天使と死神と福音と

第捌章 〔明かされし神実〕
U

presented by 睦月様


「まったく葛城さんも困ったもんだよな〜」

2人分の洗濯物を入れた紙袋を持った日向が道の真ん中でぼやいた。
洗濯物の半分はミサトのものだ。
どうやらミサトが日向に自分の洗濯物を託したらしい。

シンジが定期的に部屋の掃除と一緒に洗濯しているはずなのだが何で洗濯物があるかは謎だ。
まさにキング・オブ・ハー……もといクイーン・オブ・生活無能者である。

「まったく、全然僕のことを男として…ん?なんだ?」

日向は周りの様子に異常を感じた。
信号を含めて町の電気がまったくついていないのだ。

いくら昼間と言っても異常だ。

「な、何が…」
『…現在巨大な未確認物体が第三新東京市に接近中、くりかえします…』
「な、なんだって!!」

日向が見上げたそこには旋回するセスナからの放送が降ってきた。
ここに向かってくる巨大な未確認物体などひとつしかない。

「な、なにかないか!?なにか!?」

慌てて周りを見まわすと…

『こう言った非常時にも動じない。高橋、高橋覗をよろしくお願いたします。』

なぜかのんきに選挙活動をしている選挙カー……いや、選挙カーで選挙活動をするのはまったくもって理にかなっているのだがこんな状況でしていると言う点で度胸は十分だろう。
聞いている人がいるかは別問題だが…

「らっきぃ〜」

壮絶なニヤリ笑いを浮かべた日向がダッシュ!!
日向の笑いを見た運転手が怯えて逃げを打った。

その時の運転手は追いついた日向に戦慄を覚えたと言う。

---------------------------------------------------------------

「ぐっ」

シンジはわけもわからず衝撃に任せて飛んだ。
何とかブロックできたがかなりの衝撃だ。

受身を取りつつ立ちあがると目の前には形代と呼ばれた合成人間がいる。

「さっきのを避けたか、ただの餓鬼じゃないな?」

形代は少し不思議そうな顔をする。
シンジの事をエヴァを操る事が出来るだけの中学生と思っていたようだ。
避けられるとは思っていなかったのだろう。

「・・・・・・」

シンジは冷静に起こったことを反芻する。
形代は確かにかかと落としの態勢でつっ込んで来た。

かかと落としという技は基本的に「上から下に脚のかかとの部分を打ち下ろす」と言う技だ。
その軌道は多少のずれはあっても一直線……しかし、さっきの衝撃は“真横”からきた。
だとしたらさっきのはかかと落しではありえない。
正体不明の一撃だ。

「やばいな・・・」

シンジは油断なく身構えた。
相手の能力が何かわからない・・・それはシンジにとってまずい状況を意味する。
シンジの能力はまず状況を認識する事から始まる。
訳がわからないものをとりあえずどうにかできるほど便利なものではない。
ゆえに不意打ちだと能力での対処が難しいのだ。

シンジの視線を真っ向から受け止めていた形代が口を開く。

「…マリオネットだ。」
「マリオネット?」
「俺の名前だ」

形代の合成人間としての名前はマリオネットと言うらしい。
だからどうと言うことも無いが

「どうやらただのお子様じゃないらしいな?大人しくさせるのは骨が折れそうだ。」

マリオネットが腰を落として身構える。
シンジも同じように油断なく構えた

「殺ャァァァァ!!!」

気合の声と共に突進してきたマリオネットにシンジが蹴りで答える。
しかしマリオネットは異常なまでに柔らかい体を使って回避し、逆にシンジの頭にけりを放った。

「くっ」

鞭のようなしなりで迫るけりにシンジは必死で回避するがほほにかすってしまう。
かすった部分が浅く裂けた。

「ちいっ」

シンジは避けたはずのけりが空中にある状態から変化するのを見た。
振り上げた状態からシンジの頭頂部に軌道修正したけりが再び踵落としの様に落ちてきたのだ。
また正体不明の一撃、下手に避けてもよけきれる保証はない。
だとすれば選択肢は一つ

