天使と死神と福音と

第陸章 〔神楽の舞〕
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presented by 睦月様


「先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は26%、実戦における稼働率はゼロと言っていいわ・・・したがって、今回は上陸目前の目標を水際で一気に叩く!! エヴァ各機は目標に対して波状攻撃、近接戦闘でいくわよ!!」
『『『了解』』』

今、エヴァ三機は輸送機に乗って使徒の上陸地点へ空輸されていた。
子供たちはすでにエントリープラグに入って戦闘へ意識を向けている。

『あ〜あ、日本でのデビュー戦だってのに、どうしてわたし一人に任せてくれないの?』

アスカの言葉と共に輸送機からエヴァ3機が落とされる。
パラシュ−トもなにもないがエヴァにとってはたいした高さじゃない。

ズサーーー

3機ともうまく衝撃を殺して無事着地した。
あれだけの高さから落下したのに損傷が皆無と言う時点でエヴァの頑丈さがうかがえる。

『三人がかりなんてやだな、趣味じゃない』

シンジは苦笑した。
これはある意味で現実逃避かもしれない。
まもなく始まる殺し合いを少しでも気楽に受け止めることで恐怖を少なくしているのだろう。
さっきからアスカのぼやきが多いのは恐怖や焦りを落ち着ける意味もあるのだろう。

『わたし達は選ぶ余裕なんて無いのよ、生き残るための手段をね』

アスカをたしなめるミサトの声を聞きながら、シンジは足元に用意されたパレットライフルを初号機で取る。
横を見ると零号機は後方支援のポジトロンライフル、弐号機は槍状武器のソニックグレイブを持っていた。

三機が車で運んできたアンビリカルケーブルを背中に接続する事ですべての準備が整った。

「そういえばどうやってこの浜に誘導したんですか?」
『戦自に協力してもらったの、ネルフと合同とはいえ使徒を倒す事が出来れば彼らも一応の成果は認められるからね〜〜ラミエルのときと一緒』
「う〜わ、なんか世知辛いですね〜〜」
『世の中そんなもんよ』

シンジは苦笑していた表情を引き締めた。
・・・・・・・・・・・・・近い。

(さてと、そろそろですか?)
(ああ……来た)

ブギーポップの言葉と共におだやかな海にいきなり水柱が立つ。
そしてその中から現れたのは異形…第七使徒、イスラフェルであった。

一応は人型に見えなくもないがエヴァより一回り大きく、手が長いヤジロベーのような姿だ。
全体的には黒で腕などは白、顔は片方が青、反対は赤でそれが対極図のようになっている。
そして一番の特徴は”コア”が胸の真ん中に二つあった

イスラフェルはそのまま一歩一歩岸に近づいてくる。

(……シンジ君?)
(なんですか?)
(君にはあいつは何体に見える?)
(え?一体に見えますけれど?)
(僕もそう見える……)
(…何かあるんですか?)
(……気配だけを見ると一つだったり二つ重なっているような…気配が変化している)
「え?」

シンジは思わず声に出してしまった。
同時に赤い色が横を駆け抜けていく。

『先手必勝!!シンジ、ちゃんと援護しなさいよ!!』
「な!!」

いきなり弐号機が前に飛び出したのでシンジはあせった。
ブギーポップの言葉ではこの使徒には何かある。
迂闊に対応していいものではない。

「チィ、レイ!援護だ」
『了解』

零号機がポジトロンライフルの照準を定める。
シンジは弐号機と反対方向に走りながら弾をばら撒く。
出来るだけ注意を分散させなくては……

それを見て気を良くしたアスカは半ば水没しているビルを足場に飛び跳ねながらイスラフェルに接近する。

『もらったわ!!』

最後の踏み込みで大きく跳躍する。

『はああああああああああ!!!!!!!』

弐号機は空中でソニックグレイブを振りかぶり、一気に落とした。
一刀の元にイスラフェルが真っ二つになる。

『ナイスアスカ!!』
『フン、ザッとこんなもんよ!』

ミサトとアスカの嬉しそうな声が通信機から聞こえるが…

(…ブギーさん?)
(ああ、まだ生きているよ。)
(やっぱり…)
(それに今では気配が完全に二つになっている。)
(ちぃ!!)

