天使と死神と福音と

第漆章 外伝 〔時には安らぎを・・・〕
後編

presented by 睦月様


パシャ パシャ パシャ

「……」

パシャパシャ パシャ パシャ

「…ケンスケ?」

パシャパシャ パシャ パシャ

「ケンスケ!!」
「何だよシンジ!!今忙しいんだ!!!」
「いいかげんやかましいんだよ!!!」


シンジがケンスケのカメラを奪い取った。

「な、なにすんだシンジ!!」
「だからやかましいと言っているだろう!?黙って観戦しやがれ!!」
「何を言っているんだ、これをフレームにいれず何をいれるってんだ!!!」


ケンスケが目を血ばしらして(カメラの使いすぎ)指差すのはビーチバレー…アスカ×ヒカリペアとレイ×マナペアの対戦だ。

「綾波さん!!」
「了解…」

マナのトスをレイが空中でアタックする。

「ちいぃ、ヒカリ!!」
「OK、アスカ!!」

ヒカリがぎりぎりで玉を拾い、アスカにつなげる。
かなり伯仲した一戦だ。

「ついてこれるかトウジィィィィィィィ」
「お前こそついてこいやぁぁぁぁぁぁぁ」


再び競泳をしてる二人の声が聞こえた無視…
彼らなりに楽しんでいるのだから邪魔はすまい。

「霧間先生は参加しないのですか?」
「ん?」

シートの上でくつろいでいる凪にケイタが話し掛けた。

「ん〜参加してもかまわんが身長差がな…俺が入るとあんなに面白くはなるまい」
「ああ、なるほど…」

ケイタは納得した。
確かにアスカ達と凪と比べれば頭ひとつ分は凪が高い。
体力的にも凪はアスカ達より上だろう。

「そういうことだ、まあお前達なら実力的にも似たようなもんだろ?大人はのんびり日和見さ」
「は、はぁ…」

そう言って凪は観戦者に徹する事にしたらしい。

「まだまだよ!!アスカァァァァァァァ!!」
「望むところよマナァァァァァァァァァァァ!!」


…………平和だ…

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上着を引っ掛けたアスカとレイが並んで浜辺を歩いていた。

「あ〜もうなんであたしが買出しに行かなくちゃなんないのよ〜」
「くじで負けたからよ」
「ううっ」

アスカの疑問にレイが率直に答える。
空には太陽、下は焼けた砂場、しかもピーチバレーなどをすればのどが乾くのは当然である。
そのため彼らは買出し部隊を送り出した。

即席のくじで見事面倒を引き当てたのはこの二人だったのだ。

「にしてもどうしたもんかしらね、ジュースはもちろんだけれどカキ氷とかありきたりなのもね〜」

アスカが頭をひねりながら歩いていると・・・

「お嬢さん方、おいしいアイスはいかが?」
「「え?」」

いきなり掛けられた声にアスカとレイが振り向く。

そこにいたのは・・・クーラーボックスを肩にかけた・・・・・・緑色のピエロだった。
奇妙な緑色のメイクをしているが顔立ちの整った美形という事はわかる。

「・・・あんたどこから現れたのよ?」

確かにそこに人はいなかった。
アスカもレイも伊達に訓練を受けていない。
見間違いなどするはずなかった。

そして二人の意見は一致している。
さっきまでこの奇妙なピエロは目で見ることはもちろん気配すらも無かったのだ。
アスカとレイが目の前のピエロに警戒を強める。

「ずっとここにいましたよ。」
「・・・そんなわけないでしょ・・・」
「そんなことよりアイスはいかが?」

そう言ってピエロはクーラーボックスからカップアイスを一つ取り出した。
アスカにはストロベリー、レイにはラムレーズンのアイスをそれぞれ差し出している。

二人は目の前のカップを不思議そうに見ている。
当たり前だが初対面の相手からアイスなど差し出されても戸惑うものだろう。

「まあまあお二人さん、警戒しなさんな、これはそんじょそこらのアイスとは別物なんですよ?」
「「別物?」」
「そう!!?これは魔術師の渾身の一品ですぜ?食べなきゃこれから一生後悔する事間違いなし!!」

ピエロは大げさな身振り手振りでアスカとレイに進める。
二人は顔を見合わせカップを手に取った。

この年代の女の子にとって甘いものの誘惑は抗いがたい。
周りに人がいるこんなところで万が一もあるまいという考えが働いたのも事実・・・

木のへらでカップのアイスを一口すくって口に運んだ瞬間・・・

「な、なによこれ・・・」
「・・・おいしい・・・」

二人の驚いた顔にピエロがニッコリと笑う

「お気に召したようですね〜」
「あ、あんたパティシェかなんか?」
「似たようなもんですよ。それより感想をお聞きしたいのですが?」

ピエロは拍手を求める指揮者のように両腕を広げて二人に向き合う。
かなりい大げさだがアイスの味に魅せられたアスカ達の口からは賞賛の声しか出ない。

「お、おいしかったわ・・・」
「おいしかった・・・」
「それは大変恐悦至極にございます」

まるで臣下の礼のようにひざを折り膝まずくピエロにアスカとレイがあわてる。
ここは回りに大勢人がいるのだ。
こんなところでこんな事をされれば注目の的になるのは間違いない。

「ち、ちょっとやめてよね!!こんなところで・・・」
「おや?何か問題でも?」
「皆が見て・・・・・・え?」

周囲にいる人は誰もピエロに注目してはいなかった。
それどころかまるでそこに誰もいないかのように通り過ぎていく。

「・・・なにをしたの?」

レイがピエロに話しかけた。

「ああ、蒼銀の髪の姫君よ!!私めは道化の姿をしてはおりますが実は・・・」

音がしそうな勢いでピエロがレイの顔を見上げる。
何をするのにもオーバーアクションだ。

「・・・魔術師なのでございます。」
「魔術師?」
「そうでございます。その名も”ペパーミントの魔術師”、私の使います魔術は{心の痛みを我が物とし、それを和らげる事}でございますればしばし心の痛みを和らげるため参上したしだい。」

アスカとレイにはまったく理解できなかった。

目の前の青年は頭のねじがいくつか外れているとしか思えない。
しかし、食べたアイスがおいしかったのも事実・・・

「よ、よくわかんないけれどあんたのアイスがおいしかったのは認めるわ。」
「おお、それは光栄の至り」
「そ、それでね友達にもあんたのアイスを食べさせてやろうと思うんだけれど・・・」
「ふむ・・・何名でございますか?」
「え〜っと私達を入れて十人って所ね・・・大丈夫?」

アスカの問いかけにピエロは笑ってクーラーボックスからバニラを8つ、そしてアスカとレイには同じストロベリーとラムレーズンを差し出す。

「このストロベリーとラムレーズンはお嬢様たち専用ですのでどうぞご賞味ください。」
「え?あたし達専用?」
「・・・ありがとう・・・」

二人はアイスを受け取った。

「あ、お金・・・ちょっとまってね・・・」

アスカが上着のポケットに入っている財布を取り出して代金を払おうとすると・・・

「あれ?あいつどこにいったの?」
「・・・いない・・・」

二人はさっきまでいたピエロを”見つけること”が出来なかった
さっきまで目の前にいたのに煙のように消えてしまったのだ。

「夢?」
「いいえ違うわ・・・このアイスが証拠・・・」

アスカとレイの手にはたしかにピエロからもらったアイスがあった。
狐につままれたような出来事だがこのアイスがおいしいというのは間違いない。

「・・・まあいいわ」

アスカはとりあえず決断した。

「とりあえずこれもって帰ればあいつらびっくりするわよ。なんって言ったってこれだけおいしいんだから」
「・・・いいの?お金払ってない・・・」
「いいのよ、居なくなったって事はお金要らないんじゃないかしら?後で請求に来たらそんとき払えばいいのよ。それより早くもってかないと溶けちゃうじゃない!!いっくわよレイ!!」
「あ、アスカ?」

レイの手を引いてアスカは駆け出して行った。

その様子を”彼”は一歩も動かずに見ていた・・・一歩も動かずにだ・・・

アスカもレイも”気づけなかった”だけで彼はずっと目の前にいたのだ。

「・・・あの二人・・・奇妙な”痛み”を持っていたな・・・」

ペパーミントの魔術師、彼は本名を”軌川 十助”と言う。
彼は人間ではない。

かってとある組織・・・統和機構に作られた人ならざる者・・・もはや組織とは関係無い身ではあるが…
その肌の色であるペパーミントグリーンはメイクではなく天然だ。
彼の能力は《心の痛みを自分のものにしてそれをなくす事が出来る》である。

彼はその能力を”アイス”をとおして発現させる。
相手の”痛み”を”アイスの味”として感じ、それにあったアイスで”痛み”をなくす
しかしこれはあまりにも影響が大きい能力だ。
場合によっては人の意識を変えてしまう。

そのため一度”死神”に目をつけられた事もあるほど・・・

「思わずアイスを渡してしまったが・・・」

魔術師はクーラーボックスを掛けなおした。

「・・・知った事か・・・」

ぼそりとつぶやいて歩き出した。

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「おまたせ〜」

アスカの言葉に浜辺にいたみんなの視線が集まる。
視線の先にはなにかを両手に持ってこちらに駆けてくるアスカとレイがいた。

「なんや、アイスかいな、のどがかわいとるさかいどっちかっちゅうとジュースとかの方が良かったんやが・・・」
「フフン、そんなことはこれを食べてみてから言う事ね!!」

アスカとレイが皆にバニラを配る。

「そういえば凪先生は?」
「あそこ」

シンジが指差したほうを見ると凪が海から上がってこちらに歩いてくる。

「「「「「「「「「「おお〜」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「クッ、負けた…」」」」」」」」」」

浜辺のあっちこっちから男の感嘆の声と女の悔しそうな声が聞こえる。

凪はいままで海で泳いでいたため体中から水滴を滴らせていた。
トレードマークのような長い黒髪も塗れて体にまとわりついている。
黒い水着を着た肢体とよくあってなまめかしい。

…これほど黒が似合う女性もそうはいないだろう。

首を振る動きに合わせて黒髪が水滴を跳ね飛ばした。
惚れ惚れするほどその動作が決まっている。
しかも異常なほどに色っぽい…

中学生の女の子がこのレベルに来るのは十年はかかるだろう。
あるいはもっとか……?

「またせたな?ん?惣流、霧島、洞木…何してるんだ?」
「「「い、いいえ!!」」」

自分の胸やウエストに手を回していた三人が慌てて手を隠して引きつった笑いを浮かべる。

「そうか?」
「え、ええ〜先生、それよりアイスどうぞ」

そういってマナが凪にカップアイスを差し出す。

「ああ、すまんな」

皆にアイスが行き渡った。

「あれ?なんで惣流と綾波のだけ違うんだ?」
「あ、ほんとだ〜アスカずる〜い!!」

ケンスケがアスカとレイの持つストロベリーとラムレーズンのカップを見て言った疑問にマナが抗議で参加した。

「ふふん、こういうのは買出しに行ったものの特権なのよ〜」
「私達専用って言われたの・・・」

二人の話はいまいち理解できなかった・・・

「「「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」」」

皆一度にアイスを口の中に放り込んだ。

「「「「「「な!!」」」」」」

驚きの声が上がる。
全員がアイスの味に驚いた。

「これは・・・うまいな惣流・・・」
「と〜ぜんですよ!!」

凪の感想にアスカは得意そうに胸を張った。
別に彼女が作ったわけではないが得意げだ

「ほんとおいしいわよアスカ?どこで買ってきたのこれ?」
「ほんまやな〜わいわアイスっちゅうのはあんまりすかんかったんやがこらぁ〜うまいわ!!」
「ああ、こりゃ〜他のは食えなくなるな・・・」

口々にアイスの味に賞賛を送る仲間たちを見ながらアスカは誇らしかった。
作ったのはあのピエロだがなぜか自分のことのように嬉しい。
アスカとレイも自分のアイスに口をつける。

(な、なにこれ?)

アスカはアイスの味に幼い頃の母親と食べたアイスの味を思い出した。

レイもアスカと同じ顔をしている

(・・・これは・・・シンジ君の味?)

レイにとってシンジが初めて夕食に誘ってくれたあの味が思い出された。
レイにとってかけがえのない思い出・・・


皆がアイスの味を賞賛する中で・・・
しかし、一人だけ最初の一口を口に入れたとたん表情が変わった者がいる。
それを見たアスカは怪訝な顔になり、凪は自然を装って緊張感を高める。

シンジはブギーポップの顔になっていた。

「何よシンジ?あんたなんか気に入らないの?」
「惣流さん?一つ聞きたいんだけれど?」
「何よ?苗字で読んだりして?」
「これを買ったのは緑色のピエロからじゃなかったかい?」
「え?あんたあいつと知り合いなの?」

アスカは思ってもみなかった言葉に目を丸くする。

「やっぱりそうか・・・」
「ねえ、あんた知り合いならこのアイスの代金立替といてくんない?いきなりあいつどっかいっちゃったのよ。」
「・・・そうだね・・・とりあえず挨拶位しておくか・・・」

ブギーポップは立ち上がると他の皆に背を向ける。

「それで?彼はどの辺りにいたんだい?」
「え?あっちのほうよ。」
「そうか、わかった。」

そう言ってブギーポップはアスカの指差す方向に歩き出した。

「手助けはいるか?」
「いや、いらないよ」

ブギーポップが横を通るときに言葉を交わして一直線に歩き出すのを凪は見送った。

(だれなんですか?)
(ペパーミントの魔術師だ。)
(魔術師?)
(そう、彼の能力は凄いよ?なんと言っても《人の心の痛みを自分のものにしてそれをなくす事が出来る》なんだ。)
(いいことじゃないんですか?)
(早々うまくはいかない、彼の能力を受け続ければ《人を傷つける》事が出来なくなる。)
(何が問題なんですか?)
(人を傷つけられないということは他人に対し反抗できない事と一緒なんだ。彼がその気ならたくさんの人たちを従順にする事も出来るだろうね。その人たちは次第に自分の意思と言う物が希薄になっていく・・・)
(じゃあアスカとレイは・・・)
(一度や二度ではどうという事はない。それに彼は・・・)

ブギーポップは足を速めた。
その歩みに戸惑いはない。
目的の人物がどこにいるのか知っているような足取りだ。

(やっぱり世界の敵だったんですか?)
(そうだよ、それもとびっきりのね・・・)
(殺さなかったんですか?)
(能力を持ったのが彼じゃなかったら殺していたんだが・・・)
(何か問題があったんですか?)
(彼は自分の消滅を願っていた。)
(自分の?)

シンジはブギーポップの言葉に驚いた。
世界の敵でありながら自分の消滅を願うとはどういうことなのか・・・

(ああ、彼はその能力でいろいろな人を巻き込んできずつけていた。もっともその人たちは彼を利用しようとして逆にその大きな流れの中に取り込まれていたんだが・・・それは彼にとって我慢が出来ないものだったらしい・・・結果彼は誰からも認識されることをやめた。)
(そんなこと出来るんですか?)
(彼の能力は心の痛みを我が物にすること・・・人は痛みから目をそらして生きているからね・・・)
(・・・・・・)
(彼がその気になれば驚異的な世界の敵になっていただろうが自分の消滅を願うものには世界の敵にはなりえない・・・)

ブギーポップは人ごみにまぎれた。

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人ごみの中を一人のピエロが歩いていた。
彼の姿は海水浴客の中ではかなり浮いたものだ。
そもそも回りは水着姿の男女なのにピエロがまぎれこんでれば目立つ・・・はずなのだが・・・

周りの人間はまったく気づいていない。
それどころかピエロを見ると目をそらすのだ。
わざとという訳ではない。
その視線のはずし方は本能的に見るのを避けるようだ。
ピエロのほうもまったく気にせずクーラーボックスを抱えて歩いていく。

「・・・・・・オーダーはいいかい?」

いきなりかけられた声に十助が振り向く。
ありえない話だ。

彼は今”心の痛み”そのものになっている。
人は無意識に自分の痛みから目をそらしているものだ。
そのため十助のことは見えているし聞こえているはずなのに”みなかった事”になる。

だからこそいまの十助は他人に認識されるはずがない・・・

振り向いた先には海水パンツをはいた少年が一人・・・片方の目を細める左右非対称の笑いをしている。

「やあ久しぶりだね?」

その一言と少年が発する気配で十助は相手の正体を悟った。
なによりも少年からは”痛み”を感じない・・・そんな人物に一回だけあったことがある。

十助はついてくるように促して人のいないところまで誘導する。

「・・・死神か・・・姿は違うがこうしてみると”同じもの”だな、なぜ”痛み”になっている俺が見えるのか知らないが・・・俺を殺しに来たのか?」
「いや、先ほどつれがアイスをもらったんでお礼をね」
「・・・さっきの二人か・・・別にそんなもんはいらない」

十助はブギーポップに背を向け立ち去ろうとした。

「せっかちだね、僕はオーダーはいいかと聞いたんだけど?」
「なに?」

十助は首だけを回してブギーポップを見た。
その瞳がいぶかしげにゆがんでいる。

「君に特注のアイスを作ってもらいたくて追ってきたんだよ?」
「・・・断る、お前に作ってやる義理はない・・・」
「僕にじゃないよ、彼に作ってほしいんだ。
「なんだと?」

十助が体後と振り返るとブギーポップは顔を伏せていた。
次にその顔が上がったときそこにあったのは”シンジの顔”だった。

「すいませんいきなり、ブギーさんはてっきりあなたと何か話があって追いかけていたと思っていたんですが・・・」
「お前誰だ?」
「え?ああ、ぼくは碇シンジです。さっきのブギーさんの大家といったところでしょうか?」

そう言ってシンジは笑う。

十助も面食らっているがシンジが嘘を言っていないことはわかる。
なぜならばさっきまで感じなかった”痛み”をシンジから感じるのだ。

「・・・お前にアイスを作れってあいつは言ったな・・・なぜだ?」
「さあ、あの人の行動原理なんて理解できない事のほうが多い気がしますよ。」

そう言って肩をすくめるシンジを十助は興味深そうに見る。

「・・・俺の事をあいつから聞いてないのか?」
「・・・一通りは聞きましたがね、あなたは自分が周りの皆を不幸にしたと思っていると・・・」
「なら俺に近づくな!!」
「何でですか?」

あっけらかんと言うシンジに十助があっけにとられる。
自分の能力のことも含めて知っているのにこの軽さはなんなのだろうか?

「あなたの持つ流れがどんなに強力でもそれに”巻き込まれてあげる”義理はありませんよ?」
「な・・・に・・・?」
「ぼくはあなたの力に引き込まれてあげられるほど弱くはないといっています。うぬぼれないでください」
「な、何でそんな事いわれなければならない!!」
「聞く必要もないですけれどね、ぼくがあなたに不幸にされると思われていることがちょっと不快だっただけです。」
「・・・それだけか?」
「もちろん」

十助は何か笑いたくなった。
顔がにやけている。

「それで結局君は何がしたいんだ?」
「別に何も?ブギーさんがなぜあなたのアイスをすすめたのかもわかりませんし・・・」

すでに十助は笑い声を抑えるのに必死だった。
クーラーボックスを地面に下ろしてふたを開ける。

「君にアイスを作ってやろう」
「いいんですか?」
「ああ、心の痛みをアイスで作る事が出来る事は知っているんだろう?君が自分の痛みにどんな顔をするのか見物だ。」

十助はクーラーボックスの中のアイスと道具を使ってアイスを皿に盛った。
それは白い色のアイスで見た目はシャーベットのようだ。
最後にミントの葉っぱを散らして完成したそれを十助はシンジに差し出しす。

「いただきます・・・」
「どうぞ・・・」

シンジはスプーンを手にとって一口舐める。

その時シンジは奇妙な感覚を味わった。

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気がつけばシンジは大きな大樹の根元に立っていた。
目の前には安楽椅子に座る女性とそばに立つ一人の男性・・・

男のほうには見覚えがある・・・女性のほうもおぼろげながら・・・

「こんな時代に生まれたこの子達は不幸かもしれないな・・・」
「あら?そんなことはありませんよ、だって生きてるんですもの・・・」

女性は腕の中を覗き込んだそこには生まれたばかりなのだろう小さな小さな子供が眠っていた。

「・・・だって生きてるんですもの・・・生きていればどこだって天国になりますわ・・・」

そう言って女性は微笑む。

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シンジは右の目から一滴の涙を流していた。

「・・・どうだった?」

十助が呆けているシンジに聞いてきた。
真剣な顔だ。

「君の痛みはかなり深いところにあるみたいだったからね、シャーベットの味で無理やり引き出す必要があったんだが?」
「・・・ええ、あんなところに痛みの元があったなんて・・・母さんはよっぽど世間知らずだったのかな・・・生きてさえいればなんて・・・」
「違うと思うのかい?」
「たぶん、生きているだけって訳には行かないでしょうね、ぼくはこれまでたくさんの世界の敵に会って殺してきました。・・・彼らは生きていたけれど世界になじめなかったから世界の敵の敵にあってしまったんです。」
「だから生きてるだけではダメだと?」
「そうですね・・あなたはどうなんです?」
「僕かい?」

自然と笑みが二人の顔に浮かぶ。
お互い何故笑っているのかすら分からない。

「僕は・・・これからもさ迷うのかもしれない・・・」
「そうですか・・・」

十助はクーラーボックスを持ち上げた。
そのままシンジに背を向けて歩き出す。

「行くんですか?」
「ああ・・・今度会ったらまた僕のアイスを食べてくれるかい?」
「・・・喜んで・・・」

シンジの答えを聞いた瞬間、十助の姿が消えた。
おそらくまだそこにいるのだろうが”痛み”になってしまった彼はシンジには見えない。

そのまましばらくシンジはじっと同じほうを向いて見送っていた。

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「結局、どうなったんだ?」

凪がマイクロバスの運転席で助手席に座っているブギーポップに話しかけた。

「別に何も、ただ彼のアイスが食べたくなっただけだよ。」

他の皆は後ろのほうの席で寝ている。
海ではしゃぎすぎて眠ってしまったのだ。

「何か収穫はあったんだろうな?」
「・・・まあね・・・人間には時に立ち止まって振り返ることも必要ってことかな・・・」
「意味がわからないぞ・・・」

凪が不満そうな声で聞き返した。
ブギーポップは片方の目を細める。

「生きているだけでそこが天国になると思うかい?」
「何だよそりゃ?」

マイクロバスは夕日の中を第三新東京市に向かって走り続ける。
世界の中心、生と死の交差する都市・・・
天使の降臨におびえる臆病の町・・・

ハルマゲドンはまだ続く・・・






To be continued...


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