「さて、そろそろ行くか・・・」

つぶやきと共にベランダに黒い人影が現れた。
月の光がその影を筒のように伸ばす。
漆黒のマントが風をはらむ

視線を上げれば青白い月が見下ろしてくる。

「いい夜だ。」

影は手すりに手をかけ飛び越える。
ここは地上から数階分の高さのある部屋だがまったく迷わない。

自分達を監視している諜報部の人間に見られるような間抜けな事などしない。

人影はそのまま夜色のマントと同じ闇に溶けていった。






天使と死神と福音と

第捌章 外伝 〔運命を切り裂く者〕

presented by 睦月様







第三新東京市の外れにあるゴーストタウン
町の建設時には数多くの労働者が入居していたマンションも都市がほとんど完成し、さらに使徒と言うわけのわからない存在からの疎開によって無人となって久しい。
後に残されたのは取り壊しを待つだけのマンションたちだけだ。

さらに空を月が飾るこんな時間にここにいる理由など誰にもない・・・はずだった。

しかしその人物はいた。
月光の降りそそぐ、マンションに挟まれた猫の額ほどの小さな公園・・・おそらくは入植者の子供たちのために設けられた文字通り子供だましの小さな公園・・・その中心に今夜の訪問者がいた。

顔の半分を前髪に隠した男で中性的な印象の美形だ。
服が男物なので男なのだとわかる。
だが男はなにやらブツブツと呟いていてせっかくの好印象も台無しだ。
ここに誰かいれば不審者と思って係わり合いになるのを避けるだろう。

「本当にくるでしょうか?」
「…カレイドスコープ・・・間違いなく来る・・・」
「しかし、噂としては聞いたことがありましたが本当に”死神”がいるとは・・・」

男は誰かと話しているようだが相手の姿は確認できない。
周りに人が隠れる場所はなく、男の周囲には誰もいないはずなのだが・・・誰かが確実にいる。
誰もいないはずの場所から返事が返ってきているのだ。

「・・・間違いなく・・・いる・・・この町に・・・運命を切り裂く”死神”が・・・」
「しかし・・・それならフォルテッシモに任せるべきではなかったのではないですか?ご命令をいただければ私がそのものを御前に連れてまいりますが?」
「問題ない・・・あの手紙は運命の上にあった・・・そのあたりに捨てたとしても必ず受け取るべき者の手に収まる。そして今夜この場所が・・・我々の運命が交わる唯一の接点・・・」

その時、どこからともなく口笛が響いてきた。
曲名はワーグナーの、ニュルンベルクのマイスタージンガーだ。
オーケストラで奏でられるべき曲が口笛として公園に響き渡る。

「どこからだ・・・」

姿は見えないがカレイドスコープと呼ばれた男は油断なく周囲を警戒しているらしい。
口笛はいまだに続いているが周りのマンションに反響してどこから聞こえてきているのかわからない。

「・・・つながった・・・運命の糸が・・・」
「それは僕の事かい?」

突然にかけられた声に男が振り向くと、そこには筒のようなシルエットをした何かが立っていた。
筒状の帽子で顔の半分を隠しているため顔がわからない。
見えるのは黒いルージュを引いた唇だけだ。

しかも男か女か判別できない淡々とした声に性別もわからない。
その筒のような帽子に隠れていて見えないはずの視線が男を捕らえる。

「こんばんは、良い夜だね・・・”二人とも”」

その言葉に緊張が走る。
カレイドスコープのものだ。
目の前の怪人物は姿の見えない彼のことを認識している。

「そろそろ姿を見せてくれないかい?」

その言葉に反応するかのように空間に光が現れた。
光の粒子はテレビの画像解析力が上がっていくかのように急速に人形を作っていく。
瞬きをする間に第三の人物が現れた。
サングラスをかけた長身の男、縮れた髪をオールバックにしていた。
着ている物はグレーのスーツを着ていて全体の調和の取れた姿だ。
最初からいたようだが視覚に干渉して見えないようにしていたらしい。

カレイドスコープが良く通るバリトンで質問した。

「お前は誰だ!?」
「おや?君達のほうから呼び出しておいてそれはないんじゃないか?」
「なに!?」

ブギーポップはマントの内側から破って中身を確認した封筒を取り出した。
その中身を取り出して二人に見せる。

そこには今日の日付と時間、最後にオキシジェンという署名があった。

「こんな簡潔な手紙を見たのは”二度目”だよ。」

そういうと手紙を投げ捨てる。
そのまま空中の手紙を衝撃波で打ち抜いて消滅させた。

「それで?どちらが僕を呼び出したオキシジェン君なんだい?」
「・・・僕だ」

オキシジェンが一歩前に出る。
カレイドスコープが止めようとしたが完全に無視だ。
オキシジェンは目の前に立つ怪人物しか見ていない。

「フォルテッシモは確かに運命をつないだようだ・・・」
「運命?・・・なるほど、君の能力は”運命のつながりを見る”という事かい?」

ブギーポップの黒い唇の箸が片方つりあがり、言葉がつむがれる。

「”監視者”である”統和機構”の中枢(アクシズ)としてはふさわしい才能だ。」

その言葉にカレイドスコープがサングラスを外す。
目の前の人物の存在を危険と判断したらしい。
殺気が感じられる。

サングラスの下から現れた瞳は左右で色が違った。
右の目が黒、左が澄んだ青の金銀妖眼(ヘテロクロミア)だった。

油断無くブギーポップとの距離をとる。

しかし、飛びかかろうとしたカレイドスコープをオキシジェンが腕を上げて止めた。

「…彼と戦う事は許されない…」
「し、しかし…」

カレイドスコープの警戒した声をオキシジェンは無視した。
黙ってブギーポップと向き合う。

「お礼をいうべきかな?」
「…いや、こちらこそ失礼した…」

そう言ってオキシジェンは頭を下げる。
慌てたのはカレイドスコープだ。
自分のした事で主人に頭を下げさせてしまったのだから、

慌てて主人に習って頭を下げる。

「別に気にしてはいない」
「…いや、こちらから呼び出した以上礼を尽くすべきはこちらにあった…」

オキシジェンは頭を上げて、あらためてブギーポップと向き合う。
どうやらカレイドスコープのことは気にしていないらしい。
二人ともカレイドスコープには一瞥もくれずに相手のほうを向いている。

