天使と死神と福音と

第拾章 〔招かれざる神入者〕
U

presented by 睦月様


ビービー

「どうしたのっ!?」

いきなりの警報にリツコが状況を聞く。
それに答えるように次々に各所から報告が来た。

『シグマユニットに汚染警報発令!!』
『第87タンパク壁が劣化!!発熱しています!!!』
『第6パイプに異常発生!!』

次々にもたらされる報告はどれも良くない状況を示している。
原因は分からないが異常なことが起きているのはすぐに知れた。

問題はなにが起こっているかだが・・・

「タンパク壁の浸食部が増殖しています!!爆発的スピードです!!!」
「実験中止っ!!第六パイプを緊急閉鎖っ!!!」
「はいっ!!」

リツコの指示でマヤがキーボードを操作すると隔壁が閉じていく。

『60、38、39、閉鎖されました!!』
『6の42に浸食が発生!!』
「ダメです!!浸食は壁伝いに侵攻しています!!!」
「ポリソーム用意!!レーザー出力最大!!!侵入と同時に発射!!!!」

LCLの水中を移動するロボットが隔壁の前に集中した。
搭載されたレーザーが壁のシミに対して一斉に照射される。

「浸食部6の58に到達っ!!来ますっ!!!」
『マヤさん!!』

通信機からシンジの叫びが届く。
おもわず全員の視線がモニターの中のシンジに集まった。

「なに?シンジ君?」
『なんかやばい!!ぼく達を外に出してください!!』
「わ、わかったわ!!」

ネルフにおける不文律
その一つに“戦闘中のシンジには逆らっては行けない“というものがある。

本来なら作戦部辺りの仕事のような気もするが能力、状況判断においてシンジの判断が戦局を左右するのは珍しくない。
シンジの判断を無視して使徒殲滅に失敗・・・その可能性を考慮しないわけには行かないほどにシンジの影響力は大きい
それはミサトでも逆らえない暗黙の了解だ。

しかしそれ以上に戦闘中のシンジは中学生とは思えないほどの意思の強さを見せる。
その威圧感は通信機越しでも拒否を許さないほど強烈だ。

そしてシンジは今戦闘中の顔をしている。
逆らえるものはいなかった。

バシュン
  バシュン
    バシュン


シンジ達のエントリープラグが射出された直後に模擬体はイロウルに侵食された。

---------------------------------------------------------------

とあるシェルター
その薄暗い中に10人の男女がいた。
ただし人間の基準から男女に見えると言うだけで中身は少々どころかかなりかけ離れたものだが…

「……以上が指令だ。」

一人の男がこれから行う行動の説明をした。
10人はそれぞれまったく違う格好をしている。

サラリーマンのようなスーツ姿の人物もいればストリートファッションの人物もいる。
年齢的にも初老や小学生のような子まで多種多様だ。

「そのガキを捕まえるためだけにこの人数をそろえたのか?」

小学生のような男の子が不満そうにしゃべった。
かなり生意気そうで不満を顔中に貼り付けている。
少年一人さらう為に呼び出されたことが相当に気に食わないらしい。

「アンタのほうがこどもでしょ?」

一人の女性がバカにしたような口調で男の子を見る。
おそらく二十歳くらいだろう。
OLのように女性物のスーツをびしっと言う感じに着こなしているが性格はかなり歪んでいるようだ。

