天使と死神と福音と

第伍章 〔神遠なる水の底から〕
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presented by 睦月様


・・・・・・・・・それは神代の時代・・・・・

一人の聖人が起こしたとされる奇跡・・・・・・・・・

彼はエジプトの奴隷達の悲惨な待遇を愁いて立った。
多くの奴隷たちをつれた彼は新天地を目指し旅立つ・・・・・・・
しかし、エジプトの王はそんな彼らに追っ手を差し向け皆殺しにしようとした・・・・・・・
新天地を前にした彼らの目の前には広い大海・・・・・・・
背後には追っ手たちが迫る絶体絶命の状況・・・・・・・
だれもが絶望にとらわれたその時・・・・・・・・
彼はその手にもつ杖を掲げるだけで奇跡をなした・・・・・・・・
彼の名はモーゼ・・・・・・・・・

時は流れ現在・・・・・・・・・・

一人の少年は杖を赤い腕に換え・・・・・・・・

掲げるのではなく振り下ろす事で奇跡を導いた・・・・・・・

「う、うそ」

アスカは呆然とつぶやいた。
自分の視界にあるものが信じられない。

目の前には左右に海が壁のように立っている。
頭上には蒼天・・・・・・・・
弐号機を片方の端として海が左右に壁のようにそびえ立っているていた。

その光景は正しくモーゼ一行とエジプトの軍勢が見たはずのそれに等しい・・・

そして弐号機の見つめる先には空中に放り出されたガギエル・・・

水中に適応したその体は空を泳ぐようには出来てない。
彼にとって武器であり、防具であった水の恩恵から外れた彼は空中でもがき、あけた口からコアの赤い色が見えた。

「呆けている暇はないよ、惣流・アスカ・ラングレー?」

妙に自動的なものを感じさせる声で自分の名前を呼ばれたアスカが見ると片方の目を細めたシンジの顔があった。

シンジは目線だけで前を示す。
アスカが見たそこにはオレンジ色の八角形の壁

「ATフィールド?」

アスカの呟きが終わる前に変化が起こる。
八角形がゆがみ収束していく

「これが・・・・・・ATフィールドの圧縮・・・・・」
「初号機じゃないからちょっとむつかしいがね・・・・」

やがてオレンジ色の槍が一本弐号機の目の前に現れた。

「やれ!!惣流・アスカ・ラングレー!!」

すでに両側の海は大瀑布となって崩れ始めている。
アスカの長年による訓練が瞬間的な動きで弐号機に槍を掴ませた。

「こんのーーーーー!!」

アスカの気合とともに投げられた槍は音速を超えマッハの勢いでガギエルに迫る

ズドン

ブギーポップの作り出すワイヤーと同じように圧縮されたATフィールドにはわざわざ中和の必要などない。
そもそも密度が違う。
壁として展開しているものに同じ力を錐のように貫通力を高めたもの・・・結果などいうまでもない。

ATフィールドの槍は正確にガギエルのコアを射抜いたのみならず、そのまとった衝撃波でガギエルの肉体までも引き裂いた。

ガギエルのコアのエネルギーが槍のエネルギーと反応して十字型の爆炎を上げる。

「きゃああああああ」
(シンジ君!!)
(う・・・・・・)

シンジがブギーポップの声に反応して【canceler】を発動する。
ガギエルの爆風が当たるという状況をキャンセルしようとするがうまくいかなかった。
弐号機からの自発的なシンクロがすでに途絶えていたからだ。
爆風を食らった弐号機は海から放り出されて宙をまう。

「きゃあああああああ」

海の裂け目から空に放り出された弐号機のモニターに閉じていく海の裂け目とオーバ・ザ・レインボーが映る。
しかし、まだ遠い・・・
このままではまた弐号機は海に沈む。

「く・・・くそ」

飛びそうになる意識を必死でつなぎとめながらシンジは最後の【canceler】を使う。
距離が多少キャンセルされて空母に近くなる。

「惣流さん?」
「え?あ!!」

ブギーポップの自動的な言葉がアスカに正気を思い出させた。
状況を確認して、何かを悟ったアスカの瞳が鋭くなった。

「電源ソケット、パージ!!」

アスカの言葉と共に弐号機から電源ソケットがはずれる
シャムシエル戦の時の様に電源ソケットをはずす反動でオーバー・ザ・レインボーのほうに機体を飛ばした。

「くっそおおおおおおお」


アスカが絶叫と共に空中で弐号機に受身を取らせた。

弐号機がその質量で艦に着艦する。
しっかりと四肢を使って反動を逃がす。
弐号機の衝撃で船がまた激しく揺れるが何とか持ち直した。

「お見事・・・・・」
「ふ、ふん・・・あったりまえでしょうが!!」

アスカが不敵にブギーポップを見るのと同時、弐号機の周囲から歓声が上がった。

「な、なに?」

アスカが見ると海兵隊員がわらわらと出てきた。
よく見るとオーバー・ザ・レインボーの周りにも僚艦が回遊している。

『シンジ君、アスカ無事?』

艦橋から通信が入った。
この声はミサトだ。

「ミサト!?あんたなんで逃げてないのよ?」
『そりゃあ、あんたたちが帰ってきたときに待っている人がいないと寂しいッしょ?』
「あ、あんたそんなことのために?物好きね〜〜」
『さっきの少年はいるか?』

ミサトにかわって艦長が通信に割り込んできた。

「・・・・・ここにいるよ」

ブギーポップが答える。
シンジは精神的に疲労していた答えられない。

『・・・・・・同胞の敵をうってくれて感謝する・・・』
「あなた方は何でそこに?さっきのを見たんだろう?あれに飲み込まれたら死んでたところだ。」
『たしかにな・・・・・・しかしどんな状況であれ子供を前に出したままで引く事などできん!!』
「部下を巻き添えに面子で死ぬつもりかい?」
『シンジ君、違うの・・・・・』

艦長とブギーポップの会話にミサトが入ってきた。

『・・・・・・艦長は他の皆を下船させて自分だけ残るつもりだったの・・・・・シンジ君の言葉を借りて退艦指示を出したわ・・・・でも誰一人命令に従わなかったの・・・・・・』

ブギーポップは周囲を見回した。
どうやら通信はスピーカーにつながっていたらしい、全員がこちらを真剣な表情で見ている。
皆、自分の行動に後悔はないという顔だ。
再び艦長の声が通信機から聞こえた。

『せっかくの申し出だったが、ここもわれわれの戦場だ。』

ブギーポップはいつもの左右非対称の笑いではなく、シンジと初めて会ったあの夜に見せたフッと笑うような微笑・・・・・・
その愁いを帯びてなお・・・・・・やさしい微笑を見たアスカが赤面する。

(な、なに?こいつこんな笑い方もするの?)

シンジの微笑とは少々違う・・・・・・まぶしい輝きを見るような羨望のまなざし・・・・・・・・

「不器用な人たちだね」
『・・・馬鹿にしとるのかね?』
「いや、小器用なお調子者よりあなたたちのような不器用だけれど信頼できる人たちがいるからこそこの世界はバランスを保っていられる・・・世界に変わって感謝するよ」
『フフフ・・・大きく出たものだ、君は世界の代理人かね?』
「かもしれないね〜〜」
『アッハハハハまったくおしい、君が未成年でなければ酒の席に誘うものを・・・・・残念だ。』
「それは残念、またの機会に予約しておいてほしいね」
『クククククククッ了解した。君は14歳だそうだからあと6年後だな、楽しみにしているよ。』
「これでも約束を破った事は・・・1度しかない」
『それは楽しみだ・・・・・』

艦長の言葉と共に内部電源が消えてプラグ内は非常灯の灯りだけとなる。

「あ、あんた!!」

アスカが顔を真っ赤にしながら怒鳴って来た。
思い当たる事は腐るほどある。
キスのことを含めていろいろ思い出したのだろう。

「・・・・・・すまないがゆっくり話すことは出来そうにない」
「な、どう言う事よ?」
「これから気絶するんでね、悪いけれどおきてから頼むよ・・・・」
「はあ?ちょっと!!」

アスカの言葉と共にシンジの体が倒れこんでくる。

極度の精神集中によって本体であるシンジが気絶したのだ。
ブギーポップはシンジが起きていないと体の主導権が取れない。

「なんなのよ、ちょっと!!」

アスカはあわてて脈を取る。
気絶しただけという事がわかるとほっと胸をなでおろした。

「・・・・・・まったくなんなのよこいつ・・・・・」

アスカはシンジの寝顔を見つめる
その顔は安らかだった。

「こいつが【福音という鎌を持つ死神】か・・・・・・・」

アスカの腕の中のシンジの寝顔は歳相応にあどけない。

「・・・なんか・・・イメージ違うわね・・・・・・」

アスカはシンジの寝顔を見てフッと笑った。

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「波乱に満ちた船旅でしたよ・・・・・・やはりこれが原因ですか?」

ネルフ本部・・・・・・司令室
加持リョウジは目の前に椅子にすわったゲンドウとその後ろに控える冬月に苦笑を投げかけた。
ゲンドウは机に肘を突いて手を組み口元を隠している。

「既にここまで復元されています・・・・・硬化ベークライトで固めてありますが、生きています。・・・・・・間違いなく。人類補完計画の要ですね。」

加持は机に置いたアタッシュケースを開けた。
中身はもちろん硬化ベークライトで固められた・・・アダム

「そうだ。最初の人間・・・・・・・・」

手で隠された口元が笑みの形にゆがむ

「アダムだよ」

彼らは知らない・・・・・それゆえに幸福だったか不幸だったかはわからない。
ただ彼らが見つめているものがもはや不完全なものになっている事は間違いはない。
それを知るものは少年と死神のみ・・・

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(人間やれば出来るんですね〜〜〜)

弐号機から下ろされた後、気絶していたシンジは医務室に運ばれた。

しかし、もともと極度の精神集中の反動で一時的に気を失っていただけなので回復は早い。
だが服が船と一緒に海に沈んだのはいたかった・・・・・今は適当にサイズの合った海兵の服を借りている。

ちなみにスポーツバックはオーバー・ザ・レインボーに置いていたので難を逃れていた。
もっていってたらスポーツバックまでエントリープラグに載せるはめになっていただろう。

(・・・・・・・まさか本当に”海がある”なんて状況をキャンセルするなんて・・・君本当に人間かい?)
(今思うと本当に無茶な事ですよね〜〜〜よくできたな・・・・・)

今シンジ達はミサトに連れられてオーバー・ザ・レインボーの中を歩いている。
目を覚ましたシンジに見せたいものがあるとミサトが連れ出したのだ。
シンジの後ろにはアスカ、トウジ、ケンスケの順でついてきていた。

シンジが後ろを振り向くとあわててアスカが視線をそらす。
顔が赤い・・・・・・・・・

(・・・まいったな・・・・・・無茶しちゃったし・・・)
(自業自得だよ、でも安心していいんじゃないかい?)
(?、どうしてですか?)
(いや、気づいていないなら黙っていたほうが面白そうだ)
(・・・・・・・・・・・はい?)

シンジは内心,とっさとはいえアスカの唇を奪った事に罪悪感を持っていたのでブギーポップの言葉の意味がわからなかった。
やはり中学生に女心を理解しろというのは無理があるのだろう。
ブギーポップは必死で笑いを収めた。

「ついたわよ。」

ミサトが鉄の扉を開けながら言った。
シンジ達は黙って扉をくぐる。

潮の香りがした。
扉を抜けたそこは甲板だった。
すでに抜けるような青空は日が傾き茜色をまとっている。
シンジ達が周囲を見回すと”彼ら”はすぐに見つかった。

海兵隊員が整列してこちらを見ている。

「われらの恩人に対し、敬礼!!」

艦長の号令と共に全員がシンジたちに対し敬礼をした。
見れば併走する僚艦の甲板や艦橋でも自分たちにむかって敬礼をしている。

「・・・海の男たちって言うのは昔ッから不器用なもんなのよ」

ミサトが簡潔に言った。
これが彼らなりの最高の敬意なのだろう。

シンジは満面の笑みで敬礼を返した。
背後のアスカ達もあわててそれに習う。

夕日に照らされて空も海も自分たちもすべてが茜色になる

色あせたポートレートのように暖かな色に染まりながらシンジは思う

ああ・・・・・・なんと幸せな事なのだろう・・・・・・・・・
世界はこんなにも美しい
この一瞬でさえ護る価値がある。

(・・・・・・・・ちょっとだけ・・・この光景を護れたって・・・そんな風に誇っていいですか?)
(欲がないね君は、この風景だけじゃなく世界を救っているって言うのに・・・・)
(世界を救う事なんてついでですよ。この美しい光景を見ることが出来た・・・・・この人たちが死ななくてすんだ・・・・それだけで十分です。)
(・・・・・・・そうかい・・・・・・・・)

風すらも暖かい茜色に染まる・・・・・・・
夜と昼が交差するほんのわずかな茜色の世界・・・・・・・
すべての傷を癒すように少年と死神に染み込んでいく・・・・・・・

この世界の明日に言い表せないほどの感謝を・・・・・・・・
この守る価値のあるこの世界に最大の敬意を・・・・・・・・・
この世界に生きている奇跡にたとえようもない喜びを・・・・・・・・


これは少年と死神の物語






To be continued...


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