天使と死神と福音と

第漆章 〔神子の胎動〕
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presented by 睦月様


『浅間山の観測データは可及的に速やかにバルタザールからメルキオールへコピーして下さい』

ネルフ本部は使徒の通常業務をMAGIにまかせてのんびりくつろいでいた。

マヤは文庫本を読み、日向は持ち込んだ漫画で笑って、青葉はギターを弾くイメージトレーニングをする。
そしてミサトとリツコは・・・

「修学旅行?こんなご時世にのんきな物ね・・・。」

リツコが片手に持った書類を見ながらあきれた声を出す。
それを聞いたミサトは苦笑した。

「こんなご時世だからこそ、遊べる時に遊びたいのよ。あの子達・・・」
「まあ・・・あの子達も中学生だしね・・・」
「遊びたい盛りなのにね・・・」

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「ほんならいってくるで〜おみやげ期待しといてええで〜」
「沖縄の写真、沢山撮って来るよ。」
「アスカ、マナ、レイさん行ってくるわね。お土産買ってくるわ」

友人たちがうらやましそうな視線をものともせず暖かい言葉と共に沖縄に旅立ってから1日・・・ネルフのプールにシンジ達の姿があった。

プールの中で白いワンピースの水着を着たレイが優雅に背泳ぎをしている。
間に一コース空けてムサシとケイタが競泳していた。
彼らなりにこの時間を有意義に楽しんでいるようだ。
しかし・・・

「う〜う〜ねえシンジ君ここの公式なんだけれど…」
「ここなら、多分この…」

なぜかシンジとマナはプールサイドでノートパソコンを広げていた。
もちろん二人とも水着は着ている。
マナの水着は髪の色と同じオレンジ色のビキニ、ショッピングセンターでシンジに買ってもらった一品だ。
いつでもプールに飛び込める状態だが・・・

「アンタ達なにしてんの?」

いきなりマナの後ろからスキュバー用品一式を持ったアスカが声をかけた。
赤と白のストライプハイレグだ。
加持に中学生には早いと言われたくせに結局買ったらしい。
もちろん代金はシンジ持ち。

「なにって課題に決まっているでしょう?霧間先生の分もあって多いのよ。」
「どれどれ…なにマナ?こんな公式で詰まってんの?」

そう言ってアスカはマナのノートパソコンを操作して簡単に公式を解いてしまう。
それを見たシンジがあきれた声でアスカに聞いた。

「何でこんなに簡単に解けるのさ?」
「これでも一応大学は出ているからね」
「…初耳だよ」
「あれ?そうだっけ?飛び級って奴よ、でも日本は義務教育の関係で中学校に行かないとなんないのよね〜」
「それでなんで赤点なんだよ?」

シンジの一言でアスカはバツの悪い顔になる。
どうも痛いところをつかれたらしい。

「うっ…日本語って難しいのよ、ひらがなやら漢字やら、しゃべるほうは問題無いのにね」
「それって何書いてあるか読めなかったってこと?」
「まっそう言う事ね」

シンジとマナはその言葉で納得した。

「それで出された課題が“小学生低学年の漢字”だったのか…」
「うっさいわね!!それよりアンタは何やってんのよ?」
「ぼく?熱膨張の問題だよ」
「熱膨張ぅ〜?幼稚なことしてるわね〜とどのつまりものは暖めれば大きくなって冷やせば小さくなるって事よ」
「まあ簡単に言うとそう言う事なんだけれどね」
「あたしの場合胸だけ暖めれば少しは大きくなるのかしら」

そう言ってアスカは自分の胸に手を置く。
自分より“いくぶんか“ふくよかなふくらみに文句を言うアスカにマナがジト目になった。

「ミサトさんのように?」
「あんなのはや〜よ、肩こりそうだしね」
「贅沢だな〜」
「今ごろわかったの?女の子はみ〜んな贅沢なのよ」
「アスカが贅沢なのは知っていたよ」
「…あんた、言うじゃない」

そう言ってアスカがニヤリと挑戦的に笑う。

シンジ達は会話の間、マナが自分の胸に手を当てて目を吊り上げていたのには気づかなかった。

バシャン

「「「ん?」」」

いきなり立った水音に三人が見ると奥のコースをかなりのスピードで誰かが泳いでいる。
監督兼監視役で一緒に来た凪だ。
髪の色と同じ黒いワンピースの水着を着ている。
なんと言うか・・・のんびり泳ぐよりこっちのほうが凪らしい

「そう言えばアスカは何でスクーバー一式持ってんの?」
「ああ、これ?沖縄で潜れなかった分ここでもぐんのよ!!」
「課題はどうすんだよ?」
「はん、これだから日本人ってのは、遊ぶ時は遊ぶ!!これが人生を楽しむ秘訣よ!!」

いつもの仁王立ちで胸を張る自信はどこから来るのだろうか?
ここまで突き抜けているとうらやましくもある。

「…あとで課題するんだろうな?」
「も、もちろんよ!!」
「なぜ関係無いほうを見て言うんだ?」

アスカは目をそらしたままで冷や汗をかいた。
どうやら考えていなかったらしい・・・と言うか故意に忘れていたっぽい

「そうよシンジ君、遊ぶ時は遊ばなきゃ!!」

課題から逃げられると感じたマナが立ち上がってアスカに賛同した。
しかし今度はシンジがあさっての方向を向く。

「マナ、生物は海から生まれて陸に上がって進化してきたんだ」
「?…うん?」
「なのに今更水の中に戻って退化する必要があるのだろうか?……否!!人は両足で歩いていくものだとぼかぁ〜思うな〜」

