天使と死神と福音と

第拾章 〔招かれざる神入者〕
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presented by 睦月様


堕ちて行く……堕ちて行く……

深く……深く……

終着点は封印された記憶の扉……

・・・・・・・・・・・・・ぼくの名前は碇シンジ
・・・・・・・・・・・・・・・・10歳
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小学4年生

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ザー

雨が降っていた。

ザーザー

どんよりと曇った空から無数に降ってくる。

ザーザーザー

「…ジ…」

ぼくは学校からの帰りだった。

ザーザーザーザー

「…ンジ…」

傘にあたる雨音が好きだ。
壁や窓に当たって流れる水の音を聞いていると心が落ち着く。

ザーザーザーザーザー

「…シンジ…」

TVで聞いた血液の流れる音が似ていると思ったことがある
水の流れる音で落ち着くのは母親の体の中にいたときにずっと聞いていたからかもしれない。

「シンジ!!こっちむけよ!!」

いいかげんうんざりしてきた。
ぼくは不機嫌を隠しもせず後ろを振り返る。

「シンジのクセにいい度胸しているじゃないか!!」

目の前にいたのはランドセルを下げた同級生…
名前は山本リュウスケ
他の同級生と比べて大柄な体とそれ以上の横幅を持っている
ぼくを“いじめていたグループ”のリーダーみたいな事を“していた”奴だ。

「リュウスケ、しつこいよ」
「ふん、人殺しの息子のクセにえらそうな事言うなよ!!」

子供は無邪気に残酷だ。
目の前の同級生がこの言葉の意味を本当に理解しているとは思えない。
だから簡単に他人に向かって言うことが出来るのだろう。

「…その言葉も聞き飽きたよ。」
「おまえ生意気だぞ!!」

リュウスケがリーダーをしていたいじめのグループはもうない。
ぼくがいじめを無視していたら飽きたのか空中分解してしまったのだ。
まあ時にはばれないように実力を行使したりもして黙らせた事もある。

「ちょっと待てよ!!」

ぼくは無視して歩き出す。
リュウスケはそんなぼくの後ろからついて来ていた。

「ふざけるなよ!!人殺しの息子が!!!」

相変わらずボキャブラリーが少ない奴だ。
他の言葉を知らないんじゃないだろうか?

でも・・・リュウスケがこうやってぼくを挑発する理由にも見当がついていた。

ブギーさんとの経験のせいだろうか?・・・人の本心がなんとなくわかるような気がする。
つまりこいつはぼくをいじめることで自分をアピールしたいのだ。
ぼくをいじめていた集団のリーダーをしていたときこいつは周りの皆から注目されていい気分だったに違いない。
しかし、ぼくが無視をしたせいで小山の大将は自分の山をなくした。
そこでこいつは考えたはずだ・・・どうすればもう一度自分は注目されるか?

「・・・・・・解かり易い」
「ん?なんか言ったか?」
「なにも」

ブギーさんと一緒に戦うようになって2年が経つ
その間に何人かの世界の敵との戦いでぼくはいろいろなものを見た。

世界の敵・・・

彼らは敵だった。
世界を危機に陥れる存在・・・
しかし彼らの中には自分達の中の揺るがぬ思いと共にあった者もいた。

世界を愛しすぎた者・・・
世界に見放された者・・・
世界と相容れなかった者・・・

その揺るがぬ姿勢、気高さに比べて・・・

「聞いてるのかシンジ!?」

こいつはなんなんだろう?
あの人たちは死んでこの世界から消えるしかなかった。
こいつにあの人たち以上にこの世界に残る資格があるというのだろうか?

ぼくはやるせなさに大きなため息をついた。

「いい加減にしてくれよリュウスケ・・・」
「なんだと!!」
「うるさいんだよ」
「こいつ!!」

リュウスケが怒って殴ってきた。

ぼくは体をずらしてぎりぎりで避ける。
だてに命のやり取りをしていない。
素人のリュウスケの攻撃なんか当たるわけがない。

「わ!!」

勢いでリュウスケが水溜りに突っ込む。
頭から泥にまみれている。
ちょっといい気味だ。

「なんで避けるんだ!!」
「避けるだろ?」

泥まみれのリュウスケがぼくをにらんできた。
だけどぼくがそれに応えてやる必要なんて無い。
無視して歩く

「何してんだよ!!お前のせいで汚れたんだぞ!!助けろよ!!」
「知らないよ」

汚れた言い訳でぼくのせいだって親あたりに言うかもしれないがこれ以上こいつと一緒にいたくない。
せっかくの雨音が大声で台無しだ。
こんな日は部屋で水の流れる音を聞きながらチェロを弾こう。
こういうときにプレハブの一人暮らしはいい
遠慮なく趣味のチェロを弾ける。

「捨てられたくせに!!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・失敗した。
その一言に驚いて足が止まってしまった。
父さんとのことはいまだに割り切れたわけじゃない。

でもそれをリュウスケに知られたのは痛い
ここぞとばかりに悪口を言ってくるはずだ。

「ははんやっぱり捨てられたんじゃないか!!」
「そんなことお前に関係ないだろ?」
「へん!お前みたいな奴捨てられて当然さ!!」

ぼくだって人間だ。
我慢できないこともある。

「いいかげんにしろよな!!」
「お、へへやる気か?」

リュウスケは漫画の主人公を真似て構えを取った。

・・・いいじゃないか、そっちがその気ならやってやる。

ぼくは傘をたたむとリュウスケに近づいた。
リュウスケは笑いながら殴ってくるがぼくは寸前で身をひねると殴ってきた腕をとって一本背負いにかける。

「わああああ」
バシャン!!

悲鳴と一緒にリュウスケはまた水溜りに突っ込んだ。
人を殴ろうとしたんだからこれくらいは当然の報いだろう?

「な、なにするんだ!!」

ぼくは問答無用でリュウスケの胸に足をかけて水溜りの中にけり倒す。

「なんだじゃないだろ?そっちから仕掛けてきたんじゃないか!!」
「この!!どけろよ!!」

リュウスケはぼくの足をどけようとするけれどぼくは踏み込みを強くして動けないようにする。
ぼくだってこんな事がしたいわけじゃない、でももううんざりなんだ。

「二度と言うな、わかったな!!」
「わ、わかった」

胸を踏みつけられてリュウスケは苦しそうだ。
顔が苦しさで赤くなっている。

「・・・もう言うなよ」

ぼくが足をどかしてやるとリュウスケが咳き込んだ。
何度も水溜りに落ちて風邪を引いたかもしれないがぼくの知ったことじゃない。
さっさと帰りたい。

「ちっお袋がいないくせに・・・」
「なに?」

リュウスケが性懲りも無くしゃべった言葉に振り返るとおびえた顔でぼくを見る。
そんな顔をするくらいならしゃべらなきゃいいのに・・・

「ひっ、ほ、ほんとのことじゃないか!!」
「おまえ・・・」
「お、おまえの母さんは”消えちまった”んだろ!?」

ドクン!!

「え?」

・・・今・・・なぜか心臓の鼓動が早くなった?

「み、皆言ってるぞ!お前のおやじは実験でお前の母さんを消したって!!」

ドクン!!・・・・・・ドクン!!・・・・・・

何故こんなに鼓動が早くなるんだろう?
それになにか・・・

ドクン!!

どこかの実験場・・・・・・

ドクン!!ドクン!!

モニターに映る母さん・・・・・・

ドクン!!ドクン!!ドクン!!

「この子達には明るい未来を見せてやりたいんです・・・」

ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!

そして父さんが「実験開始」と言って・・・・・・

ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!

そして母さんは・・・・・・・・・ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!
・・・・・・・・・・・・・消えた。

うっああああ!!!!!

頭に激痛が走る。

思い出した。思い出した。思い出した。思い出した。思い出した。思い出した。思い出した。思い出した。・・・・・・・・・・・・・・・・・

ぼくは母さんが”消える"ところを見ていたんだ。
でもあまりにその記憶がつらくて忘れていた。

「ひい!な、何なんだシンジ!!」

リュウスケの言葉に目を開けるとぼくはひざ立ちなって頭を抱えていた。
足もとの水溜りにぼくが映っている。

「な、なにこれ・・・」

水に映ったぼくは淡く光っていた。
体全体が白い光に包まれている。

「き、きもちわりい」

リュウスケが立ち上がってぼくを蹴飛ばして遠ざけようと足を上げた。
短絡的なリュウスケは自分が下がればいいということに気づいていない・・・いや、これ以上シンジに負けたくないという子供のおろかな意地かもしれない。

「だ、だめ・・・」

激しい頭痛の中ではそう言うのが精一杯だった。
わかりすぎるほどにわかる。

この光に触っちゃいけない。
これに触ったら取り返しのつかないことが起こる。

でもそんなぼくの気持ちなんてリュウスケにはわからなかったらしい。
サッカーボールのようにぼくを蹴ろうとした足が光に触れた瞬間・・・

キュア・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・リュウスケは消えた。

「あ、あああああ・・・」

ぼくにはわかる。
何が起こったのかを・・・

リュウスケは消えてしまった。
この世界のどこからもいなくなってしまった。
記憶も記録も山本リュウスケがいたという証のすべてが消滅してしまった。

「うっつ・・・」

吐き気が来た。

理由はわからないがわかる。
ぼくのせいだ。
ぼくの力に触れた瞬間リュウスケは最初からいなかったことにされてしまった。
究極の無・・・それがぼくが目覚めた能力・・・母さんが消えてしまったトラウマから生まれたすべてを消滅に導く力・・・

「ぐがあああああ」

すべてを理解した瞬間
ぼくはとっても利口で愚かな事をしてしまった。

自分のやったことのあまりのショックに目覚めたばかりの無の力でその無の力の消滅を願ってしまったのだ。

無の力で無の力の消滅を願う
それはメビウスの輪の様に終わりなき輪廻・・・
無の力はそれにかかわるぼくの記憶と共に己で己を打ち消し合うと言う矛盾のサイクルに入ってしまった。

マユミさんにも記憶が読めなかったのはこのためだ。
その記憶はサイクルにとらわれてぼくの中から失われていたのだから・・・
能力に目覚めた事もそれによって同級生が一人いなくなったことにも気づかなかった。
自分の中に能力が発現した事に気づいたのはもう少し後のこと・・・

そのときにはぼくの力は歪んだものになり、状況を打ち消すという能力になってしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・リュウスケのことは問題にはならなかった。
人一人が消えてしまったのだ。
しかも小学生の子供が消えたとしたら事件にならないのがおかしい。

しかしその子供が”最初からいなかったとしたら”どうだろう?
最初からいなかった友達・・・
最初からいなかった生徒・・・
最初からいなかった・・・最初からいなかった・・・

当然、彼の両親もいない子供のために捜索願など出すはずは無い。
もちろん先生も友人たちも同じだ。

本来ならぼくだけにはあいつの記憶が残るはずなのだが・・・・当時のぼくはリュウスケを消した記憶を失っていたんで他のみんなと同じようにリュウスケのことを忘れてしまっていた。

誰も彼の存在を覚えていないし存在した事を証明する事も出来ない。
それは死よりも残酷な事・・・
誰にも覚えてもらえず、その人生もゼロにリセットされる究極の無・・・

そうして山本リュウスケの存在は消滅した

ぼくが・・・消した・・・・・・・

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「なあこいつ殺していいだろ?」

【NINE】が憎憎しげにいった。
見下ろす視線の先にはうつぶせに倒れたシンジがいる。

「さっさと殺しちまいな!!」

【EIGHT】も切断された腕を押さえながら叫ぶ。
どうやら二人とも死んではいなかったらしい。
ただ【NINE】は顔にやけどをおっているし【EIGHT】も傷口から血を流している。
無事とは言いがたい。

「まて、われわれの任務は碇シンジを連れてくることだ。」
「ちっ」

舌打ちをすると【NINE】はシンジの頭を踏みつけた。
しばらく殺意の視線で見ていたがふとあることに気づいて足をどける。

「殺さなきゃいいんだよな?」
「なに?」
「あんたさっき言ってたな?パイロットは手足のあるなし関係ねえって」
「・・・まて」

【NINE】は口の端を吊り上げる。
なにを考えているか知らないがろくなことではないだろう。

「手足の一本で勘弁してやる」

【ONE】は危険を感じた。
もともと【NINE】の能力はそんな加減が出来るようなものではない。
近くにいる【EIGHT】も面白そうな顔で止める気配が無い。

【ONE】がとめる暇も無く口から吐き出したものがシンジに落ちて光を放つ

「けけけ・・・なに!!」

【NINE】だけでなく3人ともが驚愕の表情になる。
確かに閃光は走ったのにその後に来るはずの爆発がこなかった。
それだけでなく閃光すら一瞬で掻き消えてしまったのだ。

視界が戻るとゆっくり立ち上がるシンジが見えた。

帽子が地面に落ちて無表情のシンジの顔が見える。

「お、おれの催眠術から自力で戻ったというのか?」

【ONE】が呆然とつぶやく
目を覚ましたシンジは周囲を見回して【ONE】の姿を見つける。

「ありがとうございます」
「なに?」

シンジは深く頭を下げている。
【ONE】 はあわてた。
何故自分が礼をわれるのかわからない。

「貴方のおかげでぼくは忘れてはならないことを思い出すことが出来ました。」

頭を上げたシンジの顔には相変わらず表情が無かった。

「あらためて、ぼくは碇シンジ・・・〔無の概念能力〕の使い手です」

・・・・・・・・・封印は・・・・・・・・・・・解かれた。

「無の概念能力だ?ふざけんな!!」

言葉と共に【NINE】は口から液体を吐き出す。
対するシンジはマントから左手を抜出して目の前に掲げただけだ。

液体が地面に落ちた瞬間、閃光が起こる。

「よし・・・なんだと!!」

勝利を確信した【NINE】の顔が次の瞬間歪む
閃光だけで爆発が起きなかったのだ。

「【Left hand of denial】(否定の左手)この光る手が触れるすべての現象が否定される・・・爆発という現象を否定しただけだよ。」

そういうシンジの顔には相変わらず表情がない。
表情の読めない顔が不気味な雰囲気をかもし出していた。

「ふざけんじゃないよ!!」

見詰め合うシンジと【NINE】の横から濃密な殺気が来た。
正体は【EIGHT】の残った右腕・・・

シンジは後ろに下がって避ける。

「死にな!!」

【EIGHT】の右腕が大蛇のようにくねりながらシンジに迫る。
それに対してシンジはマントから右腕を出した。

「【Right hand of disappearance】(消滅の右手)」

短くつぶやくと前に出た。
向かってくる【EIGHT】の右手に答えて光を帯びた右腕を前に出す。

両者の腕がぶつかった瞬間・・・・

「な、なんだって!!」

【EIGHT】の右腕が一方的に負けた。
いや、負けたというのも生やさしい。
シンジの右手に触れた部分から消滅していっている。

シンジの動きは止まらない
右手を消滅させながら【EIGHT】の本体に迫る。

「ひ、ひゃぁぁぁぁぁぁぁ         」

悲鳴は途中で切れた。
後には体の右半分が消滅した【EIGHT】のなきがらだけが残る。

「全ての存在を触れる事によって消滅させる右腕・・・」
「う、うわあああああ!!」

その光景を見た【NINE】が逃げを打つ
それを見たシンジは白く光る右手を【NINE】の背後に向けて振り抜く。

「な、なんで・・・」

背後を振り返った【NINE】の目の前いたのはシンジだった。

「【Left hand of denial】(否定の左手)で距離を否定しただけですよ。物理的なものでない限りぼくの左手はその概念を否定し、ゼロに出来るから・・・」

マントから出したシンジの左手は白い輝きを放っている。
シンジは【NINE】の背後と自分との間に存在する空間を消滅させることによって瞬間的に【NINE】の背後に移動したのだ。

「あ、あははは・・・」

【NINE】がうつろに笑う。
逃げられないと観念したのだろう。
その瞳がシンジをまっすぐに見た。

「化け物め・・・」
「・・・・・・」

【NINE】の言葉に対するシンジの答えは無表情で光る右腕を裏拳で横に振りぬくこと・・・それで【NINE】の人生は終わった。
後に残ったのは頭を失った【NINE】の死体だけだ。
それを見るシンジの表情は・・・やはりない。

「・・・後はあなたただけです。」

そう言って振り向いた視線の先にいたのは【ONE】だった。
彼も【NINE】と同じく逃げられないと思ったのか、じっとシンジ達の一連の事態を見ていたようだ。

「・・・我々はとんでもないものを敵に回してしまったらしい・・・」
「無駄ですよ、あなたの催眠術によって引き起こされる現象も否定しています。」

シンジの左手はやはり光っていた。
【ONE】の能力は完全に封じられている。

「すいませんがあなたを見逃す事は出来ません」
「理由があるのか?」
「この力を見た以上見逃す事は出来ない」
「なるほどね・・・」

それ以上言葉を重ねれば【ONE】を殺すことの言い訳にしかなるまい。
シンジは目の前に両手を掲げる。
両手は白い輝きをまとっていた。

「・・・・・・」

シンジは無言で両手を打ち合わせる

パン

シンジが手を開いたとき、何も無かったはずの両手の間に白い球体が浮かんでいた。
何物をも飲み込むような淡い輝き

「それが君の奥の手か?」
「【Impact of nothing】(無の衝撃)・・・全ての存在を消し去る光・・・」
「そうか・・・」

【ONE】はポケットからタバコを取り出し火をつける。
これから殺されようとしているのに取り乱すことさえない。

「俺はどうなる?」
「・・・最初からいなかったことになります。」
「誰も俺の事を覚えてないってことか?」
「そういうことですね・・・この能力を使ったぼく以外は・・・」
「そうか・・・」

【ONE】は深く息を吸い込む。
肺にタバコのにおいが充満した
咥えているタバコが急速に灰になっていく。
それに満足したのか【ONE】は短くなったタバコを捨てた。

「いいんですか?」
「逃げても無駄だろう?それに生きて帰れてもおそらく事情を聞かれて殺される。そのあたり組織は厳しいものだ。」
「・・・・・・痛みはありません」
「すまんね」
「何故謝るんです?」
「君がつらそうだからな・・・」
「・・・・・・」

シンジは相変わらず無表情だった。
勤めて自分の心を殺している。

「・・・・・・」

シンジは無言で【Impact of nothing】(無の衝撃)の力を解放した。

【ONE】の姿が光に消えていく

生まれてきたという現象を否定され・・・その存在が消滅して・・・
いたという事実さえ消去され・・・名前も知らない【ONE】と呼ばれた男はどこにもいなくなった。

・・・シンジの記憶以外には・・・・

(シンジ君?)
「ブギーさん、彼の記憶はありますか?」
(・・・ある)
「そうですか・・・シンクロしているせいですかね・・・」

シンジの顔はやはり無表情だった。
・・・自分には悲しむ資格さえないとその無言が雄弁に語っている

(シンジ君、君は記憶が・・・)
「はい、ぼくが能力に目覚めたときの事も、使徒を消したときの事も覚えています。」
(そうかい・・・)

それ以上交わす言葉はお互いなかった。
シンジは落ちていた帽子を拾ってかぶる。

「お早いおつきだな・・・」

シンジの口から自動的な声が漏れる。
その言葉は背後に現れた人物に向けてのものだ。

「こちらの不手際で面倒をかけた。」
「何時からいたんだい?」
「今、到着したところだ。」

背後にいたのはサングラスをかけてグレーのスーツを着た人物だ。
オキシジェンの付き人であるカレイドスコープがいつの間にかそこにいた。
ブギーポップは振り返らずに会話を続ける。

「お互いの相手には不可侵だったが今回は仕方ないと言うことでいいかね?」
「もちろん、主からもそのようにしろと聞いている。」
「ならば後始末を頼むよ。」
「むろん・・・しかしこの町には面白い人材がそろっているようだな」

その言葉に緊張が高まる。
カレイドスコープの言う人材とは当然レイやアスカ達のことだ。

「・・・・彼女達に手を出すつもりかい?」
「統和機構の本来の目的は・・・・・・」
「そんなことはどうでもいい」

ブギーポップに代わってシンジが出て来た。
その声に抑えきれない怒りの感情が宿っている。

「彼女達はぼくが監視している。お互いの行動には不可侵のはずだ。」
「・・・・・・」
「それともあんたも消えるか?今のぼくは機嫌が悪い、統和機構ごと消してやるぞ」

カレイドスコープはシンジの能力の事を見てはいなかったがその言葉に含まれたものがはったりとは思えなかった。
携帯電話を取り出すとどこかにかける。

しばらく電話の相手と話した後に顔を上げた。

「君の言うとおり彼女達には我々は関与しない」
「本当に?」
「中枢からの命だ。」

それを伝えると同時に気配が消えた。
シンジが振り返るとやはり誰もいない。

「シンジ君!!」

名前を呼ばれて振り返るとレイ、アスカ、凪がいた。
どうやら無事らしい

シンジの顔がほころぶ
シンジの無事な姿に安堵したレイとマユミが走ってくる。

それを見るアスカは静かに微笑んでいた。
光沢のない瞳を見るとどうやら歪曲王がでてきているらしい。
凪も同じように微笑んでいる。
二人とも返り血が凄い事になっているが気にしていないらしい。

「「シンジ君」」

駆け寄ってくるレイと・・・マユミを見てとっさにシンジは顔をそらす。
今の自分の記憶を読まれたくはなかった・・・

それをみた皆は不思議そうだったが・・・

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「さて、事情を説明してもらいましょうか?」

シンジの家のリビングでアスカが仁王立ちで見下ろしている。
視線の先にいるのは当然シンジだ。

フロアーの床に正座させられている。

「じ、事情といっても・・・」

シンジは大量の汗をかいている。
蛇に睨まれたかえるのように動けない。
予想外の状況だ。

(な、なんで歪曲王が出てきていたのに記憶があるんですか!!)
(さあね、でも自分が歪曲王だって言うのはやっぱり覚えてないみたいだからたいした問題じゃないよ。)
(ぼくはたいした問題なんですが・・・しかも現在進行形で・・・)

ちなみにシンジ以外に歪曲王の事を知っている凪とマユミはアスカの後ろでお茶をすすっている。
我関せずが基本方針らしい。

凪の視線がシンジとぶつかった。

《助けてくださいよ凪さん!!》
《自業自得だ。自分で何とかしろ》
《ちぃ》

アイコンタクトで意思を伝え合うが援軍の見込みは無い。
シンジは続けてマユミを見ようとして・・・

「・・・・・・」

思い返して視線をそらした。
今は彼女と視線を合わせたくない。

「?」

マユミはいきなりそっぽを向かれていぶかしげな顔をしている。

「人の話を聞きなさい!!」
「はい!!」

要するにアスカが聞きたいのはあの集団はなんなのかという事だ。
しかし事情を話してアスカ達まで巻き込むのも・・・・

「とにかくそれはいえない」
「なんでよ!!」
「危険だからだよ、言うまでも無いだろう?」

それを聞いたアスカが声もなく震える。
まあ、予想できたことだ。
一発くらい殴られる覚悟を決めていたら、やっぱりアスカに平手で顔をは叩かれた・・・痛くはあったが予想通り・・・しかしその後は完全に予想外だった。

アスカは女の子のみに許された必殺技を使って来たのだ。
まさか大泣きされるとは思わなかった。

「ち、ちょっとまった!!何で泣く!!」
「うっさい!!」

立ち上がってなだめようとするがどうしたらいいか分からなくて思わずあとずさってしまう。
さすがのシンジも同い年の女の子を泣かせてしまったときにどうすれば良いかは分からない。

トン
「ん?」

何かにぶつかって後ろを振り向くとこれまた赤い瞳からぽろぽろ涙をこぼすレイがいた。

「シンジ、女の子を泣かすなんてお前はジゴロか?」
「見損ないましたよシンジ君!!」
「・・・・・・あんたら鬼か?」

凪とマユミが猛抗議・・・女は女の味方らしい
結局この後、本部から帰ってきたマナ達も含めて全部話すことになった。

「統和機構にゼーレ・・・アンタなんでそんなにいろいろ隠してたのよ!!」
「簡単に言うと危険だから。」

ゼーレはネルフの上位組織で何かを画策しているのは間違いない
エヴァはそのための重要なファクターなのは分かっている。
そのためにそれを動かす事の出来るパイロットは重要なはずだ。
レイの事も保険(クローンの体)がなくなった以上その重要度は変わらない。

総合的に考えるとパイロットの生命は保証されているといっていい。
もっともあの合成人間のように手足は要らないだろ?な感じの考えや洗脳を考える必要はある。
しかしそこはそれ、こちらもほとんどが能力者の集団だ。
殺さずにどうこうするのは殺すよりもはるかに難しい。

だが問題なのは統和機構のほうだ。
彼らに関してはそういった制限がない。
一応同盟は結んで入るがそれはトップとブギーポップ個人との物だ。
最悪の場合は彼ら本来のスタンスでMPLSの捕獲行動にでる可能性もある。

シンジはそのあたりも含めて皆に話した。

「まったく、あんたなんでも一人で抱えすぎよ」
「面目ない・・・」

ひたすら謝るしかない。
自分の行動が間違っていたとは思わないがそれでもこの状況は謝るべき状況だ。

「・・・とにかく今日はこのあたりで解散しましょ」

マナが気を利かせて打ち切りを宣言した。
シンジとしては心底ありがたい言葉
しかしアスカは難しい顔だ。

「シンジ?」
「なに?」
「あんたまだ何か隠してるでしょう?」
「うん、隠してるよ」

シンジはあっさり言い切った。
まったく悪びれたところがないのは開き直ったからだろうか?

「・・・・言えないの?」
「ごめん、まだ確証も無いことだし・・・・」
「・・・・あたし達のため?」
「・・・・・・・・・・」
「それでも言えないの?」
「ごめん・・・」
「・・・・いつかは教えてくれるの?」
「・・・・・・・時機を見て話すよ・・・それまで待ってほしい」
「わかったわ・・・」

アスカは顔を背けると振り返らずにシンジの家を出て行った。
他の皆もそれに続く

「シンジ君・・・」

他の皆が出て行って最後に残ったマユミが話しかけてきた。
自分をまっすぐに見ようとするマユミからシンジは目をそらす。
明らかに挙動不審だ。

「ど、どうかしたの・・・?」
「心配しなくても勝手に記憶を読んだりしません」
「え?」
「シンジ君・・・帰ってきてから私と視線を合わせませんね?」
「そ、それは・・・」
「どういう事情かは分かりませんが今のシンジ君は”読まれると困る記憶”を持っていますね?・・・違いますか?」
「・・・・・・・」

女の勘だろうか?
かなり痛いことをまっすぐに突かれた感じだ。

それに対してシンジは黙るしかなかった。
たとえその沈黙が肯定を示していても・・・

「・・・読ませてはもらえないでしょうか?」
「・・・・だめだ」
「見られたくありませんか?」
「それもある、でもそれだけじゃない・・・」
「さっきアスカさんに言えなかった事ですね?」

シンジは頷く。
視線はそらしたままだ。
今はマユミと視線を合わせたくない。

「それも含めて教えてほしいと思うのは傲慢ですか?」
「なんで?」
「シンジ君がつらそうですから・・・理由なんてそれで十分です。」

何故女の子は時々こんなに鋭いんだろう・・・おちおち嘘もつけない。

「それでもこれはぼくが背負うべき事だ。」
「そんな男の矜持みたいなことに興味はありません」

マユミは椅子に座ったシンジのひざに乗ってきた。
そのまま眼鏡越しにシンジを見下ろす形になる。

そんなマユミに対してシンジは目を閉じた・・・マユミがなんと言おうと記憶を読ませる気はない。

そんなシンジに対してマユミは最終手段に出た。
シンジのあごに指をかけて少し上を向かせる。

「?・・・な、何?」
「一つ教訓です。覚悟を決めた女は強いんです。」
「え?ん!んん!!」

いきなり唇にやわらかい感触が来た。

いきなりの事に驚いたシンジが目を開くと至近距離にマユミの顔・・・その唇は自分のと触れ合っていた。
しかし、普通のキスならお互い目を閉じているはずだが驚きに見開いたシンジの目の前には目の前にはマユミの瞳がある。

キスと言う意表をつかれて・・・読まれた。

「・・・ふう」

数秒が経ってから唇を離したマユミがため息をつく。

「無の概念能力・・・そして消えたお母さん・・・」

マユミはシンジの記憶を完全に読んでいた。
もはやごまかしは意味を持たない。

「シンジ君・・・お母さんは・・・」
「・・・・・・たぶんね、初号機の中にいる。・・・エヴァが専用機になるはずだよ、肉親を取り込ませてそれとシンクロさせていたんだ。」
「じゃ・・・アスカさんの弐号機は・・・」
「前にアスカからお母さんは精神汚染を受けて自殺したって聞いた。おそらくそのときには魂のようなものは弐号機の中に囚われてしまっていたんだ。そうじゃなければアスカがパイロットになれる理由が無い。」

すべてを語ったシンジの顔からは表情が抜け落ちている。
知らせる気はなかったのにマユミに知られてしまった。

「だから読まないほうが良かったんだ・・・」
「そうでもないですよ」
「え?」

何かをシンジが言う前にシンジの頭はマユミの胸に抱きとめられていた。
マユミが両手でシンジの頭を抱え込んで自分の胸に押し当てているのだ。

「わたしの中にはシンジ君の消してしまった人たちの記憶があります。」
「っつ!!」

マユミの能力は他人の記憶を読む事・・・
本来ならシンジの中だけにしか残らないはずの記憶はマユミにも受け継がれた。

「す、すぐに消したほうがいい!!」
「あら?その無の概念能力で消しますか?」
「それは・・・」

シンジの能力はそこまで万能ではない
消すとしたら頭ごとということになるだろう。

「私この能力が嫌いですけれどそのおかげでシンジ君の重みを肩代わりできます。」
「マユミさん・・・」

シンジにはなにも言う事が出来なくなった。
無言でマユミの顔が近づいてくる。
今度は目をつぶっていた。

二人の唇が再び触れ合う瞬間・・・

「はい、そこまでな」

いきなりマユミの後頭部が鷲づかみにされた。
シンジはあわててマユミの後ろを見る。

「え?な、凪さん?」

そこにいたのは凪だった。
いつの間に現れたのか、まったく気配がしなかった。

まあシンジがマユミの突拍子もない行動に意表を突かれていたということもあるが

「せ、先生、離して下さい!!」
「俺も保健医だが一応先生だからな、不純異性交遊は見逃せん。若さと雰囲気に流されてどこまでも行きそうだからな」

そのままずるずるマユミを引きずっていく
一体凪の握力はいくつだろう?

「そ、そんなぁ〜」
「あと6年くらい我慢しろ」
「6年もお預けなんですか!!」

何か訳のわからないことをマユミがのたまうが凪の指は頭をしっかりホールドして離れない。
凪は部屋を出るときに一度だけ振り返った。

「まあそういうことだ。なんだかんだ言ってもお前はまだ子供なんだから世界を背負った気でいるのはただの傲慢だぞ?」

それだけ言うとマユミを引きずって出て行った。

「・・・なんだかな・・・」

凪の後姿を見送ったシンジは肩透かしと言うか気が抜けた感じがして頭を掻いた。

(君のことを心配してくれている。)
「ありがたいことです」

そう言ってシンジは笑った。
【ONE】を消してからずっとつけていた仮面の笑顔じゃなくて自然な碇シンジの笑顔だ。

「ブギーさん・・・」
(なんだい?)
「お願いがあります。」
(・・・・・聞こう)

シンジはリビングから見える蒼銀の月を見てマユミがキスした唇に指を当てた。

「もしぼくが世界の敵になってこの世界を消してしまおうとしたらぼくを”消して”くれませんか?」

答えはしばらく来なかった。
静かな・・・・・・本当に静かな時が流れる・・・・

(・・・・・・・・・・・・・・・・約束しよう。)

それは新たなる契約・・・
少年と死神の契約・・・

その契約が果たされる時がくるかどうか・・・・・・
いまだ物語りは続いていく・・・・・


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.07.28 初版)
(2007.11.17 改訂一版)


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