天使と死神と福音と

第陸章 〔神楽の舞〕
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presented by 睦月様


「んっ・・・やっだっ!!・・・見てるっ!!!」
「誰が・・・」

ネルフ本部のエレベーターの中でミサトが加持に壁に組み伏せられていた。
いきなり両手を掴まれたので二人の足元にはミサトが持っていた書類が散乱している。

「誰って・・・んっ・・・んっ・・・・・・うっん・・・。」

ミサトの反論を加持が唇でさえぎった。

チーン

エレベーターが目的の階に止まり扉が開く
ミサトはすばやく身を滑らせると外に出た。

「もう・・・!加持君とは何でも無いんだから・・・こういうの止めてくれるっ!?」

壁に押し付けられて乱れた髪を撫でつけながらミサトが言う。
加持は何も言わず薄い笑みをうかべながら足元の書類を拾った。

「でも、君の唇は止めてくれとは言わなかったよ・・・。」
「っ!!」
「君の唇と君の言葉・・・。どっちを信用したら良いのかな?」

ミサトは加持の差し出した書類をひったくった。
加持の笑った顔がエレベーターの扉で隠れる

ミサトは一拍おいて手に持っていた書類をエレベーターの扉に叩きつけた。

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「はい」
「え?」

ラウンジで外を見ていたミサトがいきなり差し出されたコーヒーと言葉に驚く
横を見るとリツコがいた。

「あっ!?ありがとう」

リツコからコーヒーを受け取り口をつける。
コーヒーの風味が口全体に広がった。

「今日は珍しくシラフじゃない?」
「う〜〜ん、ちょっちねぇ〜・・・。」
「仕事?それとも・・・男?」
「・・・いろいろ」

ミサトとリツコは隣に並んでラウンジから外を見た。
見えるのはジオフロントの森・・・おそらく植林したのだろうが何故地下に森を作る必要があったのかは疑問だ。
まあ景観はいいのだが・・・

「ふ〜〜ん、まだ好きなのかしら?」

ブーーーーーーーーーッ!!!
「・・・・・・汚いわよミサト」

リツコの言葉にミサトは飲んでいたコーヒーを勢い良く吹き出してしまった。
リツコが半眼でポケットティッシュを差し出す。

「ゲホゲホ・・・へ、変な事、言わないでよっ!!誰があんな奴とっ!!! いくら若気の至りとは言え、あんなのとつき合っていたなんて、我が人生最大の汚点だわっ!!」
「私が言ったのは加持君がよ?動揺させちゃった?」
「あんたねぇ〜っ!!」
「怒るのは図星をつかれた証拠よ?今度はもう少し素直になったら8年前と違うんだから・・・。」
「・・・・・・8年か・・・」

ミサトはカップ残ったコーヒーを見ながらつぶやいた。
いろいろと思うことがあるようだ。

「・・・・・・8年って長いわよね・・・」
「・・・・・・そうね・・・」

それっきり会話が途切れた。
誰に対して、あるいは何に対して長いのかは人それぞれだろう。

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シンジは葛城邸の台所で洗い物をしていた。
明日はイスラフェルとの決戦だ。

公園での一件以来アスカとレイのユニゾンの特訓は順調に進んでいた。
少ない時間で二人はできるだけのことをやったと断言できる。

もしうまくいかなかったとしても自分がフォローするつもりではいたがあの様子ならアスカの言う通りシンジの出番はないかもしれない。

そんなことを考えていると洗い物が終わった。

「よしっと」

シンジはエプロンをはずして台所を出た。

「あれ?シンジもう終わったの?」

居間には風呂上りでTシャツに短パンという姿のアスカがいた。
同年代の少女の生足はかなり目のやり場に困る。
シンジだって健全な男なのだ。

「うん、もう終わったよ。今日はやっぱりミサトさん帰れないから先に寝ててだって、アスカも明日のために早く寝たほうがいいんじゃない?」
「そんな子供みたいな事言われなくてもわかっているわよ。」
「そりゃ〜よかった。なんせ明日の主役が寝不足で踊れなかったら観客からブーイングが起こるところだ」
「言ってなさい、明日の主役はあたしとレイなんだから!!」
「期待しているよ。」

そう言ってシンジは玄関に向かおうとした。

「ちょっと、どこにいくのよ?」
「え?自分の家だけれど?」

シンジが不思議そうに言うとアスカが笑った。
何と言うか・・・・・・ミサトがからかうときに見せるあの笑いだ。

それを見たシンジは嫌な予感がした。

「あんた今日ここに泊まりなさい。」
「・・・・・・はい?アスカ?一応ぼくは男なんですけれど?」
「あら?あんたに襲う度胸なんてあるの?」
「襲ってほしいわけ?」
「うっ」

アスカが言葉に詰まった。
何を想像したのか真っ赤になる。
自分で言い出したことだけに反論も出来ない。
まだまだシンジのほうが一枚も二枚も上手のようだ。

ガラッ

アスカが何も言えないでいると扉があいて青いパジャマ姿で布団を抱えたレイが出てきた。

「アスカ?布団は三つでいいの?」
「え?・・・ああ、そうよレイ居間に敷いて」

アスカも手伝って瞬く間に居間に三つの布団が敷かれる。
シンジが何か言う暇も無かった。

「あ〜アスカさん?」
「なによ?」
「これは「ここで三人一緒に寝ろ」ということでいいんでせう?」
「オフコース、あんたさえてるわね、あんたもサポートで参加するんだからトーゼンでしょう」
「・・・・・・マジ?」

シンジは戦慄した。
なぜならアスカとレイはそれぞれ両端の布団に座っている。
空いている布団は真ん中だけ・・・・・・

「つまり真ん中の布団で寝ろと?」
「他にどこがあるのよ?あんたこんな美少女に挟まれて練れるのになんか文句あんの?」
「ぼくが男だって本当にわかっているのか?」

横を見るとレイが正座を崩したような格好でぺたんと座ってこっちを見ている
なんとなく子犬をイメージする感じだ。

「なに?」
「男だと何かいけないの?」
「・・・・・・え?」

その瞬間、アスカが動いた。
青い瞳がキラリと光る。
シンジが答えに詰まった瞬間を逃さずたたみかけた。

「そ〜よね!何にもやましい事ないんなら問題なんてないじゃない!!」
「な!!!!」
「ふっ、それともあんたは女の子の寝込みを襲うような破廉恥な人間だったのかしら〜!?」
「おい!!」

シンジが反論しようとするとレイが服の袖を引っ張った。
はげしく爆弾のにおいがする。

「・・・・・・シンジ君?」
「・・・・・・なんでしょう?」
「シンジ君は破廉恥なの?」
「うぐぅ〜」

改心の一撃、シンジは精神的なダメージをこれでもかというくらいに受けた。

半眼でアスカを見ると腹を抱えて笑っている。
悪魔かこいつ・・・

(謀ったな〜アスカ〜〜)
(・・・やっぱり赤いからかな?)

いまだに笑い転げるアスカに向かってシンジが仕返しの一言を放った。

「アスカ・・・最近ミサトさんに似てきたよね・・・・・・」

一発でアスカの動きが止まった。

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深夜

結局葛城邸に泊まったシンジはアスカとレイに挟まれて天井を見ていた。
さすがに女の子達と川の字で、しかも自分が真ん中で寝ていると緊張してしまって寝つきが悪い。

「ねぇ・・・シンジ?」
「ん〜?」

不意に隣から聞こえたアスカの声に返事をする。
横目で見るとシンジに背中を見せるような体勢で寝ているようだ。

「・・・聞きたい事あるんだけれど?」
「なにさ?」
「・・・あんたさ・・・司令のこと嫌いなの?」
「・・・・・・好きじゃないよ・・・どうして?」
「なんでよ?」
「理由・・・聞いてないの?加持さんとかミサトさんとか・・・」
「・・・あんたがネルフに所属していない理由は聞いたわ・・・」

アスカがちらっと横目でシンジの向こうで寝ているレイを見た。
どうやらレイのことも聞きだしたらしい。

「でもそれだけじゃないんじゃない?それにね、ほかにもあんたがどこで訓練を受けていたかとか聞いても「知らない」って・・・」

シンジは苦笑した。
アスカはどうやらシンジの過去が知りたいらしい。
大人達と違って持って回った言い回しをしない分ストレートもいいところだ。

「それは本当に知らないんだよ。」
「なんでよ?」
「ひ・み・つ」
「・・・・・・言えないの?」

アスカの問いはシンジが機密性の高い訓練をしていたのかという遠まわしな問いかけだ。
それに対してシンジは首を振る。

「いや、信じらんないとおもうから」
「なによそれ・・・」

まさか自分の中の別人格に鍛えてもらったなんて冗談にしてもB級だろう。

「それならあんたの事教えなさいよ・・・」
「ぼくの?」

アスカが体をひっくり返してシンジを見た。
青い瞳に真剣な色が見える。
冗談や冷やかしじゃないらしい。

「何でそんなこと聞くのさ?」
「聞きたいからよ、文句ある?」
「拒否権は・・・」
「あると思う?」
「いや、まったく」

シンジはアスカを見て軽く笑った。

「う〜ん気が進まないな、昔の事なんて気にしててもしょうがなくない?過去がどうあれ今ぼくはここにいるし、それに昔のことを知ったからって何かを変えられるわけでもないよ。」
「いいじゃない」
「アスカだって昔のことで言いたくないことだってあるだろう?」

この一言でシンジはアスカが追求をやめると思った。
彼女も幼いころからエヴァの訓練を受けているのだ。
普通の生活環境じゃなかったことぐらい容易に想像がつく・・・だから次の一言は完全に予想外だった。

「……あたしのママは自殺だったわ…」
「……え?」

シンジは間抜けな顔でアスカを見た。
彼女の独白は続く……

「ママはエヴァのテストパイロットだったの、その実験中に精神汚染を受けて……正気を失ったわ…」
「……」
「ママの自殺の第一発見者はあたし・・・そのあとすぐに私のパパは新しいママを連れてきてね」
「その人のこと嫌いなの?」
「・・・いいえ、嫌いじゃなかったけれどあたしはその時すでに一人で生きていくって決めたから家を出てパイロット候補になった。」
「お母さんの代わりに?」
「・・・かもね・・・」

シンジは頭を掻いた。
さすがにこれは予想外だった。
これでは話さないわけにはいかない・・・・

シンジは視線だけで反対側のレイを見る。
レイもこっちに背中を見せて寝ているが間違いなく・・・・・・

「レイ?」
「なに?」

シンジが呼ぶとレイも体を回転させてシンジを見た。

「やっぱり起きていたか・・・」
「ごめんなさい・・・」
「怒ってないよ・・・それより・・・」
「なに?」
「レイも聞きたい?ぼくの話?」

レイは黙ってうなずいた。
赤い瞳はシンジから離れない。

「・・・物好きだな・・・まったく面白くない事だけは保障するよ?」
「そんなことはあたし達が決めるわ」
「・・・・・・どっからききたい?」
「全部よ全部、子供の頃の恥ずかしい〜事も全部よ」
「マジ?」
「さっさと言いなさい!」

アスカが催促した。
それに対してシンジは少し考えた。

「そうだな、じゃあ皆が勘違いしている事から話そうか?」
「「勘違い?」」

レイとアスカの言葉がユニゾンした。
訓練の成果にシンジは苦笑する。

「そう、勘違い・・・アスカはミサトさん達からぼくが司令と縁をきったって聞いたんでしょう?」
「そうよ」
「それが違う、レイには一度話したことがあるんだけど詳しいことは言ってなかったね?」
「ええ・・・司令がシンジ君と家族になることから逃げたって・・・」

部屋に静寂が満ちる。
アスカとレイは黙ってシンジの言葉を待った。

シンジはレイもアスカも見ない。
ただじっと天井から目を離さず呟くように話し始めた。

「ぼくの一番古い記憶は「捨てられた」思い出だよ」
「「え?」」
「逆なんだよ、先に縁を切ったのはあの人なんだ。ぼくは引導を渡しただけ・・・・・・三つか四つだったかな?どこかの駅であの人は泣いているぼくをおいて振り返らずに去っていたよ。その後知り合いの人に預けられたんだ。10年くらい・・・」