「言ってろよ。アンタから見りゃあ誰でも若いだろうさ」
「…女相手に年の事話すなんざ教育がなってないね〜」
「女と思ってねか〜らな」
「言ってくれる…」

剣呑な雰囲気が立ちこめる。
二人は一瞬即発状態で構えた。

「悪いが後にしろ…」

最初に作戦の内容を話した男が仲裁する。
どうやらこの男がまとめ役らしい。
こんなことで作戦に問題を起こすわけには行かないのだろう。


「今回の作戦は目標の人物の確保だけが目的ではある。しかし、今回の作戦には第三者が介入する可能性がある。」

その言葉に全員が緊張したが、それでもまだ余裕の空気が全員の間に漂っている。
彼らにとって”普通の人間”などいくら数をそろえようと意味など無い。

「だれだい?俺達ゼーレにさからおうってやつらは?」
「…統和機構だ…」
「「「「「「「「「うっ」」」」」」」」」

全員がうめく

その名はこの世界にかかわっているもので知らないものはいない
存在意義や目的も不明な危険と恐怖の代名詞…

「な、なんでやつらがでてくんだよ!!そのガキがかかわってんのか!?」
「…不明だ。今だ可能性の域を出てない」

男はいったん間を置いてため息をつく。
情報が全員に理解されるまで数秒の間を空けて続けた。

「…情報は以上だ。今回の作戦は“碇シンジの身柄の確保、及びその時点で邪魔になる障害の排除”も含まれている。ただしその障害がこの写真の二人である場合はなるべく無傷で無力化しろ」

そう言って見せた写真はレイとアスカの写真だった。

「お互いの呼び名はどうする?」
「どうせこの場限りの即席チームだ。番号でいいだろ?」
「…そうだな」

そう言うとそれぞれ【ONE】〜【TEN】の番号を割り振ると10人はシェルターを出ていった。

---------------------------------------------------------------

バシュ!!

ネルフ本部近くにある人造湖・・・風も無いジオフロントの湖の水は澄んでいて周囲の景色を反射している。

そんな鏡のような湖面に波紋が立った。
次の瞬間には湖から何かが突き上げられるようにして浮上して来た。 
水面をわっていきなり飛び出してきたのはエントリープラグ…数は3

「うわ!!」

いきなり体にかかっていた圧力の方向が変わってシンジが驚いた声を出す。
程なく外から盛大な水音が響くと共に水平になって落ち着いた。

「背中のほうにはしるジェットコースターって心臓によくないな…」
(余裕だね)
「べつにそんなんじゃ…」

シンジがしゃべってる途中に通信が入った。
サウンドオンリーの表示と共に聞きなれた声が届く。

『くぅおら!!シンジ!!!』
『シンジ君、大丈夫?』

アスカとレイだ。
二人とも無事らしい。
特にアスカは悪態をつけるぐらい元気だ。
これだけ元気なら怪我の心配はないだろう。

「こっちはなんとかね、そっちは?」
『私は無事…』
『こっちもなんともないわ…それよりアンタがこんな事するってのは…』

シンジは発令所に通信がつながってない事を確認した。
今はまだ知られるわけには行かない。

「使徒だよ。ブギーさんのお墨付き」
『やっぱりそういうことなのね…』
『シンジ君、エヴァのところにかないと…』
「それはもう少し様子を見よう」
『な、なんでよ!!』
「まさか裸で外を走るつもりか?それにぼく達の力が必要ならすぐに乗りこめるようにエヴァを近くに出すはずだ。行き違いになるとまずい。」
『う…』
「レイも外に出ちゃダメだよ?」
『…わかったわ』

妙な間のある返事だった。
どうやらレイはシンジが注意しなかったら本当に外に出る気だったらしい。
シンジはため息をつくしかなかった。
こう言った女の子の気の使い方を教えてくれる見本がまったくいない。
ミサトはもちろんアスカもそのあたり不安がある
なぜかと言うのは追求しないが…シンジは今だにミサトの家をときどき掃除している。
あの家には女性が三人同居しているはずなのだが……なぜ?

