天使と死神と福音と

第捌章 〔明かされし神実〕
Y

presented by 睦月様


「バカばっかりだ」

シンジは苦笑して目の前で展開されている”いつもの食事風景”を見た。

「シンジ、そのドレッシングとって!」
「やっぱりシンジの飯はうまいな」
「ほんとうね、シンジくん?わたしのお婿さんにならない?」
「マナ・・・シンジくんを家政婦代わりにしてない?」
「・・・おいしい」
「くくくっ若いな・・・」

上からアスカ、ムサシ、マナ、ケイタ、レイ、凪の順番だ。
まさか昨日あんな事があったにもかかわらず全員で朝食をとっているのが信じられない。
でもまあ・・・目の前の事実は変わらないわけでそれはそれで受け入れよう。
シンジは現実主義者なのだから。

実際嬉しいのだから文句はない。
どうやら皆思った以上に順応性が高かったようだ。

「昨日の今日でよく食欲があるね?」
「ん?まあショックだったけれど他にも気になる事はあるしね、」
「気になる事?」
「あ〜ら忘れたなんていわせないわよ?煙にまこうったって無駄!あんたが何者か聞いてないでしょ?」
「ちっ」

わざとらしくシンジは舌打ちしたがこれは演技だ。
その顔は笑っている。

「いまはいいわ、それより食べちゃいなさいよ。おいしいわよ」
「それぼくが作ったんだけれど何でそんなに誇らしく言うわけ?」

シンジは苦笑して自分の分の朝食に手をつけた。

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「で?」
「何が”で?”なんだよ?」

朝食を食べ終えて一服した後にアスカが唐突に言った。
脈絡も何もあったもんじゃないが彼女らしい。

「大体、学校はどうしたんだよ?」
「あんた何言ってんの?凪先生が休みの届けだしてくれたに決まってんでしょ?」

シンジが凪を見ると苦笑していた。
それは職権乱用だろうと思うがあえて突っ込まない。
確かに学校に行くよりこっちのほうが重要だが・・・

「ついでに俺の分もな」
「・・・・・・」

不良保健医と不良学生だ。
いつの間にかシンジの周りにはアウトローが増えていたらしい。

「さあきりきりはけ!!」
「女の子がその言葉使いはどんなもんだろ?」
「うっさいわね、男なら小さい事気にすんじゃないわよ」
「女なら小さい事気にしろ。」

いつものやり取り・・・いいものだ。
正直あきらめかけていた部分もあったのでなおのこと・・・今、この手の中にあることが素直に嬉しかった

「で?何から聞きたい?」
「とりあえずあたし達が使徒ってとこからよ」
「なるほどね・・・」

シンジに全員の視線が集まる。
すでに皆聞く体勢が出来上がっている。
昨日あれだけ衝撃的な事実を知ったのだ・・・それなりの覚悟が必要なのを皆感じている。

「昨日人間とエヴァ、そして使徒の遺伝子配列のことは話したよね?」
「ええ」
「エヴァを考えてみるとその構成物質は通常のもののようだけれど遺伝子配列は使徒のそれだ。」
「そうなの?」
「そうなの」

シンジは自分の湯飲みのお茶を飲み干した。
全員がシンジの言葉を理解するために一呼吸おく。
急ぐ必要などどこにもない。

「つまりエヴァは地下のあの巨人を人間の細胞と合わせて作り出したハイブリットなんだよ。」
「・・・リリス」
「え?」

レイがシンジを見ながら言った。
おそらく地下の巨人の名前だろう。

「・・・ありがとう、話を戻すと臓器移植みたいに人間の細胞を代用品として使える時点で人間と使徒は同じ物だよ」

シンジの言葉に場の空気が沈む
あらためて聞くととんでもない事だ。

マナがおずおずと聞いて来た。

「で、でもシンジくん?ネルフはそれをやったのよね?だったら・・・」
「ん?ああ、ネルフはもちろん使徒の正体を知ってるよ。じゃなけりゃぁエヴァなんて作れないって」
「そ、そうよね・・・」
「しかもどういう理屈か使徒が現れる時期的なものもわかるようだし」
「「「「なに!!!」」」」

シンジの爆弾発言に一同が絶叫した。
しなかったのは凪とレイだけだ。
もっとも、レイもかなり驚いてはいるようだが。

「簡単な事だよ。第三新東京なんて物を作ってエヴァを用意するなんて使徒がくることを予想しないと出来ないでしょ?ATフィールドを使えるエヴァがないと話にならないし、エヴァは汎用兵器なんて名ばかりの拠点防御兵器なんだからさ。」
「で、でも地下にあった・・・リリス?あれが呼び寄せてるって・・・」
「そうだね、でも都合よくエヴァと第三の機能が使徒との戦いに間に合ったもんだ。」
「そ、それは・・・」
「一番決定的なのはぼく達パイロットだよ皆14歳だ。13〜15歳までしか乗れない兵器失格なエヴァに都合よく一人ずつのパイロット・・・何この偶然?」

そこまで言われれば認めるしかない。
偶然や奇跡はまれに起こるからこそありがたみがある。
あまりにも出来すぎた偶然は何者かの意思が介入して作られたものだ。

自分達の所属しているネルフの闇は相当に深いらしい。

「クククッ」

いきなりの押し殺した笑いに見るとアスカの肩が震えていた。
やばめな空気を発散している。

「ここまでコケにされたのははじめてよ・・・」

アスカの壮絶な笑顔に全員が引く。
どうやら今まで自分が誰かの手のひらの上で踊らされていたことが相当に気に食わなかったようだ。
見るからに切れかけているらしい。

そのまましばらく笑い続ける。

「シンジ!!」
「なにさ?」
「他にもなんかあるんでしょ?」
「あるよ」
「言いなさい!!」
「あ〜うん、わかった。エヴァに関してだけどあの中に誰かいる。」
「「「「・・・はあ?」」」」

再び皆から理解不能な声が上がる。
凪とレイは例によって無言だがレイは顔色が青くなっている。

「エヴァの中には本能に近いものだけれど人格をもった何かがいる。弐号機に乗ったときに確信したよ。」
「ど、どういうことよ!!」
「アスカ?よく考えてみてほしい。ぼく達はいつもエヴァとシンクロしているよね?」
「え?」
「でもそれって何とシンクロしてるんだろう?」
「・・・え?」

アスカはシンジの疑問に答えられなかった。
いつもしているシンクロ・・・深く考ることもなくこなしてきたが・・・

「レイ?君は知ってるね?」

シンジの問いかけにレイがうつむいた。
答えを知っているらしいが言い出せないという感じだ。
数秒間レイは迷って・・・

「初号機と弐号機のことは知らない・・・でも零号機の中にいるのは・・・」

レイは勇気を振り絞って答えた。

「零号機の中いるのは・・・私・・・」

その答えに皆息を呑む。
レイの言葉の意味するものを理解してシンジが頷く。
半ば予想していたらしい。

「・・・やっぱりそうか・・・」
「・・・どう言う事よ?」
「おそらくエヴァにレイのクローン体を入れたんだよ。どうやったかは知らないけれどね、そうして”自己保存”の本能でレイとシンクロさせているんだ。」
「そんな・・・」
「そう考えればエヴァが完全な個人の専用機の理由もわかる」
「じ、じゃあ弐号機にもあたしのクローンが!?」

アスカが蒼白になる。
いつの間にか自分そっくりのクローンが作られ、弐号機の中にいる・・・それはぞっとするような想像だ。

青くなったアスカにシンジが頭を横に振る。

「いや、多分違う・・・」
「え?」
「海での事覚えている?あの時、ぼくは弐号機とシンクロした。」
「そういえば・・・なんであんたあたしの弐号機にシンクロ出来たのよ?」
「ぼくはシンクロをしょっちゅうしてるからね、8歳くらいから。」
「え?でもあんたエヴァを見たのはここに来てからじゃないの?」
「別にシンクロはエヴァ相手だけって事はないよ」
「はあ?」

アスカはシンジの言ったことが理解できなかった。
シンジの秘密を知らなければ分かるはずがない。

答えの見えない会話にアスカが首をかしげる。

「話を戻すと弐号機から受けた感じはアスカとは違う。もちろん初号機の中にいるのもぼくじゃない・・・」
「じ、じゃあだれなのよ!!」
「知らない」
「知らないって・・・」

みんなシンジの答えに絶句した。
考えてみれば当然なのだがシンジにしても知らないことがある。
しかし、ここまでの説明でシンジがすべてを知っていると思っていたために驚いてしまったのだ。

「わかっているのは初号機の中の誰かはぼくを、弐号機の中の人はアスカを愛している」
「な、なによそれは!!」
「A−10神経は愛情を司るとされる神経だ。だとしたらそれを使ってシンクロする場合には愛情が必要となる。海では弐号機が自発的にぼくにシンクロしてきた。おそらくアスカを守るために・・・」
「そんな・・・」

シンジの言葉が本当ならアスカは弐号機の中の何者かに愛情を持たれているということだ。
しかも本能的に自分もその誰かを愛している事になる。

「ぼくもエヴァに関してわかってることはこれくらいだね・・・」
「エヴァに関係してない事もあるのか?」
「まあね」

シンジの言葉に場が静まる。
皆黙って次の言葉を待つ。

「ネルフはどうも何か目的があって動いてるみたいだ」
「目的?何だそれは?」
「ぼくにも確信はないし、いくつか予想は出来る。」
「・・・おすすめなのは?」
「ネルフはサードインパクトを考えている」
「「「「「なに!!!!」」」」」

さすがにこの答えには皆絶叫した。
あまりの大声にシンジと凪が顔をしかめる。

「予想だよ予想、でも使徒もどきのエヴァとアダムがあれば無理じゃあないし・・・」
「な、何でそんな結論になるのよ!!意味がないじゃない!!!」
「あの人たちにどんな意味があるのかはしらないよ。だから予想だってば」
「で、でもその予想が本当に当たったら大変じゃない!!何で落ち着いてられるのよ!!」

アスカの言葉に皆もうなずく。
しかしシンジと凪はけろっとしたものだ。

「そりゃアダムがここにあるからだよ」
「「「「「・・・は?」」」」」

凪とシンジ以外が呆ける。
意味が理解できなかったのだ。

シンジは黙ってレイを指差す。
正確にはその胸のロザリオを・・・

「え?シンジくん何?」
「レイが持っているロザリオの中にアダムの魂が入ってるんだ」
「「「「「・・・え?」」」」」

何度目かわからないボーゼンとした表情を皆が浮かべる。
その視線はレイの胸元でゆれているロザリオに向けられていた。
シンジはそんな皆を見て笑っている。

「アダムの魂をロザリオに移したんだ」
「で、出来るのそんなこと?」
「ぼくも信じられないんだけれどあの人は簡単にやっちゃったんだよね・・・」

レイの疑問に答えたシンジと凪が苦笑する。
こんなことが出来る人間など他にいないだろう。
あの死神がどこまで規格外なのかシンジも凪もわからない。

ひょっとしたらブギーポップを完全に理解することなど一生かかっても出来ないかもしれないとさえ思っている。

「で、でも大丈夫なの?」
「なにが?」

マナが震える声でシンジに聞いた。
その視線がレイとロザリオ、そしてシンジの顔を行き来する。

「そ、その・・・レイちゃんは・・・」
「・・・ああ、この状態ではサードインパクトは起こらないらしい。ネルフのどこかにある体と一緒に使徒が接触しない限りっていうお墨付き」
「そ、そうなの・・・」

正直、ほとんど理解できなかったがマナはシンジが断言したのでそれを信じた。
安易かもしれないが他に判断できる材料もないし、ネルフの真実を見せられた後では大抵のことは信じざるを得ない。
それに彼女の中でシンジの言葉は信頼できるものだった。

「ちょっとまて!」
「ムサシ?何さ?」
「一つだけ聞いておきたいことがある。」
「・・・・・・何を?」

ムサシは深呼吸をして自分を落ち着かせるとシンジに話しかけた。

「・・・お前と凪先生はなんなんだ?何でこんな事が出来る?」
「・・・質問が2つになっているよ?」
「茶化すなよ・・・」

シンジと凪が面白そうに目を細める。
しかし聞く方の皆は真剣だ。

「碇シンジだよ。」
「霧間凪だ。」
「・・・本当か?」

ムサシだけでなくアスカやマナ達もじっと見ている。
それだけでは納得できないと言う感じだ。
少なくとも一介の中学生や保健医に知れる秘密ではないし、そもそもネルフの最深部まで入り込むなどどう考えてもまっとうな世界の人間ではない。

「・・・わかったよ」
「いいのかシンジ?」
「まあここまで来たらあわせないわけにも行かないでしょ?」

シンジが仕方がないという感じに肩をすくめる。
どの道会わせるつもりではあったのだ。

「シンジくん?」
「ん?」
「あわせるって・・・誰に?」
「それはエヴァや使徒の存在を教えてくれた人、レイの事もその人が教えてくれたんだ。」
「え?凪先生じゃなかったの?」

見ると凪が苦笑して首を振っている。

「違うよ、レイとアスカは知ってると思うけれど前に話した。ぼくを守るって約束してくれた人」

シンジの嬉しそうな言葉になぜか面白くない女性陣・・・ちょっと睨んでいる。

「シンジくん?」
「なに?」
「女の人なの?」

マナの質問にシンジがちょっとだけ考える。
たしかにそれは今まで考えもしなかったことだ。
肉体のないブギーポップに性別があるのかどうか・・・

「え〜っとどうなんだろ?凪さん、どう思います?やっぱり男なんでしょうか?」
「あいつの事なんか知らん」

シンジ達の会話を聞いていたみんなの頭にはてなマークが浮かぶ。
どうやらかなり正体不明の人物のようだ。

「直接”会わせた”ほうが早くないか?」
「そうですね、じゃあちょっと”代わり"ます。」

そう言って顔を伏せたシンジが次に顔を上げた瞬間・・・
全員の背筋に冷たいものが走った。

「・・・こうやって挨拶するのは初めてだね、はじめまして、ブギーポップだ」

シンジの顔をした死神は片方の眉を細めた皮肉げな顔で笑った。

「シ、シンジ?あんた何言ってんの?」

いきなりのシンジの変貌にアスカ達はついていけない・・・
まるで外見はそのままで中身が切り替わったと言う感じだ。

「あなただれ?」

レイが椅子から立ち上がってブギーポップを見る。
その赤い瞳はブギーポップを睨んでいた。

「やはり君にはわかるか・・・」
「答えて・・・あなたはシンジくんじゃない・・・」
「そうだね、彼とぼくは違う。」

凪以外にはレイとブギーポップの会話の意味がわからなかった。
それも仕方ないだろう。
違和感は感じるだろうが事情を知らなければ分かるはずがない。

むしろはっきりと断言できるレイのほうが珍しいのだ。

「二重人格と言えばわかりやすいかな?」
「「「「「二重人格!?」」」」」

異口同音…見事にそろった驚きだった。

……その後、ブギーポップの説明は一時間に及んだ。

「…つまりアンタはシンジじゃなく別の人格って事?」
「そう」
「そして “世界の敵”を倒すために浮かび上がってきた?」
「そう」
「しかも何かのアクシンデントでシンジに協力してもらわないと全力で戦えない?」
「そう」
「んで今回の”世界の敵”は使徒?」
「そう」
「……ふう」

ブギーポップと話していたアスカが天を仰ぐ。

「シンジ?」
「今はブギーポップだ」
「…いまなら謝れば許してあげる。」
「信じないのかい?」
「信じられると思う?」
「いや、まったく」
「じゃあわかるでしょう?」

アスカがブギーポップを睨む。
ちゃぶ台があったらひっくり返していたかもしれない。
他の皆も突飛過ぎてどう言ったらいいのかわからなかった。

シンジの妄想と言うのが一番ありえる事だが…

「じ、じゃあ今までの戦闘は全部あんたがやってたの!?」
「全部じゃないよ半分くらいはシンジ君さ」
「で、でも…」

アスカが言いよどむのを見たブギーポップは何かに気がついてアスカを引き寄せた。
いきなり引き寄せられたアスカが驚きの声を上げる。

「な、なにすんのよ!!」

ブギーポップはアスカの耳元に口を近づけて他の皆に気づかれ無いように囁く。

「心配しなくても君を守って海まで割ったのはシンジくんのほうだ」
「な!!」
「君のナイトは僕じゃない。」

あわててブギーポップから離れるアスカにマナが駆け寄る。

「ちょっとアスカ!どうしたの!?」
「な、なんでもないわ!!」
「なんでもないわけないでしょ!!」

顔を真っ赤にしてあせっていれば説得力などない。

「あまり子供達をいじめるな・・・」

不意に落ちてきた言葉にブギーポップが斜め上を見上げると腕を組んだ凪がいた。
不機嫌そうな顔で睨んでくる。

「僕も子供だと思うがね?」
「そりゃあシンジが子供なんだろう?」
「ひどいな〜凪さん」

凪に答えたのはシンジだった。
いつもの笑顔で苦笑する。

「そんなことはどうでもいい、聞きたい事がるんだ。」
「なんですか?」
「悪いがあいつに代わってくれ。」
「・・・なんだい?」

再びブギーポップが出てくる。
二人の違いは明らかだ・・・そのまとっている空気からして違う。
何度も瞬間的に入れ替わるのを見たアスカ達はシンジの中に別人格がいるのを認めないわけにはいかなかった。

「・・・・・・綾波のことだ・・・」
「綾波さんの?」

ブギーポップの言葉にみんなの視線が集まる。
当のレイはびっくりしていた。

「・・・・・・実はな・・・」

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「・・・・・・もう一度説明してくれないか?」

司令室においてリツコはゲンドウと冬月と向き合っていた。
ゲンドウはいつものように椅子に座って腕を組んでいる。

「・・・ですから、人工進化研究室は正体不明の怪人物に破壊されレイの予備はすべて破壊されました。」

リツコの報告にゲンドウ達は反応しなかったが内心は穏やかではなかった。
ネルフの最深部まで侵入されたこともだがドグマにはいろいろとまずいものがある。
場合によってはこのネルフそのものが揺らぐような秘密だ。

「・・・何者だ?」
「不明です。まったく痕跡を残していってません。」
「スパイの工作員の可能性は?」
「ありえますが低いでしょう。データは端末ごと破壊されていて抜き出した形跡はありません。単純に施設の破壊が目的だったと考えられますが何を意図したものかは分かりかねます。」
「・・・・・・」
「・・・ダミーの開発が遅れるのは間違いないでしょう・・・」

再び三人に沈黙が降りた。

「開発は可能なのか?」
「一応の基本は完成していますが制御などの面から起動しただけで暴走の可能性も・・・」
「レイを使ってもか?」

ゲンドウの言葉にリツコが顔をしかめる。
しかし感情を制御した彼女の声はよどみない。

「・・・無理だと思います。なぜならば彼女の自我はかなり確立されているからです。当初のような感情の薄い彼女ならともかく今現在の彼女は感情の揺らぎが大きすぎるのです。」
「・・・・・・」

ゲンドウが黙ったのでかわりに冬月がリツコに話かけた。
ドグマのクローン体が破壊されたことは問題だがそれ以上にあの施設が破壊されたと言うことは・・・

「しかしあそこが破壊されたとなると問題じゃないのかね?確かレイはクローン体のためヒトゲノムの調整が必要だったはずだが?」
「ええ、仰るとおりです。」

リツコの言葉を聞いたゲンドウが口を開く。

「・・・レイを連れ戻そう。」
「なに?しかし・・・」
「今となっては今のレイが唯一のレイだ。このまま細胞の劣化で失うわけには行かない」
「むう・・・」
「その心配はありません」

ゲンドウと冬月の話にリツコが割り込んだ。
シンジ達からレイを取り戻す方法を考えていた冬月とゲンドウの視線がリツコに集まる。

「なに?どういうことかね?」
「まだ確信がなかったのでご報告しなかったのですがレイの細胞の劣化は起こっていません。さらにその細胞にしても安定してきています。」
「「なに!!!!」」

リツコは二人の驚きように確信した。
冬月は単純に驚いているようだがゲンドウはやはりそのあたりを計算していたようだ。
いずれは細胞の劣化に耐え切れずレイが戻ってくるかそうでなくても今のレイが死んでしまえばドグマのクローン体に戻ってくると考えていたようだ。
油断も隙もありゃしない。

「ど、どういうことかね?」
「理由は不明です。しかし健康診断での結果は確かです。」
「で、では・・・」
「はい、彼女は細胞の劣化で死ぬ可能性はありません。」

リツコの断言に二人はショックを受けて思考が止まっていた。
どうやら理解不能な事態と予想が外れたことがかなり効いているようだ。

「報告は以上です。引き続きエヴァの整備など仕事がありますのでこれで失礼します。」
「・・・ああ」

ゲンドウの言葉を背中に聞きながらリツコは司令執務室を後にした。

「う〜ん」

執務室から出たリツコは扉の前で大きく伸びをする。
肩の荷がひとつ下りた感じだ。

「あとはダミーだけれど・・・あれ以上は正直どうしようもないし、これ以上は無理ね・・・せいぜい起動するだけで後は電源が切れるまで敵味方関係なく襲い始めるようなものを実戦に入れるわけないか・・・」

そうつぶやいてリツコは仕事をするために歩き出した。
その足取りは軽く、その顔には笑みが浮かんでいる。

とりあえず昨日溜め込んだ書類のせいで徹夜しているはずの親友をからかいにいくつもりだ。
誰かはあえて言わないが・・・

リツコの去った司令執務室では・・・

「冬月・・・」
「使うなら自分の手駒を使えよ。もっともシンジくんをどうこうできるとは思わんがな」
「・・・・・・」
「お前の指示でけしかけたわしの部下は退職したぞ?」

実は二人はシンジにちょっかいを出していた。

どういうものかというと戦闘訓練でミサトがシンジに昏倒された後に指導員となった諜報部の猛者達である。
理由は訓練にかこつけてシンジの実力を見るために手加減無用とけしかけたのだ
けしかけられたほうもエヴァに乗ってないシンジのことを勘違いして楽な任務と思っていたのだが・・・・

「まさか1日持たず”半殺し”にされるとはな・・・・・・」

実際は1時間ほどだったのだが・・・

シンジはその戦闘の経験から相手が本気だというのを見抜いた。
しかもなにやらそれを楽しんでいる節もある。

・・・・・・後は簡単だ。
自分に本気で向かってくる相手に手加減をしてやる理由がどこにある?
つきこんでくる拳にカウンターで肘を突きこんで拳を砕くとそのまま残った手をとって投げ飛ばす。
地面に叩きつけられたところで肩の関節をはずして終わり。
相手の悲鳴は顎の骨をはずして止めるという徹底ぶりだった。

これで逃げ出さなかった残りのメンバーは大したものだがバカである。
みんな似た様な感じに料理するとシンジは汗をぬぐって

「怪我させようとして返り討ちにあったんじゃ文句も言えないよね?」

にこやかな笑顔が伝説になった。
日ごろから諜報部のことを良く思ってなかった職員は大喝采、当の諜報部はシンジとの1対1の組み手は死の片道切符として恐れたと言う。

「かなりショックだったようだぞ?笑いながら顎の骨をはずされたところなど特にな・・・」
「・・・・・・」
「これ以上わしの部下が心に傷を負って退職するのはごめんだよ」

それっきり会話が途切れた。

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「・・・っと言う事なんだ。お前なにか思い当たることはあるか?」

凪がドグマで見た端末の情報を全員に伝えた
全員の視線がブギーポップに注がれる。

「考えるまでもないな、アダムの魂を入れたロザリオのせいだよ」

その一言で今度はレイの胸元のロザリオに視線が集まる。
まるで訓練されたかのような一糸乱れぬ動きだ。

「そんなことがありうるのか?」
「使徒という存在は肉体より魂が重要なんだ。」
「ね、ねえちょっと・・・」

シンジと凪の会話にアスカがおずおずと質問した。

「そういえば地下のあれを残しておいたらレイが殺されるって言ってたわよね?なんでよ?」
「・・・アスカ・・・」

シンジが出て来た。
レイを横目で見ると顔色が悪いがしっかりと頷いた。
シンジもうなずく

「・・・レイの魂はぼくたちより使徒に近いんだ。」
「え?どういうこと?」
「使徒はおそらく魂の状態だけでもある程度存在できる。その間に別の体に入り込めば存在し続ける事が出来るんじゃないかな」
「ど、どういうこと?」
「これは推測でしかないけれどおそらくぼく達の倒した使徒は魂の状態で次の体・・・つまり次の使徒だね、その魂と融合していってるんじゃないかな?だから使徒の能力も変化して行ってるし一体ずつしかこない理由も説明がつく。」

シンジのことばになにを言いたいのか悟ったアスカの顔がはっとする。

「それじゃあ地下のクロ−ンを壊したのは・・・」
「地下の予備の体を残しておいたらレイが死んだときにあそこにあったどれかに魂が宿って新しい”綾波レイ”になっていたはずだ。」
「そんな・・・」
「おそらくそんなことになれば”綾波レイ”はいるかもしれないけれどここにいるレイはいなくなる。そうじゃないか?」

シンジはレイの目をみながら言った。
その赤い瞳に見返されたシンジが軽い罪悪感を覚える。

仕方なかった・・・と言う事は簡単だがそういう問題じゃない。

「ええ・・・そして私の”記憶”は”記録”になってしまう。わかるの・・・だって私は二人目だもの・・・」

その意味するところが重すぎて誰も話しかけることが出来ない。
シンジは頭を掻きながら話を続ける。

「・・・しかもネルフには困った事にそれを実践しようとする奴がいるしね」
「だ、だれよ!!そんなこと考えているバカは!!!」

シンジの言葉にアスカが叫ぶ
いくらなんでも聞き逃せない事だ。

「ネルフの司令」
「し、司令!!司令もこのこと知ってんの!!!」
「知らないわけないだろう?中心人物だよ。後は冬月さんとリツコさん、そういえばマヤさんもいたからな・・・その4人は少なくともこのことを知っている。」
「嘘・・・」
「何考えてるか知らないけれど”目的”のためにぼくたちパイロットを利用しているんだよ。特にレイはその中心に考えているみたいだからね、今レイがぼく達の・・・って言うかぼくのそばにいるのは気に食わないだろうね〜ぼくのことを目の上のたんこぶのように思っているから」

自分達の知らなかった情報が多すぎてアスカがよろめく
マナがその体を支えるが同じくらいふらふらだ。

ムサシとケイタは椅子から立ち上がることも出来ない。
土壇場では男より女のほうが強いということだろうか・・・

「シンジ君・・・」

そんな中でレイだけが前に一歩出た。

「レイ?」
「なぜアダムを私に託したの?」

レイは胸元のロザリオを握る。
その指が白くなるほどに強く。

「・・・レイが持ってる方がいいと思った・・・それだけだよ」
「それだけなの?」
「うん・・・それだけ・・・」

シンジの言葉にレイがどう答えていいか困惑している。

「シンジ?、お前は綾波の体のことを知ってて託したんじゃないのか?」

レイの代わりに凪がシンジに話しかけた。
少し驚いている。

「いいえ、ただアダムはレイが持ってたほうがいいと思った・・・それだけです。」
「・・・・不安とかなかったのか?」
「不安?」

シンジはレイに笑いかける。
それはかって病室で見たときと代わらない温かい笑顔・・・

「ありませんよ、信じてますから・・・」

これ以上の言葉があるだろうか?
使徒としてではなく綾波レイを見て信じているといってのけたのだ。
これ以上の信頼の言葉などない・・・・・・必要ない・・・・・・

レイはシンジの顔から目をそらさなかった。

「・・・ブギーポップさん?」
「何かな?」

レイの問いかけにブギーポップが現れた。

「私が”世界の敵”なら・・・なぜ私を殺さなかったの?そのほうが確実なのに・・・」
「ふむ・・・」

その言葉に周りの皆も凍りつく。
使徒を世界の敵といい、それを排除するのが目的のこの死神にとってはレイも殲滅対象のはずだ。

空気が一瞬で硬く冷え切るのを感じる。
風すらもないのに鳥肌が立った。

「それはシンジ君が願ったからだよ」
「シンジ君が?」
「このまま行けば”世界の敵”になるしかなかった君に道を作るといったんだ。」
「・・・道?」
「そう、選べる道だ。君の場合”世界の敵にならずに生きていける道”、そこからどちらを選ぶかは君の自由だと言っていた。」
「・・・シンジ君」
「もし君が”世界の敵”になっていたら君を殺さなくてはいけなかった。しかし君は今”人として生きる事の出来る道”の上にいる。君がそこから転げ落ちて”世界の敵”になったなら・・・そのときは・・・」

レイはブギーポップの言葉を聞いていなかった。
真っ直ぐに胸に飛び込んで抱きつく。

その背中を優しく撫でるのは”シンジ”の腕・・・・・・
いつの間にかブギーポップは引っ込んでいた。

シンジの胸で泣くレイ・・・・・・
あやすかのように背中を撫でるシンジ・・・

ただそれだけの・・・・・・あたたかくてやさしい話・・・・・・


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.06.30 初版)
(2007.07.14 改訂一版)


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