天使と死神と福音と

第拾壱章 〔Re-ignition〕
V

presented by 睦月様


シンジの家によく似た場所で二人の少女が話していた。
二人は同じアルビノの白い肌に蒼銀の髪、そしてその瞳の色は赤かった。
よく似た姿をしているが一人は中学生で制服を着た少女
もう一人は幼稚園生くらいで赤いワンピースのような服を着ている。

「・・・ちびレイはブギーポップが好きなの?」
「うん、でも秘密なの〜」
「そう、良かったわね・・・」

頬を赤くしてはにかむ小さなレイを大きなレイは正座したひざに乗せて頭を撫でる。
なかなか心和む光景だ。
ギャラリーがいないのがもったいないほどに

レイは目の前の小さなレイにシンジや他の皆に向けるものとは違う特別な感情をもっていた。
保護欲とでも言うか・・・とにかくこの小さな存在を守ってやりたくてしょうがないのだ。
それは母性愛というものかもしれないし元は同じ存在であった半身に対する感情かもしれない。
唯一つ確かなのはレイはこの腕の中の存在をいとおしいと感じていた事だ。

『レイ?』

いきなり響いた声にレイが顔を上げる。
その顔に不満げな表情が浮かぶ。

「お姉ちゃん・・・行っちゃうの?」
「・・・・・・ごめんね」

小さなレイのこんな寂しそうな顔がレイは嫌だ。
出来ればずっと笑っていてほしい。

「ごめんね・・・」
「うん、じゃあ次にお姉ちゃんが来るまでお眠りする。」
「そう、眠るまでそばにいてあげる。」

程なくレイの腕の中で眠りについた小さなレイをいつの間にか現れた布団に寝かせるとレイは立ち上がって部屋をでた。

『レイ?聞こえてる?』
「・・・はい」

レイが目を開くとそこは見慣れたエントリープラグの中だった。
さっきまでいたのは零号機の中の世界、シンクロを利用して精神だけ向こうに行っていたのだ。

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「最近レイちゃん毎日のようにシンクロテスト受けに来てますね」
「そうね」

リツコとマヤはレイの熱心さに感心していたが実際はそうではない
レイの目的はちびレイとの”記憶の共有”だ。
シンクロを利用してレイの記憶や経験をちびレイに教え込む。
彼女はあの世界の小さな王様
あの場所がドグマの一室からシンジの家に変化したのはレイから記憶を受け取ったちびレイの精神的な変化が原因だ。

「やっぱり努力の賜物でしょうか?シンクロ率もアスカちゃんを越えちゃいましたし」

モニターにはシンジとアスカの顔も映っている。

シンクロの数値を見るとシンジが94,5%、アスカが87,4%、レイが92,2%である。

「・・・そうね、シンクロは心理的な要素がかかわってくるからむしろ何かきっかけがあったのかもしれないわね」
「それって何かいい事があってレイが張りきっちゃってるってこと?」

リツコの見解にミサトが自分の考えを言った。
その意見にリツコが少し考え込む。

「…簡単に言うとそう言うことかもしれないわね」
「な〜にがあったのかしらね、気づいてた?最近レイってばシンクロのときに目をつぶって笑ってるのよ?」
「みたいね、なぜかしら?」
「さあね、でもどこからかその顔を写した写真が出回っているそうよ…出所はどこかしらね?」

その言葉に周囲の職員の何人かが硬直した。
ミサトとリツコはその職員をちゃんとチェックしている。
場合によっては機密漏洩につながるので尋問コースにご案内だ。

「ところでシンちゃん今日はちょっと調子悪いの?」

ミサトはシンジの数値を見てリツコに質問した。
シンジのシンクロは大体100%を基準にして前後5%以内が普通だ。

「これでも十分高いんだけれどね…」
「……近くなってきたからでしょうね」
「え?なにが?」
「シンジ君のお母さんの命日…」
「……………そっか…」

ミサトはモニターに映るシンジの顔を見ながら頷いた。
もうすぐシンジの母・・・碇ユイの命日が近いのだ。
それは心安らかにとは行かないだろう。

「ところで来週どうするの?」
「来週か…ご祝儀にいくら包もうかしらね…スーツの新調代もバカにならないし…」
「あら?あなたはこの前の赤いスーツでいいんじゃない?」
「あれはちょっち…」
「きついの?」

リツコの一言にミサトは硬直した
それは無言の肯定…とくにBとHの間にあるWのサイズが…

「ったく!ど、どいつもこいつもあせりやがって…」
「お互い最後の一人にはなりたくないわよね」

引きつった笑いのミサトにマヤに指示を出しながらリツコが余裕の笑みを浮かべる。
しかし…

「あんまり遅いとチャペル式は出来ませんよね、ブーケトスできないし…」

マヤの一言で二人は真っ青になる。

チャペル式…
それは女の子のあこがれ…
白いウエディングドレスを着て歩くバージンロード…
祝福される皆に向かって投げるブーケ…

しかしこれには決定的な問題がある。
バージンロードを歩く資格があるかどうかはこの際無視するとしても問題はブーケトスだ。
花嫁が投げるブーケを受け取った女性が次の花嫁になるというジンクス…だから間違っても既婚者に投げるわけには行かない。

要するにブーケトスをしようにも周りが既婚者ばかりだと受け取ってくれる女性がいないのだ。
ミサトもリツコもさすがに一人ぽつんと花嫁の前に立つわけにもいかない…と言うか立ちたくないだろう。

「マ、マヤ!!無駄口たたいてないで仕事しなさい!!」
「そ、そうよ!!まだ余裕があるからってうかうかしてたらマヤちゃんも仲間入りよ!!」

マヤがどちらの言葉に怯えたのかは不明だ。

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シンジ達はシンクロテストの後、マナ達と合流して帰宅していた。
いつものように6人で歩く。

「…ねえシンジ?」
「なにさ、アスカ?」
「レイのシンクロが上がったのはやっぱり…」
「零号機と本当のシンクロをしているからだよ。」
「そう…」

アスカはうつむいた。
日本に来てシンジという規格外な存在にであってから以前のようにトップにこだわったりはしていないがそれでも3人の中で一番シンクロ率が低いのはいい気分がしない。

「弐号機の中にいる誰かが起きてくれればあたしも同じくらい高いシンクロが出せるの?」
「…そうだね」
「ねえシンジ…」
「なに?」
「弐号機の中にいるのは誰?」
「…ごめん」
「やっぱり知っていたか・・・」

アスカは肩を落とす。
予想はしていたことだった。

「誰なの?」
「・・・言えない」
「どうして・・・」
「ごめん」

シンジはアスカが何か言いきる前に謝った。

「な、なんでよ!!」
「…もうちょっと待ってほしい」
「どうして!!あたしの弐号機なのよ!!」
「……」

アスカの言うことはもっともだ。
そんなアスカにシンジは頭を下げることしか出来ない。

「それでも待ってほしい・・・」
「くっ」

シンジの沈んだ言葉にいらついたアスカが駆け出していく。
他のメンバーは何もいえなかった。

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深夜・・・マンションの屋上に人影があった。
シンジだ。
屋上の柵に寄りかかり外を見ている。
片手にはビールの空き缶を持っていた。

「シンジ・・・」

自分の名前を呼ばれて振り返ると凪とマユミがいた。
どうやらアスカとの事を誰かから聞いたらしい。

「隣いいか?」

凪は答えを聞く前にシンジの隣に並ぶ
反対側にはマユミが並んだ。

「・・・惣流に話したほうがいいんじゃないか?」
「・・・・・・なにをです?」
「弐号機の中の人物の事・・・」

ここにいる3人はエヴァの中にいる人物の事を知っている。
凪はシンジから聞いて、マユミはシンジの記憶を読んで

「どう言えって言うんです?弐号機の中にはお母さんがいるって言えばいいんですか?」
「後で知るほどお前が恨まれるぞ?」
「それで彼女の安全が図れるなら本望です。」

凪とマユミはため息をついた。
シンジはこういう男なのだ。

「・・・真実を知ったアスカは母親を目覚めさせようとするでしょう。でもそれはとても危険な事・・・下手をすると一方的に取り込まれてもどってこれない。ぼくの場合はブギーさんの協力もあったし・・・」
「でも、アスカさんはシンジ君に教えてほしいと思います。他の誰でもなく・・・」

マユミの言葉にシンジもうなずく。
それが分からないほど鈍感じゃない。

「せめてアスカをお母さんと合わせてあげたいとは思う。」
「?・・・零号機のようにシンジ君が中の人の精神を起こすことは出来ないんですか?」
「無理、零号機の時のようにシンクロをたどって向こうの意識にアクセスするためにはかなり高いレベルのシンクロが必要だ。パイロット側からだけでなくエヴァ側からも働きかけがいる。零号機の中にいたちびレイは、多分ぼくとレイに共通点が在るのを感じたんじゃないかな、本能的に興味をもってシンクロしてきたけれど弐号機はぼくと積極的にシンクロしようとはしないと思う。」
「それじゃ・・・」
「それが出来るのはアスカだけだよ・・・弐号機の彼女が求めているのはアスカなんだ。・・・だからって言ってアスカが自覚したとしてもそれですんなりいくとは限らないのがね・・・」

シンジの言葉は重かった。
彼は本当にアスカのことを心配している。

「あんまり詰め込むなと前に言っただろう?」

凪のあきれた声にシンジは苦笑した。
自分でもわかってはいるがこれも性分だ。
変える気はない。

「凪さん?」
「なんだ?」
「凪さんのほうはどうなんですか?」
「・・・たいしたことはない」
「それ嘘でしょ?」
「・・・・・・」

答えは無かった。
事情を知らないマユミが置いてけぼりを食った顔をしている。

「それと同じようなものですよ。ぼくにもゆずれないものがある。・・・どうやら君の負けだな」

シンジの口調が自動的なものに変わり、その顔に左右非対称の笑みが現れた。

「・・・お前には関係ないだろう?」
「そうでもないさ、彼の最後を見届けたものとしてはね・・・」
「・・・・・・・」

ブギーポップと凪の間に微妙な緊張が流れる。
マユミはそんな二人をオロオロしながら見ていた。
かなり剣呑な空気がこの空間に充満している。

「・・・まあいい、お前達が判断することだしな・・・いつ言うかは別にしても必ず伝えろよ・・・」
「そうだね」
「それと・・・」
「なんだい?」

ゴン!!

「くおお!!」

いきなり凪の拳骨がシンジの脳天に落ちた。
ちなみに悲鳴を上げたのはシンジだ。
ブギーポップは拳が落ちる寸前に引っ込んだらしい。

「な、何すんですか!!」
「未成年の飲酒はご法度だろう?」
「の、飲みたい夜もあるんですよ!!」
「何処かの演歌か?とにかく酒はダメだ!!」

そう言って凪はシンジの持っていたビールの缶を取り上げる。
中身はすでにシンジの腹の中だが・・・確認した凪が軽く舌打ちする。

そのまま凪は空き缶を持って屋上を出て行った。

「最近、教師がいたについてきたなぁ〜あの人」

シンジの呟きを横で聞いていたマユミが声を殺して笑う。
それを見たシンジは苦笑するしかなかった。

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第一中学、2−A

アスカは不機嫌だった。
不機嫌の元は自分の視線の先で窓の外を見ながら何かを考えている。

「アスカ?」
「え?」

自分の名前を呼ばれて振り向くとマナだった。

「そんなにシンジ君を眺めてどうするの?」
「そ、そんなんじや無いわよ・・・」
「・・・わからなくは無いけれどね・・・」

マナもシンジを見る。
当のシンジは自分達が見ているのにも気づかないようでじっと窓の外の空を見ている。
何を考えているのか分からない。

「シンジ君が自分を頼らないのが不満なの?」
「・・・・・・あいつがこれほど話すのをいやがるって事は相当な秘密なんでしょ?そんなことわかってるわよ」

アスカの言葉にマナは「おや?」っと思った。
てっきりシンジに追いつきたくて昨日の事を聞いたと思っていたのだが・・・

「なら何が不満なの?」
「その秘密は間違いなくあたしの事だから」
「ふ〜ん」

その考えは理解できる。
どんな秘密かは知らないがシンジはそれをアスカが聞けば傷つくと思っている。
アスカは自分の秘密がシンジの負担になっていることが気に入らないらしい。

「でも、わかってるんでしょ?」
「あいつがやさしすぎる事くらい知ってるわよ」

そう、シンジはやさしすぎるのだ。
そのためにいろいろと背負い込んでしまう。

自分達もいろいろとシンジの秘密を打ち明けてもらってはいるがそれでもシンジが持つものの大きさは変わらない。
世界の敵、使徒、ネルフ、ゼーレ、統和機構・・・・・・きりが無い。

シンジ一人が背負うには大きすぎる荷物だと思う。
たとえその身に死神が宿っていようとも・・・
だからこそアスカだけではなくマナも他の皆もシンジの負担をこれ以上ふやしたくはないと思っている。

「そうは思っていても勝手に背負っちゃうのよね」
「・・・あのバカ・・・」

マナとアスカは同時にため息をついた。

「でもそれだけアスカのこと大事に思っているって事でしょ?」
「な!何言ってんのよマナ!!」

いきなり思いもかけないことを言われてアスカがあわてる。
マナはそんなアスカを勝ち誇った目で見ていた。

「もっともシンジ君は誰かに特別にやさしいって事もないから私にもチャンスあるけれど〜」
「そんなんじゃない!!」

必死で弁解するアスカにマナはいきなり真剣な顔を向けた。
その変化にアスカがたじろぐ。

「な、なによ?」
「素直にならないと後悔するわよ?」
「ぬな!!」
「特にレイとマユミはそのあたり素直だからね〜」
「う・・・」

ちなみの周囲の視線が自分達に集中している事に二人はまったく気づいてはいない。
二人とも話しに夢中になっていて独自の世界に入り込んでいる。

「ねえアスカ?マナさん?」
「「ん?」」

二人が振り向くとヒカリが立っていた。
今この空間に入ってこれるとはなかなかに侮れない。

「なに?ヒカリ?」
「あ、あのね、アスカとマナさんは今度の日曜日は何か予定はある?」
「予定?ないわよ?」
「そ、それならお願いがあるんだけれど・・・」
「なに?」
「お、お姉ちゃんの友達が二人を紹介してくれって言ってるんだけれど・・・」

それを聞いたマナはにやりとした笑みを浮かべ、アスカはめんどくさそうな顔になる。

「おもしろそうね・・・」
「え?ちょっとマナ?」
「いいじゃない、昔の人もいってるわ、恋せよ乙女!!」
「だからあたしは・・・」
「それともシンジ君じゃないといや?」
「な、なんでシンジが出てくんのよ!!」
「じゃあ決定!!」
「むうう」

教室中が大騒ぎになる。
なぜならば以前開催されていたシンジ争奪戦の賭けはいまだに続いていたからだ。
今ではマナとマユミも加わって4人の争奪戦でオッズが出ていた。
ちなみに仕掛け人は某メガネをかけたカメラ小僧だったりする。

シンジはこの騒ぎに気づいてさえいなかった。
彼も今度の日曜日の予定を考えていたのだ。
その日は碇ユイの命日とされている日・・・
シンジの目の前でユイが消えた日である。

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例によって碇邸の夕食時・・・

「なに?デートだと!?」

ムサシは驚きの顔でマナを見た。
隣にいるケイタも不思議そうだ。
かなり意外だったらしい。

「そうよ、相手は高校生二人組みとのダブルデ〜ト」

胸を張るマナの隣ではアスカがなんともいえない顔をしていた。
たとえるなら面倒なことに巻き込まれたあきらめの表情

「あら?いいじゃない」

お茶の入った湯のみを持ったミサトがマナをはやし立てる。
今日は珍しくビールじゃないのは・・・少しでもウェストを引き締めようという涙ぐましい努力だったりする。
一日や二日ですんなりウェストが縮むわけが無いが・・・

「存分におごらせてくるのよ!!」
「当然ですよ!!」

ミサトとマナがなにやら危険な事を口走っているがムサシとケイタは無視することにした。
相手には悪いが自分達にも心の平穏は必要だ。

「私も結婚式で吐くほど飲んでくるわ!!シンちゃん看病よろしく!!」
「・・・マジですか?」

シンジは顔を引きつらせていた。
ミサトのこういう言葉は大抵現実になる。
嫌な有言実行だ。

「ムサシ達は明日はどうするの?」
「ん?ああ、俺とケイタは山のほうに行く。」
「山?」
「・・・ケンスケが戦自仕込みの野戦訓練教えろって煩いんだ。メガネを異様に反射させてにじり寄ってくるんだぞ」

ムサシはその光景を思い出してため息をつく。
かなり怖かったらしい。
横のケイタは苦笑していた。

「俺も明日はいないからよろしくな」
「凪さんも何処かに行くんですか?」
「ああ、夕方には戻る」
「わかりました。」

凪の答えを聞いたシンジがレイのほうを見る。

「レイたちはどうするの?」
「図書館で動物図鑑を探そうと思って・・・」
「私も一緒に行くんです。綾波さんって図書館を使ったこと無かったらしいんですよ。」

シンジの問いにレイは嬉しそうに話す。
隣のマユミも楽しそうだ。
やはりマユミにとって本のある図書館は特別な場所なのだろう。

「動物図鑑って・・・レイ?何かペットでも飼いたいの?」

ミサトの疑問にレイは首を振って答えた。
それを見たミサトは不思議そうな顔をしている。
この場で事情を知らないのはミサトだけだから仕方ない。

レイが動物図鑑を見たいのは間違いなくちびレイのためだろう。
そう考えると全員の頬が緩む。

「?・・・何なの皆?」

置いてけぼりを食らったミサトは不満そうだった。

「ってことは明日は全員出かけるって事か・・・」
「あれ?シンジも出かけるのか?」
「うん、ちょっと面倒なんだけどね・・・」
「面倒?」

シンジは苦笑しながら呟くように言った。

「明日は母さんの命日なんだ・・・」

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翌日・・・

「では」
「いって」
「来ます」
「留守番」
「よろしく」
「ペンペン」

そう言って全員が部屋を後にした。

「クワァ?」

それを見送るのはミサトのペットのペンペン
・・・留守番の意味がわかっているかどうかは疑問ではあるが・・・

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「「こんにちわ」」

アスカとマナはそろって挨拶する。
相手は高校生の二人組み
満面の笑みで嬉しそうだ。

「こちらこそこんにちわ〜」
「まっさか本当に来てくれるなんて思わなかったよ」

どうやら二人とも緊張しているようだ。
無理も無いだろう
アスカとマナはかなり気合を入れて来た。
化粧も服も完璧だ。
しかも二人とも完璧に猫をかぶっているので高校生二人組みは完全にだまされている。

「じ、じゃあいこうか?」

そういった男を先頭に4人はそろって遊園地に入っていく
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・
「・・・なんかつまんない・・・」

アスカがぼそっとつぶやいた。
一通りまわった後にアスカとマナは化粧室に入っていた。

「にしては楽しんでない?」
「はん、楽しまなきゃ損でしょ?」
「ごもっとも」

マナは苦笑した。
アスカは高校生達の前では本当に楽しそうにはしゃいで嬉しそうに笑っていた。
つまんないと言いながらも猫を脱がないのはさすがだ。

「・・・つまんないのは相手がシンジ君じゃないから?」
「っぶ!!だからなんでシンジにくっつけたがるの!?」
「違うの?」
「あ、あたしが好きなのは加持さんのような大人の人なの!!」

アスカは真っ赤になって反論するがこういうところを面白がってからかわれてるのに気づいてはいない。

「シンジ君も後15年もすれば加持一尉と同じ年よ?」
「ふん、シンジが加持さんみたいにかっこよくなれるわけないじゃない!!」
「そう?あたしはもっとかっこよくなると思うけれどな〜」
「・・・・・・」
「・・・なによ?いきなり黙って?」
「そういえばあいつ・・・そろそろつく頃ね・・・」
「え?・・・ああ、そうね・・・」

アスカの言葉にマナが自分の腕時計を見てうなずく。
予定ではそろそろシンジが墓地に着くころだ。

「やっぱり会っちゃうと思う?」
「・・・多分ね・・・」

二人の間に沈黙が落ちる。
何がとは言わない・・・二人ともその意味するものがなんなのか分かっている。

重い沈黙・・・それを破ったのはマナだった。

「にしてもちゃんとチェック入れてるなんてさすがね〜」
「ぬな!!」
「でもストーカーはダメよ?」
「な、何言ってんでごじゃりますかこのおなごは!!」
「・・・どこの言葉よ、それ?」

笑いながら敵前逃亡するマナと真っ赤になったアスカの追撃作戦が展開されたのは言うまでも無い。

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ガタンゴトン・・・

シンジは無言で電車の窓から外を見ていた。

シンジがこの“墓参りごっこ“に付き合わなくなって6年が経つ。

当時のシンジは初号機にユイがとりこまれた記憶をなくしていた。
さらに、ゲンドウはユイの写真などを全て捨ててしまっていて顔すら満足に覚えてはいない。

そんなシンジにとって顔も禄に覚えていない母親の死は現実感が薄く、ユイの墓参りは惰性でしかなかったのだ。
シンジが墓参りに行かなくなったのはブギーポップと世界の敵と戦うということもあったが、同時にゲンドウに捨てられたことを引きずっていたこともある。

「・・・そもそも、母さんが生きているのに墓参りをするのは冒涜じゃないんだろうか・・・」

形はどうあれユイは初号機の中で生きている。
それに対して墓参りは故人に向けてのものだ。
もちろんゲンドウはそれを知っているはずなのに・・・何か矛盾したものを感じる。
それが何なのかはわからないが…

プシュウ〜

目的の駅に電車が到着し、開いた扉から外の熱をはらんだ空気がクーラーで冷やされていた車内に流れ込んでくる。
熱い風に逆らうようにシンジは車外に出て行く。
太陽はすでに空の一番高いところにあり、世界はその色彩を輝きと共に主張していた。

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見渡す限りの場所に整然と金属の板が立ち並んでいる。
それらは一つとして同じ物はない。
全てが故人をしのぶための目印・・・
そして故人を忘れないための目印・・・
・・・墓標の群れだ。

ここは死者が主役の場所であり、生あるものは皆先人達に頭をたれるべき場所…
右を向いても左を向いても墓標の列が続く…
それは同じ数の死者がここに眠る証…

そんな中をシンジは歩いていく。
迷う事は無かった。
目的の場所にはシンジより先に先客がいたのだ。
遠目からでも男が一人たっているのが見える。

サングラスをかけて髭を生やした男・・・ゲンドウだ。
予想通りユイの墓の前に立っている。

「・・・・・・」

シンジは無言でゲンドウの隣に立って墓を見る。
墓にはすでに花束が一つ捧げられていた。

「・・・毎年来ているわけ?」
「ああ・・・」

ゲンドウの短い返事にシンジはため息をついた。
この男は十年近くこの墓参りの真似事を続けているという事だ。
よく飽きないと感心する。

「ぼくは・・・6年ぶりか・・・」
「・・・花くらい持ってこなかったのか?」
「ここに本当に母さんがいるなら持ってきたんだけれどね・・・」
「・・・・・・」

シンジの言葉にゲンドウは答えなかった。
シンジも別に答えが返らないことを気にしないが言いたいことは言う。

「・・・遺品くらい埋葬できたんじゃない?」

実際、セカンドインパクトで死体が無いまま死亡とされるケースは少なくないのだ。
そういう場合は遺族が用意した遺品を本人の代わりとして埋葬する例は珍しくない。

「本当に全部捨てたの?」
「全ては心の中だ・・・今はそれで良い」
「身勝手な話だ。母さんを独占したいの?それとも母さんが怖いの?」
「そんな下世話な理由ではない…」
「どんな理由か知らないけれどそのおかげで一人息子は母親の顔もおぼろげだったよ。」
「……」

殺伐とした会話だ。
およそ血の繋がった者同士の会話ではないだろう。
そのまましばらくお互い口を開かなかった。

「人は思い出を忘れる事で生きていける・・・だが、決して忘れてはならない事もある・・・ユイは・・・母さんはそのかけがえのない物を教えてくれた・・・わたしはその確認をする為にここへ来ている・・・・・・」
「確認…か、それが墓参りを続けている理由?・・・ねえ?」
「なんだ?」
「母さんをまだ愛しているの?10年も経っているのに・・・」
「もちろんだ」
「即答か・・・」

迷いの無い回答にシンジは苦笑する。
人を愛するということがどういうものかシンジはまだ知らない。
だからゲンドウがユイを愛しているかどうかというのも断定できないが少なくともゲンドウはユイの事を忘れず・・・今でも求めている。
それだけは間違いないと思う。

「ならいいさ、夫婦なんだから…息子にも立ち入れない事があるのくらい知っているよ。」
「……そうか」

二人はお互いをみようとしない。
4つの視線はユイの墓に固定されていて動かない。

「・・・シンジ?」
「なにさ?」
「お前は何者だ?」

シンジはすぐには答えなかった。
しばらくの沈黙が落ちる。

「・・・どういう答えがほしいわけ?」
「なに?」
「パイロットとしてのぼく?中学生としてのぼく?ここに立ってるぼくが全てだ。それ以上のぼくもそれ以下のぼくもいないよ?」
「・・・・・・」
「そもそも、ぼくが本当のことを言っても信じられるの?10年は長い、駅で置いてけぼりにされた子供はもういないんだよ?ぼくはあなたの知らない碇シンジだ。」
「…そうだな」

ゲンドウの言葉にどんな感情が含まれているのかは当人しかわからない。
サングラスごしにユイの墓を見下ろすゲンドウは周囲の全てを拒絶していた。
隣に経つシンジですらもその世界に入ることは出来ない。

「シンジ?」
「なにさ?」
「お前には譲れないものがあるか?たとえ世界中を敵に回しても・・・手に入れたい、守りたいものがあるか?」
「ある」

シンジの答えも即答でよどみがなかった。
それは少年の意志の強さと覚悟の大きさの現れだ。

「・・・・・・・・・・私にもある」
「だから何?」

シンジの言葉は抜き身の刀のように鋭く切り込んでくる。
抉る様に・・・両断するように・・・遠慮などかけらも存在しない。

「・・・私には他に何も無い」
「だから好き勝手させろとでも?それは子供の論理だろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・何が言いたい?」
「人を駒のように考えない事だ。別に・・・あんたが何をしようが知った事じゃない・・・でも、ぼくとぼくの周りの大事な人を傷つけるつもりならば・・・相応の覚悟を決めろ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ぼくが言える事は一つだけ・・・いい年をした大人が甘えるな、泣き言なんて聞いてあげる義理は無い。」

ゲンドウはシンジの言葉には答えなかった。
どれだけ言葉を重ねようと理解しあう事は出来ないだろう。
お互い見ているものが違うのだ。

ゴオオオオオオ

ゲンドウの背後で風が舞ってV−TOLが一機着陸した。
静かな死者の世界に轟音と共に巨大な機体が降り立つ。

ゲンドウは無言で・・・シンジに背を向け、歩き出す。

「………シンジ!!」

V−TOLに乗りこむ直前でゲンドウは振り返った。
その視線がはっきりとシンジを捕らえる。

「たとえ誰であろうと私の前に立ちふさがるならば・・・私の敵だ。」
「ぼくにとって大事なものを傷つける者は・・・ぼくの敵だ。」


二人は数秒間だけ見つめあい、ゲンドウは再びシンジに背を向ける。

「…ならば向かってくるがいい…容赦はせん…」
「上等だよ…」

ゲンドウが機内に入るとV−TOLは飛び立っていった。
後に残されたのは墓石の群れとシンジのみ…

「…ぼくにだって…譲れない願いがある…」

シンジは夕焼けに向かって飛んでいく機影に向かって呟いた。






To be continued...

(2007.08.04 初版)
(2007.10.13 改訂一版)


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