天使と死神と福音と

第拾章 〔招かれざる神入者〕
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presented by 睦月様


「シンジ君にももうちょっとがんばってほしいものですね・・・」

アスカの口からため息が漏れた。
しかしため息を出したのはアスカではない。
爆発の衝撃で出て来た歪曲王だ。

「こうたびたび命の危険を感じるなんて中学生の生活じゃありませんよ」

ぼやきながらもその光沢のない視線は前を見据えて離れない。
そこにいたのは2人・・・
【THREE】と名のった学生服の女子高生、【SEVEN】と名のった作業服の青年、・・・しかし明らかに偽名なのでどうでもいい。
とくに【THREE】と名乗った女子高生は手鏡で化粧をしていてこちらを見てさえいない。
【SEVEN】は一応こっちを見てはいるがラップ調に踊っていて落ち着きが無い。
この取り合わせは一体何なのだろう?

「オウイェ〜おとなしくしてなベイベー」

ラップ調にシャウトしながら【SEVEN】が話し掛けてきた。
見た目は二十代くらいの青年だ。
軽薄そうな笑顔で踊る彼を見ていると歪曲王はなぜか頭が痛くなった。

「…そもそも何が目的なんですか?話しからするとシンジ君をどこかに連れていくのが目的のようですが?」
「あんたは黙っておとなしくしてりゃいいのよ」

何が気に入らなかったのか知らないが【THREE】が会話に割り込んできた。
歪曲王を睨むがそれも一瞬の事、次の瞬間にはまた化粧に戻った。
さっきまでの不機嫌さはなんだったのだろう?・・・かなりの意味不明さだ。

「そういわれても…」
「ああ!!あんたのせいで口紅ずれたじゃない!!!」

なにやら理不尽な事をのたまわる。
ちなみに彼女のメイクはガングロやヤマンバと呼ばれるものだ。
黒っぽい染料を顔全体に塗るか、わざと日焼けした顔に白いパウダーや口紅を目元や唇に塗る化粧で一言で言うなら……奇抜……
かなり時代遅れと言うか前世紀の遺物と言うか…子供が至近距離で見たら泣き出しそうなすさまじいものだ。

「どうしてくれんのよ!!」
「Hey、ユウ、落ち着きなってベイベ!!」
「あんたには関係無いでしょチョ〜サイテー!!チョベリバァー!!」

話し方もどこか時代じみたものを感じる。

ヤマンバやガングロのメイクの特徴に顔から年を読みとるのが難しいと言う事があるがひょっとしたら制服を着ているだけで実年齢はもっと上かもしれない。

これ以上彼らと話していても益は無いと感じた歪曲王は彼らを無視して横に歩き出した。

「おいおい、チョ、ちょっとまった。どこいくつもりだAir you?」
「とりあえず皆をさがします。特に山岸さんは早めに見つけないといけませんね・・・」
「動くなって言ってんだろ!!」

【THREE】の声と共に火球が飛んできた。
歪曲王は別に驚かず少し立ち位置を変えるだけで避ける。
それを見て慌てたのは歪曲王ではなく【SEVEN】だ。

「おい、あの子には怪我させるなって言われてるだろ?」
「はん、”できるだけ”だろ?ウザイんだよ!!」

いきなりの事に【SEVEN】が普通の口調に戻る。
どうやらこっちのほうが素のようだ。
気が済んだのか【THREE】は歪曲王に興味がないといわんばかりの態度で鼻を鳴らすと化粧に戻る。
それを呆れた目で見た【SEVEN】はため息をつくと歪曲王に向き直った。

「悪いな、あの碇シンジって坊主が心配だろうがじっとしててくれ」
「心配?誰が誰を?」
「誰って・・・」

歪曲王の言葉に【SEVEN】がいぶかしげな顔をする。
何か今・・・妙に話がかみ合わなかった。

「シンジ君を心配するなんて彼女(アスカ)ならともかく私はしませんよ。」
「どういうことだ?」
「・・・ひょっとしてエヴァに乗って無ければシンジ君なんかただの中学生でしかないとか思ってないですか?」

薄く笑う歪曲王に【SEVEN】は何か大きな勘違いをしている気がしてきた。
それほどに今の歪曲王の浮かべる笑みは妖しくて妖艶だ。
とてもじゃないが中学生の浮かべる表情ではない。

「ああ、そう考えると納得がいきますね、なんで私なんかを監視してシンジ君を野放しにしているのか・・・」
「あの坊主には何人か向かったはずだ。・・・何が言いたい?」
「あなた達が何も知らないってことですよ。」
「あの坊主・・・やっぱり統和機構の関係者なのか?」
「さあ、でも彼が私より強いのは間違いないですよ」
「お前より強いからって俺達より強いという意味じゃないだろ?」
「もちろんそういう意味ですよ」

