
「ちょっちつきあって 」

そう言ってミサトは車を降りた。

シンジもミサトに従って車を降りると公園の縁まで行く。
そこから見えたのはほとんど平らな地面の第三新東京市だった。

「寂しい町ですね・・・・・・」
「そろそろ時間ね。」

ミサトの言葉を合図のように今まで平らだった町の所々でハッチが開きそこからビルが出てきた。

「すごい、ビルが生えてくる・・・・・」
「これが要塞都市第三新東京市・・・・あなたが守った町よ・・・・」

シンジはその言葉を聞いても別にどうと言うことはなかった。
そんな物のために賭けられるほど安い命じゃない。

「ミサトさん、ぼくはこの町を守った気はありませんよ?それはついでですから・・・」
「ついで?」
「そうです。ついでですよ、ぼくがあのとき守りたかったのは綾波さんや戦場で逃げ遅れたあの子ですから。」
「耳が痛いわね・・・・・」

ミサトは苦笑するしかなかった。
シンジにも責める気がないということがわかるので余計にきつかったりするのだがそれくらいは大人が担うべきだろう。

「でも、ついでで町一つ救うなんて大物ね?シンジ君は?」
「ミサトさんにはかないませんよ?何せ復讐ついでに世界を救う気だったんでしょう?」
「・・・・・・・そう言われればそうね、私って案外大物だったのね?」

ミサトは笑う。
まさか復讐のことを笑い話に出来る日が来るとは思わなかった。
復讐を捨てた訳じゃない・・・そんなに単純なものではないのだが・・・・・今ではそんな自分も受け入れられるような気がする。

ミサトは自分の横にいる少年を見た。
不思議な少年だ。
会ってまだ一日しか経っていないのにこの子を信頼している自分がいる。
自分の半分も生きていない少年のはずなのに・・・これが人徳という奴だろうか?

「シンジ君・・・・・・ごめんね・・・・・」
「どうして謝るんです?」
「使徒のこと、レイの事みんなあなたに押しつけて・・・」
「・・・・・・ミサトさん?」

ミサトはうつむいていた顔を上げシンジを見ると自分を見つめる視線とぶつかった。

「いいんじゃないですか?あなたは葛城ミサトであって碇シンジじゃない、あなたはあなたにしかできないことをすればいい・・・・・」
「で、でも私は「大事なことは」・・・・え?」
「大事なことは、ぼくに依存しない事じゃないですか?頼ってくれるのは嬉しいですけどね、でも万が一ぼくに何かあったときにはミサトさん達がぼくを支えてくださいね?」

そう言ってシンジは微笑む。
ミサトはこのとき気がついた。シンジは強い、しかし必ず勝つとは断言できないのだ。
その時は自分たちだけで何とかするしかない・・・その時シンジに依存していてはいけない。
彼は自分に引っ張られる存在ではなく隣に立ち共に歩むものになれと言っているのだ。

「シンジ君・・・私・・・また逃げていたのね?・・・・・・全く、いやになるわね、負け犬根性が染みついているのかしら?・・・・・すぐに人に頼って・・・」
「いいんじゃないですか?人に頼ったって・・・一人で出来る事なんて本当は少ないのかもしれませんよ?」
「でも・・・」
「そんなに気になるんならひとつ約束しましょうか?」
「約束?」
「そうです、ぼくはエヴァに乗ってミサトさんの復讐に手を貸す。その代わりミサトさんは復讐以外の生き方を見つける。」
「え?」
「使徒を倒してしまったらミサトさんは目標が無くなってしまうでしょう?その時のために何か見つけといてくださいよ。」
「シンジ君・・・・・」

ミサトは泣きそうだった。
この少年に会ってから涙腺が緩くなったような気がする。
もし自分が死ぬときはこの子の幸せのために死ぬのも悪くない。
そのためにはこの子を死なせてはならない、自分達が出来ることでこの子達を守ると決めた。
この少年にもレイにもそしてドイツにいるあの子にも未来が必要だ。
ミサトのなかに復讐以外の戦う理由が生まれた。

「シンジ君?」
「なんですか?」
「あなたには何か目標があるの?」
「もちろんありますよ。とりあえず来年ですね。」
「来年?」
「来年は受験生なんですよ?受験勉強しないといけないから何とか今年中に終わらせたいですね?」
「受験ね〜〜〜〜〜いっそのこと私の所にお婿さんに来て永久就職しない?」
「・・・・・・・・・・・・・遠慮します。」

そうして二人は笑った。
夕暮れ時の公園で交わされた約束・・・・
茜色の空と紅に染まる地面の間で交わされた約束・・・・・・
一人の女性と一人の少年が交わした誓い・・・・・
   

それは・・・・・・聖なる・・・・・・・・・暁のテスタメント

---------------------------------------------------------------

追伸
この後ミサトの家に招待されたシンジが見たものはとんでもなく散らかった部屋だった。
その中でミサトのペットの温泉ペンギン、ペンペンとのファーストコンタクトなどのイベントが発生したりしたが何よりまず部屋をどうにかしないとならない。
とりあえずシンジが掃除をしている間にミサトが料理を作ることになったのだが・・・それが悲劇の始まりだった。

とってもご機嫌なミサトが・・・
かなり念入りに時間をかけ・・・・
えらく自信ありげに出した料理を食べた瞬間・・・・・・
シンジは卒倒した。

ちなみにシンジが食べたのは・・・・・・・カレーだったりする。
これを聞いた親友のRさん

「無様ね!!」

どちらのことだろう・・・カレー一口でダウンしたシンジとシンジをノックアウトしたミサトのカレー・・・明らかに後者だと思うが。

この一件でミサトには〔使徒を倒した少年を倒した女〕と呼ばれ、それは75日続いた。






To be continued...

(2007.05.26 初版)
(2007.06.02 改訂一版)
(2008.06.07 改訂二版)


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