シンジが真っ二つのイスラフェルを睨むと同時に弐号機から通信が入った。
ウインドウが開いてアスカの顔が映る。

『どう、シンジ?戦いは常に無駄無く美しくよ!!・・・ってな、なに?』
『シンジ君!?どうしたの!?』

アスカとミサトが驚きの声を上げる。
彼女達の疑問ももっともだ。
完全に勝負のついたと思った瞬間、初号機が弐号機に向けて疾走していた。

初号機は手近なビルを踏み台にして飛び、空中で蹴りの体制を取って弐号機の後ろで動こうとしていたイスラフェルの半分を蹴り飛ばす。

そのまま三角飛びの要領でもう半分に膝蹴りを叩き込んだ。

『な、何なの?』

状況のつかめないアスカから通信が入るがシンジは無視して手に持っていたパレットライフルを足元のイスラフェルの半身に向け至近距離からうった。
しかし、変化は止まらずパレットライフルの弾丸を受けながら数瞬後にはイスラフェルを一回り小さくしたような人型になる。

「くそ!!」

それを見たシンジは後ろに飛んで距離をとった。
横目で見るとさっき蹴り飛ばしたほうも同じような姿になっている。
違いは色だけだ。
基本的にはやはり黒だが、イスラフェルのとき白だった部分がオレンジと灰色になっている。

『なんなのよこれ〜〜〜』

初号機と背中合わせになるような形で弐号機はもう一体と対峙していた。
アスカの言う事はもっともだが…だからどうなるものでもない。

『なんて、インチキっ!!』
「使徒ですからね〜〜」

ミサトの言葉にシンジは軽く返したが内心穏やかではなかった。
さっき目の前の片割れは弾丸を受ける端から再生していた。
おそらくもう半分も同じようなものだろう。
そして……

(まずいね…)
(……はい)

シンジの【canceler】は万能ではない。
当然欠点も存在する。

そして……このイスラフェルはその欠点の”いくつか”に該当していた。
いわば【canceler】にとって相性の悪い敵だ。

それを見抜いたシンジの顔が渋面になる。

(シンジ君、代わろう……)
(……すいません)

シンジの意識がブギーポップの意思とシンクロする。

発令所ではシンジのシンクロをモニターしていたカウンターがゼロを示す。

しかし……もはや驚くものはいない
自分達には理解できなくてもこれだけは言える。

”シンジは信頼できる人物で、今まさに全力で戦おうとしている。”

それはシンジを見てきた全員に共通する認識だった。

自分達に出来る事はもはやあるまい。
悲しいかなそれが現実…

「……さて…行こうか…」

ブギーポップのつぶやきとともに初号機が動いた。
天の使いを死神の魂の命ずるまま刈り取るために………

ドガガガガガ

初号機は目の前にいる灰色のイスラフェルのコアめがけてパレットライフルを撃った。
しかし予想どおり穴は開くもののすぐさま再生してしまう。

ブギーポップは思い切りよくパレットライフルを灰色のイスラフェルに向けて投げつけた。

ズカッ

かなりの速度で飛んだパレットライフルが顔面に激突した。
さすがにのけぞる灰色のイスラフェルが体を戻した瞬間……

ドガッ

目の前に現れた紫色の拳で再度打ちのめされた。

衝撃でイスラフェルの体が“縦”に回転する。
そのまま足元の海水の中に沈んだ。

「丈夫な体だね…」

ブギーポップがつぶやいている間に灰色のイスラフェルが立ち上がろうとする。
しかし、それを横からの閃光が貫いた。

その方向を見ると零号機がポジトロンライフルで狙撃したらしい。
こちらに銃身を向ける零号機が見えた。

「キャアアアアアア」

初号機が首をめぐらすとオレンジ色のイスラフェルに苦戦している弐号機が見えた。
ソニックグレイブを構えながら後退している。

なんとかソニックグレイブで反撃しようとしているがどんなに斬撃を放っても斬る端から再生してしまって歩みを止めることさえ出来ない。

ブギーポップは初号機を走らせた。

『え?シンジ?』

アスカからの通信を弐号機の横で聞きながら弐号機とオレンジのイスラフェルの間に割り込む。
お互いの顔が触れ合うほどの一瞬の邂逅……

次の瞬間、初号機が走りこんできた勢いのまま肩口からオレンジのイスラフェルのコアの部分に体当たりする。
太極拳の技に似たその体当たりの威力は激しい勢いで後方に飛ぶオレンジのイスラフェルが言葉も無く悠然と語っていた。

しかしブギーポップはまだとまらない。
さらにそこから加速して前に飛ぶ。

ドン!!

初号機の足元の海水が爆発したようにはじける。

斜め上方に飛びながら追撃する初号機は肩のウエポンラックからプログナイフを抜く

オレンジのイスラフェルがいまだ空中にいるうちにコアめがけ空中で一回転した初号機がプログナイフを逆手に持ち真っ直ぐに振り下ろして根元まで刺し込んだ。

ズン!!

衝撃で回転しながら飛んでいくのを初号機は見送った。

……しかしやはり効果は薄いようだ。
ブギーポップはコアにプログナイフが刺さったまま再生するのを見ながら距離をとった。
背後を見ると灰色のイスラフェルも復活している。

「……キリが無いな」

初号機の背中に弐号機の背中があたる。

『シ、シンジ?アンタ大丈夫なの?』
「ま〜ね…」

ブギーポップは弐号機から入った通信に適当に答えた。

(さて…どうしたものかな…)
(ちょっと困りましたね…ぼくとは相性が悪すぎるし…)

シンジの【canceler】は一対一の戦術が基本だ。
【canceler】はその制限のため”連続攻撃”と”同時攻撃”に弱い。

たとえば回数の制限でマシンガンなどに狙われた場合、12発まではキャンセル出来るが13発目からはあたる。
そして同時に攻撃された場合、一度ずつしか使えないためにどっちかには当たってしまう。

イスラフェル二体の波状攻撃はその二つを可能にする。
この場合移動して距離を置くしかないのだが……それでは根本的な解決にはならない。
そうなると基本的な能力が上のブギーポップのほうが相性はいいといえるが…
しかしこの二体の再生能力は……

(…よし…)
(何かわかったんですか?)
(いや、とりあえず全力を出してみようと思う)

ブギーポップの言葉にシンジは戦慄した。
長い付き合いのシンジにはブギーポップの全力の意味を知っている。

とっさに体の主導権を戻すと弐号機に通信をつないだ。

「アスカ!!」
「え?シンジ?な、なによ大声出して!!」
「今すぐレイのところまで走れ!!」
「な、なにいてんのよ!!あたしに逃げろって言うの!?」
「はやく!!」 
「ウ…」

シンジの気迫に押されたアスカがうめく
イスラフェルが距離を詰めてきているのを見たシンジは舌打ちをすると問答無用で弐号機を持ち上げた。

「きゃ!な、なにするのよ!!」

アスカの言葉を無視してシンジは弐号機を零号機に向かって放り投げる。

「きゃああああああああ!!!!!」

悲鳴と共に零号機のいる浜辺に飛んでいく弐号機をポジトロンライフルを放り投げた零号機が受け止めた。

ガシィィィィィィィィ

金属のぶつかる音とともに砂浜を削っていきながら二機は倒れこむ。

『ちょっとシンちゃん!!何考えてんの!?』
「ミサトさん!!レイとアスカを近づけないでください!!」
『え?な、何なの?』

ミサトの言葉に答えず通信を切った。

(お待たせしました。どうぞ!!)
(いや、ありがとうシンジ君……さて、行こうか…)

シンジの顔に左右非対称の笑みが浮かぶ
次の瞬間、初号機の左右十指からATフィールドを圧縮したワイヤーが放たれた。

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『な、何なのあれ』
『……』

呆然とつぶやくアスカの声と絶句して言葉のないレイからの通信が指令車に届いた。
しかし、ミサトをはじめ誰も答える事は出来ない。

目の前のモニターの光景に魅入られてしまっている。

モニターには初号機とイスラフェル達の戦闘が映っていた。
しかし……これは戦闘といえるのか?

初号機はその周囲に十本のワイヤーを放ちながら戦っている。
右手を一振りすれば片方のイスラフェルの腕や足が両断され、左手を突き出せばもう片方の体に穴が開く。
イスラフェル達も光線や鋭い鉤爪で対抗しようとするがまったく当たらない。

シンジがアスカ達を遠ざけた理由もわかる。
すでに初号機を中心にオレンジのワイヤーによる”結界”が完成しているのだ。
侵入者を切り刻むための結界はその範囲内のビルやイスラフェルを区別も慈悲もなく刻む。
アスカ達がそんな中に入って来たら邪魔にしかならないだろう。

その間も初号機はビルの上を自在に移動しながら腕を振り、切り刻み、穿った。
その姿は戦闘というよりは舞に近い。
戦場にあって、おろかなイスラフェルという供物を生贄とする神楽……
それが戦場を表現するにふさわしい……

もはや”強さ”の問題ではない…
生物としての”格”が違うのだ。

しかし……一つだけ……
イスラフェルというブタ(供物)は鋭い牙を備えていた……

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初号機の中のシンジ達は見た目ほど圧倒的ではなかった。
何せどんなに切ろうが穿とうがその瞬間に再生してしまう。
永久機関であるS2機関を持つイスラフェルとあくまで人の身であるシンジ達では長期戦は不利だった。

「…さて…どうしたものかな…」

決め手の無いこの状況でもブギーポップのつぶやきはいつものように自動的で感情というものが感じられなかった。
冷静に次の一手を考えている。

(再生を止められればいいんですが…)
「いや、理由はわかっているんだ。」
(え?ほんとうですか?)
「ああ、この二体はお互いがオリジナルでコピーなんだよ」
(……なるほど…つまりお互いが補完しあっているんですね?だとしたらいっぺんに倒す必要がありますね…)
「ご名答、理解が早くて助かるよ。」

ブギーポップはその間にもイスラフェル達を切り刻むのをやめない。
もっともきったその時点で再生が始まるので足止めにしかなっていないようではある。

「問題はどうやってするかなんだが…」
(ワイヤーでは無理ですか?)
「逆に鋭すぎてね…もっと重い攻撃が必要だが…そうすると隙が大きいからもう一体にこられるとつらいな……二体とも巻き込めるような広範囲か一転突破の同時攻撃か……」
(とすると・・・・・・)

シンジとブギーポップの考えは一致していた。
通信機を指揮車につなげる。

「葛城さん」
『え?シンジ君?』

いきなり通信が繋がって呆けていたミサトがあわてる。

「N2を用意してほしい。」
『え?N2?なんで』
「一旦退く、急いでくれないか?」
『わ、わかったわ!!』

反論を許さない圧倒的な存在感にミサトはあわてて従う。

(さて、後は足止めか……)
(ブギーさん、ぼくに考えがあります。)
(どうするんだい?)
(まずは浜辺に誘導してください)
(わかった)

シンジの言葉を聞くと共にブギーポップは動いた。
聞き返すようなことはしない。
そんな無駄な事をする必要は二人にはないのだ。

初号機の右腕から出ていた5本のワイヤーが一つに束ねられシャムシエルのような太い鞭になる。
それを灰色のイスラフェルの腕に切断するのではなく巻きつけた。

そのまま腰を落として浜辺に向けて放り投げる。

ズン!!

浜辺に体半分砂にうまりながら止まるのを見もしないでオレンジのイスラフェルに向き直る。
光線を放ちながら鉤爪を振るってくるが初号機は落ち着いて懐に飛び込み、腕を取って背負い投げで投げ飛ばす。
飛んでいく方向は狙いたがわず先に吹っ飛ばした方のイスラフェル…

何とか立ち上がろうとしていたところに飛んできた半身につぶされまたもや砂に埋まる。

「悪いね……」

ブギーポップはつぶやきながら疾走してさらに二体まとめて蹴り飛ばした。
イスラフェル達が浜辺の奥のほうに叩きつけられる。

しかし、やはりというかすぐさまイスラフェル達は立ち上がり向かってくる。
反則なタフさだ。

(さて…どうする?)
(ええ、ここからは……あれ?)

シンジの直前でイスラフェル達が横から飛んできた閃光に貫かれた。
横を見ると零号機がポジトロンライフルで狙い撃ちしていた。
……それはいい…問題はその横、弐号機が槍のような物を構えている。

『シンジ!!きっちり避けなさいよ!!!』
「はあ!?何するつもりだ!!!アスカ!!!」


シンジの言葉を無視して弐号機が槍のような物を投げた。
直感でシンジは初号機を伏せさせる。
なんだかわからないがあれはやばいものだ……

……瞬きより早くその直感は証明された。

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5分前

『ミサト、あたし達も行かないでいいの!?』

アスカのいらついた声が指揮車に届いたが……

「だめよ!!あんた達はそこで待機!!!」

ミサトはアスカよりも大きな声で通信を返した。
そのままモニターをにらむ。
そこでは初号機がいまだにイスラフェル達を切り刻んでいた。

しかしミサトもすでに気づいている。

この状況は初号機にとって不利だ。
所詮人外の存在とエヴァと言う鎧に護られているとはいえ人間のシンジでは体力と言う差がある。
しかもイスラフェル達は異常なまでの再生力で退く事を知らない。