その瞬間、横から火球が飛んできた。
狙いは歪曲王の頭
これはまじめに避けないとただではすまない。

歪曲王は火球を一瞥すると身をかがめて転がった。
その上を火球が通り過ぎて背後の木に着弾すると一瞬で燃え上がって炭になる。
火球の飛んできたほうを見ると火元はやはり【THREE】だ。

「おい!!なにやってんだ!!」
「うっせえ!!あいつあたしのことをバカにしやがった。ぜってえゆるさねえ!!」

俗に言う切れやすい若者という奴かもしれない。
歪曲王は【SEVEN】が【THREE】を羽交い絞めにしているのを見ながらそう考えた。

「彼女はカルシウム不足みたいですね、牛乳よりは煮干を多く食べる事をお勧めしますよ。」
「ありがたい言葉だが挑発しないでくれ」

勝手に一人だけで癇癪を起こしているのは【THREE】だけだ。
彼女は殺意もこもっていそうな瞳で歪曲王をにらみむ。
その口から飛び出したのは今の彼女を象徴するような赤い焔・・・

【THREE】は体内で非常に気化しやすく発火しやすい液体を精製する事が出来る。
これを霧吹きのように口から出して発火させる事で火炎放射器のように対象を燃やすのだ。

「!!、ちょっとまて!!」

【SEVEN】の制止の声がかかるがもう遅い。

ゴウ!!!

紅蓮の炎が歪曲王に迫る。

ズン!!
「やった!!」

炎が命中して四方に飛び散るのを見た【THREE】が歓声を上げる。
かわりに【SEVEN】は苦い顔だ。

「お前何するんだ!!あの子は殺すなって指令が出てただろうが!!」
「そんなこと知りませぇ〜ん」

ぬけぬけと言ってから【THREE】は携帯を取り出す。

「もうこれでおしまい!!あたしはこれから遊びに行くんだ!!邪魔しないでよね!!」

メールをチェックしながら言葉を重ねた。
全く悪びれるところが無い。

さすがにこれはまずい。
手を出すなと厳命されていた対象を殺してしまったのだ。
しかも無抵抗の相手を・・・言い訳の余地など微塵もない。

「いいじゃん!抵抗されたから殺しちゃったって言えばさ〜」
「貴様・・・」

さすがに見逃せないと【SEVEN】が【THREE】の襟首を掴もうとした。

「それはいいですね、ぜひ今すぐに遊びにいってください。」

その言葉に【THREE】と【SEVEN】が硬直する。
振り返った二人が見たものは火炎の中に立つ人影だった。

徐々に炎の火勢が弱くなって現れたのは無傷の歪曲王。
そして彼らとの間に立ちふさがって歪曲王を守るのは身長3Mほどの紫の鬼
歪曲王が映し出した【Tutelary of gold】(黄金の守護者)だ。

それを見た二人がおもわず身構えた。

「なんであんなものが!!」
「いきなり現れたわよ!!」

【THREE】と【SEVEN】が【Tutelary of gold】を睨む。
しかし、意思を持たない【Tutelary of gold】から反応が帰ってくるわけが無い。

歪曲王が【Tutelary of gold】の前に出る。

「そろそろやめにしませんか?」

歪曲王がうんざりした声で二人に聞く。
心底面倒くさそうだ。

彼女にとってこれは意味の無い面倒ごとでしかない。
さっさと切り上げて他の皆を探しに行きたいというのが本音だ。

「ふざけんなよ!!あたしをバカにするな!!」
「・・・ちっ」

【THREE】が問答無用で突っ込むのを見た【SEVEN】が後に続く。
気に入らない女だが見殺しにも出来ない。

「死ね!!」

走りながら歪曲王に火炎放射を叩き込んだが・・・

「なに!?」

しかし当然のように歪曲王の前に立ちふさがった【Tutelary of gold】が盾となって炎をはじき返す。
全く炎を寄せ付けない。
元来が空間に映し出された映像でしかない【Tutelary of gold】を通常の方法で破壊することは不可能だ。

「どけ!!」

呆然としている【THREE】のよこを【SEVEN】が走り抜ける。
風のような速度で【Tutelary of gold】に近づく。

キィィィィィィィィ!!

【SEVEN】の両腕から鋭い音が聞こえてきた。
どんどん大きくなっていく音は【SEVEN】の腕の中から発せられている。

「くらえ!!」

その突き出した腕が【Tutelary of gold】の腕に触れた瞬間・・・

ガキィィィィィ!!

鋭い音と共に【Tutelary of gold】の腕が砕けた。

いや、砕けたという表現では生ぬるい。
まさに粉砕というのがふさわしい破壊の力・・・砕かれた腕がさらに粉末状になるほどの完全破壊

人の腕は手首と肘の間に二本の骨がある。
これを同じ周波数で振動させそれを叩き込むことで対象を”砕く”のが【SEVEN】の能力である。

しかしそれを見ても歪曲王にあわてたところは無い。

「へえ、なかなかやりますね」
「・・・なんでそんなに余裕なんだ?」
「それはもちろん」

歪曲王が言い終わる前に砕かれた【Tutelary of gold】の腕が音も無く再生した。

それを見た【THREE】が短い悲鳴と共に後ずさるが、しかし【SEVEN】のほうは逆に前に出て【Tutelary of gold】との距離を測る。
まだまだやる気満々らしい。

「・・・そいつがお前さんの能力って訳か・・・余裕の表情は俺達なんか問題じゃないって事のあらわれか?」
「そんなところですかね、これ以上やりますか?あなた方の攻撃ではこの子を倒す事が出来ないとわかったでしょ?」
「・・・そうでもあるまい?こいつを作り出してるのはお前さんだ。だったら元のほうをどうにかすれば勝機はある。」
「・・・・・・意外と鋭いですね」

【SEVEN】の言葉に歪曲王が表情を引き締める。
どうやら能力の弱点に気がついたようだ。
【THREE】はともかくこの男は油断できない洞察力を持っているらしい。

「いくぞ!!」

叫びと共に【SEVEN】が距離を詰める。
すでにその両腕からは破壊の振動がもれていた。

目の前まで【SEVEN】が迫ったとき、不意に歪曲王と【Tutelary of gold】の姿が消えた。
空振りした反動を無理やり抑えて体勢を整える。
【SEVEN】がとっさに上を見ると歪曲王が【Tutelary of gold】に抱えられて空を飛んでいた。

「空まで飛べるのか!!」
「元は映像ですからね、どこにでも映し出すことが出来るんですよ」
「まて!!」

【SEVEN】はそのまま飛び去っていく歪曲王を追いかけようとしてあることに気づき背後を振り返る。

「何してんだ!!!」
「え?え?」

今まで呆けていた【THREE】がその声で正気に返る。

「追うぞ!!」
「わ、わかったから怒鳴らないでよ!!」

【SEVEN】は心の中で舌打ちした。
【THREE】と違って彼は純粋な戦士だ。
なのに今まで目の前にいた少女の力量を測りきれていなかった。
戦場での先入観は時として危険なものだ。
彼女がその気なら自分たちは殺されていた可能性を否定できない。
だがそれ以上に…

(…おもしれえ…あいつなら俺の願いをかなえてくれるかもしれん)

その顔には抑え切れない笑みがあった。

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「ちっくしょお!!あの小娘どこいった!!!」

【THREE】のいらついた叫びに【SEVEN】が顔をしかめる。
この女は追跡と言う言葉の意味をまったく理解していない。
こんな大きな声を出せば近くに来たことを悟られるし内容で自分を見失っているのがもろばれだ。

「ちょっとは静かにしろ!!」
「あいつが、あのガキが悪いんだ!!あたしは悪くない!!」

どっちがガキかわかりゃしない。
駄々をこねて責任転嫁するこどもとかわらないレベルだ。
【THREE】など無視して自分ひとりで追いかけるべきだったといまさらながらに後悔する。

「チッ」

舌打ちをして正面を見た【SEVEN】の目に捜していた者が写る。

そこには紫の鬼を横に従えたアスカの姿があった。
ソニックグレイブを持っているがアスカは顔が真っ青でおびえているようだ。

(なんだ?)

それを見た【SEVEN】は妙な違和感にとらわれた。
何がとはっきりは言えないがとにかくこの光景はなにかがおかしい。
戦士としての本能が追い詰めた状況だからこそ油断するなと警告してくる。

「み〜つっけたぁ〜」

しかしそんな物は【THREE】にはお構いなしだ。
危険などということは考えてもいないだろう短絡思考。
餌をちらつかされた犬のように真っ直ぐにアスカに向かっていく

「お、おいちょっと待て!!」
「またなぁ〜い、こいつを殺せばお仕事終わりだもぉ〜ん」
「ちっ」

やはり止まる気は無いようだ。
もう二度とこいつとは組まないと心に誓って【SEVEN】も前に出る。
【THREE】がどこで死のうが知ったことではないが目の前で死なれるのは気分が良くない。
自分の精神衛生のために見捨てるのは気が引けた

視線の先で二人を迎撃しようと【Tutelary of gold】がアスカの前に出る。
応じて【SEVEN】は両腕の振動を強めて真っ向からぶつかるために【THREE】の前に出た。
【THREE】の力が効かないことは実証済みだ。

ギャリィィィィィィィィ

【Tutelary of gold】の持ったソニックグレイブと【SEVEN】がぶつかってソニックグレイブが砕ける。
しかしすぐさまそれを投げ捨てると【Tutelary of gold】の手に新しいソニックグレイブが現れた。

もともとが歪曲王の能力である【Tutelary of gold】は破壊不可能だ。
当然その手にもつ武器も歪曲王の能力で作られたものである以上代えはいくらでも作り出せる。

「きりがねえ…」
「も〜らい」

対峙する横を掠めるように制服姿が通りすぎた。
【THREE】はかなり嬉しそうに走っていく

「あんたを殺せばこの紫の奴も消えるんだろ?」

アスカは手に持ったソニックグレイブを横一閃に振りぬくが【THREE】はその上をとびこえた。
やはりそこは合成人間だ。
基本性能はただの人間と比べ物にならない。
【THREE】の眼下におびえて“潤んだ瞳”のアスカの姿がある。

「さっさと死にな!!」

言葉と共に吐き出された炎は周囲の地面ごとアスカを焼き尽くした。

「あはははははははははははは…」

炎の中で高笑いを上げる【THREE】を見ながら【SEVEN】は周囲を確認した。
周りにあるのは炎が吹き飛ばして残っているのは紫の鬼だけ…主を無くした以上、程なく消えるだろう。

いまだに違和感の正体はわからないがその違和感のもとが跡形無く燃えてしまっては…

(跡形無く燃え尽きただと?)

その時【SEVEN】に更なる違和感が襲ってきた。
人間の体と言うものはさまざまな物質によって成り立っている。
骨のカルシウム、肉体のたんぱく質、他にもリンや鉄分などさまざまなものの化合物だ。
漫画のように完全に燃え尽きて跡形も無くなるなどあるわけがない。

「やばい!!」
「なによ、ウゲ!!」

【THREE】の首に紫の手ががっちり食い込んで締め上げている。

見ると主を失ったはずの【Tutelary of gold】の手が【THREE】の背後から伸びてその首根っこを掴んでいた。

「な、なんで…」

次の瞬間、するりと・・・自然な感じに【Tutelary of gold】の中から歪曲王がすり抜けてきた。
その光沢のない視線が【SEVEN】を見た瞬間確信する。
彼が感じていたのはこれだったのだ。

さっきの“アスカの姿をしたなにか”は目が潤んでいた。

【Tutelary of gold】は無言で【THREE】の体を空に放り投げる

上に投げられたものは当然落ちてくる。
そして落ちてくる場所に待っているのは紫の鬼

「ひゃああああああ」

【Tutelary of gold】の左右の手には一本ずつプログナイフが逆手に持たれている。
少し腰をかがめると一気に飛んだ。

百・花・繚・乱

花が咲いた…
バラより赤い真っ赤な華が…
命のきらめきをふくんで鮮やかな紅に咲き乱れる…

数個の肉片に分断された【THREE】が水っぽい音と共に地面に落ちる。

次いで花びらが散り・・・豪雨となった。
その赤い雨を浴びながら歪曲王は振り向く

視線の先にいるのは【SEVEN】…

「まいったな…血の雨なんて比喩でしかないと思っていたが本当に降らせる奴がいるなんて・・・それにそいつの中に隠れる事まで出来るのか…」
「“映像”ですからね…密度を変えてやればこんな事も出来なくはないんですよ」

歪曲王は体を赤く染めながら無表情で淡々と話す。
そこに命を奪ったということに対して後悔も憐憫もない。
ただ邪魔だから殺したという程度のものだ。

「さっきのもその映像って奴かい?」
「彼女…弱い自分が嫌いなんですよ…」

歪曲王が映し出す事が出来るのは心の歪み
当然“嫌いな自分”と言うものもそこには含まれる。
そのためさっきのアスカの映像は怯えていたのだ。

「くくく…アンタ強いな、見くびっていて悪かった」
「それはどうも、それがわかったところで退いてくれませんか?」
「…その前に一つ聞きたい」
「何ですか?」
「碇シンジってやつはアンタより強いって言ったよな?…本当か?」

その言葉に歪曲王は少し考えた。
目の前の男がなにを言いたいのか分からないが隠すことでもない。

「…おそらく」
「そうか…俺もそっちのほうにいけばよかったな…」

【SEVEN】は構えを取る
その両腕からは振動波の音がしていた。
それを見た歪曲王の瞳が半眼になる。

「…理解できませんね」
「わるいな、俺は死に場所がほしくて今まで生きてきたんだ。」
「他人を介錯人にしようって言うんですか?」
「悪いとは思うよ…」
「性格破綻してるとか言われませんか?」
「自分でわかってる」
「なぜ自分で死なないんです?」
「耳が痛いな…簡単に言うと“殺されたい”んだ強い奴に…」

その瞳に決意の光を見た歪曲王はため息をつく。
もう他人がなんと言おうと意見を違えたりしない決心をしている。

「…だめなんですか?」
「すまん、女に頼む事じゃねえよな…でも他の奴に殺されるよかいい。あんた強くて、なによりきれいだからな」

実際血にまみれた歪曲王は美しかった。
【THREE】の血が服を赤く染め、その顔に紅色の化粧を施している。
この世ならざる世界から来た女神・・・これほど赤が似合う彼女は地獄の業火を司る紅蓮の女神かとすら思える。

「買い被りですよ…」
「遺言と思って聞いてくれねえか?そう言えば俺の名は…」

言いかけた口を歪曲王が手を上げて止める。

「これから死ぬ人の名前なんか知る必要はないでしょう。」
「…ありがたい」
「…その代わり全力でいきます。」

そう言った次の瞬間、歪曲王の全力がその姿をあらわした。

百・鬼・夜・行

歪曲王の周りにい現れたのは【Tutelary of gold】…
ただし一体ではない。

その数は12体…
その紫の群れが歪曲王の周りを囲っている。

「…一体だけじゃなかったのか…」
「誰が一体だけしか映せないと言いました?」
「それもそうだ」
「まあこの状態だと一体一体の強度は低くなるんです。でも再生能力は変わらないから関係はないんですがね。」
「いいのかそんな事言って?」
「あなたこれから死ぬんでしょ?」
「違いない」

【SEVEN】は苦笑するしかない。
これは歪曲王なりのはなむけ・・・
己の全力によって【SEVEN】を殺すことで彼に応えるつもりだ

「でもこの事は他の誰にも見せた事はありません。」
「初お披露目か…光栄だな…」

そう言って豪快に笑う【SEVEN】歪曲王は静かに眺めていた
満足するまで笑った後・・・【SEVEN】の表情が一変する。

「ありがとうな、満足だ。・・・はじめようぜ・・・」
「そうですか…」
「行くぞ!!」

その言葉を最後に【SEVEN】は走った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・

「…これで満足なんですか?」

歪曲王が見下ろす【SEVEN】には胸に槍で刺された後がある。
歪曲王がもっているソニックグレイブでつけた傷だ。
二体の【Tutelary of gold】が砕かれた時点で歪曲王が自分の手で刺したもので間違いなく致命傷、合成人間だろうが死は免れない。

「ああ、」
「そうですか、よかったですね」
「一つだけ聞いてくれないか?」
「なんです?」
「俺は作られた自分の存在が嫌いだった。八つ当たりみたいに人間を殺したこともある」
「それで懺悔したと?虫のいい話ですね」
「そうだな・・・」

【SEVEN】の口から血の塊が吐き出される。
終わりが近いのだろう。
しかし【SEVEN】はかまわず話し続けた。

「でも気づいちまったんだ・・・俺は人間にあこがれてたんだよ。」
「そんなにいいものとは思えませんけれどねだから人間に殺されたかったんですか?」
「ああ…合成人間を殺せるくらい強い人間にな…」

その口元は笑みの形になっている。
ただ静かに自分の死の瞬間を受け入れようとしている。

「必死で生きて子供作って死んでいく・・・それって結構すごいことだとおもうぞ?」
「子供がほしかったんですか?」
「さあどうだろ、もし生まれ変わって人間になれたら俺の子供生んでくれないか?合成人間って子供作る機能が無いんだ。」
「自分を殺した相手に告白ですか?もうちょっと風情とか生まれ変わって勉強してくださいやっぱり性格破綻していますよ。あなた?」
「そうかな・・・」

【SEVEN】は笑うしかなかった。
歪曲王が言うことはすべてがもっとも・・・これから死ぬというシチュエーションでなければいろいろな展開に期待できたかもしれないが、すべて後の祭りだしこれは自分から望んだことだ。
悔いがないのがせめてもの救いか・・・

「ありがとうな・・・自分で俺を殺してくれて・・・あんた優しいんだな・・・人間に殺されたいっていう願いをかなえてくれて・・・」
「偶然ですよ」
「自分を危険にさらす必要があったのか?」
「妄想を押し付けられても迷惑です。」
「それでも感謝している・・・」

そこまでだった
【SEVEN】の声に脆命音が混じりはじめた。
終わりが近い

歪曲王は持っていたソニックグレイブを掲げる。

「…とどめはいりますか?」

【SEVEN】は微笑んで頷いた。
………………
…………
………
……


歪曲王は【SEVEN】の死に顔をだまってみつめたいた。
その死に顔は穏やかで微笑んでいる。

死を悼むことはしない。
彼はそれを望まないだろう。
彼にとっては旅立ちなのだから…

歪曲王はきびすを返すと歩き出した。
その途中で一度だけ振りかえる。

「…わたしも人の心から生まれた存在…その私は人と呼べるのでしょうか…」

歪曲王は悩む
人に殺されたがった彼の願いはかなったのか?…と


彼の願いがかなったのか…
彼が人に生まれ変わる事が出来たのか…
その答えは残されたものにはわからない。
ただその思いを想像する事しか出来ない。

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シンジは走っていた。
その服装はジャージで肩にはスポーツバックを背負っている。
それだけをを見ればたいていの人が部活帰りの中学生だと思うだろう。

ガン!!
  ズン!!!
    ドン!!!!


彼が走っている場所が紛争地帯並みに爆発と破壊を繰り返していなければ・・・

シンジが周囲を見回すとクレーターやら吹き飛ばされた木の残骸やらが散乱している。
ここの自然はすべて人の手が加わった人工的なものではあるがこれも環境破壊と言えるだろうか?
そしてその中を通り抜けるシンジは・・・

「しつこいな・・・」
(彼らは君を捕まえに来たんだ。他の子はともかく君は逃がしちゃくれないよ)
「・・・他人事みたいに言わないでくれます?」

結構余裕だったりする。
こんなものと比べ物にならない危ない橋を渡ってきたのだ。
この程度ならわざわざ能力を使うまでも無い。

「合成人間のようですけれど統和機構とは別口でしょうね?」
(それは間違いないだろうよ、口約束でもトップが不干渉を認めたんだ。わざわざそれを破る理由が無い。)
「と言う事はゼーレっていう連中のほうか・・・でもどうしてわざわざこんな意表をついた拉致じみたことを?確かネルフの上位組織でしょ?」
(・・・信用の問題だろうね)
「信用?」
(悪い事をしている連中ってのは総じて人を信用しない傾向にある。おそらくネルフとゼーレは完全な一枚岩じゃない)
「・・・なるほど」

あの髭の司令を信用しろというのは難しい
あそこまで怪しい人物がなぜ本来尊敬されるべき司令職が勤まるかはやはり謎だ。

「にしてもぼくを捕まえるにしてはヒートアップしすぎのような・・・」
「待ちやがれクソガキ!!」
「特にあの人が・・・」

シンジが横目で見ると男が一人追って来ていた。
最初に口から爆発物を吐き出した男である。
どうやらそれが【NINE】と呼ばれているこの男の能力らしい。

再び【NINE】が口から液体を吐き出した。

ボン!!
「うぐ!!」


シンジは爆風を背中に受けて飛ぶ。
しかしこれは計算のうち、爆風を利用して距離を稼いだのだ。
シンジは余裕で地面に降り立つと再び走り出す。

「危ないッたらありゃしない・・・」
(シンジ君、下だ)

ブギーポップの言葉に走りながら下を見ると地面から”手”が生えていた。

「うわ!!」

思わず飛んでよけると腕はそのまま地面ごと”立ち上がった”。
徐々に腕が生えていた部分の色が変わって人間となる。
現れたのは全裸でスキンヘットの黒人だ。
しかし黒人と言うのも体が黒いと言うだけで顔立ちだけ見ると東洋系の顔をしている。
身長は2m位だろう

【FOUR】と呼ばれる合成人間だ。
体の表面のメラニン色素を調節することでカメレオンのように周囲の風景に擬態する事が出来る合成人間だ。

「くっ」
「坊や、おとなしくついてきてくれないかね?」

シンジが振り向いた先にいたのは60代くらいの婦人がたたずんでいた。
これもどこかおかしい
まず服装がピンクのジャージなのはまだいい、その上からでもわかる三段腹もビア樽体型も個人の自由だ。
しかし顔は笑顔の形になっているのに目をそらすと食いつかれそうな妙な殺る気まんまんのプレッシャーを感じるのはいけない。

「あなたは?」
「おや、名乗ってなかったかね?【EIGHT】と呼んでおくれ」
「また後日ではいかがでしょう?マドモアゼル…」
「女の申し出を断るもんじゃないよ」
「いや、何か女終わっている感じもしますが…」
「口の減らない小僧だね!!」

どうやらお気に召さなかったらしい
右手を振りかぶるとシンジに手を伸ばしてきた。
文字通りの意味で・・・

「うお!!」

いきなり右手が飛んできた。
正確には以前戦ったマリオネットのように手が伸びてきたのだ。
しかもその長さはおそらく数メートルに達しているであろう。

「まだまだ!!」

さらに左腕も伸びてくる。
その指先で異様なまでに伸びた爪がシンジに迫った。

「くっ」

何とか避けて距離をとると【EIGHT】を見た。
両腕が蛇が鎌首をもたげるようにシンジを威嚇している。

「蛇みたいだな…」
「殺ャァァァ」

両手がさらにシンジに迫るが今度は余裕を持って避けた。
トリッキーな動きだが避けられないほどでもない。

「ちっ」

【EIGHT】がとらえそこなった腕を忌々しげに木に叩きつける。
その爪が刺さった部分が急速に変色した。
爪の部分から分泌される強力な毒素のせいだ。
これが人間の体に刺さったなら瞬時に全身に回って息の根を止めるだろう。

【EIGHT】の能力、それは蛇のような特殊な骨格の伸縮自在な腕を持ち、さらに指先から分泌する毒物を爪を使って相手に突き刺し息の根を止める能力、完全な戦闘特化型の合成人間だ。

「何で捕獲対象を殺しにかかってるんだこの連中?」
(たまたまそんなメンバーが残ったんじゃないか?)
「今日の占いは双子座トップだったんだけどな・・・」
(いろいろ憑いてるけれどね)
「いやな憑き方ですね・・・」

そのままさらに走る。

程なくシンジの目の前に一人の男が立ちふさがった。
最初にシンジに話しかけてきた男で【ONE】と言うらしい。

「そろそろ追いかけっこは終わりにしよう」

その言葉と共に後ろの3人が追いついてきた。
前後で挟まれた状態だ。

「ぼくをどこかに連れて行くのが目的だったのでは?」
「その通りだ。」
「にしては少々過激すぎません?」

【ONE】は肩をすくめた。
苦笑をしているところを見ると悪いとすら思っていないようだ。

「本気でどうこうしようとは思っていない。君の能力と護衛の有無を知りたかっただけだ」
「そうは思えませんでしたね」
「我々も手段を選んでいられないのだよ。・・・統和機構の名に聞き覚えは?」
「ありませんね」

シンジは即答した。
もちろん大嘘・・・ある意味最大の敵だ。
知らないわけが無い。

しかし状況が状況だ。
詐欺ならともかく正直者が尊ばれるのは聖書の中だけで十分だとシンジは思う。

どうやら彼らはシンジが危険な状態になれば護衛なり何なりが助けに入ると思っていたようだ。
あるいはシンジが自力で反撃できるかどうか試していたのだろう
しかしシンジは逃げるだけで何もしなかったため痺れを切らして【ONE】が出てきたらしい・・・念の入った・・・と言うより念を入れすぎた対応にシンジの表情がうんざりしたものになる。

「嘘ついてんじゃあねえぞ!!」

【NINE】が口を挟んできた。
話の腰を折る【NINE】を【ONE】が睨む。

「お前は黙っていろ・・・」
「し、しかし」
「黙っていろと言ったぞ!?」

【ONE】が怒鳴った。
【NINE】は興奮しすぎている。
このままでは本当にシンジを殺してしまいかねない。

「それで、ぼくを呼んで来いって言ったのは誰なんです?」
「・・・それを言うわけにはいかない。気になるなら我々と来てもらおう」

どうやらシンジを連れて行くということは譲れないらしい。
それが目的でこんなところに来たのだから当然といえば当然だ。

(連れて行かれたら何されるんでしょうね?)
(とりあえず自白剤の類を血管にご馳走されると思うよ)
(その後楽しくお話タイムですか?会話の内容も予想できますよ?)
(多分「お前の秘密をはけ」ってことだろうね)

シンジは半眼になって口を開いた。

「拒否した場合は?」
「・・・我々のほかのメンバーは君の友人と共にいるはずだ」

これは遠まわしな脅迫だ。
つまり友人を人質に取っているからおとなしくしろと暗に言っている。

「・・・・・・四人のうち二人はぼくと同じエヴァのパイロットですよ?」
「エヴァというのはイメージで動かすものと聞いている。腕や足の在る無しは関係あるまい?」

その言葉にシンジの唇が場違いにも笑みの形に歪む
しかもただの笑みではなく好戦的な笑みだ。
レイやアスカ達にはこんな顔は絶対に見せない

「・・・なにがおかしい?」
「いや・・・今日はいろいろとついていなかったんだ・・・」
「なに?」
「いきなり裸で実験されたり使徒のせいでそのまま射出されたり・・・」
「・・・・何を言っている?」
「しかも見られたしね・・・どうやらこの事態は計画的なものらしい・・・」
「答えろ!!」

【ONE】が苛立った声を上げる。
それほどに今のシンジは強大なプレッシャーを発していた。

「くくくっだけど最後の最後で八つ当たりの相手がわざわざ自分から来てくれるなんてね・・・しかも同情なんか必要なさそうだ・・・」

シンジは持っていたバックに手を突っ込んだ。
合成人間達はシンジが何か武器を取り出すのを警戒して身構える。

当のシンジはそんなのを無視してバックの中身を取り出した。
それは夜色のマントと同じ色の筒のような帽子
体を回転させるようにして素早く着込む。

「な、なんだ?」

【NINE】は目の前の光景の意味がわからなかった。
捕獲する対象のシンジがいきなり取り出したマントを羽織った。
しかも普通のマントではない。
装飾品をいくつも付けたマントに身を包み、筒のような帽子までかぶった奇抜な格好・・・

「そんな奇天烈な格好で何しようって言うんだ?」

【NINE】の言葉には答えず、シンジは行動で答えとする。
いきなりシンジの姿が消えて【FOUR】の目の前に”移動”した。
目の前に現れたシンジに【FOUR】が驚くがシンジはお構い無しだ。
【FOUR】よりシンジの動きのほうが早い。

ドス!!
「ぐう!」

問答無用の蹴りが鳩尾に決まって【FOUR】が体をくの字に折る。
シンジは下がった頭に真下から折りたたんだ肘を顔面めがけて突き上げる。

グシャ!!

【FOUR】の鼻骨の部分が陥没してそのままのけぞる。
のけぞったことで再び目の前に出た鳩尾に今度は銃の様な形にした指先を向ける

ズド!!

衝撃波がゼロ距離で叩き込まれた
2mの巨体が体の中心に大穴を空けられて沈む。

他の3人はそれをあっけにとられて見ていた。
何が起こったのか理解できない

「さっき何をするつもりか聞いたな?」

シンジの言葉に3人の視線が集まる。
そこには静かで壮絶な笑みを浮かべるシンジがいた。

「昔からあなた達のような人を相手にするときは容赦しないって決めてるんだよ。ぼくだけに的を絞っておくべきだったね」

それは正しく死刑判決に近かった。

「ざ、ざけんな!!」

【NINE】が口を開いて液体を吐き出す瞬間、シンジは【NINE】を銃のような形にした手で指す。
そのまま口から液体が吐き出された瞬間、衝撃波が液体を貫く。

ボン!!
「ガア!!」

目の前で起こった爆発に【NINE】がのけぞって倒れる。
顔面を軽くやけどしていて体が小刻みに痙攣していた。

「悪いが僕も参加させてもらおう」

言葉を発したシンジの顔は片方の目が細められていた。

残された二人はその光景に固まっている。
数分前まで目の前にいたのはただの中学生だったはずだ。
なのにこの状況はなんだ?

目の前の少年は報告ではただの中学生のはずだ。
それなのに合成人間を二人も倒してしまった。
しかもその強さは尋常ではない。

「く、くそ!!」

【EIGHT】がシンジに向けて走り出した。
即座に両腕を伸ばしてシンジをおそった。

「・・・」

ブギーポップと飛んできた腕が交差した瞬間、横に半歩避けたブギーポップがいた場所に空間を切り裂くような鋼線の光が走った。

ブシャ!!!!
「ぎゃああああああ」

派手に血を撒き散らしながら【EIGHT】が吹っ飛ぶ。
それを見たブギーポップの顔がシンジのものになる。

「覚悟はいいか?」

シンジは最後に残った【ONE】に話かける。

「・・・予想外の戦闘力だな・・・君も合成人間か?」
「・・・・・・天然だよ。合成素材でも養殖でもない」
「きつい皮肉だ」

【ONE】の態度にシンジは妙な違和感を感じた。
この状況でまだ余裕があるように見える。

「・・・何を隠している?」
「それはこっちのセリフだと思うがね、君は危険だ」
「ならばどうする?」
「そうだな・・・」

【ONE】は少し首を傾げたがその顔は笑っていた。

「こうさせてもらおう」

【ONE】がつぶやいた瞬間、シンジの中に何かが湧き出してきた。

「かは!!」

理解できない苦しみに思わず膝をつく
何が起こったのかすらわからなかった。


【ONE】の能力、それは催眠術と呼ばれるものだ。
自分の言葉に不可聴領域の音を混ぜる事によって相手を催眠状態に置く
そしてこの催眠術が及ぼす影響、それは相手の”トラウマ”を無理やり引き出すこと・・・
人間ならば誰しも持つ忘れてしまいたい記憶・・・
それを表層意識に浮き出させてその記憶の中に閉じ込めることが出来る。

(シンジ君!?)

主体性の無いブギーポップにはこのような精神に働きかける能力は効かない

しかしシンジはそうは行かなかった。

【canceler】で否定することも出来なかった。
シンジの能力の発動は認識するところから始まる。
逆を言えばシンジが認識できない状況はキャンセルできないのだ。

「ぐっ」

思わず倒れこむと同時にシンジの精神は堕ちて行った。

封印された記憶の中へと・・・






To be continued...

(2007.07.28 初版)
(2007.10.06 改訂一版)


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