「…って何で男のぼくが女の子の母親のような事にまで気を回さないといけないんだ?」
『ん?シンジ?なんか言った?』
「いやなんにも…」
『そう?独り言はほかの人に見られたら変人と思われるわよ?』
「…ご忠告有難う」

悩みの元凶に言われても困るとシンジは思った。

30分経過…

「っということは今回の使徒は擬態していたんですか?」
(たぶんね、自然界には時々死んだふりをして身を守る奴がいる)
「今回の使徒もそれだと?」
(あるいは種に近いかもしれないな、とにかくそんな状態で本部に侵入したんだよ)
「手を変え品を変え…よくやる…」

シンジの悪態に合わせるかのように通信が繋がって声が聞こえた。

『ちょとシンジどうにかしなさい!!』

この怒声の主は確認するまでもない・・・アスカだ
じっとしているのにも飽きたのだろう。

「どうにかって言われてもな…」
『大体保安部は何してんのよ!!』
「待機してるんでしょ」

30分経っても自分達を回収に来ないのはおそらくその類の命令が降りてないからだろう。
国際公務員といっても宮仕え・・・命令されなかったという事ならいくらでも言い訳がきくが・・・

『シンジ君?』
「レイ?どうかしたの?」
『なんで使徒が来ているのに私達を回収しないのかしら?』
「いいところに気づいたね。あとで頭を撫でてあげよう」
『・・・・・・』

なぜかレイが黙る
モニターが使えていたなら耳まで赤くなって照れてるレイというレアなものが見れたのだが・・・惜しい事だ。

『・・・なにのろけてんのよ』
「アスカも撫でてあげようか?」
『・・・子ども扱いしないでよ!!』
「今の間はなんだ?」
『うっさい!!』

シンジは笑いながら自分の予想を話す。

「多分今回の使徒はぼく達ぬきでも殲滅の方法があるとふんだんじゃないかな?」
『なんですって!!エヴァなしにどうやって使徒を倒すっていうのよ!!』
「さあね、でもその可能性がないなら真っ先にぼく達を回収してエヴァに乗せようとするさ。それをしない、いや出来ないのかな?とにかくそれどころじゃないんだよきっと」
『・・・そんな』

アスカが黙ったので代わりにレイが話し出す。

『でもなんで保安部が来ないの?』
「命令が出てないんでしょ?お役所仕事は相変わらずだな・・・」
『命令が出てない?』
「たぶんミサトさんとリツコさんは使徒にかかりっきりになってるんだろうからこれは無理、同様にそれをサポートしているオペレーターも手が離せないはずだ。だとしたらこの状況で階級だけは高いくせに戦闘で無能な司令と副司令は何してるか?おそらくあの高いところにある司令専用席でそんな忙しく走り回ってるのを見下ろしているに決まっている・・・さて、誰がぼく達の回収を指示するんだい?」
『『・・・・・・』』

シンジの予想に二人も納得する。
その状況が見えるようだ。


カン!


「ん?」

エントリープラグの上部ハッチの部分から何かを叩く音が聞こえた。
明らかに気のせいじゃないのは何度も叩かれる音で分かる。

『どうかしたのシンジ?』
「誰かいるみたいだ」
『え?まさか保安部?』
「そりゃないとおもうけれどね」

シンジはLCLを泳いでハッチに近づく
ハッチの目の前まで来たところで外に問いかけた。

「誰かいるんですか?」
「シンジか?」
「凪さん?」

意外な人物の声にシンジは驚く。
ここに来ることなど考えもしなかった人物だ。

「なんでここにいるんですか?」
「話は後だ。ここを開けてくれ」
「え?あ〜ちょっと今裸なんですけれど・・・」
「フフ、心配するな、ちゃんと着替えも持ってきている。」
「なんですかその用意のよさは?」

かなり疑問だったがシンジは凪の言う通りハッチをあけた。

次の瞬間、誰かの手がLCLにつきこまれて目の前に現れる。
シンジはその手をとって引き上げてもらう。

「助かりましたよ凪さ・・・」

シンジの言葉途中で止まった。

二人の視線が”眼鏡越し”に交差する。
目の前でシンジの手を取って引き上げているのは凪ではなかった。

凪がここにいるのも意外だがそれ以上になぜマユミがここにいるのかも同じくらい意外だ。

マユミの顔がシンジの裸の体を見て徐々に赤くなる。
さらに視線が頭、胸、腹の順で下がっていって・・・

シンジはその意味に気づいてフリーズしていた頭を強制的にリセット・・・何か言おうとしたが・・・

バチィィィィィィィィィィィ

問答無用の張り手に飛ばされて湖に落ちた。

これが新たなるマユミの必殺技”エッチなのはいけませんビンタ!!”その威力はシンジを湖に飛ばすほど・・・

ここで皆が忘れているであろう事実を一つ・・・


[シンジに泳ぎのスキルはない]


カナヅチを湖に放り込めばどうなるか?
答えは簡単、後は沈むのみ・・・

しかし・・・何気なくシンジは気絶してたりするもんだからいい感じに体の力が抜けてくらげみたいに浮いていたりする。

「・・・山岸?」
「し、しょうがないじゃないですか!!不可抗力です!!!」
「不可抗力・・・なのか?」

マユミの横で凪は気の毒そうな表情でぷかぷか浮いているシンジを見る。
いいかげん助けないとあのまま窒息か目が覚めておぼれてしまうだろう。

凪は一度ため息をついて湖に飛び込んだ。

ちなみにこういう場合の救助方法は体を仰向けにして頭の部分を抱えて沈まないように岸まで連れて行くのが一般的だ。
この場合は凪たちが乗ってきたボートがある。

ぶっちゃけるとそこまでは体の前面が水面から見えるということでシンジがさらしものになるということでもある。
ギャラリーが凪とマユミだけだったのは幸か不幸か・・・

蛇足だがマユミはそっぽを向きながらちらちらシンジを見ていたりした。

---------------------------------------------------------------

「使徒が本部のMAGIにハッキングして自爆させようとしてる!?」

凪から本部の事情を聞いたアスカが叫んだ。
目の前に立つ凪はいつものように黒いライダースーツのようなつなぎを着ている。
隣のマユミはいつものように学生服だ。

「らしいな」
「で、でもなんで先生がそんな事を知ってるんですか?」
「霧島から聞いた。」
「マナから?」
「あいつら本部の中にいたらしい、そこで使徒が現れたんだそうだ。MAGIをハッキングされていていくつかの隔壁が開かない状態らしいな、自分たちが身動き取れないもんだから携帯を使って助けを求めてきた。」
「そうですか…」

凪とマユミによって助けられた3人は湖の岸辺に集まっている。
アスカ達は凪が持参したジャージを着ていた。
量販店で急いで買ってきたものだから学校ジャージのように特徴の無い大量生産品だが、この際格好を気にしていられる状況ではない。

「とにかく今本部のほうでは赤木さんを先頭に細菌型の使徒に自滅プログラムを流し込むように作業中だ。」
「で、できるんですかそんなこと?」
「わからん、本人は可能性はゼロじゃないみたいに言っていたらしいが…」

凪の言葉にアスカがうんざりした顔になる。
そういう類の言葉に信用がないのは今までの作戦などを考えれば分かりやすい。
はっきり行って希望的観測レベルだ。

「ネルフのその手の単語は信じないほうがいいですよ。一億分の一の確率でもゼロじゃないって言い張りますから…」
「他に方法がないらしいんでな、エヴァはあの司令の指示で地上に射出されているらしいが…」

それを聞いたアスカの顔に苦いものが走ると同時に安堵した。
シンジの言った事は正しかったのだ。
もしシンジの言う事を聞かなかったら恥ずかしい思いをした上に入れ違いになるところだ・・・そうなったら最悪だっただろう。

「そもそもエヴァの巨体で本部に入っていくわけにもいかないだろう?」
「それはそうですが…ところでシンジはどうしたんですか?」

アスカの言葉に全員の視線が一点に集まる。
そこには岸辺に体育座りして遠くを見つめる気の抜けたシンジがいた。
その後姿を見る凪の視線は気の毒そうだ。

「…あんまり突っ込んでやるな、ちょっとショックな事があってな…」

凪の言葉に隣に並んでいたマユミの顔が赤くなる。

「ショックな事?シンジ君は怪我したんですか?」

レイのシンジを心配する言葉にどう答えたものか凪は苦笑するしかない。
まともに答えていいものでもないし・・・

「…まあ傷ついてはいるだろうな…男のプライドとか矜持とか…」
「「はあ?」」

凪のぼかした言葉に二人が分けがわからないと言う顔をした。

しかし事実を言うのはなんと言うか…シンジがあまりにもかわいそうだ。
油断していたとは言え女の子に一発でのされて見られたなんぞ…男として立直れないかも知れない。

「シ、シンジ君?」

原因の中心のマユミが大胆にもシンジに話し掛けた。
意外と強心臓な子だ。

しかし当のシンジは肩をビクッと跳ねさせたりしたのではあるが…怯えている?

マユミが差し出したのはいつもシンジの持っているスポーツバック
中身はもちろんブギーポップのマントだ。

「…わるいね」
「いえ、あれ?」
「ああ、すまない。シンジ君はさっき中の方に潜ってしまったよ。そうとう恥ずかしかったらしい」
「そ、そうなんですか…」

自分が事の元凶だけにマユミはあらぬ方向をむいて引きつった笑みを浮かべるしかない。
背中には冷や汗がつたっている。

「まあ、彼もあれで思春期真っ盛りの中学生だからね…トラウマにならないか心配だ。」
「は、はいそうですね…」
「後で一応その辺りの記憶を消しといてくれないかい?」
「よ!よろこんで!!」

やけに気合の入った返事にアスカとレイが何をしたんだろうといぶかしげにマユミを見た。
あのマユミがシンジに強烈なダメージを与えるなどただ事ではあるまい。

しかし何かを聞く前に気を効かせた凪が話題を振る。

「そういえばどうするんだ?お前一人ならネルフ本部に入れるだろ?そのためにマントなんかも持ってきたんだが?」
「…流石に今回は手を出す余地がないよ。殲滅は赤木博士に任せよう。」
「いいのか?」
「ああ、それにそれどころじゃなさそうだしね」

そう言ってブギーポップは凪の後ろを指差した。

そこにいたのは見た目が中年くらいの男、いつの間にか誰にも気づかれることなくこちらを見ている。

「・・・だれだ?」

凪が警戒しながら聞いた。
しかし男はそれを無視してブギーポップを見る。

「使いの者だ。碇シンジだな?」
「・・・そうよばれているね。」
「?・・・一緒に来てもらおう」
「拒否したら?」
「選択肢はない。」
「ふむ・・・」

ブギーポップは少し考えるようなしぐさをした。
あくまでふりであって答えは決まっているのだが

「じゃあ拒否しよう」
「・・・なに?」
「怪しい人についってっちゃいけないって言うのは子供でも知ってることだ。」
「・・・」

男は無言でにらんでくるがブギーポップはどこ吹く風だ。
しばらくにらみ合ってるとあちらこちらから人が集まりだした。
その数は最初に話しかけてきた男を合わせて10人・・・かなりばらばらな年齢層とまとまりの無い服装の団体だ。

「てめえはさっさとついてくりゃあいいんだよ!!」

柄の悪そうな男がブギーポップに叫んだ。
ブギーポップの答えは肩をすくめるしぐさ

「この二十一世紀にもこんな時代遅れな脅しをかける人間がいたとはね、よく絶滅しなかったといっておこう」
「・・・決めた、てめえは死ね!!」

そう言うと男は口から何かを吐いた。
一見すると唾液のように見えるが成分はまったく別次元のものだ。

男の吐いた物がブギーポップの目の前の地面に接触した瞬間・・・

ズン!!

周囲一帯に響くような音と共に爆発が起こった。

---------------------------------------------------------------

「はあ・・・はあ・・・」

マユミは走っていた。

さっきの爆発で他の皆とは離れ離れになってしまったが心配は要らないだろう。
シンジをはじめとしてレイもアスカも能力者だ。
ちょっとやそっとでどうにかなるようなやわな人間ではない。

アスカの歪曲王が自動的なのが気になるが追い込まれれば出てくるだろう。

凪は能力者ではないが少なくとも自分よりはつよい
だから今は自分の身を最優先に考えるのが先決だ。

さっき会ったあの人達・・・おそらく全員が合成人間なのだろう。
シンジの記憶を読んだことでそのあたりの知識も在る。
人によって人以上の力を求めた・・・その結果の一例だ

「・・・下手にこの事を知られると危険だって消されてしまうかもしれないけれど・・・」

つぶやきながら走る速度は緩めない。
なぜならば…

「ひゃはぁぁぁぁぁぁ!!」

背後からついてくるのは中年くらいに見えるスーツ姿の男だ。
妙に上機嫌な奇声を出しながら追いかけてくる。

(…遊んでるんですか?)

呼吸も激しくなって息切れしている頭で考える

マユミは一応能力者ではあるが体に作用するようなタイプの能力ではない。
その体力は一般の女子中学生より少し下回る。
相手がただの人間でも追いつかないと言うのはおかしい。
結果として相手が自分が逃げるのを追いかけて楽しんでいるという事なのだろう。

「きゃ!!」

限界に来ていたマユミは足をもつれさせて転んだ。
すぐにメガネを外して座った状態から上半身だけで背後を振り向く。

「も〜うおわりかぁ?お嬢ちゃあ〜ん?」

軽薄な態度と口調に寒気がする。
出来れば一生関わりあいたくないタイプの人間だ。

「あ、あなたはなんなんですか!?」
「どぉ〜でもいいじゃあねぇ〜かそんなことぉ〜」

そういいながら男は近づいてくる。

「まぁ〜初対面だっからなぁ〜【FIVE】って呼んでくれやぁ〜」
「【FIVE】?」

明らかに偽名だがこの際どうでもいいことだ。
どんな結果になるにしろ二人の関係は程なく終わる。

「あなた達はなんなんですか?人間じゃないみたい…」
「そりゃ〜そうだろうよぉ〜人間じゃあねえもんなぁ〜」
「人間じゃない?」
「そうさぁ〜、おれたちゃ〜人間より優れてんのさぁ〜合成人間て奴ぅ〜」

見かけとの口調のギャップが激しい
外見だけならどこぞの会社役員をしているっぽいのだがその口調はとても社会人のものじゃなくむしろ精神異常者のようだ。

「な、なんでそんな人が!!」
「あそこにいた小僧を連れてくんのが命令なんだとよぉ〜めんどくさぁ〜いしさらに邪魔者は殺せってさぁ〜」
「そんな・・・」
「つうわけでここまで知っちまったあんたも邪魔者ってことで死んでくれぇ〜」

自分からペラペラしゃべったくせに勝手なことを言う。

「・・・あなた一人で追ってきたんですか?」
「とうぜんよぉ〜女の子一人に団体さんでお相手する趣味はねぇ〜ぜ。安心したかぁ〜」
「・・・・・・そうですね、安心しました。」

マユミは男から視線を離さずに立ち上がった。
その様子はさっきまでの怯えがない。

「これで安心してあなたを再起不能にしてあげることが出来ます。」

マユミの顔は余裕の笑みがあった。
すでに仕込みは上々だ。

「・・・なにいってんだおめぇ〜?」
「わたしの勝ちだと言ってるんですよ・・・ゼーレの合成人間さん?」
「・・・おまえ・・・どこでそれを知った?」

【FIVE】の口調がかわる。

いままでの会話のどこにもゼーレの単語は出てこなかった。
それなのにマユミはそれを知っている上に余裕の表情でこちらを見ている。

「悪いが今すぐ死んでくれ」
「どうやってですか?」
「・・・なに!?」

【FIVE】は驚愕した。
マユミを殺す方法を考えようとしたがなぜかその方法が思いつかない。

「お前何をした!!」
「あなたの記憶って人殺しの記憶ばかりですね。しかもどれも笑いながら殺すところばかり…」
「き、記憶を読みやがったって言うのか!!」
「ええ、それとその辺りの記憶を消させてもらいました。今のあなたは自分にどんな能力があるのかさえわからないでしょ?」

マユミは薄く笑いながら答える。
いつもの彼女からは想像出来ないほど酷薄な笑みだ。
その間も視線は【FIVE】からそらさない。

「シンジ君達にはこの力の事は言わないで下さいね。嫌われたくありませんから…でもその記憶も消しますから同じですけれど…」
「ふ、ふざけるな!!」

マユミの言葉に恐怖を感じた【FIVE】は記憶とは関係ない方法…すなわち撲殺でマユミを殺す為に走った。

「さようなら、次に目を覚ました時には私の事もわからないでしょうが…」

そう言うとマユミは瞳から【The Index】の力を解放した。

魔・眼・開・放

次の瞬間、【FIVE】の体は走り出した勢いのままに倒れこんで地面を転がり、マユミの足元で止まった。
それを見たマユミがため息をつく。

死んでいないことは胸が呼吸をして上下している事からもわかる。

正直なところマユミは自分の能力がいまだに嫌いだ。
こういった事が出来るところなどとくに…
実際問題としてシンジ達のように誰かを傷つけたりするような能力ではない。
しかしある意味傷つけるよりタチが悪いかもしれない。

「ん…」

足元で声が上がる。
やがて【FIVE】が目を開け周りを見まわす。
その視線が見下ろすマユミのそれと交差した。

「こ、ここはどこだ?」
「…第三新東京市ですよ。」
「なんでそんなとこに…お、俺は誰だ?」

自分の名前が思い出せない事で【FIVE】の顔に恐怖が浮かぶ。
まるで幼児のようだ。

「あ、あんた俺の名前とか知らないか?」
「…いえ、私はあなたの名前を聞いた事はありません。」

これは半分は本当で半分はうそだ。
マユミは【FIVE】の記憶を呼んでいるから本当の名前も知っている。
しかしマユミが聞いたのは【FIVE】と言う偽名だけ…

「あっちに人がいるところがあります。そこまで行ってみたらどうですか?」

マユミが指差したのはネルフ本部
使徒進入で混乱してはいるだろうが人がいるのは間違いない。

「そ、そうだな…お、俺の事を知っている奴もいるかもしれないし…」

そう言って【FIVE】と名のった男はふらふらと歩き出した。

それを見るマユミも表情は硬い。
彼がこの先どうなるのかは知らないが記憶が戻らないのは保証できる。
自分が記憶を消したのだから…

マユミはそれがこれからの彼にとってプラスになればいいと思うしかない。

「ふう…」

マユミは自分の走ってきたほうを見る。

おそらく他の皆も襲われているだろうがマユミが助けに行くわけにもいかない。

【The Index】の能力で相手の記憶を消そうとすればまずはその相手の記憶を読む必要がある。
そのため、ただ読むだけより余計に時間がかかってしまう。
しかも複数相手に同時に使うのは不可能だろう。

さっきのは【FIVE】が一人っきりだったのと余計な事をしゃべって隙だらけだったので出来た芸当だ。
もし、【FIVE】が問答無用で殺すつもりだったならマユミは抵抗もできずに死んでいただろう。
実際の戦闘中に同じ事をやるのはマユミには無理…

それに…

マユミは外していたメガネをかけ直すと少しふらついた。
緊張と疲労、そして能力の使いすぎだ。

「みんな…」

心配する事しか出来ない自分が悔しくてマユミは唇をかんだ。

その後、ネルフで記憶喪失の人物が保護された。

記憶喪失……
それは過去に戻る事が出来ない人間に許された唯一の“やりなおし”のチャンスかもしれない。






To be continued...

(2007.07.28 初版)
(2007.10.06 改訂一版)


作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで