天使と死神と福音と

第拾章 〔招かれざる神入者〕
V

presented by 睦月様


凪は森の中をひたすら走っていた。
いつものクールな彼女と違ってかなり焦っている。

「あれはどう考えても反則だろ!?」

言っても状況が変化するわけではないがぼやかずにはいられない。
背後からは”奴の気配"がぴったりくっついているのが伝わってくる。
逃げ切れない・・・ならば背中をむけ続けているのは自殺行為だ。
迎え撃つしかない。

「ちっ」

凪は適当に体を隠すとライダースーツのあっちこっちに隠していた装備を確認する。
その中から右手にスタン警防、左手には幅広のアーミーナイフを手に取った。

「銃があれば・・・それでも無理か?」

今回は相手が尋常じゃない
何せ神話から出てきたような怪物だ。
鉛玉でどうにかできる相手じゃない。

「グロォォォォォォォォォォォ」

”咆哮"が真後ろから響いた。
とっさに前転で前に飛ぶ。

バキ!!

凪が横目で見るとかなり大きな木から貫き手の腕が生えている
そのまま腕が持ち上がると同時に木が引っこ抜かれた。

「冗談だろ?」

最初に現れたときは杖をついた80代くらいの老人だった。
そいつは自分のことを「【TWO】」と自己紹介した後……からだが膨張を始めたのだ。
変化は服を破って肥大して行き、さらには身長も伸びて3mくらいになり、その筋肉はボディービルダーのように不自然な大きさはなく、野生の獣のしなやかさを感じさせるものにとって変わった。

・・・そこまではいい
80の老人が筋肉のついた肉体になるのもいいだろう。
身長が3m程になるのもまだ許せる。

「グオォォォォォォォォォォォ」
「しかし…頭が狼になって全身が毛皮に覆われる事まで認められるほど心は広くないぞ!!」

叫びながら避けた場所を黒い獣が通る。
一瞬でも遅ければ間違いなく牙か爪に引っ掛けられていただろう。

凪の視界の中、止まってこちらを見る顔は狼のそれであり、その視線は黄色ににごっていた。

人狼・・・
神話や御伽噺に登場する半獣半人の存在

人間の遺伝子には数十億という年月によって蓄積された遺伝子情報がある。
そこには人類の進化の歴史が刻まれているといっていい。

その中に”ジャンクDNA”と呼ばれるものがある。
進化の過程で習得してきた余計な遺伝子が眠っているといわれる場所・・・
そこを人為的に操作した存在がこの場では「TWO」と呼ばれている老人・・・

彼はそのジャンクDNAにアクセスする事で人狼への変態を可能にした合成人間だ。

「生憎銀の弾丸も杭も持ってないんだがな・・・」

そういいながら凪は人狼と距離を置く。
まともにやってどうにかなる相手ではない。
基本スペックが違いすぎる。

「グロォォォォォォ」

叫びが凪に叩きつけられた。
それと共に飛んでくる黒い狂気

人狼が飛び掛ってくるのをぎりぎりで避けると再び凪は走り出す。

「どうしろって言うんだ・・・」
「グロォォォォォォォ」

さすがに文字通りの人外と力比べをするのは遠慮したい。
かといって狩猟民族の先達に習って罠を作るにしてもこれだけ張り付かれるとのんびり作ってる間に体のどこかが削られる。

こういうときはさすがに自分にも能力が目覚めるのを期待したい気分だ。

「この!!」

肩に仕込んでいたスローイングダガーを投げる。

グサ!!

見事に肩口に刺さって人狼が動きを止めた。
凪はその隙にさらに距離を稼ぐ。
目標は風下、横目で背後を見ると人狼がダガーを引き抜いて捨てた。
瞳が怒りに震えている。

「グロォォォォォォォォォ」
「そういきりたつなよ。」

さっきナイフが刺さった部分の肉が盛り上がって再生しているのを見て鳥肌を立てながら凪は走った。
どうやら回復力まで人外らしい。

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凪は距離を稼いで人狼をまいたのを確認するととりあえず手ごろな木に身を隠した。
体を見るとさっきまでの追いかけっこでついた傷がところどころにある。
簡単に確認するが動けなくなるようなものも致命的なものもないのでとりあえず放置することにした。

「実際どうした物かな・・・」

やはりというか当然というか人狼の身体能力は人間のそれではどうしようもない。
速度、筋力、反射神経、どれを取ってもあっちが上だ。

これだけ基本的な部分に差があると正攻法では無理だろう。
意表をつく奇襲が必要になる。

「・・・そう言えばあいつ、噛み付こうとしていたな・・・」

人狼は凪に襲い掛かるとき本物の狼のように両手で押し倒して喉笛を食いちぎろうと狙っていた節がある。
人間ならば少なくとも口を使って止めを刺そうとはしない。

「ひょっとしてあの状態だと人間の理性より獣の本能が優先されるのか?・・・とすると読めなくもない・・・か」

凪は手ごろな木から生木や湿った枝を集めた。

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【TWO】と名乗った存在はいらだっていた。
さっきまで自分が追っていた獲物を見失ってしまったのだ。

なぜあれを獲物と思ったのかはわからない。
変態する前にはわかっていたのだが思い出せない。

彼のこの能力には致命的な欠陥があった。
変態した時点で目に入った者を獲物と認識してしまうのだ。
そのため他のメンバーには遠慮してもらった。
余計なものまでミンチにすることもない。

さらに人狼の状態では人間的な判断や記憶が曖昧になったりする。
しかしそれは人狼にとって大したことじゃなかった。
獲物を追う事には関係ないし人間に戻った時点ですべて思い出すからだ。

「グルゥゥゥゥゥゥゥゥ」

人狼の鼻に何かがひっかかった。

何か煙たいようなにおい
どうやら近くで何かが燃えているらしい。

「グオォォォォォォ」

人狼は走り出した。
火が燃えているという事はそこに火をつけた何者かがいるということだ。
しばらく匂いを頼りに走るとやがて目の前に白い煙が立ちこみ始めた。

かまわず入ろうとするがその強烈なにおいで立ち止まってしまう。
どうやら生木が燃えているようだ。
匂いと煙で目と鼻が上手く効かない。

「グルゥゥゥゥゥゥゥゥ」

人狼は立ち止まって辺りを見回す。
これをやったのは自分が追いかけていたあの女に違いあるまい。
だとすれば火をつけた後どこへ行ったのか・・・

そのとき人狼は煙の先に人影を見た。

「グオォォォォォォォォォォォォォォ」

それを見た瞬間にわずかばかりの理性が吹っ飛んだ。
狩猟種である狼の本能が目の前の獲物に反応してしまったのだ。

今だかすかに残る人間の冷静な部分はこれは罠だと判断するがケダモノの本能はお構いなしで前に出る。

そこにあるのは【捕まえる】【殺す】【食う】の三段論理しか存在しない。
体の筋肉をばねに変え、砲弾のように白い世界に突っ込んでいった。

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「本当にケダモノだな」

口元を手で覆った凪がつぶやく
走りながら凪は後ろから聞こえてくる破壊音に自分の考えが当たっていた事を確信した。

「それじゃあ人間には出来て獣には出来ない戦いを体験してもらおうか、代金はお前の命だがな・・・」

凪は目標の木に登ると息を潜めて追跡者を待った。

「グウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」

追いついてきた人狼が木の下にやってくる。
やはりこの煙で鼻が効かないらしい。
犬や狼はその嗅覚が発達しているためこの状態ではたまらないだろう。
おそらくかなり混乱しているはずだ。
しかも鼻をを封じられると後は目に頼るしかないがこの状況ではまともに凪を探すのは難しい。

「グアァァァァァァァァァァァ」

周囲を見回しながら咆哮を上げる人狼だがこれは威嚇と言うより苛立ちから来たものだろう。
凪を見失っているのは間違いが無い。
そうでなければすぐさま自分の頭上の凪に躍りかかっている。

「悪いがそろそろけりにさせてもらおう」

そう言うと凪はナイフを二本取り出して両手に構える。
無言で片方のナイフを投げた。

ズブ!!
「ガ?グオォォォォォォ」

いきなり自分の右手の甲に刺さったナイフに人狼が叫ぶ。
すぐに引き抜こうとしたところで凪が飛んだ。
狙うはナイフを引き抜こうとしている左腕

「このお!!」

落下の速度に体重を足してさらに渾身の威力で突き刺したナイフは左腕を貫通してそのまま右手ごと重力に従い落下して地面に深く突き刺さる。
両腕が一本のナイフで串刺しになって地面に縫いとめられた状態だ。

