天使と死神と福音と

第弐章 〔人の強さ、神の強さ〕
V

presented by 睦月様


数日後、第一中学の屋上でシンジ達は食事をとっていた。
参加メンバーはシンジ、レイ、トウジ、ケンスケ、ヒカリの5人だ。

「そういえば、綾波さんのお弁当って碇君と同じ取り合わせなのね?」
「おう?言われてみるとそうやな?シンジ何でや?」

シンジ達以外で唯一料理が出来るヒカリがシンジとレイの弁当の内容が同じと言うことに気づいた。
同時にトウジもそれに気がつく・・・どうやらうまいと言うこと以外気にしていなかったらしい。
シンジが箸を止めて説明する。

「ああ、それは両方ともぼくが作っているからだよ。」
「はあ?何でシンジが綾波の分まで弁当作ってきとるんや?・・・・まさかおまえら・・・・イヤ〜〜ンな感じ?」
「・・・・・・何考えてるのか大体わかるけど違うよ?レイは一人暮らしなんだ。だからいつも一緒に夕食をとったりしてるんだよ。」
「・・・そういうのは半同棲って言うんや無いか?」

この発言に何人かが吹き出した。
あわてたヒカリがシンジに詰め寄る。

「い、碇君本当なの?」
「・・・・委員長落ち着いて、トウジ何時二人だけって言ったんだよ?」
「ちがうんかい?」
「家の隣に一応上司の人が住んでてね、その人と3人で食事しているんだよ。」
「そうなんか?」
「綾波さん本当なの?」
「ええ、いつも葛城さんと一緒に食べてるわ。」

その言葉に皆が安堵して再び食事が再開される。
シンジはあえてミサトの事を具体的に言わなかった。
言えばおそらく・・・・・収拾がつかなくなる。

「なあ、シンジ」

一段落して食事に戻ると今まで黙っていたメガネの少年・・・・ケンスケが話しかけてきた。

「ノーコメント!!」
「な、まだ何も言ってないじゃないか!!」
「何度目だと思ってるんだか?エヴァの事は話せないって・・」

シンジは少々あきれた視線でケンスケを見る。
ここ数日で何度も交わされたやり取りだ。
そしてシンジの答えも同じ。

「良いじゃないかちょっとだけでも。」
「そういうわけにはいかないよ、ネルフは非公開組織なんだから機密をぺらぺらしゃべれる訳ないだろう?。大体何でそんなこと知りたいのさ?」
「そりゃ、あこがれるじゃないか?巨大ロボット兵器のパイロットなんて、俺もエヴァに乗ってみたいな〜〜」

ケンスケの瞳が輝いている。
おそらくは子供番組のヒーローのように思っているのだろう。
なまじ現実に存在して近くにあるものだから・・・ひょっとしたら自分も手が届くんじゃないかと思ってしまうのは仕方の無い事かもしれない。

「・・・・漫画の見過ぎだよ。そんな良いものじゃない。」
「なんでだよ?巨大ロボットに乗って人類を護る英雄になれるんだぜ?」
「あのさ?英雄になる前に戦死するって選択肢はないの?・・・[[ピルルルル]]・・・・緊急呼び出し?・・レイ!?」
「ええ、行きましょう・・・・」

シンジとレイは自分たちの携帯に届いた緊急呼び出しを確認すると屋上から駆け出していった。
このコール音が意味するものは一つしかない。

「シンジ達も大変やな〜〜〜」
「・・・・そうね〜〜」

シンジとレイを見送ったトウジとヒカリは自分たちの後ろで何かを考えているケンスケには気づかなかった。

---------------------------------------------------------------

学校の校庭まで走ってきていたシンジ達は校門から学校の中に入ってくる白いシビックを見た。
運転席には・・・・リツコがいる。

シビックはミサトばりのドリフトでグラウンドを削りながらジンジ達の目の前に横づけすると扉を開いた。
科学者と言ってもあのミサトの親友だ・・・なかなか侮れない。

二人が飛び込むように車内に入り、扉を閉めてシートベルトを締めた瞬間、再びシビックは砂埃をあげ急発進した。

「意外ですね?リツコさんが迎えに来てくれるなんて?」
「実はね、今日は非番で帰る途中だったの。この近くで緊急呼び出しを受けたものだからついでにね・・・」
「そうですか、ご愁傷様です。」

車には助手席にシンジ、後部座席にレイが乗り込んでいた。
二人ともかなりの急発進にも涼しい顔だ。
心臓の強さは並じゃないらしい。

「そういえばリツコさん、聞きたいことがあるんですけれど?」
「何かしら?」

リツコは運転しながらシンジの質問に答える。

「ぼくらパイロットの情報ってどのくらいのレベルの機密なんですか?」
「そうね・・・Sランクの機密よ、なんで?」
「・・・・転校したその日にパイロットじゃないかって言われましたよ?Sランクの機密ってそんなに簡単に外部に漏れるものなんですか?」

リツコの顔色が変わった。
シンジはその横顔をじっと見ている。

「どうやらリツコさんは知らなかったみたいですね?」
「・・・・・どう言う事かしら?」
「普通はエヴァに中学生が乗って戦っているなんて思いませんよ?漫画じゃあるまいに、よくてパイロットの身内と思うのが普通です。・・・それなのにいきなりパイロットなのか?って聞いてきました。」

たしかにかなり無茶のある話だ。
エヴァ=シンジなどそれを事前に知っておかない限り直接繋がらない。
だとすればその点、子供がパイロットだと言う事実も含めて情報が漏れていたことになる。

「どう答えたの?」
「パイロットだって言いましたよ。毎回使徒が来たときにいないんじゃごまかしきれないでしょう?」
「・・・・・そうね・・・」

リツコは厳しい顔になった。
たしかにシンジの対応は間違っていない。
本来なら情報がもれるなどあってはならないことだが漏れてしまった後と言うことなら今後のことも考え、シンジ達の正体を明かしておくのはやぶかさではない。

「それでですね、その情報元はどこかと言うことなんですが。ネルフじゃないんですか?」
「な、なんでそう思うのかしら?」
「中学生に機密が漏れるほどネルフがザルなのか?それともわざとわかりやすい所に情報を置いたのか?って事です。外部の人間がそんな事するメリットはないし、仮にも国連の組織がそんなに無能とは思えない・・・・・その点、生徒の親はたいていネルフ関係者でしょう?情報を手に入れやすい人たちと言えますよね?」

実際、情報元はケンスケがネルフ職員である父のパソコンから情報を失敬してきていたことだ。

「一番あからさまだったのはレイがパイロットだって事がかけらも漏れていなかったのにぼくがパイロットだって事がしっかり漏れていたことですね、この差に意図的な物を感じるのはぼくの気のせいですか?」
「・・・・・理由がないわ・・・」
「ありますよ。」
「・・・・・何かしら?」
「ぼくがでていかないように外堀を埋めるためでしょう?ぼくはネルフに所属していない、しかもネルフはぼくに干渉できないから第三をでていこうとすれば止められない。エヴァがどんなに強くても動かせないなら意味がないですよね?」
「・・・・・・」
「要するにここで友達を作ればその子達を護るために乗るだろうし、もし乗らないなら友人をたきつけて間接的に非難できる。そのために情報を流しておくのはネルフにとってメリットじゃないですか?」

リツコは答えられない。
いつもながらシンジの論には穴がなかった。
はっきり言ってシンジの持つ能力は他の二人とは別次元にある。
手放すという選択肢は実務的、情報機密的にあり得ない。
それに・・・そんなことをしそうな人物に心当たりがある。

「シンジ君?ネルフの人間が情報をリークしたとして、誰がしたと思う?」
「簡単ですよ。中学生に小細工や茶番はしても面と向かって”お願いします”って頭を下げることも出来ない臆病者でしょう?」

リツコは観念した。
すべて見通されている。
やはりこの少年に小細工は通用しない、むしろ逆効果にしかならない。
大人の浅知恵でどうにかなる相手ではないのだ。

「お父さんのことが信じられないの?」

硬直した会話に後部座席のレイが話しかけてきた。

「う〜〜ん、逆に信じられるところ探す方が大変なんだけどね、さらにこんな小細工までされるとすでに信頼云々のレベルじゃないよ。レイは信じられるの?」
「ええ、私には他に信じられる人がいないもの・・・・」
「ぼくは信じられない?」
「そ、それは・・・」

シンジの答えにレイが詰まる。
どうやらシンジとゲンドウの間で板ばさみになっているらしい。

「・・・なんでそんな事を言うの?」
「ぼくはレイを守るよ、ちなみに拒否権はなしね?・・・信じてくれる?」

シンジはそういってレイに笑いかけた。
たちまちレイの顔が赤くなる。

「う、うそ・・・」

リツコはそんなレイの表情を見て驚いて・・・ハンドルを切り損ねようとした。
車が蛇行して事故りそうになる。

「・・・危ないですよ、リツコさん!使徒と戦う前に死んじゃいますって!!」
「ご、ごめんなさい」

いつもクールなレイとリツコを知る者が見れば二人の変化に驚くだろう。
レイは顔を赤くしてうつむいているし、リツコは事故を起こしかけて青ざめている。
なかなか見れない光景だ。

「レイ?」
「何?」
「ぼくは臆病者が誰かって言わなかったけど?」
「うっ・・・・」
「ふっ、無様ね」

何とかいつもの調子を取り戻したリツコはネルフに向かってアクセルを踏み込んだ。

---------------------------------------------------------------

ネルフ本部のメインモニターには第4の使徒、コードネーム【シャムシエル】が映っていた。
まるでイカのようなシルエットが宙に浮かんで悠々と第三新東京に迫っている。
何となく海の中じゃないだけでシュールな構図だ。

「司令の居ぬ間に第四の使徒襲来。意外と早かったわね」
「前は15年のブランク。今回は、たったの三週間ですからね」
「こっちの都合はお構いなしか・・・女性に嫌われるタイプね」

ミサトとオペレーターの日向マコトはいまいち緊張感にかける言葉で目の前の状況を評する。

発令所の扉が開いてケージでの作業を終えたリツコがレイをつれて発令所に入ってきた。

「リツコ?レイも一緒だったのね、初号機の準備はどう?」
「後360秒ほどで準備できるわ。」
「わかった、シンジ君後5分ほど待って。」
『了解です。』

モニターにシンジの姿が写しだされる。
シンジは緊張しているかと思いきや、自然体で軽く笑みまで浮かべていた。

「落ち着いてるわね?」
『緊張して動けないより良いでしょう?』
「そりゃあそうね、でも油断なんかしないでね?何せあいては神の使いらしいから丁重にあの世にお帰り願いましょう?」
『あはは、了解ですよ。』
<BR>初号機のモニターにシャムシエルが映し出される。
いろいろな方向からミサイルや実弾がたたき込まれているが全く効果がない。
完全に無視して第三に向かってきている。

『この使徒はイカの神様の使いですか?』
「イカの神様かー、スルメにして今夜の肴に出来ないかしら?」
『刺身という手もありますよ?レイはどっちが好き?』
「・・・・どっちでも」

シンジ達の会話は何処までも能天気だ。
戦闘前とは思えない空気が発令所に漂っている。
あきれたリツコが話しかけてきた。

「・・・シンジ君?これから戦闘なのに怖くないの?」
『リツコさん、信じているんですよ・・・ただそれだけです。』
「信じる?何を信じているの?」

モニターの中のシンジは薄く笑った。

『リツコさん人間は神より弱いと思いますか?』
「え?・・・それは・・・」
『人が神より弱いなんて誰が言い出したんでしょうね?言い方は悪いけれど人は戦うことに関して他の生き物の追随を許しません。たとえどんなに巨大な生き物もどう猛な生物も退けて来た。他の生き物には出来ないことです。』

それは真理、だからこそ人間はこの世界のあらゆる場所に広がり、繁栄する事が出来たのだ。

「・・・・・そうね・・・・」
『どんなに強大な敵にも向かっていく事の出来るもの・・・・それこそが神と戦う才能だと思います。・・・・・・つまりぼくらは神殺しになることを許された生物なんですよ。』
「・・・・・・」

神を殺すことの出来る生き物・・・他の動物に出来ない生き方の出来る者・・・それが人間の持つ力
発令所では皆、作業をしながらシンジの言葉に耳を傾けていた。

『だからぼくは思うんです。人は神なんて訳の分からないものに殺されてやるほど弱くはない・・・人は人のまま神より強い存在になれるとね。』

シンジは知っている。
すでに人の中にはブギーポップやシンジのように人の範疇を超えた存在が現れ始めている事を・・・それでもやはり自分達は人間でしかない。
そして世界の敵・・・彼らも人間だ。
世界を終わらせることは神様の専売特許ではなくなっている。

『リツコさん、ぼくらは神に殺されなきゃいけないんですか?』
「・・・いいえ!」
『人類は神には勝てませんか?』
「・・・いいえ!」
『ならぼく達は神より弱いですか?』
「いいえ、人の可能性は神すらも凌駕する。私はそう信じるわ!」
『・・・ならその信頼に応えますよ、人の可能性は神を越えると証明してみせましょう・・・・』

シンジは笑顔で答えた。
ただの笑顔ではない。
シンジの瞳は笑っていなかった
そこに込められたのは・・・・揺るぎない意志の力・・・。
ただ己を信じ、護ることを誓った者のため戦場に赴く戦士だけがそこにいた。

その笑顔を見た発令所の職員の顔が赤くなる。
特に普段クールなリツコとレイの赤くなった顔は男性職員のファンを増やすことになった。

「い、委員会から、再びエヴァンゲリオンの出動要請が来ています」
「う、うるさい奴らね。言われなくても出撃させるわよ」

シンジの笑顔に見とれていたミサトが照れ隠しに叫ぶ。
その一言で再び緊張感が戻ってきた。
ここは後方とはいえ戦場なのだ。

「シンジ君、 敵のATフィールドを中和しつつ、パレットの一斉射、練習通り、大丈夫ね?」
『了解!!』
「初号機がフィールドを中和と同時に初号機の左右の武装ビルからミサイルの十字砲火で援護します。注意するのがあいて本体の強度が不明な点よ。残念ながら通常の攻撃では確認できなかったわ。最悪の場合相手の情報収集だけで一端退却もあり得ます。」
『了解、ミサトさん頼りにしてますよ。』
「任せなさい、シンジ君だけを戦わせたりしないわ。」

それは発令所だけではなくこの場にいるすべての者が抱く思いだ。

「初号機、発進!!」

ミサトの命令とともに初号機は地上に射出された。

かくして二本目のかぶら矢は放たれ、人と神の使いの戦争が再び始まった。

---------------------------------------------------------------

初号機発進の少し前・・・

「な、ちょっと外に出てみないか?」

歯車が・・・・・・・・かみあう音が・・・・・・・・・聞こえる。

---------------------------------------------------------------

シャムシェルから死角になる位置に射出された初号機はリフトから開放され、兵装ビルからパレットライフルを取り出した。

「ミサトさん、弾丸の件どうなりました?」
『何とか高価だけれど特別製の徹甲弾を用意できたわ遠慮しなくて良いわよ。』
「了解!!」

初号機は一旦ビルの陰に隠れて様子を見る。
情報がまるで無いのに闇雲に突っかかっていく趣味は無い。
あくまで冷静にことを進める。

(シンジ君?本当に僕がでなくていいのかい?)
(ええ、とりあえずぼくが行きます。毎回シンクロ0を出していたらいくら何でもまずいですし、それに約束しましたから。)
(約束?)

シンジの口元に笑みが浮かぶ。

(人が神より強いって証明するって約束ですよ。)
(なかなか豪気な約束だね?それが碇シンジの面子〔メンツ〕かい?)
(面子?違いますよこれは誇り〔プライド〕って言うんですよ。)

シンジ達がビルの影からシャムシェルを見ていると変化があった。
今まで泳ぐように水平移動していたシャムシェルが立ち上がったのだ。
その長い胴体が地面と垂直になる。

(気づかれたかな?)
「行きます!!」

初号機はビルの影から躍り出るとフィールドを中和しながらパレットライフルを撃った。
同時に左右の兵装ビルからミサイルが放たれシャムシェルに向かう。

(どうも銃火器って手に合わないんですよね・・・・)
(まあ、仕方ないね、好みとかの問題もあるし・・)
(それにあんまり効いてないように見えるんですけれど?)

目の前のシャムシエルは徐々にではあるが後退していた。
しかしそれはミサイルの直撃による爆風で後方に下がっているだけであり、本体にダメージは見られない。

(面の攻撃の方が有効のようですね?点の攻撃であるパレットライフルは効果が薄いみたいです。)
(そうだね、でも両方とも決定打になってないという意味で同じだよ。衝撃を吸収してるのかな?)

パレットライフルを撃ち続けていても埒が明かない。
その硬直を破ったのはシャムシエルのほうだった。
人で言うと手に当たる部分にあった突起から左右一本ずつ縄のような物がでてきたのだ。

(あれは・・・・・ヤバイ!!)

本能的に危険を感じたシンジが初号機を地面に伏せさせた瞬間、今まで初号機がいた空間に何かが走った。
左右にあった兵装ビルが細切れにされ、瓦礫が初号機に降り注ぐ。

(・・・・・・光の・・・・・鞭?)
(僕の糸とほぼ同質の能力だね。)

瓦礫を押しのけて立とうとする初号機に追撃が来た。
二本の鞭が残像を残しながら迫る。

「ぐっつーーーーー!!」
ドン!!


初号機の立っていた地面がはじけた。
しかしすでに初号機の姿はない。
シンジの気合いとともにジャンプした初号機が宙を舞い、シャムシエルの真後ろに降り立つ。

「なめるな!!」

初号機は手に持っていたパレットライフルを逆手に持ち替えると振り向きざまバットスイングのように水平に振り抜いた。

ドカッ
ズガガガガガガッ


「ゲッ」

シンジは周囲を冷静に確認した。
まず離れたところにシャムシエルが沈んでいる・・・・これはいい。
自分がぶん殴ったのだから当然だ。
・・・・・・問題は・・・・・・

シンジは冷や汗をかきながら後方の地面を見た。
・・・弾痕がある。
さらに初号機の脇腹の装甲を見る。
・・・・・・弾のかすった跡がある。
手の中のパレットライフルの銃口からは煙がでている。
・・・・・・・・・つまり

1,パレットライフルを逆手に持った。
2.シャムシエルをぶん殴った。
3.パレットライフル・・・・・暴発・・・・・
4.直撃はしなかったが装甲が少し削れた。

答え・・・・・後でリツコサンガコワイ・・・・・

(若さ故の過ち・・・かな?)
(み、認めたくないですね・・・)
「シンジ君?」

発令所から通信が入る。
声の主はミサトだ。

『銃は撃つ物であって打つ物じゃないわ、チャンバラはおすすめできないわよ。』
「・・・・了解」
『・・・シンジ君・・・』
「ナ、ナンデショウカリツコサン」

通信機越しなのになぜかシンジにはリツコの表情がわかる気がした。
かなり怒っている・・・初号機の破損は直接彼女の仕事時間に直結しているからだ。
しかも彼女は今日徹夜明け・・・

『後で・・・・私の研究室・・・良いわね?』
「・・・・・・・リョウカイ・・・・」

シンジはパレットライフルを正しく持ち直し構えた。
とりあえずシャムシエルをどうにかせねばなるまい・・・後がいろいろ怖いがまずは目の前の問題だ。

しかし、初号機のモニターに映っているシャムシエルはまったく動いていない。
死んでいないのは間違いが無いはずなのだが

(なんで動かないんだ?)
(・・・・・シンジ君、下だ!!)

ドン!!

ブギーポップの言葉と共に地面からシャムシエルの鞭が突き出てきて初号機の足を絡め取った。
とっさにシンジがシャムシェルを見ると片方の鞭が地面に消えている。

「地面の中を?まずい!!」

初号機とシャムシエルをつなぐように地面が盛り上がり、コンクリートを割って鞭がでてきた。
片足の動きを止められた初号機はそのまま放り投げられる。

「ちっ、アンビリカルケーブル・・・パージ」

初号機のアンビリカルケーブルがはずされ、その反動で初号機の体勢を立て直す。

ガガガガ!!!!

地面を削ってブレーキにしながら初号機が着地した。
カウンターが活動限界までの時を刻み始める・・・残り300秒・・・

「・・・・この使徒かなり頭良いようだ。」

呟くと再びパレットライフルを構え直して身構える。

(参りましたね、あの鞭・・・音速越えてないですか?)
(そうらしいね、どうするんだい?)
(こっちも”糸”で対抗できませんか?)
(無理だよ。切れ味はこっちが上だが破壊力は向こうに分がある。かみそりと鉈のようなもんだね、スピードはこのレベルだとたいして差はない。切れないことはないだろうが・・・・間合いまで似たようなもんだからよくて相打ちかな?)
(決め手に欠けますね・・・・)

条件が変わらないとすれば時間制限がある分こっちが不利だ。
シンジが一端距離をとって電源を確保しようとしたところ・・・

『うわ!!』
『きゃ!!!』
『おわ!!!!』

初号機の足下から悲鳴が聞こえた。
シンジの背中に冷たいものが走る。

(・・・・・今のは?)
(足下からだね・・・・)
(できればみたくないな〜〜〜)

さすがにそういうわけにもいかないので恐る恐る初号機の頭を下に向ける。

「・・・・・なんで3人ともいるんだ?」

---------------------------------------------------------------

「シンジ君のクラスメート?」

メインモニターには初号機の足下にいる人物、鈴原トウジ、相田ケンスケ、洞木ヒカリの3人のプロフィールがでていた。
さっきの着地で踏みつぶされずにすんだようだが腰が抜けたのか3人とも動けないでいる。

「なんでこんな所に・・・」
「?、レイ?彼らのこと知っているの?」
「シンジ君の友達です。」

ミサト達の脳裏に初戦のシンジの姿が思い出される。
あのときの再現だ。
このままいけばシンジは再び血を吐きながら彼らの盾になるだろう。

「日向君、諜報部は・・「やめなさいミサト!!」リツコ?」
「今あそこに人をやってもその人が危険になるだけでしかない。シンジ君の負担を増やすだけよ?」
「だ、だけど。」

モニターに映るシャムシエルは再び初号機に攻撃を始めた。

---------------------------------------------------------------

初号機に再び光の鞭が振るわれる。
上段からの唐竹割のような一撃、いや二撃
避ければ・・・いや、動いただけで足下の3人を踏みつぶす。
踏みつぶさなくても光の鞭の衝撃は間違いなく3人にとって致命的だ。

「・・・・方法はないか。」

初号機はパレットライフルを投げ捨てると音速で迫る2本の鞭に対し両手を掲げた。
初号機の両腕が一本づつ鞭を掴む。

「ぐああああああああ」

シンジの両手に激痛が走る。
掴んでいる初号機の手のひらから白煙が上がった。
何が起こっているのか考えるまでも無い。

(シンジ君!だいじょうぶかい?)
(何とか・・・それよりみんなが・・・・)

シンジが足元を見るとまだ3人は動けないでいた。
こちらを見て何か言っているようだがかまっちゃいられない。

「ミサトさん、みんなを”助ける”ためにはどうしたらいいですか?」

---------------------------------------------------------------

『ミサトさん、みんなを”助ける”ためにはどうしたらいいですか?』

ミサトはそれを聞いたとき、迷う必要など無いことを悟った。
重要なのは戦うシンジのために何が出来るか、それだけを考えれば答えは出る。
少なくともここで友人を見捨てさせることではないはずだ。

「シンジ君、3人を「3人をプラグに入れて保護しなさい。」リツコ?良いの?」
「迷うべき時じゃないでしょう?素人が見ただけで理解できるようなちゃちな物じゃないわ。それに・・・」
「なに?」
「信頼には応える物なんでしょう?」

ミサトはリツコを見て彼女もシンジの影響を受けていることを悟った。
思わず戦闘中でありながら笑みがこぼれる。

---------------------------------------------------------------

シンジは通信を聞いた瞬間、軽くほほえんだがすぐに真剣な顔になると初号機に片膝を尽かせるてエントリープラグを排出した。

「そこの3人早く乗れ!!」

外部スピーカーから流れたシンジの声に3人が反応し、あわてて排出されたプラグからおろされた緊急用の梯子にかけよって登り始める。
やがてエントリープラグ内のシンジの後方で水音が聞こえた。

「な、なんや!?水やないか!!」
「カメラ、カメラが!!」
「お、おぼれる!!」
「みんな落ち着いて、この水は肺に入れば呼吸が出来る。」

シンジの言葉に3人はシンジの存在に気づいたようだ。
しかしシンジにはそれを気にしている余裕は無い。
再びプラグを収納したシンジは再度シンクロを始める。

---------------------------------------------------------------

「神経系統に異常発生!!シンクロ率37,5%です!!」
「無理もないわね異物を3つもプラグに挿入したから神経パルスにノイズが走っているんだわ。」

リツコの言葉を聞いたミサトは素早く状況を判断した。
状況は不味い方向に進んでいる。

初号機は本来の性能を発揮できない。
普通の状態でも苦戦していたのにこの状態で戦うのは分が悪い。
まずは最低でも対等の状況にするのが先だ。

「シンジ君、一端退いて体勢を立て直しましょう。」

モニターのシンジは少し考える仕草をした後・・・

『拒否します。』
「な、なんで?」
『さっきこいつビル両断していましたからね、ハッチもたないでしょ?下ヘの通路知られるわけにはいきません。ミサトさんやレイやみんなを危険にさらすわけにはいきませんからこいつはここで始末します。』
「で、でも時間が・・・」
『ミサトさん、”オレ”を信じろ。』

シンジの持つ雰囲気が変わった。
モニターに映るのはシンジだ・・・ブギーポップじゃない。
ただ・・・いつものシンジとは明らかに違う。

シンジはモニター越しであっても濃密に感じられる”殺気”を放っていた。
シンジはいつも暖かな笑顔かりりしい表情をしていたがこんなシンジは誰も見たことはない。
まるで死神に心臓を捕まれたような寒気に皆理解した。
この少年は今・・・本気で戦う気なのだと・・・

そして・・・間違いなくあの使徒は殲滅される。
それは確信に近い予感・・・シンジの思いに初号機が答えた。

「し、初号機のシンクロ率126%」
「そ、そんなあり得ないわ。異物を3つも入れてるのよ?それなのに100%を超えるシンクロ率ですって!?・・・シンジ君に答えているというの?あの人が?」

『倶雄雄雄雄!!!!』


モニターの初号機は顎部ジョイントを壊し吠えた。
まるで・・・・戦士の雄叫びのように・・・

「シンジ君・・・」

発令所の隅でレイはその光景に見入っていた。
初号機はシンジの思いに答えてその力を解放している。
その姿は恐ろしいはずなのに、どこかシンジの姿を連想させた。

優しいシンジ・・・怖いシンジ・・・

初号機はそのすべてを持ってシンジなのだと語っているようだった。
自分が操るエヴァはシンジの目にどう映るだろうか?
レイはふとそんなことをシンジに聞いて見たい衝動に駆られた。

---------------------------------------------------------------

「そういうわけだから悪いけれどつきあってくれ。」

シンジは振り向かずに背後の3人に話しかけた。
その間もシャムシェルから視線ははずさない。
隙を見せればやられる。

「シンジ・・・すまん、わいは・・・」
「いや、違うんだ、俺がトウジを無理矢理誘ったんだ。委員長まで連れ戻すためについてきちまって・・・すまないシンジ。」
「碇君、ごめんなさい私たち・・」

3人はそばにいるだけで感じられる濃密な殺気に当てられながらもシンジに話しかけた。
シンジは答えず初号機を操って鞭を自分の方に引き寄せる。
いきなり引っ張られたシャムシェルが反応する前に初号機は巴投げの要領で後方に投げ飛ばした。

「・・・いまは良いよ、後でネルフの人にでも絞ってもらってくれ。とりあえずこの戦闘にはつきあってもらう。今降ろす事は出来ないからね」
「わ、わかったわい!」
「そ、そうだな!」
「ええ、そうね!」

シンジは3人の答えを聞いて振り返る。
そこには殺気はなく、いつものシンジがいた。

「ありがとう、その代わり必ず護るよ。さっきも言ったけれどぼくを信じて・・」

いつもの暖かいシンジの笑顔に3人は落ち着いていく自分を感じた。
前を向いたシンジは再び殺気を纏う。
ここからが正念場だ。

「ちょっと派手に動く、適当に掴まっていてくれ。トウジ、委員長に覆い被さって固定しろ。」
「シ、シンジ?」
「い、碇君?」
「早く!時間がない!」

モニターの先でシャムシエルが立ち上がろうとしてる・・・シンジの言うとおり時間が無い。
シンジの言葉にトウジとヒカリは真っ赤になりながら従った。

(どうするんだい?)
(詰め将棋でいきます。時間もない。)

シンジがカウンターを見ると残り1分・・・これがラストチャンスだ。
肩のウエポンラックからプログナイフを取り出して構えた。

「いくよ。」

初号機はプログナイフをシャムシエルに投げつけた。
しかしそんな見え見えの攻撃などいくらでも対処可能だ。

光の鞭が逆袈裟に走ることでプログナイフが両断される。

だが同時にこの戦いを見ていたすべての人間が自分の目を疑った。
ナイフが切断された瞬間、その隣に初号機の姿があったのだ。
自分の投げたナイフに走って追いついたらしい。

「まず一手目!!」

シャムシエルはあわてて迎撃しようとするが片方の鞭は今振り抜いたためすぐには引き戻せない。
残った鞭が正確に初号機の頭部を狙って槍のように撃ち出される。

初号機は一直線に向かっているため回避など出来るタイミングではない・・・だから避けなかった。

初号機は槍に対し左手をつきだしたのだ。
しかしただの手のひらで防げる物ではない。

ゾブ!!
ギャリ!!!


簡単に貫通する。
しかし正確に眉間を狙っていた頭部装甲を削りながら後方に抜けた。
シンジは手のひらを貫通した瞬間、左手を外側に振っていたのだ。
そのため軌道がずれ頭部をかすめるにとどまった。

「これで二手目!!そして詰みだ!!」

左手を貫通した鞭を絡め取り初号機はシャムシエルに接近する。
反対側の鞭は間に合わない
初号機は走り込んできた勢いそのままに台風のような勢いの右拳をコアにたたき込む。

ガキン!!

しかしコアには無数のヒビははいるものの砕けるにはいたらない。

「チイ、往生際の悪い・・・・終われ!!」

シンジが右手に集中して能力を開放すると”砕けなかった”コアが完全に砕け、初号機の手首までがコアの中に沈んでいった。

程なくコアから光が失われ、シャムシェルは動きを止める。
完全に殲滅されたのだ。

(さっきのは君の能力の応用技かい?)
(はい、ぼくの能力は何かに影響を与える場合対象物にふれないといけませんからね、さっきはコアを〔砕けなかった〕というのをキャンセルしたんです。)
(本当に便利な能力だね、うらやましいよ。)
(連続で使えるのは12回までですけれど、便利なのは確かですね。)

やがて活動限界を示すカウントがゼロになり、初号機も動きを止めた
電源が切れたプラグ内は真っ暗になる。

「みんな無事?」
「ああ、俺は大丈夫だ。」
「わいもや。」
「わ、私も」
「そう?よかった。ところでトウジ?いつまで委員長を抱きしめているんだ?」

シンジの言葉に二人が赤くなって離れる。
それを見たシンジは軽く笑うと力を抜いてシートに身を沈めて深呼吸をした・・・どうやら緊張していたらしい。
体中がこわばっている。

「い、委員長?・・・その・・・すまんな」
「い、いいのよ鈴原、き、緊急事態だったし・・・」

なんとも初々しい会話に視線を向けるとトウジとヒカリが顔を赤くして視線をそらしあっている。
シンジは回収されるまでそれを見ながら笑っていた。

---------------------------------------------------------------

「無茶するわね、最後に決められなかったらどうするつもりだったの?」

戦闘後、検査を終えたシンジはリツコの執務室に来ていた。
いろいろ無茶をやってしまったのでこってりと絞られている。

「他の方法は思いつかなかったんですよ。」
「にしても無茶なのはちょっとね、その左手どう?」

シンジは自分の左手をみた。
シンクロ率が高かったためか少ししびれが残る。

「少ししびれますけど大丈夫ですよ。初号機の方が大変じゃないですか?」
「そうね、誰かのせいで今日も残業・・・誰のせいかしら?」
「うっ・・・」
「私は徹夜明けって言ったわよね?」

シンジは冷や汗をかいた。
完全に墓穴だ。
しかも現在進行形で深くなっている気がする。

「まあ、結果がよかったんで大目に見てくれるとうれしいんですが・・」
「・・・・・まあ良いでしょう、今日はもうかえっていいわよ。」
「はい、それでは・・・そういえばあの3人どうなるんです?」
「3人?ああ、お友達は今日はここに泊まってお説教。」
「・・・・お手柔らかに」

シンジは出口に向かって歩き出した。
今回あの三人がやったことは利敵行為ととられても仕方が無い行為だ。
さすがのシンジも庇い切れない。
まあ未成年でもあるし、そうひどいことにはなるまいとも思うので、その程度ならいい薬だろう。

「そういえばシンジ君?」
「はい?」

部屋を出ようとしたシンジをリツコが呼び止めた。

「なんですか?」
「貴方、守るって事に何か思い入れがあるみたいね?よかったら教えてくれない?」

シンジはこの町に来たときから<守る>ということにこだわりがある。
今回の戦闘中の会話でもそんな節があった。

リツコの言葉にシンジは少し考え込む。

「いいずらい?無理強いはしないけど?」
「いえ、そうですね・・・昔、ぼくの尊敬する人が約束してくれたんです。ぼくを守ってくれるって、そしてその人は約束の通り何度も守ってくれたんです。・・・・だからぼくも誰かを守れるようになりたいと思った。・・・・・それだけですよ。」

シンジの顔はどこかうれしそうだ。
その表情だけでその人物がシンジの中でどんなに大きな存在かが分かる。

「・・・・そうなの、だからミサトやレイを守ろうとするのね?」
「それだけじゃなくリツコさんもですよ?」
「私も?」
「ミサトさんには言ったんですけれどね、正直人類を救うなんて考えてないんです。あくまで目に見える人やそばにいる人を救うついでなんです。」
「・・・・・私も救ってくれる?それともついで?」
「迷惑ですか?」
「そんなことはないわ、とっても嬉しいわよ。」
「ならこれからもよろしくお願いしますね?」

シンジはそう言うと笑顔を残しでていった。
部屋をでていくシンジを見送るとリツコは大きく息を吐く。

顔が赤くなるのを隠すのが大変だった。
自分の半分も生きていない少年に護ってもらうなど本末転倒な気がする。
シンジはあまり深く考えずに言っているのだろうが・・・・・・何となくそれもいいかもしれないと思う自分がいるのは何故だろうか?

「・・・・まさかねらってないわよね?」

シンジがここに来てしばらく立つが彼は裏表のない性格をしているらしい。
そのくせ洞察力などもずば抜けているという何とも不思議な少年だ。

だからこそ彼は本心から守ると言ってくれたのだろう。
赤木リツコを守ると・・・・・・・

リツコはまた赤くなりそうになる照れ隠しに仕事の書類に向き直った。

人は神より強いのか?
神は人より強いのか?

すべての答えは物語の最後のページに綴られる。


これは少年と死神の物語







To be continued...

(2007.06.02 初版)
(2007.09.08 改訂一版)
(2007.09.15 改訂二版)
(2008.02.17 改訂三版)
(2008.06.21 改訂四版)


作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで