闇に開くは破壊の宴
夜を切り裂くは閃光の刃
月下に踊るは白き人形

人の思いは塵と消え
人の思いは流れ行き
人の思いは人にとどまる

おのが思いを風に乗せ
糸を断ち切る人形は
蒼き月光の元に人となる


これは少年と死神の物語






天使と死神と福音と

第参章 〔神鳴る光〕
T

presented by 睦月様







「いや〜〜でっかいですね〜〜〜」

シンジの呑気な声が仮設テントの中に響いた。

「なに言ってんの?何度もエヴァの中から見たんじゃないの?」
「ミサトさん、それはそうなんですけれど・・エヴァの中にいると何となく大きさがはっきりわからないんですよ。向こうも同じくらいでかいから。」
「そうなの?」

シンジ達の目の前にはシャムシエルの巨体があった。
ここは死んだシャムシエルの死体の解体、および調査現場だ。
前回のサキエルは自爆して跡形もないため初のサンプルとなる。
技術部は狂喜乱舞しているが、誰が一番喜んでいるかは・・・・・・言うまでもない。

「そういえばミサトさん?」
「なに?」
「トウジとケンスケに何言ったんです?」
「・・・・・・何かあった?」

世間話のような感じでシンジは横に立つミサトを見た。
無表情だが内心動揺しているらしい・・・目が泳いでいる。

「学校に行ったら泣いて土下座されましたよ?しかもこれからも友達でいてくれって頼まれました。もちろん泣きながら、委員長まで謝ってくるし・・・さらにトウジが自分を殴れって言ってきましたよ?教室の皆の目が痛かったです。」

ミサトの額にでっかい冷汗が浮かぶ。
これだけで状況証拠としては十分だ。
やはりミサトが何かとんでもないことをしたらしい。

「そ、そう・・・それは災難だったわね・・・」
「ぼくはお手柔らかにって頼んでたんですけど?」
「彼らも反省したのよきっと・・・・・・」
                                
苦しい言い訳だ。
なんとなくそれ以上は聞かない方がいいような気がして会話はとぎれた。
シンジも藪蛇はごめんだ。

テントの中を一通り見終わったシンジとミサトは現場の指揮をしているプレハブに入った。

「リツコ?何かわかった?」
「ミサト?シンジ君も来てたの?」
「おじゃまします。それで調査は進んでますか??」
「そうね、コア以外はほとんど原型をとどめているわ・・・。ホント、理想的なサンプル!!ありがたいわ!!!」

リツコの喜ぶ顔を見て二人は”マッド”という単語が浮かんだが顔には出さなかった。
その矛先がシャムシエルだけに向いていれば害は無い。
わざわざ自分の首を絞める趣味は無かった。

「それで、なんかわかったんでしょうね?」
「・・・・・これを見て」

リツコが見せたパソコンのディスプレイには『601』と表示されている。

「・・・・・・何、これ?」
「解析不能を示すコードナンバー」
「つまり、訳わかんないって事?」
「そう、使徒は粒子と波、両方の性質を備えるような光のモノで構成されているのよ」

ミサトが難しい説明に頭を悩ませている。
はっきりいって専門外だ。
もし理解できるならミサトも技術関係の道に進んでいただろう。
隣にいるシンジも理解しきれていない。

「・・・・使徒は生物じゃないんでしょうか?作られた存在だとするとその動力源なりなんなりあると思うんですけど?」
「動力源らしきものはあったわ、さっぱり理解不能だけれどね・・・・とかくこの世はわからないことだらけよ。」

シンジはリツコの言葉を黙って聞いていたが・・・・

(・・・・嘘ですね・・・)
(本当に理解できないならエヴァなんて作れないだろうしね。)

ばればれである。
使徒と同じ存在であるエヴァンゲリオンを作れる、運用できるということこそがリツコの言葉が嘘という動かぬ証拠だ。
しかしシンジもそれを表に出さずに頷いておく。
シンジがその真実を知るということをここでばらすメリットなど無い。

