天使と死神と福音と

第玖章 〔激神降臨〕
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presented by 睦月様


「「「「「「昇進おめでとうございます!!」」」」」」
「ありがとう」

【祝 昇進】と書かれたタスキをかけたミサトの顔が引きつる。
恥ずかしい事この上ない。

今日はミサトが昇進したと言うことでパーティーが開かれている。
料理はシンジ達が腕を振るった一級品ばかりだ。

「まあとりあえず一杯」
「え?ああ、すいません」

ミサトのコップにビールを注ぐ凪、酒を飲むのも絵になる二人だ。
まあミサトのほうは長くは持たないだろうが・・・主に酔ってくだをまくからだ。

「へ〜加持さんってそんなにかっこいいんだ」
「そりゃもちろん、ここいる連中とは月とすっぽんよ」

アスカとヒカリがにぎやかに話す声が聞こえる。
今回、ヒカリだけでなくトウジとケンスケも参加していた。

「こら〜うまいわ〜」
「まったくだ!!」

がつがつとかなりの勢いで食料を消費していくトウジとムサシ・・・あるいは大食いで勝負しているのかもしれない。

「もうちょっと味わえよトウジ?」
「そうだよムサシも・・・」

ケンスケとケイタの言葉も食欲魔人の二人には届かなかった。
シンジもまったく同意見だがミサトの手前あえて追求しない。
今日は祝いの席だ。

「シンジ君、この料理おいしいわ」
「良かったね、レイ」
「ええ」

周りの喧騒をよそにマイペースに料理を楽しむシンジとレイ・・・平和だ。

「どうだいマユミの手料理は?」
「はあ、おいしいですが・・・」
「ん?何か不満でもあるのかね?」
「・・・なんであんたがここにいる?」

シンジは目の前でくつろいで料理に箸をつけている山岸を半眼で見る。
今日のパーティーはいつものメンバーに加えてさらに二人増えていた。

山岸親子だ。

「ご近所さんとのスキンシップじゃないか」

そう、時田の世話した山岸親子の家というのはシンジ達と同じマンションだった。
士官用のマンションなので当然と言えば当然なのだがマユミが大喜びだったのはいうまでも無い。

「いきなり引越しの挨拶と同時にパーティーに参加するとは思いませんでした。」
「ノ〜プロブレム、親しき事はよきかなだよシンジ君、そのおかげでマユミの料理が食卓にあるのだから」

シンジが話していると台所からマユミが追加料理を持って出てきた。
パーティーの事を聞いたマユミが自分も手伝うと言ってくれたのだ。
さすがにこの人数分の料理は量的にシンジ達の手に余る。
手数は多いに越したことはない。

「お味はどうでした?」
「え?ああ、結構なお手前で」
「そう言ってもらえると嬉しいです」

父との二人暮しだったため食事を含めた家事はマユミの仕事だった。
ゆえにそのレベルもシンジと同じくらい高い。

赤くなって喜ぶマユミ・・・いまだ日本人の恥じらいの精神は受け継がれているようだ。
すばらしきかな控えめな日本女性
そんな二人のやり取りを見たミサトの目が光る。

「あっら〜二人ともアットホームな空気作り出しちゃって〜新婚さんみたいよ?」
「え?そんな・・・」

ミサトのからかいに赤くなるマユミ、純粋な子だ。
しかし隣のシンジは澄ましたもので

「そういうミサトさんはいつ新婚さんになるんですか?」
「え?あ、あたし!?う〜ん相手がいないしね〜」
「加持さんなんかどうです?」
「え?な〜んでそこに加持が出てくんのよ!?」
「い〜え、べっつに〜」

多分に含みのある笑みを浮かべるシンジは逆にミサトをからかうほど大人だ。

ピンポーン

その時、玄関のチャイムが鳴った。

「は〜い」

シンジが玄関を開けるとそこにいたのは加持とリツコだった。
うわさをすれば影である。

「ちょうどそこで一緒になってね」
「誘ってくれてありがとう」
「「あやしい〜わね」」

ミサトとアスカの言葉に苦笑しながら二人はパーティーに参加した。

「でもこんなにネルフの重要人物を集めちゃったらテロとか大変よね〜」
「司令と副司令がいれば完璧だね」

ミサトの言葉に山岸が返答した瞬間、空気が緊張した。
ここにいるみんなはトウジ達と山岸以外シンジと司令の関係を知っている。
なかでも直接シンジの記憶を見たことのあるマユミはあからさまに不快そうだ。

ミサトは最低限のことしか知らないがそれでも二人の関係は最悪だとおもっている
特にゲンドウサイドに問題があることは明らかだ。

当事者のシンジは我関せずと言う感じで食事を続けていた。

山岸はそんな周囲の変化に気づかず話を続ける。

「そういえば司令と副司令がそろって日本を離れているようだが知ってるかね?」
「え?いいえ、初めて聞きましたよ?ミサトさんは知ってました?」
「そういえばそんなことリツコが言ってたわよね?」
「あなた、また聞いてなかったわね?」

どうやらミサトもあまり真剣に聞いていなかったらしい。

まあ実際問題として使徒を迎撃する事が本分のネルフにおいて司令と副司令というのは外交がその主な目的である。
それゆえに本部にいないことも多い
二人そろっていないというのは稀ではあるがいないこと事態は珍しくはないのだ。

シンジが不思議そうに山岸に質問した。

「二人そろって離れるなんて何か重要な会議でもあるんですかね?」
「いや、それが行き先の方が珍しくてね、会議目的じゃないのは間違いない。しかしあんなところに何をしに行くんだか気になってね」
「どこなんですか?」
「ふむ・・・」

山岸は少し考えたあと・・・

「南極だよ」

その一言にミサトが息を呑む

「・・・南極ですか」

それはセカンドインパクトの中心地・・・
世界の大半の命を奪い去った地獄の発生地・・・
今では大陸そのものが消滅し、赤い海があるといわれる場所・・・

そしてミサトの父親が死んだ場所・・・

(何しに行ったんだあの人?)
(さあね、しかし何かあるんだろうね、わざわざ自分から出向かないといけない何かが・・・)
(それはつまりセカンドインパクトのときあそこにいた・・・)

シンジはチラッとミサトを見た。

(葛城博士とそのスタッフがあそこに持ち込んだ何かって事ですよね?)
(多分ね、おそらくセカンドインパクトとも無関係じゃあるまい)
(それがあの場所にまだあるという事を知ってるって事は関係者しか知らないはず・・・)
(その通り、つまりセカンドインパクトを仕組んだのか・・・少なくともゼーレとかいう連中はそれに関わっているということになる。)
(・・・まったく・・・ろくな事しないな)

物思いに沈んでいるシンジに凪が声をかけた。
陽気な口調で何気ない風を装って聞く。

「シンジ?」
「あ、はいなんですか?」
「お前はどう思う?」
「どうって・・・」
「司令と副司令は何しに南極に行ったんだろうな?観光か?」

とぼけた口調だったが凪の目は笑っていなかった。
内心で意見を求めている。

「そうですね・・・」

一旦考えるようにシンジは顔を伏せる。

「おそらく・・・」

シンジの声に自動的な響きが混じる。
ミサトと山岸、そしてトウジ達以外はシンジの変化の理由に気づいた。

「何か落し物でも拾いに行ったのかもよ?」
「おとしもの?」

顔を上げたシンジの口元は片方だけ上がっていた。

「・・・神様の落し物を探しに行ったのかもしれない」

一同を見回したシンジの片方の目は細められていた。

「「・・・」」

その視線と言葉に・・・ゲンドウ達の事情を知っている加持とリツコは息を呑んだ。

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「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極・・・」

船の甲板でつぶやいた冬月の顔には表情がなかった。
隣にはゲンドウが立っている。

「・・・いや、地獄と言うべきかな」
「だが、我々は人類はここに立っている。生物として、生きたままだ」

冬月の隣に立ったゲンドウが答えた。
サングラス越しにじっと船の進行方向を見ている。

「科学の力で守られているからな」
「科学は、人の力だよ」
「その傲慢が15年前の悲劇、セカンド・インパクトを引き起こしたのだ」

今二人がいるのは空母の端だ。
空母の飛行甲板には棒状の物体がシートにくるまれて置かれている。
今回の目的の品だ。
これのためにわざわざ南極まで来た。

「結果、このありさまだ。与えられた罰にしてはあまりに大きすぎる。・・・まさに死海そのものだよ」
「だが、原罪に汚れなき、浄化された世界だ」
「俺は、罪にまみれても、人が生きている世界を望むよ」

二人の眼前には血のように赤い海が広がっている。
セカンドインパクトから14年も経つのにこの南極の風景は何一つ変わりはしない。

赤い海に塩の柱が立つだけだ。

「委員会は終わったのか?」
「ああ・・・」
「?・・・何かあったのか?」
「・・・シンジの資料を要求してきた。」
「なに?」

冬月は軽く驚いて隣のゲンドウを見た。
相変わらずサングラスをしていて表情が読めない。

「それでどうしたのだ?」
「こちらにある資料のすべてをくれてやった。」
「・・・よかったのか?」
「かまわん、どっちにしろあの資料には彼らの求める答えはない」
「わしらにとってもな・・・」
「・・・・・・」

ゲンドウは顔をしかめた。

たしかにゼーレに渡した資料は当のシンジも知らないであろう事まで詳細に載っていた。
しかし、ゲンドウたちもゼーレもそんなことを知りたいわけではない。

彼らが知りたいのは【シンジの本当の過去】なのだ。
すなわち・・・

どこであれほどの戦闘技術を学んだのか?
なぜ初搭乗からシンクロ率の最高をたたき出しそれを維持できるのか?
あの戦場における冷静さはなんなのか?
どんな経験をすればあれほどの精神的な強さを手に入れられるのか?
・・・・・・etc

言い出せばきりがない。

「彼らとて納得はすまい?」
「ああ、かなり疑っているようだがこちらにもあれ以上の資料はない。」
「事実だとしても彼らを刺激するのは良くないとおもうが・・・」
「ありもしない事実をでっち上げるわけにも行くまい?」
「まあな・・・」

冬月はため息をついた。
確かにその場限りの言い訳が通じる連中じゃない。
むしろばれたときにいいわけが効かなくなる分マイナスだ。

「・・・何者なんだろうな彼は?」
「・・・・・・」

ゲンドウは答えなかった。
その答えはゲンドウの中にはない。
もちろん冬月の中にも・・・

『本部より入電!!』
「ん?」

艦の放送に冬月が反応した。
ゲンドウはじっと前を見たまま・・・驚くには値しないのだろう。

『使徒出現!!』

二人はその報告に特に反応しなかった。
この時期の使徒の襲来はすでにわかっていたことだ。

「来たか・・・」
「ああ・・・」

ゲンドウは内心どうだか知らないが冬月はまったく心配していなかった。

自分達が第三に残っていたとしてもできる事がないのはわかっている。
作戦はミサト、エヴァに関してはリツコという優秀なスタッフがいる。
ふんぞり返っている司令官など置物と変わらない。

しかしそれ以上に・・・・・・シンジがいる。

彼は自分達にとって味方かどうかすらわからない存在だ。
しかし信頼は出来る。
その強さも・・・気高さも・・・

少なくとも彼は"人類"の敵ではないのは間違いない。

「ふっ」

冬月は苦笑した。

「?・・・どうかしたか?」
「いや・・・」

だとしたら自分とゲンドウは"人類"の敵かもしれないと考えてしまったのだ。

(もしそうなら・・・間違いなくシンジ君は我々の敵だな・・・)

冬月のつぶやきは口から漏れることはなかった。

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「32分前に突然現れました」

端末を操作しながら日向がミサトに報告した。
ミサトは黙ってうなづく。

「第6サーチ衛星軌道上へ」
「接触まで、あと2分」
「目標を映像で補足」

青葉の言葉と共にモニターに映像が出た。

「・・・こりゃ、凄い」
「常識を疑うわね・・・。」

日向とミサトがうめく

そこに映ったのはアメーバのように広がった体とその中心に巨大な一つ目を持つ第十の使徒【サハクィエル】だった。

「目標と接触します。」

二台の衛星が間にサハクィエルをはさむかたちで移動していく。
両方から電磁波を発生させてサハクィエルの体をレントゲンのようにスキャンするためだ。

「サーチ、スタート」
「データー送信開始します。」
「受信確認」

しかし、衛星がサハクィエルをスキャンしようとした瞬間に何かの力が衛星を握りつぶした。
本部モニターにはサンドストームがはしる。

「ATフィールド?」
「・・・新しい使い方ね」

ミサトとリツコは眉をしかめるがそれだけだ。
この程度の応用など珍しくも無い。
身近にはシンジと言う異例がいるのだ。

「使徒が現れたんですって!!」

アスカが発令所に怒鳴り込んできた。

「アスカ?」
「使徒はどこよ!?」
「あそこ」

リツコがアスカに答えて指差した方向にはモニターに映るサハクィエルがあった。
さすがのアスカも唖然とする。

「な、何なのよこれ!?」
「だから使徒よ」

アスカは二の句が告げなかった。
それも仕方がない。
モニターを信じるならサハクィエルは宇宙にいる。

「これはすごいですね〜」

シンジがアスカの入ってきたのと同じ扉から入ってきた。
隣にはレイもいる。

「シンジ君とレイも来たの?」
「使徒が出たって聞いたらこないわけにもいかないでしょ?」

そう言ってシンジはモニターに視線を戻す。

「せっかく来てもらったけれどまだあちらさんに動きが無いの、衛星軌道にいるからすぐにどうこうってわけじゃあないようだわ」
「…そうですか、ちょっとはやく来すぎましたね」

のんきな事を言うシンジだが視線は真剣だ。

(まずいね…)
(はい…)

シンジの表情は笑っていたがミサト達より遥かに現状の危険性を感じていた。

まず第一条件として考えなければいけないのが"エヴァは基本的に接近戦をするための物"という事だ。
使徒に対してはATフィールドがある以上、通常の攻撃は意味を持たないという大前提がある。
そのために使徒のコピーであるエヴァがあるのだ。

今回の使徒は衛星軌道上にいる・・・中和は不可能・・・

(この場合取れる作戦は2つ)
(狙撃か接近戦ですね?)
(そう、しかし狙撃はATフィールドがあるからまず無理、接近戦はこれも2つの方法がある)
(?・・・どういうことですか?)
(つまり行くか待つかだね)
(何ですかそれは?)
(つまり君の乗った初号機をミサイルにでもくくりつけて使徒のいるところまで飛ばす)
(却下でしょ!!)

ブギーポップは相変わらずのマイペースな口調でとんでもない事を言う。

(まあね、どの道戻ってくる事は出来ないからこれも無理と・・)
(・・・もう一つの案は?)
(まあ、あの使徒もいつまでも浮いているわけには行かないだろうからアダムと接触するために降りて来る、その時仕留める。)
(それでいいんじゃないですか?)

シンジはとりあえず前時代的な神風特攻をしなくて済みそうなので胸をなでおろした。
はっきり言ってそう言う自己犠牲の精神は持ち合わせていない。

(ところがこれも簡単じゃない)
(え?)
(考えてみてほしい。あの大きさが衛星軌道上から隕石みたいにダイブしてくるんだ。その威力は想像も出来ないね)
(・・・文字通りのメテオストライク(隕石落し)ですか・・・厄介な・・・)

シンジがブギーポップと話している間にいつの間にかリツコの説明が終わった。
難しい説明があったようだが、結論として現状維持・・・ほかに方法はない。

「とにかく今すぐどうこうってわけじゃないようだから休んでいて」
「「「了解」」」

シンジ達はミサト達に挨拶すると発令所を出ていく。
今のままではどうしようもないと言うのが全員の総意だ。
なら英気を養っておくのも作戦のうちだろう。

「どうだった?」
「うん、いますぐ使徒が来るってわけじゃないみたい。

発令所を出たところで待っていたマナ達にアスカが答えた。
てっきりこれから戦闘だと思っていたマナが拍子抜けした顔になる。

「そうなの?」
「そうよ、心配してくれてありがと」

アスカの言葉にほっと胸をなでおろすマナ、しかしこの中でシンジだけは浮かない顔だ。
そんなシンジを横目に見ていたレイが話し掛ける。

「シンジ君、どうかしたの?」
「え?」
「さっきからなにか考え込んでいる…」

シンジは苦笑するしかなかった。

(何でレイってこんなに勘が鋭いんだろ…)
(純粋だからだよ)

レイの頭に手をおいて撫でながらシンジは笑いかけた。

「大丈夫だよ」
「そう・・・」

ただそれだけの短い会話だった。
しかしレイはシンジの緊張を感じ取っている。

(・・・私はシンジ君の緊張を解くことさえ出来ない)

レイは自分の無力さが悲しかった。

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結局シンジ達の懸念は6時間後に現実のものとなった。
サハクィエルが自分の体の一部を切り離して打ち出したのだ 。
それは大気圏に入っても燃え尽きる事はなく地上に打ち込まれた。

「大した破壊力ね。さすがATフィールド」

モニターに映る光景を見てうんざりした顔になる。
その光景はある意味圧倒的だった。
サハクィエルの一部が落下した地点はクレーターになっている。
かなりの大きさだ。

「落下のエネルギーをも利用しています。使徒そのものが爆弾のみたいな物ですね」
「取りあえず、初弾はインド洋に大外れ。で、2時間後は南シナ海、あとは確実に誤差修正しているわ」

マヤとリツコが言う様に、周囲に多大に被害を与えながら、何かを目指したように着弾位置が直線で結ばれる。
最後の一撃はきっちり地面に命中し、大地を砕いていた。

「学習しているって事か・・・」

ミサトのつぶやきは状況のまずさを意味していた。
一撃の破壊力だけを見ればあのラミエルより上かもしれない。

「N2航空爆雷も効果有りません」

日向の報告とN2に攻撃されるサハクィエルが映るが案の定ATフィールドにさえぎられて意味がない。
フィールドをまとって武器にする特性がある以上効くはずがない。

「以後、使徒の消息は不明です」

青葉の報告で情報は打ち止めになった。

「・・・来るわね、多分」
「次は、ここに本体ごとね」
「その時は第3芦ノ湖の誕生かしら?」
「富士五湖が1つになって、太平洋とつながるわ。・・・本部ごとね」

ミサトもリツコも苦笑するしかない。
冬月がいれば地図を書きなおさなければならんとでも言うのだろうか?
笑えないブラックジョークだ。

「青葉君、司令は?」
「使徒の放つ強力なジャミングの為、連絡不能です」
「日向君、使徒の到着予定時刻は?」
「今までの経緯から予想すると、本日11:00です」
「マヤちゃん、MAGIの判断は?」
「全会一致で撤退を推奨をしています」

考え込んだミサトにリツコが話しかけた。
今現在ネルフの最高責任者は彼女だ。
その決定には従う義務がある。

「・・・どうするの?今の責任者はあなたよ?」

ミサトはさらにしばらく考えた後、顔を上げて指示を出す。

「日本政府各省に通達。07:00をもってネルフ権限における特別宣言D−17、半径50キロ以内の全市民は避難・・・松代には、MAGIのバックアップを頼んで」
「ここを放棄するんですか?」

ミサトの言葉に日向が疑問の声を上げた。
D−17とは本部の放棄を意味する。
主に本部の自爆などの前に避難指令として使われるコードだ。

「いいえ・・・ただ、みんなで危ない橋を渡る事はないわ・・・」

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「本当にやるの?」

リツコがトイレの洗面台で手を洗っているミサトに話しかけた。
その顔は呆れている。

「ええ、そうよ」

二人とも顔をあわせずに会話する。
ミサトは化粧を直すためにコンパクトを取り出した。
その鏡に自分の瞳が写る・・・決意がこもった眼差しだ。

「あなたの勝手な判断でエヴァを3機とも捨てる気?勝算は0.000001%、万に一つも無いのよ?」

コンパクトを閉じながらミサトはリツコを見た。

「ゼロでは無いわ・・・。エヴァに賭けるだけよ」
「葛城三佐っ!!」

リツコは激昂してミサトを役職付で呼ぶ。
個人ではなく組織の幹部としての会話に切り替わった。

「現責任者は私ですっ!!」

ミサトも負けないくらいの大声で答える。
二人とも視線がきつい

「やる事はやっときたいの・・・使徒殲滅は私の仕事です。」
「仕事?笑わせるわね、自分の為でしょ?あなたの使徒への復讐は・・・。」

リツコの言葉にミサトが一瞬呆ける。
意外なことをいわれたと言う感じだ。

「・・・なによ?」
「え?・・・ああ、それもあったわね・・・」
「・・・は?」

思いもよらない言葉に今度はリツコが逆に呆ける。

「忘れてたって訳じゃあないのよ?ただ私が戦うのは復讐のためだけじゃないって言うか・・・」
「ど、どういうこと?」
「う〜んこんな事言うの恥ずかしいんだけれど〜」
「さっさと言いなさい!!」
「怒鳴らなくてもいいでしょ!!とにかく私は復讐以外にも戦う理由があんのよ」
「それって・・・」

すこし考えればいくらでも出てくる。
目の前の親友が守りたいものなどこの町にたくさんあるのだ。

それもこの半年くらいのうちに急激に増えたはず。

「・・・まあいいわ」
「そう?」
「でもあの子達が反対したらどうするの?」
「そんときは尻尾巻いて逃げるわ」

あっさりと言い切るミサトには苦笑するしかない。
そこまで言い切られれば何も言えないではないか。

「さって、そろそろ行きますか」
「ミサト・・・一つだけ聞かせて・・・」
「なに?」
「あなたがこの作戦を考えたとき、シンジ君のウエイトはどのくらいあったの?」
「・・・聞きたい?」

もはや聞くまでもない
ミサトの顔は盛大に引きつっている。
シンジというファクターがなければこんなふざけてるとしか言えない作戦・・・立案すらしなかったという顔だ。

「・・・・・・もういいわ・・・」
「他に方法がなかったしね」

ミサトとリツコは親友同士の顔に戻ると笑いあいながらトイレを出て行った。






To be continued...

(2007.07.14 初版)
(2007.10.06 改訂一版)


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