今回、シンジは避けずに受け止める事にして両手を十字に挙げて構えた。
ダメージを負ってもマリオネットの攻撃の正体を見極める。

「甘い!!」
「がはっ!!」

シンジは鳩尾に蹴りを食らって吹っ飛んだ。
マリオネットの足がまっすぐにシンジの中心を捉えている。
口元に一筋の血が流れた。

間違いなく上から降ってきていたけりが当たる瞬間前蹴りに変化していたのだ。
反応が追いつかなかった。

それでも油断なく立ち上がるシンジにマリオネットが面倒くさそうな視線を向ける

「ひとつ聞きたい…」
「なんだ?」

シンジの言葉にマリオネットが答える。
どうやら興味を惹かれたらしい。

「この人たちは何者だ?」

シンジはマリオネットから視線をそらさず足元にある“元”人間であったものを指差す。

「ああ、そいつらは戦自の工作員だ。この停電もそいつらの仕業だ。ネルフ施設の情報目当てで入り込んだ連中さ。」
「あんたも含む…だろ?」
「くくくっ確かにな…」
「…なんで殺した?」

マリオネットはシンジの言葉に笑って答える。
憐憫や後悔の色はまったく見られない。
それどころか目には嫌悪の感情が宿っている。

「俺の任務もネルフの情報の入手だ。そのためにこいつらを利用したにすぎん。」
「つまり・・・彼らに便乗して情報を仕入れたと言う事か?ついでに終わったら殺すつもりだったな?」
「当たり前だ。ただの人間が我等のような選ばれた存在の礎となれるなど光栄だと思わないか?」

マリオネットはシンジの答えを待たずに距離を詰める。

真正面からの正拳突き
シンジは首を振って避けようとしたが…

「なに!?」

いきなり目の前まで伸びてきた拳を素手で受け止める。

シンジは目を見張った。
比喩ではなく手が伸びている。

目測でしかないがおそらく30センチ位だろう。

「ちっ」

マリオネットは腕を引き戻してシンジの手を振り払った。

そのままジャンプして天井に取り付くと逆さまになって立つ、どういう理屈か足は天井から離れない。

「…統和機構の合成人間は面白い事が出来るようになっているんだな…」

十数メートルを飛ぶ跳躍力や格闘能力は珍しいものではないが蜘蛛のように壁や天井に張り付いたり腕そのものを伸ばして攻撃してくるなど・・・

シンジが冷や汗を感じながら言った言葉にマリオネットが奇妙な顔をした。

「さっきから言っている統和機構とはなんだ?」
「え?」

今度はシンジが聞き返した。
マリオネットの答えはシンジにとって意外すぎるものだった。
合成人間のくせに統和機構を知らないとは何の冗談だろうか?

「俺はゼーレによって作られた選ばれた存在だ。」

マリオネットは誇らしくしゃべり始めた。
その自信がどこから来るか知らないがどうもそれに酔っているらしい。
自己陶酔ってやつだ。

「統和機構だかなんだか知らないが選ばれた存在であるゼーレ以外の存在などくだらん!!」
「……ゼーレとはなんだ?」
「神になる選ばれた者達だ!!」
「神になる?」

シンジは少しあきれた。
言っている事がいちいち妄想がかっている。
極端に偏った思想を持っているらしい。

「新興宗教か?」
「お前のような愚か者にはわかるまい。我々はこの世でもっとも優れた存在なのだ。」

どうやらこの男・・・思い込んだら周りに迷惑をかけて目的を達成するタイプのキチガイだ。
狂信者ともいう。

こう言う類の人間は自分が信じているもののためなら自分の命すらも大儀だとかのために投げ出すのをためらわない。
しかも周りにかけた迷惑を仕方ないの一言で片付ける偽善者の側面も持つので反省もしないで同じ事を繰り返す。