「そろそろ僕を呼び出した理由を聞かせてくれないか?…そもそもあの手紙は本当に僕宛のものだったのかい?」
「…それは間違い無い…われわれは君を待っていた…」
「世界の裏側を暗躍し、合成人間まで使ってMPLS(特殊能力者)を探し、さまざまなオーバーテクノロジを保有する。統和機構のトップがじきじきに?てっきり嫌われていると思っていたんだけれどな?」
「…君は我々の敵なのか?…」
「僕にはそんな気は無いね、君らの合成人間の中に僕のアンテナに引っかかる奴がいるのと目的が重なる事があるだけで敵でも味方でもない。」
「…目的?…」

オキシジェンの言葉に左右非対称の笑みが浮かんできた。

「君ら統和機構の本当の目的もそうなんじゃないか?…つまり…」

そこで一度言葉を切ったブギーポップは反応が無いのを見て続ける。

「“世界の敵”を始末する事でこの世界のバランスを保とうとしているんじゃないか?なんせ“監視者”だからね」
「くっ」

カレイドスコープがうめいた。
それだけでブギーポップの言葉を肯定したに等しい。
どうやら腹芸は苦手のようだ。

しかし、隣に立つオキシジェンは澄ましたものだ。
別に気にした風でもない。

「…そう言う一面もある…しかし、君を見ると自分たちが意味の無いものに思えてくる…君のように世界の異分子を排除するための存在がれっきとして存在しているのに自分達がいる意味があるのかとね…」
「それは君達の勝手だろう?僕には関係無いね」

ブギーポップはオキシジェンの言葉をばっさりと切り捨てた。
躊躇も憐憫もない。
関係ないことだから。

それに対してオキシジェンも気にしなかった。

「…たしかにそうだな、話しが脱線していた。…」
「では本題を…」
「…君に切ってほしい運命がある…」
「なんだいそりゃ?悪いが僕も忙しい、ご期待に添えそうも無いね」
「…問題は無い、切ってほしい運命とは君が相対している“使徒”と言う存在と無関係ではない…」
「……詳しく聞こう」

ブギーポップも話を聞く気はあるらしい。
その返事にオキシジェンが続ける。

「…今この町に集まっている運命の糸は…切れようとしている…。」
「どう言う意味だい?」
「…この町の運命は世界中に伸びている運命の糸の中心だ。…」

第三新東京市はサードインパクトを防ぐために存在している。
そしてここにはアダムを含めエヴァや第二使徒のリリスまでがいるわけだ。

この場所に運命が集まるのも当然だろう。

「糸が切れているのは使徒のせいかい?」
「…それだけじゃない…」
「それは?」
「…この状態を利用しようとしているやつらがいる…」

オキシジェンは淡々と続ける。
そこから感情を読むのは難しい。

「ゼーレとか言う輩かい?」
「…そうだ…」
「なぜ今まで放っておいた?」
「…つかめなかったのだ。やつらの目的が…かろうじて判ったのはやつらが“人類を進化させようとしている”ことだった…」
「……なるほど、進化を監視する統和機構としては迂闊に手を出せなかったわけだ。その結果合成人間の技術も盗まれたか?」
「…あれは完全なミスだった…」
「それで?ゼーレの本当の目的はなんだい?」
「…判らない…」

オキシジェンは顔色一つ変えずに言い放つ。
あっさりと言い切るあたり本当に知らないのだろう。
しかし、だからといってオキシジェンに悪びれたところはない
別に知らないからと言って後ろめたいわけではないようだ。

「…判っている事はやつらがしようとすることで“運命の糸”が切れてしまうということだ…」
「君の能力が一番の証拠と言うわけか…」
「…そうだ…」

ブギーポップはため息を一つつく

「僕に切ってほしい運命があるといっていたな?」
「…ああ…」
「なにを?」
「…“運命を切るもの”の運命を切ってほしい…」
「生憎と使徒を相手するので忙しい…」
「…かまわない、使徒も“運命を切るもの”には違いない…」
「ゼーレは?残念だがこの町に使徒が来る以上ここから離れる事は出来ない」
「…やつら(ゼーレ)はこちらが担当しよう…」
「助かるね、ではお互いの担当には不干渉という事でいこう。…お礼を言うべきかな?」
「…いや、だが気をつけることだ…」
「なにを?」

ブギーポップの言葉にオキシジェンが笑う
顔の半分が前髪で隠れているためにかなり無気味な笑いだ。

「…ネルフはゼーレの下位組織だ…」
「…そうかい…」

その時一陣の風が吹いて砂埃が舞い上がって3人の姿を隠す。

次に視界がはれたとき、その場所の主役は空に浮かぶ月だけになっていた。
確かにいたはずの3人は気配すらない。

ただ月だけが遥かな過去と同じようにすべてを天上から見下ろしていた。






To be continued...

(2007.06.30 初版)
(2007.07.14 改訂一版)


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