「・・・ということでレイはあのマンションを出て行った。」

冬月の報告が部屋の温度を下げた。

ここはネルフ司令室、天井と床にセフィロトの木が書かれた部屋だ。
はっきり言って趣味が悪い事この上ない。
精神科の医師に見せたらとんでもない答えが期待できるだろう。

・・・・・ただ部屋の主の面の皮は厚いが・・・・・・・

現在この部屋には3人の人間が集まって会議をしていた。
すなわち六分儀ゲンドウ、冬月コウゾウ、赤木リツコの3人である。
3人は机にいつものポーズで手を組んで口元を隠したゲンドウを頂点とした三角形の立ち位置で向き合っていた。
会議の内容はレイがマンションを出てシンジたちの所に引っ越した件だ。

しばらくの沈黙の後ゲンドウの手が内線に伸びようとする。

「まて」

冬月が駆け寄ってその手をつかんだ。

「・・・・・・何をするつもりだ?」
「・・・レイをドグマに戻す。」
「バカめ!!そんな事をシンジ君が許すと思うか?今彼を敵に回すのは得策じゃない。」
「子供のダダに付き合う暇は無い。」
「どっちが子供だ・・・いいか?シンジ君がいない状態で今までの作戦行動を遂行した場合の成功率をMAGIに出させた。」
「・・・・・・どういうことだ?」

冬月がリツコに目配せした。
リツコが頷いて口を開く

「成功率が0を通り越してマイナスになりました。」

重い沈黙が訪れた。
それはシンジがいなければ使徒殲滅が不可能になると言うことを意味する。
ネルフにとってシンジがどれほど重要な人物なのか分かると言うものだ。

「わかったか?ただでさえシンジ君は我々に良い感情を持っていない。さらにレイをドグマに戻すと言うことを追求されたら・・・彼のことだ。色々とまずい事に気づくかも知れん。」

実際、ないとは言い切れない。
シンジの洞察力が侮れないのはここにいる三人に取っては基本だ。
怪しすぎる行動をとればそこから何を感づかれるか予想も出来ない。
そもそもなぜレイをドグマに戻すのかと聞かれればまともな答は返せないだろう。

「しかしレイは計画の要だ。・・・不用な感情を覚えれば計画に異常をきたす。」
「・・・・・その場合3人目という手段も残されている。目的を履き違えるなよ?・・・・・・お前はレイにこだわりすぎだ。」
「・・・・・・」

リツコはそのやり取りを冷めた目で見ていた。
自分でも不思議なほどに急速にゲンドウへの興味が薄れていく・・・・・
理由は簡単、すでにリツコはゲンドウよりも興味深い対象を見つけていたのだ。






天使と死神と福音と

第参章 外伝 〔賢者の憂鬱〕

presented by 睦月様







葛城邸にいつもの朝がやってきた。
台所には私服のYシャツにジーンズを着て、さらにエプロンで武装したシンジの姿がある。
通い妻ならぬ通い主夫のような状況にちょっと悩んだりもするが最近では少々開き直りの感が滲んでいた。

カタン

シンジが味噌汁の味を確かめていると背後でシャワールームの開く音がした。
この時間に起きてくる人物など、この家には一人しかいない。

・・・もう一人が寝坊していると言うだけなのだが・・・シンジは振り返らずに話しかけた。

「レイ?起きてたの?」
「ええ」
「そう、ちょっとまって・・・・て・・・ええええ!!」

シンジの驚きの声が早朝の葛城邸に響いた。
振り向いたそこには当然レイがいた・・・裸で・・・肩にタオルを引っ掛けている。
思春期の少年には刺激が強すぎる所では無い。

「・・・・・・どうしたの?シンジ君?」

レイはいきなりの奇声にびっくりするとシンジを心配して近づいてくる。
その間・・・自分の体をまったく隠そうとしない。
その白い肌がシンジの理性を掘削機のごとく削り取る。
正に女のリーサルウエポン

「チ、チョットマッタレイサン・・・・マ、マズハコレヲキテクダサイ・・・・」

シンジは崩壊しそうになる理性を何とかサルベージすると自分の上着を脱いでレイに着せようとする。
軽くパニックになったシンジはレイがシンジの裸の上半身を見て赤くなったのに気づかなかった。
レイは差し出された上着をじっと見て・・・・・

「いい・・・・」
「ハア?ナ、ナンデ」
「服・・・ぬれちゃう。」
「・・・・・・・・キニシナクテイイカラオネガイシマス」

レイは不思議そうな顔をしたが素直にシンジの服を着る。

「シンジ君!!何があったの?」
「ミサトさん!!」

シンジの声で目を覚ましたらしいミサトがふすまを開けて部屋から出てきた。
上半身裸のシンジ・・・裸にYシャツを引っ掛けたレイ・・・ミサトは部屋の状況を確認して・・・・

「ミサトさん・・・・・ちょっと待った」
「・・・・・いいのよシンちゃん・・・・・状況を見れば一目瞭然・・・・・犯人はあなたです。」
「何断定してるんですか!!いいから僕の話を聞け、後は若い二人だけでみたいな顔で引っ込まない・・・・って」

シンジが何かに気づいたように言葉が途切れたのでミサトが振り向く。
だがシンジの表情が普通ではなかった。
口をあけたり閉めたりして何か言おうとしているようだが言葉になっていない。

「どうしたのシンジ君!!」

少し冷静さを取り戻したシンジは無言でミサトを指差す。
正確にはミサトの体を・・・・・

ミサトが視線を下にやると白い双丘にブラジャー・・・ミサトはやっと自分が下着姿で部屋から出てきた事に気づいた。

「あ、あ〜〜〜ら〜〜〜〜ちょっち刺激が強かったかしらん。」
「いいから服を着てくださいよ、レイも部屋に戻ってなんか着て来て・・・・」
「シンちゃんも幸せねんこんな役得があるなんて・・・・なんちって」
「そういう問題ですか!!」
「だって〜〜こんな美人の下着姿や美少女同級生のこんな姿なんてめったに見れないわよん。」

そう言ってミサトは下着姿を隠そうとはしない。
それころか悩殺ポーズをとる始末・・・完全にシンジのうぶな反応を楽しんでいる。

それを理解したシンジがニッコリ笑った。

(ヤバ・・・・・・・・・)

シンジの笑いを見た瞬間にミサトはからかい過ぎたことを悟った。
だてにシンジの保護者などしていない。

シンジの笑顔にはいくつかパターンがある。
その一:学校とネルフにおいて絶大な人気を誇り、ケンスケの写真売り上げぶっちぎり一位をほこる通称〔天使の微笑〕
その二:トウジやケンスケと遊んでいるときに見せる〔屈託の無い笑い〕
その三:ときどきみせる左右非対称の〔皮肉げな笑み〕
その四:ニッコリした笑み
この中で一番警戒しなければいけないのは四番目・・・・・ニッコリした笑みだ。
この微笑のときのシンジはぶっちゃけむかついたときの笑みなのでときどきとんでもないことをする。

「シ・・・・・シンちゃ〜〜〜〔トスッ〕・・・・・・・え?」

ミサトはいきなり横から響いた音に視線を向ける。
すぐそばの柱からナニか生えていた。

色は銀色・・・・・・
形は刃物・・・・・・
ミサトの記憶に間違いなければシンジ愛用の出刃包丁・・・・・・

「ミサトさん・・・・・・・・」

ミサトがはじかれたように前を見るとニッコリ顔のシンジがいた。
手には予備の出刃包丁を持っている。

「シ、シンちゃ〜〜ん、おね〜さん包丁は投げるものじゃないと思ったり〜〜」
「・・・そうですね、投げにくいことこの上ないです。」
「じ、じゃ〜」
「ええ、難しいですが・・・もうはずしません・・・・・・」
「うわ・・・・・・」

ちなみにシンジは手先が器用なため自分で包丁を研いだりする。
勿論手に持ってるのも壁に刺さっているものもシンジの手入れずみ・・・切れ味も折り紙つきで投げれば・・・・・・刺さる。
そりゃ〜もう深く鋭く

どうでもいいがミサトはネルフに入る以前戦自にいた。
戦闘訓練を受けたミサトの目にも留まらない速度での包丁投げ・・・・・・
ミサトは引きつった笑いを浮かべてだらだら冷や汗が出てきた。

「ミサトさん?」
「は、はい!」
「レイの教育に悪いです・・・・・服を着てください・・・・・・って言うか着ろ!!」
「Y,・・・・Yes,sir!!」

ミサトはシンジを見ながら部屋にバックして行き、ふすまを閉めて退席した。
今のシンジに背中を見せたくない。

「シンジ君?」
「ハア・ハア・・・えなに?」
「どうして怒るの?」
「え?あ・・・レイも人に裸や下着姿見せちゃだめだよ。家族とかならともかく・・・」
「どうして?」
「え?」
「それならミサトさんやシンジ君は問題ないわ・・・・家族だし・・・・」

レイが違うの?と聞いてくる。

回想
「レイ?」
「なんですか?葛城さん?」
「あたしのことはミサトって呼んでほしいの?」
「?・・・・・・どうしてですか?」
「苗字で呼び合う家族なんていないでしょう?」
「か・・・かぞく?」
「そう、私もシンちゃんもレイの家族よ。」
「シンジ君も・・・・・」
回想終了

「あ〜〜い〜〜〜う〜〜〜ん、えっとねレイ?男の人には家族でもあんまり見せたらいけないんだ。」
「そうなの?」
「そう!!見せるのは好きな人にだけ・・・・ってどうかした?」

レイが好きな人という言葉に反応してあかくなった。
じっとシンジを見て何かを訴えかけてくる。

「ど、どうかした?」
「・・・いいの」

レイは真っ赤に成って顔をそらす。
この家に来てからどんどんレイは表情が豊かに成っていく・・・それは嬉しいのだが同時に妙な感情の発露をする事がある。
女のミサトなら分かるのかもしれないが男の、しかもそっち方面の経験が圧倒的に不足しているシンジにレイの女心を理解しろと言うのには無理がある。

「ねえシンジくん?」
「なに?」

レイは首をかしげている。
かわいらしいしぐさそのままに彼女は爆弾を投下した。

「・・・どうして好きな人だけなの?」
「・・・・・・・・・」

・・・・・・神よ・・・これはしかえしですか?
たしかに使徒を何人も倒しましたが・・・・・・男はスケベだからって言えって言うんですか?

(子供の相手は大変だね・・・・)

ブギーポップの笑い混じりの言葉が頭にむなしく響いた。
シンジはこの状況の打開に必死で答えることも出来なかったが

このあとミサトが復活して来ていまだに裸Yシャツのレイとしどろもどろに説明するシンジを発見・・・よせばいいのにからかいモ〜ドに突入・・・予備の出刃が飛んだ。
学習しない女である。


10分後
何とか状況の収拾に成功した三人は食卓でシンジの朝食を食べていた。
いまだにミサトの顔が引きつっている。

「シンちゃん突っ込みきついわ〜〜」
「朝一から余計なものを切った・・・・・・」
「いや・・・出来れば切ってほしくなかったんですが・・・ちょっと前髪かすったし・・・・」

ギロリ
擬音のしそうなシンジの視線にミサトが引く。

「なんかいいました?ミサトさん?」
「いいえ・・・なんでもありません。」
「よろしい・・・・・今日はこれからみんなで出かけますからね?」
「え?ああ、そうよね今日は張り切るわよ〜〜〜レイもいいわね?」
「・・・・・よくわかりません」

朝食をとり終えた”三人”はミサトのルノーで出かけた。

---------------------------------------------------------------

「綾波さんこんな感じでどうかしら?」
「・・・・・・よくわからない」
「・・・洞木さんだめよそんなおとなしいのじゃ、こっちのほうがアダルトな魅力で・・・・」
「葛城さん!!そんなのレイちゃんには似合いません、こっちのほうが色とかもぴったりです。ね〜先輩・・・」
「マヤ、それは汚れとかついたときに洗濯が大変よ・・・・むしろこっちのほうが汚れもつきにくいし・・・」

シンジは少し離れたところからその光景を見ていた。

ここは第三新東京市に最近できたショッピングセンターである。
今日は学校の休みでレイの服を買いに来たのだ。
何せ制服以外は下着しか持っておらず、その下着すらも安物といった始末だ。

これに憤慨したのはミサト、基本的に面倒見の良い彼女は無理やり有給を取って休みをあわせ、買い物についていくと言い出した。
正直シンジも女の子の服などよくわからんし、ミサトも一応女だ。(いつもミサトの親父くささを見ているシンジとしては疑問が残るが)
ちなみに今シンジの目の前で服をあさっているメンバーは”5人”
ミサト、レイ、リツコ、マヤ、ヒカリそして自分を入れれば6人になる。

(家を出るときは3人だったのに何で倍の人数に?)
(確か洞木さんは食品売り場に行こうとして偶然会ったんだったかな?)
(ええ、リツコさんとマヤさんはこの売り場で会ったんです・・・・・・ところで・・・)
(遠慮するよ!)
(・・・・ッまだ何にも言ってないじゃないですか・・・・ちょっとでいいから代わって下さい)
(シンジ君・・・・がんばれ・・・・・)

シンジはため息をつき視線を上に上げた。
そこには売り場のプラカードがかかっている。

〔婦人下着売り場〕・・・ひどく居心地が悪い。

(逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい・・・)

シンジの内心がどうあろうと女性陣は気にしない。
レイの下着選びはヒートアップはしても収まる気配はまるでなかった。

---------------------------------------------------------------

ショッピングセンターのレストラン街、その喫茶店のテーブルでシンジが生きてるくせに死んでいた。
テーブルにうつぶせてぴくりともしない。

婦人服売り場のプレッシャーは筆舌に尽くしがたく、シンジは真っ白に燃え尽きていた。
結局女性陣は午前中、下着売場に居座ってレイの下着論争が白熱したのが理由だ。
シンジはなるだけ聞き流していたが耳をふさいでいたわけではない(本当はそうしたかったがこれ以上不審人物に見られたくなかった)ので断片的に聞こえていた。

どうやらミサトが紫やら黒やら大人下着を薦め、マヤがレース付きの下着を薦め、リツコは実用のいいものを薦め、ヒカリは歳相応の物を薦めていたようだ。
それぞれの性格が良く出ている。

本人に主体性が無く「わからない」としか言わなかったため泥沼化、さらにレイは紛れもなく美少女だ。
美人は何を着ても似合うと言うのを地で行くため、ミサト達に着せ替え人形に成っていたためさらに時間がかかり・・・・・・・シンジの苦行は数時間に及んだ。

今、目の前では女性陣がいまだにコーヒー飲みながら話しこんでいたりする。
ないようはこの後にレイの私服を選びに行くと言う話しだ。
下着売り場よりはましだが・・・どうやらシンジはまだまだ開放されないらしい。

「シンジ君?おつかれみたいね?」

いつの間にか隣に座っていたリツコが話しかけてきた。
ぐったりしているシンジを見て苦笑している。

「リツコさん・・・・・今日は勉強しましたよ。女性の買い物に付き合うときは覚悟が必要ですね・・・」
「クスクス・・・・そうね・・・男の人にはつらいでしょうね・・・・」

シンジは体を起こして椅子に座りなおした。
何とか回復して来たらしい・・・HPはかなり低いが・・・これ以上苦行が続くなら逃げ出そうかと半ば本気で考えている。

「ところで今日はいいんですか?」
「ええ・・・・・仕事も一段落したしね、たまには息抜きもしないと」
「そうですか、大変ですね」
「 ・・・ちなみに仕事が忙しいのは初号機が前々回には腹部、前回は左手、今回は右手と満遍なく壊してくれて技術部には遣り甲斐のある仕事が絶えないからなの・・・おわかり?」

リツコの額に青筋が浮かぶのをシンジは見た。
周囲の女性陣もシンジが地雷を踏んだのを気の毒そうに見ている。
ミサトなどは助けるどころか飛び火しないように目をそらしていると言う薄情振りだ。

「まいいわ、今日はシンジ君にちょっと聞きたい事があるの・・・・・」

リツコの顔が笑顔に戻る、しかし目が笑ってない。
何か含みのある笑いだ。

「・・・委員長?」
「何?碇君?」
「先にカジュアル服の売り場に行っててくれない?レイも連れて・・・」
「え?どうして?」
「ちょっと用事があるからリツコさんと一緒に後から行くよ。おねがい出来る?」

他の全員がシンジとリツコの間に何か張り詰めた物が出始めた事に気がついた。
ヒカリは何か重要な事が始まるのを感じてシンジに頷く。
さすが委員長、場の空気を察してくれる良い子だ。

「わかったわ」
「ありがとう、ここはおごっておくから」
「おねがいするわね、綾波さん、行きましょう。」
「・・・・・・・・わかったわ」

レイもシンジ達の間の空気を読んだのか素直に言う事を聞いてくれた。
二人は連れ立って店を出て行く。

「手間をかけるわね・・・」
「いいですよぼくもリツコさんに聞きたい事あったし・・・・・・」
「そう?」

シンジは頷くとミサトとマヤに向き直る。

「ミサトさんとマヤさんも先に行っててください。」
「シンちゃん・・・・私たちのけものにするつもり?」

どうやらミサトはレイやヒカリのように物分りが良くないらしい。
シンジとリツコの話に興味があるようだ。
子供より聞きわけの無い大人と言うのもどうしたものだろうか?

「そんな事言ってませんよ・・・・・・マヤさんはどうなんです?」
「え?わ、私も先輩がお邪魔じゃないなら・・・・・・」
「・・・・だそうですけれどリツコさんはどうなんです?話したい事があるのはリツコさんですし」
「私?私もかまわないわよ・・・聞かれて困る事じゃないしね」

シンジも別に聞かれて困ると言うわけじゃない。
どうやら拒否する理由は無いようだ。
とりあえず話がまとまったところでシンジが席を立つ

「場所をかえましょうか?」

喫茶店内には他にも客や従業員がいる。
込み入った話なら場所を移すべきだろう。
ミサトとマヤはシンジと同じように席を立ったがリツコは座ったままだ。

「その必要は無いわ。」

リツコの言葉と共に他の客や従業員までが店を出て行く。
どうやら自分たち以外は諜報部の人間だったようだ。

「・・・用意のいいことですね・・・ここで会ったのも予定のうちですか?」
「さて、どうかしら」

リツコは平然としている。
それだけでこれがリツコの仕込だというのが分かるというものだ。
とりあえず周りを気にする必要はなくなった。

シンジ達は話がしやすいように正方形のテーブルに移動した。
一辺に一人ずつ座る計算だ。
ミサトとマヤ、シンジとリツコがそれぞれ対面になるように座った。

「さてシンジ君・・・・聞きたい事って何?」
「その前にリツコさん」
「何かしら?」
「一つルールを決めませんか?」
「ルール?」

リツコの疑問詞にシンジが頷いた。

「ええ、ルールと言っても当然の事ですよ。すなわち〔嘘をつくなかれ〕・・・・いかがです?」
「嘘をついた場合は?」
「ペナルティーが相手からもたらされます。拒否権はなし、ただし嘘を証明する根拠がない場合、もしくは相手に対する矛盾点が妥当でなかった場合は無効とします。」
「・・・・逆を言えば完璧な嘘は嘘に非ずって事かしら?」
「理解が早くて助かります。」

リツコは少し考え込んだ。
自分に対するメリットとしてはシンジに対する疑問の答えがわかるかもしれない。
デメリットは自分の持つ秘密が見抜かれる可能性・・・正直なところを言えばこの確率はかなり高いと思っている。
ようするにこれは知恵比べなのだ。
いかに相手の嘘を見抜き、自分の真実を覆い隠すか・・・

(フフフッおもしろいわ!!この子やっぱり面白い、こんなにわくわくするのははじめてよ。)

リツコは自分の中に興奮するという感情が残っていた事に驚きと喜びを覚えた。
目の前の少年は今までのどんな人物とも違う・・・・・この自分に論争を持ちかけてきたのだ。
そんな事、ほかの誰に出来るだろうか?

前回は後れをとったが今回はそうはいかない。
目の前の少年は自分と互角の論争を展開するだろう。
リツコの顔に心から楽しそうな笑いが浮かぶ。
両隣のミサトとマヤが不思議な物を見たような顔で呆けているがかまっちゃいられない。

「・・・いいわ・・・受けましょう」
「結構、ジャッジはミサトさんとマヤさんにお願いします。」
「「わ、わたしがですか?」」

リツコの目にはシンジが強力なライバルとして写っていた。
シンジを中心としてモノクロの世界に色が戻ってくるような錯覚さえ覚える。
昨日までの自分はなんともったいない事をしていたのだろう。

この日リツコの憂鬱な世界は終わりを告げた。

「「・・・・・・」」

テーブルを挟んでシンジとリツコは見つめあっていた。
相手の言動から真実を引き出すこのゲームにリツコは軽い興奮を覚えている、理由は相手がシンジだからだ。

「どちらから先に質問するのかしら?」
「その前にひとつ、どうしても答えられない事はノーコメントにしましょう。」
「ノーコメント?」

リツコはすばやく考えた。
ノーコメントを認めればシンジにはぐらかされてしまうかもしれないが、むしろ自分サイドに口に出来ない機密は多い。
ミサトやマヤがいるここではとくに、シンジはそのあたりに考慮して提案してくれたのか?

「わかったわ、スリーサイズを聞かれても困るしね」
「そ、そんなこと聞きませんよ!!」

シンジがあわてて否定するしぐさに女性自陣は軽く笑った。
そういう反応は年相応のものだ。

笑われたシンジが少し不機嫌になったのでリツコが笑いながらフォローする。

「ごめんなさいね、シンジ君」
「いいですよ・・・・」

少しいじけたようだ。
そう言うところを見るとやはり中学生なのだと思う。
普段のシンジは大人びていてなかなか中学生と言う感じを受けないのだが子供の部分が無いわけでもないようだ。
それだけでもリツコは新たなる発見だと思う。

気を取り直したリツコが真剣な顔になって質問した。

「シンジ君、あなた・・・何者?」
「「っつ」」

左右のミサトとマヤが硬直する。
それはシンジの今までの働きを考えれば当然誰もが抱く疑問だ
”一体この少年は何者だ?”
ただの中学生なんていったら誰もが否定するだろう・・・違う・・・と

「直球ですね、エヴァ初号機のパイロットで中学生・・・・・それじゃ不満ですか?」
「これまでのあなたを見ているととてもとても信じられないわね。」
「そんな事言われても・・・実際、ぼくはただの中学生ですし〜」
「あなたのような事がただの中学生に出来たらこの世の中の見方を変えなければいけないわね・・・・なにせその中学生が私たちのエヴァを使ってこの世界を護っているんだから・・・・」
「わざわざ【せざるをえない状況を作って強制した】側の人が言う言葉じゃないと思いますよ?」

シンジの皮肉のこもった言葉にミサトとマヤの顔色が変わった。
彼を戦場に放り出したのはネルフであり、そこに所属する自分達は正にシンジの言う通り【せざるをえない状況を作って強制した】側の人間だ。
しかしリツコは大した反応を示さず、動揺しているミサト達を無視して話を続ける。

「・・・耳が痛いわね」
「リツコさんが何を基準にしているか知りませんがあなたの目に写るぼくがすべてです。」
「それでもいろいろと判らない事があるわ、シンジ君?・・・・あなた命のやり取りをしたことがあるの?」

4人の間の空気が固まった。
それは誰もが考えたことだが内容が内容だけに迂闊に聞くことも出来なかった事だ。
どうやらリツコはかなりの覚悟を決めているらしい。

「・・・とんでもない事聞きますね、それはつまり殺し合いの経験があるかどうかってことでしょ?・・・なんでそんな事聞くんですか?」
「戦闘時のあなたの落ち着きようなどとてもじゃないけれど素人のそれじゃないわ・・・・・なぜ?」

リツコの話を聞きながらミサトはうなずいていた。
ミサトもつねづねシンジが専門の訓練を経験していた事を疑っていたのだ。
そうでなければ説明出気ない事が多すぎる。

「何故戦闘で冷静でいられるか?・・・ようは覚悟の問題ですよ。」
「覚悟?」
「この場合は使徒を殺す覚悟ですね・・・・リツコさんは誰か殺したいと思ったことありますか?」
「あるわ、実行した事はないけれど・・・」

マヤが息を飲む音がした。
ミサトも大きく目を開いて驚いているが話を続けている二人はミサトとマヤの事を気にしていない。
そこにいる事さえ無視しているような感じさえする。

「そうですね、それが正解です。でもいざ何かを殺そうとする時、ひとつの壁があります。」
「・・・・・理性ね」
「ええ、殺すことにためらうからこそ判断を誤る。逆に殺すって覚悟さえ決めてしまえば結構冷静になるもんですよ。命って結構簡単に消えてしまいますから」
「・・・・・・やめなさい、まるであなたが性格破綻者のような言い方に聞こえるわよ。」
「ぼくも戦わなくていいならそうしたいんですけれどね・・・むしろ少しくらい性格が破綻して無いと殺し合いを続けることなんて出来ませんよ。」

そう言ってシンジは微笑む。
反対にリツコ達3人は顔を曇らせた。
彼にそれを強要しているのは自分たちでもあるのだ。

「余計な事聞いたわね・・・・ごめんなさい」
「気にしないでください、自分のためですから・・・・・・所詮人は自分のためにしか何かをすることは出来ません。」
「・・・・・・そうかしら?」

リツコの疑問にシンジは頷いた。

「人はみなエゴイストですから・・・ぼくも大事な人と一緒にいる自分が好きだからここにいるんです。人が死ぬのを黙ってみているような自分が嫌いだから戦います。世界中の人を救いたいなんて思いません・・・・ただ自分が救える人や大事な人の手は離しません・・・身勝手でしょう?」

シンジの言っていることは道徳や奇麗事の余計な脚色をはずした本質の話だ。
飾らないシンプルな言葉はそれだけに疑いの余地が無い。
シンジは本心を語っている。

「・・・・そのための覚悟?」
「ええ、たとえあいてが神の使いだろうと関係ありません」
「極端ね、でも真理だと思うわ・・・・・生きると言う事は何かを殺していくことと同義だから・・・・」
「・・・・ぼくもそう思います、だからこそたとえ使徒が人と同じ生あるものだとしても・・・・」
「っつ」

リツコは息を呑んだ。
今シンジは人と同じと言った。
ただの比喩ともとれるが・・・

(まさか使徒と人間の関係に気づいているの?)

視線をめぐらすとミサトとマヤは気づかなかったようだ。
だがシンジはリツコから目をそらさない。

邪推だとは思うが真実を知る者だけに気になってしまう。

(これまでかしら・・・)

リツコはシンジの答えに納得したわけではないがこれ以上この話題を突き詰めるのは気が引けた。
やぶへびになるのも問題だがシンジの言葉は自分にとって重い、リツコは改めて別の疑問をぶつける事にした。

「シンジ君、あなたは初号機をシンクロ率0%で動かした・・・・2回も・・・・どうやったの?」
「何度も言いましたがそれこそぼくにもわかりませんよ。大体シンクロしない状態で動かせる理由はわかってるんですか?」
「そ、それは・・・・・」

確かにシンクロが0%で起動した理由はいまだに不明だ。
つまり【シンジが意図的にシンクロ0%の状態で起動できる】証拠がないのだ。
これでは説得力に欠ける。

リツコはシンジの反論に沈黙した。
ミサトとマヤは世にも珍しいリツコが言い負かされる場面を目撃して驚きの表情で見ている。

「リツコさんがわからない事をぼくが意図的にしたと?嘘だとしてもシンクロ無しで起動する理由の説明がされなければ無効ですよ?・・・・サードチルドレン観察日誌にでも書いてませんでしたか?」

シンジの言葉を聞いたリツコの目が鋭くなる。
言っていることは理解できるだけに、何故観察日記の事をシンジが知っているのかと言う無言の問いかけだ。

「知りませんでした?ミサトさんの部屋の掃除を時々してるんですよ。報告書を机に投げ出してましたんで拝見したら真っ白でしたよ。」
「し、シンチャ〜〜〜〜〜〜ン」

ミサトが情けない声と共に顔が青くなる。
同時にミサトの肩を誰かが掴む。
ミサトにとって地獄からのお迎え(怒ったリツコ)が目の前にいた。

「シンジ君、悪いけどちょっと待ってて・・・ミサト・・・・・・来なさい。」

いきなり無表情になったリツコがミサトを引きずって喫茶店の奥のほうに消えた。
お説教されているらしくリツコの「あんたパイロットに掃除させてるの?」とか「報告書は書け!!・・・・・え?プライベートの侵害?し・ご・とでしょう!!」など声と共に〈打撃音〉が聞こえてきたが気にしない。
ふと気がついて隣を見ればマヤが不安そうに店の奥を見ている。

「大丈夫ですよ。あれでも親友なんですから・・・・」
「そ、そうよね・・・」
「ええ、殺しはしないでしょ・・・・」

マヤが泣きそうな顔になってシンジと店の奥を交互に見ておろおろし始めた

10分経過

「またせたわね・・・・」
「いえ、親友同士の熱い語らいは終わりましたか?」
「ええ・・・とっても穏便にね・・・・」

絶対うそだとシンジとマヤは思ったがわざわざ口に出して不幸を呼び込むようなことは二人ともしない。
たとえミサトの頭にでっかいたんこぶがあったとしても、リツコの拳が赤くなっていたとしても・・・

リツコとミサトが無言で席に戻った。
シンジはミサトが恨めしげな視線を向けてくるのに気がついたが完全にスルー。
誰が悪いかといえば・・・ミサトだろう。

(まいったわね・・・)

リツコは椅子にすわりながら考えていた。
やはり一筋縄ではいかないようだ。
自分のほうの手札には状況証拠しかない。

シンジがシンクロ0%で初号機を操っているのはおそらく間違いないが、実際どうやって?
意図的にそんなことをすることは理論上不可能なはずだが目の前の少年はそういったことをあっさりやってのける。
非凡さだけでは説明できない何かがあるのは間違いないがまったく分からない。

「だからこそ興味を魅かれるのだけれど・・・・・」
「ん?何か言いました?」
「え?・・・い、いいえ・・・な、なんでもないわ」
「?・・・・・そうですか?」

どうやら無意識に口をついて出ていたらしい・・・・・・気をつけねば・・・・

「次の質問・・・いいかしら?」
「どうぞ」
「ありがとう、ではシンジ君?」
「なんですか?」
「レイを引き取ったのはなぜ?」

その一言に反応したのはシンジではなかった。
椅子を弾き飛ばして立ち上がったミサトがリツコをにらむ。

「リツコあんた・・・・・知っていたの?あの子がどんなところに住んでいたのか?」

リツコはミサトのほうを見ようともしない。
彼女が見ているのは正面のシンジだけだ。
ミサトなど眼中に無い。

「リツコ!!」
「ミサトさん」

ミサトが詰め寄ろうとしたのをシンジが手で制して落ち着かせた。
まだ怒鳴りたかったのかもしれないがシンジの手前あまり感情的になるのも気がひけたのでミサトは矛を収める事にして席を戻して座りなおす。
まだいらつきがのこっているのか乱暴な座り方だったがリツコに詰め寄る事はしなかった。

ミサトの対面にいるマヤはわけがわからずいきなり激昂したミサトに怯えている。
シンジはマヤを落ち着かせてからリツコに向き直った。

「むしろ引き取らないほうが不自然では?少なくとも重要なパイロットにあの部屋はないでしょう?」
「彼女の保護者は司令よ・・・・昨日レイが引っ越したのを知ったみたい、いいの?」
「報告の必要はないと思ったからですよ。第一あの人に保護者が務まるとでも?」
「「「・・・・・」」」

ほかならぬシンジの言葉だけに重みが違う。
ゲンドウに保護者が出来るのならシンジはこんなに苦労しない。
三人は沈黙するしかなかった。

「一体あの人はなに考えてるんでしょうね?自分の言う事聞かせやすいようにあんなところで生活させていたんですか?」
「・・・・・・」

リツコは言い返す言葉が思いつかなかった。
やはり油断のならない相手である。
ふと同級生と一緒に喫茶店を出て行ったレイの姿を脳裏に思い浮かべる。
あの人形みたいだったレイに曲がりなりにも友人と呼べる存在が出来たのだ。

これはゲンドウの計画にとってはマイナスだろう・・・しかし・・・応援してやりたいとも思う。
今まで人間扱いしなかった自分がこんな事を思うことさえ罪深いが・・・・・

気づくと隣ではマヤが事態についていけずただ場の雰囲気におろおろしているし、反対ではミサトが静かに怒っていた。

「とにかく彼女は自分の意思であの部屋を出ました。そしてミサトさんは作戦部所属のレイの体調を管理する必要があります。不満なら住所はそのまま残してはおきましょうか?」
「・・・・・いいえ、その必要はないでしょう・・・・住所の変更もMAGIでやっとくわ、」
「いいんですか?」
「もちろんよ」

もはやゲンドウを見限り始めているリツコにレイへのこだわりはなかった。
むしろこのままゲンドウのまきぞえでシンジ達に敵視されるのはごめんだ。
一方で・・・なんというか・・・シンジに嫌われたくないという思いがあるのも事実・・・・・
リツコは目の前で肩透かしを食らったようなシンジを見て一矢むくいたことに思わず笑みをうかべた。

「さて・・・そろそろシンジ君の番よ、何が聞きたいの?」
「はい・・・それじゃ・・・」

シンジの雰囲気が自動的なものに変化する。
ブギ−ポップとシンジが入れ替わった瞬間、3人は違和感を覚えたが気づくことはなかった。
目の前の少年が死神になった事に・・・

「赤木博士?」
「何かしら?」
「エヴァだけれど・・・あれは使徒だね?」
「「な!!」」

ミサトとマヤはシンジの言葉に目を丸くするがリツコは反対に無表情になった。
それを見たブギーポップの顔に左右非対称な笑みが浮かぶ。

「・・・どうしてそう思うの?」
「エヴァと使徒には共通点が多すぎる。誰でも一度は思うだろう?なぜエヴァは使徒に対抗できるのか?・・・・・っとね・・・」

リツコはため息を一つ吐いた。
予想できたはずだ・・・・この程度、シンジが気づかないはずはない。
彼はあの人の息子なのだから・・・・・・・

「・・・・私の口から言う事は出来ないわ・・・・」
「え?ちょっとリツコ!!」
「葛城さん、いいんだよ。そのためにノーコメントを作ったんだから」
「え?シ、シンちゃん・・・・」

まさかシンジにとめられるとは思わなかったと言う感じでミサトが唖然となる。

「悪いわね、シンジ君・・・」
「いや、気にしなくていい機密はそうそう口にするもんじゃないしね、こんな喫茶店でする話じゃなかった・・」
「やさしいのね・・・一つだけ聞かせて・・・・」
「なにを?」
「いつからなの?」

ブギーポップは少し考えた。

「最初から・・・確信は赤木博士の遺伝子配列の話を聞いてからです。」
「そう・・・・・あのときから・・・」

確かにそこからこの結論に辿り着いたとしたら頷ける。
遺伝子配列に関する事も機密事項だったし・・・どうやら油断しすぎていたらしい。

「代わりに一つ聞いてもいいかな?そろそろ僕の時間だろう?」
「なにかしら?」
「エヴァはだれだい?」
「な!!」

リツコはもはや驚愕の表情を隠す事も出来ずにシンジを見た。
横でミサトとマヤがそんなリツコに驚きの視線を向けている。
今までリツコにこんな表情があるなんておもっていなかったと言う顔だ

リツコの視線の先、シンジの顔には片方の眉を吊り上げた皮肉げな笑みがある。
見ようによってはいたずらの成功した子供の顔にも見えるが、そこにはミサトもはじめてみるプレッシャーがあった。
まるで”死神”に心臓をつかまれたような寒気が3人の背筋に走る。

「・・・・私は知らない。」
「・・・・・そうかい」

リツコの言葉を聞いたブギーポップはあっさり引き下がった。
それを見たリツコを含めた3人は呆けた表情をする。
明らかに今のリツコの行動は挙動不審なのに追及しなかった。
といってもリツコの様子を見ればブギーポップの言葉がリツコの中でどれだけ重いのかと言うのは一目瞭然だ。

「綾波さんと洞木さんが待っている・・・・そろそろ行かないかい?」

その言葉に3人が反応した。
今までのやり取りですっかりあの二人のことを忘れていた。
あわてて自分の椅子から立ち上がろうとするがうまくいかない。
どうやら自然と緊張していたようだ。。

「みなさん大丈夫ですか?」

そう言って笑いかけるシンジはいつもの柔らかな微笑を浮かべていた。

---------------------------------------------------------------

ショッピングセンター地下駐車場

「今日は本当につかれたわ・・・」
「そうね・・・・・」

二人の人影が話し込んでいる
話し合ってるのはミサトとリツコだった。

自分のシビックに乗ったリツコにミサトが窓をあげて話し込んでいるようだ。

「どうして話してくれなかったの?エヴァが使徒と同じだって・・・・」
「私は何も断定してないわよ・・・・」
「とぼけても無駄・・・・まあ・・・理解できなくはないけれど・・・」
「・・・そう?」

理由のひとつにミサトのことがあるのは間違いない。
彼女は使徒に復讐する為にこの町に来た。

「復讐にこりかたまった私がエヴァを嫌悪すると思ったんでしょう?」
「さあ・・・」
「まっいいけれどね私も否定できないし・・・・」
「今は違うの?」
「う〜〜ん、復讐をしたい気持ちはあるのよ。でもそれだけじゃないっつうか・・・」

ミサトは首をかしげて考え込んでいる。
そんなミサトを見てリツコは薄い笑みをうかべた。

「他にもしたいことが見つかったって事なんじゃないの?」
「え?う〜〜ん、そっかもね・・・・あんたはどうなのよ?」
「わたし?・・・・そうね、興味あることは見つかったわ。それだけで今日ここに来たかいがあったわ」
「え?何よ?」
「フフッ秘密よ・・・・・そろそろかえるわ」
「え?そう?」
「ええ、明日も早いの・・・・それじゃね・・・」
「そう、さよなら」
「さよなら」

リツコは自分の白いシビックのエンジンをかけると駐車場を出て行った。
運転をしながらポケットのタバコを取り出し火をつける。
少しすうと口からタバコをはずし煙を吐き出す。
考えているのはさっきのやり取り・・・・

「予想外だったわね・・・予想はしていたけれど・・・あそこまでとは・・・」

独り言をつぶやきながら自分の考えをまとめていく。
エヴァと使徒の関係に気づくのは半ば予想していた・・・・
今までのシンジを見ていれば自力で答えに行き着くのは十分考えられる事なので驚きはしない。

だがおそらくシンジはその先・・・・・人と使徒の関係にも気づき始めている。
いや、あの様子だとすでに気づいていると見るべきか・・・・

そこまではまだいい、しかし・・・・・最後のあの言葉・・・・・・

「エヴァはだれだい?」

まさか気づいたという事なのだろうか?・・・”彼女”の存在に・・・・・

リツコは再び煙を吐き出した。

・・・・いや・・・・気づいてはいないだろう・・・・・・
気づいているならもっと別の聞き方をするはずだ・・・・・
それでも誰かの存在は感じている・・・・・そんなところだろう・・・

「・・・・どうしたらいいかしら・・・・・」

本来ならゲンドウか冬月に報告するべきだろう・・・
しかし・・・・・・・

「・・・・あのシンジ君を敵に回す?」

自殺行為だ。
なんと言ってもシンジはいまだに本気を出してはいないだろう。
勘でしかないがシンジにはもっと大きな秘密が隠されている。・・・そんな気がする。

「とりあえず保留としときましょう・・・・・それにしてもフフッ、クク・・・・アハハハハハハハハッハハハハハハ」

リツコは車内で誰も聞いてないことを確認すると抑えていたものを吐き出すように笑い出した。
愉快でたまらない。

リツコはシンジとの会話を思い出していた。
お互いの思いや秘密をかけたあの会話でリツコはいくつもの発見をした。

シンジにではなく自分に対して・・・・・
今まで忘れていた興奮を思いだした。
今まで忘れていた喜びを思い出した。
もはやシンジへの興味は無視できない・・・・・無視するつもりもない・・・・

恋愛の感情ではないと思う・・・・・・だが相手への興味と言う点では近いものがあるだろう。

ミサトとレイの変化も納得できる。
ほんの少しの間でここまで自分に興味を持たせた少年・・・・自分を変えた少年・・・・碇シンジ・・・・
彼のそばにいる彼女たちがあれほどに変わったのも当然だと思う。

リツコは自宅と反対方向にハンドルを切った。
今日は少しこのまま走っていたい。
せめてこの愉快な余韻がさめるまで・・・・・たまには目的もなく走るのもいいものだ・・・・・・
リツコは星の輝きだした空を見ながらアクセルを踏み込んだ。

この日・・・・ある女性を縛っていた鎖がはずれて・・・・地に落ちた。
はずしたのは彼女だが・・・・・その鍵は一人の少年によってもたらされた。
それに気づいた者は一人もいない・・・・・・
彼女自身すら気づかなかった。






To be continued...
(2007.06.09 初版)
(2008.07.19 改訂一版)


(あとがき)

今回はナオキさんに協力してもらって誤字の洗い出しをしてもらったので安心して投稿できます。
今まで全部一人でやっていたのですが他の人に手伝ってもらうと自分のきづかなかった誤字とか見つけてもらえるので大助かりです。
ナオキさんにはほんとうに感謝しています。

作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで