人が闇を恐れるのはその先に異形を想像するからだ。
人が闇を恐れるのはその先に理解を超えるものを感じるからだ。
人が闇を恐れるのはその先に死を連想するからだ。
人が闇を恐れるのはその先に自分を見るからだ。
人が闇を恐れるのは・・・その先に死神を見るからだ。


これは少年と死神の物語・・・






天使と死神と福音と

第捌章 〔明かされし神実〕
T

presented by 睦月様







「・・・ちょっと待て、なんだその指令は?」

一人の男が公衆電話に話しかけていた。
その顔いらただしげにゆがむ。
かなり不満らしい。

『なんだ・・・といわれましても、これが中枢(アクシズ)からの指令です。』

公衆電話の相手はボイスチェンジャーを使っているらしくマシンボイスになっている。
感情も何も読めない口調は淡々としていて事務的だ。

「なんでアクシズの尻拭いで第三新東京市まで行かなければならん!?」
『それがアクシズの命令だからです。』

男のいらついた声に相手は涼しげに答える。
相手にとっては当然のことなのだろう。

『あなたが適任とアクシズだと判断したからです。それにあなたへの指令はもうひとつあります。』
「もう一つだと?」
『備え付けの電話帳の247ページを開いてください』

公衆電話に備え付けられている電話帳を手にとって言われたページを開いた。
そこには一枚の封筒が挟まっている。

「・・・おい?俺をメッセンジャーボーイにするつもりか?」
『その手紙を第三に持って行き、渡す事も任務になっています。』
「・・・誰にだ?」
『知りません』

思わず受話器を握りつぶしそうになって思いとどまった。
ここでそんなことをすればそれこそ話が終わる。

『指令ではあなたがこれを渡すべきと考えられる人物に渡すようにとの事です。』
「なんだそりゃ!!」

男はたまらず大声で怒鳴った。
十人いれば十人とも同じことを言うだろう。
意味が分からないにもほどがある。

『アクシズではあなたはその場所で会いたかった人物に”再会”する”運命”があるとのことです。』
「会いたかった人物?」

男の顔に疑問が浮かぶ。
彼が自ら進んで会いたい人物などそう多くはない。
彼の行動原理から言えば「会いたい=戦いたい」ということなのだから

しかも彼は”最強”だ。
彼自身はかっての敗北から”元”をつけてはいるが・・・その力は他の追随を許さない。
彼が自分から会いたい人物と言えば自分を倒した男と・・・・・・戦う約束をすっぽかした変人の二人だ。

「おい・・・どっちなんだ?」
『私にはその人物の情報などは知らされておりません。ご自分の目で確かめられるのが一番かと、では・・」

言葉と共に電話が切れた。
後には普通の電子音だけが残る。

男は受話器を公衆電話に戻すと顔を伏せる。
その口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。

「・・・そうかそこにいるのか・・・行ってやろうじゃないか、どっちがいるのか知らないが・・・」

どこかで「ヒヒヒ・・」という品の悪い笑い声が聞こえた。

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第三新東京市某所


「これじゃ〜毎回のクリーニング代も馬鹿にならないわね・・・」
「せめて自分でお洗濯出来る時間くらい欲しいですよね〜」

コインランドリーから大き目の紙袋に自分の洗濯物を入れて出てきたリツコとマヤがぼやく。
なぜコインランドリーに来たかというとここ数日の本部詰めで溜め込んでしまったのだ。
今ネルフはエヴァの整備などが佳境になっていて部署を問わず死ぬほど忙しい。

「家に帰れるだけ、まだマシっスよ・・・」

リツコとマヤのぼやきに外で待っていた青葉が苦笑しながら答える。

彼も自分の洗濯物を入れた紙袋を持っている。
先に自分の分を取り出して外で待っていたのだ。

さすがに女性の洗濯物を見るわけには行かない。

「さて、それじゃあ行きましょうか。」
「「はい」」

リツコの言葉に二人が返事をすると三人そろって歩き出した。

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モノレールの中で冬月は経済新聞を開いていた。
横には自分の洗濯物を入れた袋をもっている。
どうやら一般職員も副司令もその忙しさは変わらないらしい

「・・・・・・」

冬月は経済情報を頭に入れながら別のことを考えていた。

これまでの使徒戦におけるシンジの戦闘力、その根幹だ。
彼の存在はゲンドウの計画にかなりのずれを生んでいる。

ゲンドウ相手にあの毅然とした態度、揺ぎ無い意思、そしてすべてを包むかのような優しさ・・・

ミサトをやさしく抱きしめていた姿が思い出される。

・・・だれが自分を道具として扱おうとした相手をあんなにやさしく抱きしめる事が出来るだろうか?

次に思い出されるのはレイを実験に参加させようとゲンドウがつめよったとき・・・強烈なまでの殺気と存在感・・・
あの時感じたものがはったりだとしたら彼は一流の役者だろう。

実際、彼の格闘術の訓練では諜報部でも歯が立たないのだ。
彼がその気ならあの場で殺されていた可能性は否定できない。

問題なのはシンジがどこでそれほどの経験をつんできたかである。
どこかの組織で訓練を受けて送り込まれたスパイだというならそのほうがまだ納得が出来た。
しかし、そのような調査結果はまったく出てきてない。

「・・・一体何者なんだ彼は・・・」

必死で正体を見極めようと追いかけても彼は正体を顕さない。
まるで蜃気楼のようにおぼろげで・・・だが確実に・・・超然とした存在としてそこにいる。

シンジはいつも自分たちに向けて笑っている。
・・・バカにするような笑いならまだよかった・・・

彼は時々すべてを見とおしてなお自分達に笑いかけているように思えてしまう。
それをみると自分達がどうしようもない癇癪を起こした子供のように思えてしょうがなくなる。
まだたかだか14年しか生きてない少年にこんな事をおもうのは自分でもおかしいとおもうが彼が相手だと勝手が違うのだ。

彼は自分達が調べられないだけで実にさまざまな経験をしているはずだ。
そうじゃなければああはなるまい。
・・・気になる。

冬月がシンジを気にするのはゲンドウの計画の心配よりも自身の好奇心によるところが大きくなってきていた。

「あら?副司令、おはようございます。」

自分の名前を呼ばれた冬月が新聞から目を離して前を見るとリツコを先頭にして青葉とマヤの三人が乗り込んできた。

「「おはようございます!!」」
「・・・ああ、おはよう」

青葉とマヤが直立不動で挨拶をするが冬月は経済新聞に目を戻して短く挨拶をする。
隣にリツコが座ってきた。

「今日はお早いですね?」
「六分儀の代わりに上の街だよ」

車内は4人だけなのに青葉もマヤも座ろうとはしない。
やはり自分の所属する組織のトップに気を使っているのだろう。
これがミサトあたりならさっさと座っているかもしれない。

「ああ、今日は評議会の定例でしたね?」
「下らん仕事だ、六分儀め、昔から雑務はみんな私に押しつけよって、MAGIがいなかったらお手上げだよ。」
「そう言えば、市議選が近いですよね。上は・・・。」
「市議会は形骸にすぎんよ。ここの施政は事実上MAGIがやっとるんだからな・・・」

ぼやく冬月にリツコが軽く笑った。
冬月が言っている事は事実だ。

目の前に立っているマヤが会話に入ってくる。

「MAGI、3台のスーパーコンピューターがですか?」
「3系統のコンピューターによる多数決だ。きちんと民主主義の基本に則った合理的なシステムだ」
「議会はその決定に従うだけですか?」
「最も無駄の少ない効率的な政治だよ」

冬月とリツコの会話にマヤが感極まったと言う感じで嬉しそうに口を開いた。

「さすがは科学の街!!まさに科学万能の時代ですね!!!」
「ふるくさいセリフ・・・」

マヤの感動の言葉に青葉が苦笑しながらボソリとつぶやく。
その言葉に冬月が頭を振った。

「科学万能といってもその町で相手をするのは神の使いという科学だけではどうにもならん相手だ。」
「「は、はあ・・・」」
「さらに矢面に立つのは14歳の少年少女だ。なんともシャレのきいた話だよ」

冬月が自嘲気味な苦笑を浮かべるのをリツコが横目で見ていぶかしげな顔をする。

「ん?赤木博士どうかしたかね?」
「い、いえ」
「はは、意外だとおもったんだろう?まあ、私達はいろんな意味で”彼”に世話になっているからね・・・」

青葉とマヤは重々しく頷いたがリツコは冬月の言葉の意味を理解した。
・・・すなわちこの世界の命運はあの三人、特にシンジに握られているということを・・・
あるいはゲンドウや自分達の命すらも・・・

「そう言えば、そっちは零号機の実験だったかな?」

冬月は話題を変えるためにリツコに別の話を振る。

「はい・・・本日、チルドレン達は13:30に本部に到着予定、15:30よりシンクロテスト開始予定になっています。」
「朗報を期待しとるよ」

再び経済新聞に目を落としながら冬月がつぶやくように言った。

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数時間後・・・
ネルフ本部・通路


チン!!

レンジのような音と共にエレベーターが到着して扉が開く。
ミサトは中に入って目的の階を押した。

「お〜い、ちょっとまってくれ〜」
「げっ」

声の主を確認したミサトがうめいた。
すばやくエレベーターの”閉”ボタンを連打する。
高橋名人もびっくりだ。

「ちょっとまてって!!」
「ちぃ」

強引に閉まりかけた扉に手を入れて加持が入ってきた。
間一髪滑り込んできた加持にミサトが舌打ちした。

「いやぁ〜、走った。走った。・・・今日また、ごきげんななめだね?」
「あ〜らごっめんあさぁせ〜」

明らかに迷惑そうな愛想笑をする。
加持を胡乱そうに見る瞳がすべてを物語っていた。

「あら?」
「お?」

唐突にミサトと加持の乗るエレベーターが止まる。
しかも電気まで消えて非常灯がついた。

「・・・停電か?」
「まっさか〜、あり得ないわ・・・」

どうやら完全に止まってしまったらしい 。
こうなると救助を呼ぶしかないのだが・・・

「変ね・・・。事故かしら?」
「リッちゃんが実験でもミスったのか?」
「まっさか〜いくらリツコでも・・・」
「どうだろうな?」
「でもまあ〜すぐに予備電源に切り替わるわよ!!」

エレベーターに閉じ込められてはいるがミサトはまだまだ余裕があるようだ。
いつもの呑気さを発揮している

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同時刻、ネルフ本部・実験場


「主電源ストップ!!電圧0です!!!」

その報告にマヤをはじめとして技術スタッフの視線がリツコの背中に集まる。
当の本人はボタンに手を置いて冷や汗をたらしていた。

「あ、あたしじゃないわよ・・・」

実際ボタンを押してはいなかったが誰も信じてくれなかった。

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同時刻、第三新東京市・地上


「なぁんで日本で進路なんて決めなくちゃいけないわけぇ?」
「ドイツの方がマシって事?」

ぶつぶつと不平を漏らすアスカの言葉にマナが合いの手を出す。
はっきり言ってこのまま空気を重くするのは勘弁してほしい。

「年功序列とか、バカなこと言ってる能無しの下で働くつもりは無いわ」

心底くだらないという風にアスカがはき捨てる。

シンジ達はいつも通りの6人でネルフに向かっていた。

アスカとマナの会話を後ろから聞きながらシンジはボーッと考え事をしている。
内容はこの前の海での事・・・

「・・・シンジ君?」
「ん?」

横を歩いていたレイがシンジに話しかけてきた。
その赤い瞳はシンジに固定されたまま動かない。
心の底まで見通されそうな真紅だ。

「何を悩んでいるの?」
「え?」
「海から帰ってきてからのシンジ君は・・・何か変・・・」

どうやらレイはシンジが悩んでいるのを心配したらしい。
何を悩んでいるのかまでは分からないだろうが漠然とした感覚として感じていたようだ。
彼女は先入観なくものを見るためにわかるのだろう。

「・・・ちょっとね・・・ぼくもどう割り切ったらいいかわからないんだ・・・」

シンジは海で自分の痛み(トラウマ)を自覚した。
そこにあったのは両親だ。
だとしたら自分はいまだに両親のぬくもりを求めているかもしれない・・・

シンジは現実主義者だ。
しかも常識最優先の現実主義者ではない。
目の前の現実を素直に受け入れる柔軟な現実主義者だ。

だから自分の目で見たものは否定しない。
それを受け入れて次に進むのがシンジのスタイルだが・・・

「・・・てっきり憎んでいるとおもっていたんだけれどね・・・」

自嘲気味に苦笑する。
一体自分はゲンドウたちになにを求めているのだろうか?
ぬくもり?
認めてもらうこと?

いまさらとは思うが否定するには海で見たあの両親の光景が邪魔をする。
・・・自分のことは近すぎるから逆にみえないものかもしれない。

「・・・私じゃシンジ君の力にはなれないの?」

レイはシンジの右手を取って自分の両手で包む。

「レ、レイ?」
「私じゃダメなの?」

レイはすでに泣きそうだ。
シンジは開いたほうの手でレイの頭を撫でてやる。
その顔はレイに対して申し訳なさそうだ。

「ごめんね、でもこれはぼくがどうにかしなきゃいけないんだ・・・」
「そう・・・なの・・・」
「あんたたち・・・」

不意に横から声をかけられて・・・

見ればアスカがにらんでいる。
マナは興味しんしんで見ている。
ムサシとケイタはこれからの惨劇を予想して目をそらしている。

「・・・弁明があるなら聞いとくわ・・・」
「ふむ・・・」

沈黙は数秒・・・

「つまりアスカも手をつなぎたいと?」
「誰がそんなこと言ったか!!」
「はいはい・・・」

アスカの怒声を無視してシンジはアスカの片手を取る。

「ぬなっ」

アスカの顔が瞬間湯沸かし器のように沸騰し、顔色が林檎のように真っ赤になった。

「はい、これでおあいこって事で・・・」
「あうあう・・・」

いきなりのことにアスカが腕を振りかぶった。
本能的な動きでシンジをひっぱたくつもりだ。
しかしシンジもそんなみえみえの攻撃に当たりはしない・・・はずだったが。

「シンジ君!!ずる〜い〜!!」

マナが首に抱きついてきた。
そのためシンジの頭の位置が固定される。

メゴッ
「「「あっ」」」

なにやらたててはいけないような壮絶な音をたててアスカの拳がシンジの顔にめり込む。
殴ったアスカもびっくりだ。

ドサッ

いい角度で入った拳が脳を揺らしたのかシンジが崩れ落ちる。

「「「・・・」」」

3人の少女は無言・・・
その後ろでムサシとケイタが合掌していた。

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「・・・まだ世界が揺れている・・・」
「わ、悪かったって言ってんでしょう?男がいつまでもうじうじ言わない!!」
「男女差別だ・・・しかもアスカが言う事じゃないんじゃない?」
「なによ!!文句あんの!?」
「おおあり・・・」

またアスカがヒートアップする。
シンジ達はすでに正面ゲートまで来ていた。

「あれ?」
「どうしたんだケイタ?」

アスカの攻撃をかわしながらシンジが見るとケイタがIDカードを持って不思議そうな顔をしている。

「カードを通しても反応がないんだよ」
「そんなわけないだろう?」

ムサシが自分のカードで試しても同じようだ。
エラーの音も出ない。

いい加減息の切れてきたアスカの両腕を掴んで止めるとシンジはムサシ達の所に歩いていった。

「どうなってる?」
「シンジ?見ての通りさ、まったく反応がない・・・」
「・・・停電?」
「まさか・・・」

全員がボーゼンとした顔になる。
電力がなければ目の前の扉すら開ける事は出来ない。
つまりここに立ち往生という事になる。

(・・・嫌な予感がする・・・)
(当たらないといいねシンジ君・・・)

ブギーポップの言葉が頭の中にむなしく響いた・・・

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同時刻・第三新東京市駅


「何で途中で電車が止まるんだ?」
『ヒヒヒッいいじゃねえか、これも人生のうちさ』
「お前が言うのか?」
『ケケケッ違いね〜』

男は胸元のアクセサリを一度強く握ると目的地に向けて歩き出した。
それはT字型をしたエジプトの十字架・・・・・・アンクと呼ばれるもの・・・

一人の男が第三新東京市に侵入した。
それをとがめるものも気づくものもいない・・・

しかしそれは幸いだったのだ・・・
もし彼を止めようとしたらその人物の命の保証は出来なかった。

彼の名前は・・・・・・最強・・・・・・
そう呼ばれ・・・そしてその名に恥じぬもの・・・・・・

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ネルフ本部・某エレベーター内


「どうなっているのよ!!」

ミサトが怒鳴りながらエレベーターのボタンをたたく
一緒に閉じ込められている加持がミサトに話し掛けた。

「ここの電力供給はどうなっているんだ?」
「正、副、予備の三系統、それがいっきに落ちるなんてありえないわ!!」
「…ってことは…」

おおよその状況が理解できた加持がうめく。

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ネルフ本部発令所


「ダメです、予備回線繋がりません!!」
「バカな!生き残っている回線は!?」
「全部で1.2%、2567番からの旧回線だけです!!」

発令所は混乱していた。
ネルフの全電力がダウンした上に復旧のめどがまったく立たないのだ。
スタッフが大慌てで発令所の中を行ったり来たりしている。

「生き残っている電源は全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ」
「全館の生命維持に支障が生じますが?」
「かまわん!最優先だ!!」

青葉の報告に冬月が大声で指示を出す。
電力が無いために放送の設備も使えず口頭で指示を出さなければならないのだ。

「やはり電力は落ちたのではなく落とされたようだな…」
「ああ…」

冬月の言葉にゲンドウがいつものように腕を組んだ体制で答える。

「…おそらく電力の復旧ルートからこちらの情報を引き出すつもりだろう…」
「おそらくな…」

ゲンドウの推理に冬月が頷いた。

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「どうなってるのよこれ〜!!」

アスカがカードの認証のための機械を文句をいいながら蹴りまくっている。
とりあえずネルフの施設なので“公共物破壊”ではあるまい。

「…やっぱり停電か…」

シンジが周りを見まわしながら呟いた。
周囲は信号機の光さえも消えている。
ここだけでなく被害は町全体に及んでいるようだ。
町の電力が落ちたと考えるべきだろう。

「そっちはどうだ?」
「ああ、こっちもだめだな…」
「僕も無理みたい…」

公衆電話の受話器を握ったムサシと携帯を握ったケイタがシンジに答えた。
二人とも発令所に連絡をとろうとしていたが携帯は「相手の電源が切れているか…」などお決まりのフレーズを繰り返すし、公衆電話はそもそも何の音も発していない。

「やっぱりおかしいわ・・・」

いつの間にかそばに来ていたレイがシンジに話し掛けてくる。

「ネルフは三系統の発電システムでひとつがダウンしても五分以内に復旧するはず…」

そう言ってレイは鞄からノート状のものを取り出す。
それを見たマナが不思議そうに聞いてきた。

「綾波さん?それはなに?」
「緊急時のマニュアル…」

レイの言葉にみんなが慌てて自分の分を取り出すがシンジはレイに聞いた。
わざわざ取り出すより目の前のレイに聞いたほうが早い。
どうせ同じものだ。

「セオリーとして発令所にこいって辺りだと思うけれど?」
「ええ、そのとおりよシンジ君」
「じゃあとりあえずは発令所に行くべきかな?」

シンジの言葉にみんなが頷く。
同時にマナ、ムサシ、ケイタが拳銃を取り出した。
護衛としては当然シンジ達を守る状況が出てくる。
そのときのために支給されていたのだ。
戦自出身の三人は当然実弾発砲の経験がある。

「…どこにもっていたんだよ?」
「シンジ君?女の子には秘密の隠し場所が沢山あるの〜♪」

そう言って人差し指を唇に当ててかわいく微笑むマナから目をそらすとムサシとケイタがマナを白い目で見ている。
男の彼らはどこに隠していたと言いたいんだ?

「よおっし!!」

アスカが気合のこもった声を出す。

「じゃあ出発の前にリーダーを決めましょう。」

そう言ってアスカは次の言葉を出すために胸をそらすが…

「もちろん…「「「「シンジ(君)お願い(たのむ)」」」」……なんでよ…」

 アスカの背中が煤けている気がする。

「手動で開けられる非常口はあっちよ…」

レイに先導されてみんなが歩き出した。
無視されたアスカが少し寂しそうだ。

「やれやれ…」

シンジはぼやきながら背後に意識を集中する。

(……2人か…)
(みたいだね…諜報部の人間かな……)
(なんで助けてくんないんでしょうね?)
(彼らの仕事じゃないんだろ?)

気づいていない風を装ってシンジはみんなについて歩き出した。
肩にかかっている大きなスポーツバックをかけなおして・・・

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同時刻・戦自駐屯地


「湾岸部に未確認物体の上陸を確認!!」
「おそらく例の奴だな…九番目の奴か…」

戦自の駐屯地においてその第一報がなされた。
その同時刻、第三新東京市に向かう巨大な存在があった。

第九使徒…マトリエル…
その姿は半円形の胴体を逆さまにした様な胴体に巨大な昆虫のような足が四本生えている。
その巨大さは周囲の山の高さを軽々と超えるほどだ。

「第三はどうしている?」
「沈黙を保っています。通信も届きません。」

報告を聞いた仕官は少し考え・・・

「とりあえず連絡は続けろ」
「了解」
「それと念のためセスナを飛ばして直接知らせる準備を…」
「了解」

状況は動き始める。
誰も知らないところで・・・

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「それで?シンジ,今度はどっちよ?」

先頭を歩くアスカが後ろからついてきていたシンジを振り返って聞いて来た。
彼女の先には枝分かれした道がある。

(どっちです?)
(右)
(了解)「アスカ、右だよ。」
「え〜本当に?」

シンジ達は薄暗い通路をケージに向かっていた。

もちろん誰もこんな非常時のための通路の道など知らないがシンジの指示で確実にケージに近づいていた。
理由は簡単、シンジの中にはブギーポップがいる。

彼の特殊能力、世界の敵(エヴァ含む)の気配がわかる。
今はケージにあるエヴァの気配を感じながら方位磁石のようにブギーポップが指示を出しているのだ。

「あたしは左だとおもうけれどな〜」
「そっちは上り坂じゃないか?下に下りるのに上がってどうすんの?」
「ウッ…」

アスカの狼狽を皆が笑った。
あわてて照れ隠しにアスカがシンジに話を振る

「そ、そういえばあんたそのスポーツバック、いつも持ち歩いてるわね?」
「ん?ああ、そうだね大事なものが入っているから…」
「大事なもの?まさか相田のようにカメラ仕込んでないでしょうね?」
「いつもケンスケに撮らせてるくせにいまさらそんなことする意味がないでしょ?」
「わっかんないわよ〜案外シンジってむっつりだったりして…」
「……ただの着替えだよ」

シンジはジト目でアスカを見るが感覚のアンテナは後ろの追跡者に向いていた。

(…ついてきてますね…)
(ああ、間違いなく諜報部の人間のようだが君達を助けるでもなく距離を保っているって事は……)
(監視ですね…対象は……多分ぼくか…)

シンジは眉間にしわを寄せた。
背後に感じる気配はいまだに二つ…
ゲートの前からずっとついてきている。

(まったく、こんな状況なんだからぼくたちの保護が最優先だろうに…)
(彼らは職務に忠実なのかもね、君達が殺されそうになっていても無視するかもよ?)
(こんな命令を諜報部に出せてぼくを危険視している人間…頭痛いな…)

考えるまでもなくゲンドウの指示でシンジの動向を見ているのだろう。
職務に忠実と言うか応用が利かないというか・・・

やがて一行は広めの倉庫のような場所に出た。

「なんだここ?」

ムサシが回りを見回しながら言った。
部屋は学校の体育館くらいの広さがあって端のほうに口の開いたコンテナなどが放置してある。

「どうやら昔倉庫として使っていたブロックみたいだね」

ケイタが部屋の中にあるコンテナなどを見ながら言った。
おそらくしばらくここに入る者などいなかったのだろう。
床には埃がたまっている。

「あ〜っもう、服が汚れちゃう!!さっさと進むわよ!!!」

アスカの言葉に皆が頷いた。
次の通路に進もうとしたとき…

「なっ!!」

シンジは自分の後ろを振り返った。
背後にいた二人の気配が消えたのだ。

そのかわり別の殺気を含んだ気配がいくつかこちらに向かってくる。

「ん?シンジ君?どうしたの?」

シンジが背後を振り返っていたのを見たマナがシンジに話しかけてきた。

「・・・・・・悪いけれど先いっててくれない?」
「はぁ〜?あんたバカ?集団行動の和を乱してどうすんのよ!?」

アスカがシンジの言葉に反論した。
たしかに正論だがここは譲れない。

「なんか理由あんの?」
「あると言えばあるんだけれど…」
「ん?なによ?言ってみなさい?」

アスカの言っていることは正しいが・・・しかし、ここにとどまって後ろの連中と鉢合わせするわけには行かない。
連中を放って置くにしてもまっすぐにここに向かってきているのだ。
シンジ達の先行に気がついている可能性が高い、とすれば後顧の憂いを絶つ意味でも迎えうつのがベスト。
理想はアスカ達を先に行かせてシンジが一人で背後の連中を相手にすることだ。

「え〜生理現象というか…」
「は?……あっあんたもしかして!?」
「まあそういうことかな、ちょっとトイレに行きたいんでヨロシク」
「エッチ!バカ!!変態!!!」
「…トイレに行くのはエッチでバカで変態なのか?」

アスカは顔を真っ赤にして先の通路に歩き出す。
他の皆も続いた。

ただ一人以外は…

「ん?レイ、どうしたの?」

なぜか心配そうなレイを見てシンジが微笑む。

「……無理はしないで…」

その言葉を残してレイも皆を追いかけた。
シンジがここに残ってほしくなさそうだったから・・・

「……きづかれた・・・かな?」
(彼女は鋭いね、君の微妙な変化に気づいたようだな・・・それだけ君を見ているということなんだよ)
「茶化さないでくださいよ、ブギーさん」

シンジは頭をかきながら背後を振り返った。
そこにはさっきまでのおちゃらけた雰囲気は微塵もない。

視線の先にはさっき自分達が通ってきた通路が黒い口をあけている。

ほどなく暗闇から人影が現れた。
数は五……
全員が黒い迷彩服を着てマスクで顔を隠している。

その迷彩服のところどころにさらに黒い部分がある。
とある”液体”が飛び散ってついたしみだ。

「エヴァンゲリオン初号機パイロットの碇シンジだな?同行してもらう…」

リーダー格とおもわれる男が一歩前に出てシンジに話しかける。
中学生だからと侮って迂闊に近づかないあたり場数を踏んでいるようだ・・・意味は無いが。

「・・・この停電はあなた達の仕業ですか?」
「無駄口を叩くな…」

男の言葉で他の隊員が銃を構える。
麻酔弾かもしれないが本物だとしても手足を打ち抜くくらいしそうだ。

「本来これで任務完了なのだが可能ならばパイロットの捕獲も遂行する。」
「欲を張るとろくな事ありませんよ?作戦が終わったのなら余計な事せず帰ることを優先させては?」
「生憎と特別ボーナスが約束されているんでね」
「さいですか…」

シンジは大げさにため息をついて肩をすくめた。
同時に五人がシンジに殺到する。
組み伏せて拉致るつもりだ。

「せっかちな…」

シンジは真正面から向かってくる一人にカウンターで向かっていく。
いきなりひくでも避けるでもなく懐に入り込んできた行動に相手が戸惑った瞬間を逃さず、シンジはその頭上すれすれを飛び越えた。

戦自の隊員達があわてて背後を振り返ったそこには床に落ちているスポーツバック、中身は空っぽでつぶれている。
そしてその先には夜色の筒のようなシルエットをした”なにか”・・・・・・

右手を口元に当て黒いルージュを唇に塗った”そいつ”が顔を上げると・・・

「「「「くっ!!」」」」

理解不能な寒気が5人の全身に走った。
目の前の存在は”危険”という概念をとおりこした先にあるものだ。

その気配に”4人”が一歩引く。

「…やはりそうか…」

ブギーポップの姿になった”シンジ”がつぶやく。
五人がこの倉庫に現れたときからそいつに注目していた。
ブギーポップほどではないがシンジも気配を探るくらい出来る。

シンジは五人の中で一人だけ引かなかった男に向き合った。
かなり長身の男で体のラインは細い。
マスクをかぶっているために顔は分からない。

「合成人間がいるってことはこの停電は統和機構が関係しているのか?」

その言葉に男が反応する。
他の4人はそんなやり取りをただ見つめていた。

理解できない状況に何を言えばいいのか、すればいいのかわからないらしい。

「お、おい形代…」

横にいた男がその長身の男に話しかけると…

「「「……え?」」」

話しかけたほうの男の首がいつの間にか裂けている。
形代と呼ばれたほうの男は手にナイフを持っていた。

鋭すぎる切り傷とはきられてすぐには出血しない。
一呼吸すれば心臓の動きで血が噴出す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・出た。

首を切られた男はそのまま崩れ落ち、自らの血の海に沈む。

「か、形代ぉぉぉぉ!!」

隊長格の男の叫びで我に返ったほかの二人が発砲する。

パシュ  
  パシュ

サイレンサーによって銃から間抜けな音が出た。

形代は飛びのき一気に飛んだ。
5メートル以上を一気にゼロにして肉迫しながら手の中の刃を振るう。

ザスッ
  ザスッ

にくを切り裂く音と共に赤い水音と血の匂いが部屋に充満した。
すれ違う瞬間にのどを裂かれた二人が最初の男と同じように自分の血の海に沈む。

「な!!こ、この化けも……」

隊長格の男は最後まで言う事が出来なかった。
彼の声が出るべき喉は形代の投げた黒いナイフで貫かれていたからだ。

こうして4人の侵入者は自分の血の海に沈んだ。

「・・・いいのか?仲間だったんだろう?」
「仲間?こいつらが?」

形代と呼ばれた男がバカにするような笑を浮かべてはき捨てる。
そのままマスクを脱ぐと栗色の髪と瞳を持つなかなかの美形があった。

そのまま手袋と靴と靴下も脱ぐ

「それで?」
「悪いが一緒に来てもらう、すべてはゼーレのために・・・」
「ゼーレ?」

形代はその疑問に答えず壁まで走り、そのまま”両足を使って”壁を歩くように上っていく。
そのまま壁の高い位置に形代は”垂直”に立っている。
ありえない光景だ・・・・・・

そのまま形代は壁を蹴ってシンジに向かって飛んだ。
踵落としのような体勢でシンジに迫る。

「やれやれ・・・」

シンジはみえみえの攻撃を横にずれる事で避ける。

バシッ!!!



打撃音が響いた。






To be continued...

(2007.06.30 初版)
(2007.07.14 改訂一版)
(2007.10.06 改訂二版)


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