シンジの挙動不審にアスカとマナはシンジをいぶかしげに見る。
考えられることは一つ、シンジはプールに入りたくないと思っているということ。
とすればその理由は・・・

「「シンジ(君)?」」
「な、なにかな?」
「「あんた(シンジ君)泳げないの?」」
「うぐぅ〜」

シンジは精神的ダメージを思いっきり受けた。
おもわずタイヤキ好きな某女の子のようにうめいてしまう。

「ユニゾンで言う事無いじゃないか!!」
「いやぁ〜あんたにも苦手なものなんてあったのね〜〜」

アスカがニヤリと笑う。
シンジは背筋に寒気が走るのを感じた。

「そんならあたしがじきじきに教えてあげるわよ!!」
「なに?」
「アスカ、ずるいわよ?シンジ君私と練習しましょう?」
「マナまで…」

シンジとスキンシップが取れる上に課題を後回しに出来ると戦略を立てたマナがこの話しに飛びついてきた。
アスカはなにかと頭の上がらなくなっているシンジでここぞとばかりに下克上を画策している。

しかし彼女達は忘れていたのだ。
ここにはお目付け役がいる事を…

「お前達…面白い事言っているな?」

アスカとマナが固まった。
おそるおそる自分たちの背後を見ると黒い水着の似合う魔女がたっていましたとさ…

「課題は終わっているんだろうな?」
「「え?まだちょっと…」」
「じゃあ先に課題を済ませたほうがいいと思わないか?」
「「で、でもシンジ(君)に泳ぎを教えてあげないと…」」
「心配するな…綾波?」

凪がプールから上がってきたレイに呼びかける。

「なんですか?」
「シンジに泳ぎを教えてやってくれ」
「シンジ君に?」

レイが不思議そうにシンジを見た。
シンジは引きつった笑いをしている。
おびえているように見えるのは泳げないことを知られることにか・・・プールに入ることにか・・・

「シンジ?泳げるといろいろと便利だぞ?」
「そうですけれど…」
「まあ習うよりなれろだ、ということでとっとと…行け!!」

凪は有無を言わさずシンジの首根っこをつかんでプールに投げ飛ばした。
中学生とはいえ男の子一人が宙を飛んだ。
それを見た全員の口からおもわず感嘆の声が出る。

「なにすんですかーーーー!!!!」

ドッポン

シンジは悲鳴と共にプールに落ちた。
浮き上がってきたシンジはばたついている。
どうやら本当に泳げないようだ。

「シンジ君!!」

レイが慌ててプールに飛びこんだ。
クロールでシンジの元に向かう。

「シンジ!?」
「シンジ君?」

ムサシとケイタもシンジが溺れているのに気づいて助けに向かった。

「大丈夫?シンジ君?」

泳いできたレイにシンジがしがみついた。
しがみつかれたレイが赤くなりながらもシンジを落ち着かせる。

いつものシンジからは考えられない姿だ。

「ゲホッゲホッごめんねレイ…」
「大丈夫かシンジ?」
「本当に泳げないんだね、シンジ君」

ムサシとケイタがシンジが泳げないのを意外そうに見ている。
確かに今までなんでもそつなくこなすシンジを見ていればそれも仕方がないのかもしれない。

「シンジ君…泳ぐ練習をしましょう?」
「う、うん…凪さんひどいですよ!!」

シンジがすねた目で凪を見た。
見返す凪は逆に笑っている。

「今日のシンジの課題はとりあえず泳げるようになる事だな・・・」
「な、なんですと〜!!」

シンジが素っ頓狂な声を出した。
それはシンジにとって難問だ・・・課題をしていたほうがましと思うくらいに難しい。

「そ、それならあたしも泳げるようにならないと・・・」
「そ、そうねアスカ、シンジ君〜私も教えてあげる〜」
「課題が終わったらな・・・」
「「あうっ」」

逃げようとしたアスカとマナが凪につかまる。
凪は最近教師の仕事に目覚めたのか仕事には手を抜かないのか厳しい。
結局、凪に監視されて課題をやる羽目になった二人であった。

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子供たちがプールでじゃれあっているのと同時刻、作戦会議室に冬月、リツコ、マヤ、青葉の4人が集まり足元にうつされた映像を見ていた。

「これでは良く解らんな・・・。」

冬月が赤と黒で輪郭もはっきりしないレントゲンのような映像を見てつぶやいた。
この映像からなにかを読み取るのは難しい。

「しかし、浅間山地震観測所の報告通り、この影は気になります」
「もちろん無視はできん」

青葉が映像の一部を指した。
その部分にはたしかに他の部分と何か違う影が映っている。
それを見た冬月はうなづいた。

「MAGIの判断は?」
「フィフティ・フィフティです」
「・・・現地へは?」
「既に葛城一尉が到着しています。」

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ミサトと日向は浅間山地震研究所にいた。
火口に沈めてある無人観測機からの映像を食い入るように見ている。

現在の深度は650・・・・・・

「もう限界です!!」

モニターが観測機の限界を知らせる表示で埋まっている。
すでに観測機の限界深度はとうに越えていた。

「いえ、あと500お願いします」

ミサトの指示の元観測機がさらに潜る

ビーーーーーーーーー

限界を知らせて来るブザーがうるさい。
言われなくてもすべて分かっているがここでひくわけにはいかない。

「深度1200、耐圧隔壁に亀裂発生」
「葛城さん!!」

たまらず職員が抗議する。

「壊れたら、うちで弁償します。あと200」

断固としたミサトの指示で観測機はさらに潜る。

ヴィ!!

日向の端末から電子音が鳴った。

「モニターに反応!!」
「解析開始」
「はい!!」

ビーーーー!!

次の瞬間、無理をさせすぎた観測機がとうとう圧壊する。
送られてきていた観測機の映像と情報がブラックアウトした。

「観測機圧壊、爆発しました。」

職員がその報告にうなだれる。
相当ショックだったのだろう。

「解析は!?」
「ギリギリで間に合いましたね。パターン青です!!」
「間違いない・・・使徒だわ!!」

モニターには卵の様な物の中で丸まっている胎児のような影が映っていた。
それを見たミサトがうなづいて室内を振り返る。

「これより、当研究所は完全閉鎖、ネルフの管轄下になります。一切の入室を禁じた上で過去6時間以内の事象は全て部外秘とします!!」

ミサトは室内にいた全員に念を押すように言った。
そして廊下に出たミサトは周囲に誰も居ないのを確認して携帯で本部に電話をかける。

「碇司令あてに”使徒の殲滅”を要請して・・・大至急!!」
『気をつけて下さい・・・これは通常回線です。』

対応した青葉が声を潜める

「解っているわ。さっさと守秘回線に切り替えて!!」

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「という事で今回の作戦は”使徒の捕獲”が目的です」
「ちょっとまった!!」

リツコの説明にシンジが待ったコールをかけた。
シンジ達はプールで緊急呼び出しを受けて作戦室にきている。
もちろん水着じゃなくて普段着に着替えていた。

今はリツコとマヤの前に一列に並んでリツコの説明を聞いている。
当然マナたちも一緒にいるがさすがに一応は”一般人”の凪はいない。

「シンジ君・・・・・・いいたい事はわかるけれど・・・なにかしら?」
「いや、わかっているなら言うまでもないかもしれませんが何でミサトさんが”殲滅”を要請しているのに”捕獲”なんですか?」

リツコは頭痛を耐えるように額に手を当てた。
聞かれると分かってはいたがそれでも頭が痛い。

「・・・司令の指示よ・・・」
「・・・あの人はつくづく余計な事しかしない・・・」

当の本人は別室で上役(ゼーレ)に報告中だ。
いきなりくしゃみをしたかどうかは定かじゃない。

「シ、シンジ君上官批判はまずいよ?」

ケイタがシンジのことを心配して忠告する。
マナとムサシも同じ意見のようだ。
戦自にいたせいで縦社会の教育は絶対らしい。

「いいのよ、シンジはネルフの人間じゃないんだから・・・」
「「「え?」」」

アスカのため息交じりの言葉にマナたちがポカンとした顔になった。
シンジの話を最初に聞いたときは皆こんな反応をする。

「な、なぜなんだシンジ!!」

かなり意外すぎたのだろう。
ムサシが思わずシンジに聞いた。
あまりの大声に周りの皆が耳を塞ぐ。

「ムサシ君?悪いけれど今は作戦を説明しているところなの、後にしてちょうだい」
「「「は、はい!!」」」

リツコに言われて思わずムサシだけじゃなくマナとケイタも敬礼で答える。
三人が静かになったのを確認するとリツコはシンジに向き直った。

「シンジ君、気持ちはわかるけれどこれも組織の中では仕方ないの・・・」
「別にリツコさんをせめてません、むしろあの人の無茶に付き合って大変ですね?」
「ありがとう、ねぎらってくれるのはシンジ君だけよ」
「せ、先輩、私も先輩は良くやっていると思います。」
「ありがとうマヤ」

リツコは皆のはげましに気を取り直し、モニターの胎児状の使徒を見た。

「唯一の救いはこの使徒がまだ孵化していないさなぎの状態って事ね・・・さて作戦担当は・・・」
「はいは〜い、私が潜る」
「そうね、アスカの弐号機で頼むわ」
「よっしゃ!!シンジみ・・て・・・」

アスカは横にいたシンジを見て声を詰まらせた。
そこにはすでにいつものシンジはいない・・・

冷静に状況を分析する戦士だけがいた。
その横顔に今までシンジを見てきたアスカやレイ、もちろんリツコやマヤも目が離せなくなる。
不謹慎かもしれないが・・・シンジがこの顔をするときが一番シンジの中の”男”の部分が顔を見せるのだ。
おもわず赤面してしまう。

「シ、シンジ君・・・」

シンジのこの表情を知らないマナたちが見たこともないシンジの顔に思わず見とれる。
顔の形ではなく覚悟や決意を込めた横顔は無条件に人をひきつけるのだ。

「リツコさん・・・」
「な、なにかしら?」

シンジの顔に見とれていたところに本人から声を掛けられリツコは、らしくもなくうろたえてしまった。

「・・・やはり殲滅を前提に作戦を立てるべきだと思います。」
「・・・不安なのはわかるけれど、理由はあるの?相手は動く事も出来ない胎児の状態なのよ?」
「どうしてそう思うんです?」
「どうしてって・・・」

リツコはシンジの言葉に戸惑った。

「あの使徒は逆を言えば”胎児の状態”であってもあんな環境の中にいることが出来る・・・と考える事は出来ませんか?」
「「「「「「「あっ」」」」」」」

皆が驚いて映像を見直した。
確かに胎児の状態であってもマグマの中にいることが出来るなどただ事ではない。

「さらにこの使徒は見た限りマグマの中に適応した汎用型の使徒のようです。」
「そうでしょうね、断定は出来ないけれど・・・」
「そもそもこの状態は本当に胎児なんでしょうか?」
「・・・まさか・・・あなたこの姿がすでに成体で”胎児の姿”をした使徒だといいたいの?」
「可能性の一つですよ、擬態の可能性です。」


リツコ達は頭を抱えた。
確かに今までも使徒はさまざまな形状で現れた。
・・・胎児の姿をした使徒がいてもおかしくない・・・

リツコが何か言おうとしたが・・・それより早く別の声が会話にはいりこんできた。

「シンジ?あんたビビってんの?」
「・・・そんな問題じゃないと思うけれど?」
「やってみなくちゃわかんないって言ってんの、ここで何言っててもらちあかないでしょ?」
「アスカ・・・わかっているはずだ?君が危険なんだ。」
「はん、心配ご無用!!華麗に美しくやってやるわよ!!!」

アスカとシンジのやり取りは平行線だ。
埒が明かないと感じたリツコが口を挟んだきた。

「シンジ君、悪いけれど作戦の変更は今からでは無理なの・・・マグマに潜るためのD型装備は初号機や、零号機にはつけられないの、あなた達は一緒に行って弐号機をサポートしてもらう事になるわ・・・」
「・・・了解、プラグスーツに着替えてきます。」

シンジはそう言うと作戦室を出て行った。
後には重い空気だけが残る・・・・

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「何であんな事言ったの?」
「あんな事?」

更衣室で不意にレイがアスカに質問した。
とがめる感じではなく疑問をただ口にしたという感じだ。

「シンジ君に言った事・・・」
「ああ、あれね・・・」

耐熱用のプラグスーツの資料を見ていたリツコの視線が上がる。
彼女も興味を感じたらしい。

「あいつ、いつもあたし達の事心配するじゃない?」
「・・・そうね、シンジ君はいつも私たちを守ってくれる・・・」
「それが気に入らなかったの・・・」
「・・・なぜ?」

レイは不思議そうな顔でアスカを見た。
アスカの言っていることが理解できない。

「・・・あいつにとってあたしはまだまだ”守られる人間”なのよ”守ってくれる人間”じゃなくってね・・・」
「・・・何が違うの?」
「シンジにとってあたし達はいまだに横に立っていないの、あいつの後ろにいるべき人間だって・・・あいつ思ってるのよ・・・」
「シンジ君は凄いから・・・」
「でもあたしは嫌なの・・・一方的に守ってもらうなんて・・・」
「認めてほしいの?・・・シンジ君に?」
「ふん、あいつなんかに認めてもらわなくてもあたしはいいんだけどさ〜〜」

アスカは苦笑してプラグスーツに着替える。

それを見ながらリツコは目の前の少女達がうらやましいと思った。
自分のように”いろいろ”経験してしまうとこうはいかない・・・

「これが若いって事なのかしら・・・」
「え?リツコなんか言った?」
「いいえ、早く着替えちゃって・・」
「は〜い」

アスカを適当にはぐらかしてリツコはこっそりため息をついた。

耐熱用のプラグスーツに着替えたアスカは自分の体を見下ろしてチェックする。

「・・・・・・耐熱用のプラグスーツといってもいつものと変わらないじゃない?」
「右のスイッチを押してみて・・・」

リツコの言ったとおりアスカが手首のスイッチを押した次の瞬間・・・・・

バシュ!!

いきなりプラグスーツが風船のように膨らみだしてパンパンに張る。
その姿はだるま以外のなんでもない。
少なくても華麗でも美しくもない。

あまりにも大きく膨らんだため両側のロッカーにひっかかった。

「あ〜ん、いやぁぁ〜〜〜っ!!何よ、これぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!」
「弐号機の支度も出来ているわ」

こうなることは予想済みだったリツコはさっさと出て行こうとするが・・・

「ちょっと待ってリツコ!!」
「何よアスカ?」
「・・・助けて」
「え?」

リツコが良く見るとロッカーの間に挟まって動くことが出来ないようだ。

「・・・しょうがないわね・・・レイも手伝って・・・」
「わかりました・・・」

この後、何とかロッカーから救い出したリツコ達だったがさらに出入り口でアスカがまた挟まり救出に時間を食う事になった。

「いやぁぁ〜〜〜っ!!何よ、これぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!」

ロッカールームを出た後もあっちに引っかかりこっちにはまり時には転がってたどり着いたケージでアスカはありえないものを見た。
それは昔のアニメに出てきそうな潜水服を着せられた弐号機とそれをバックに仁王立ちする時田だった。