(シラフのくせに酔っ払いよりタチが悪いな・・・)

クスリもアルコールも無しの自己陶酔と脳内アドレナリンだけで簡単に人としての道理を飛び越えるあたりが狂信者の狂信者たる所以だろう。
そのうち世界は自分達の為に回っているとか言い出しかねない。

「そのあんたが何でぼくを必要とする?」
「ゼーレのトップがお前の存在に興味を持ったからだ。光栄に思え!!」

シンジは会話をあきらめた。
話しが通じない相手だ。
それどころかこう言った至上主義の相手はむかつく
相手の能力も大体わかってきたし、これ以上付き合う必要性も薄い。

(代わろうか?)
(いえ、こういった馬鹿に教育的指導をくれてやるのは望むところです。っていうか人生の厳しさを教えてやります!!)
(……そうかい……)

シンジの沈黙を隙ととったのかマリオネットが突っ込んで来た。
背中を見せるような態勢で裏拳をシンジの顔に叩き込む

ガッ!!

裏拳の甲の部分を自分の腕で受け止めたシンジはその先にゆがんだ笑いを浮かべるマリオネットの顔を見た。

ガシッ

シンジは視線だけで“捕まえられた自分の腕”を見た。
皮膚に食い込むほどに握られた“指の腹”の部分が見える。

「やっぱり、そう言う事か…」

シンジの腕にはマリオネットの手の甲が当たっている。
なのになぜシンジの手をつかんでいられるのか?

理由はひどく簡単、シンジの見ているマリオネットの指はすべて“関節と反対に曲がっていた”のだ

「捕まえたぞ小僧!!」

シンジからは死角になるに位置で鈍い色があった。
いつのまにか取り出していたマリオネットのナイフが人間ならありえない角度に曲がった腕に握られてシンジの足を狙う。
動きを封じるつもりだ。

シンジの足にナイフの刃が食い込みそうになった瞬間…

「捕まえたと思っているのは勝手だけどそう思っているのはそっちだけだ。」
「な、なに!?」

いきなりシンジの腕をつかんでいた手の感触が消えた。
しかも目の前にいたはずのシンジの姿も無い。
当然のようにナイフは空を切る。

「ど、どこに行った小僧!!」

マリオネットはあわてて周囲を見まわす。
しかしやはりシンジの姿はない。

「つくづく失礼な人だな・・」

自分の耳を打った声にマリオネットが慌ててジャンプしてその場を離れた。
その飛距離はゆうに10メートル……
慌てて蜘蛛のように壁に張り付いたマリオネットがさっきまで自分のいた場所を見ると筒のような黒い影…シンジがいた。
言うまでもないがシンジの能力で移動したのだ。

「どうやらあんた・・・“関節”が無い合成人間だな?」
「うっ」

シンジの言葉に図星をつかれたマリオネットがうめく。

関節がないという能力は本来、潜入工作型の合成人間である彼が狭い場所などに入っていくためのものだが接近戦にも十分使える。

基本的に格闘、白兵戦においては暗黙の前提条件がある。
「人体には急所がある」などであるが、その一つに人対人、あるいは人対獣であっても同じことだが“関節”の存在があげられる。
生物の体は関節にそって動く、多くの場合そこから相手の攻撃を予測する事が可能になるが、しかし関節の制約に縛られないならば話は違う。
予想も出来ない角度からの攻撃は防御すら難しい上に逆になれているから予想もしない隙を作ってしまう。

しかもマリオネットはその名の由来の通りに骨の間を強力な筋肉でつないでいるためにそれぞれの関節の部分の筋肉を伸ばす事で瞬間的に腕や足を延ばして攻撃もできる。

「ふ、ふん!!それがわかったからといってどうなる!?」
「あと壁に張り付いていられるのは何らかの体液を手のひらと足の裏から出しているのか?」
「くっ」

シンジが自分の能力を言い当てた事でマリオネットはさらに動揺した。
マリオネットのもう一つの能力、手と足から出す粘液は接着剤のような働きをする。
無味無臭、しかも無色透明なその粘液はわずかで驚くほどの接着力を見せるのだ。
マリオネットはこれを使って壁だろうと天井だろうと自由に動く事が出来る。
今壁に張り付いていられるのもそのためだ。

しかしこの粘液の欠点は温度に弱く、そのため無機物とマリオネットの接着にしか使えないと言う事がある。

シンジの指摘で自分の能力を丸裸にされてしまったマリオネットの中に焦りが生まれた。

「この糞ガキ!!だからなんだって言うんだ!!!それがわかったからってお前に勝ち目などない!!!!」
「ああ、悪いけれどあんたに付き合うのにも飽きた」
「な、なんだと!!」

マリオネットの怒りの声を無視して床に落ちていた拳銃を拾う。
工作員の持っていたものだ。

「・・・まさかその銃で俺を倒すつもりか?」
「もちろん。」

シンジの答えにマリオネットが大笑いした。

「お前はバカか?さっきそれを持った男の喉を掻っ切ってやったのを忘れたのか!?」
「わかっているさ、でもアンタはこの銃弾に当たる」
「けっ、とち狂いやがったか!!」

マリオネットとて合成人間だ。
潜入工作が目的の為、戦闘力に関しては低めなものしかないが銃の弾丸くらい発射した後でも避けられる。

だからシンジが銃口を向けたときも余裕の表情を崩していない。

バシュ!!

サイレンサーのせいでくぐもった銃声が響く
その音をマリオネットは聞いた・・・自分のすぐそばで・・・

「え?・・・」

マリオネットは自分の見た物が信じられなかった。
自分のすぐそばにシンジがいる。
さっきまで遠くにいたシンジが一瞬で自分のそばに現れた。
しかもその手には銃が握られている。
その銃口が指し示しているものは・・・

「ぎ、ぎゃああああああああ!!」

マリオネットの絶叫にシンジがうるさそうに耳をふさぐ。
難聴になりそうな大声だ。

視線を下げたマリオネットが見たもの・・・銃弾に打ち抜かれた自分の右足の甲・・・黒い穴が貫通していてどす黒い血が流れ出ている。
同時に右足が壁から滑った。
張り付いていることが出来ない。

流れ出す血が汗腺からの粘液と混じって接着の効果をなくしていた。
もはや右足で何かに取り付くことは出来ない。

「実は銃とかあんまり得意じゃないんだよね、でもゼロ距離で引き金を引けばどんなへたくそでも当たる。」

シンジはマリオネットの顔を横目に見る。

激痛と理解不能な状況にマリオネットは答えるどころではない
パニックになりながらあわててシンジからはなれる。
その姿はシンジに対して恐怖を抱いているのに他ならない。

「さすがに銃弾で骨を打ち抜けばどうしようもないだろう?」

シンジは静かにしゃべりながら近づいてくる。
その歩みがゆっくりしているほどにマリオネットの中に恐怖が広がる。
右足はその骨の部分をうち抜かれていて歩く事も出来ない。

「あんたはおそらく普通の打撃なども関節を利用して吸収するんだろ?しかも当然関節技などは効かんだろうしな、となると接近戦は難しい・・・だが、わざわざ付き合う必要も無いだろ?」

シンジの言うとおり関節は自由自在でも骨の部分は別だ。
蛸じゃあるまいに、骨なしでは立つ事すら無理だし骨折すればもちろん動く事は出来ない。

「ヒ、ヒィィィィィィィ!!」

理解できない恐怖にマリオネットは這うように四足で手近なコンテナの影にはって逃げ込む

「底の浅い・・・自分が殺される側に回ったことがないから反撃することすら思いつかないのか?・・・でも無駄・・・」

コンテナの陰に回りこんだマリオネットの目の前にはシンジの姿があった。
恐怖にマリオネットが絶叫するより早く銀色の光が這いつくばっているマリオネットの両手の甲を貫いて地面に縫いとめる。

