天使と死神と福音と

第伍章 〔神遠なる水の底から〕
V

presented by 睦月様


「予備電源出ました!!」
「リアクターと直結完了!!」
「飛行甲板待避ぃぃぃぃぃーーーっ!!!」
「エヴァ着艦準備よ〜〜しっ!!」

オーバ・ザ・レインボーから弐号機が自分たちに向けて大跳躍したのが確認できた。
まっすぐこっちに飛んでくる。

ちなみに数十メートルの体長を誇るエヴァは数千トンの重さがある。

「総員、耐ショック姿勢!!」
「デタラメだ〜〜〜!!」

副艦長の叫びは皆もっともだと思うが誰も返事しない.
下手にしゃべると舌をかむから・・・

『エヴァ弐号機、着艦しまぁ〜〜〜すっ!!』

通信機からのアスカの声はえらく景気がよさそうだった。

弐号機の豪快な着艦によりオーバー・ザ・レインボーが盛大にゆれる。
甲板に出してあった戦闘機が反動で海に落ちていった。

「も、もったいな〜〜い」

ケンスケが嘆くが無理も無い・・・・・
どっかに叩き売れば一生どころか三生も四生も遊んで暮らせる位の金額になるはずのものが海の藻屑になれば・・・・・・・

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着艦した弐号機はすぐさま電源ソケットを接続した。
同時にプラグ内のカウンターも止まる。

「左舷9時方向っ、どうする?」

シンジがガギエルのいる場所を指差しながらアスカに聞いた。
アスカは答えず弐号機にプログナイフを装備させた。

『どうするつもりだ!?』
『使徒を倒すには近接戦闘がベストです。』

ミサト達の声を聞いたシンジは目の前の少女が何するつもりか気づいて真っ青になる。

「ちょ〜〜〜っとまった!!何するつもりなんだよ?」
「あんたばか〜〜〜!?使徒を倒すに決まってんでしょうが!?」
「プログナイフで?本気かい?」
「あったりまえでしょう!!」
「・・・【ジョーズ】って映画・・・・・見たことある?」
「なにそれ?見たこと無いわ!!」

シンジは天を仰いだ。
神に祈るような殊勝な信心はまるで無いが・・・

シンジが見たところガギエルの武器はあの巨体と海中を桁外れの速度で移動する能力だ。
おそらくATフィールドを利用して水の抵抗を最小限にしているのだろう。
慣性の法則により物質はその速度が速いほど衝撃力は上がる。
しかもあの巨体だ・・・・・・エヴァとの対比でもサメ並みの大きさがあるだろう。
まさに【ジョーズ】・・・凶暴な海洋生物とナイフ一本で戦うとは映画で見る分にはともかく実際やるのは勘弁してほしい。
弐号機はともかく・・・

「船が持たないだろう?」
「何とかなるわよ!!」
「下手をすると使徒の重さに負けてこの船が沈むよ?」

シンジ達には気づきようも無かったが通信機の先で艦長とミサトをはじめとして二人の会話を聞いた皆の顔が真っ青になっていた 

「ちぃぃぃ来た!!」

シンジの言葉を立証するかのようにガギエルが突っ込んできた。
オーバー・ザ・レインボーの目の前でイルカのように跳躍したガギエルは弐号機めがけて突っ込んでくる。

「こんのーーーー!!」

とっさの判断でプログナイフを捨てた弐号機はアスカの気合とともにガギエルの巨体を受け止めた。
落ちたプログナイフで戦闘機が一機真っ二つになる。

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「ナイスアスカ!!よく受け止めたわ!!!」

ガギエルの駆け込み乗船に大きく揺れるオーバー・ザ・レインボーの艦橋でミサトがうれしそうに叫んだ。

「冗談じゃないっ!!飛行甲板がめちゃめちゃじゃないかっ!!!」

横で叫んでいる艦長は完全無視だ。
今はそれどころじゃない。

『まずい!!』
「え?シンジくん?」

弐号機からのシンジの通信にミサトが疑問の声を上げた瞬間・・・・・・
ガギエルの巨体に押された弐号機が船の飛行甲板エレベーターから足を滑らせて海に落ちた

ドッパーーーーーーン

みな唖然とした表情をしている。

「・・・落ちたじゃないか・・・」

艦長のあきれた言葉に返事は返らない。
地上戦闘のためのB型装備で海に落ちた・・・最悪の状況だ。

「今の内にディスクを・・・」

一人だけ場違いなことを喋り捲るケンスケが次に現れたものにさらにテンションをあげる
弐号機が落ちた反対側の飛行看板エレベーターからハリアー型の戦闘機が現れた。

「あぁぁぁ〜〜〜っ!!Yak−38改っ!!!」
『おぉ〜〜い、葛城ぃ〜〜』
「え?・・・・・加持ぃ〜〜!!!」

の〜〜てんきな声から乗っている人間の見当をつけたミサトが叫ぶ。
一瞬援護のためかと期待したが・・・

『届け物が有るんで俺、先行くわぁ〜〜。じゃあ、よろしくぅ〜!!葛城一尉ぃ〜〜!!!』

ミサトだけでなくほかの乗組員もボーゼンと見送る。
ケンスケだけは嬉々としてカメラを回していたが・・・・・・・

「に、逃げよった・・・」

トウジの一言が全員の共通した思いだった。

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弐号機はガギエルにしがみついた状態で海中を引きずられていた。

「何なのよーーー!!こいつーーーーー!!!」

アスカはあまりの状況に絶叫していた。
海中をむやみやたらと引き摺り回されて気分も悪い。

「いいかげんとまりなさいよ!!!」
「・・・まずい、惣流さん使徒を離せ!!」
「な、何言ってんのよあんた!!」
「ケーブルがもたない、早くしろ!!」
「は、はい!」

シンジのただ事でない様子と声に思わず弐号機が手を離してガギエルから離れる。
次の瞬間、ケーブルの長さが尽きたのか弐号機が強い衝撃と共に止まった。

「・・・ケーブルは無事か・・・・・・」
「でも使徒を見失っちゃったじゃない!!どうすんのよ!?」
「あのままケーブルが切れて海中散歩するよりいいでしょ?」
「うっ・・・」

たしかにシンジの言うとおり電力の無いエヴァなど何の役にも立たない。
バツの悪くなったアスカは周囲を見回してガギエルを探す。

(情熱的な突っ込みでしたね・・・・・)
(向こうもわかっているんだろうさ、ここにアダムがあることがね・・・・・・・)

シンジは胸のロザリオを握った。

(本能的なものなんでしょうが・・・肉体のほうには向かわないんですか?)
(一応反応はすると思うけれど・・・今は無理だね。)
(どういうことです?・・・理由聞いてもいいですか?)
(アダムの肉体の気配が遠ざかって行く、たぶん司令の差し金だね・・・・おそらく加持って人だよ。)
(うわ最悪だ・・あの人・・・)

シンジはモニターに映ったガギエルを見ながら心にきめた。

「絶対に仕返ししてやる・・・・・・・・」
「え?なんか言った?」
「いいやなにも・・・・・・・それより来るよ!!」
「フン!!今度こそ、仕留めてやるわっ!!!」

アスカがレバーを操作するが弐号機はまったく反応しない。

「な、なによこれっ、動かないじゃないっ!!」
「ちっ、B型装備がたたったか、さらに水圧で動く事も出来ないとは・・・・・・・」
「何のんきなこと言ってるのよ!! 」
「・・・来た!!」

エントリープラグのモニターにガギエルが真正面から映る。
その口が開いて初号機にのしかかってきたのだ。
顎関節が無いのかあいた口は弐号機を一呑みできるほどおおきい。

「く、口ぃぃぃぃぃぃ!!」
「使徒だからね〜〜大抵のことはありうるよ。」

モニタに大写しされたガギエルの口内に赤い光が見えた。
シンジもブギーポップも見逃しはしない。

(コアだ、あんなところに・・・・)
(なるほど・・・・体の中に隠していたわけか・・・・・・・)

シンジ達の驚きなど関係なくガギエルの上下に生えた鋭い牙が弐号機に迫る。

(しかたない・・・・・・・)

シンジは【canceler】を発動させた。
ガギエルの体の範囲外との距離をキャンセルする
その結果に従い弐号機が瞬間的に移動する・・・・・はずだった。

「な、なに!!」

シンジは思わず声を漏らした。
弐号機は確かに移動している。

しかしシンジのイメージした場所よりもかなり前で・・・・・・・
その場所では口からは離れているがいまだにガギエルの体の範囲内だ。

ズガッッッッッッ!!

「キャアアアアアアアア!!」
「クッ」

ガギエルに跳ね飛ばされた弐号機がきりもみ状に回転する。
当然エントリープラグ内も・・・・・・

(な、なぜ・・・・・)
(多分、弐号機だからだね・・・それと君が完全なシンクロをしてないせいもあると思うよ。)
(・・・これは・・・かなりまずいですね・・・・・・・)

シンジは苦い顔になった。
【canceler】は本来戦闘に特化した能力ではない。
やっていることは状況のキャンセルでしかないのだ。

そのためこの能力にはいくつかの難点がある。
まず対象物に影響を与える場合、対象物への接触が必要だ。

それはすなわち相手もこちらに手が届くという事でもある。

今の状況ではまずガギエルを捕まえるところからはじめなければいけないのだが・・・・・・この状況で捕まえるのは難しい。

初号機ならともかく弐号機・・・・・・しかもアスカが同時にシンクロしている状態では・・・・・・・

「な、何が起こったの?」

アスカが状況を把握できないようでシンジに聞いてきた。
それも仕方がないとは思うが

「・・・・・あの使徒、目測を誤ったみたいだよ」
「え?そ・・・・・そうなの?」

アスカは何か釈然としないらしいが今は戦闘中だ。
疑問は後回しに戦闘に集中する。

「にしてもこの水圧さえなければ弐号機もまともに動けるのに〜〜〜!!」
「・・・・・水圧・・・そうか!!」

シンジが活路を見出すと同時に弐号機に通信が入ってきた。

『シンジ君!!アスカ!!大丈夫なの?』
「「ミサト(さん)」」

通信の主はミサトだった。

『大丈夫なようね二人とも』
「あったりまえ「それよりもミサトさん!!」ちょっとサード!!

アスカが話しに割り込まれて抗議するがシンジはかまわず話し続ける。

「ミサトさんお願いがあります!!」
『なに?シンジ君』

シンジの口調にただならぬものを感じたミサトの口調が真剣なものになる。
経験からこう言うときのシンジは重要な話しがあるときだとミサトも分かっていた。

「今からオーバー・ザ・レインボーの全乗員を退艦させて他の船と一緒にこの海域から離れてください。」
『・・・理由は?』
「危険だからです・・・・・・」
『そう、わかったわ・・・何するかは知らないけれど・・・』
『却下だ!!!』

いきなり通信に艦長が割り込んできた。

『艦を捨てるなど認めるわけにはいかん!!』
「・・・死ぬかもしれませんよ?」
『我が艦隊に死を恐れるものなど一人もおらん!!!」

シンジは艦長の言葉に・・・切れた

「こっの大馬鹿野郎が!!!!」

シンジの怒声に通信機の前にいた艦長がのけぞった。
いや・・・艦長だけじゃなくミサトやトウジ、ケンスケその他のクルーも一緒に固まっている・・・・・・弐号機側ではアスカが硬直した。

「あんたの仕事は自分の部下を意味もなく死地に送り出す事か?ふざけるなよ、ここはあんたたちの仲間がすでに何人も死んでるんだ!!俺はこれ以上一人としてこの海に沈めるつもりはない!!家族や待っている人たちの所に帰り、その人たちと生きる事も戦いだ!!」

シンジの言葉は聞くもの全ての胸に突き刺さった。

『・・・・・・すまなかった。われわれに出来る事はないか?」
「ない、ここは俺たちの戦場だ・・・あんたたちは自分の戦場で死ね」
『・・・わかった・・・・・・重ねてすまない。』
「・・・・・・ああ・・・ひとつだけあるな」
『・・・何かな?』
「祈っててくれ・・・よき航海を・・・」
『・・・・・・わかった。よき航海を・・・』

艦長の通信が終わり、ミサトが代わった。

『・・・・シンジ君・・・』
「ミサトさん?」
『あなたが何をしようとしているのかは知らない・・・・・・・聞いてる時間もないしね、だから一つだけ確認させて』
「なんですか?」
『・・・・・・帰ってくるのよね・・・』
「帰ってこなかったら部屋の掃除は自分でしてくださいね。」
『そ、それは今関係ないでしょう!!』
「帰ってきますよ・・・信じてください・・・」
『ええ、信じるわ・・・・・・・・』

通信が切れる。
エントリープラグの中に静寂が満ちた。

「さて惣流さん?」

アスカはシンジに呼ばれて硬直していた体から力を抜く

「悪いけれど付き合ってね」

そう言ってシンジはやさしく微笑んだ。
それを見たアスカが真っ赤になる。

先ほどの堂々としたシンジの態度に完全に飲まれていた。

「?・・・・惣流さん?」
「う、うるさいわね!!これは私の弐号機よ!!あたしが逃げるわけないじゃない!!」

アスカの言葉にシンジがまた微笑む。
それは信頼を含む笑み。

「期待してるよ惣流さん。」
「う〜〜〜アスカ・・・・・・」
「え?」
「あたしの事はアスカって呼びなさい!!」
「は?・・・・いいけれど・・・・・なんで怒鳴るんだよ?」
「う、うるさい!!あ、あんたの名前はなんって言うのよ?」
「え?・・・・・自己紹介聞いてなかった?」

実際の所ちゃんと名乗っていたのだがアスカはサードチルドレンと言う部分にしか興味がなかったのでシンジの名前をスルーしていたのだ。

「お、男がうじじうじ言わない!!」
「はいはい」

シンジは苦笑しながら答える。

「僕の名前は碇シンジだよ。」
「イカリ・・・・・・シンジ・・・・・・・あんたの事はこれからシンジって呼ぶわよ!!いいわね!!」
「わかったよ、アスカ・・・・」

シンジの言葉とともに二人は笑い合い
次の瞬間には戦士の表情で正面の敵を見据えた。

(・・・で実際どうするつもりだい?)
(ブギーさん・・・・・・これから・・・・・)

モニターに映るガギエルは回遊していて襲ってこない。
さっき捉え損ねた事で警戒をしているようだ。

(・・・シンジ君?それは君の能力の限界というより人類の能力の限界を超えているだろう?)
(ブギーさん・・・”それ”自体は不可能じゃありません・・・・・・問題は”規模”です。)
(そうとも言えるかも知れないけれどね、その規模がどうにかなるレベルじゃないんじゃないかい?)
(他に方法がありません、この戦場はあまりにも相手に有利すぎる・・・・・・・)

そうこうしているうちにガギエルが再び向かってきた。
今度こそ弐号機を飲み込むつもりのようだ。

「アスカ、悪いけれど左腕借りるよ・・・・」
「え?な、なに?」

一瞬でアスカから左手のシンクロ感がなくなる。
シンジがシンクロを調整して左腕の主導権を奪ったのだ。

初号機ではない弐号機ではシンクロが難しくはあるが不可能ではない。
その気になればシンクロの本質を理解していないアスカから弐号機のコントロールを奪う事も出来なくはないが、これからやろうとすることは自分の限界の先にある奇跡の再現だ。
むしろ他の感覚など精神集中の邪魔でしかない。

「し、シンジなの?あんたなにをしたのよ!!」
「だまって、これからあの使徒にスキを作る。おそらく一瞬・・・・・・頼むよ・・・・・」

アスカはシンジの顔に揺ぎ無い意思が宿っているのを見た。
理由はわからないが今シンジの邪魔をしてはなら無い。

(な・・・・なんでこいつ・・・・・・・)

シンジの意思の元、弐号機の左腕が水圧をおしのげて空をさす。
目の前には迫りくる使徒ガギエル・・・・・・・・

シンジは目の前に”あるもの”に向かって腕を振り下ろした。

「え?なに?」

アスカは見た。
シンジのコントロールした左腕が手刀となって振り下ろされた軌跡に白い線が走るのを・・・・・

しかしそこまでだった。
白い線は一瞬にして消えてしまう。

「・・・失敗した・・・」
「え?あんたなにしたの?」

シンジの悔しそうな呟きに思わずアスカは問いただした。
対してシンジは苦い顔だ。

「ATフィールドの応用・・・そういうことだよ」
「そんな説明で・・・・・」
「来た!!」

シンジの言葉にアスカが正面を向くとガギエルが大口を開けて向かってくるところだった。
上下に生えたサメのように鋭い牙が迫る。

「くっ」

アスカは弐号機を動かそうとするがやはり水圧で思うように行かない。
必死で弐号機を動かそうとするアスカをあざ笑うかのようにコアが見える口が近づいて来た。

「う、いやぁーーー!!」

思わず目をつぶったアスカは何かに抱き寄せられる感覚があった。
薄目を開けるとシンジの顔が驚くほど近くにある。
アスカはシンジの胸に顔を押し付けられるような格好で抱きしめられていたのだ。

シンジはとっさにシンクロを上げ、アスカからコントロールを奪うと【canceler】を使う。

発動と共に弐号機が距離をキャンセルして移動した。
だが、やはりシンジのイメージよりもずれている。
まだガギエルに手の届く位置・・・・・・・・

「くっやっぱりうまくいかないか・・・」

すぐに次のイメージを編んで発動・・・・・・何とか成功した。
衝突するという状況をキャンセルしたため、弐号機をガギエルの巨体がすり抜ける。

「まだまだ!!」

シンジは動きの鈍い弐号機で何とか背びれを掴む。

「よし!このまま・・・なに!?」

シンジがガギエルに攻撃しようとした瞬間、本能的なものか弐号機がわずらわしかったのかいきなりガギエルが反転した。

「な・・・しまった!!」

反動で弐号機が放り出される。
ガギエルから放り出された弐号機は再び水圧に押さえ込まれて動けなくなった。

「ドジッた・・・・」
「シ、シンジ!!」
「え?なに?」
「いいかげん離しなさい!!」

アスカは言葉と共にシンジの腹に拳を入れた。
いきなりの不意打ちにシンジがアスカを離す。

「あ、あんたねー!!おもいっきり自分の胸にあたしの顔を押しつけんじゃないわよ!!!窒息するかと思ったじゃない!!!!」
「・・・あ・・・ご、ごめんとっさだったんで・・・」
「フンッ!!」

アスカは窒息のせいだけではない理由で顔を赤くしてそっぽを向いた。

「・・・にしてもあんた、さっき弐号機をコントロールしてなかった?」
「え?ああ、アスカのように自由自在ってほどには行かなかったけれどね・・・」
「・・・・・・うそ」

アスカが呆然とした表情になるが無理もない。
本来、エヴァとは完全な専用機なのだ。

そのエヴァに対応したパイロットでなければ起動すら不可能なはずなのに目の前の少年は曲がりなりにも自分専用の弐号機をコントロールして戦闘した
ありえない話だ・・・本来なら・・・

(まいったな・・・・・)
(シンジ君?気をつけたほうがいい、後三回だ)
(・・・・・・はい)

【canceler】を連続でつかえるのは12回・・・・・

加持の部屋の扉とアタッシュケースを開けるので二回・・・・・
念を入れるためそれぞれの鍵が開いている状況をキャンセルして閉めてきたので二回・・・・・・
弐号機の前でアスカを救ったので一回・・・・・
海に落ちた後でガギエルの攻撃に対し”移動”して一回・・・・・
失敗したので一回・・・・・
そしてさっきのやり取りで二回使っている・・・・・・

残りはあと三回・・・・・・・・・

「・・・もう一度やる・・・」
「はあ?やるってさっき失敗した事?なにやろうとしてるか知んないけれど無理よ!!」
「・・・今度はやってみせる。」
「無理だっていってるでしょ!!」

アスカはヒステリックになっている。
訓練を受けていようが所詮は14歳の女の子、しかも実戦は初めてだ。
無理もないが敵を目の前にした状態では最悪といえる。
パニックに陥るのもそう遠く無いだろう。
しかも明確な対抗策が無いのが拍車をかけている。

いずれガギエルが再び弐号機に向かってくるだろう。
時間も無い・・・だからシンジは手っ取り早くアスカを黙らせる事にした。

わめくアスカの頭をおさえつけ・・・唇を重ねる。
あまりの出来事にアスカの頭がまっ白になった。

ほんのちょっとでシンジは離れる。
そのままシートに座るアスカを正面から見た。

「・・・ごめん、でも今だけでいいから俺を信じろ、必ず守る。」
「は、はい!」

あまりと言えばあまりの出来事に思考のついてこないアスカが素直にうなづく。
シンジの言葉は催眠術のようにアスカに受け入れられた。
それを見たシンジの顔に微笑が浮かぶ

「本当にごめん・・・さっきのはノーカンにしといて、償いは必ずするから」
「な、何言ってんのよあんた!!」

別の意味であわてるアスカの頭を子供にするようになでてやる。

「ば、ばかにしないでよ!!」

しかしアスカは抵抗しない。
シンジにされるがままだ。
それを見たシンジはもう一度笑いかけた後、表情を真剣なものにして意識を集中した。

これから起こす事は伝説であり神話の再現なのだ。

確かにこれは自分の手に余る
それに、問題は弐号機だ。
初号機と違い満足なシンクロの出来ないこの状態では【canceler】を完全な形で発動するのは難しい。
現に弐号機に乗ってから【canceler】はまともに発動していない。

しかし、それでもやらなければならない。
ここにはアスカもいるのだ。

彼女を死なせるわけには行かない。
シンジは【canceler】に全てをかける覚悟を決める。

その時、シンジの精神に何かが接触してきた。

(?・・・弐号機?)
(みたいだね・・・接触しようとしている。)

本来、エヴァとのシンクロはこちらからあわせるものだが今は弐号機のほうからシンクロしようとしている。
こんなことは初めてだ。

(・・・どういうことなんでしょう?)
(原因は惣流さんだね・・・・・・)
(アスカ?)
(弐号機は惣流さんを護れるのは君だけと思っているんじゃないかな、本能的なものだけれど君にシンクロすることで彼女を守ろうとしているんだと思うよ。)
(・・・彼女は愛されているんですね、この弐号機の中の誰かに・・・)
(君は託されたんだ。だとすれば応えるべきじゃないかい?)
(はい!!)

シンジは再び集中した。
もはや集中を通りこして暗示に近い。

やるべきことは一つ
願う事は一つ

【canceler】は対象物に触れていないと使えない。
しかし・・・逆に触れてさえいればシンジの【canceler】はその状況をキャンセルできる。

否定と肯定・・・・・・正常と矛盾・・・・・・現実と非現実・・・・・・・
相反する状況を逆転させるイメージを強く意識する。
他のことなど必要ない。
ただ愚直に信じる・・・自分のもつ力の可能性を・・・

弐号機からの自発的なシンクロにより左手は完全にシンジとシンクロしていた。
エントリープラグの中のシンジが左手を掲げるのと連動して弐号機の腕が手刀の形で天をさす。

集中のし過ぎで頭が痛むが無視する。
ガギエルが三度向かってくるが微動だにしない。
アスカはシンジのまとう空気に言葉も出ない。
シンジは目を見開くと共に叫びながら左手をガギエルに向かい振り下ろした。

「裂けろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

振り下ろされた弐号機の指先から”伝説”が再現される・・・・・・・






To be continued...

(2007.06.16 初版)
(2007.06.23 改訂一版)


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