「ゴオォォォォォォォォォ」

人狼はあまりの激痛に目の前にいる凪を睨む。
そのまま怒りと言う原始から受け継がれる感情に任せて凪に襲いかかった。
しかし両腕はナイフで固定されていてつかえない。
一旦後方に下がって両腕を自由にしてから追い詰めればいいのだが本能のままに目の前の獲物を殺したいと言う本能には逆らえなかった。
人狼は今自分に出来る唯一の攻撃、その鋭利な牙で凪を引き裂くために口から突っ込む。

「グオォォォォォォォォ」
「やっぱりケダモノだな」

凪は襲いかかってくる牙に降りるときに持ってきたものを差し出す。

「ガア?」

人狼がくわえている物は太い枝だった。
凪があらかじめ探して木の上に置いておいたものだ。

凪の動きは止まらない。

左手にはいつのまにか幅広のアーミーナイフがにぎられている。
その切っ先は正確に人狼の下あごに向いていた。

ズブ!!
「キュアガ!!」

ナイフは人狼の下あごを貫くだけじゃなく上あごまで貫通、その刃先が人狼の顔から生えている。

「■■■■!!!!」

口を縦に貫かれているために叫び声すら言葉にならない。

飛び散った人狼の血の雫が凪の顔にかかるがお構いなしに凪は動く。
とどめをさすために…

「そろそろ決着をつけようじゃないか」

凪の右手にはスタン警棒が握られている。

「インド象も一発で心臓停止するほどの電圧だ。」

そう言うと凪は警棒を横に振り抜いた。
狙いは突き出ているアーミーナイフの刃先

ズバン!!!!
「■■■■ーーーーーーーー!!!!」


人狼はもはや悲鳴にもなりはしない苦悶の叫びを上げる
生死にかかわるほどの電圧がナイフの表面を伝い、人狼の血液を伝って向かう場所はすべての生物にとっての急所…

脳髄…そしてそこから脊椎を伝って向かう心臓…

「………………………」

口は開いてもすでにそこから出る言葉は無い。
黒い巨体が口から煙を出しながら倒れこむ。

「……出来れば人間の姿で死なせてやりたかったが…」

いまだに口から煙を吐き出す人狼のにそうつぶやくと凪は背を向けた。

「ァ……ァ……」

死んでいたと思っていた人狼がゆっくりと立ちあがる。

凪は今だ後ろを向いたままだ。
人狼がその鉤爪を振り上げる。

「…やはり人として死なせる事は出来ないらしい」

そう言って凪が振り向いた瞬間、人狼の両目の間に銀色の輝きが現れた。
その正体は振り向きざまに凪が投げたナイフ…

そして投げた本人もすでに動いていた。

人狼が最後に見た光景は凪の静かな瞳だった。
その光景を見た次の瞬間、人狼はその命の最後の輝きを消した。

「・・・・・・」

……凪は無表情でそれを見下ろしていた。
さっきまでは生きていた人狼の額にはナイフが根元まで刺さっている。
自分が投げたナイフが刺さった次の瞬間に柄の部分めがけて回し蹴りを叩き込んだのだ。
切っ先が頭蓋を突き抜けて脳を破壊している。

「…あいつらを捜さないとな…」

そう言うと凪は後ろを振り返らずに去っていった。

人を超えた力
人を超えた能力
人を超えた肉体

それを手にいれた者が最後の瞬間、ほんの少しでも人間としての死を望んだかどうか…
それを語れるものはどこにもいない。

後に残ったのは物言わぬ躯のみ・・・

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森の木が激しく揺れる。
風で揺れているわけではない。
何かが木を足場にして移動している。

目を凝らせばそこには木から木に飛び移りながら追いかけっこをしている人物達がいた。

「なんなんだいあいつは!!」

追いかけているのは二人、そのうちの一人、かなり濃い化粧の女が叫ぶ。

「知るか!!あいつも合成人間なんじゃねえか?」

女に答えたのは隣に並ぶ小学生ぐらいの男の子
シェルターで言い争いをした二人だ。

二人は木々を飛び移りながら自分達から逃げている後姿をいまいましそうに見ている。
自分たちは人間を超えた運動能力で追跡しているのにまったく距離が縮まらない。
追いかけているほうも自分たちと同じかそれ以上の速度で移動しているのだ。

「どこで作られたか知んないけれど逃げ足はいいみたいね」
「さっき目を見た時なんか目が赤かったからウサギの遺伝子でも混じってんじゃねえか?」

二人は同じものを見てぼやく
彼らの視線の先にいたのはジャージに蒼銀の髪が揺れる背中・・・その名前を綾波レイと呼ばれる少女

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自分の体を強化して木々を飛びながらレイは自分についてくる二人を確認した。
同時に強化された聴覚が背後の二人の会話を捉える。

「・・・・・・」

レイは後ろで交わされている会話が不愉快だった。
確かに自分は作られた存在だが”同類”にそこまで言われる筋合いはないと思う。

直感でしかないがはじめて見たときに気づいた。
あそこにいた10人は自分と同じように何らかの方法で作られた存在だ。

「・・・邪魔・・・」

レイの感想ははっきりしていた。
あの場所にいた10人はシンジをどこかに連れて行くために現れたのだ。
しかもどう考えてもまっとうな連中ではない。

出来る事ならさっさとシンジのところに行きたいが後ろの二人も放っておけない。
この状態でシンジのところに向かえばあの二人もついてくる。
そうなると間違いなくシンジの負担になってしまうだろう。

「・・・・・・」

レイは木に飛び移るのをやめて地面に降り立つ。
適当にあたりを探して目的のものを見つけるとそれを拾って背後を振り向いた。

「ようやく観念したか・・・」

地面に降り立った二人のうち小学生くらいの少年がレイに話しかけてくる。

「手間取らせんなよ」
「・・・あなたたちは誰?」

油断無く詰問するレイの言葉に答えたのは女のほうだった。

「ふん、あたしは【SIX】だ、こっちのガキは【TEN】」
「ガキって言うなよ」
「うるさい」

【SIX】と名のった女が胸をそらせて上から見下ろすような物言いをする。
挑発のつもりかもしれないが、しかしレイはいつもの無表情だ。

「・・・人間なの?」
「それはこっちのセリフだよ!!あんたも合成人間なんだろ!?じゃなきゃあんな事出来っこない!!」
「・・・合成人間?・・・わからない」
「ネタは上がっているんだ!!あんた統和機構の回しもんだろ!!」

正直レイにはわからなかった。
統和機構や合成人間など初めて聞く言葉だ。
シンジが巻き込むのを恐れて言わなかったのだから仕方が無い。

「・・・知らない」
「ちっあくまでもとぼけるつもりかい?まあいいさ、今回はあそこにいたガキを連れて行くことが目的だ。」

その一言にレイの目つきが鋭いものに変わる。

「・・・シンジ君のこと?」
「あん?」
「シンジ君をどうするつもり?」
「お前に言う必要無いだろ?まあ統和機構とのつながりを吐かせるために拷問くらいするかもね〜」

その言葉に一瞬でレイが沸騰する。
何時も冷静な彼女だが別に感情が無いわけでは無い。
特にシンジと関わってからは急速にその感情が発達している。

逆に今のレイは何かあった時に自分の感情の制御をもてあます事さえある。
子供がすぐに感情的になるのとかわらない。
こうなったらいつもの感情が無いように見える彼女とは逆に、むしろ激しいと言える感情が表に出てくる。

「・・・させない」
「なに?」
「あなたたちにシンジ君は渡さない。ここで動けなくなってもらう・・・」
「ふ、ふざけるな!!逃げることしか出来ない奴が偉そうな事を言うんじゃないよ!!」

【SIX】が一気に跳躍するとレイに襲い掛かった。

同時にその指先から赤いものがとぶ。
普通なら何が起こっているのかもわからないがレイの強化された視覚には指先から赤い線が伸びたのが見えた。

とっさに避けて上に跳ぶ

ズバ!!

レイは木の枝に着地しながらそれを見た。
指先から伸びた赤い何かが木々を切断したのだ。

レイは空中に飛び散ったその何かを見る。

「・・・血?」

強化された視覚でレイはその正体を正確に掴んでいた。

【SIX】と呼ばれる女性型合成人間、その能力は血液・・・
体の中で常人をはるかに越える血液を精製する事の出来る特殊能力を使うのが彼女の武器だ。
任意の部分の血液の流れを操作、噴出する事で高水圧をかけた水のカッターのようにあらゆるものを切り裂く事が出来る。

「くくくっ」

【TEN】が【SIX】に続いた。
レイが止まっている枝の木にかぶりつく

ジュウ!!!

【TEN】が噛み付いた部分の木が口の形に削られた。
それだけではなく両腕が触れている部分も白い煙を上げて溶けている。
レイはその強烈な”酸”の匂いに顔をしかめた。

これが【TEN】を名のる小学生のような合成人間の能力だ。
体の体液が強烈な酸で出来た体・・・その威力は金属すらも腐食させる。

「・・・」

レイは傾き始めた木から別の木に飛び移って移動する。

「「逃がすか!!」」

当然合成人間の二人も追いかける。
樹上の追いかけっこが再開された。

レイは背後からついてくる二人に警戒しながらこれからのことを考えていた。

連中の目的はシンジと言う事はわかった。
どうしてシンジが狙われるのかとか統和機構や合成人間のくだりは理解できなかったがシンジに乱暴をする可能性がある。
実際のところそれだけで理由は十分なのだ。

「・・・シンジ君は私が守る。」

レイは心に決めた言葉を口にすると”その場所”に向かった。

最後の一歩を勢いよく踏み込んでレイは飛ぶ

ドボン!!

腰まで水に浸かりながらレイは湖の中に降り立った。

ドボン!!
  ドボン!!


続いて同じような水音が二回響く.
【SIX】と【TEN】が追いついてきたのだ。

「いい加減観念したようだね!」

【SIX】が余裕の表情でレイを見た。
【TEN】も同じような顔で口を開く

「お前にも来て貰うぞ。あのガキが統和機構と関係があるって言うことの証拠だからな。」
「違う・・・」
「なに?」
「統和機構なんて知らない。」
「・・・じゃあお前の能力はどう説明するって言うんだ?人間の能力を超えてるじゃねえか」

人間の能力を超えているといわれて内心レイは動揺した。
確かに彼女は純粋な人間とは言いがたいが表情には出さないように自分を落ち着ける。

「わたしは・・・自分で目覚めた。誰かに引き出されたわけじゃない。」

レイの言葉に二人の顔色が変わった。
その言葉が意味するものくらい彼らも知っている。

「え、MPLSだっていうのか!!」
「こいつは驚いた・・・なおの事連れて行く!!」

【SIX】と【TEN】がレイとの距離を詰めようとする。
レイは腰まで水に浸かっていて素早い動きは出来ない。
だが・・・レイは動く必要は無かった。

すでに目の前の二人が水に浸かっている時点で勝負はついていたのだから

「・・・・・・」
「「なに!!」」

レイを中心に急速な勢いで湖の水が氷になっていく
とっさの状況に【SIX】と【TEN】は反応できず下半身が氷に閉じ込められた。

「お、おまえ!!氷を操る能力者なのか!!」
「氷?・・・ちがう」
「だったらなんだって言うんだ。」
「わたしに出来るのは強化・・・それしか出来ない」
「き、強化だと?」

この状況は何らかの力を強化した事によって起こされたと聞いて二人はうろたえた。

「ふざけるな!!どうやったら強化だけでこんな事が出来るって言うんだ!!」
「物質には気体、液体、固体の三つの状態がある。それぞれの差はその物質の分子同士の結びつきの強さ・・・一般的には温度によって変化する。温度を上げる事によって分子の活動は活発になって結びつきは弱くなり、逆に下げると活動が停止して結びつきは強くなる。」
「だ、だからなんだって言うんだ!そんな小学生の科学にどんな意味がある!!」
「・・・逆を言えば温度を操らなくても分子の結びつきを強くしてやれば氷は作り出せる。」

レイは自分の能力で水の分子の結びつきを強化する事でこの状況を作り出したという事だ。
それを聞いた二人の顔にはっきりとした恐怖が浮かぶ。

「し、しかしお前も動けないんじゃ意味があるまい!!」

それを聞いたレイは自分の周りの氷を水に戻すと氷の上に立った。

「・・・問題ない。同じように今度は分子の活動を強化してやればいいだけのこと・・・」

レイは二人を見下ろしながらそう言った。
それを見た二人は苦い顔だ。
今レイがいる場所は自分達の攻撃が届くぎりぎり外、体を固定された状態ではどうしようもない

「シンジ君を傷つけるのは許さない。」
「あん?あんたに何が出来るって言うんだ?」

少しでも近づいてくれば攻撃が出来る。
【SIX】は挑発してレイをここに来させるつもりだったが現実は彼女に厳しかった。

「・・・こうする」

次の瞬間、【SIX】と【TEN】の間を何かが飛んだ。
尋常じゃ無い速度だ。
合成人間出ある二人が視認も出来ない速度・・・

「「なに!!」」

即座に二人の背後で轟音が起こる。
二人が振り向くと少し先のほうで大きく氷が削れている。

「お、お前さっき何をした?」

【TEN】がレイを睨みながら聞いた。
それに答えてレイが右手を開くと親指大の大きさの石が数個
さっき地面に降りたときに拾っていたものだ。

「い、石だと・・・」

レイの能力は強化
その強化の割合はおおよそ元となった物の能力の10倍ほど

たとえば時速120km(中高生の野球部のピッチャーの平均くらい)で石を投げたとすればその強化した速度はおおよそ時速1200km・・・マッハの単位に近い
この場合は同じくらいの強化を石にかける必要があるがその威力は音の壁を打ち破り、その衝撃波はあらゆるものを破壊する。
さらに音より早く動ける人間などいるわけも無く、その射程に入ったものに対して必殺の意味を持つ。

「・・・次は当てる」

この言葉は純粋に最後通告だ
彼女は自分の大事なものを傷つけようとするものに容赦が無かった。
もしこの言葉を聞かないようなら本気で当てるつもりだ。

「ふざけんな!!」

レイの言葉に【SIX】が癇癪を起こした。
十指から血液の刃を飛ばす。
狙いを付けるわけでもないでたらめな攻撃が撒き散らされる。

「・・・・・・」

繰り出される血刀をレイは危なげなくかわすがそれを見た【SIX】が馬鹿にされたと思ってさらにヒートアップする。
冷静な思考が出来ていない。

「死にやがれ!!」
「落ち着け!!」
「うるせえ!!あのガキは殺す!!」

もはやキチガイに近い
あわてたのは【TEN】のほうだ。
この場では一番近くにいるために危険度が高い。

「おちつけ!!とにかくここから・・・」

【TEN】は最後までいうことが出来なかった。
案の定・・・血の刃がとうとう彼の右腕を切り飛ばしたのだ。

「があああああああああ」
ブシャ!!!!


【TEN】は右手から噴水のように”血”を撒き散らして身をよじる。

「ぎゃあああああああああ」

そして、そのしぶきを真っ向からかぶったのは【SIX】だった。

【TEN】の体液は強烈な酸である。
それをかぶった【SIX】はたまったものではない。
体中に酸のやけどを負いながらのた打ち回る。

ガキン!!

しかし、同時に氷に亀裂が走る。
酸の力によって氷が砕けたのだ。
二人はあわてて抜け出すと氷になっていない湖に飛び込んで服を脱ぐ

数分後
水を割って出てきた二人の状態はひどいものだった。
酸によってからだの所々にやけどをしている。

「殺してやる!!」
「ああ、絶対生かしちゃおかねえ」

二人の瞳は殺人衝動に光っていた。

「・・・・・・」

レイはそんな二人を静かな目で見ていた。

彼女にとってこれ以上の戦闘は遠慮したいのが本音だ。
しかしこの二人はそうは思っていないだろう。
たとえ自分が逃げようと降参しようと関係なく”殺し”に来るはずだ。

「・・・それはいや」

もはや自分の体のスペアーはない。
今度死を迎えることは本当の死を意味する。
以前の自分はそれを喜んだかもしれないが今の彼女はそれを受け入れる事は出来ない。

何よりシンジに会えなくなる。
自分の中に暖かいものをくれた彼とこれからも一緒にいたいおもう。

「「シャア!!!!!」」

二人が獣の叫びを上げて飛び掛ってきた。

レイは今だけシンジと会う前の感情のない綾波レイに戻る。
今の綾波レイにとって大事なものを守るため・・・・・・

快・刀・乱・麻
ズン!!
  ズン!!


爆発したような音が二回・・・
それですべてが終わった。

シュウシュウ・・・・・・

強い酸のにおいと白煙が立ち込めている。
体の真ん中を正確に打ち抜かれた【TEN】と【SIX】は体を二つの肉片にされて地面に落ちた。
徐々に染み出してきた【TEN】の酸が地面に広がる

「・・・・・・」

二人の死体は見る間に人間のものではなくなっていった。
【TEN】の酸が容赦なく二人の肉体を溶かしている。
レイはそれをじっと見ていたが程なく背を向けた。

「行かなきゃ・・・シンジ君が待っている」

レイが去ってしまった後には少し前まで人の形をしたものだったものが地面に残された。

人でないものは人としての死を迎えることすら出来ないのだろうか・・・・・・
たとえそれが自分が選び歩んできた道の果てだとしても・・・・・・






To be continued...


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