「みたかね!!これが耐熱耐圧対核防護服。局地戦用のD型装備だ!!」
「これがあたしの弐号機ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


D型だろうがなんだろうがずんぐりむっくりした潜水服を着てぬいぐるみのように“おすわり”している弐号機はかわらない。
もちろん目の前で仁王立ちしている時田も・・・・・・さらに・・・

「どうかね?この機能美にあふれたデザインは!?」
「おまえのせいか!!!」

アスカが詰め寄るが腕より先にふくらんだ腹の部分が時田にあたり,はね返される。
反動を支えきれずにアスカはこけた・・・そしてそのまま・・・

「なーーーんーーーでーーーーよーーーー」

ごろごろと転がっていくアスカに同情の視線と笑いの涙が送られる。

「嫌だっ!!あたし降りる!!!」

壁に激突して止まり、寝たまま(一度倒れると一人でおきるのは難しい)アスカが駄々をこね始めた。

「やっぱりぼくが代わろうか?」
「え?」

アスカが見るとシンジが心配そうな顔でアスカを見ていた。
それを見たアスカがほほを膨らませる。

「…いやよ」
「……なんでさ?」
「これはプライドの問題なの…」
「プライド……ね…」

何とか体をゆすっておきあがったアスカは弐号機の下まで歩いていって自分を見下ろしてくる弐号機の顔を見上げた。

「格好悪いけど我慢してね・・・。」

後ろから見ていたみんなは笑いを押さえるのに必死だった。
本人が真剣なのはわかるが後ろから見ると赤いプラグスーツがだるまそのものなのだ。

「何を言っているんだアスカ君!!この機能美の塊が格好悪いなんて!!」
「あんたはだまっていろ!!」

自分の趣味をのたまう時田にアスカのボディーアタックが炸裂し、時田がつぶされた…

「……はやく輸送機の用意終わらないかしら…」

離れた場所でリツコが呟いた。

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「シンジ君達は出発したようだな…」

司令室で将棋の本と将棋板を見比べながら冬月が言った。
それを聞いたゲンドウがうなづく。

「ああ…」
「しかしよかったのか?」
「なにがだ?」
「UNのことだ。作戦失敗時にはN2で焼却処理を命じたそうだな?」
「…必要な処置だ」
「……それだけか?」

冬月のことばにゲンドウが無言。
それが何よりの答えだと、この男との付き合いの長い冬月は知っている。

「・・・何が言いたい?」
「今回の作戦は火口という危険な場所で行われる。しかも作戦はかなり難しいものだ。失敗の可能性もないではない・・・いやむしろ高いといっていいだろう。」
「・・・だからなんだ?」
「本部を空にしてレイまで同行させたのは”万が一”のときに今のレイを合法的に処分できるからか?」
「・・・・・・」

ゲンドウの答えなき沈黙が答えとして十分なものだった。

「・・・・・・不安要素は早めに処分しなければ計画に支障をきたす。」

冬月は本から目をそらさずに眉をしかめた。
最近この男のこういうところがはなにつく・・・
それに加担している自分も似たようなものだと思うが・・・
この男の行き先を人の道を外れてまで見る価値があるのか?
そんな疑問が最近頭にまとわりついてはなれない・・・・

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ネルフを出発し、火口に到着したシンジ達はエヴァから降りて着々と進む作戦の準備をレイと並んで見ていた。
アスカはあのだるまな姿を見られたくないのか弐号機から降りてこない。

「何でみんなまでついてくるのさ?」
「俺達は護衛だからな」

シンジの疑問に答えたのはムサシだ。
ムサシだけでなくマナとケイタもいる。

「…ここが危険だって知っててきたんだよね?」
「もちろんだ」

ムサシの言葉にマナとケイタも頷く。
それを見たシンジは苦笑して頭を振った。

「ならいうことは無いな…」
「シンジ君?」

名前をよばれたシンジが顔を上げて見るとミサトがいた。
それを見たマナたちが敬礼をする。

ミサトは敬礼を返しながらシンジに話しかけた。

「・・・ごめんなさい・・・」
「何で謝るんですか?」
「私たち大人の身勝手でまたあなた達の命を危険に・・・」
「ミサトさんのせいじゃないですよ。それにそういうことはアスカに言ってやってください・・・今回命をかけるのは彼女です。」
「そうね・・・」

ミサトはシンジ達の隣に並んで立った。
顔は真剣そのものだ。

「リツコに聞いたんだけれど・・・シンジ君はこの使徒、どう思う?」
「罠でしょ?こんな火口からどうやって第三新東京市まで行くって言うんです?明らかになにか別の意図がありますよこれ」
「やっぱそう思う?」
「わざわざ相手の得意な場所で戦うなんてサービス精神旺盛過ぎますよ?」
「シンジ君の言うとおりなんだけれどね…宮仕えはつらいのよ…」

ミサトは軽く言うが表情はしずんでいる。
中間管理職の彼女の権限ではどうしようもない。
もはや計画は変えられないのだ。

「ところでミサトさん?」
「なにかしら?」
「あれはなんですか?」
「あれ?」

シンジは人差し指で空を指す。
そこには旋回しているUNの輸送機がいる。

「UNの輸送機よ、N2を積んでるわ」
「支援してくれるのですか?」

マナの言葉に対するミサトの答えは首を横に振る動きだった。

「……いえ、後始末よ…」
「後始末?」
「使徒の捕獲、殲滅、どっちも失敗したらあの輸送機からN2が投下されこの辺りを焼却処理するの…」
「そ、そんな!!」

マナが絶句して輸送機を見る。
他の皆も同じようなものだがシンジだけは呆れたため息をついた。

「アスカには言わないほうがいいですよ。」
「…そうね…」

シンジとミサトが輸送機を見る。
軽く睨んでいるようだ。
ケイタがミサトに質問した。

「そ、その指令は誰が出したんですか?」
「ケイタ?覚えておいたほうがいい、こういう決定を下す人間はネルフに一人しかいない。」

シンジがどうしようもないといった感じで苦笑した。
そんなシンジをレイが寂しそうに見る。
事情を知るだけにシンジの力になってやれないことが悲しいのだろう。

「ネルフ総司令の六分儀ゲンドウ、まあ必要な処置ではあると思うんだけれどね、自分の命令でぼく達に命かけさせておいてこの仕打ちはどんなモンだろうね?」

シンジの言葉に誰も答えない
ミサトとレイはシンジの複雑な境遇を知っているだけにどう答えていいのか分からない。

「な、なあシンジ?」

意を決したムサシが疑問に思っていた事を聞いてみる。

「お前司令になんか恨みでもあるのか?ネルフに所属していないらしいがそれも関係しているのか?」

その疑問にマナとケイタも頷く。


ギロリッ


しかし、ミサトとレイに思いっきり睨まれた。
マナ達はようやくこの話題が地雷原だということに気づいた。

「いいんだよ、ミサトさん、レイ、ムサシ…聞きたいの?」
「え?い、いや〜あんまり聞かないほうがいいような気がするんだが」

ムサシだけじゃなくマナとケイタも引く。
どうやら地雷の上で飛び跳ねてしまったらしい…
ミサトとレイの視線がいたい…

「聞きたいんだね?そうか聞きたいのか?じゃあ聞かせないといけないかな?」
「あ、あの〜シンジ君?」

冷や汗をたらしながらマナが待ったをかけるがシンジは聞いていない。
話す気満々だ。

「14年くらい前にね、あの人の奥さんがぼくを生んだんだよ。」
「「「え?」」」

マナ達がシンジの言葉を理解するまできっちり一秒…・
一番はやく復活したのはムサシだった。

「シ、シンジ?それってお父さんって言うんじゃ…」
「まあそうともいうかな?勘当してるけれどね」
「なに?シンジお前何したんだ?」
「人聞き悪いな〜逆だよ逆、ぼくがあの人を父親からクビにしたんだよ。この前加持さんが言っていた10億は…慰謝料かな?」
「え?そ、そうか…」

ムサシはそれ以上を聞くのを避けた。
かなりプライベートな事のようだし、ついでにミサトとレイの視線がさらに鋭くなっている。

「さあ、あなたたちはそろそろ旅館に行っててちょうだい」
「「「旅館?」」」

ミサトが脈絡無く言った言葉にマナ、ムサシ、ケイタの頭に?マークが浮かぶ

「そうよ、ここからちょっと離れたところにいい温泉があるらしいの、あなた達はそこに行って待機よ。」
「そ、そんな…」
「これは命令です。作戦が終わったらあたし達も向かうから部屋とかの確保よろしくねん。」
「「「り、了解…」」」

さすがに命令と言われれば従うしかない。
戦自出身の彼らにとって命令は絶対だ。
首をかしげながらもミサトに言われた旅館に向かう。

「これでとりあえず大丈夫ですね?」
「あら?お見通し?」
「旅館にいれば逃げ出すくらいは出来るんでしょう?」
「ご名答」

ミサトとシンジは3人の後姿を見ながらクスリと笑った。

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「A−17発令・・・それには現資産の凍結も含まれているわ・・・」
「お困りの方もさぞ、多いでしょうな?」

シンジ達のいる浅間山の火口から少し離れた場所にあるロープウエー、そのゴンドラの中に一組の男女の姿があった。
男の方の名は加持リョウジ

「何故、止めなかったの?」
「理由が有りませんよ?発令は正式な物です。」
「でも、ネルフの失敗は世界の破滅を意味するのよ?」
「彼らはそんな傲慢ではありませんよ。」
「・・・・・・」

加持は山頂のほうを見た。
そこにはシンジ達がいるはずだ。

時計を見ると作戦開始時刻だった。

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すべての用意が整った弐号機は火口の上に宙吊り状態になっている。
手には竿のような棒を持っていた。

通称”使徒キャッチャー”ちなみに時田ではなくリツコが開発して命名までした一品である。
だがアスカは見るなり「かっこ悪い」の一言・・・リツコの目がつりあがったのは言うまでもない。

『用意はいいアスカ?』
『こっちはおっけいよ、うっわ〜熱そう〜』

実際潜れば熱いどころではないだろうがアスカはのんきに言う。
その光景をシンジは初号機の中で見ていた。

(不安かい?シンジ君)
(ええ、今回はぼく達の手の届かないところで行われるから何かあった時にはどうしようもありません・・・それにこの火口はぼく達にとっての第三新東京市です。相手のホームグラウンドで戦う不利さは海で体験済みですから・・・)

シンジはガギエルとの戦いを思い出した。
あの時はシンジの 【canceler】で何とか倒したのだ。

しかし今回はシンジは手を出せない。
アスカが何とかしなければいけないのである。

(知ってる人が知らないところで死んでしまうのはちょっと・・・・・・)
(そうかい・・・・・・)
『シンジ〜見てみて〜』

いきなり目の前の弐号機から通信が入った。

『バックスクロールエントリー!!』

弐号機が両足を前後に開いて溶岩の中に入っていく

「・・・そんなにスクーバーがしたかったのかアスカ?」
(案外大丈夫かもしれないね?)

しかし、シンジの表情は優れなかった。

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『現在、深度70、沈降速度20、各部問題なし。視界ゼロ……何も分からないわ』
 
弐号機からの通信が指令車に届いた。
マコトがキーボードを操作する。
 
「CTモニタに切り替えます」
『これで透明度120? なんにも見えないなぁ』

モニターを切り替えてもあまり差は無いようだ。
弐号機はさらにもぐっていく
 
「深度400、450、500、550……」
 
スタッフが深度を読み上げていく声だけが流れる。
他には計器の奏でる電子音だけが無機質に響いていた。

「どう?」 
「地震観測所の観測機も、特に新しい情報はキャッチしていません」
「そう……やはり、目標深度までは、いくしかないようね」

ミサトが軽く舌打ちする。
面倒なことになりそうだ。

「アスカ、暑い?」 
『天然サウナね。痩せていいわ、こりゃ』
「余裕があるようね〜」
『あったりまえでしょ!? 誰だと思ってんのよ、アタシを?』
 
通信の声はまだ元気だがモニターに表示されている温度を見るとあまり余裕があるとは思えない。
エントリープラグ内の温度はサウナ並だ。
 
「ハイハイ、期待してるわ、アスカ」
『任せなさいよ』

再び溶岩にもぐり続ける弐号機のエントリープラグではアスカが汗だくになっていた。
  
「深度、1020。安全深度オーバー」
「観測機の情報は?」
「ありません」
 
マヤの返事に、ミサトはただ黙って頷く。
 
ビシッ
 
エントリープラグの中に嫌な音が響いた。
同時にその音は指揮車にも届く。

「単なる軋みです……破損箇所なし」
 
マヤの報告にミサトは軽く息をつく
余計な力が入っているらしい。
体がこわばっている。
 
「大丈夫なんでしょうね?リツコ?」
 
ミサトが、横目でリツコを見る。
リツコはマヤの後ろに立ってモニターをのぞきこみながら答えた。 
 
「理論上はね」
「何よそれ?」
「何があるか分からないのは確かよ。それを否定する気はないわ・・・」
「………」
「やめる?」
「アスカ?どう?」
『じょ〜だんでしょ?』
「…無理はしないで…」
 
ミサトは、再び腕を組み、前方のモニタを睨み付けた。
そこには今だ使徒の影は無い。
 
「やさしいのね…」
「本当にやさしかったらこんな事させないわよ…」

やさしさと甘さは根本的に違う。 
だからこそミサトは自分をやさしいなどとは思わない。
本当にやさしいのなら問答無用でN2を火口に叩き込んでいただろう。
それが出来なかった以上ミサトに優しいという言葉は似合わない。

「深度1300。目標深度に到達しました」
「使徒、確認できません」

マヤと日向が、モニターの数値の変化を見ながらそれぞれ報告した。
 
「溶岩の対流が、予測値よりも速いようです。流されてしまったようですね」
「再計算、急いで」
 
ミサトは、コンソールに手をついてマイクを取る。
 
「アスカ、いける?」
『行くしかないんでしょ?』
「御名答…」
 
ミサトは体を起こすと、マヤの方を振り返った。
 
「作戦続行。沈降続けて」
 
深く沈むたびにD型装備のあっちこっちが悲鳴を上げる。
エントリープラグの中の温度もかなりのものだ。

足に括り付けていたプログナイフの固定帯が融解して落ちる。

「プログナイフ…ロスト…」
「葛城さん!!今度は人が乗っているんですよ!!」
「わかってるわよ・・・」

マコトの言葉にミサトが唇をかんだ。
使徒の事は気になるがそれ以上にアスカが心配だ。

D型装備ももうもつまい・・・ここまでもぐれば”捕獲は不可能だった“で通るはずだ。
そうすれば”捕獲”から”殲滅”に切り替える事が出来るだろう。
そうなったらN2でかたがつく・・・・・・

ミサトがアスカを引き上げる命令を出させようとしたとき・・・

『見つけた…』

弐号機からアスカの声が届いた。
思わずミサトとリツコが身を乗り出す。

モニターにはたしかに胎児の姿をした使徒が映っている。

「リツコ!!」
「アスカ?お互いが対流で流されてるからチャンスは一回よ?」
『十分よ!!』

溶岩の中で弐号機がサンダルフォンに近づく。

「使徒、予測軸線に入りました」

サンダルフォンの目の前にきた時、アスカが弐号機の手に持っていた“使徒キャッチャーを展開する。

光の檻が展開されてサンダルフォンを捕らえた。

「目標、捕獲しました!!」

マヤの報告に歓声が起こり、指揮車の緊張が緩む
しかし、ミサトとリツコは緊張したままだ。

「…シンジ君の思い過ごしかしら?」
「……まだわかんないわ…」
「ミサト……あなたも、不安だったんでしょう?」
「そりゃね……もうセカンドインパクトはイヤよ・・・」
「そうね……二度と、ゴメンだわ」

その時、マコトの切羽詰った声が空気を一変させた。

「使徒に変化!!」

第二幕…………開始……

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「なによこれ!!!!」

キャッチャーの中のサンダルフォンは急速に変化していた。
光の檻を壊す勢いで暴れれまくる。

『アスカ!キャッチャーを捨てて!!』

アスカはミサトの指示どおりキャッチャーを放す。
視界の下に方に沈んでいくキャッチャーが視界の隅にかかった時、サンダルフォンの変化が完了した。
そのままキャッチャーを壊して外に出る。

外見は太古に海を泳いでいたといわれるアノマロカリスに似ていた。

岩さえも溶ける高温といかなるものも圧解させる圧力の中を悠々と泳ぎながら弐号機に迫る

「くっ!!」

一瞬の判断でD装備のバランサーを捨てた弐号機が跳ね上がってサンダルフォンを避ける。
弐号機の下を通るサンダルフォンを見ながらアスカは熱い溶岩の中で冷や汗をかいた。

思い出されるのは海での戦闘・・・溶岩と海水という対照的な違いはあるが状況は同じだ。

「あの時はシンジが・・・」

言いかけた言葉を飲み込んで唇をかむ
ここにシンジはいない、それ以上にここで証明しなければいけない

自分はシンジにとって守られるだけの人間ではないと・・・・・

弐号機にかわされたサンダルフォンは回遊して再度弐号機に迫る。

今度はさすがにかわせない・・・・・・ならばやることは一つ・・・・・

「来なさい!!」

アスカはサンダルフォンを受け止めるために両腕を突き出した。

真正面からサンダルフォンが突っ込んでくるのを待ち構える。
弐号機に激突する寸前・・・

「なーーーー!また口〜〜!!」
『こんな状況で口を開くなんて・・・』
「くっ!!」

通信機からリツコの驚いた声が聞こえたが無視した。
今はそんなことを気にしていられない。

ガシッ!!!!!

サンダルフォンに噛み付かれたD型装備に亀裂が走る。
そもそも戦闘を考慮した装備ではない、しかもこの深度では周りの圧力に絶えるだけで精一杯なのだ。

「っく!!これじゃあまるっきりあの時と一緒じゃない!!いえ、さらに最悪だわ!!」

弐号機はサンダルフォンに噛み付かれたまま上昇を続けているがその速度は弐号機が引き裂かれるには十分すぎるほどに遅い…

このままでは・・・・・・死・・・・・・

「・・・許さないわよ・・・」

アスカが低くつぶやいた。

「あたしはあいつに近づくんだ・・・勝ち逃げなんて許さない・・・”守られる”んじゃなくてあいつを”守る”んだ・・・だからこんなところで死んでなんてやらない・・・」

アスカはうつむいていた顔を上げ、正面を見る。
その瞳には力が宿っていた。

青い瞳に揺ぎ無い意思が宿っている。

「あたしを見なさい!!シンジ!!!」

アスカの叫びと共にアスカの中にそれが生まれる。
同時に青い瞳からツヤが失われた。

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「このままじゃ・・・」

シンジは初号機で火口に一歩近づく

『な!シンジ君!!だめよ!!レイ、シンジ君を止めて!!!』

通信機からミサトの言葉が響いた。
かなり切羽詰っているのはシンジがやろうとしていることを察したのだろう。

『了解!!』

ガシッ

レイの言葉と共に零号機が初号機の動きを止めた。
火口に近づこうとしていた初号機を羽交い絞めにする

「レ、レイ!!離して!!」
『ダメ、シンジ君・・・ダメ」

レイの零号機が必死で初号機を止める。
シンジが本気になれば零号機を跳ね飛ばすのもわけはないが相手がレイでは手荒なことはしたくない。

『シンジ君!!あなたが今飛び込んでも弐号機の所には辿り着けないわ!!!途中で圧壊してしまう!!!!』
「で、でもアスカが・・・」

シンジは火口をにらむ。
その下のほうではアスカが死に掛けているのだ。
アスカの命以外に気にしなければいけないものがあるだろうか?

初号機がシンジの意思に応えてまた一歩踏み出そうとしたとき、頭の中で声が聞こえた。

(シンジ君?)
(なんですか!?いまアスカが大変なんです!!)
(それなんだが、どうやら助けは必要ないみたいだ。)
「え?」

シンジは思わず声に出して驚いてしまった。

(ど、どういうことなんですか!!)
(今…下のほうで新しい気配が生まれた。)
(え?使徒じゃないんですか?)
(違うね、この気配には覚えがあるな・・・)
(な、何が生まれたって言うんですか?)

さすがにシンジも事態についていけていない。
何が起こっているのかわかるのはブギーポップだけだ。

(ああ、これは間違いない・・・)

ブギーポップは火口の奥のほうに生まれた気配の感じを確かめながらつぶやいた。

(この気配は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・歪曲王だ・・・・・・・・)






To be continued...


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