いつもと変わらない朝・・・
いつもと変わらない学校・・・
いつもと変わらない教室・・・
しかし・・・

「なあ、シンジ?」
「なに?」

いつもと同じように登校して来たシンジにケンスケが近寄って話しかけてきた。
ニヤニヤ笑っているところを見るとなにか新しい情報でも入手したようだ。

「今日新しい先生が来るらしいぞ。」
「新しい先生?」

シンジはいぶかしげな顔をする。
はっきり言ってしまうと今の第三新東京市に来るなど自殺行為以外の何物でもない。

なんと言っても正体不明の生物との戦場になる場所なのだ
シェルターがあるといっても万全とはいえない。
自衛隊の実弾訓練場にもぐりこむのに等しい。

実際、転居願いを出す人間は少なくないのだ。
それなのにわざわざこの町に来るとは何者だろう?

「物好きがいたもんね〜」

シンジの後ろでアスカがつぶやいたが皆同じ思いだった。

「何の教科?」
「いや、先生は先生でも保健医だ、なんか黒髪の長髪でかなりの美人らしい」
「・・・・・・ケンスケ、もうちょっと詳しく・・」

シンジはその特徴に覚えがあった。
新しい保健医の話を熱心に聞くそんなシンジを背後で女性陣たちが半眼で見つめていたがシンジは気づかなかった






天使と死神と福音と

第陸章 外伝 〔CROSSROAD〕

presented by 睦月様







「・・・なんだありゃ?」

ケンスケから保健室の新しい保健医の話を聞いたシンジは休み時間になると早速保健室に向かった・・・が、ついてみると保健室の扉の前に人だかりが出来ている。
どうやら噂の保健医を見に来ているらしい。

とりあえずたむろしている生徒達を押しのけて保健室を見ると黒いスーツに白衣を着た見覚えのある人物がいた。

「・・・何であなたがここに?」

シンジの言葉に”彼女”が視線をシンジに固定する。

「”はじめまして”君は?」

目の前の女性は知っているくせにそんなことを聞いてくる。
周りに生徒だらけのこの状況で下手に知り合いなんていったら質問攻めになるのが目に見えているので一芝居うつつもりだ。
それを悟ったシンジも付き合う事にした。

「・・・はじめまして碇シンジといいます」
「そうか・・・俺は・・・」

二度目の自己紹介だ。

「霧間 凪だ。よろしくな」

その名前も二度目・・・
シンジは引きつりそうになる顔を引き締めた。

「こんにちわ霧間先生、学校の事でわからないことがおありでしょう?良かったらご案内しますが?」
「ん?それは助かるな、ぜひ頼もう。」
「そ、そうですか、じゃあご案内します。」

凪をつれて立ち去るときに周囲の視線が痛かった。

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何とか人垣から脱出する事が出来たシンジは一通り校内を案内した後に屋上に来ていた
ここなら人目が無いから話もしやすい。

「それで?何で凪さんがこの学校の保健室にいるんです?」
「これでも緊急の処置ぐらい出来るぞ?」
「いや・・・そうでなく・・・」
「疎開で人が足りなくなったみたいだな、求人広告が出てたんで履歴書を突っ込んだんだ」

凪は一枚の封筒を取り出しシンジに渡した。

「・・・お前が頼んだんだろう?」

シンジは無言で受け取って中身を見る。
その瞬間、シンジとブギーポップが入れ替わった。

「マルドゥック機関、表向き…と言っても秘密組織だがネルフの下位組織でチルドレンの発見を主な活動としている…事になっている。」
「……実際は?」

ブギーポップは書類に目を落とした。
会社の名前とともにチェツク済みの印がある。
数は108、人間の煩悩の数と同じとは何かの洒落だろうか?

「108あるはずの会社はすべてもぬけのから、最初から存在しなかったようだ。」
「やっぱりね…」
「わかっててやらせるなよ…」
「統和機構は関係してるのかい?」
「いや、とりあえず関係は無いらしい、一応全部調べたが手がかりもなしだ。登記簿を調べたらおもしろいことに“碇ゲンドウ”…今は六分儀だな…と“冬月コウゾウ”の名前ばっかりだったぞ?完全なダミーだな…」
「資金はネルフに廻っているんだろう?」
「ご名答…」

二人はそろって肩をすくめた。
エヴァや兵装ビルはとにかく金を食う。
その資金の足しにしているのだろう、世知辛い話だ。

「ネルフはなぜシンジがパイロットになれるとわかったんだ?」
「いや…おそらくシンジ君しかパイロットになれない事を知っていたんだろう」
「なぜだ?シンクロなんて言う通常ではわかるはずの無い才能を見ぬくなんて普通じゃないぞ?」
「シンジ君は特殊な検査を受けた事は無いらしい…と言うより…」

ブギーポップは書類を封筒に戻して凪に返した。
凪は受け取った封筒に取り出したライターで火をつけてすてる。
必要なくなったならいつまでも残しとくべきではない。

「おそらく反対だよ」
「反対?」
「ネルフはパイロットをみつけるんじゃなくて“パイロットにする事が出来る”んだ」
「“する事が出来る”?穏やかじゃないな…根拠は?」
「エヴァ側の問題だろうね、そもそもおかしいと思わないか?チルドレンの3人が皆14歳だ。エヴァは13〜15歳までしか乗ることが出来ないらしいのにえらく都合よい年齢で貴重なパイロットが三人も集まったものだ。」

たしかに出来すぎた状況だ。
しかも予備パイロットすらいないのが決定的だろう。
ピンポイントで三機のエヴァに三人のチルドレン・・・偶然で済ませることは出来ない。

「なるほど…だとすると使徒が来る時期もある程度予測が可能と言う事になるぞ?」
「それは多分間違い無い」

年齢制限がある以上、確実に来る時期が分かっていなければチルドレンをそろえることは出来ない。
もっとも、本当に年齢的なものが関係あるかどうかは疑問だが。

他にもサキエルの進行に合わせたようなシンジの呼び出しetc・・・疑い出せば状況証拠だけでもきりが無い

「…仕組まれたパイロットか…」
「そうだね、しかも一度してしまうと変更が効かないようだ。そうじゃなければシンジ君にパイロットを続けさせる理由が無い」
「シンジの能力が高いからと言う事は?」
「ないね、むしろ今の状態ではシンジ君の能力は使徒相手には有効だがそれ以外の部分においては脅威以外の何物でもない」
「そうか…」

気がつけば凪の足元では封筒の燃えカスが白くなっていた。
それを見た凪が灰を踏みつけてぐしゃぐしゃにして完全にばらばらにする。

「シンジ…」
「はい?」

凪の呼びかけにブギーポップでは無くシンジが答えた。

「…一応三人のプロフィールも調べてある…聞くか?」
「お願いします」

シンジの答えを聞いた凪がうなづいて話し始める。

「六分儀ゲンドウは京都の大学に在籍していたようだ。」
「大学?」
「ああ、当時の教職員名簿に“冬月コウゾウ”の名前があった。まちがいなくその大学で六分儀ゲンドウと冬月コウゾウは知り合ったんだろう。そして…」

凪はチラッと横目でシンジを見た。
多少の逡巡のあと凪は話を続ける。

「…碇ユイの名前もあった。」
「母さんの?」
「ああ、どうやら学生結婚だったらしいな…」
「あの人にそんな甲斐性があったんだ…」

シンジは心底意外そうな声で呟く。
あの人相で結婚できたと言うだけでも驚きだが学生結婚だったとは思わなかった。

「卒業後の二人の足取りはいまいちよくわかっていない…次に判ったのはセカンドインパクトの後だ」
「何していたんですか?」
「研究所を立ち上げている」
「研究所?」

シンジの疑問に凪はうなづいた。

「人工進化研究所、通称ゲヒルン…実際にどんな研究が行われていたか不明だが…その発足時のメンバーの中に4人の人物がいた。」
「だれです?」
「碇夫妻、冬月コウゾウ、赤木ナオコ…」
「…赤木?」

シンジは赤木の名前のところで聞き返した。
自分の良く知る知り合いと同じ苗字だ。
しかもゲンドウとかかわりがある時点で関係者だろう。

「そうだ、赤木ナオコ…赤木リツコの母親だ」
「なるほど、そう言うつながりか…」
「さらに、お前の母親はとんでもない人物だったようだな、正確には”母親達”という括りになるが」
「なぜですか?」
「碇ユイ、赤木ナオコ、惣流・キョウコ・ツェッペリンこの三人は科学者として有名人だ。“東方三賢者”と呼ばれていたらしい」

シンジが凪の説明に首をかしげた。
まったく記憶に無い名称だ。

「初耳ですね…」
「知らなかったのか?」

それも仕方が無い。
母のユイと死に別れたのは10年前、当時のシンジはまだ4歳だ。
しかも・・・

「バカが一匹いましてな、「思い出は心の中に…」とか自分勝手な事ほざいて写真から何から全部処分したんですよ」
「…言っちゃあ悪いがつくづくすくえん男だな…」
「ごもっとも…」

もはや言うまでも無く髭のバカの事だ。
さすがのシンジも4歳のときの記憶などおぼろげでユイの顔もしっかり思い出せない。

「…ところでこのゲヒルンだが…」
「なにかありましたか?」

凪が言い難そうにしていた。
どうもなにかあったらしいと感じたので、シンジから率先して聞く。

「ああ…この研究所での実験で…シンジお前のお母さんは死んだそうだ」
「……そうですか…」

二人の間に沈黙が落ちる。
シンジにとっていろいろ思うところのあるエピソードだ。
重い沈黙を破ったのは凪だった。

「さらにそれだけじゃない…」
「まだなんかあるんですか?」
「ある、赤木リツコの母親だが…お前のお母さんが死んで何年かして…自殺している。投身自殺だ。」
「……今日は物騒な単語ばかり聞く日だな…」
「まったくだ、俺もこんなに物騒な単語ばかり話したのは初めてだよ…」

ため息が深い……
幸せが逃げるとしたら相当に幸薄くなっているだろう……

「そういえば“東方三賢者”の最後の一人は?」
「惣流・キョウコ・ツェッペリン?これも自殺しているそうだ。ドイツでの事なんで裏は取れていない」
「また自殺か…ん?惣流?」

シンジは以前アスカの告白を思い出した。

「そういえばアスカの苗字も惣流だし…自殺したって言っていたな…」

シンジは天を仰いだ
エヴァにかかわった人間には不幸な人間が多いのだろうか?

「凪さん、ゲヒルンの研究所の場所、教えてもらえませんか?」
「・・・なぜだ?」
「墓参りに行こうと思って…」
「墓参り?」

シンジは凪の言葉に頷く。

「ぼくの知っている墓は空っぽなんですよ。死体も残らなかったらしいからせめて一度くらいは死んだところで線香の一本も上げようかなと・・・」
「・・・そうか」

福音はその担い手を幸せにはしないのかもしれない。
碇ユイ・・・惣流・キョウコ・ツェッペリン・・・赤木ナオコ・・・

その子供である自分達は使徒との殺し合いの真っ只中・・・呪いだろうか?
神の力を福音と言う武器に変えて神に仇なす人類への・・・

「・・・しかしそれならわざわざ出向く必要はないぞ」
「?・・・なぜですか?」
「ゲヒルンは別の名前になって今も存在する」
「それは・・・・・ん?」
「なんだ?…なるほど、立ち聞きはよくないな…」

凪がシンジの視線を追った先には屋上の扉があり、“それ”に気づいた凪が近づいて取っ手にてをかける。

ガシャン・・・・・・ドサ!

凪が扉を開けると耳を押し付けて聞いていた”5人”が倒れこんできた。

「・・・何をしてるんだお前達?」

凪があきれた声で聞くと5人・・・アスカ、レイ、トウジ、ケンスケ、ヒカリがばつの悪そうな引きつった笑いを浮かべる。
どうやらシンジ達を付けてきたようだ。

「・・・まあいい」

そういうと凪は振り返ってシンジのところに行く。
そして耳元に口を近づけて・・・・・・

「ゲヒルンはその名前をネルフにかえて研究所ごと今も存在する」
「な!それじゃ・・・」
「ネルフ本部がお前の母さんが死んだとされる場所だ。さらに赤木ナオコの死んだ場所でもある。じゃあな」

凪は言う事だけ言うと白衣を翻して屋上を出て行った。
その後姿は颯爽としていて異性同性問わず惚れ惚れするほど決まっていた。

「まいったな・・・」

シンジが頭を掻いて友人達を見るとなぜかびっくりした顔でこっちを見ている。

「え?・・・なに?」

シンジの言葉に5人は立ち上がりシンジに近づいてくる。
なぜか横一列で怒っているらしい。

「あたし・・・シンジの事侮っていたみたい・・・」
「シンジ・・・わいわお前を殴らないかん!!殴らんと気がすまんのや!!」
「シンジ君・・・なんであの人とキスするの・・・?」
「シンジ・・・骨は拾ってやる・・・」
「い〜か〜り〜く〜ん綾波さんとアスカだけじゃなく新任の先生まで・・・不潔よ!!!!!!!」

言うまでもなく上からアスカ、トウジ、レイ、ケンスケ、ヒカリの順番だ。
どうやら彼らの位置からはシンジ達がキスしたように見えたらしい

「・・・弁解の余地は?」
「「「「あるか!!!」」」」
「・・・・・・」

・・・・・・問答無用のようだ・・・じりじりと距離を詰めてくる。
唯一レイは無言で見つめてくるがその悲しそうな目で見られると悪くもないのに犯罪者のような気分になる。
ひどく居心地が悪い。

「そんな“太陽にほえろ”みたいに並んで近づいてくるのはなぜ?」
「アホ、それを言うなら“西部警察”や」
「トウジ、何でそんなに詳しい?」
「オトンやオジンが詳しゅうてな、そんな事より…天誅!!」

シンジは追いかけてくる5人に説明しながら屋上じゅうを逃げまくることになる。
今のシンジにはそのほうがありがたかった。
じっとしていると余計な事を考えてしまいそうだったから・・・・・・

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「シンちゃん?」
「なんですか?」
「そのひとだれ?」

いつもの葛城邸の夕食に“5人目”がいた。

「箸で指さないで下さいよ。今度ぼく達の学校の保健医になった霧間凪さんです。」
「はじめまして、霧間凪です。」

凪はそういうと頭を下げて挨拶をする。
礼儀正しい挨拶にあわててミサトも頭を下げた。

「ほぇ?でも何で保健の先生がここにいんの?」
「実は凪さんはぼくの友人の知り合いでして」

凪は急な採用だったため職員用の部屋の用意が間に合わなかったのだ
それを聞いたシンジがここに連れてきた。

「…っということです。」
「なるほど…でもどこに泊まってもらうの?あたしんちは居間なら空いているけれど?」
「とりあえずぼくの家に滞在してもらうつもりですが?」
「あら、それはチョーッチ問題ありよ」
「はい?」

いきなり却下されてシンジは面食らった。
ミサトは珍しく姿勢を正して話し始める。
顔は笑っているが・・・

「シンちゃんの保護者はあたしなのよ?悪い噂立てさせるわけにゃあいか無いわよ?」
「そ、そうよ!!ミサトの言うと〜りよ!!”男女七歳にして同衾せず”ってことばもあるわ!!」
「あの〜」

シンジが一言いおうとすると袖を引かれた。
見るとレイが上目使いで見ている。

「シンジ君……ダメ…」

シンジは頭が痛くなった。
何が駄目なのだろう。

「シンジ?」
「何ですか凪さん?」
「どうやらお前が俺を襲うと思われているようだが…襲ってみるか?」
「「「え!?」」」

凪が面白そうに聞いてくる。
あわてたのは当事者達よりも周りで聞いていたミサト、アスカ、レイの三人だ

「遠慮しますよ、五体満足で朝を迎えたいですからね」
「そうか、結構期待していたんだがな」
「なにがですか!!」

シンジは叫んでから横を見るとミサトは面白そうな笑みを浮かべているしアスカは真っ赤で噴火一歩手前…レイはすねているようだ。

「恨みますよ凪さん?」
「うん?なぜだ?」

いつのまにか食事を平らげてお茶を飲んでる黒髪の悪魔がそこにいた。
その後・・・凪はミサトの計らいで同じマンションの一室を借りる事になる。

ネルフは彼女の存在に気づいていない・・・・・・
人知れず自分達を脅かす存在が現れたことに気づいていない・・・・・・

彼女は”炎の魔女”すべてを焼き尽くす炎の意思を持つ者・・・・・・

死神と魔女の運命が再び交差した・・・・・・

その行き着く先は・・・・・・まだわからない






To be continued...

(2007.06.16 初版)
(2007.09.29 改訂一版)


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