第漆章 〔神子の胎動〕
V
presented by 睦月様
ズドン!!
いきなり弐号機に食らいついていたサンダルフォンが跳ね飛ばされた。
弐号機の前にオレンジ色の八角形の壁が輝いている。
「・・・いきなりこれですか?生まれたばかりだというのに過激すぎます。」
エントリープラグのなかのアスカは落ち着いている。
しかしその瞳は本来の彼女のものではない。
いつもは輝いている彼女の瞳はまったく光を反射していない。
まるでつや消しの絵の具で書いたようにただ青いだけだった。
モニターにサンダルフォンが回遊して弐号機に向かってくるのが見えた。
「さて・・・一通りの知識は”彼女”からもらいましたが・・・神の使い、使徒か・・・果たして”彼女”の”歪み”とどちらが強いでしょうかね?」
アスカの姿をした”そいつ”がつぶやくと同時にATフィールドが”歪”んだ。
突っ込んできたサンダルフォンがフィールドにぶつかる瞬間、八角形のフィールドから”手”が生えてサンダルフォンを受け止める。
そのままサンダルフォンの体を放り投げると体のすべてが出てきた。
その姿はアスカが良く知るもの・・・・・・初号機の姿をしている。
ただしその色はATフィールドと同じオレンジだ。
そのまま”初号機の姿をした何か”はサンダルフォンにおどりかかっていった。
溶岩の熱も周りの圧力も無視して文字どおり飛ぶように進んでいく・・・
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・・・そのとき火口ではパニックになっていた。
『何が起こっているの?』
『わかりません、使徒との接触で通信用のケーブルが切断されたようです。ATフィールドを展開しているようですがそれ以上は・・・』
『可能な限り情報を集めて!!ケーブルの巻き取りも続けて!!』
『了解!!』
シンジは指令車の通信を聞きながらだまって火口を見ていた。
ブギーポップが大丈夫と保証したのだ。
シンジはブギーポップを信頼しているし、しかもこの状況では自分に出来る事はない。
(そろそろ説明してくれませんか?)
(ん?歪曲王のことかい?)
(他に何が?)
(ふむ・・・”歪曲王”は僕と同じ自動的な存在なんだ。彼らは人の”心の歪み”から生まれた存在、そして”心の歪み”に君臨する存在だよ。)
(心の歪みに君臨する存在?そんな人と知り合いだったんですか?)
(知り合いというか・・・・・世界の敵だった。)
(ああ、なるほどそういう関係ですか、納得ですよ。)
シンジはため息をついた。
基本的にブギーポップの知り合いは世界の敵だった者かその戦いに巻き込まれたものなのだ。
そういう人間関係しか持たないブギーポップにかなり疑問は感じるがおいておこう。
(いろいろ聞きたいことはありますが・・・とりあえずその歪曲王はこの状況をどうにかできるんですか?)
(僕の知っている歪曲王じゃあ無理だね)
(・・・・・・え?)
(彼に出来るのは”心の歪みを引っ張り出して”その歪みの中で幸せな黄金の夢を見せる事だったからね、物理的にはまったく無力な存在だった。)
「な、何ですかそりゃ!?」
おもわず口に出して抗議してしまってあわてて口を手で押さえる。
『な、何シンジ君?』
指揮車にいるミサトが驚いている。
ばっちり聞こえてしまったようだ。
「い、いえ何でもありません、」
『そ、そう?アスカが心配なのはわかるけれどあせっちゃだめよ?』
「り、了解・・・」(怒られちゃったじゃないですか!?)
(君が話を最後まで聞かないのがいけない、シンジ君?僕は”僕の知っている歪曲王じゃ無理”と言ったんだよ?)
(・・・・・・は?)
シンジは意味がさっぱりつかめなかった。
どういう違いがあるのか分からない。
(君は人の心の歪みが皆同じだと思うかい?)
(え?それは・・・)
(つまり僕の知っている”歪曲王”と”惣流さんの中に生まれた歪曲王”は”同質”ではあるが”別のもの”だ。)
(・・・・・・どう言うことですか?)
(惣流さんの中に”生まれた歪曲王”は惣流さんの”心の歪み”に従ってゆがんでいるだろう。その歪み方にもよるがこの極限状態での覚醒だ。”それなりの歪み方”をしていると思うんだが・・・)
(・・・・・・)
シンジは無言で火口を見つめ、その先にいるはずのアスカのことを思った。
すべてはアスカしだいということらしい。
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弐号機はあいかわらず溶岩の中にぶら下がっていた。
巻き上げは続いているが地上に出るまではもう少しかかる。
「〜〜♪〜〜〜♪」
弐号機のエントリープラグ内に鼻歌が響いていた。
曲名はレット・ツェッペリンの「カスタードパイ」だ。
ファンクっぽいロックで鼻歌で歌うような曲ではない。
「〜♪・・・しつこいな・・・タフなのは認めますが・・・」
アスカの姿をした歪曲王は正面のモニターを見ながらつぶやいた。
モニターには満身創痍のサンダルフォンが映っている。
あちこち傷を負っていて無事な部分が見当たらない。
サンダルフォンは傷だらけの体で回遊しながら何度目かの特攻をかけた。
モニターの中に映るサンダルフォンが大きくなってくるが半ばまで来たところでサンダルフォンから弐号機を守るように”それ”が立ちふさがる・・・・・・オレンジ色の初号機の姿をした”何か”だった。
サンダルフォンは構わず突っ込んできてその口で噛み千切ろうとするが・・・
ズル・・・・
サンダルフォンの牙が突き刺さった瞬間、”ソレ”は霧散する。
消えたのではなく霧散だ。
次の瞬間、サンダルフォンの背後で”ソレ”が実体化してサンダルフォンの体を岩の壁に殴り飛ばす。
ガスッ
”初号機の姿”をした”ソレ”にはサンダルフォンの攻撃がまったく効かなかった。
その上でサンダルフォンに対する攻撃はちゃんと効くのだ。
サンダルフォンにとっては悪夢でしかあるまい。
「・・・そろそろ終わりにしよましょう。たしかコアが弱点でしたね・・・」
オレンジ色の初号機はサンダルフォンに近づく、元がATフィールドなだけにブギーポップのワイヤーと同じでATフィールドでの防御は役に立たない。
ズン!!!
あばれるサンダルフォンを押さえつけて上部に露出していたコアを殴った。
しかし破壊するまでには至らない。
「・・・思ったより硬いな・・・」
いくつかのヒビが入るがそれ以上にはならない。
溶岩と高深度の圧力に耐えたサンダルフォンの頑丈さは伊達ではないようだ。
「ならば・・・」
オレンジ色の初号機の手にいつの間にかプログナイフが握られていた。
そのプログナイフをコアに突き立てるとあっさりと根元まで刺さる。
そのままえぐりこむように切っ先を回すとコアが割れた。
コアの輝きがなくなると共にサンダルフォンの体が熱と圧力でくずれていく・・・
次に初号機の姿をした物も消えると共にアスカの瞳に光沢が戻った。
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(・・・終わったようだ・・・)
(そうですか、よかった・・・)
シンジが胸をなでおろすと同時にミサトから通信が入った。
『シンジ君、使徒の反応が消えたわ!!アスカが殲滅したみたい!!』
「そうですか、アスカは無事なんですね?」
『当然よ!!』
「それなら早く引き上げてあげましょう、それから温泉ですよ。」
『もっちろんよ!アスカをねぎらってあげないとね〜ん♪』
ミサトの声には喜びが含まれている。
シンジも応えて陽気に返すがその顔は真剣なままだ。
(・・・・・・これからどうするんです?)
(とりあえず惣流さんの歪曲王がどんな感じに歪んでいるのか確認したい。・・・世界の敵になるような歪み方じゃなければいいがね)
(・・・まいったな・・・)
シンジは唇をかむ
それは場合によってはアスカとやりあうと言う事だ。
アスカの中に現れた歪曲王・・・それ次第では殺し合いになるかもしれない。
『シンジ君?』
零号機のレイが通信を入れてきた。
「ん?レイ?どうかした?」
『シンジ君どうかしたの?』
レイは時々妙に鋭いときがある。
どうやら今もシンジに何か感じたようだ。
「・・・いいや・・・」
『私じゃ助けて上げられないの?』
モニターのレイは悲しそうだ。
純粋すぎるからシンジの葛藤を感じてしまうのかもしれない。
「・・・ごめん・・・これはぼくのやるべきことだから・・・」
『・・・そう・・・』
レイは自分の力不足が悲しかった。
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「何とかなったか・・・」
火口から程近い場所にある森の中から双眼鏡をのぞいている人物がいた。
「しかし・・・何か様子が変だった・・・」
声の主は黒いつなぎに身を包んだ凪だった。
シンジ達が浅間山に行くと聞いてこっそりついてきていたのだ。
もちろんばれるようなへまはしない。
「・・・・・・気になるな・・・」
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旅館
使徒の殲滅が完了した後、シンジ達は予定通り旅館に来ていた。
「碇さ〜ん、お届けもので〜す〜」
「え?・・・は〜い」
あてがわれた部屋でくつろいでいたシンジは立ち上がって玄関に向かった。
ここに碇と名のつく人物は自分しかいない。
となると荷物は間違いなく自分宛ということになるが・・・
「こんな旅館に届け物をするなんて・・・・誰だ?」
つぶやきながら玄関に出たところで・・・・・・シンジは盛大に転んだ・・・
「シンジ?人の顔を見て転ぶなんて失礼だぞ?」
「・・・ごもっともですが・・・・・・なんで凪さんがここにいるんですか?」
玄関にいたのはいつもの黒いスーツを着てシンジがいつも持っているバックを持った凪だった。
さらに宅配便の箱も持っている。
「・・・いつから輸送会社に入ったんです?」
「残念ながら違う、これはさっきそこで俺が受け取ったんだ。」
そう言って箱をシンジに投げ渡す。
箱状の荷物がずっしりと腕に重さを伝えてきた。
「おっと、あれ?なんか思ったよりも重いな・・・」
シンジが荷物の値札を見ると加持の名前があった。
しかも生物表示がある。
「?・・・開ければわかるか・・・」
シンジが箱のガムテープをはがすと箱が中から開いて毛むくじゃらの友人が現れた。
彼は左右を見回して何かを探しているようだ。
「ペンペン・・・温泉はあっちだよ・・・」
シンジが指でさすとペンペンは一直線で駆け出していった。
しかも手ぬぐい持参だ。
どこまで出来たペンギンだろう。
「加持さん、いくらなんでも生物はないでしょ・・・」
「まあ確かに生き物だがな、にしてもえらく用意のいいペンギンだな・・・」
凪が苦笑した。
ペンペンを見送ったシンジが凪に振り返る。
「ところでなんで凪さんがここにいるんです?」
「お前達が温泉を楽しむって聞いてな、ご一緒しようと思っただけさ・・・それに・・・」
凪が真剣な表情になると同時にシンジもブギーポップと交代する。
「・・・今度はお前、何するつもりだ?」
「僕が何かするわけじゃないよ、問題は惣流さんさ・・・」
「惣流?あいつがどうしたんだ?」
「まだはっきりとはしないが”世界の敵”になるかもしれない。」
ブギーポップの言葉に凪が息を呑む。
凪もこの人外の存在と伊達に長い付き合いではない。
当然”世界の敵”にはまったく容赦しないと言う事も・・・知っている。
「・・・・・・今の俺は一応先生だからな、生徒を守る義務がある。」
「かまわないさ、君は自分のやりたいことをすればいい」
ブギーポップの片目が細められる。
左右非対称な皮肉げな笑みだ。
「そのときは僕も容赦しないと誓おう。」
「上等だよ。」
凪も好戦的な笑みを作る。
ブギーポップに真正面から相対して宣戦布告して笑うなど凪にしか出来まい・・・・・・
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「プハァァァァァァァァァ」
「ミサト・・・・親父くさいわよ・・・」
ミサトが温泉に入りながらビール片手に飲むのを見ながらリツコがあきれた声を出す。
情緒もへったくれもない。
「でも先輩、露天風呂なんて久しぶりですよね〜レイちゃんははじめて?」
マヤが心底嬉しそうな声で感想を言い、レイに話しかけた。
レイが応えて頷く。
「伊吹2尉・・・・はい初めてです。」
「あんた達感謝しなさいよ?あたしが使徒を殲滅しなかったらここもN2でなくなっていたんだから。」
「うんうん、アスカは偉いね〜」
「ちょっとマナ、何で頭を撫でようとするのよ!!」
そんなアスカとマナのじゃれあいを凪は温泉に浸かりながら微笑んでみている。
「でも凪さんまでここにいるなんて思わなかったわ〜」
「シンジのやつに呼ばれましてね、温泉に入るんで一緒にどうか?って」
なぜこの面子がそろって温泉に入っているのか・・・・
本来なら使徒の殲滅の後はサンプルの回収やエヴァの修理など仕事が満載になる。
しかし今回の場合は使徒のサンプルは溶岩の中に消えてなくなってしまったし初号機と零号機はそもそも戦闘に参加すらしていない。
弐号機にしたってD型装備はボロボロだがその下の弐号機には装甲にすらかすり傷一つない。
さらにD型装備は時田の担当だ。
後は報告書なのだが温泉があるのにそんな野暮な事は誰も言わない。
ちなみに雑事はマコトとシゲルに任せてきた。
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「・・・・・温泉行きたかったな・・・・・・」
「葛城さん・・・いいんですよ、あなたのためなら・・・」
一足早く戻った二人が発令所で泣いていたらしい・・・
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温泉ビールを楽しんでいたミサトは周囲の・・・特に子供たちからの視線に気がついた。
よく見ればマヤもじっと自分を見ている。
見ていないのはリツコくらいのものだ。
その視線をたどると・・・
(ああ、そっか・・・)
自分の鳩尾に行き着いた。
そこには古い傷がある。
「これね、セカンドインパクトのときちょっちね・・・昔のことよ。」
女性であるミサトにとって自分の体にあんな大きな傷跡があることにはあまり触れてほしくは無いだろう。
温泉なのに妙に冷たい空気が漂った・・・と思ったのはミサトだけだ。
「葛城一尉!!質問があります?」
「質問?何かしら?マナさん?」
「はい、どうしたらそんなに大きな胸になれるんでしょうか?」
「ブーーーーー」
マナの質問にミサトが飲んでたビールを噴出す。
「ミサト!!温泉にビールなんて混ぜないでよ!!」
それを見たリツコがミサトに文句を言った。
たしかに言っていることは正論だが当のミサトはそれどころではない。
「ゴホゴホ・・・マ、マナさん?そんなこと聞きたいの?」
「はい!!」
マナの目は輝いていた。
よく見るとマヤも興味津々の顔だ。
アスカもちらちら見ているし、レイにいたってはミサトから視線をそらさない。
・・・・凪は黙って手ぬぐいを頭に乗せてくつろいでいる。
どうやら全員の視線を集めていたのは傷ではなくて胸のほうだったらしい。
「え〜〜ッとまじめに答えなきゃダメ?」
「「はい!!」」
マナとマヤがそろって返事をする。
とりあえずミサトの頭に浮かんだのは牛乳などの類だがミサトは牛乳など飲んでいない。
だとしたらあとは・・・揉むか?
「ミサト、子供たちに変な事吹き込まないでよ?」
「なぬ?リツコ、あんたあたしの心を読んだの!?」
「読まなくてもわかるわよ、何年付き合っていると思ってんの?」
「あうっ」
ミサトが沈黙するとリツコはマナたちに向き直った。
やれやれという感じに頭を振っている様子はやんちゃな子供たちを見る大人のそれだ。
「あなた達もあんまりミサトをからかうのはやめなさい・・・」
「「そんな〜」」
「いいわね?」
「「了解です」」
マナとマヤはしぶしぶ引き下がった。
なんとか自我境界線に復帰したミサトが話の方向を変えるためにアスカを見た。
「ところでアスカ?あんたどうやって使徒を倒したの?通信用のケーブルが壊れちゃってて記録がないのよ。」
「え?う〜ん、必死だったから覚えてないけれどなんかATフィールドを中和してコアを思いっきり叩いたら割れちゃったわよ?」
「わ、割れちゃったって・・・マジ?」
「嘘言ってどうなるの?」
「・・・リツコどうなの?」
ミサトの言葉にリツコが少し考えた。
「・・・あの使徒は本来もっと上の位置にいたはずなのよ、マグマの対流で深いところまで落ち込んでしまって・・・そこに適応してしまったために衝撃に弱かったのかもしれないわね。ちょうど深海の生き物を地上に出したらはじけてしまうように・・・」
「そ、そんなもんなの?」
「さあね、調べようにもサンプルは溶岩の中、ミサト?あなたとって来てくれる?」
「・・・遠慮します・・・」
その言葉に皆が笑った。
そんな中で凪だけはアスカをじっと見ている。
シンジとブギーポップの話ではアスカに浮かんできた歪曲王の何らかの力で使徒を倒したと言う事だ。
おそらく間違いはあるまい。
しかしアスカはそのことを都合よく忘れて嘘の記憶を覚えている。
そうする事によって自分のうちに宿った存在に気づくことがない・・・・
明らかにおかしい状況でも都合の良い記憶をでっち上げる
これは本来、ブギーポップの宿主になった人間達にも共通する現象だった。
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男湯のほうでシンジも同じ事を考えていた。
女湯の話し声はここまで聞こえていた。
ブギーポップと歪曲王は同じ自動的な存在らしい・・・
だとしたら・・・
「ちょっと待てムサシ!」
「大きな声出すなケイタ!」
「だってまずいだろう?のぞきなんて・・・」
集中を乱されたシンジが半眼で見ると二人は額をつき合わせて何やら話している。
「いいかぁ?ケイタ?葛城一尉、赤木技術主任、伊吹二尉、凪先生のお姉さん組み・・・」
「う、うん・・・」
意味も無く緊張したケイタとムサシがごくりとつばを飲む。
「さらに惣流、綾波、マナの同い年組み・・・」
「う、うん・・・」
二人の緊張がさらに高まる。
「・・・これだけのメンバーがそろっているのにのぞかないのは失礼だろう?」
「う、うん・・・
ってちょっと待った!!」
「何を言うかケイタ、さっきお前はうなずいたじゃないか!!」
「そ、それはつい思わず・・・」
「隠すな、それがお前の本性だ!!・・・素直になれ・・・」
「うううううう・・・・・」
雰囲気に流されて頷いたケイタをムサシがたたみ掛ける。
ぐうの音も出なくなったケイタを見てにやりと笑うと・・・ムサシは立ち上がってシンジを見ながら仁王立ちをした。
前をまるで隠してはいない・・・・
「シンジ?お前も来い!!」
シンジはニッコリ笑ってて近にあった物を掴んでムサシに向かい全力投球した。
それは黒い毛むくじゃらの凶器・・・
「ぬぐお!!」
顔面にペンペンのボディアタックを食らったムサシは一撃で沈没した。
ちなみにペンペンは何もなかったように温泉の中を泳ぎ始めている。
ケイタはため息をつくと気絶したムサシを温泉から上げて放置した。
友情とは時に厳しいものかもしれない・・・・・・
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深夜、旅館の瓦屋根の上に人影があった。
周囲は町と違って邪魔な光がなく、月と星の光が少女の輪郭を浮き彫りにする。
どうやら浴衣を着ているようだ。
一陣の風が吹き長い髪が揺れる。
赤い前髪の隙間から星のきらめきが見えた。
「こんばんは・・・」
いきなり掛けられた声に少女が振り返り、そのつやのない視線を声の主に向けた。
そこにいたのは二人の男女・・・
青白き月光さえも跳ね返すような夜色のマントと帽子を来た少年・・・
黒いつなぎを着てこちらを厳しい眼で見る女性・・・
「こんばんは、いい夜ですね・・・」
”アスカ”の口が言葉をつむぐ。
答えたのはブギーポップだった。
「はじめまして・・・歪曲王・・・」
「歪曲王?それは私のことですか?」
アスカの中の歪曲王がいぶかしげに聞いてきた。
それに対してブギーポップは首肯する。
「そう、以前君と同じような存在が自分のことをそう呼んでいたからね、不満なら別の名前で呼ぶかい?」
「いや、歪曲王とは歪んだ存在である私のことをよく表している。そう呼んでもらってかまいません。」
「そうかい」
ブギーポップは片方の目を細めた。
この歪曲王はかなり礼儀正しいらしい。
「ところで”彼女の”記憶によると君は”碇シンジ”そちらの女性は”霧間 凪先生”のようですが・・・」
歪曲王はブギーポップから目をそらさない。
その光沢の無い青い瞳はじっとブギーポップを見ている。
観察しているのか警戒しているのか・・・そのつや消しの青のような瞳から感情は読み取れない。
「ずいぶんと・・・感じが違うようですね?」
「今はブギーポップだ。遠回りな言い方はしなくていい、僕が何者かはわかっているんだろう?」
「フフッ見抜かれていますね・・・なぜだかあなたがどういう存在かわかりますよ。・・・・・・死神ですね?」
「それは君が世界の理から外れた存在だからだ。本能的な部分で天敵の存在がわかるのだろうさ、僕が世界の敵の敵だと言う事をね」
「なるほど・・・」
すんなりとブギーポップの存在を受け入れた。
ブギーポップに変わって凪が歪曲王に話しかける。
「そんなことはいい、それより歪曲王!!」
「何ですか霧間先生?」
「・・・お前に先生呼ばわりされる覚えはないがな」
「・・・たしかにそうですね、では霧間さん?なんですか?」
「おまえ・・・なんで惣流に取り憑いた!?」
凪はにらむようにしてアスカの姿をした歪曲王を見た。
その言葉に歪曲王は首をかしげる。
「取り憑いたわけではないですよ?私は彼女の中にあった”歪み”から浮かんできたのですから・・・」
「精神分裂症・・・二重人格とでも言いたいのか?」
「まあそうですね、彼も似たようなものでしょう?」
そう言ってブギーポップを指差す。
どうやら似た者同士、相手がどんな存在か見抜いたらしい。
「たしかにね、君と僕には似たところがある。自動的に浮かび上がってくるところとかとくにね・・・」
「だとしたらお分かりでしょう?後から付けたしたのならともかく彼女の中から生まれた存在だ。簡単に取り外したり出来ませんよ?」
歪曲王は肩をすくめた。
見た感じかわいらしいしぐさだが場の空気はかなり重い。
ブギーポップが話を続ける。
「今のところは君が惣流さんの中にいるのは僕にとっては重要な事ではないんだ。」
凪が横目でブギーポップをにらむが無視・・・
「僕が興味があるのは”君の歪み方”なんだ」
「私の歪み方?しかしあなたはさっき僕と同じ存在に会った事があると言ったじゃないですか?なら私の歪みもご存知なのでは?」
「たしかにね、しかし君と彼は同じ本質を持った歪曲王だとしても別の存在だ。君は惣流さんの歪みにあわせて歪んでるんじゃないか?」
「・・・確かにおっしゃるとおりです。でもなぜそんなことを?」
「君の歪み方が世界の敵になるものだとしたらここで処分するためだ。」
ブギーポップには言葉を選ぶと言う概念はないのかもしれない・・・・・・
いきなり場合によってはお前を殺すと言われた歪曲王は考え込んでいる。
「・・・一つだけ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「あなたがあった”歪曲王”は世界の敵だったのですか?」
「すれすれだったね、どうしてだい?」
「彼はどんな風に歪んでいたのですか?」
「ふむ、彼の能力は”心の中の歪み”、トラウマや心残りを強制的に引っ張り出して”夢として見せる”というものだったんだよ。さらにその能力は百人以上にいっぺんに影響を与えるほど大きいものだった。」
「なるほど・・・」
歪曲王は何かに納得したのか、薄く微笑んだ。
「なら私の歪み方をお教えしましょう・・・そうですね【Tutelary of gold】(黄金の守護者)とでも名づけましょうか?」
歪曲王がそういった次の瞬間・・・・・
「なに!!」
凪がおもわず一歩下がった。
歪曲王の背後に巨大な存在がいきなり現れたのだ。
「・・・初号機か・・・」
ブギーポップがつぶやくとおりそこにいたのは巨大な体を月光にさらす初号機だった。
今まで何もなかった空間に突然現れた初号機に凪は警戒しているがブギーポップは特になんでもないように見上げている。
「それで、これを見せてどうするんだい?」
「驚いてませんね?つぶされるとは思いません?」
歪曲王は笑いながらブギーポップに訊く。
この状況を楽しんでいるようだ。
「無理だね、これにはまったく”密度”が足りてない。」
「なに?」
疑問の声は凪のものだった。
ブギーポップと歪曲王は特に気にした風も無く見詰め合っている。
「さすがですね、まさか一瞬で見抜くなんて・・・」
歪曲王の言葉と共に初号機がブギーポップを掴もうと手を伸ばすが簡単にすり抜けてしまう。
どうやら実体はないらしい。
「これが惣流さんの”歪み”かい?」
「そうです」
「これでどうやって使徒を倒したんだい?」
「あのエヴァには便利なものがありますね?」
「・・・・・・ATフィールドか・・・」
ATフィールドは心の壁だ。
その在り様は心の形で千変する。
歪曲王のこの能力も心に関係する能力だ。
おそらくこの初号機をATフィールドで包むことで擬似的な体を作ったのだろう。
「なるほど、つまり君の能力も”心のゆがみを外に出す”と言う事なのか、しかも”自分限定”で、違うかい?」
「正解です。この初号機は惣流さんの中にあった”歪み”を私の能力で外に映し出したものです。」
「その歪みをATフィールドで物理的なものとしたわけか・・・シンクロは出来るのかい?」
「ええ、私は彼女の中から生まれた存在、彼女の一部でもありますから・・・」
ブギーポップと歪曲王が話している間に初号機はどんどん縮んでいき、最終的には身長が3メートル位に収まった。
「密度を高めれば物理的に干渉できます。ATフィールドなしに実際に何かさせるとしたらこれくらいのサイズが限界ですね」
ズン!!
歪曲王がしゃべり終えると共にブギーポップの指先が初号機を指して衝撃波が走った。
「・・・いきなりすぎるとか言われません?」
「まあね・・・」
ブギーポップの視線の先で歪曲王の隣にいる初号機の体に大穴が開いているのが見える。
しかしその穴も瞬きをする間にふさがってしまった。
「・・・なるほどね・・・その初号機は君の力でこの世界に映し出された”惣流さん”の歪みだから破壊は不可能と言うわけか、しかも”映し出された存在”だからさっきのように”密度”を調節すれば大きく見せることも出来るわけだ・・・」
「するどいですね・・・では打開策もわかってるんでしょう?」
「ああ・・・」
ブギーポップは初号機から歪曲王に視線を移した。
「これが空間に映った影のような存在なら映写機のほうを壊せばかたがつく」
「正解、やってみますか?」
二人の間に緊張が走る。
先に言葉を発したのはブギーポップだった。
「・・・いや、とりあえずは必要ないだろうね、君の能力が”惣流さん”の内面にしか働かないのであれば世界の敵にはなりえない・・・」
「そうですか、それはよかった。」
歪曲王はそのツヤの失われた瞳を細める。
どうやら戦わずに済んだ事を素直に喜んでいるようだ。
勝てる勝てないは別として・・・
「ぼくからも一つ聞いていいですか?」
ブギーポップの口調の変化に歪曲王が反応した。
「・・・君は・・・碇シンジ君ですか?」
「そうです、驚きました?」
「いえ、そうですね・・・私の宿主は今眠ったような状態です。あなたはさっきの死神の彼と同時に存在できている。とても興味深い事ですよ?」
「ブギーさんもそんな事言っていましたよ。」
シンジは目の前の歪曲王にどうもやりづらさを感じていた。
たしかに光沢のない瞳とかでアスカじゃないとわかるがその体は間違いなくアスカのものだ・・・アスカが敬語を使って話していると言うのはやはりギャップがある。
「ところで聞きたいこととはなんですか?」
「え?は、はい・・・なぜアスカの中に浮かび上がってきたのですか?」
「なぜといわれても・・・・」
「べつにレイやぼくでも良かったのでは?」
「・・・・推論でいいですか?」
歪曲王の問いかけにシンジはうなずいた。
確かになんで自分は生まれてきたのかなど哲学的な質問だ。
だが、ほかにアスカの中に歪曲王が浮かんできた理由を説明できる人物はいない。
「おそらく偶然ではありません」
「では必然だというのですか?」
「そうです。いうなれば”必然の偶然”です。」
「必然の偶然ですか?」
「シンジ君?使徒という存在の影響力と言うものを考えた事はありますか?」
「影響力ですか?」
「そうです。使徒というものは私から見ると大きな力の塊です。そして大きな超常の力と言うのは大きな歪みでもあります。」
シンジ達は黙って聞いていた。
歪曲王の話は続く。
「たとえば石を水に投げ込めば落ちた周囲に波紋が起こります。その波紋が惣流さんに影響を与えて私が浮かんだんじゃないんでしょうか?」
「しかしなぜアスカに?」
歪曲王は黙ってシンジを指差した。
「君はすでに死神の彼と同居していますね?しかもあなた自身何かの能力に目覚めている・・・私の入り込む隙はありませんよ。」
「・・・そんなことまでわかるんですか?」
「言ったでしょう?大きな力は”歪み”でもあると、私は歪みの王です。そして・・・」
歪曲王は自分の足元を指差した。
屋根を突き抜けた先には正確に布団で眠っているレイがいる。
「綾波さんも大きさの差はありますが使徒と同じ”歪み”を持っていますね?しかも彼女の首に下がっている装飾品からはさらに大きな”歪み”を感じる。」
「・・・・・・」
凪とシンジは眉をひそめた。
考えるまでもない、使徒の因子を持つレイとアダムの魂を宿したロザリオのことだろう。
凪には第三新東京市に来たときにすべてを話しているのでレイの事もアダムのことも知っていた。
「そしてあのエヴァには使徒と同じゆがみがあります。だとしたらその歪みに引きずられて能力に覚醒するのは惣流・アスカ・ラングレーしか残ってない、これが必然・・・」
「・・・偶然は?」
「覚醒した可能性が私だったと言うことですね、おそらくたまたまでしょうが・・・」
シンジは考えた。
この場合覚醒した可能性が歪曲王というのは好都合だろう。
少なくとも自動的である歪曲王の存在をアスカが知ることはないはずだ。
子供の頃からブギーポップと同居していたシンジならともかくいきなり自分の中に別人格が現れたり、いきなり目に見える形で訳のわからない力に目覚めるなどすればその力をもてあますか拒絶してしまう可能性がある。
「質問はそれだけですか?」
「いえ、もう一つ・・・なぜ初号機なのですか?」
「なぜとは?」
「なぜアスカの歪みが初号機なのでしょうか?ぼくは気づいていないだけで彼女に疎まれていたのでしょうか?」
シンジの問いかけにアスカの顔で歪曲王が笑った。
「別に私が歪んだ存在だからと言って彼女の精神が歪んでいたと言うわけでもありません。むしろこの初号機は好意からのものですよ」
「え?こ、好意?」
「歪みというだけでマイナスな物だと思うのは先入感ですよ?」
歪曲王は心底愉快そうに笑う。
控えめな女性の笑い・・・本体のアスカの馬鹿笑いとえらい違いだ。
「彼女は君に言う事はありませんけれどね、惣流・アスカ・ラングレーは君と共に戦いたがっている。守られるだけでは嫌だとね、しかし実際は君と彼女には厳然たる差が存在します。」
「それは・・・」
「もちろん君のせいではない、でも追いつきたいが追いつけないと言う歪み、それがこの初号機です。これは彼女の中の最強のイメージでもあります。」
シンジは頭を掻いた。
本人の顔で言い切られるとどう反応したらいいか困る。
こんなことアスカなら絶対に言わないだろう。
「さてそろそろお暇します」
「「え?」」
シンジと凪が疑問の声を上げた。
「夜更かしはお肌に悪いらしいのでね」
そう言って歪曲王は自分を初号機に抱き上げさせる。
「ではこれから部屋に帰って”沈む”ので明日にはもとどおりの彼女ですよ。」
「そうですか・・・」
「ああ、一つだけ言っておきましょう」
歪曲王はシンジに笑いかけた。
「私が浮き上がるためのトリガーは惣流・アスカ・ラングレーが”死”を認識する事、そしてその上で”死ぬ事”を拒否する事です。」
「・・・それは・・・」
「つまりあなたが彼女を守って危険にさらさなければ私が浮き上がってくる事はありません。あなたがたに会えないのは残念ではありますが私が浮き上がると言う事は彼女が危険ということと同意ですからね、出来ればもう会わないのが理想なんですが・・・長々と話しすぎました。おやすみなさい、良い夢を・・・」
そういうと歪曲王は初号機の幻影に抱かれて地上に飛び降りた。
後にはシンジと凪が残る。
「まいったな・・・」
シンジはつぶやいて空を見た。
相変わらず月が自分達を見下ろしている。
「全然気づいてなかったわけじゃないんだろう?」
「・・・それはまあ・・・でも本人の知らないところできいていい事でもないですよ・・」
「まあな・・・お前ジゴロの才能あるんじゃないか?」
凪のあきれたような言葉にシンジが苦笑した。
もう一度シンジは月を見上げて・・・
「まいったな・・・」
つぶやきは夜風に消えた。
これは少年と死神の物語
To be continued...
(2007.06.23 初版)
(2007.09.29 改訂一版)
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