《再会》
さいかい ―くわい 0 【再会】
(名)スル
別れた者が久しぶりに会うこと。

《邂逅》
かいこう 0 【▼邂▼逅】
(名)スル
思いがけなく出会うこと。めぐりあい。


これは少年と死神の物語・・・・・・・






天使と死神と福音と

第肆章 〔Fate to turn around〕
T

presented by 睦月様







「また君に借りが出来たな・・・」
『返すつもりもないんでしょ?』

深夜、ネルフの最高責任者であるゲンドウは自分の執務室にいた。
電話を使って誰かと話している。

『彼らが情報公開法をタテに迫ってきた資料ですが、ダミーも混ぜてあしらっておきました。 政府は裏で法的整備を進めてますが、近日中に頓挫の予定です。 ・・・・・で、どうです?例の計画の方もこちらで手をうちましょうか?』
「いや、君の資料を見る限り、問題はなかろう」

ゲンドウは机の上に広げられた資料を見ながら簡潔に答えた。
一番上には人型の巨大なロボットの写真がある。
話しの中心にあるのはそれのようだ。

『・・・では、シナリオ通りに』
「ああ・・・・・」

打ち合わせが終わったらしい。
話が終わったゲンドウは受話器を戻して電話をきろうとした。

『・・・そういえばご子息の件ですが・・・』

ゲンドウの動きが止まる。

「・・・・・・なんだ?」
『こちらのほうまで噂が流れてきてますよ?すでに初号機とそのパイロットの話はネルフで知らないものはいないほど有名になってます。』
「くだらん・・・・・切るぞ」
『ええ、どうぞ・・・・それと私も弐号機と共にそちらに向かいますのでかれに会うのが楽しみですよ』

ゲンドウは答えず電話を切った。
それっきり物音が消えて室内が静寂に包まれる。
ゲンドウは身動きもせずに天井を見つめていた・・・その表情は読めない。

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葛城邸の朝には時々妖怪が出没する

名前は葛城ミサト・・・
外見はおおよそ女性として問題を感じる露出の多いラフなスタイルで出没・・・
性格はオヤジ・・・・・
主に前日飲み過ぎた日や徹夜仕事の次の日に死にそうな顔で現れる
今日もまた・・・・・・・

「ふぁああああああああ・・・・」
「おはようございますミサトさん。」
「おふぁようシンちゃあ〜〜ふ」
「・・・・あくびしながら返事するのやめませんか?」

シンジが呆れた声でたしなめるが当のミサト本人は笑ってごまかそうとしている。
どっちが年長者かわかりゃしない。

「えへへへごみんね〜〜〜昨日飲み過ぎちって・・・・」
「とりあえずお茶漬けでも作りますよ。そっちのほうがいいでしょ?」
「ありがと〜〜、やっぱりシンちゃんやっさし〜〜〜」

今朝はちいさなTシャツに短パンと言う服装・・・・・そのため生足やへそだしルックで色気はあるが寝起きの顔がすべてを台無しにしている。
それでも中学生には刺激が強いがシンジは澄ましたものだ
こんな事で興奮していたらここでやっていけないのはこの町に来てから今までの生活が物語っている。

「昨日も夜勤だったんですか?」
「ええ、飲み屋で作戦会議、リツコ達と〜」
「・・・それって作戦会議じゃないでしょう?ほどほどにしてくださいよ。」
「う、ごみ〜〜ん」
「シンジ君」

シンジがミサトにお説教しようとしたところ台所にいたレイが現れた。
手にはお玉を持ってエプロンをつけている。

「なに?どうかした?」
「お味噌汁の味・・・見て」
「ん?わかった。」

最近、レイはシンジの料理をする姿に興味を覚えたらしく手伝いたいと言ってきた。
母親の調理する姿に興味を持った子供のようだ。
シンジはもちろん了承して手伝ってもらっている。

レイへの指導は基本的なところから始まった。
それというのもレイは刃物を持った事がない(プログナイフを刃物というなら別だが)のでまず包丁の握り方から教えることになったからだ。
まだ刃物の扱いは心もとないがそれ以外の煮物はレイの仕事になりつつある。
基本的に覚えはいいらしい。

シンジも出来のいい弟子が出来てまんざらでもないし、レイの上達ぶりをほほえましく見守る姿はどう見ても主夫のそれなのだが本人は気づいていない。

レイに教えているのは和食、基本的に肉が苦手なレイも魚は大丈夫らしいと言う事がわかったので肉類のあまりない和食をメインに教えているのだ。
反対にシンジは最近洋食に力を入れている。

本来シンジも和食が得意なのではあるがレイとかぶるのもなんなので自分はレイに教える傍ら洋食のレパートリーを増やしている。

そのため最近ではレイも少しは肉類を食べられるようになって努力している。
まだ肉そのものは無理でもベーコンやそぼろなどは食べるようになっていた。

二人が台所にたっているのを見て目を細めているのはミサト

「二人ともそうやってると夫婦みたいよ。」

ミサトの言葉にレイが赤くなる。
シンジは背後のミサトを横目で見た。

「ミサトさん・・・・・・ひがんでるんですか?」
「あら?言うわね、私もシンちゃんの隣で料理したら奥様って感じ?」
「・・・ミサトさんが料理するならぼくはレイをつれて自分の家に避難しますよ」

その言葉に冗談や嘘は一切含まれていない。
純粋なシンジの本心だ。

「うううううううっイケズ・・・・美人のオネーサンの手料理食べさせてあげよってのに・・・・」
「・・・・・・その手料理で僕は気絶したんですけれど?」
「・・・ぷり〜ず・わんす・もあ・ちゃんす・・・・?」
「却下!!」

シンジはいい年して可愛いしぐさに挑戦するミサトを冷静に一刀両断した。
ミサトが地面にのの字を書き始めるが完全にスルーしてレイへの指導は続く。
葛城邸はやがて運ばれてきたレイの味噌汁と共に”いつもの通りに”スタートした。

「ああ、そういえばシンちゃん、」
「なんですか?」
「来週の今日は朝食はいらないわ。」
「朝から居酒屋ですか?」

シンジの言葉にミサトがずっこける。
最近シンジの突っ込みは容赦と言うものが無い。
その原因の大半はミサトの生活態度に起因しているので自業自得なのだが

「ちが〜う!朝から用事があるのよ、国立第3実験場で・・・」
「旧東京にある国立第3実験場ですか?・・・・・何があるんですか?」
「う〜〜ん、身の程知らずのお祭り・・・・」
「はあ?」

シンジが聞き返そうとするとドアのチャイムが鳴った。
ミサトが玄関に取り付けられているカメラの映像を確認する。

「はいは〜い・・・・ああ、シンちゃんお迎えよ。」

それで大体の事情が飲み込めた
シンジはもはやなれた感じで玄関のドアを開ける。

「「おっはよ〜〜〜〜ございま〜す」」

扉の向こうにいたのはやはりトウジとケンスケだった。
なぜか一回死にそうになったシャムシェル戦からこの二人はミサトのファンになったらしい。
なんとなくミサトが何かしたことはわかるがシンジは追求していない。
何したか聞くと怖いから・・・・・

「シンジ?ミサトはんはどこや?」
「そうだよ、今日は高性能のカメラを・・・・」
「ちょっとまてケンスケ!!」

ケンスケの言葉をシンジがさえぎった。
その顔は真剣そのものだ。

「今・・・・・・聞き捨てならないこと言ったね?ミサトさんの写真・・・どうするつもりなんだ?」
「え?そりゃもちろんコレクションして・・・・学校のルートに・・・」
「やめといたほうがいい・・・・みんなだまされる・・・・」
「「はあ?」」

シンジの言葉にわけがわからないといった表情をする二人・・・まあミサトの日常を知らなければそれも仕方ない。
ミサトは傍目にはバリバリのキャリアウーマンできりっとしているように【見える】のだから

「シンちゃ〜〜んちょっとひどいかも・・・・・」

奥からミサトの情けない声が届くがシンジは無視した。
あえて普段のミサトの姿をばらさないのは夢は長く見ていたほうがいいと思うから・・・しかし夢は所詮現実の前では無力だったりする。
シンジが哲学的な考えに思いをはせているとレイが現れた。

「お、綾波おはようさん」
「おはよう綾波。」
「おはよう・・・・・」

三人の挨拶と共に学校へと出発した。
それはここ数日繰り返された光景・・・・・

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「・・・そりゃJAの完成発表会だな・・・」
「JA?農協はもうとっくにあるだろう?なんでまた?」

いつもの昼食時間、いつものメンバーが屋上に集まっていた。
すなわちシンジ、レイ、トウジ、ケンスケ、ヒカリの5人だ。
その席で今朝のミサトの言葉を話したところケンスケが反応した。

「違う違う、日本重化学共同体が作った対使徒戦用の兵器らしい。確か名前はジェット・アローン」
「どっからそんな情報を仕入れたのかは置いておいて・・・日本重化学って戦自じゃなくて民間企業だよね?何で使徒戦用の兵器なんて作るんだよ?」
「そうやな〜もうエヴァがあるし、必要無いんとちゃうか?」

いつの間にかトウジだけじゃなくレイとヒカリもこちらに注目していた。
ここにいるメンバーのうちシンジ達はパイロット、他の三人も成り行きとはいえエントリープラグの中に入った経験がある。
無関係とは言い切れない。

「俺にもよくわからないんだけれどさ、いま使徒戦はネルフが独占してるだろ?それが面白くないんじゃないか?」
「・・・・・でもそれがあれば碇君や綾波さんの負担が減るんじゃない?」

ヒカリのなにげない言葉にトウジとケンスケが反応する。

「そうやな・・・・・・」
「たしかに・・・・・」

もしJAが使徒との戦いで通用するならシンジ達の負担は大きく減る。
場合によってはシンジ達が最前線に出る必要がなくなるかもしれない。

考え込む3人を見るシンジとレイは渋い顔だ。

(むりだね・・・・)
(そうですね・・・・・・)

戦場で戦ったものにはわかる。
あれは本来、人の手に負えるものではない。
それをどうにか出来るエヴァのほうが規格外なのだ。

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ネルフ本部・・・・・・・実験場

実験場には初号機と零号機が拘束されていた。
コンソールのモニターにシンジとレイの顔が映っている。
今日はシンクロテストのため二人は学校から直行していた。

モニターを見ているのはミサトとリツコだ。

「相変わらずシンジ君のシンクロはすごいわね・・・・・」
「そうなのリツコ?」
「ええ、数値も安定性もずば抜けているわ・・・・ドイツのセカンドチルドレンよりも高い数値で安定している。」
「レイも数値は上昇しているけれどシンちゃんと比べるとやっぱりね・・・・シンちゃんが一番経験無いはずなのに一番高い能力を持っているなんて・・・・・才能って不公平よね〜」
「本当にそうね・・・二人とももうあがっていいわよ」
『『了解』』

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リツコの言葉と共にシンジは肩の力を抜いた。

(一体誰なんでしょう?・・・・この人は)
(さて・・・)

シンジはエントリープラグの内部を見回した。
シンクロするたびに感じる誰かの気配・・・・・
最初は気づかなかったが・・・シンジはその気配に懐かしさに近い感情を覚える事に気づいた。。
説明は出来ないが・・・・・懐かしさだ。

(断定は出来ないが・・・)
(なんですか?)
(この人物は君に好意を持っている。)
(え?)

シンジの顔に驚きが浮かんだ。
予想もしなかった。

(シンクロはA10神経によってなされる。知ってるね?)
(・・・はい)
(A10神経とは愛情をつかさどる神経だ)
(・・・・・・使徒に好かれるような覚えはないんですが?)
(さて・・・案外無意識に惹きつけたんじゃないだろうね?)
(ぼくは誘蛾灯ですか?)
(近いものがあるかもよ?)

シンジの不満そうな顔と対称的にブギーポップは愉快そうだ。

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ブリーフィングルーム

制服に着替えたシンジとレイはミサト、リツコ、マヤと向き合っていた。
ここに集まった理由はシンクロテストの結果と反省会のためだ。

「二人ともご苦労様、今日はこれで終わりよ。」

シンクロテストの結果がよかったので今日のリツコは機嫌がよい。
科学者の科学者たる所以かあるいははっきりマッドというべきか

「シンジ君」
「はい?」
「今日はミサト残業だからマヤに送らせるわ」
「・・・ミサトさん、また溜め込みましたね?」
「う・・・・・ごみん」

ミサトの周囲だけ暗くなった。
どうやらまた仕事がたまって残業になったらしい。
完璧に自業自得なので誰も助けない。

「ふふっ、無様ねミサト・・・・子供たちにも見抜かれてるわよ」
「ううっ、リツコまで〜〜」

ミサトが涙目になったのでシンジもリツコもからかうのをやめた。
大人の泣き顔など見ても面白くない。

「それにしても今日は何かあったんですか?急いで返す理由でも?」
「それがね、侵入者がいるって言うの・・・・確証はないんだけれど念のため・・・」

シンジの疑問に答えたのはマヤだった。

「侵入者?それにしてはいつもと変わらないような・・・・」
「そうなの・・・・実は以前からそういった報告があったらしいのだけれど・・・・・」
「何で今まで放置してたんですか?」
「それは・・・・・記録がないの、MAGIの監視カメラにはひっかからないのに目撃証言だけはあって・・・・・・まるで幽霊のようなの・・・」

マヤがなぜか嬉しそうに話す。
その背後でリツコがくだらないと言う顔をする。
ミサトは・・・・・・まだすねていた。
レイも興味があるのか黙って聞いている。

「たとえば?」
「その人物は黒いマントを着ているらしいの・・・」
「・・・・・・へえ・・・」

何か聞いた事のある特徴だ。

「あっ、シンジ君・・・信じてないわね?」
「・・・今の狙ったんですか?それより他には?」
「ええ、後同じ色の筒のような帽子をかぶっているらしいわ、それに顔は真っ白で唇の色は黒だったらしいの・・・・」

シンジは頭を抱えたくなったが我慢する。
さすがにそんなことをして「関係者ですっていうか本人です。」・・・などと宣言するわけにも行かない。

(何でばれてるんですか?)
(失敗したかな・・・たぶんネルフのことを調べたときだね、監視カメラはごまかせたはずだが何処でばれたかな?)
(・・・・とりあえずフォローはしときます。)
(悪いね)

シンジは出来るだけさりげなくはなしを振った。
あくまで自然な感じを心がける。

「・・・・何か聞いたことある特徴ですね」
「「「「え?」」」」

4人の視線がシンジに集まる。
横にいたレイが話しかけて来た。

「シンジ君・・・・」
「なに?」
「誰だか知ってるの?」

レイの直球の質問にシンジの顔が引きつる。
見れば四人とも興味津々の顔・・・特にマヤはこういう話が好きなのか目が輝いている。

「・・・・・ぼくが聞いたのは都市伝説の死神の話ですよ」
「「「「死神?」」」」
「はい」

隠蔽がだめなら今後のためにある程度の情報を流しておいたほうがいい。
都合のいい事にブギーポップには屈折した噂がある。
それを使って都市伝説ということで落ち着かせるしかない。

「どういうはなしかしら?」

リツコも興味を魅かれたらしくシンジに聞いてきた。
やはり科学者としてわからないものに対する興味は人一倍だ。

「え〜〜〜っと外見はさっきマヤさんが言ったのと一致します。次に殺し屋だとか死神だとか言われているみたいですよ。」
「殺し屋?死神?・・・非科学的ね・・・・」
「そうですね・・・・・性別は不明、美男子とか美少女とか・・・・」

女性陣が美少年のくだりに反応した。
なぜそこに反応するかは・・・追求しないほうがいいだろう。

「美少年か美少女の死神?殺し屋だったかしら?ミステリー小説なんかにはもってこいの題材ね」
「そうですよね先輩、ミステリアスで素敵です。」
「え?死神っていったら骸骨で鎌もった妖怪じゃないの?」
「ミサト、本来死神は神様の農夫らしいわ、結構慈悲深くもあるの、骸骨のイメージは後世の人間が絵や物語で作ったものなのよ。」
「そうなの?でも美形の死神なんて・・・・シンちゃんとどっちがいい男かしら?レイはどう思う?」
「・・・・・・よくわかりません」

どうやらうまくごまかせているようだ。
このままうわさが広がれば誤魔化せるかも・・・

「それでシンジ君?ほかには?」

マヤが続きを聞いてきた。
やはりこの手の話に目がないのか・・・美少年のくだりに魅かれてるわけじゃ・・・ないよな?

「・・・え〜〜っとここが一番重要なんですがそいつは人がもっとも美しいときそれ以上醜くなる前に殺す・・・・とか」
「・・・・・・・・」

マヤは言葉もない。
恐怖ではなく好奇心ありありの瞳でシンジを見ている。
かなりつぼにはまったようだ。

同じようにシンジの話を聞いていたミサトが何を思ったのか上機嫌になった。

「それなら私とか危ないかも〜〜ほら私今ちょ〜ど食べごろって言うか・・・気をつけないと」
「ふふふっ・・・興味深い話ね〜〜一番美しいときに現れるなんて・・・マヤとかは気をつけなさいよ?」
「え?・・・せ、せんぱい〜〜」
「でも死神か〜〜まっ神様の使いがいるくらいだから死神の一人や二人いてもおかしくないわよね〜〜」

女性陣は美しい死神の話に花を咲かせている。
シンジは軽く安堵のため息をつく。

「ん?」

不意にシンジは袖を引っ張られた。
見ればレイが自分をじっと見ている。

「?・・・・どうしたのレイ?」
「シンジ君・・・その人の名前は?」
「え?名前?」

レイが首を縦に振る
そのしぐさがかわいくて思わず笑ってしまいそうになるが我慢した。
反対を見ればミサト達もシンジを見ている。
興味があるらしい。

「名前はね・・・・ブギーポップって言うんだ」
「え?ブギーポップ?」

ミサトがいぶかしげな声を出した。

「不気味な泡って意味よね?・・・・・趣味が悪いわね?」

ミサトの言葉にリツコもマヤも首を縦に振る
皆同意見のようだ。

(・・・・・・趣味が悪いそうですよ?)
(よく言われる)

ブギーポップは苦笑した。
このくらいでは堪えないらしい。
あるいは無神経なだけかもしれないが

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深夜・・・・・・

「・・・・・・やあひさしぶりだね・・・・」

小柄な人影が公衆電話の受話器を手にとって話している。
月明かりに照らされたその顔はシンジのものではなく・・・ブギーポップのものだ。

『・・・だれだ?』
「誰だ?なんてひどいな・・・・・・・僕だよ。』
『?・・・まさか・・・お前ブギーポップか!!』
「そう僕だ」
『どういうつもりだ?俺に電話をかけてくるなんて・・・何をたくらんでいる?』
「そう言わないでほしいな・・・」

電話先の相手はかなり剣呑な感じだ。
どうやらブギーポップの知り合いらしい。

「今回は頼みたい事があるんだ。」
『・・・なんだと?』
「そう以外そうな声を出さないでくれよ・・・本気なんだから・・・」
『理解出来ないな、お前が俺に協力を頼んでくるなんて・・・いつものように一人でさっさと始末してしまうんじゃないのか?』
「そうしたいのはやまやまだけれど・・・・”今の僕”は少々不自由な状態にあってね、監視もされている」
『なに?』
「ああ、この電話は問題ない」

電話先で息を吐く音が聞えた。
盗聴のことを気にしていたらしいがブギーポップの言葉で安心したらしい。

『俺を顎で呼びつけようなんていい性格しているなおまえ?』
「顎で呼びつけようなんて思ってないよ、それで?こたえはイエス、オア、ノー?」
『・・・良いだろう。お前が助けてくれなんて言い出すなんて金輪際ないだろうしな、それで?何処で落ち合う?』
「こんど国立第3実験場で日本重化学共同体が面白いことをする・・・・・」
『・・・JAって奴か?』
「知っているなら話が早い、何とかもぐりこんでくれ。後はこっちで君を見つける・・・それじゃ・・・」

ブギーポップは受話器を公衆電話に戻した。
ここは第三新東京のはずれ・・・MAGIのネットワークに引っかかってない古びた公衆電話の前に立つ少年の顔は左右非対称の笑いがあった。

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数日後・・・

「ここがかって花の都と呼ばれた東京とはね・・・」

ミサトのつぶやきは眼下の光景に向けられたものだ。
彼女はいつもと違い正装している

いまミサト達は旧東京の真上をヘリによって移動していた。
かって日本最大の人口を誇り、眠らない町とまで言われた東京・・・いまではその面影は無く朽ちたビルがところどころにかろうじて建つという状況だ。
想像力豊かなものが見れば墓場にも見えるだろう。

・・・セカンドインパクト発生時、最も人命や資源を奪ったものは津波である。
セカンドインパクトの余波で巻き起こった津波は多くの都市に押し寄せあらゆる物を飲み込んだ。
そこには慈悲も無慈悲も善悪すらなかった。
生と死はすべての場所、すべての人に平等に与えられ・・・・そして多くの物、多くの命が奪われた。
生き残った者達は運が良かったと言うしかない。

いまでも海抜は上昇したまま、かって人が笑い、泣いた場所がその人たちの記憶とともに海中に没している。
そういう場所は決して少なくない。

すべてはセカンドインパクトの・・・・・・

「・・・ミサトさん、思いつめるのはよくないですよ。」

ミサトがその言葉に正面を見るとシンジのやさしい笑みがあった。
シンジは反対側の座席にリツコと並んで座っている。
もちろん二人とも正装だ。
リツコは資料に目を通すのに忙しいらしく反応なし。

「人は忘れることによって生きていける・・・・でも忘れてはいけないこともある・・・重要なのは忘れない事であって囚われる事じゃない、そうは思いませんか?」
「・・・そうかもしれないわね」

忘れない事と囚われる事はイコールでは無い。
悲しみに足踏みするかその悲しみすら飲み込むか・・・

「・・・ありがと、シンちゃん」
「いえいえ」

ヘリの中に暖かな空気が満ちる。
自然と二人の顔に微笑が浮かんだ。
リツコも何も言わないがこの空気は気にいっているらしく口元がほころんでいる。

「そういえばシンジ君?何でついてきたの?」
「興味があったんです、民間企業が作った対使徒戦用兵器ってのに。」
「・・・その情報はやっぱり」
「ええ、ケンスケですよ。」

ミサトはあちゃ〜と言う感じで天を仰いだ。
地面から見るより幾分か空が近い。

「・・・あの子まだ首突っ込んでるの?」
「一応注意はしてますけれどね・・・まあ、大した情報でもないですし、いくらケンスケでも重要施設のファイヤーウォ−ルはそうそう突破できませんって」
「・・・それはそうだけれど、今度会ったら言っとかないと、場合によっては端末を取り上げるとか実力行使がいるかもしんないわね〜」
「それはお願いしますよ。」

ミサトはちょっと渋い顔になる。
情報は時として重要な意味を持つ、特にネルフや使徒の情報はそれを理解出来ないままに興味本意で関わっていい物では無い。

「それにしても、あなたも感心できないわよシンジ君?」

シンジの隣に座っているリツコが口を挟んできた。
どうやら資料を読み終えたらしい。

「仮にもあなたは重要人物なんだからもっと自覚を持ってほしいわね。」
「ごもっとも、でもここにはミサトさんもいるし、いざとなれば期待していますよミサトさん?」
「え?あぁ・・・も、もちろんよ」
「・・・・・・不安だわ」

リツコはため息と共に読み終わった資料をバックに戻す。
何に不安を感じているのか気になるところだ。

「そういえばリツコさん?」
「なにかしら?」
「なんでミサトさんとリツコさんなんですか?」
「・・・・・・どういう意味?」

意味不明の質問にミサトとリツコの視線がシンジに集まる。

「だってミサトさんは作戦部長で、ある意味現場の仕事でしょう?リツコさんは技術部の責任者、整備や開発がメインの技術屋・・・・こういうことは本来司令や副司令の仕事では?」
「・・・本来はね、でも司令はいま第三にいなくて副司令はその代理、だから私たちってわけ、」
「・・・・さぼりですか?」
「「ブッ」」

シンジの率直な一言で二人は同時に噴出した。
特にミサトは大爆笑といっていい。
ここにゲンドウと冬月がいなくて幸いだった。

「クククック・・・ち・・ちょっと違うわね・・・司令は今、会議で日本にいないの・・・・・今頃は機上の人よ。」
「会議?」

リツコの言葉にシンジが心底意外そうな顔をした。
シンジの予想外の態度に笑いを納めたリツコが質問する。

「ど、どうしたの?」
「・・・・会議なんて・・・・仕事してたんですね・・・・あの人・・・」
「「ブッ」」

ミサトとリツコが再びふきだす。
ミサトなどは二回目の大爆笑で過呼吸になっていた。

「シ、シンちゃんきっついわね〜〜〜一応司令職の人よ?能力は保障済みだわ。」
「そこがわからないんですよ・・・・・あのやくざ顔でなんで司令職なんて勤まるのか・・・最大の謎だと思いません?やはり冬月さんがフォローしてるんでしょうか?・・・」
「シ、シンちゃん?」

シンジは冗談を言っているわけじゃない。
本心からそう思っているようだ。
かなり評価が辛い。

「ミサトさん?」
「な、なにかしら?」
「・・・あの人が戦自やら国連やらと交渉して友好関係作るなんてできると思いますか?せいぜいあの手を組んだ姿勢で威圧する事しか出来ませんよ?そのくらいあの人は臆病で対人恐怖症なんですから・・・・」
「「お、臆病で対人恐怖症?」」

思いもよらないシンジの言葉に二人の声はユニゾンした。
あのゲンドウが対人恐怖症など夢にも思って無かったらしい。
少なくともフレンドリーな付き合いの出来る人間でないのは確かだろうが。

「あれ?気づきませんでした?あの人初めてあったときからサングラス取らないでしょう?しかもまともにぼくと話そうともしないし、他の人と話すときも最低限の会話で済ませる・・・外顔はあんなですけれど本心は他人を怖がって怯えている小心者ですよ・・・・・無理につくろっても怖さは消せないのに・・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・」」

二人は言葉もない。
言われてみれば思い当たる事は多々ある。
確かにゲンドウはその威圧感によって周囲の人間を遠ざけてる節があった。
以前はそれが上に立つものの威厳と思っていたが・・・

(・・・・・・ネタがばれてしまうとつまらないものね・・・・)

リツコは内心ほくそえんだ。
ゲンドウに執着していたとき自分はそんなことも見えていなかったのだ・・・自分のみる目のなさを思うと無様に思えてしょうがない。

ちなみにミサトはまだ唖然としてあっちの世界に旅立ったままだ。

「ミサトさん、リツコさん・・・・」
「「は、はい?」」

いきなり真顔で真剣になったシンジに二人が引く

「ネルフの中にあの人を司令としてでなく尊敬してるって人・・・・・何人いると思います?」

二人は沈黙したが思いはひとつ・・・・・

((そんな奇特な人・・・・いるかしら・・・・・))

いくら考えても一人も思い浮かばない。
少しゲンドウがあわれに思えて来た。

「あっと、そろそろ到着のようですよ?」

シンジの言葉に二人が窓を見るとドーム状の建物とすぐ横のヘリポートが見えた。
程なくヘリが指定されたヘリポートに着陸する。
地面に触れる振動と共にヘリのハッチを開いた。

「さ〜て、それじゃ行きましょうか」

ミサトの声と共にリツコは資料を入れたバックを持って立ち上がる。
シンジもスポーツバックを持って機外に出た。

「あれ?シンちゃんそのバック置いていったほうがよくない?」
「いえ、着替えとか入ってますから。」
「着替え?もう正装はしているのにお色直しでもするつもり?」
「まあ確かに正装ですね、個人的な・・・」
「え?」
「二人とも、早く行くわよ!!」

リツコの言葉で会話が途切れた。
ミサトとシンジは慌ててリツコを追いかけてドーム上の建物に入っていく。

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見上げれば蒼天、見下ろせば雲海
鳥さえも届かないその高さに鋼鉄の翼を持つ鳥が飛んでいた。
SSTO・・・・・それが鳥の名前・・・・

その体にネルフと国連のマークをつけた鳥には一人の男が乗っていた。
名を六分儀ゲンドウ・・・彼は座席の横にある窓から外を眺めていた。

「隣、よろしいですかな」

聞き覚えのある声に振り向くと会議の席で一緒だった東洋系の男の姿があった。
ゲンドウのうなずきを見た男は隣の席に座る。

「失礼、サンプル回収の修正予算、割とあっさり通りましたね」
 
男は持参したペットボトルを開けながらゲンドウに話しかける。

「……委員会も、死にたくはないだろう。自分たちが生き残るため……そのための金は、惜しむまい」
「他の全てが無に帰しても、ね」
 
ゲンドウの言葉に皮肉で返した男はペットボトルに口をつけ一口流し込む。
その顔には苦笑が滲んでいた。
 
「委員会は、とまどっていることでしょうな」
「こちらとしては都合がいい」
「そういえば……アメリカ以外の全ての理事国が、6号機の予算を承認しました。アメリカも、時間の問題でしょう。一国だけ突っぱねて、生き残れる時代じゃないですからね」
「君の国はどうなんだ」
 
ゲンドウは確認のようにして聞く、その間も隣の男の事を見ようとしないが男のほうも気にしない。
二人の間には顔見知りであるという事とお互いの肩書き以上の付き合いは無かった。
そのまま会話が続く。

「8号機から、建造に参加します……第2次整備計画はまだ生きてますから。ただ、作ったところでパイロットがいないですがね」
「使徒は再び現れた。我々の道は、彼らを倒すしかあるまい」
「私も、セカンド・インパクトの二の舞いはもうゴメンですから・・・」

やがてSSTOは南極の上空を通過する。
セカンドインパクトの中心であり今まだその爪後を残す場所・・・そこは流された血のように赤い海があった。

ゲンドウはそれを黙ってみている

「そういえばご子息・・・・いやもう違うんでしたか・・・・・サードチルドレンの話を聞きましたよ。」

男の言葉にゲンドウが初めて男を振り返った。
それを見た男の顔は皮肉が張り付いている。
二人の関係を知っていてはなしを振ってきたらしい。

「すばらしい活躍をしてらっしゃるそうで・・・」
「そのためのパイロットだ・・・・・役に立たなければ意味がない・・・」
「・・・・・本気ですか?彼の噂はネルフで知らないものはいないほどに有名ですよ?今までシンクロ率においてトップだったセカンドチルドレンの記録をあっさり抜いて鮮やかとしかいえないような戦闘を繰り広げた少年・・・一体どんな訓練をさせたんですか?」

男の言葉にはわずかに興奮が滲んでいる。
シンジの戦闘記録を思い出しているのか、あるいはどういう訓練の果てにシンジの実力があるか気になっているのかもしれない。

「くだらん・・・提出した資料がすべてだ・・・・」
「ご冗談を、あの資料を信じろと?訓練の経験すらなく、初搭乗でシンクロを限界値まで持って行き、さらに完璧以上にエヴァを操って使徒を殲滅、最高シンクロ率は100%を越える・・・・・これを信じるなら頭がおかしいと思われても仕方ない。」
「・・・・・真実だ」

ゲンドウは真実しか言っていない。。
もっとも逆の状況ならゲンドウがシンジの資料を信じる気にはならなかっただろう。
エヴァの開発から関わっているだけに余計にだ。

「・・・まあいいでしょう。彼のおかげで予算が通りやすいのは確かですし、初号機の活躍で第三新東京市の被害やエヴァの修理予算にも当初の予定よりかなりの余裕が生まれたはず・・・・優秀なパイロット一人でこうも違うとは・・・うらやましい限りです。」

ゲンドウは応えず窓の外の風景に視線を戻した。
しかし、外の様子など見ていない。

ゲンドウが見ているのは自分の内心・・・

この男の言った事は正しい、会議で予算が通りやすいのもシンジが優秀なパイロットであると言うことも、信じられなくてもすべて現実だ。

そして・・・それゆえに計画は狂い始めている。

冬月は言った。
シンジの存在は修正など不可能なものに思えてならないと・・・

ゲンドウはかって息子であり、今は他人となった少年のことを考えていた。






To be continued...

(2007.06.16 初版)
(2007.09.22 改訂一版)
(2009.05.30 改訂二版)


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