だが……レイとアスカを救援に向かわせるわけには行かない。
初号機の作り出している”ワイヤーの結界”はいまだにイスラフェルを刻んでいるのだ。
あの中にレイとアスカを突っ込ませたら零号機と弐号機が切り刻まれる恐れがある……いや、おそらく間違いないだろう。

だからと言って零号機が回収したポジトロンライフルでの援護も難しい。
初号機とイスラフェル達が近すぎる。
さらにこの膠着を下手に崩せばシンジが2対1で孤立する恐れまである。

「……八方塞りか……」

ミサトが悔しそうにつぶやく

「せめてあの使徒に隙を作る事が出来れば……」
『こんなこともあろうかと!!』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

いきなり響いた通信にミサトが間抜けな表情になる。
聞こえてきた声はアスカでもレイでもなく男の声だった。

『こんなこともあろうかと!!』

リアクションがないのが寂しかったのか男の声が再び通信に混じる。

「あ…あんただれよ!!」

思わずマイクをひったくって叫んだ。
こんな切迫した状況に何の冗談だ?

『技術部所属の時田シロウ、救援の武器を持ってただいま参上!!』
「と、時田シロウ!?」

その名前はJA開発者であった男の名前であり、今ではネルフの技術部に所属している男の名前だ。
ミサトが呆けている間に弐号機の前に一台のトレーラーが横付けしてきた。
荷台の部分にシートに包まれた棒状のものを積んでいる。

『弐号機パイロット!!これを使ってくれ!!!』
「ちょっと待ちなさい!あんたなに持ってきたのよ!!」

何とか現状を理解したミサトが叫ぶ。

『武器だ、試作品ではあるがね』
「し、試作品?そんなもん戦場に持ち込まないでよ!!」
『ごもっともだが、こいつの破壊力は計算上でもかなりのものだ。時間稼ぎにはなる!!』
「で、でも『ミサト!!』アスカ!!」

ミサトの言葉の途中で弐号機からの通信が入った。

「アスカ!!今忙しいのよ!!ってなにしてんのよ!?」

モニターの中の弐号機はトレーラーから棒状のものを受け取る。

『ミサト、あんたはさっさと逃げなさい!!』
「な、なにいてんのよ!!」
『もうN2を積んだ輸送機がこっちに来るわ、ここにいたら巻き込まれるわよ』
「あんた達もでしょうが!!」
『バカにしてもらっちゃあ〜困るわね、あたし達にはATフィールドがある上にエヴァの装甲は1万2千枚の特殊装甲、十分生き残れるわ。でもあんた達はそうは行かないでしょう!?』
「で、でも……」
『うっさい!!』
「ア、アスカ?」

いきなりの怒声にミサトが一歩退いた。
指揮車に乗っているほかのスタッフも同じだ。

『海でもあいつが言ったでしょう?ここは私達の戦場よ!!』
「ア、アスカ……」
『あいつを連れて必ず戻るからあんたは早く下がりなさい!!』
「・・・・・・わかったわ」

ミサトは周囲の皆に撤退命令を出す。
今ここにいて自分達に出来ることは無い。
N2に巻き込まれて犬死するだけだ。

「……アスカ……」
『何よ?』
「そこまで言ったんだから……必ず帰ってきなさいよ?」
『もっちろんよ!!あたしを誰だと思ってんのよ!?惣流・アスカ・ラングレーよ!!無駄な心配しないでとっとと下がる!!』
「クスッ了解よ」

ミサトは微笑んで通信を切った。

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「それで、これはどうやって使うの?」

アスカは外部スピーカーをONにして足元の時田に話しかけた。
モニターの中で時田がこっちを見上げている。

『まずはシートをはずしてくれ!!』
「りょ〜かい」

アスカが弐号機でシートをはずすと中から槍のようなものが現れた。
”ようなもの”と言うのは槍とは明らかに違う部分があったからだ。
それはソニックグレイブより少し短く、その長さの3分の1が異様だった。

普通の槍ならここが刃になるのだろうが……それはドリルだった。
しかもドリルのしたの部分に噴射口のような4つの穴がある。

「な、なんなのこれ?」
『試作型投擲槍ゲオルギウスだ!!』
「投擲槍と言う事は投げるの?」
『そうだ、柄の部分にあるスイッチを押しながら投げてくれ!!』
「それだけ?」
『そうだ!!思いっきりやってくれ!!』
「わかったわ。」

アスカは柄の部分にあるスイッチを確認した。
シンジの初号機を振り向こうとしたその時、アスカはまだ足元に時田がいるのに気づいた。

「あんたなにしてんのよ!?」
『…必ず、シンジ君と一緒に帰ってきてくれ……』
「……え?」

時田は言いたい事だけ言うとトレーラーに乗って去っていった。
アスカが予想外の言葉に呆ける。

トレーラーの後姿を見送ったアスカは笑いがこみ上げてきた。

「ククククッ」
『何がおかしいの?』

横でポジトロンライフルを構える零号機のレイから通信が入った。
開いたウインドウからレイが不思議そうに自分を見ている。

「あんたもいたの?」
『シンジ君がまだ戦っている……あなたはなんでさっき笑ったの?』
「え?……そうね、嬉しかったから…かな?」
『嬉しかった?』
「う、うるさいわね、それよりもシンジは!?」

自分の言葉に赤面したアスカが初号機のほうを見るとイスラフェルがそろって飛んできた。

「ファースト!!」
「……」

レイの零号機が無言でポジトロンライフルを構えた。
モニターでイスラフェル達が立ち上がり、再び初号機に向かっていく。

レイは二体が重なるのを狙ってポジトロンライフルを撃った。

同時に貫かれたイスラフェルが動きを止めるのを見ながらアスカは槍を振りかぶる。

「シンジ!!きっちり避けなさいよ!!!」
『はあ!?何するつもりだ!!!アスカ!!!』


シンジの声が聞こえたが気にせず投げる。

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イスラフェル達に向かってなげられたゲオルギウスは音の壁を超えた。
次の瞬間、4つの噴射口から同時に炎が噴出しゲオルギウスに回転モーメントを与える。
弐号機の筋力で投げられたゲオルギウスのドリルが回転することによりすべてを抉り取りながら突き進む。
初号機によって中和されて弱くなっていたとはいえ、ATフィールドすらもえぐる凶器はイスラフェルの体も例外ではなく突き抜けた。

ズン!!!!

シンジは目の前の光景にでっかい冷や汗が出てきた。
イスラフェル達の胴体にCの字型に大穴が開いている。

残念ながらコアははずしているが……

『あ……あれ?』

通信機からアスカの呆けた声が届いた。
アスカにしても予想外の威力だったらしい。

「ア、アスカ?」
『し、仕方ないじゃない!!試作なんだから!!』

アスカが照れ隠しに言ってくるがこの威力はしゃれにならない。
巻き込まれたら初号機でも危ないかもしれない。

「い、今はとりあえず……」

シンジは今すべき事をとりあえず遂行する事にした。
イスラフェル達に近づく

体のど真ん中に大穴を明けたまま初号機に向かってくるがスピードがない。
初号機はイスラフェル達の足元にかがむと地面を殴りつけ、【canceler】を発動した。

そのままジャンプしてその場を離れる。
”巻き込まれる”のはごめんだ……

着地した初号機は零号機と弐号機のほうに全力で走る。

『え?シンジ?』
『シンジ君?』
「逃げるぞ!!」

頭上にはすでに輸送機が待機している。

『『え?』』
「早く!!」
『『は、はい!!』』

シンジの叫ぶような声にレイとアスカが従う。

後方では再生を終えたイスラフェル達が追撃しようと足を踏み出した……が

ズブン!!

イスラフェル達はいきなり沈んだ地面に足を取られ前のめりに転ぶ。
いや……足だけではなく体全部が沈んでいく。

……液状化現象というものがある。
地震などによって地面の分子のつながりが壊される事によって起こる現象で文字どおり地面が液体のように頼りないものになると言うものだ。

シンジはイスラフェル達の足元の地面の分子がつながっているという状況をキャンセルする事によって分子のつながりを破壊し、擬似的にこの状況を作り出したのだ。

もはや周りの地面は足場としての意味を持たず、イスラフェル達はもがくしかない。
しばらくすれば地面の分子のつながりも戻り、抜けだすことが出来るのだろうが……

彼らには決定的に時間が足りなかった。

なぜならば彼らの頭上からN2が落ちてくるまで数秒間……
その数秒をもがく事で費やした彼らはすべてを焼き尽くす光を見る。
そして……すべては光の中に消えた。






To be continued...

(2007.06.16 初版)
(2007.06.23 改訂一版)
(2007.09.29 改訂二版)


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