シンジの脳裏に振り返らずに去っていく背中がフラッシュバックする。
あの時ゲンドウを振り向かせたくて・・・振り向いてほしくて大声で泣いた。
それでもゲンドウは一度も振り返らずに去っていった・・・自分を残して・・・

「ぼくの最初のあだ名は「妻殺しの男の息子」だった。」
「「え?」」

アスカとレイは予想もしない一言に驚きの声を上げた。
思わず身を起こしてシンジを見る。
しかしシンジの視線は二人には向かない。
じっと天井を見たままだ。

「な、なによ!それは!?」
「つまりぼくの元父親はぼくの母さんを殺したらしい」
「らしいて何よ!!らしいって!!!」
「さあ、ぼくにわかるのは母さんが何かの実験の被験者だったって事とその指揮をしていたのが・・・父さんだったって事・・・その結果母さんはどこにもいなくなった。」
「い、いなくなったって・・・」
「言葉どおりの意味だよ、遺体は残らなかったらしい。一応お墓はあるけれど空っぽだ・・・」
「そんな・・・」
「今思うと実験ってエヴァの事かもしれない・・・」

二人の少女はシンジの触れてはいけない事に触れてしまった事に気づいた。
しかしもう後戻りは出来ない・・・・・・

「話を戻すとぼくは預けられたところでいじめとかにもあったりしてね、あの年頃の子供って加減を知らないんだよね〜〜〜まあ、いじめは8歳位で終わったけれどさ・・・」

ブギーポップに出会ってからのシンジは生死の狭間を何度も経験する事で同級生や周りのいじめなどまったく相手にしなくなっていった。

むしろ文字通り子供っぽい周りの同級生など軽くあしらうほどの精神的な余裕を持つほどだ。
格の違いというのかそれを感じた同級生達はシンジをいじめなくなった。

シンジ自身もあまり目立つのは好きではなかったためやり返すような事もなく(やり返していたらとんでもないことになっていただろう)目立たない同級生の位置に収まっていった。

「お父・・・いえ、司令はどうしてたのよ!?」
「あの人は何もしなかったよ何ヶ月か前に呼び出しの手紙をくれるまで10年は連絡一つよこさなかった。あとは聞いたとおり。」
「あんたよくここに来る気になったもんね?」
「それは・・・他にも”用事”があってね、むしろそれが目的だったんだけれど、今は予定が変わったんだ。それに10年ほうっておいた実の息子に何させるつもりか気になったしね・・・・・・」
「「・・・・・・」」

シンジの過去を聞いてレイとアスカは言葉を失った。
この記憶はシンジにしても気分のいいものではなかったはずだ。
なんと言えばいいのか分からない。

「あんたも苦労していたのね・・・」
「そうでもないよ」
「?・・・どういうこと?」

その時シンジの顔に今まで見たどの顔より嬉しそうな微笑が浮かぶ。
おもわずレイとアスカは魅入ってしまった。

「ある日ね、ぼくの前にいきなり現れた人がいるんだ」

シンジの言葉にレイがあることを思い出す。

「シンジ君?その人がシンジ君を護ってくれた人?」
「あれ?ああ、そうかレイには話したっけ」
「ええ・・・」

シンジの言葉にレイがうなづく。
二人だけがわかっているのを見たアスカがのけ者にされて少し拗ねる。

「一体誰なのよシンジ?」
「え?ああ、その人はぼくを護るって約束してくれて、そして何度も護ってくれて・・・・・・ぼくにいろんなことを教えてくれた人・・・ぼくの恩人だよ」

シンジは心から嬉しそうにアスカに説明する。

その微笑を見たレイとアスカが胸にチクンとした痛みを覚えた。
それと同時にシンジにこんな顔をさせる誰かがとてもうらやましかった。

・・・・・・それは嫉妬という感情・・・・・・

「さて・・・」

不意にシンジが立ち上がって部屋の電気をつける。
いきなりの光にレイとアスカの目がくらんだ。

「目が覚めちゃったからココアでも入れるよ。」

そう言ってシンジは台所に向かう

その後姿を見ながら少女達は理解した。
・・・・・・後悔という感情を・・・・・・・

後になって自分のやったことを悔やむ事・・・
二人ともその意味は知っている。
しかし彼女達は今まで本当に”後悔”したことはなかった。

アスカは後悔していた。
安易にシンジの過去を知りたいと思ったことに・・・
それを知る事が出来れば自分もシンジの立っている場所に近づける。
そんな思いから聞いてしまったことを”後悔”していた

レイは後悔していた。
安易にシンジの過去に踏み入ってしまった事に・・・
シンジの事をもっと知りたいと思った
そのせいでシンジが言いにくそうだったことを言わせてしまった事に”後悔”していた

程なくシンジはココアの入ったカップを三つもって帰ってきた。

「さっ、これ飲んだらいい加減寝よう」

そう言って二人にカップを渡し、自分もココアを手に取る。
レイもアスカも無言で飲む・・・・・・

「別にね、話すのが嫌だったんじゃないんだ」

シンジの言葉に赤と青の視線がシンジに集まる。

「ただ不幸自慢になるような気がして嫌だったんだ。そういうのは好きじゃないんでね、だからあんまり気にしなくていい」

そう言ってシンジはカップを下に置くと二人の頭を撫でた。
二人のほほに朱がさす。

「なっ、子供扱いすんな!!」
「シンジ君・・・」

アスカが払いのけるより早くシンジは手を引いた。

「はははっごめんね」
「く〜!さっさと寝るわよ!!」

赤くなってすねたアスカが布団に入る。
レイも名残惜しそうだがそれに続いた。
苦笑したシンジも部屋の電気を消して布団に入った。

しばらくすると左右からレイとアスカの寝息が聞こえて来た。
ココアに混ぜたアルコールが効いたらしい。
少量だから明日の作戦には影響あるまい・・・

「ふぁ〜〜〜」

眠気を覚えたシンジもまぶたを閉じる。

(本当に君は得がたい人だ・・・・・・)

眠ってしまう一瞬、ブギーポップのそんな呟きが聞こえたような気がした。

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「目標は強羅絶対防衛戦を突破!!」
「来たわね今度は抜かりないわよ。」

報告が発令所の隅々にまで届く。
緊張が空間を満たし、モニターに再び一体になったイスラフェルが映る

「?シンジ君どうしたの?」

ミサトがモニターの隅に小さく映るシンジを見て訝しげな顔で聞いた。

エントリープラグのシンジが腕のストレッチをしている。
しかもほほに赤いもみじつきだ。

『いや今朝『シンジ?それ以上言ったらただじゃすまないわよ?』・・・イエッサ』

なぜか赤くなってシンジの口を封じるアスカをミサトは妙に感じたが作戦前なのでとりあえず無視した。
気を取り直して作戦の確認をする。

「音楽スタートと同時にATフィールドを展開。後は作戦通りに、2人とも良いわね?」
『『了解っ!!』』

レイとアスカの声が重なる。
二人とも気合が入っているようだ。

「目標は山間部に侵入」

使徒をモニターしていた日向が報告した。
決戦が近い。

『いいわねっ!!最初からフル可動、最大戦速で行くわよっ!!!』
『解ってるわ、62秒でケリをつける・・・』
「二人とも?」

なぜか発令所に入ってきていた時田がレイとアスカに話しかける。

「ゲオルギウスを使うときはぜひ「必殺!!ゲオルギウスの槍!!」とさけ」ガスッ

言葉の途中でミサトの鉄拳が時田の後頭部に決まって昏倒させた。
糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちる時田を、しかし誰も気にしない。
今はそれどころじゃないと言ってもかなり厳しい。

「とにかく練習どおりに!!いいわね?」
『『り、了解!!』』

何とか気を取り直して二人は表情を引き締めた。

「まったくこいつなに考えてんのよ!!」
『まあまあミサトさん、時田さんもリラックスさせてくれたんですよ』
「・・・本気でそう思っている?」
『・・・・・・多分・・・』

とりあえず発令所の緊張は解けた。
いまだ時田は床に沈んだままだが・・・

「・・・また恥をかかせよって・・・」
「・・・・・・」

どうやらトップ二人は気に入らなかったらしい。

モニターに第三新東京市に侵入したイスラフェルが映る。
ミサトは真剣な顔でモニターのイスラフェルを睨むと命令を下した。

「発進!!」

次の瞬間音楽が鳴り出して青と赤のエヴァがリニアレールで打ち出された。

『シンジ!!見てなさいよ、私達があんたを守ってやれるってとこを見せてやる!!』
『シンジ君、見てて・・・』
「「「「「「「『え?』」」」」」」」

いきなりのアスカとレイの言葉にシンジと発令所の皆が唖然とした声を出す。
一瞬思考が止まった。

「つ、続いて初号機発進!!」
「り、了解!!」

完全に思考をフリーズさせたミサトを見てリツコが代わりに日向に指令を出す。
それにしたがって初号機が射出されるが中で呆けていたシンジがいきなりのGに心臓に悪い思いをしたことは当然であった。

ガシュン

地上に出た二機は大きく跳ぶ
それに釣られてイスラフェルが上を向いた瞬間、その後ろに射出された初号機が刀状武器マゴロクEソードでイスラフェルを両断する。

もちろんこんな事で倒せるわけはない
すぐさま両断されたイスラフェルがそれぞれ人形を取る。

ドカ!!

その両方を降って来た二体のエヴァが蹴ってふっとばす。
青と赤のステップは止まらない。

まだまだ舞踏会は始まったばかりだ。

レイとアスカは息のあったコンビネーションでイスラフェルを追い詰めていった。
合わせ鏡のようにその動きはシンクロしている。

殴り飛ばす打撃音が・・・・・・
打ち出す弾丸が・・・・・・
踏み出す足音が・・・・・・
音楽のように町に響く・・・・・・

その奏でられる音楽に不協和音を混ぜようとするバカ(イスラフェル)は紫の鬼神が文字どおり叩きなおして修正する。

今日の主役は赤と青の女神たちなのだ。
シンジは舞台の袖で手を貸すだけでいい、心配などするだけ無駄だからしない。

アスカがレイに合わせて飛ぶ
レイがアスカにあわせて走る
弐号機が避けるタイミングにあわせて零号機が避ける
零号機の攻撃に合わせて弐号機が攻撃する

どちらがメインではなく・・・・・・
ただお互いにあわせて踊るだけ・・・・・・
ときどき相手を交代しながらも、よどみなくダンスは続く。

シンジはアスカとレイを見ながら思う
やはり彼女達はぼく達に似ている。

はっきりいってシンジとブギーポップは正反対の位置にいる。
性格にしてもどこまでも使命のためにクールなブギーポップに対してシンジは感情的な部分がある。
若いともいえるかもしれないが・・・・・・

能力にしてもそうだ、応用は利くが一点突破型のシンジの能力に比べブギーポップのワイヤーや衝撃波は多数を相手にするのに向いている。

こんな二人がなぜこんなに強いのか?
それは二人が対になるものだからだ。
同じ能力者がいくら集まってもその方面に特化する事にしかならない。
まったく違う二人だからこそお互いの欠点を補い合えるのだ。

現にこのイスラフェルにしたってシンジだけではどうにもならなかったに違いない。
海でのガギエルにしたってブギーポップだけでは苦戦しただろう。

しかし彼らはここにいる。
シンジがブギーポップの・・・・・・
ブギーポップがシンジの・・・・・・
お互いの欠点を補うからこその強さ・・・・・・

それと同じものが今シンジの目の前で行われている。
おそらくはシンジとブギーポップが別々の体を持っていたら出来たかもしれない事を・・・・・・

(君の目は確かだったようだね)
(当然ですよ、彼女達なら…)

レイがアスカを感じてアスカがレイを感じる。
お互いが支えあうからこそのロンド、赤と青の拳がイスラフェル達を空に飛ばす。

二体のエヴァは自分の横の兵装ビルから出たゲオルギウスを手に取る。

「「ハアァァァァァァ!!」」

気合の声すらも合わせて投げられたゲオルギウスが空気の壁をえぐって飛ぶ

ドン!!

その一撃は二体のイスラフェルをさらに半分にした。
体のど真ん中を打ち抜かれたイスラフェル達はコアをそれぞれ削られながら上半身と下半身に分断されて落下する。
さすがに分裂するのは二体までが限界のようだ。

ドスン!!

地面に叩きつけられたイスラフェル達はさすがに再生が間に合わないと考えたのか腕で這いながら一体に戻ろうとする。

「「ハアアアアアアア!!!!」」

赤と青が同時に飛ぶ

一つに融合しようとしていたイスラフェル達のそれぞれのコアにけりが入り地面を削りながら突き進んでいく。
もちろんイスラフェルの体もただではすまない。
地面との摩擦で体のあっちこっちを削られながら町の中を一直線に破壊の跡を刻んでいく。

だがその破壊も長くは続かない
町を出てすぐのところで両方のコアにひびが入った。
一度崩れてしまえば後ははやい。
押し付けられていた赤と青の足がコアの中に沈んでいくのにあわせてひびも大きくなりついには完全に砕けた。

ガキッ

完全に砕けた瞬間に強烈な光が生まれ、周囲を一瞬白く染めた。

「おーーーらいっと」

十字の爆発からッ吹っ飛ばされてきた二人をシンジの初号機が同時に受け止める。
反動で地面のコンクリートを削ったがご愛嬌だろう。

「二人ともお疲れ様」
『ト〜ゼンよ!!』
『シンジ君、ありがとう』

初号機が抱えた二機から返事の通信が入る。
活動限界を超えた二機は初号機に抱えられてぐったりしている。

『シンジ?』
「なに?」
『見てたでしょ?あたし達はあんたに守られてるばかりじゃない」
「そうだね・・・」

シンジはわらって・・・・・・

「でもとりあえず寝ぼけて腕を抱き枕にするのは勘弁ね?」
『なーーー!!』
『『『『『『『『なに!!!!!!!!』』』』』』』』』

アスカの絶叫に続いて発令所の絶叫がユニゾンしてスピーカーから響いた。

今朝起きたらシンジの両方の腕にレイとアスカが腕を絡めていたのだ。
・・・・・・どうやら寝ぼけたらしい。
シンジの腕をそれぞれ抱き枕にして寝ていたためシンジは起きる事も出来ずにいたのだ。

レイには前科があったがアスカまで抱き癖があったとは・・・・・・
しかも思いっきり抱きついているため腕がしびれてしまっていたりする。
不幸中の幸いはエヴァの操縦に腕があまり関係ないということだろう。

シンジが困っているとアスカが身じろぎして起きた。

「ヤアオハヨウ、アスカサン」
「ん?おはよう・・・」
「次どうなるか予測できるけれど落ち着いて話す気無い?」
「え?・・・・キ、キャァァァァァァァ!!」

半分寝ぼけていたアスカが完全に覚醒するといきなり真っ赤になって平手打ちをかまされたと言う理不尽さだ。

『あんた!!何でそういう事言うのよ!!」
「いや、事実だし〜〜決して今朝の仕返しや弐号機が動けないからって言いたいこと言っとこうなんてわけじゃないよ?」
『うそつきなさいィィィ!!』
「ハハハハ人聞きが悪いな〜〜これ発令所の皆が聞いてるんだよ?』
『誰のせいだ〜〜〜!!』
「アスカでしょう?」

子供たちのじゃれ合いを聞いていた発令所の面々は大爆笑だったが若干名は「またまた恥をかかせよって・・・」などと頭を抱えていた。

シンジは笑いながら二人の少女達の勝利を祝う。

かくして天使は舞台を降り、退場した。
後に残るは福音の音色、
やがて…次の天使が手を差し出し、再びダンスを申し込むだろう…

舞台の主役は四重奏…
少年と死神と少女たちが奏でる四重奏…

今は一時安らぎの歌を…
生きる喜びを乗せて…
福音は高く鳴り響く…
遠く天まで…深く地まで…
心に響く四重奏…
福音の担い手たちは世界の中心で歌いつづける
カーテンコールはまだ遠い…


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.06.16 初版)
(2007.09.29 改訂一版)


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