「でもわかった事もあるわ、見てこの使徒独自の固有波形パターン」
「これって・・・」
「そう、構成素材の違いはあっても信号の配置と座標は人間の遺伝子と酷似しているわ。・・・99.89%ね」
「それじゃ・・・」
「そう、エヴァと同じ」

シンジとブギーポップはリツコの言葉を頭の中で吟味した。
二人はなんでもないように会話をしているがこれはかなり重要な問題だ。
シンジとブギーポップにとっては好都合だが、リツコのシンジに対する認識はまだまだ甘いらしい。

(使徒と人間の遺伝子の差が0,11%?なんでそんなに近いんだ?誤差を考えたら使徒が人間って事になる。)
(おそらくそれが答えだよ、使徒が人間なのか人間が使徒なのかわからないが使徒は人間と同じものだ。)
(そんな、だって大きさも外見も違うのに人間なんですか?)
(そんなことは大きい意味はない、綾波さんという例がそばにいるじゃないか?)
(・・・・確かに・・・・所詮、人間の敵は人間って事ですかね・・・・)
「あら?司令も来ていたの?」

その一言が思考の海に沈んでいたシンジを現実に引き戻す。
振り向くとプレハブの外をゲンドウが横切った。

「ええ、司令が現物を見たいっておっしゃってね。」

なんとなく気になったシンジがプレハブの出口から顔を出してゲンドウを見る。
シンジの目にはゲンドウがいつもつけている白い手袋を外し素手でコアの破片をさわって周りの人間に何か言っているのが見えた。

「・・・・・ミサトさん、司令は両手にやけどしているみたいですけれど知ってます?」
「え?やけど?リツコ知ってる?」
「ああ、ミサト?あなたがここに配属される前に零号機の起動実験があったのは知っているわね?」
「ええ、話だけは聞いたことがあるわ。」
「その時、零号機が暴走・・・・さらにオートイジェクションが作動してエントリープラグが射出され室内を飛び回ったわ。」
「レイの怪我はその時の?」

シンジはミサトとリツコの言葉を聞きながらじっと司令の後ろ姿を見ている。

「シンちゃ〜〜ん、ちょっとは見直しちゃった?」
「まあ私たちもあんな司令初めて見たし、今でも語りぐさになってるのよ?」

二人はゲンドウの意外な一面に感心しながらリツコの特製コーヒーを口に含む。
そんな二人と対照的にシンジの表情は硬い。

「リツコさん?」
「なに?」
「吊り橋効果とかすり込みのような洗脳じみた事したんですか?あいかわらず・・・というかぼくが来る以前からろくでもないことしてますね?」
「ブーーーーーーー」

リツコはコーヒーを吹き出してしまった。
黒い飛沫が勢いよく飛び散る。

「ちょっとリツコ?汚いって、ああ重要書類に飛びちったーーーー!!!」
「拭いて拭いて」

しばらく大混乱になった。

「ハアハア、それで吊り橋効果ってなに?」
「あれ?ミサトさん知りません?根性なしの告白方法の裏技ですよ。」
「告白?」
「ええ、要するに危険なところに連れて行って告白するって事なんですけれどね・・・その時に恐怖で心拍数が上がってるのを恋のドキドキと勘違いさせたり思考能力の低下したところに告白して済し崩しにOKをもらうって事です。」
「じゃあすり込みって・・・」
「そういうことですね・・・レイは”どういう理由”か知りませんけど世界が狭い、そこに強烈な価値観を叩き込むなんて訳ないでしょ?後は簡単な話しですよ。」

場の雰囲気が一気に下がった。
シンジの一件があるために安易に否定できないところがつらい。

「でもシンジ君?いくら何でも・・・」
「リツコさん・・・・あの人ならやる・・・・でしょ?」
「それは・・・・」
「シンちゃんどう言うこと?」

ミサトは二人の会話についてこれていない。
直接的な言葉が入っていないので話の趣旨を捕らえ切れていないようだ。
だが話の内容がかなり重いことは分かるのでシンジとリツコを交互に見ておろおろしている。