バスッ
「うぎゃぁぁぁぁぁ」

それはマリオネットが持っていたナイフだった。
虫の標本のように両手を地面に縫いとめている。

「うがぁぁぁぁぁ!!」

マリオネットを激痛が貫く。
しかし両手は地面に縫い付けられたままなのでのた打ち回る事も出来ない。

バシュ!
「がっ」

シンジは念のために残った足を銃で打ち抜いた。
これでマリオネットは動く事も出来ない

「さて・・・そろそろ質問していいかな?」
「あっうぐっ」

最初の威勢はどこにいたのかシンジからおびえてあとずさろうとするマリオネットを見下ろしながらシンジは冷酷に聞いた。

「ゼーレのことについて知っている事を教えてもらおうか?」

シンジの言葉に猛烈な勢いでマリオネットが首を上下に振る。

どうやらシンジからの威圧感と自分に襲い掛かってくる激痛に思考がまともに働いていないようだ。
シンジに逆らうことも出来ず、条件反射のように頷いているように見える。
このままなら聞かれないことまでぺらぺらしゃべり始めそうな勢いだ。

それほどに目の前の少年に対する恐怖は大きかった。


「まずは…なに!!」

自分の背後から近づいてくる何かの気配にとっさにシンジは横に避けた
シンジがいた場所を不可視の何かがとおりすぎる。

「・・・・・・」

シンジが避ければその先にいるのはマリオネット
悲鳴を上げる事もできずにマリオネットの上半身が消滅した。

「な!!」

あわてて背後を見ると戦自の連中が出てきた通路から笑いをかみ殺しながら一人の男が出てきた。

「ククククッやっぱり”運命”って奴かぁ〜こんなに早く合えるとはなぁ〜」

どこかで「ヒヒヒッ」と賛同するような笑いが上がった。

男の容貌は薄紫の髪に白いシャツと紺のスラックスをはいている。
見た目は普通だがその目だけは異常だ。
その瞳はシンジを捕らえて離さない。

ぎらぎらした視線はその内に喜悦と・・・殺気を孕んでいる。

「・・・ちょっと姿が違うようだがようやく会えたな!!黒帽子!!」

男はそう言ってシンジを指差す。
しかし当のシンジは覚えがない

「あの〜」
「なんだ!?」

男がいらついた声を出す。

「・・・・・・どちらさまですか?」

シンジの一言で時が止まる。
次いで男が顔を伏せた。
よく見ると震えているようだ。

「ふざけんな!!!!!!」

顔を上げてシンジをにらんだ瞬間
最強のフォルテッシモの能力が発揮された。

---------------------------------------------------------------

シンジが命をかけた死闘を繰り広げているのと同時刻
別の場所でも命をかけている者達がいた。

「いいんですか!?通行止めですよ!!」
「かまわん!!非常事態だ!!!」
「おっけ〜い!!」

選挙カージャックをした日向の言葉に運転手が嬉々として答える。
同時に踏み込まれたアクセルでスピードメーターが振り切れた。
日向だけでなく運転手も目が血走っている。

この選挙カーの本来の主である立候補者の男(本名、高橋覗)は事務所に生きて帰れたらこの運転手の履歴書を穴が開くほど見直して「族出身」の文字を探す事を心に決めた。

バキッ!!

進入禁止用の車止めの板をぶち折って選挙カーはドグマに入っていく。

ギャリリリ!!!

曲がりくねった道を車体をこすりながら選挙カーは走る。
普通はこんなスピードで曲がれる角度ではないがドリフトを駆使した選挙カーは物理法則ぎりぎりがけっぷちで走る。

・・・速度メーターは振り切れたまま・・・まったくスピードを落としやしない。

「もういやぁ〜!!」

ウグイス嬢の抗議は背景と一緒に後ろに残してひたすら選挙カーは走る・・・そこには生と死のきらめきがあった。

---------------------------------------------------------------

命をかけている者達がいるのと同時にそれを知ることすらないものたちもいる。
本部発令所では・・・

「ふぅ〜」
「お疲れ様マヤ」

発令所でキーボードを操作していたマヤにリツコのねぎらいの言葉がかけられた。

「あっ、先輩」
「ちょっと休憩しましょう。」
「はい、それにしても暑いですね〜」

マヤは首のボタンをはずして風を中に入れる。
電力が止まったため空調まで止まってしまっているのだ。

地下で密室に近いネルフ本部は気温と湿気があがる一方、本来こうならないためのエアコンや空調は電力がない今ではオブジェにすらならない。

「空調も止まっているからしょうがないわ」

リツコとマヤはダウンした電力の復旧のためにノートパソコンを操作していたのだ。
なんとか電力を確保しなければ生命維持にも問題が出る。
ほうっておけば蒸し焼きになってしまう。

「それにしても司令たちは動じませんね?」
「・・・そうね・・・なんでかしら?」

二人が上を見るといつもとまったくかわらないゲンドウと冬月がいた。
いつもと同じで司令席に座っている。

上着まで完全装備というのはちょっと変だ。
いくらなんでも外道で冷血漢だからというわけではあるまい・・・

「先輩?」
「え?何マヤ?」
「そろそろ続きをしませんか?」
「そ、そうね」

さっきまでのくだらない考えを笑顔でごまかしてリツコは仕事に戻った。


「・・・・・・ぬるいな・・・・・」
「・・・・・・ああ・・・・・・」

ゲンドウと冬月の足は氷入りの桶に浸かっていた。

---------------------------------------------------------------

日向にとっては足の下・・・・・・ゲンドウにとっては頭の上・・・・・・誰からも忘れられた一室で人外の戦いがあった。

人にとっては大きすぎる力同士の激突・・・・・・
だれにも知られる事のないその戦いはお互い以外のものは進入さえ出来ないものだった。

■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!

形容できない音が部屋に響いていた。

部屋の中にいるのは一人の男と・・・・・・ブギーポップ・・・・・・二人はお互いを向き合う形で戦っていた。

「くくっやはりお前はただの変人じゃあなかったようだな。」
「お褒めに預かり光栄というべきかな?」

男の言葉にブギーポップの男か女かわからない淡々とした声が答える。
二人は戦闘が開始されてからまったく立ち位置を変えていなかった。

■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!■■■!!

部屋中に響くこの音は男が放つ不可視の攻撃をブギーポップの指先から放たれた衝撃波がぶち抜いている音だ。
その余波によって二人のちょうど中間の部分のコンクリートが裂けている。
しかも部屋をぐるっと一周するように裂け目は横の壁と天井にも続いていた。

(ブギーさん、一体何を打ち落としているんですか?)
(ん?これかい?これは空間の裂け目だよ。)
(空間の裂け目?それを飛ばしてるんですか?とんでもないな・・・)
(そうだよ、彼は空間のひずみに触れてそのひずみを操る事が出来るんだ)
(・・・よく空間の裂け目が飛んでくるのが見えますね?)
(ただ目を凝らしているだけさ)
(いや、それは無理でしょう?)

シンジは追求をあきらめた。
理屈を全部説明されてもシンジには出来ないだろうと言うことはわかる。

もともとブギーポップ自体が説明不可な存在だ。

(それで?いい加減この人誰です?)
(統和機構の中において最強と呼ばれているフォルテッシモ君だ。)

その間も攻撃は休む事はない。
何かかなり八つ当たりっぽいものを感じる容赦なさだ。
普通の人間なら数回死んでいる。

(・・・なんであの人はこんな殺気バリバリこもった攻撃を連射してくるんです?)
(それは僕のせいだな・・・)
(やっぱり、それでどういう関係なんですか?)
(どうといわれてもね、シンジ君と出会う前に”浮かんで”来ていた時に決闘を申し込まれてね・・・)
(なんとなく予想が出来ますね、すっぽかしたんでしょう?)
(ご名答、わざとじゃ無かったんだよ?その時僕は浮かんでなかったからね)
(・・・なるほど)

おそらく目の前のフォルテッシモはブギーポップを待って待ちぼうけを食らったんだろう。
その怒りを今ここでぶつけていると言うわけだ。
攻撃の苛烈さがフォルテッシモの心情を語っている。

(まあ、世界の敵でもないバトルマニアの相手はする気が無かったって言うのも本当だよ。)
(・・・・・・)

どうでもいいことだが、シンジは時々ブギーポップと一つの体を共有している事に疑問を持つことがある。

「っちい、貴様どうやって俺の攻撃を見切ってやがる!!」
「企業秘密だが特別に教えよう、目がいいのさ」
「・・・ふざけやがって・・・」

口調とは裏腹にフォルテッシモの口元は笑みの形に歪んでいた。
どうやらこの状況を楽しんでいるらしい・・・頭のねじの位置が常人と違うのかもしれない。
おそらく180度ほど

「こいつでどうだ!!」

ブギーポップの前後左右に発生した4枚の空間の刃が四方から同時にブギーポップにせまる。
前後左右に逃げ場はない。

「・・・やれやれ」

そんな状況にもまだ余裕があるのかブギーポップは両方の手から衝撃波を撃つた。

■■■!!■■■!!

左右に迫る二枚を両手で一枚ずつ撃ち抜いた。
さらに体を反転させて残る二つも撃ち抜く。

■■■!!■■■!!

4つの空間の刃を簡単に打ち抜いたブギーポップは何でもないかのように夜色のマントを翻してフォルテッシモのほうを向く。
何者をも破壊しつくす力は・・・しかし、ブギーポップのマントすら傷つけられなかった。

「・・・でたらめな奴だな、どうやって空間の裂け目を相殺してやがるんだ!?」
「なに、君ほどじゃないさ、統和機構の最強君?それともフォルテッシモと言った方がいいのかな?」
「クククッ俺のことを知っているとはな・・・」

フォルテッシモはこの殺し合いを心から楽しんでいる。
応じるようにブギーポップはいつもの片方の目を細める笑を浮かべていた。

お互いまだまだ余裕があるらしい。
この常識外れ戦闘も二人にとってはまだ序盤程度でしかないのだ。

「ん?」

ブギーポップが戦闘中だというのに何かに気づいて声を上げる。

(どうしたんですか?)
(シンジ君?)
(はい?)
(悪いニュースと悪いニュースはどっちから聞きたい?)
(いいニュースは無いんですか!?いいニュースはぁ!!)
(ないね)

ブギーポップがあっさり言い切ると同時に球形の空間のひずみがフォルテッシモから放たれた。
右手のワイヤーを放って迎撃する。

バン!!

切り裂かれた瞬間、空間の歪みから爆風のような空気が襲ってきた。
どうやら空気を圧縮して仕込んでいたらしい。
至近距離であったなら手足の一本も吹き飛んでいただろう。

「芸達者な事だ」
「ぬかせ」

フォルテッシモの言葉が終わると同時にブギーポップの周囲に同じ球形の歪みがいくつも出来る。
まるでシャボン玉のようなそれがぐるりと周りを囲んでいた。

「くらえ!!」

気合の入った声でフォルテッシモが叫ぶと同時に歪みはブギーポップに殺到する。
フォルテッシモの能力にはこれといって欠点らしいものは無いがブギーポップの衝撃波は銃のような形にした腕で狙わなければいけない。
全方向から同時に、しかも一気に殺到する空間の歪みには対処するのは無理だ。

ドガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!

連続した爆発音にあわせて破壊されたコンクリートの破片と砂塵、ついでに戦自の工作員とマリオネットの死体が巻き込まれてあたりに舞う

「なかなか楽しかったが・・・これまでか・・・」

その破壊力を目にしたフォルテッシモがどこか残念そうにつぶやく。
あの中で生きている者などいるはずがない。
名残惜しそうに背後に振り返ってこの場を去ろうとした。

「楽しかったなら良かったじゃないか?」
「なに!!」

あわてて自分の背後を見るとそこには無傷のブギーポップがいた。
マントには塵一つ無い。

(シンジ君、助かったよ。それで?決まったかい?)

どうやらシンジの能力で移動したようだ。
周囲を爆弾で囲まれていようと問題など無い。
距離があるという状況がキャンセルされたのだ。
その途中になにがあっても影響は受けない。

(ええ、より悪いほうのニュースからお願いします。)
(なぜだい?)
(次に聞く悪いニュースの衝撃をやわらげるためですよ)
(なるほどね・・・)

ブギーポップはフォルテッシモから目をそらさずにシンジと話す。
その間も体は程よく緊張していて微塵のすきもない。

(ここに使徒が近づいている)
(大問題じゃないですか!!早くいってください!!!)
(まだしばらくかかるようだけどあまり余裕は無いね)
(だからあせってください!!)

いつも通りの自動的なブギーポップの口調にシンジが真剣に危機感を抱いた。
ブギーポップが無事=皆大丈夫と言うわけじゃない。
なんと言ってもブギーポップは飛びっきりの常識はずれだ。
ほかの人間が絶対に無理なことをあっさりやってのける。

彼にとっての大丈夫=皆大丈夫・・・の公式は成り立たない。

(しかし彼が見逃してはくれないだろう?まさかこのまま発令所に行くわけにも行かないじゃないか?)
(再戦を申し込んで・・・)
(無理だね、一度すっぽかされてるし・・・)
(ブギーさんのせいじゃないですか!!)
(それについては悪い事をしたとおもっているよ。)

当のフォルテッシモはこちらの手の内がわからなくて警戒しているようだ安易に畳み掛けてこない。
ただ相変わらずその口元は笑っているが・・・真性の戦闘狂だ。

(手を貸します。一撃で決めましょう。)
(いいのかい?)
(タイミングがシビアですね、何度も出来ませんよ?)
(わかった。)

ブギーポップが腰を落としたのを見たフォルテッシモが身構える。

「やっとその気になったのか?」
「悪いが用事が出来てしまってね、後日という事は・・・」
「ことわる!!」
「・・・しかたないね」
「勝負をすっぽかしたお前が言うな!!」

フォルテッシモが至極もっともなことを言った瞬間、ブギーポップの周囲の空間が歪んだ。

ビシッ!!

ブギーポップの足元にも亀裂が入り空間の刃が飛び出てきた。
前後左右だけではない上下も含めた文字どおりの包囲攻撃

一片の隙も無い完璧なまでの空間の刃の檻に逃げ場所など無い

フォルテッシモが勝利を確信した瞬間・・・ブギーポップの姿が消えた。

「なに!!」

一瞬だけ消えたブギーポップがフォルテッシモの目の前に現れた。
右腕を大きく振りかぶってすでに殴る体勢が出来ている。

「くッ瞬間移動だと!!だがなめるな!!!」

叫びと共にフォルテッシモから空間の刃がブギーポップに放たれる。
ここまで近いと自分も被害を受けてしまうが仕方ない。
確実にブギーポップを殺すつもりだ・・・しかし

「な、なんだと!!」

フォルテッシモは驚愕の叫びを上げた。
目の前のブギーポップは避けるでも相殺するでもなく空間の刃の中を”すり抜けて”来たのだ。
シンジの能力で”当たる”という状況がキャンセルされたのだがフォルテッシモはそんなこと知らない。
ただ自分の必殺の攻撃が無力だったことは間違いようのない事実。

その驚きに体が膠着したのは一秒にも満たない瞬間・・・しかしその刹那の中でフォルテッシモの顔には拳がめり込んだ。






To be continued...

(2007.06.30 初版)
(2007.07.14 改訂一版)
(2007.10.06 改訂二版)


作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで