蛾のように羽虫のように・・・

我等は炎に魅せられる
その熱に…その色に…

我等は炎に魅せられる
たとえこの身を炎で焼かれようと求める事をやめられない

この心はすでに・・・

すでに炎のしもべとなりて・・・

熱き熱にこの身を焦がす・・・

白い灰になってさえ・・・


これは少年と死神の物語






天使と死神と福音と

第拾壱章 〔Re-ignition〕
T

presented by 睦月様







シャアアアア

洗面所から聞こえる水音を聞きながらマナは手早く登校の準備をする。
シャワーを浴びているのは同居人の凪だ。

「先生、もう時間ですよ?」
「…すまないが先に行ってくれ…」
「え?どうかしたんですか?」

凪は保健医ではあるが責任感が強い。
しかも自分にも他人にも厳しい隙の無い人間だ。
そんな彼女がいつまでもシャワーでぐずぐずしているのにマナは違和感を感じた。

「べつになんでもないよ、遅刻しないように出るから先に行きな。」

凪の答えは素っ気無い。
いつもと違う凪の様子が気になったが、腕時計の時間を見たマナは時間的な余裕が無いのを確認してしぶしぶかばんを手に取る。

「そうですか?じゃあ先に行きますね、調子悪いんなら無理しないでくださいよ。」
「ああ…」

マナはなんとなく後ろ髪を引かれながら家を出ていった。

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「…ふう」

湯煙の立ちこめる浴室で凪はため息をつく
同時に体に篭っていた余計な力を抜いた。

「…行ったか」

マナが家を出て行ったのを確認した凪は自分の腹部に手を当てて顔をしかめる。
凪の様子がいつもと違う原因はこれだ。
今朝から妙な鈍痛の痛みがある。

しかもこの痛み・・・凪にはこの痛みに覚えがあった。

「……再発…か…」

凪は無表情でつぶやくと水の蛇口をひねる。
程なくシャワーが止まり、凪は浴室を出ていった。

凪がいなくなった後の浴室にはちょっと異常なほどに湯煙が立っている。
……凪はまったくお湯の蛇口をひねらなかったのに…

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暗い部屋にモノリスが浮かび上がった。
円状に並ぶモノリスの中心に男が一人

『つまり使徒の侵入は無かったと?』
「その通りです。」

ネルフ本部の一室ではゲンドウがゼーレに召喚されて尋問されていた。
内容はイロウルの本部進入の件・・・しかしゲンドウはそんな事実は無かったと同じ言葉を繰り返して追及をかわしている。

ゼーレはもちろん使徒が本部に侵入したことを知っているし、ゲンドウもこんなことでだませるわけが無いと思っている・・・・・・・・・・・・・・・完全な茶番だ。

『気をつけて発言したまえ、ここでの偽称は死を意味するぞ?』
「ご不満でしたらMAGIの記録をご覧下さい」
『ふん、情報操作は君の十八番だろう?』

ゲンドウはサングラスの下で目を細めた。
ゼーレのメンバーが辛口なのは今に始まった事ではないが今回はそれに加えてなにか焦りのような物も感じる。
そもそもこの召喚にしたってイロウル殲滅の翌日と異例の早さだ。
何かゲンドウの知らない裏の事情があるのだろうか?

「ときに六分儀…」

キールがふと思いついたようにゲンドウに話し掛けた。
妙に芝居がかった話の振り方だ。
どうやら本題に入るつもりらしい。

「先日ネルフは一人の男を保護したらしいな?」
「は?」

いきなりの意味不明な話にゲンドウがいぶかしげな顔になる。
そのまま記憶をたどると確かにそのような報告があがってきていた。

「…たしかに記憶喪失の男を保護したと報告がありましたが…」
「その者は我等の手のものだ。引き渡してもらおう。」

ゲンドウはさらに確信を強めた。
自分の知らないところでゼーレの手により何かが起こったのだ。
おそらく使徒が襲来したときだろう。
その男はそれにかかわっていたことになる。

「承知しました。では一通りの検査をしてからの引渡しという事で・・・」
「いや、いますぐだ」
「今すぐですか?」
「そうだ」

キールの強引さにゲンドウはただ事でないことが起こったことを感じた。
しかも男が現れた場所を考えればネルフ本部の近くでだ。
もっと詳しく男を調べればゼーレが何をしていたか分かるかもしれないが・・・しかし、だからといって引き渡しをしないわけにもいかない。
そんなことをすれば反抗の意思ありと見られるだろう。

「承知しました。」
「うむ、以上だ。退出を許可する」
「はっ」

ゲンドウが消えるとモノリスだけが残った。

『しらじらしい・・・』
『額面どおり信じるわけには行かんな・・・』

口々に不満を漏らしあう。

ゼーレは混乱していた。
シンジを捕獲に行った”9名”からの応答が消えたのだ。
しかもそのうちの一人はネルフに保護されたと聞いてあわててゲンドウを召喚した。
仮にも合成人間だ。
その体を検査されればまずい事になる。
ネルフに合成人間の技術を渡すわけにはいかない。

『しかし、他の”8名”はどうしたというのだ?単独戦闘型の合成人間が一人を残して跡形も無く殲滅されたなど考えられん。』

単独戦闘型の合成人間がそれだけ集まれば本来一個師団くらいは相手に出来る。

数が一人分少ないのはもちろんシンジの能力、【Impact of nothing】(無の衝撃)によってONEの存在が消滅したからだがこの場にいる誰もそれに気がつかない。
存在の消滅したONEは記憶のひとつも残さずこの世界から消滅したのだ。

『さよう、性格にやや問題があるということだったが・・・』
『いたしかたあるまい、統和機構の接触が考えられる以上それなりの用意は必要だ。』
『その統和機構が干渉したのではないか?』
『いや、そのような動きは無かったと報告にはある。動いていたとしてもせいぜい一人か二人・・・9名の合成人間をたった一人でどうこうするなど無理だろう?』

統和機構のトップクラスの連中ならそのくらいやれそうだがゼーレの保有する合成人間の中にはそこまでの戦闘能力をもつものはいなかった。
自分たち以上のものへの想像力と認識力の欠如
要するに自分達の技術に対する過信と相手の戦力を過小評価していることに他ならない。

実際はシンジ達が単独で倒していたのだがさすがに中学生達が自分達の虎の子の合成人間を殲滅したなど冗談でも思いつかなようだ。

『統和機構でもネルフでもない・・・』
『あるいは第三の存在か?』

誰かの発言に場の空気が緊張した。
ただでさえシンジにくわえて統和機構と言う未知の存在が干渉するそぶりを見せているのにこれ以上面倒が増えてはたまらない。

『我々の合成人間達を打ち破る事の出来るほどの組織か?』
『考えられんな、あるとすればそれこそ統和機構くらいのものだろう。』
『あるいはネルフが我々に牙をむいたとしたらどうだ?」
『それこそ六分儀達につけた鈴が鳴る。しかしそういったことはなかった。』

いろいろな意見が出るが結局のところ全員の意見はシンジに何らかの護衛、あるいは組織の後ろ盾がついている可能性が高いと言う事で一致していた。
実際そんなものがいれば一発で情報網に引っかかりそうなものだがそんなそぶりはまるで無いから混乱が増長する。

ゼーレのメンバーがそろって頭を悩ませている様子は彼らを知る者たちからすれば驚きに目を見張るだろう。
金、権力・・・誰もが望むすべてを手に入れているとさえ思われる彼らにもどうにもならないことが存在することを・・・そしてゼーレのメンバーがたった一人の少年に振り回されていることを・・・

「……もうよい」

キールが一言つぶやくと意見を出し合っていた全員が黙った。
さすが議長、他の者達と発言力が違う。

「碇シンジになんらかの力が働いている事は間違いない。しばらく様子を見る。」
「見逃されるんですか?」
「そうではない、今だ碇シンジの背後にいる何者かはその姿のかけらもみせてはこない。この状態で下手に手を出せば地雷を踏む事にもなりかねん」

正論だった。
合成人間達を殲滅した何者かの情報はまったくないが合成人間の集団を跡形も無く消滅させる実力があるのは間違いがない。
刺激すれば何が起こるかわかりはしないのだ。

「…碇シンジの背後関係をもう一度洗いなおせ、統和機構、もしくは第三の組織との接点をみつけよ」
「承知しました。」
「碇シンジの召喚に関しては後日、別の形で行う」
「「「「「はっ」」」」」

キールの言葉と共に他のモノリスが消えた。
残ったのはキールのモノリスだけ…

「…なにものだ?」

その言葉はまだ見ぬ第三の組織に向けてのものだった。
…実際はそんなものは存在しなのだが

あえて言うならシンジ達がその第三の組織にあたるだろう。
統和機構にしたってシンジとの接点はフォルテッシモ、カレイドスコープ、オキシジェン達との一歩間違えば殺し合いに発展していたかもしれない接触で、しかもたった3回しかないのだ。
彼らがいかにシンジの背後関係を洗おうとそんな組織や統和機構とのつながりなど出てくるはずない。
結局ゼーレの調査は徒労となる。

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ゼーレが正体不明の組織に頭を悩ませている時、一応そのトップと言える人物は何をしていたかと言うと…

「凪さんの様子がおかしい?」

いつもの昼休み、シンジ達はいつものように屋上に来ていた。
シンジ達のメンバー10人が毎日ここで食事している。

そこでマナがシンジに話したのは凪の最近の事だった。
凪の様子がここのところ少し変なのはシンジも気がついている。
今まで一緒に食べていた食事を時々一人でとるようになったり、どこか一人になりたがっているそぶりさえ見える。

「あの日じゃないの?」

アスカの一言で何人かは納得したがシンジはいまいち納得できなかった。
たしかに凪も女性だからそんなプライベートな部分があるのは当然だがそれでだけでそんな挙動不審になるものだろうか?
しかし実際そうだとすると迂闊に聞くわけにも行かない。

「なあ惣流?」
「なによ?」
「あの日ってなんや?」

ブウウウウウ!!!!!

トウジの一言で噴出す一同
噴出された飲み物がシンジ達の目の前に虹を架ける。

「あ、な、何言ってんのあんた!!!」
「な、なんやねん!?」

真っ赤になるアスカを訳がわからないといった感じに見るトウジ・・・まったく現状を理解していない。
さすがのアスカもひるむ。
まさか一から説明するわけにも行かない・・・珍しく顔面蒼白になっているアスカにシンジは助け舟を出した。

「トウジ、ちょっとタイム・・・みんな集合」

シンジの号令でトウジ以外が離れた場所に円陣を組む。
全員が額を突き合わせるほど近くにいるのでトウジには何を話しているのかは聞こえない。

「あ、あいつ何聞いてくんのよ!!」
「女の子に聞くなんて非常識です!!」
「まさかあれほど天然入ってるなんて・・・あなどれないわね・・・」
「鈴原・・・」
「・・・どういうこと?」

アスカ、マユミ、マナ、ヒカリ、レイの順番のコメントだ。

「みんなちょっと待った。ひょっとして本当に知らないんじゃないか?」
「そんなわけないだろシンジ?だってあいつ妹がいるんだぞ?」
「ケンスケ・・・トウジだぞ?」
「・・・・・・・・・・確かめる必要アリだな・・・」

シンジが代表でトウジに振り返る。
他の皆の視線もトウジに集中した。

「トウジ?」
「なんやシンジ?」
「ナツキちゃんは元気?」
「おう、元気も元気や」
「彼女は小学3年生?4年生?」
「4年やけれど何でや?」

横目で女性陣を見ると全員頷いた。
そのくらいの年齢ならおそらく来ているだろう・・・あえて何とは言わないが・・・。

「ちょっと難しいことだから遠まわしに聞くけど、最近彼女になんかなかった?」
「どこが遠回しやねん?何が言いたいのかよく分からんのやけど?」
「そうだな、例えばナツキちゃんの調子が悪かったり赤飯炊いたり・・・」
「ありゃ?なんでシンジがしっとるんや?この前おとんが赤飯たいとったで〜」

どうやら当たりらしい。
しかもどうやら最近のことのようだ。

さて・・・問題はこの後だが・・・

「・・・・・・理由とか知ってるか?」
「いやそれがな〜ナツキのお祝いらしかったんやけれど教えてもらえんでな〜」
「へ〜」
「ナツキにしつこく聞いたら何でか赤い顔して殴られた。奥歯がたがた鳴ってしもうた。」
「おっけ〜ちょっと待ってろ」

シンジは全員の輪の中に戻って額を付き合わせた。
全員何とも言えない顔をしている。

「何でしらねーんだあいつ?」
「そうだよ、保健の授業でもこれくらい習うでしょ?」

ムサシとケイタの言葉にシンジとケンスケがため息つく。
なぜトウジが知らないかのおおよその予想は立つ。

「トウジは授業時間を早弁か昼寝の時間と思ってる。」
「ああ・・・まともに授業聞いてなかったんだろ?そのあたりのこともスルーしたに決まってる。」

二人の言葉に全員がいっせいにトウジを見る。
9人分、18の瞳に見つめられたトウジがうろたえた。

「な、なんやねん」

うろたえるトウジを無視した一同は再度全員で円陣を組んで額をつき合わせる。

「とにかくあいつどうすんだよ?」
「煙に巻けばいいんじゃない?」
「その後であの単細胞誰かに聞くぞ?それはまずいだろ?」
「だったら誰が説明するんだよ?」

思春期の少年少女には荷が重い
理屈は知っていても誰かに説明するなど羞恥心がゆるさない

「なあそろそろ教えてくれんか?」
「やかましいわ!!」

真っ赤になったアスカの右ストレートが走る。

ズン!!
  ドサ!!

垂直に崩れ落ちるトウジはボクシング漫画のように白かった。

それを見ていた友達一同はアスカに惜しみない拍手喝采を送る

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保健室で凪は自分の机に突っ伏していた。
動くことさえつらそうだ。

「・・・まいったな・・・またこいつが・・・・・・」

ここ数日、凪は体調が良くない
内臓に直接響くような鈍痛がある。

凪はこの痛みを以前から知っている。
まだ彼女が幼かった頃、彼女は死にかけていた。

原因不明の内臓疾患で長い間入院していたのだ。
この痛みはその時毎日のように感じていた痛み・・・

おそらく医者に行っても理解はしてもらえないだろう。
だから凪は最初から医者に見せる気はなかった。

「くそ・・・」

ガラ!!

「ん?」

何とか気力を使って動く。
机から体を離して保健室の扉を見ると・・・

「シンジ?・・・いや、おまえか・・・」
「ご名答」
「なんのようだ?」

シンジと入れ替わっているブギーポップは相変わらずの左右非対称の笑顔で保健室に入ってくる。

「大分きついようじゃないか?」
「・・・・・・なんのことだ?」
「再発してるんだろ?内臓疾患?」

ブギーポップの言葉に凪がにらむ
しかしその眼光にもいつもの鋭さがない。

「いつまでもそのままというわけにも行かないだろう?」
「・・・余計なお世話だ。」
「さっさと外に出してしまうなり堕ろしてしまったほうがいい。君もまた入院生活を送るのはごめんじゃないのか?」
「言われなくてもできるならやっている!!」

凪が声を荒げるがブギーポップは涼しい顔だ。

「一時的に地上に出ている部分を切り取れば安定はするだろうが根っこがある限りまた出てくる。土壌である君の存在がある限り」
「だからどうしろってんだ?」
「さっさとその力を自分のものにしてしまえってことさ」
「簡単に言うな・・・」
「子供だったあの時は状況が違うだろ?」
「・・・・・・」
「いつまでも自分の力をもてあましてると皆においていかれてしまうぜ」

ブギーポップはそれだけ言うと保健室を出て行った。
後には凪だけが残される。

「ちっ・・・言いたいことばっかり言いやがって・・・」

凪は唇をかみ締めた。

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ゴ〜ン

鐘の音が響く
セカンドインパクトを経験してもこの町の風景は変わらなかった。
数万の日、数千の月、数百の年を重ねてもこの町には変わらないものがある。
かっての王朝が存在し、今では古都と呼ばれるその場所の名は・・・京都・・・その外れにある一つのビルで・・・

バタン!!


古びた扉が開くと同時に部屋の中に光と男が入ってきた。
男は手に持った銃を油断無く構えて室内を見まわす。

「…ここもはずれか…」

男は加持だった。
室内を見まわしながら銃口を下げる。

室内にあったのは事務用の机と椅子がワンセット、そして電話線の切れた黒電話が机の上に乗っているだけであった。
しかも床は長い間人が入らなかった証明のように埃が積もっていた。
いまは久方ぶりの来訪者に巻き上げられて部屋の中を漂っている。

「…ん?」

なにかに気づいた加持が懐に入れた銃に手をかけた状態で扉に背を預けて外を警戒する。

「私よ・・・。」
「ああ、君か・・・。」

聞き覚えのある声に加持は緊張を解く。
外にいたのは赤いスクーターを脇に停めた婦人だった。

「シャノン・バイオ、外資系のケミカル会社・・・9年前からここにあるが、9年前からこの姿のままよ…マルドゥック機関とつながる108の会社の内、106がダミーだったわ」
「ここが107個目というわけか」

婦人は足元によってきた猫に餌をやりながら加持と小声で受け答えしている。
周囲に人影はないが用心にこした事はない。

暇つぶし用に見える雑誌を開くがその中身は雑誌の表紙を取り付けて偽装した書類だった。
彼女の背後の扉から横目で加持が見える位置に持っていく。

「この会社の登記簿よ・・・。」
「取締役の欄を見ろ・・・だろ?」

そこにはよく知った名前が並んでいた。

「・・・もう知っていたの」
「知ってる名前ばかりだしな・・・マルドゥック機関、エヴァンゲリオン操縦者選出の為に設けられた人類補完委員会直属の諮問機関、組織の実態はいまだ不透明…」

取締役の欄はゲンドウか冬月の名前の二択だった。

「あなたの仕事はネルフの内偵よ?マルドゥックに顔を出すのはまずいわ」
「ま、何事もね・・・自分の眼で確かめないと気が済まないたちだから…」

女性はため息をつく。
内偵目的の諜報員が自分から危険に飛び込んでいってどうするというのだろう?

しかもこの男にはそんな無茶を押し通すだけの実力があるというのがまた厄介だ。

「もう一つ情報があるわ…」
「サービスいいな…それでなに?」
「何者かが動いている。」

その一言で加持の視線が鋭くなる。

「…どういうことだい?」
「貴方以外でマルドゥック機関を調べた人物がいる。」
「……いつだ?」
「4ヶ月ほど前…」

二人の会話の声がさらに低くなる。
自分たち以外にマルドゥック機関を調べている組織がある。
それ自体は珍しくもない。

なんと言ってもネルフは嫌われ者だ。
しかし、逆にその組織が自分たちの味方になるとも限らない。
敵の敵は敵かもしれないのだ。

「どんなやつだい?」
「性別は女、年は20代前半…」
「女か…」

加持は自分意外にマルドゥック機関を調べる必要のある組織を頭の中でピックアップした。
戦自、内閣、外国の工作員・・・疑いの対象が多すぎて絞り込めない。

「他には何か無いかい?」
「名前は名乗らなかったらしい。手がかりは黒い長髪と同じ黒いライダースーツを着ていたそうだ。」
「ほう…」

加持はいぶかしげな顔をした。
諜報部員にしては目立つ格好だ。

普通ならもっと目立たない服装を選ぶはず。
餌として表に出ているのかあるいは隠す必要を感じていないか・・・

「これがその女の似顔絵」

女性が開いたページには一人の女性の似顔絵があった。
それを見た加持は108番目に向かわずに第三新東京市行きの電車に乗った。

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シンジは台所でレイとマユミと一緒に夕食を作っていた。
この家では10人くらいが一度に食事を取る。
それだけの人数分となると量的にもかなりのものになる。

最初はシンジが全部仕切っていたのだがさすがに一人の手に余る量だ。

その後、全員でローテーションを組んで食事を作ることに決定
ムサシは「男は台所に入るもんじゃない!!」とか時代錯誤なことを言ったがシンジがシンジ法典を作成
すなわち「飯を作らないものに飯を食う資格なし」である。

これを実践したところ2日で泣きを入れてきた。

ちなみのこのローテーションに含まれないのはミサトだけだがこれには全員が了承している。
命は惜しい。

(ちょっときつい言い方だったんじゃないですか?)
(誰が誰に?)
(ブギーさんが凪さんにですよ)

シンジが言っているのは当然保健室での会話だ。
頭の中でブギーポップが肩をすくめたような気がする。

(そうでもないさ、彼女もこういう事が起こることは予想していたはず、エンブリオの声を聞けて会話までしたんだから)
(それはそうですけれどね)

エンブリオの声が聞こえるのは能力に目覚めているか能力に目覚めた人間だけだ。
あの時すでに兆候が在ったと言っていい。
エンブリオから再発すると言うようなことを言われてもいたのだから。

(特に彼女の場合はエンブリオに無理やり引き出されたわけじゃない。きっかけくらいにはなったかもしれないがね)
(凪さんが昔患ったって言う内臓疾患ですか?)
(ああ、実際は目覚めかけた能力を制御できなくて死にかけていただけなんだが、助かったのはお人よしな合成人間のおかげさ)
(合成人間?統和機構のですか?)
(そう)
(なんでそんなに詳しいんです?)
(その合成人間の死に際に立ち会ったのが僕だった。)
(ブギーさんが?)
(初めてこの世界に浮かび上がってきた時に目の前にいたのが死にかけた彼だったんだよ。)

人には縁というものがある・・・あるいは運命と言い換えることが出来るような人生や生き方を変える出会い。
凪とその合成人間の出会いがどんなものだったかは分からないが命を賭けて統和機構を裏切り、命と引き換えにして凪を助けた合成人間・・・それによって凪と出会うことが出来た。
その合成人間は確実に凪の運命を変えたのだ。

そして自分とブギーポップと同じことが言える。
シンジは以前、使徒に記憶を奪われた時の事も覚えている。
あの時の自分と今の自分の差がそのままブギーポップの影響の差だろう。

それだけでなく今この屋根の下にいる皆との出会いも含めて…あの夜ブギーポップに出会わなければありえなかったもの・・・ありがたい事だと・・・シンジはそう感じた。

「っとできた」

そんな事を考えつつもシンジは夕食に手を抜かなかった。
目の前には人数分の焼きそば、とりあえず今はこの料理との出会いを皆で味わおう。

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食事をとるのはいつものメンバーだが今日はミサトと山岸が残業で欠席、凪も今日は体調が悪いと遠慮した。

「っぷは〜おいしかった〜」

料理を食べ終えたアスカの第一声はそれだった。
・・・親父くさい。

「行儀悪いよアスカ?」

マナも満足した顔で笑いながらアスカに注意する。

「いいじゃない、おいしかったんだから」
「…そのうちミサトさん化するんじゃない?」
「う…」

アスカに額に汗が浮かぶ
同居しているだけにいろいろと思うところがあるようだ。

「そ、それよりシンジ?」
「なにさ?」

アスカが何か思いついたのか急にシンジを振り向く。
話しをそらしたいのがばればれだがシンジは乗った。

「あんたの“無の概念能力”のことだけど?」
「どうかした?」
「なんで3つも名前があるの?」

シンジはミサトと山岸を除く全員に自分の能力が変化した事を話していた。
【canceler】と無の概念能力では出来る事が微妙に違うし、無の概念能力は【canceler】と違って固定された能力なので今までのように融通が利かない。
この二つの能力の変化は戦闘を一緒にする以上話しておくべきことだ。

「一言で言うと出来る事がそれぞれちょっとずつ違う」
「なにが?」
「どう説明すればいいかな…【Left hand of denial】(否定の左手)は“現象を否定する打消しの能力”なんだ。」
「現象?」

気がつけば全員がシンジの言葉に耳を傾けている。
じっと黙ってシンジの次の言葉を待った。

「炎や爆発とかの形の無いエネルギーの影響を打ち消す事が出来る。ただ物理的なものは打ちせないけれどね」
「それって火炎放射器は大丈夫だけど拳骨(物理攻撃)はダメって事?」
「ご名答、それがエネルギー的なものならたとえ核反応だろうと無効化してみせるよ。他にも目標との間の距離という概念を消滅させて瞬間移動の真似事も出来る。」

全員がびっくりした顔でシンジを見る。
シンジはなんでもないことのように言うがこれはかなり規格はずれな事だ。

「次に【Right hand of disappearance】(消滅の右手)は存在の消滅、簡単に言うと触ったものを消滅させる手だね」
「触ったらって?」
「要するに防御しても無駄ってことだよ。触ったものはそれがたとえなんであれ消え去る。」
「何でも?」
「何でも」

シンジの言葉に全員が無言になった。
これは考えるまでもなくかなり危険だ。
触っただけで問答無用にそれを消滅させることが出来るなど・・・

「でも今までのように怪我とかをなかったことには出来ないかな、今のぼくが出来る事はとにかく消し去ることだけだから・・・」

確かに【canceler】と違って融通は利かないようだが、逆に危険性はかなり高いように思える。
触れるだけであらゆるものを消滅させるとは・・・

「証拠隠滅とかに便利よね」
「マナ?」

場の空気にそぐわない能天気な声が響く。
思わぬことを言われてシンジ達の視線がマナに向かう。

「たとえばエッチな本を読んでいる時に部屋に入ってこられた時とか」
「何だよその断定的なシチュエーションは!!」
「シンジ君、どんなにきれいでも所詮二次元よ。リアルな三次元のほうがいいに決まってるわ!!」
「その話題から離れようよ!!」

マナの一言で場の緊張が吹っ飛んだ。
シリアスな雰囲気が続かないのもこのメンバーの特色かもしれない。

「そ、それでシンジ、最後の一つはなんなの?詳しく聞いていないんだけれど?」

その言葉にシンジと唯一事情を知っているマユミが顔色をかえた。

二人の変化に気づいたアスカがあわてて付け加える。

「な、なんか言いにくい事なの?」
「いや・・・そうだね、皆には知っておいてもらったほうがいいかな・・・」
「シンジ君!!」

マユミが青い顔でシンジに叫ぶ。
いつも物静かなマユミがこんなに動揺するなどめずらしいことだ。
それだけで事の重要性がわかる。

「いいんだよマユミさん」
「で、でもシンジ君・・・」

二人のただならぬ様子にみんなの表情も緊張したものになる。

「・・・シンジ」
「アスカ?なに?」
「話しなさい」

アスカがさっきまでと違い真剣な表情でシンジを見る。
嘘や冗談を許さないといった顔だ。

「またなんか一人で抱え込んでるんでしょ!!」
「まあね」
「茶化さないで!!」

アスカが拳でテーブルを叩く

「言いなさい。」

シンジが他の皆を見ると全員が頷いた。
興奮と決意で顔が高揚している。

そんな中で真実を知るマユミだけは顔を青くしていたが・・・シンジはため息をついて口を開く

「後悔するぞ?」
「はん!後でするから後悔って言うのよ!!」
「・・・確かに正論ではあるね」

口元に苦笑を浮かべてシンジは話し始めた。

「【Impact of nothing】(無の衝撃)はさっきの二つを融合したぼく本来の能力、その光に触れた全てを消し去る能力だ」
「?・・・どういうこと?さっきの【Right hand of disappearance】(消滅の右手)とは違うの?」

レイが理解できないという顔でシンジに聞く。
シンジは黙って頷いた。

「【Right hand of disappearance】(消滅の右手)で誰かを消し去ったとしてもその誰かがいたということは記録や記憶に残る。でも【Impact of nothing】(無の衝撃)は違う、”最初からいなかった”ことになる。」

その言葉に全員が息を呑む
それが意味するものをおぼろげながらも理解したから・・・それだけでどれほど危険な能力かも感じ取ったのだろう。
さらにシンジの話は続く

「この前の合成人間の数は覚えている?」
「た、確か9人・・・」

アスカが震える声で答えた。
いやな予感がアスカの中で膨らむ。

「本当は10人だった。アスカ達が9人と思っているのはぼくがひとり消したからだ。」
「う、嘘・・・」
「【Impact of nothing】(無の衝撃)を使うとその人物の記録も記憶も消滅して全てが残らない。」
「で、でもそれなら・・・」
「確かに証明は出来ないね、でもぼくだけは彼らを覚えている。」
「か、彼ら・・・」

マナがその意味するところを察して青くなる。
”彼”ではなく”彼ら”・・・単数じゃなく複数形・・・

「ぼくはこの能力を今までに3回使ったことがある。一回目は能力の目覚めに巻き込まれた友人に、2回目は使徒に・・・」
「使徒に?」
「そう、覚えてないだろうけれど記憶を奪う使徒がいた。その使徒は破壊の痕跡すら残さず消滅してしまったよ。」

正直・・・笑い話に出来ればどれほどいいだろう
しかし、シンジの顔はあいかわらずどんな表情も映していない。
それはどうしようもなくシンジが真実を語っている事を表していた

「ぼくが怖いか?」

全員が理解した。

これはシンジの問いかけだ。
「これほどの異能を見せ付けられてそれでもこの先についてくる覚悟があるか?」
シンジの瞳はそう語っている。

シンジは全員に入れなおした湯飲みを渡した。
そこに映るのはそれぞれの顔・・・

そのまま無言の時間が過ぎる。

「だから?」
[・・・・・・・・・・・・・・・は?」

いきなりの予想外な言葉にシンジの無表情がはがれて呆けた顔になる。
声の主はマナだった。

「いまさらそんな事言われても」
「いまさらって・・・」
「シンジ君?」

マナは真っ直ぐにシンジを見る。
その視線の強さにシンジは気圧された。

「私にとってはいまさらなの、ドグマの地下から帰ってきてシンジ君の話を聞いたときからシンジ君が私たちとかけ離れた人生をおくってきた事は聞いたわ、でもそれを知ってもここにいるのは命令されたからでも脅されたからでもない」
「・・・・・・」
「わかる?私たちはあなたを受け入れたからここにいるの!!いまさらちょっと位パワーアップしたくらいで揺らぐような覚悟じゃないわ!!!」

シンジは何もいえなかった。
周りを見ると皆が真剣な顔でうなずく

「むしろ話してくれたことが素直に嬉しい・・・」
「ありがとう・・・」

シンジは泣きそうだった。
覚悟はしていた。
【NINE】のように自分を化け物と呼ばれることを・・・
そして皆が離れていく事を・・・
それも仕方ないと頭の冷静な部分が言う。
しかしそれでももう一方で嫌われたくないと・・・思ってしまった。
・・・自分だけが彼らを守っていると思うことは傲慢だったのだ。
守られていたのだ・・・
自分が彼らを守るように彼らも自分を守ってくれていた・・・

「・・・でもぼくはまだたくさん話してないことがある。」
「はん、あんたが言わないのは自分のためじゃないでしょ?」
「それは・・」
「わかってんのよ、アンタ自分のことは話しても人が傷つきそうな事には口をつぐむんだから」

アスカの言葉にシンジは苦笑して頭を掻く
よく見ているものだ。

マユミは緊張していた体の力を抜く
もし最悪の状態になったのなら全員の記憶をいじるつもりだった。

しかしそんな必要はかけらも無かった事が目の前の光景で証明された


どれだけ信頼している人間でも・・・それがたとえ最愛の伴侶だとしても・・・時として疑ってしまうのが人間だ。

そしてマユミはシンジを守りたかった。
シンジの心を守るため・・・
そのためならマユミは迷わない
後でシンジに嫌われたとしてもせずにはいられなかっただろう。

「・・・結局私の早とちりか」

ぼそっとつぶやくマユミの声は苦笑の色が混じっていた。
でも皆と楽しそうに笑っているシンジを見るとちょっぴり嫉妬心が沸く。

「そういえばマユミはどうやってシンジ君の記憶を読んだの?視線を合わせないと読めないんでしょ?よく読めたわね?」

マナの言葉にマユミはにこやかに笑う。
自分たちだけの(凪も知っているが)秘密がなくなって悔しかったから・・・

「ああ、それはキスをして意表をついたんですよ」

・・・・このくらいの意地悪は恋する乙女の特権だろう


時間停止・・・時は止まった。

”あのとき”のことを思い出したマユミの顔が赤くなる。
覚悟していたとはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。
それなら言わなければいいのだが女の子にはわかっていても爆弾を放り込まなければいけないときがある。

それを見た全員の目が釣りあがった。

「・・・・・・シンジ、きりきりしゃべりなさい・・・」
「な、なんで?」
「あんたに黙秘権は無い」
「基本的人権の侵害だ!!」

アスカがシンジの目の前で仁王立ちしている
左右にはそれぞれの腕を掴んだマナとレイ・・・逃げられない。

「ム、ムサシ!!ケイタ!!助けて!!」

玄関に向かって帰ろうとしていたムサシとケイタが振り返る。

「う・・・」

シンジはうめいた。
二人とも男泣きで涙が微妙に赤い

「・・・見せ付けられても困るしむかつくだろ〜が」
「燃え尽きて白い灰になってしまえ・・・」

・・・はかない友情だった。

ちなみに尋問(拷問?)の途中でレイにキスした(された?)こともマユミがばらした(やはり読まれていた)ので一人だけキスしてないマナがシンジに迫ったのを他の三人に羽交い絞めにされて阻止されたとかどうとか・・・

シンジが開放されたのは日付が代わって明け方になってからだった。






To be continued...

(2007.08.04 初版)
(2007.10.13 改訂一版)
(2007.11.17 改訂二版)


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