天使と死神と福音と

第弐章 〔人の強さ、神の強さ〕
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presented by 睦月様


第三新東京市にはネルフ経営の大病院が存在する。
使徒との戦いが苛烈になればなるほどパイロットを初めとした怪我人は増えていく。
それを見込んで当初からこの国でも有数の技術と機材を詰め込んだ大病院は必須だったのだ。

そして、その病院の一室で綾波レイは人を待っていた。

「・・・・・・」

待ち人の名は碇シンジ
彼女は自分でもなぜ彼を待っているのか理解できない
退院の許可はとっくに出ているのでここにいる理由はなかった
体は全快していると医師が太鼓判を押している。
レイには詳しい事は分からなかったが医師が驚異の回復力と言っていたし、自分でも体が全快している事が自覚できる。

本来ならさっさと退院して訓練に参加するべきなのだが・・・レイはなぜかその気が起きない。
理由はわかっている・・・・彼の存在だ。
十日ほど前にいきなり現れ・・・・自分と絆を結びたいと言った人・・・碇シンジ

あの日以来、シンジは毎日見舞いに訪れた。
レイが退院をぐずっているのはただシンジが・・・

「退院の日は迎えに行くよ。」

と言っていたからだ。

少なくともここで待っていればシンジに会える。
それを思い出すたびレイは自分の鼓動が早くなるのを感じたが、なぜそうなるのかは絶対的に経験の不足したレイにはわからないことだった。
退院すれば今までのように頻繁に彼に会うことはないだろう。

レイがぐずぐずしているのはそう言う意味もある・・・本人は自覚していないが・・・

コンコン

不意にノックの音が響き、自動でドアが開いて待ち人来る。

「お待たせ綾波さん、待たせたかな?」
「問題ないわ。」
「そう?それじゃ退院しようか?」
「ええ・・・」

レイの返事を聞くとシンジはレイの荷物を持って歩き出した。
シンジの後ろをレイは無言でついていく。

「とりあえず今日は病み上がりなんだから訓練はないよ。綾波さんの家に荷物を持っていこうか?」
「・・・・・・問題ないわ。」

シンジ達は病院の玄関を出るとレイの家に向かって並んで歩き出した。
前を歩くシンジはレイのほほに赤みがさしたのに気がつかない。

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「・・・・・・マジで?」

シンジは目の前の光景に呆然としていた。
ここに来るまでにいやな予感がしていたのはたしかだ。

なぜか人気のない郊外の方に行くし、やたらと周りが荒れた感じがあった。
そして目の前にあるものはその予感が正確に的を射ていたことを示している。
当たっていても全然嬉しくないが・・・・・・・

「綾波さん?本当にここにすんでる?」
「?・・・・・そうよ?」

シンジはその言葉に最後の砦が崩れたのを悟った。
目の前にあるのは取り壊し寸前の廃墟ビル
周りを見渡しても人の気配はない寂しい場所だ。

「家・・・・見せてもらってもいい?」
「?・・・・問題ないわ。」

シンジは自分の予想が外れることを願ったが・・・おそらく当たるだろう。
自分もはずれるなんてまったく思ってない。
シンジは現実主義者なのだから・・・案の定、その予想は見事に当たる。

むき出しのコンクリート・・・・・・
なんの変哲もないパイプベット・・・・・
ベットの横にあるダンボールに入った血まみれの包帯・・・・・
床につもったホコリにはベットと出口や台所の間に足跡がある・・・・
女の子以前に人の住む環境じゃない・・・・

「・・・・綾波さん?食事はどうしているの?」
「?、栄養カプセルで補給しているわ。」
「・・・・・・・」

シンジは沈黙するしかない。
どこから突っ込みを入れていいか迷うほどだ。
少なくともまともじゃないことだけは間違いない。

(・・・・・・・何考えてるんだ?)
(たぶんよけいな感情を育てないためだろう?道具に意志はいらないと言う事じゃないかい?)
(そのためにこんな所に?・・・・・・ふざけたことを・・・・・)

レイに見えないように怒りの表情を浮かべたシンジはレイに向かって一歩踏み出そうとした。

(・・・・・シンジ君、やめた方がいい。)
(な、なぜですか?)
(君は彼女をここから連れ出すつもりだろう?そして自分で引き取るつもりだね?)
(当然じゃないですか!?なぜ邪魔をするんです!?)
(確かに彼女を連れ出すことは簡単だよ?でもそこに彼女の意思はあるかい?)
(それは・・・・)

シンジは口ごもる。
確かにここから出したいと言うのはあくまでシンジの意思だ。
レイの意思ではない。

(おそらく彼女がここにいるのも誰かに言われたからだろう?ならば君が彼女を連れだしたところで彼女の意志がなければまた誰かに言われてこの部屋に戻ってくるんじゃないか?)

反論は出来ない。
短い付き合いだがレイに感情や自分の意思が薄いのは確かめるまでも無く分かっている。
彼女を引き寄せてもそれが彼女の意思で無いなら意味が無いのだ。

レイに明確な意思が無い限り風船のように状況に流されるだけだろう。

(・・・・・ぼくには何も出来ないんでしょうか?)
(君は君に出来ることをするべきだね、わかっているんだろう?)
(・・・・・そうですね・・・・)
「綾波さん」

シンジに自分の名前を呼ばれたレイが反応する。
対するシンジは不満や怒りを無理やり押し込んで勤めてにこやかに笑う。
レイに今の感情を悟られたくは無い。

「何?」
「とりあえず掃除しよう。」
「掃除?何で?」
「ホコリとかがつもった部屋なんて衛生的によくないよ?綾波さんは病み上がりなんだからよけいによくない。ぼくも手伝うから一緒にしよう?」
「・・・・・わかったわ。」

シンジはとりあえずゴミを集めることにしたがその時ベットの横にあるサイドテーブルに壊れたメガネを見つける。
そのメガネにゲンドウの名前があるのが見て取れた。

(・・・・・・・やはり・・・・あの人か・・・・・)
(シンジ君?たとえ血が繋がっていても君とあの人は別の人間だ。君が後ろめたく思うことはない。)
(・・・・・・はい)

シンジはメガネを無視すると再び掃除に戻る。
もくもくと掃除を続けていると部屋の中が徐々に片付いて行く。
そうして二人は一時間ほどかかってゴミを捨て、埃を拭って何とか”殺風景な部屋”にまですることが出来た。

「さて、ひととおり終わったかな?綾波さん?」
「何?」
「今日はこれから予定はないでしょ?退院祝いにぼくのうちで食事しない?」
「食事?」
「そう、だめかな?」
「問題ないわ。」
「そう?よかった。」

そう言ってシンジは笑いかける。
レイはその笑顔をケージ以来、何度も見ているがまったくなれない。
今もまた自分の顔が赤くなるのを感じていた。

「さあ、行こう・・」

シンジはレイの手を取って歩き出した。
手をつながれた方のレイは混乱しているがシンジはお構いなしだ。

(なぜ手をつないだだけでこんなに鼓動が早くなるの?でもこの手は・・・・・暖かい・・・・・)

シンジは真っ赤になって自分を見るレイに気づかないままレイと手をつないで部屋を出ていった。

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コンフォートマンション17
シンジとミサトのすんでいるマンションだ。
レイを連れて来たシンジはミサトの家の前に立っている
シンジの家はミサトの家の隣だが、シンジはなれた手付きで扉をカードキーで開けて中にはいる。

「やあペンペン、ただいま。」
「クワワ〜」

家に入ったシンジ達を一匹のペンギンが出迎える。
ミサトのペットの温泉ペンギン、ペンペンだ。
片手の翼を上げてシンジに挨拶をしたペンペンの動きが止まる。
どうやらペンペンはシンジの後ろにいる人影に興味があるらしく、じっとそのつぶらな瞳でレイを見た。

「紹介するよ彼女は綾波レイ、綾波さんこの子はミサトさんのペットの温泉ペンギンのペンペンだよ」
「・・・・よろしく」

レイはそう言ってペンペンが差し出した手と握手した。
なんとも微笑ましい。
シンジはそれを見ながら夕食の準備にかかる。

「碇君、何で葛城一尉のペットがいるの?」
「ん?ここがミサトさんの家だからだよ。」
「?・・・・何で碇君の家じゃなく葛城一尉の家で食事を作るの?」
「そ、それは・・・・」

ジンジの脳裏に十日前のことが思い出される。
あれ以来ミサトに台所に立つのを禁止した。
もし拒否するならエヴァヘの搭乗拒否まで考えていたがシンジがミサトの家で朝夕に食事を作ることで妥協案が出て落ち着いたのだ。

・・・何か間違っている気がしないでもないがあのカレーを生産されるよりはるかにいい・・・

その時にシンジのカードでミサトの家の鍵を開けられるようにしてもらっている。
それ以来食事はシンジの仕事になっていた。
しかもミサトの家事能力は絶望的で最近は掃除もシンジの仕事になりつつあるのは困ったものだ。

しかし、レイに本当のことを話せば・・・・ミサトが哀れだ・・・

「・・・・・一人で食べるより一緒に食べる方がおいしいからだよ。」
「一緒に?」
「そうだよ、もうすぐミサトさんが帰ってくるはずだから一緒に食べよう。」
「わかったわ・・・」

かなり方便が入った気がするが些細なことだろう。
問題ない・・・はずだ・・・というかそういう事にしとかないといろいろまずい。

シンジが夕食を作り終わる頃、玄関の扉が開いてミサトが帰ってきた。

「ただいま、シンちゃんいる〜〜」

脳天気な声で部屋の中に入ってきた。
すでにシンジが夕食の用意をしているのは彼女にとって基本らしい。
居間に入ってきたミサトがレイに気づいた。

「あれ?何でレイがいるの?」
「ぼくが退院祝いに誘ったんですよ。」
「・・・おじゃましてます。葛城一尉」
「それよりもすぐ夕食ですから着替えてきてください。」
「は〜い、レイゆっくりしていってネン!」

そう言って部屋に入ったミサトが着替えて戻ってくると食事が始まった。
レイは他の人との食事など初体験なので少々緊張しているらしい。
夕食の献立は野菜炒めとみそ汁、帰りにレイが肉はだめだと聞いたシンジが肉抜きの野菜炒めを作ったのだ。

ちなみにシンジの料理の腕はかなりのものである。
5歳から半分一人暮らしのような生活をしていたため年季が入っているのだ。

「さて、食べようか?」
「レイ〜〜〜シンちゃんの愛情のこもったご飯、味あわないとだめよ?」
「・・・・・・いただきます。」

食事中はミサトが場を盛り上げてにぎやかなものだったが、それになれてないレイはとまどうばかりだ。
シンジはその光景を見てほほえんでいる。
これが家族と言うものなのだろうか?

程なく食事も終わり、食事の後片付けをしていたシンジは冷蔵庫からビールを取り出そうとしているミサトを見つけた。

「ミサトさん、ビール飲む前に綾波さん送ってきてくださいよ?」
「え?・・・・そうね、じゃ行きましょうか。」
「ハイ・・・」
「シンちゃん後かたづけよろしくね。」
「いいですよ。」

ミサト達を送り出した後、扉が閉まると同時にシンジの表情が消えた。
意味もなくミサトにレイを送らせたわけではない。

「・・・・・・・ミサトさんには辛いかもな・・・・・」

シンジは食事の後かたづけが終わった後、椅子に座って・・・ただ待った。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・一時間ほどたったとき、外からルノーのエンジン音が聞こえてきた。
シンジは無言で立ち上がり、冷蔵庫からビールを一本取り出す。
程なく玄関の扉が開いて青い顔のミサトが入ってきた。

ミサトは部屋の中にシンジを確認すると目線だけで問いかけてくる。
何を言いたいのかはシンジにも分かる。
シンジはその視線を受け止め・・・・ただ・・・・うなづく。
それを見たミサトの顔がさらに青くなったような気がした。

「・・・・・・」

シンジは無言でビールを掲げてみせた。
ミサトはそれを見て首を振り、自分の部屋に入っていく。
かなりショックだったらしい。

(・・・・知らなかったですまないこともある・・・・・か・・・)

シンジはため息を一つつき、居間の電気を消すとビールを冷蔵庫に戻さずにそのまま持って外に出る。
ミサトの家の鍵を閉めた後、自分の家には入らずマンションの屋上に足を向けた。

屋上に出たシンジは端の手摺まで行き、寄りかかって空を見上げる。
今夜は満月らしい・・・・丸い月が瞳のようにシンジを見下ろしていた。

プシ!!

シンジは青白く光る月を見上げながら手に持っていたビールのタブをあけ、一気に半分ほど飲んでしまう。

「・・・・・・・何でも思い通りになんて出来るわけないんだけれど・・・・」

シンジの言葉に応えるものはいない。

シンジはあいてる方の手を見る。
自分には力がある・・・・・・
でもそれは万能とはほど遠い・・・・・
現に自分はあの少女を見守ることしかできない・・・・・

「・・・・・・それでも願ってしまうのは傲慢でしょうか?」
(すべての可能性はまず求めることから始まるよ。シンジ君?)
「・・・・・彼女は・・・・未来を望むでしょうか?」
(彼女には支えてくれる人が必要だ。今のままでは彼女は自分の道を選べない・・・誰も新しい道を彼女に示してあげて無いからね)

シンジは後ろを振り返り柵に背中を預けた。
目の前の地面には背後の月に照らされて自分の影が黒く長く伸びている。
まるで・・・・死神のようだ・・・・・・シンジは苦笑してビールの残りを一気に喉に流し込む。

「・・・ならぼくは彼女のために<道>を作りますよ。」
(彼女が敵になるとしても?)
「彼女が選ぶ道は彼女だけのものです・・・・・でも結構分のあるかけだと思いますよ?」
(あの日の君のようにかい?)

シンジの脳裏にあの運命のよるが思い出される。
セピア色の・・・何よりも大事な思い出

「・・・・・・・そうですね、あのときぼくは選ぶことが出来た。それは<道>があったからです。彼女にも選べる<道>を・・・」

シンジは空缶を真上に放り投げた。

キン!!

缶が落下する前に空間をワイヤーが走り、缶をいくつかのパーツに切り分ける。
さらに落ちてくる破片に対し人差し指と中指を伸ばし、銃のような形にした右手を向けた。
指先から衝撃破が巻き起こり、空缶の残骸をのみこむ。
後には何も残らず・・・・ただブギーポップだけがそこにいた。

ブギーポップはすべてを確認するとシンジに戻り屋上の出口へと足を向ける。

真夜中に開かれた死神の舞・・・
誰にも見られず・・・
誰にも聞かれぬ・・・
観客はただ蒼銀の月のみ・・・

この日から少女は少年と死神の加護を受けることになる。
しかし、それは誰も知らない真夜中の出来事・・・・・・

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一週間後

「はい?学校?明日から?」
「そうよ〜ん、もう手続きは終わってるわ。」

葛城家の居間で夕食の片付けをしていたシンジはミサトの言葉に驚いた。
無理も無い、この町に来てずっと実験でネルフに入り浸っていたのにいきなり明日から学校に通えといわれればそりゃ驚く。

「いきなりですね。」
「あなた達はまだ義務教育を受けないといけないでしょう?」
「いや、それはいいんですけど。何で昼間言ってくれなかったんですか?」

ミサトはシンジから視線をそらしてあらぬほうを見る。
どう見ても怪しい。
明らかに挙動不審だ。

「・・・・・・・」
「・・・・何で視線を逸らすんです?って言うかこっちを見て話してくださいよ?」
「ま、まあいいじゃない!とにかく明日から登校よん!!」

シンジはミサトの正面に回りこんでさらに視線をそらそうとするミサトの頭をアイアンクローで固定する。
指がギリギリとミサトの頭を締め上げてシンジのほうを向かせた。
ちなみにシンジは素手でリンゴを潰すくらいの事は出来る。

「あだだだ!!シンちゃん!!痛いってば!!!」
「・・・・・忘れていたんですね?」
「う゛っ・・・」
「正直に言ってください・・・・・忘れていたんですね?」
「・・・・・・ゴメンナサイ・・」

案の定だ。
シンジもいいかげんミサトのパターンと言うものを把握出来てきた。

「まあ・・・当日の朝言われるよりいいですけどね・・・」

シンジはミサトの頭を離すと片付けに戻った。
このあたりは慣れたものだ。
いちいち目くじらを立てる事でも無いし、立てていたらきりが無い。

「で、でもね転校先の学校はレイと同じなのよ?」
「レイと?」

シンジの言葉に第3の人物・・・・レイが反応した。

なぜ彼女がここにいるかというと・・・・毎日ミサトが夕食につれてくるからだ。
あの夜以来、毎日ミサトはレイを夕食によんで食べ終わったらみんなでレイを家まで送る。
そんなやりとりがこの一週間続いていた。

その途中にシンジはレイを名前で呼び、レイもシンジを名前で呼ぶようになっている。

「レイもシンちゃんと学校に通いたいわよね?ね?」
「・・・・・よくわかりません。」
「ミサトさん、レイに話を振ってごまかそうとしても無駄ですよ?」
「う゛う・・・・」

ミサトは退路を断たれていじけた。
シンジはそんなミサトをスルーしてレイを見る。

「とりあえずレイとは明日から同じ学校に通えるみたいだね?」
「・・・・・そうね・・・・」
「それなら明日からぼくがレイの分もお弁当を作っていくよ。」
「お弁当?」
「そうだよ、ぼくのお弁当はいや?」

レイはその言葉に首を振った。

「シンジ君の作る料理はおいしい。」

シンジはレイの言葉を聞いてほほえむ
レイはこの一週間で少しずつ自己主張が出来るようになってきた。
まだ少しだけれど彼女は自分の意志を持つことを学んでいるようだ。

レイがミサトの家に初めてきた次の日、シンジはミサトに釘を刺しておいた。
ミサトの性格からレイを無理矢理にでも引き取りたいと言うのは目に見えていたし、それでは彼女が自分の意志であの部屋を出たとは言えない・・・ミサトは渋ったがシンジの思いの深さにはうなずくしかなかった。
その代わり、ミサトはレイを連れ出して外に目を向けさせるようにしている。
あの部屋に出来るだけ返したくないんだろう・・・ありがたい人だと思う。

「そうだ、レイ?今日はうちに泊まっていかない?」
「?・・・・この家に?」
「そうよ、シンジ君は学校までの道を知らないの、だから明日道案内してほしいのよ。着替えとかは用意するから、おねがいできる?」
「・・・シンジ君?そうなの?」

レイをあの寂しい部屋に返したくないと言うミサトの思いがみえみえだったがシンジは素直に嬉しく思った。
これに乗らない手は無い。

「そうだね、出来れば道案内してくれると嬉しいな」
「わかったわ、明日は一緒に行きましょう。」
「ありがとうレイ」

シンジは笑顔とともに感謝の言葉を贈った。

それを見たレイの顔が赤くなる。
シンジの笑顔はいつもレイに暖かい何かを与えてくれる。
まだ彼女はそれが何かわからないが・・・・・・・

そんな二人を見つめる悪魔一匹

「そうねーーーん、案内するならうちよりシンちゃんの家に泊まった方がいいかしら?」

三人の時が止まった。
シンジがミサトの方を見ると角としっぽとコウモリのはねが見えたという。

「な、何言ってるんですか?」
「あらー?シンちゃんたらレイに何かするつもりなのね?私と住んでいたときは何もしなかったのに・・・やっぱり若い方がいいのね?」

ミサトはわざとらしい嘘泣きを始めた。・・・・・・楽しんでやがる・・・

「そー言う意味じゃないでしょう?大体、保護者のくせに何言ってるんですか!?」
「そりゃ保護者としては子供の性徴・・・・もとい成長を促すのは当然じゃない?」
「なわけあるか!、親父みたいな事言って・・・今日何本飲んだんです?」
「失礼ね、まだ十本よ。車は出せないわよん!」
「くっそ最初から泊めるのは予定のうちか!?何無駄なところで作戦部長の才能を使ってるんですか!?」
「いいじゃない?」
「よくないでしょう!?」

ジト目でミサトを睨むシンジの袖が引っ張られた。
見るとレイが上目遣いで見ている。
はっきり言って激烈にかわいいが・・・。

「シンジ君?私が泊まると邪魔?」
「え?い、いや・・・」
「レ〜イ〜?シンちゃんはね、レイが魅力的だから自分が襲っちゃわないかって困ってるのよ〜」
「シンジ君?そうなの?」
「あ〜〜〜〜っと・・・・」

レイが赤くなって照れてるのを見ながらシンジが答えられずにいると・・・・

「仕方ないわね〜〜〜〜じゃあシンちゃんもうちに泊まって三人で一緒にねましょう。レイもそれでいいわね?」
「???????はい?」
「いいわけあるか〜〜〜〜!!」

こんな関係もまたいいものだ、そうミサトは思う。
気の置けない関係・・・・リツコ達以来かもしれない。
もっとこの子達と共に歩んでいきたい。

翌日、自分の家で食事をして出ていくシンジとレイを見ながらミサトが優しい目をしていたのは彼女だけの秘密。

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「第二から来ました碇シンジです。これからよろしくお願いします。」

シンジは言葉とともに笑顔を浮かべた。
ここは第一中学2−A組、シンジの転校先の学校だ。

今、シンジは教壇に立ち自己紹介をしている。
教壇から窓際の席にレイが座り自分を見ているのを確認したシンジは最高の笑顔で答えた。
基本的に落ち着いたシンジの雰囲気は並の大人をしのぐ・・・・
その最高の笑顔とは・・・・・クラスの男女問わず一部を除いて虜にした。
その時ある生徒のめがねとカメラのレンズが光ったのに気づいたものはいない。
この後、シンジの写真が第一中学において多量に取り引きされることになる。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
シンジはぼんやり授業を聞いていた。
休み時間のたびに質問責めに会ってちょっとお疲れ気味なようだ。
授業内容は数学のはずだが・・・・なぜかセカンドインパクトの体験談になっている。

(お疲れのようだね?)
(そりゃ、相手は何人もいるのにこっちは一人ですから、でも妙に女子の数が多い気がしたのは気のせいでしょうか?)
(・・・・・気づいてないのかい?)
(何がですか?)
(・・・・いやいいんだ気にしなくていい。)
(?・・・そうですか?)

ブギーポップは笑いそうになるのをこらえるのに大変だった。
冗談でもなんでもなく、自分に向けられる好意に気がついていない。
本当に飽きない少年だと思う。

(ところでブギーさん?)
(なんだい?)
(ネルフの言っていたセカンドインパクトの真実・・・どこまで本当だと思います?)
(・・・・・よくて半分以下かな?)
(結構具体的ですね?理由は?)
(簡単だよ、セカンドインパクトの時僕は浮かんでこなかった・・・そして今僕はここにいる・・・・それが答えだよ。)

ブギーポップの答えにシンジが顔をしかめる。

(・・・・・よくわかりません、なぜそれが理由になるんですか?)
(使徒がネルフの地下にあるアダムと言う使徒と接触すればサードインパクトが起こる。それが<世界の危機>なのは間違いない、僕が浮かび上がった理由はそれだ。しかしセカンドインパクトの時は僕は浮かんできていない・・・・君がいなかったとかそういうことは関係ないよ?)
(・・・・・・・・まさか・・・・)
(君も本当はわかってるんだろう?ただの爆発で世界を壊すことは出来ない・・人が何人死んでしまおうと・・・世界はそこにあり続ける。そしてその世界を壊すモノ、変質させるモノが<世界の敵>であり、壊し、変質させる行為が<世界の危機>だ。)

ブギーポップの言葉とその特性・・・世界の危機に反応して現れるということを考えればセカンドインパクトのときに出てこなかった理由はひとつしかない。

(つまり・・・・セカンドインパクトは<世界の危機>ではなかったと?)
(ご名答、おそらく誰かがちょっかい出したのが原因だろうね?)
(・・・・・ミサトさんのお父さんか)
(たぶんそれが真実だね、彼女に言うかい?)
(うそも方便、知らぬが仏・・・そんな言葉がありますよ?真実を知るにしてもまだ早い)
(・・・・君は優しいね)

シンジがブギーポップと話していると自分の端末にメールが届いた。

【イカリ君があのロボットのパイロットって本当?】

シンジが周りを見回すと後ろの方の席で女子が二人手を振ってる。
しかしシンジは難しい顔だ。

(・・・・・・・これは・・・・・・そういうことか・・・・)
(小細工している奴がいるね・・・・・・)

端末に再びメールが来た。

【本当なんでしょう?】

シンジは少し考えると体をひねって斜め後ろの席にいるレイを見た。
レイは窓の外を見ていてシンジが自分を見ているのに気がついていない

(・・・・・きっかけぐらいにはなるか?)

シンジは端末に向き直り「Y」と入力した。

「「「「「「え!!!」」」」」」

次の瞬間、教室中の生徒が立ち上がりシンジに詰め寄ってきた。
どうやら公開チャットでみんな見ていたらしい。

「ちょっとみんな!!今は授業中よ!!」

お下げの女の子が注意するがだれも聞いちゃいない。
続々とシンジの周りに集まっていく。

「ええ! 本当!?」 
「どうやって動かすの!?」
「なんで選ばれたの?試験とかあった?」
「あの敵はいったいなんなの?」
(機密だだ漏れじゃないか・・・)

シンジはみんなを落ち着かせるのに苦労した。

「詳しいことは言えないけどね、あれはエヴァって言って綾波さんも同じパイロットなんだよ。」

その言葉に全員がレイを見る。
とうのレイはいきなり自分が注目されて少し驚いていた。
女子を先頭に半分くらいがレイに歩み寄って質問する。
レイも何とか答えようとしているようだが普段冷たい感じのレイがあわてているのは珍しいらしく、とても新鮮で皆に好意的に受け取られているみたいだ。

それを見ていたシンジに、周りの人垣を分けて黒いジャージの少年がでてき手シンジの前に立つ。
他のミーハーな野次馬とは違う。
何か思い詰めた顔をしていた。

「・・・転校生、オマエがあのロボット動かしとったちゅうのはほんまか?」
「?・・・一応そうだよ?」
「ほうか、すまんが昼にちっと顔貸してくれ」
「かまわないけど?」
「すまんな・・・・」

そういって少年は教室を出ていく。
皆はそのやりとりに口を挟めず黙っていた。

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昼休み
シンジはジャージの少年につれられて歩いていた。
転向してきたばかりのシンジは目の前のクラスメートとはもちろん初対面だし、こうやって呼び出される覚えは無い。

(いったい何なんでしょうか? )
(転校生を校舎裏に呼び出すのはセオリーじゃないかい?)
(偏見ですよそれは)
(冗談だよ、それより後ろのメンバーはなんだろう?)

シンジは気づかれないように後ろからついてきている気配を探る。

もちろんブギーポップも気がついている。
気配の消し方から見て諜報員などではなく素人だ。

しかし、プロだろうがアマだろうが尾行されているのは間違いが無いので気分は良くない。

(・・・・3人ですね?)
(一人は知り合いだな、綾波さんだよ)
(レイ?何でだろう?)

転校したてで呼び出しを食らうのも意味不明だがレイに尾行されるのも同じくらい訳が分からない。

やがてシンジ達は裏門にたどりついた。
周りには誰もいない・・・一応隠れているつもりの三人を除いて・・・

「それで、なんのようかな?」
「ああ、スマン。ちょっと待っとってくれ、ここにおるはずなんやが・・」

ジャージの少年は周囲を見回す。
誰か探しているようだ。

しばらく待っていると門の影からランドセルをかけた小学生の女の子がでてきた。
かわいい子だが何故中学校にこんな子が来るのか分からない。
しかも呼び出された理由と無関係でもなさそうだし

「あれ?」

シンジが疑問の声を出す。
よく見れば目の前の子に何となく見覚えがあった。
どこで見たのかはよく分からないが

「自己紹介がまだやったな?ワイは鈴原トウジ、こっちが妹のナツキや。」
「こ・・・こんにちは・・」

女の子はシンジを見てはにかんでいる。
シンジも応えて笑顔を向けた。

「え・・・ッとナツキちゃん?碇シンジですよろしく、どこかで会った事あるかな?何となく見覚えあるんだけど?」
「そりゃそうやろう?転校生が助けてくれたんやから。」
「助けた?ぼくが?」

その一言でナツキの顔と記憶が一致する。
思い出したのは初号機での戦闘の途中で見た子供の姿

「・・・・・・ああ、あのとき足下にいたあの子?」
「そうや、あのとき妹とはぐれてしもうてな・・・後でネルフの人たちに連れられて帰ってきたときは無事な姿みれて泣きそうやったわ。」
「あのときはありがとうございました。」

シンジは中腰になるとナツキと同じ視線になる。
ナツキはいきなり真っ正面から見られて恥ずかしがっている。

「無事でよかったよ。あんな状況だったからね、擦り傷ぐらいだって聞いてはいたんだ。」
「ほんまに感謝しとるんや、聞いたらロボットが自分を護ったって言うやないか?そうじゃなければどうなっていたかわからん。おとんもわしもごっつ感謝しとるんや。」
「大したことじゃないよ、ナツキちゃんが無事なんだからそれでいいさ、ね」

シンジはナツキにほほえんで頭をなでた。
その微笑みを真っ正面から見たナツキはさらに赤くなる。

「いや、それじゃわいの気がすまんのや。何かわいに出来ることで恩返しがしたいんや。」
「え?う〜〜んそれじゃあぼくの友達になってくれない?まだ引っ越してきたばかりで友達いないし、ナツキちゃんも友達になってくれるかな?」
「そ、そんなことでいいんか?」

トウジは感激していた。
妹を救ってくれた恩人には感謝してもしきれない。
妹の話だとかなり危ない状況だったそうだがそれなのに恨み言を言うでなく妹のことを心配してくれている。

なかなか出来る事じゃない・・・・・・
その彼が自分と友達になってほしいという。
断る理由などなく、自分からお願いしたいほどだ。

「よっしゃ、今日からわいらは親友や。わいのことはトウジでええ」
「わかった、ぼくのこともシンジでいいよ。ナツキちゃんもよろしくね。」
「は、はいシンジさん。」
「ところで学校はいいの?」
「はい、今はお昼休みなんです。」
「そっか、それならみんなでお昼ご飯にしない?」
「お、いいな、そうしようやないか。ナツキも一緒に来るか?」
「うん!!」

シンジは二人の意見を確認すると背後を振り返った。

「というわけで一緒にどうだい?」

シンジの言葉に3人の男女がでてきた。
今までずっと隠れていたらしい。

「何やケンスケ?委員長まで、きとったんかいな?」
「ああ、悪いと思ったんだけどな、トウジの雰囲気がおかしかったんで・・・」
「わ、私は委員長として・・・・」
「いや、まそれはいいんやが・・・・何で綾波までおんねん?」
「わ、わたしわ・・・・」

レイは狼狽した。
自分でもなぜここにいるのかわからない。
シンジが呼び出されるのが気になってついてきたのだが、そもそもなぜ気になったのか説明が出来なかった。

「トウジ?みんな心配してついてきてくれたんだよ?それよりも早く昼ご飯食べないと時間無くなるよ?」
「え?おお、そうやなまずは飯や。ナツキおまえも一緒でええか?」
「うん!」
「碇、遅れたけど俺の名は相田ケンスケ、トウジとは腐れ縁さ。ケンスケって呼んでくれ。」
「碇君?私は洞木ヒカリ、クラスの委員長をしてるわ。よろしくね。」
「こちらこそよろしくケンスケ、洞木さん。」

そう言って皆で食事をするために歩き出したが、シンジはレイが立ち止まってるのに気づいた。

「どうかしたの?」
「なぜ?」
「何が?」
「なぜ私はここにいるの?」
「・・・・・レイが自分でここに来たからじゃないの?」

単純な話だという感じにシンジはレイに聞いた。
何か面白そうに微笑を浮かべている。

「わ、私は・・・」

レイはシンジの言葉に答えるころが出来ない。
困惑したまま、レイはシンジを見る
応えるようにシンジもレイを見返した。
赤と黒の視線が交差してお互いをつなぐ。

「レイがここにいるのは命令?」
「・・・・・・違う。」
「ならそれはレイがここに来ることを選んだからだよ?」
「私が選んだ?」
「レイはさ、もっと自分でいろいろ決めて良いと思うよ?誰かに言われるんじゃなく自分で選んで決めるんだ。」
「私が・・・・決める?」
「そうだよ。」

シンジはレイに手を差し出した。

「まずはここから始めよう。ぼくたちと一緒にお昼ご飯を食べない?」

レイはその手をじっと見ていた。
数秒後その手を握り返す一つの手があった。

シンジは満面の笑顔で答え・・・・・二人は友人達の元に歩き出す。
この日からレイには昼を友人達と、夜は葛城邸で食事するという習慣が生まれた。
それは小さくても少女が選んだ一つの<道>・・・・・・






To be continued...

(2007.06.02 初版)
(2007.09.08 改訂一版)
(2008.06.21 改訂二版)


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