「簡単に言うと事故は故意じゃないか?って話です。」
「そんな・・・・」
「まず第1段階でレイに恐怖を与え思考能力を奪った上で第2段階、自分が助けることで存在を刷り込む・・・・洗脳に近いですね。後は適当に優しくしてやればいい。」

おもわずミサトとリツコは自分たちの上司の後ろ姿を不審の目で見た。

「でも・・・・証拠がないわ。」
「リツコさん、状況証拠ならたくさんありますよ。まずエントリープラグの射出ですけれどそんなに簡単に作動するんですか?」
「・・・・・・いえ、」
「次に救護班より司令が先に到着できたってのが変でしょう?」
「・・・・・・そうね」

リツコは観念した。
もはやどんな言い訳も効かないだろう。
そもそもフォローのしようがないほどにバレバレだ。

「にしてもあのやくざ顔で白馬の王子様役ですか?キャスティングに無理があると思いません?」

何気ないシンジの一言がトドメだ。
ミサトとリツコはふきだした。

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ミサト達と別れたシンジは一人でシャムシエルの前に立っていた。
見上げるほどの巨大なそれは白い壁のようだ。

(これがぼく達と同じ・・・人類?いや、ぼく達が使徒ってことになるのかな?)
(どこで道を違えたんだろうね・・・僕たちと彼は・・・ )

シンジはシャムシエルの死骸・・・遺体と言うべきか?に手を触れ、自分が倒した使徒のことを考えていた。
当然体温は感じられず冷たい。

(ぼく達は殺し合わなければいけなかったんでしょうか?)
(少なくとも彼は世界の敵だった。話し合いの出来る相手じゃなかったし、君が倒してなければ僕が同じ事をしていただろう。)
(・・・・・業が深いですね・・・・・)
(恨んでくれてかまわないよ。)

シンジは試しにシャムシエルの体をたたいてみる。
堅い感触が腕に伝わった。
まるで石かコンクリートのようだ。

(やっぱり死ぬと堅くなるんですね・・・・人と同じように・・・)
(それこそが彼が生きていた証だよ。そして死んでいる証でもある。)
(そしてぼくが殺した証・・・・か)
(後悔してるのかい?)
(・・・・・少しは)

戦う意味も殺す意味も分からなかった。
ただ確かだったのはシャムシエルが世界の敵だったということ。
ほうっておけばシャムシエルが世界の危機を呼び込んでいただろうということ。
それだけは間違いが無い。

だからこそ戦って・・・殺した。

「・・・まだまだ知らなきゃならないことがある。」

この戦いの意味と目的はいまだ五里霧中の状態だ。
輪郭すらつかめていない。
シンジは改めてシャムシエルを見上げる。
首が痛くなるほど巨大だ。

「やっぱり大きいな・・・」
(シンジ君お客さんだ。)
(そうみたいですね。)「レイも来てたんだね。」

シンジの後ろでびっくりした気配がした。
振り返るとそこにはやはり制服姿のレイがいる。

「なんでわかったの?」
「レイが近くにいるのはわかるんだよ。」

実際、ブギーポップがいる限りレイの存在に気がつかないということはありえないがシンジでもわかる。
本職のように気配を消せるわけでもないのに妙に存在感が薄いのだ。
おそらくあまり感情が発達していないのが関係しているのだろう。

「ごめんなさい。」
「何が?」
「邪魔しちゃったから・・・」
「気にしなくて良いよ。一人で来たの?」
「いいえ、司令と一緒に・・・」

シンジが横を見るとあわてて目をそらすゲンドウがいた。
視線を合わせるのを避けたようだがいい年をしたおっさんが、特にゲンドウがそんな仕草をすれば不審人物にしか見えない。
明らかに挙動不審だし・・・

(そんなに気になるのなら見せつけてやろうかな?)
(趣味が悪いよシンジ君)
(そうですね。)

いまだ視線は感じるがシンジはゲンドウを無視してレイに向き直る。

「レイは使徒ってなんだと思う?」
「・・・・・・人類の敵」

明らかに教え込まれた感じの模範的な答えだ。
しかも違うの?という感じに見返してくるあたり疑問すら持っていないらしい。

「人類の敵か〜〜、本当にそうだと思う?」
「どう言うこと?」
「さっきリツコさんから聞いたんだけれどね、使徒と人間は遺伝子的にはほとんど差はないらしい。だとしたら使徒は人間と言っていいんじゃないかな?」

レイはシンジの言葉に驚いた。

レイは自分の正体を知っている。
自分は人ではなく使徒だ・・・人間ではない。
しかしシンジは使徒は人間と同じと言った。

「な、なんで?」
「ん?」
「なんでそう思うの?」
「使徒が人間と同じって事?じゃ逆に人間てなに?」
「え?それは・・・」
「人の形をしてたら人間?遺伝子が似てたら人間?それとも意志が伝えられたら人間かな?」
「・・・・わからない」

シンジの言葉にレイは困惑する。
人の姿をしているものが人間とすれば自分は人間だ。
遺伝子的にもシンジがいうとおりなら自分は人間ということになる。
そして自分とシンジは今会話によってお互いの思いを伝え合っているという意味では人間ということになるだろう。

作られた存在ではあるが綾波レイは人間としての条件を満たしているとはいえないだろうか?

戸惑っているレイにシンジはやさしく笑って・・・爆弾を投げかけた。

「たとえば・・・・ぼくが使徒だったら殲滅する?」
「っつ!!!」

レイは驚いた顔でシンジを見た。
シンジは相変わらず暖かな笑みを浮かべてレイを見ている。

使徒は殲滅しなければいけない・・・
それは自分の存在意義の一つであり、あの人の望み・・・・しかしレイには即答出来なかった。
それを実行すればこの微笑みを自分はなくしてしまう・・・その想像はレイのなかに恐怖という感情を生んだ。

「わ、私は・・・」

レイが答えられずにいるのを見たシンジはレイの手を取る。
レイは驚いたがシンジに抵抗しなかった。

「ちょっと意地悪だったね、でもレイは今ぼくを殺すのをためらった。そうやって迷うことが出来るのも人間だからだと思うよ。」
「わ、私が?」
「人の基準なんていくらでもあるさ、大事なのはまず望むこと・・・〔求めよ、されば与えられん〕・・・・・昔、誰かの言った言葉・・・・君が人であることを望む限り君は人だよ。少なくともぼくはそう思う。」

レイは混乱していた。
まるで自分が使徒であることを知っていてなお、受け入れてくれているような暖かさ・・・自分の中にあるこの感情をどう表現したらいいかわからない。
自分の手から伝わるシンジの暖かさ・・・レイはこの暖かさをもっと感じたいと思い行動に出た。

「レ、レイ?」

レイはシンジの背中に手を回し抱きついていた。

「レ、レイ?ちょっとはなして・・・」
「イヤ!」

シンジの願いをカウンターで拒否したレイはさらにしがみつく。
状況だけなら子供がなついて抱きついてくるのと変わらないが何せあいては子供じゃなく同い年の女の子・・・しかもかわいい女の子だ。
シンジだって14歳・・・興味がないわけない。
しかも周りの視線をいやな意味でくぎづけ・・たちまちシンジは顔中が真っ赤になった。

(ああ、レイって柔らか・・・って違う!!)
(現実逃避は終わったかい?)
(助けてくださいよ?)
(なんでだい?それは君の役得だろう?)
(なら分けますから変わってください!!)
(イヤだよ恥ずかしいじゃないか?)
(は、薄情な、僕を見捨てるんですか?)
(残念ながら自動的なこの身にはどうにもね・・・・)
(嘘だ――――!!絶対楽しんでるでしょう―――ー!?)

この後、ミサトとリツコにも見られた。
ミサトにはからかわれ、リツコからは興味深げな視線を浴び、とても居心地の悪い思いをすることになる。
そんなレイの変化をゲンドウは黙ってみていた。
サングラスで表情は読めなかったが・・・

この日からレイはなるだけシンジのそばにいるようになった。
そのためネルフと学校では二人はほとんど公認のような状況になる。
ネルフの・・・と言うよりゲンドウのだがシンジを引き留めるための外堀は埋まり始めている ・・・のか?

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「これがネルフの秘密というわけか・・・・」

深夜のネルフ・・・・・その最深部、セントラルドグマに一つの影があった。
影は夜色のマントと夜色の帽子をかぶり、その顔は白磁のように白い。
その顔の白さとは真逆の黒いルージュを引いた唇は片方だけつり上げられて皮肉げな印象を与える。

「しかし趣味の悪い・・・キリストじゃあるまいし、十字架にかける意味があるのかね?」

影は目の前の光景をそう判断した。
ここはネルフがアダムがいると言っている場所・・・限られた人間以外入る事すら出来ないはずの場所だ。

そこは広大な空間だった。
天井まではかなりの高さがあるし広さに関してはq単位ありそうだ。
しかしこの場所の不気味さはそんなことを問題にしない。

まず空間の床一面に広がった赤い湖、LCLと呼ばれるその液体の発する血のにおいが空間に充満していた。
さらに湖の中心には十字架に張り付けられた下半身のない巨人・・・SFホラー系の映画に出てきそうな光景だ。

(これがアダムなんですか?)
「たぶん違う・・・」
(え?なんでわかるんですか?)
「これの気配はエヴァと同じものだ、この使徒がエヴァのオリジナルなんだよ。・・・だけれど使徒を呼び寄せてるのはこいつみたいだな・・・」
(じゃあこれと使徒が接触しても<世界の危機>は起こらないんですか?)
「そうなるね・・・僕の感覚でもそんな感じだ。」

影・・・・ブギーポップはシンジの言葉にうなずいた。
なぜ彼らがここにいるのか・・・答は簡単、ネルフが・・・と言うよりゲンドウ達がまったく信用できなかったため独自にネルフを調べていたのだ。
その結果セントラルドグマのアダムを調べないわけにいかなかった。

(にしても簡単に忍び込めましたね?ネルフもザルだな。)
「シンジ君の協力があったから簡単に入れたんだよ。」

いくらネルフがザルでも本来ここに来るまでにはいくつものセキュリティーがある。
しかしどんなに強固なセキュリティーにも穴はあるものだ。
さらににどんなロックもそれが扉である限りシンジの【canceler】は〔閉まった〕状況を覆せる。
シンジの能力はそういうものだ・・・

ブギーポップはさっき見てきたある一室の方に視線を向けた。

(気になりますか?)
「いい気はしないね、今のうちにどうにかしておくべきじゃないか?」
(ぼくもそう思います・・・・しかしあれは使えますよ、レイのために利用させてもらいましょう。)
「君もいい性格をしているね、怨まれるかもしれないよ?とくにあのゲンドウ氏あたりに・・・」
(あいにくと神様じゃありませんから嫌いな人たちにまで優しくしてやれるほど心は広くないし、それにそんなつもりもありませんよ。)

シンジの言葉にブギーポップは苦笑した。
数年の付き合いでシンジの性格もかなり図太くなったものだ。
最初に会った時のあのおどおどした少年はどこに行ってしまったのやら

「にしても・・・これ以上はちょっと無理があるな、僕等はネルフにマークされているし、あまり怪しい行動ばかりすると面倒なことになりそうだ。」
(どうします?)
「前に言ってたように加勢を頼むよ。」
(そういえばそんなこといってましたね?大丈夫なんですか?)

ブギーポップは白い巨人に背を向けて歩き出す。

「信用できるさ、”彼女”はね・・・」

言葉とともに死神は闇に消えた。

---------------------------------------------------------------

レイの様子がおかしい・・・・・
ここのところ何か少し沈んだ顔をするときがある。
学校ではシンジや周りの人間と話すようになってきていた。
葛城邸での夕食でも少しずつではあるが会話があり、安定してるように見える・・・だがシンクロテストはそうはいかない・・・精神の不安定さが数値で出る。

「レイ?どうしたの?また数値が安定してないわよ?」
「すいません・・・」

シンクロテストの後、リツコがテストの内容をレイに告げた。
シンジはその言葉にとなりのレイを見る。

元々レイはあまりシンクロが高い方じゃなかったがこのところ数値の変動が激しい。
大体10〜40%の間を行き来していた。
調子の悪いときには起動も出来なくなる。

しかも、その幅は日に日に大きくなっていっていた。

「もうすぐ零号機の再起動実験なんだからしっかりしてね?」
「はい・・」

シンジはリツコが去った後にレイにそれとなく聞いてみた。

「何か心配なことがあるんじゃないの?」
「・・・・・・いいえ・・・」
「そう・・・」

それっきり会話がとぎれた。
シンジも無理に聞き出す気はない。
ため息をついたシンジはレイを促していつものようにネルフを出た。

「え?ミサトさん今日は帰れないんですか?」
『そうなの、明日の零号機の起動実験の準備で今日はこっちに泊まるわ。そう何度も事故なんて起こさせるわけにはいかないっしょ?と言うわけで後よろしくねん。』
「わかりました。無理しないでくださいね?」
『アリガト、じゃね〜〜』
ブッ・ツーツー

シンジは切れた電話の受話器を置いた。

いつものようにレイを誘って夕食の準備をしていたときに不意にかかってきた電話はミサトが帰宅できなくなったという内容だった。
レイの零号機の暴走はシンジも聞いているのでミサト達が再発を防ぐためにがんばってくれているのは素直に嬉しい。

「葛城さん、帰ってこれないの?」
「そうみたいだね、仕方ないから二人で食べよう。」
「うん」

シンジはレイといっしょに二人だけの食事を始めた。
食事中のレイは黙々と食事をしているがここにつれてきたときより食事というものを楽しんでいる。
まだシンジやミサト位にしかわからないが・・・・それでも自分の作ったものを喜んでくれるのならシンジにも作ったかいがある。
やがて食事も終わり、後片付けも終わった。

「じゃあ送っていくよ。一人だけじゃ危ない。」
「・・・・ええ・・」

シンジ達はミサトの部屋を出て鍵を閉めるとレイの家に向かって歩き出した。
途中シンジはレイにいろいろと話しかけたがレイの返事は短く、何か別のことに気を取られてるみたいに素っ気ない。
シンジはレイが自分の家に近づくにつれ、足取りが重くなってきていることに気づいた。

「レイ、何が不安なの?」
「・・・・・・」

レイからの答えはなく、やがてレイの部屋の前にたどりついた。
シンジを見るレイの表情は明らかに沈んでいる。
レイがそういう風に感情を外に出せるようになったのは素直に嬉しいがこんな表情は出来れば見たくは無い。

「レイ?本当に大丈夫?」
「・・・・ええ・・」

シンジには全然大丈夫そうには見えなかった。
小さい子供が言いたいことを我慢しているように見える。
ひどく痛々しい。

「・・・・・・・・レイ?」
「なに?」
「ちょっとおじゃまして良い?」

シンジの言葉を聞いたレイの変化は劇的だった。
とても嬉しそうにシンジを部屋に招き入れる。
通された部屋は以前シンジが掃除したときとあまり変わらず殺風景だったが、レイが小まめに掃除しているらしくゴミや埃は落ちてなかった。

シンジが床に座るとレイは紅茶を入れてくるといって台所に向かった。

シンジはレイの入れてくれている紅茶を黙って待った。
レイが何を悩んでいるのか・・・・それはわからない・・・・
しかしそれを他人事に出来るほどシンジは大人ではなかったし、なにより明日は零号機の起動実験だ。
このまま不安定なレイが実験に望めば最悪・・・そんなことを考えているとレイが二人分の紅茶を持ってきた。

「いただきます。」
「どうぞ」

シンジが一口すすると紅茶の風味が口の中に広がった。

「おいしいね・・・」
「ええ・・・・」

二人はしばらく紅茶の香りを楽しんだ。
しかしいつまでもこのままではいけない。
シンジは意を決して口を開いた。

「・・・・・レイ?」
「なに?」
「何を悩んでいるか教えてくれない?」
「・・・」
「言いにくい事かな?でもこれ以上レイが悩んでるのは見たくないし、出来ることなら力になりたい。」
「・・・・・・・」

レイの沈黙はしばらく続いた。
何かを悩んでいるレイが戸惑いを含んだ表情で語り始める。

「わからないの・・・・」
「・・・・何が?」
「最近、この部屋にいると・・・何か寒いような・・・不思議な感じになるの・・」
「・・・・・・」
「学校や葛城一尉の家にいると感じないのに・・・・この部屋にいると・・・・わからない。」
「レイ・・・」
「それに、明日の起動実験のことを考えると・・・・なぜか緊張してしまうの・・・シンジ君、私・・・病気なの?」

シンジはすべてを悟った。
同時に自分に対し怒りを覚える。
レイはシンジが思っていたより自我が確立していたのだ。

そんなレイにとってこの部屋と学校やミサトの家との差を自覚することはたやすい・・・
要するにレイはこの部屋で寂しい思いをしていた。
そのため心理的ストレスがたまり、シンクロが安定しなかったのだ。

しかも明日の起動実験が拍車をかけた。
なんと言ってもレイはその起動実験で一度死にかけている。
前のレイならともかく今は多少なりとも死に対し恐怖を感じているのだ。

シンジはレイがそこまで自我が確立したことについては素直に嬉しい。
しかしそれに気づけずレイに寂しい思いをさせたのは事実だ。
ならばシンジがすべきことは一つ・・・・

「レイ?」
「なに?」
「今日はミサトさんの所に来ない?」

シンジの言葉を聞いたレイの表情が晴れやかなものになる。
おそらく本人は意識していないだろうが・・・

「いいの?」
「もちろんだよ。外にいるから準備してきてね。」
「わかったわ」

シンジは部屋の外に出てレイを待つことにした。
程なくレイが着替えを入れたバックを一つもって出てきたので二人はさっき歩いて来た道を引き返した。
心なしかレイの足取りも軽く感じる。

シンジはマンションに帰ると自分の家ではなくミサトの家に入る。
ペンペンがさっき帰ったレイを見て不思議そうに首をかしげていた。

シンジは予備の布団を持ち出すと使われていない部屋に運び込んでレイの泊まる準備を整えた。

「よしこれでいい、じゃそろそろぼくは帰るね。お休み・・・・」

シンジが部屋を出ようとすると服の端が何かに引っかかった。
何かと思ってみると・・・・レイが服の端を持って何かを訴えるような視線でこっちを見ている。
猛烈にいやな予感がする。

「・・・・レイサン・・・・モシカシテボクモココニトマレト?」
コクコク

レイは嬉しそうにうなずいた。
その顔は期待に満ちている。
シンジは少し考えたが・・・

「わかったよ、じゃあぼくは居間のソファーで寝ることにする。」

シンジの言葉にレイがうなずいた・・・少し残念そうな顔をしていたのには気づかなかったことにしておくべきだろう。
このままでは一緒に寝てくれと言われかねない。
さすがにシンジもそこまで自分を抑えきれるかといわれれば自信が無かった

「オヤスミ」
「・・・・・お休みなさい」

シンジは客間のドアを閉めるとそのままミサトの部屋から毛布を持ってきてソファーに横になった。
ミサトの部屋で寝ると言う選択肢は却下・・・あそこは人外魔境になっている。
この毛布も”発掘”した物だ。

(参ったな・・・・)
(なにがだい?)
(ぼくは・・・・守るって言ったのに・・・・彼女に寂しい思いをさせてしまってたんですね・・・)

シンジは唇をかむ。
レイの変化に気づかずに寂しい思いをさせてしまった。
そしてそれに気づかなかった自分の迂闊さが悔やまれる。

(引き取るのやめさせたのは僕だ。他の方法があったかな?)
(・・・・・・いえ、でも・・・・)
(彼女が孤独を理解し、あの部屋よりこの部屋にいたいと思った。それは誰の命令でもなく彼女が望んだことだよ。時には見守るやり方だってあるんじゃないかい?)
(・・・・・そうかもしれませんね・・・・でもぼくも司令もレイに対し小細工をしてることにかわりはない・・・・)

ブギーポップの言葉も慰めにはならない。
レイのためにと言いながら打算を働かせている。
それはゲンドウがレイにしていることと何が違うのだろうか?

(君と彼には大きな違いがある。・・・・・彼女のための小細工なのかそうでないかだ。この違いだけで十分じゃないか?)
(・・・・・・ありがとうございます。)

シンジはソファーの上で寝返りをうった。
窓から月光が差し込んでいるのが見える。

(ところで実際、君は彼女をどう思ってるんだい?)
(好きか嫌いかなら好きですよ。)
(ほう・・・・)
(でも恋愛としてではないと思います。)
(そうなのかい?)

シンジは苦笑する。

(ぼくは彼女を守りたいと思う。でもそれはミサトさんやトウジ達を守りたい思いと同じなんですよ。だから特別な好きではないと思います。・・・・今はまだ・・・・)
(なるほどね・・・・)
(それにレイだって恋愛感情じゃないと思います。あれは小さな子供がなついてくるのと変わらない・・・・まだぼくのことを男とは思ってないですよ。)

レイはいろんな意味で子供だ。
彼女が自分の抱くものが友愛か愛情か理解するためにはまだ時間がかかるだろう。
それはレイが自分で考え、経験を経なければわからない。

(なるほどね・・・でも可能性はあるわけだ。)
(意外ですね・・・そんなこと言うなんて・・・)
(僕にだって幸せになってほしいと思う人はいるさ、君のようにね)
(・・・・・そうですか・・・)

実際、恋愛感情と友愛の違いなどシンジにも分からない。
誰かを本気で愛したことが無いから、そもそも愛情と友愛の差を知るためには14歳の少年には経験が足らな過ぎる。
いつかその差が理解できる日が来るのだろうか?
そしてそれが理解できたときにシンジのそばにいるのは誰だろうか?

とりとめも無いことを考えているとほどなく睡魔にとらわれ眠りに落ちた。

深夜・・・・・
客間の扉が静かに開き、白い人影が出てきた。
人影の正体はレイだ。

彼女は服を着て折らず下着姿のままソファーに眠るシンジの所まで行くとシンジの寝顔を覗き込む。
シンジに起きる気配は全くない
映画やドラマのように都合よく起きたりはしない。
殺気があれば別だが・・・・・

「・・・・・・」

レイはシンジの毛布をめくると体を滑り込ませてシンジに抱きつく。

(暖かい・・・・・)

シンジの体温を感じ人にふれあう安心感をえた少女はその温かさの中にまどろんだ。

ここ数日の不安が解けていくのがわかる。
レイにとってもはやシンジは特別な存在になりつつあった。
しかしまだそれを自覚するにはいたってない。
ただシンジの存在は自分の中で大きくなっていってることは感じてる。

今はただこのぬくもりの中に・・・レイはシンジにさらにすり寄ると安心しきった笑みを浮かべ眠りについた。






To be continued...

(2007.06.09 初版)
(2007.09.08 改訂一版)
(2007.09.15 改訂二版)
(2008.07.19 改訂三版)


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