天使と死神と福音と

第拾壱章 〔Re-ignition〕
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presented by 睦月様


「・・・凪さん?今日は出かけるんじゃなかったんですか?」
「出かけたさ、これを受け取ってここでお前を拾って帰るつもりだった。」

ゲンドウと別れ、墓地を出たシンジが見たのは傍らに大型のバイクを止めた凪だった。

凪はバイクをぽんぽんと叩く。
ホンダのCBR1100XX、スーパーブラックバード
車体は凪の趣味なのか真っ赤だった

「…ここの事知っていたんですか?」
「以前調べた時にな…」

凪はシンジに用意してきた予備のヘルメットを投げ渡す。

「もう用はないんだろう?かえるぞ」

そう行って凪は自分もヘルメットをかぶってバイクにまたがった。
シンジは無言でヘルメットをかぶると凪の後ろに乗る。

「よし、いくぞ」

凪はシンジが自分の腰に手を回したのを確認するとバイクを走らせて第三新東京市に向けて走り出す。

「…どうだったんだ?」
「別に・・・なにも、ただお互いが頑固だっていう事を確認しただけですよ。」
「そうか…」

バイクを走らせながら凪は黙ってシンジの話を聞いていた。
シンジは淡々と話し続ける。

「…あの人は間違いなく何かとんでもない事をしようとしていますよ。しかも、笑ってすませられないようなとんでもない事です。」
「何するつもりかわかるか?」
「さあ、でも宣戦布告みたいな事言われたのは確かですね…」
「…そうか」

バイクはスピードを上げる。
そろそろ日が傾き出して風景が黄金色のベールを纏い出していた。
その輝きの中をスピードを上げたバイクが突っ走る。

「……ひょっとして止めてほしいのかもな…自分のやろうとしていることを…」
「あの人が?」
「考え過ぎかもしれんが、わざわざお前に面と向かって宣言する理由が思いつかんし、都合よく扱いたいなら間違ってもそんなこと言わんだろ?」
「・・・自分ではもう止まれないって事ですか?」
「わかってはいるんだろうさ、自分がしようとしている狂気を…」
「それでも譲れない願いがあると?」
「そこまではわからんね、すべては想像でしかないしな・・・」

シンジは凪の言葉を反芻する。
シンジに気を使って、かなりフォローの部分があるがそう言う見方もあるかもしれない。

(・・・それにしても・・・)

シンジはゲンドウとのやり取りを思い出した。
実は、シンジはさっきの会話でゲンドウのことを見直していた。

この世界は矛盾で出来ている。
正義の数は人の数と等しく存在し、悪の数はその何倍も存在する。
人は皆己の中の正義を称え、その正義に沿わないものを悪と言う。
勧善懲悪など矛盾したヒーローや、英雄は一人もいない。

そんな世界の中で・・・誰が自分は悪だと宣言し、その旗の下に立とうと思うだろうか?
・・・いるはずが無い、詭弁で自分をだましているならともかく・・・自分が間違っているとわかっていながらそれでも何かを貫き通す事は難しい。
「自分は正義だ」と声を嗄らして叫び、誰かにとっての悪を行う。
そのほうがどれほど楽で・・・たやすい事だろう・・・

しかしゲンドウはちがう。
おそらく自分が悪の旗の下にいることを知っている。
世界中の人間から排斥されることを知っている。
世界中の人間から非難されることを知っている。

そして何より自分が悪だということを自覚している。
・・・それでもあえて悪の旗の下に立つのはどれほどの覚悟が必要だろうか?

(自分が悪だと言う事を言い訳もせず貫くか・・・精神の強さだけならぼくより上かも・・・)
(だからと言って譲るつもりは無いんだろう?自分の信念を?)
(もちろんですよ。・・・容赦する気はありません。)

お互い、相手との衝突が避けられないのはさっき墓地で確認済みだ。
そう遠い先の話じゃないだろう。

シンジが黙っていると再び凪が話し始めた。

「…俺の親父は俺の目の前で息を引き取った。」
「え?」
「俺がお前よりも小さい時だったと思う。」
「セカンドインパクトで?」
「・・・違う、病死だ。」

シンジはいきなりの凪の告白に不思議そうな顔をした。
なぜそんな事を話すのかわからない。

「不養生と仕事のしすぎがたたって、内臓がめちゃくちやになっていたらしい…」
「……それで?」
「親父は小説家だった。…と言ってもなぜか小説はまったく売れないくせにエッセイや論文はそれなりに評価されるっていうわけのわからん親父でな、活字中毒と言うのか?…とにかく暇があったら書いてた人だった。そのせいで母さんとはうまくいかなかったんだけれど、俺にとっては優しい父親だった。」

実際は凪の父親は殺されている。
殺したのは統和機構の合成人間だがその殺した本人は彼女を救うために命を落としている。
しかし、この場にそれを知るものはいない。

「俺が帰宅した時には仕事場で血を吐いて倒れていた。・・・しかも死ぬ直前まで訳のわからんこと言ってたし・・・娘に残したのは本の印税権とその言葉だけって言う、本当に変なおやじだったよ。」
「なんて言ったんです?」
「”凪・・・普通とはなんだと思う・・・”だ。そこから先に何か言いたかったのか、それともそこで終わりだったのかはわからん、でもそれを聞いた一人娘が普通とは縁遠い場所にいることは間違いない・・・親不孝な娘だ。」

さらにバイクの速度が上がった。
凪の言葉は周囲の風景と共に後ろに流れていく。

「”生きているだけまし”とか”生きていれば分かり合える”なんて詭弁を言うつもりは無い。生きているからこそ憎しみ合う事もあるからな、一概に言いきる事は出来ない。」
「しかし、分かり合う事が出来るのも生きてるからこそだと?」
「それはお前たちの問題だろう?そもそも俺は部外者だしな・・・」
「そうですね、本来なら当事者だけでケリをつけるべきなんですが・・・」
「まあ、それは無理だろ?どう考えてもお前達の問題は周りを巻き込まずに決着はつかないだろうからな・・・」

おそらく凪の言う事は当たっている。
間違いなく個人間の問題ですむ事じゃない。
エヴァ、使徒、ゼーレ…かかわっているものが大きすぎるのだ。

「凪さん…………ってうお!!」

シンジが何か言いかけるのをさえぎってバイクが加速した。

「DーCBSもはずしてターボも積んである。注文どおりだ、いい仕事してるな!!」

どうやら外見はノーマルに見えるが中身はかなりとんでもない代物のようだ。
あまりの加速にシンジは凪にしがみつく。
そうしないと後ろに吹っ飛ばされそうになるからだが・・・シンジは速度メーターを見て青くなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・時速112Km

「な、凪さん!!ココは高速じゃないんですよ!?」
「ん?シンジは知らないのか?高速にも速度制限があるんだぞ?」
「何キロですか!?」
「100Km」
「ダメじゃないですか!!」

シンジの絶叫はドップラー効果と共に後方に流れていった。

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「気合が入っているわね?」

リツコはミサトの新調したスーツを見ながら言った。
かなり仕立てのいい生地で青い色が鮮やかな一品、リツコの見立てではおそらく■■万円くらい

「ま〜ね、まけらんないのよあたしは・・・」
「・・・マヤの言葉をそんなに引きずっているの?」
「オフコ〜ス、さすがにアンタと一対一でブーケをやり取りしたくないし〜もっと言うなら受け取るのは絶対いや」
「ああそう・・・」

リツコの額には青筋が浮いていた。

二人がいるのは第三新東京市のとある結婚式場、残念な事に主役ではなく出席者だ。

「その新調したスーツを見せる相手が来ないわね?加持君何してるのかしら?」
「別に加持に見せたいわけじゃないわよ?それにあの馬鹿が時間通りに来た事なんて、いっぺんも無いわよ!!」

ミサトが”経験談”を語る。
三人は学生時代からの付き合いだ。
特にミサトは加持をよく知るポジションにいたのだから説得力は並大抵ではない。
相当待たされたのだろうか?

「デートの時はでしょ?仕事は違ってたわよ?」
「ふん・・・」

ミサトが面白くなさそうに 料理を口に運ぶ。
その味にミサトが顔をしかめる。

「ねえリツコ?」
「なに?」
「なんで結婚式の料理ってこんなにおいしくないのかしら?」
「・・・そうね」

ミサト達の目の前に出されているのはおそらくフランス料理だろう料理だ。
薄い生の肉でニンジンやよくわからない野菜をくるんでソースをかけてある。
名前は知らない。

「あなたには特に会わないかもしれないわね・・・」

リツコは苦笑して白ワインを口に運ぶ。

結婚式の料理と言えば大抵イタリア、イギリス、フランスなどの料理が出てくる。
見た目はよいのだが・・・そこはそれ、大抵のものは食文化の違う日本人には珍しくはあっても味と言う点で難がある。
しかもこれらの結婚式用の料理は総じて・・・・・・ビールと相性がよくない。

「あなた、さっきからビールばかり飲んでるでしょ?」
「なはは、ワインって飲みなれて無くって味がわかんないの〜」

炭酸系のビールに合わせるとしたらある程度味の濃いものがいる。
それこそ近所の焼き鳥屋のほうがはるかにビールとの相性はいいだろう。

ミサトのようにビール大好き人間はそれこそ飲むしかないと言う事になる。

「いやぁ〜〜、2人とも今日は一段とお美しい」

ミサト達が話していると聞きなれた声が聞こえた。
声の方向を見るとやはり加持だ。

黒いスーツの上下に白いネクタイと言う基本的な格好だ。

「お?葛城、スーツ新調したのか?」
「・・・よく気づいたわね?」
「そりゃ〜男として当然でしょ?」
「あっそ、アンタは楽よね〜ネクタイを黒と白を用意すれば冠婚葬祭なんでもござれだもんね〜」

自分のスーツの新調代を思い出すと一着で全てが兼用できる加持の姿にジト目が行くのは仕方ないだろう。

「・・・どうでも良いけど・・・何とかならないの?その無精ひげ!ほら、ネクタイ曲がってるわよ?」

ミサトは立ち上がって加持のネクタイのずれを直してやる。
その姿には慣れが感じられる。
おそらく大学生時代の杵柄だろう。

「夫婦みたいよ?あなた達・・・」
「いいこと言うね〜リっちゃん・・・ぐお!!」

加持がリツコに答えた瞬間・・・ネクタイが限界までしまった。

「お、おい葛城?」
「だ、誰が、こんな奴と!!」

加持の目の前には赤くなったミサト・・・
ちょっと照れているらしいが、過激な照れ方だ。
一歩間違うと絞殺死体が出来上がる。

「か、葛城ぃ〜そろそろやばいんだが・・・」

加持の顔も赤い
しかし、それは照れではない
そろそろいい感じに首が絞まっているのが理由だったりする。

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「もう二度と凪さんのバイクには乗りません」
「新しいバイクには慣らしがいるんだよ。あまりスピードを出さないと、エンジンの回転が悪くなってとっさの加速が出来ないんだ。」
「事故ッたらどうするんです?」
「それは運転手の腕次第だろ?」
「自信家ですね?」

シンジ達は予定よりもかなり早い時間にマンションに到着していた。
理由は言うまでもない事ではあるが凪のおかげだ。

「とりあえずお茶でも入れますよ。」
「気が利くな」
「電車代が浮きましたからそのお礼です。」

シンジは凪を連れて自分の部屋に向かう。
カードキーを解除して中にはいるとそこにはレイとマユミがいた。

「あれ?先に帰ってきてたの?」
「あ、おかえりなさい」

シンジの姿を見たマユミが微笑む。
二人がここにいること自体は珍しくは無い。
シンジの部屋は仲間の誰のカードキーでも開ける事が出来る。

全員で食事を取るのだから仕方ないとは思うがシンジにとってプライバシーというものの存在は薄い・・・と言うよりシンジの家は暗黙の了解でこのマンションの食堂扱いになっているから出入り自由なのは当たり前らしい。
本人もたくさんで食事するのは嫌いではないので食堂の管理人のような感じだ。
マンションと言うより■■荘に改名したほうがいいかも知れない。

「・・・シンジ君?」

名前を呼ばれたシンジが横を見るとレイがじっと自分を見ていた。

「・・・大丈夫?」
「・・・・・・うん」

心配そうなレイにシンジは笑顔で答える。
レイもマユミも心配して早めに切り上げてきたらしい。

「・・・ん?」

シンジがレイとマユミに笑いかけていると背後で扉が開いた。
そこにいたのはアスカとマナ。

「あれ?アスカとマナ?なんでここにいるの?」
「あ、あんたこそなんでいるのよ?」
「墓参りが終わったからだよ。アスカ達は何でさ?まだ帰ってくる時間じゃないだろ?」

シンジが自分の腕時計を指差しながら聞いた。
アスカ達が出かける前に言っていた帰宅時間よりかなり早い。

アスカが答えに詰まる
予想外にシンジがいたことで驚いているらしい。
その横でマナが楽しそうに説明を始めた。

「アスカってばつまんないからって男の子達がジェットコースターに乗っている間に帰ってきちゃったのよ。」
「それは…」

シンジは苦笑いで残されてきた高校生たちの冥福を祈った。
アスカはそっぽを向いて頬を膨らませている。
なぜ彼女が怒っているのかはシンジには一生わからないかもしれない。

「でもアスカ達の事捜してるんじゃない?」
「大丈夫、ちゃんと携帯にメッセージ入れといたから、もちろん非通知で・・」

その徹底ぶりには感心するしかない。

「…なんだ、みんなおそろいか?」

アスカ達のさらに後ろで上がった声に皆が振り向いた。

「…ムサシ…ケイタ…なんで野戦服なのさ?」

そこにいたのは戦自が着るような草色の野戦服を着たムサシとケイタ…
泥はねや砂で汚れているところなど不信人物として通報されても文句言えない格好である。

「ケンスケがしつこかったんで振りきってきたんだ。」
「これは相田君のコレクションらしい、いきなり渡されて着替えさせられたんだよ。」
「夜間戦闘訓練まで教えろって言うんだぞ…しかもそのために夜まで待ってからって…」
「流石に逃げて来たってこと。」

どうやら二人とも散々な目にあったらしい。
ケンスケ恐るべし…

「…とにかく、皆食事にしょうか?」
「シンジ君、下ごしらえはもう終わっていますよ。」
「え?人数分?」
「はい、綾波さんと一緒に」

シンジがレイを見ると嬉しそうに頷いた。

「でも、人数分なんて用意がいいわねマユミ?」
「ん〜なんだかこうなるような気がしてましたから〜」

そう言いながらシンジと一緒に台所に行くマユミを見ながら全員が席につく。

しばらく待つと台所から料理を持ったシンジ達が出てきた。
“いつも通り”の食事が始まる。

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ホテルのラウンジでミサト達は三人だけで結婚式の二次会をしていた。

「ちょっち、お手洗い」
「・・・とか言って逃げるなよ?」

加持のからかいに舌を出して答えるとミサトは化粧室に歩いて行った。
残された加持とリツコはグラスを傾ける。

「何年ぶりかな?・・・3人で飲むなんて…」
「ミサト、今日は飲み過ぎじゃない?何だか、はしゃいでいるけど…なんでかしらね?」
「そこで俺を見られても困るんだけどな〜」

リツコの視線は言外にお前のせいだと言っていた。

「浮かれる自分を抑え様として・・・また飲んでいる。今日は逆か・・・」
「一緒に暮らしてた当人の言葉は説得力が違うわね」
「暮らしていたって言っても、葛城がヒールとか履く前の事だからな・・・」
「学生時代には想像出来なかったわよね」

当時の事を思い出した加持とリツコの顔が和む。
たとえどんなつらい事も楽しい事も思い出せば笑って話せる。
それが思い出…

それが出来ないならばいまだに現在進行形ということだ。

「俺もガキだったし、あれは暮らしっていうより・・・共同生活だな、ままごとの延長だよ、現実は甘くないさ…そうだ…」

加持はふとある事を思い出してスーツの懐に手を入れる。
取り出したのは猫のキーホルダー

「これ、ネコの土産」
「あら?ありがとう。マメね・・・」

リツコは素直に受け取ってバックにいれる。

「女性にはね、仕事はずぼらさ」
「どうだか・・・・・・ミサトには?」
「1度、敗戦している。負ける戦はしない主義だ。」

加持は苦笑して再びグラスを傾ける。
そんな加持の横顔を見ながらリツコは妖しく笑った。

「京都・・・何しに行ってきたの?」
「あれ?松代だよ?その土産」
「とぼけても無駄、あまり深追いすると火傷するわよ?これは友人としての忠告」
「真摯に聞いておくよ・・・どうせ、火傷するなら君との火遊びを・・・」

加持が言い終わる前にミサトが戻ってきた。

「おまたせ〜」

ミサトに振りかえる加持は完全に猫をかぶっていた。
そんな加持を見たリツコが苦笑する。

「…変わり身が早いのね?」
「ほっといてくれる?」
「なに?どういうこと?」

加持とリツコはお互いを見て苦笑する。
ミサトだけは意味がわからず加持とリツコを交互にみた。

「…そう言えば葛城?」
「なに?」
「お前のマンションに霧間 凪って人がいるだろう?」

加持の言葉にミサトの視線がいぶかしげなものになる。

「…霧間さんに手〜ぇ出すつもり?」
「いや、彼女少々面白い経歴の持ち主だから気になってな…」
「面白い経歴?なんのこと?」

ミサトの言葉に加持は苦笑する。
どうやらミサトは知らないらしい。
反応がないところを見るとリツコもだ。

「チルドレンと同じマンションに住んでいるのに、調べてないのか?」
「犯罪履歴や、どこかの組織との関連は調べたわよ?結果は白…何か問題あるの?」
「う〜ん、そう行った意味じゃあ問題ないんだがな…」
「どういうこと加持君?」

加持の言葉に興味を持ったリツコが話に入ってくる。

「リッちゃんなら知ってるかもな…彼女、霧間誠一氏の唯一の肉親でただ一人の息女だ。」
「霧間…誠一…まさかあの霧間誠一なの?」

名前に思い至ったリツコが少し驚いた顔になる。
話について行けないのはやはりミサトだ。

「なに?その人が霧間さんのお父さんなの?」
「霧間誠一…小説家よ。結構有名な作家で彼の書いたものが今でも再販されて書店に並んでいるはず…」
「有名なのね…」
「ええ、かなりの部数が売れているわ、私も何冊か持っている。印税も結構な額になるはずよ。」
「え?じゃあ霧間さんって結構お金持ち?」
「そうね…少なくとも、こんな危険な場所で学校の保健医をしなければいけない、なんてことはないはず…」

リツコとミサトは頭を抱えた。
今まで何度も会って、特にミサトはほぼ毎日食事を一緒にしている相手がそんな人だとは思っていなかった。

「まあ、犯罪者と言うわけじゃないから、諜報部の人間も報告しなかったのかもしれんが…」
「確かに、直接どうこうと言う事はないでしょうけれど…それにしても…」
「葛城?・・・最初、彼女はどうしてあのマンションに入る事になったんだ?」
「え?それはシンジ君が連れてきたのよ」
「「シンジ君が?」」

加持とリツコが意外な名前に驚いた。

「ええ、なんでもシンジ君の友達の友達らしいわよ?」
「その間の友人ってのは誰なんだ?」
「しらないわ、でも二人はこの町ではじめて会ったような事言ってたし」

ミサトの言葉に三人は頭を捻る。

実のところ、シンジだけでもネルフの諜報能力の手に余る。
何も変わった所を見つけられていないのだ。
この上、さらに正体不明な人物が自分達のすぐそばにいたと言う事実が判明した。

ミサトは付き合いの多さと勘から彼女に危険は無いと判断しているが報告が上がってきてないのはやはり問題だ。

「・・・そういえば彼女・・・周囲の人間から珍しいあだ名で呼ばれていたらしいぞ?」
「もう調べていたの?仕事のほうもまめじゃない?」
「これは趣味」
「どういうこと?」

ミサトだけは意味が分かっていない。

「まあ…いいわ、それより・・・」
「ああ、彼女・・・・・・”炎の魔女”って呼ばれていたらしい」

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「う〜」
「葛城…いい歳して戻すなよ…」
「あ〜う」

ホテルのラウンジを出た三人は公園の水飲み場にいた。
中でもミサトはかなり苦しそうだ。
加持がその背中をさすって介抱している。
完全な飲みすぎだ。

「まったく、はしゃぎすぎよ」
「ううううう…お酒が!お酒が目の前にあるのが悪いのよ!!」
「なによそれ?…無様ね」

リツコが追い討ちでミサトにとどめをさす。

「わ、私は素面よ!!」

多少はアルコールが抜けたのかミサトがふらふらになりながら立ち上がる。
しかし自分は素面だなどという時点で素面ではないだろう。
ここまで酔っ払っているとハイヒールは危ないので裸足で地面に立っていた。

「ミサト…そんなに酔っ払って…」
「だいじょ〜ぶ!!シンちゃんに看病頼んどいたから〜」
「…あきれた、あなたパイロットに二日酔いの看病頼んだの?」

ミサトの言葉にリツコがため息をつく。
そんな二人のやり取りを加持は興味深く聞いていた。

「なあ、リッちゃん?」
「なに?」
「シンジ君は信用されてるんだな?」
「信用って言うより、ミサトの場合はシンジ君のほうが保護者のようなものよ。」
「リッちゃんは彼のこと・・・どう思う?」
「わたし?…そうね、いろいろと怪しいところはあるけれど彼は信用できると思うわ」
「ふ〜ん、こんなに女性に頼りにされるなんて…俺も見習いたいね〜」

加持とリツコの会話にミサトが復活してきた。

「そうよ、シンジ君はやさしくて強いんだから!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

酔っ払いが叫ぶのに理由はない。
それが酔っ払っていると言うことだから。

「…とりあえず近所迷惑になる前に引っ張ってくか?」
「そうね、マンションまで行けばなんとかなるでしょ」
「…って、リッちゃんもついてくるのか?」
「あら?送り狼にでもなるつもり?今夜は三日月よ?」

リツコは笑ってミサトの片方の腕を取る。
もう片方は加持が受け持った。
今のミサトはまるで捕獲されたエイリアンのようだ。

「ついでに、あらためて霧間 誠一氏のご息女に挨拶もしたいし」
「そう言えば、本も持っているっていってたな?」
「これでも、一応ファンですから」

にこやかに言うがその目は笑っていない。
どうも挨拶だけで済ます気はないらしい。
そういう意味では加持も大差ないが。

「それにね…加持君のさっきの話に興味があるのよ」
「…そりゃあ、どう言う意味だい?」
「霧間 凪さん…彼女何かしたの?」

リツコの目が科学者特有の“観察する目“になった。
こういう目で見られるとひどく居心地の悪いものを感じる。
実験動物のモルモットの心境はこんな感じだろうか?

「別に、彼女はなにもしてないさ、ただちょっと気になって調べただけ」
「…嘘ね?」
「そりゃあまた…なんで?」
「わざわざミサトに聞いたって事はなにかあるんでしょ?」
「深読みのし過ぎだよ。ちょっとした事で気になったんで調べてみただけさ…」
「…そう?」

リツコは加持が何かを知っているが黙っていると判断した。
おそらくシンジと無関係ではあるまい。

そのままじっと加持の顔を見ているとため息と共に加持が折れた。

「・・・ここだけの話にしてくれるか?」
「内容によるわね」
「・・・・・・彼女、マルドゥック機関を調べたらしい。」
「「え!?」」

リツコだけでなくミサトも加持の言葉に驚きの声を上げる。
ミサトは一瞬で酔いが吹っ飛んだらしい。
マルドゥックの実情を知っているリツコはさらに驚いていた。

「彼女はここに来る前に探偵のような事をしていたらしい」
「探偵?どこかの組織の依頼?」
「いや、その線は薄い・・・でも俺の予想では依頼主はネルフにいる。」
「だれ?」
「・・・ネルフには経歴がはっきりしているのになぜかその正体を血眼になって調べられている人物がいるよな・・・」
「「・・・シンジ君!?」」

ミサトとリツコは同じ結論に達した。
確かにシンジの経歴ははっきりしているがその特殊な行動ゆえにネルフの諜報、保安部にその経歴を何度も調べなおされている。

「俺もそう思う。彼女に依頼主がいるとすれば彼の可能性が高い。」
「でも何故、シンジ君が?」
「当然だと思うがね、パイロットして選ばれた彼にとって”何故自分が選ばれたか?”ってのを知りたいのは・・・どこかでマルドゥックの単語をしゃべらなかったか?」

加持の言葉にミサトとリツコはそろって顔を見合わせる。
シンジが来たときに何処かの誰かがこんな会話をしていた。
「この子が例の子供ね?」
「そうよ。マルドゥック機関から報告のあったサードチルドレン!」
・・・ミサトとリツコは天を仰いだ。

「・・・覚えがあるって顔だな・・・まあ、仕方ないさ。彼をよく知らない時点だったんだろう?」
「で、でもなんで?」
「条件が同じなら俺でも同じような事をする。特にネルフのシンジ君に対する初印象は最悪だったらしいからな・・・」

ミサトとリツコはうなずく。
初印象は最悪どころじゃなかった。
シンジがこの町に残った事はネルフにとってどれだけラッキーな事だかわからない。

「でも・・・シンジ君と霧間さんはどこで知り合ったのかしら?」
「それは二人の共通の友達って人をかいして、じゃないの?」
「・・・それなんだが、シンジ君と彼女がこの町に来るまで面識がなかったって言うのは本当らしい・・・住んでいた場所もまったく違うしな、共通の友人がいたとは思えないんだが・・・」

またひとつシンジに関するなぞが増えた。
しかも例によって答えは出ない。

「本人達に聞いてみない事には始まらないか・・・」
「正直にあの二人が話してくれると思う?」
「話してみないとわからんがね、それにしても興味深い少年だよ」

加持の言葉にリツコがうなずいた。
彼女もシンジの秘密に惹かれている一人なのだ。

三人はとりあえずマンションに向かうことにした。

「ん?」
「なにか聞こえるわね?」

マンションの近くまで来た三人は何かの音を聞いて立ち止まった。

「…マンションのほうからみたいね…」

風に乗って届くのは弦楽器のしらべ…

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マンションの屋上に伸びる影が一つ…
影が小刻みに動くたびに周囲に音が響く
音が生まれるのは数本の弦…
椅子に座った少年が持つチェロから周囲に流れていく。

シンジは瞑想のように薄目を開けながら弾いている。

最近は弾いていなかったので、押し入れを捜したら案の定埃をかぶっていた。
一応、ユイの命日には弾いていたのだが、生きている事を知った今では久しぶりに弾きたくなったと言うのが理由だ。
どうせなのでチェロを右手に、左手に椅子を一つ持って屋上に上がって来た。

シンジのいる屋上は異様なまでの幻想的な世界になっていた。
その正体は珍しくもないコンクリートの床と人工物の集まりに過ぎない。
しかし、空に昇る三日月が屋上を別の世界にしていた。
白い光がすべてにやさしい色を加えている。
コンクリートの床は大理石のように白く輝き……
屋上の給水塔は祭儀場のような印象を与える。
その中心でチェロを弾くシンジは幻想的で妖しげで・・・この静かな世界の支配者のようだ。

「ん?」

不意にシンジの演奏が止まる。

「・・・すいません、近所迷惑でした?」
「いや、そんなことないぞ」

背後からの声は凪だった。

「お前にこんな特技があったなんて知らなかったよ。」
「別に隠していたわけじゃないんですけれどね、5歳の時から始めて、この程度だから・・・才能なんて別に無いです。」
「そっちのほうが凄いと思うぞ、努力の結果って事だからな」

凪はシンジの前に回りこんで手すりに寄りかかる。
シンジに向かって軽く微笑んだ。

「・・・体のほうはどうなんです?」
「問題ない・・・って言っても信じないだろうな・・・」
「ダメなんですか?」
「・・・・・・俺もこれでいいとは思っちゃいない、昔と違って体が成長した分、押さえは効くが・・・」
「限界が近いんですか?」
「いや・・・しかし余裕もない・・・」

凪は笑っているが何処か無理をしているようだ。
瞳にいつものような力がない。

「・・・ぼくは凪さんが死ぬのはいやです。」
「俺も死ぬのはいやだよ。特に、俺は何度も置いて行かれた方だからな・・・残されるのには慣れない事も知っている。」

シンジはチェロを持ち直した。
これ以上話しても埒があかず無意味だろう。
ならば・・・

「一曲どうです?リクエストはありますか?」
「そうだな・・・ 無伴奏チェロ組曲をたのむ、弾けるか?」
「一応は、よくそんな曲知っていましたね?」
「他に知らないんだ。第九くらいならわかるがチェロ一本じゃ難しいだろ?」
「了解です。」

シンジは凪のリクエストどおりに演奏を始めた。
屋上が再び幻想的な空間へと変わっていく。

(・・・どうしようもないんでしょうか?)
(全ての鍵は彼女の心の中にある。)
(凪さんしだいですか?)

シンジはしばらく演奏に集中する。
チェロから奏でられる音が空間に浸透していくような感覚がある。

伸びやかに・・・緩やかに・・・

(・・・荒療治が必要だな・・・)
(荒療治?何するつもりですか?)
(それは・・・・・・・・・・今日はお客さんが多いな・・・)

ブギーポップの言葉にシンジの手が止まる。
同時に再び背後から声が来た。

「すまない、邪魔するつもりはなかったんだが・・・」

シンジはチェロを置くと頭だけで背後に振り向いた。

「加持さん、ミサトさんにリツコさんまで、おそろいですね?」

そこにいたのはミサト、加持、リツコの三人だった。
なぜかリツコとミサトは呆然とこっちを見ている。
そんな二人に加持は苦笑していた。

「ご、ごみ〜ん」
「本当にゴメンなさいねシンジ君」

ミサトとリツコもあわてて謝る。
この幻想的な光景に見とれていたらしい。

「迷惑ならこのあたりで切り上げますけれど?」
「え?い、いいのよ。このマンション他に誰も住んでいないし」

このマンションは、ネルフの専用マンションだけに入居者も限られる。
実際、シンジ達だけしか入居していない。

「でも、シンちゃんなかなかやるじゃな〜い。」
「たいして上手くないですけれどね」
「そんなことないってば」

ミサトは上機嫌だ。
リツコと加持もうなずく。

「俺達も聞かせてもらってもいいかな?」
「恥ずかしいですね、でも皆立ちっぱなしって言うのも・・・」
「確かにそうだな・・・」

加持が何かないかと周りを探すとミサトが挙手した。
何か思いついたらしい。

「あたしシートか何か探してくるわ!!」

そう言って屋上を出て行った。
行動が早い。

「まったく、即実行のくせは相変わらずだな・・・」
「あれでこそミサトさんでしょ?」
「ははは、まったくその通りだな、シンジ君」

加持は愉快そうに笑いながらシンジに向き直った。
長い付き合いだけに加持もミサトの性格を分かっているらしい。

「ところで霧間さん?」

加持に代わってリツコが凪に話しかけた。

「はい?」
「あなた霧間誠一さんの娘さんだそうね?」
「え?そうですけれど?」

その言葉に凪の顔がいぶかしげになる。
対して凪を見るリツコの顔は嬉しそうだった。

「私、お父様の小説を愛読しているの、その娘さんだったなんて知らなくって・・・」
「なるほど、こっちもわざわざ名乗らなかったですし、気にしないでください。それに俺にとってはただの父親でしたから」
「それでも、お会いできて光栄だわ」

リツコの差し出した手を凪が握る
凪としても父親をほめられて悪い気はしない。

「そういえば何故第三新東京市に?」
「何故と言っても、仕事のためですよ」
「それだけ?」
「・・・何が言いたいんです?」

凪とシンジの視線が鋭くなった。
どうも何か含むものがあるようだ。
ここにいるという時点で加持も一枚噛んでいるのだろう。

自分たちを見る不振げな視線に気づいた加持が肩をすくめる。

「・・・すまない、回りくどかったな・・・では直球に、聞きたい事があるんだ。」
「なんですか?」
「霧間さん、なぜマルドゥック機関を調べたんだい?」
「どういうことです?」
「俺の予想だとシンジ君に依頼されて調べたんだと思うんだが?」

加持はシンジに視線を向ける。
それを受け止めたシンジも凪も涼しい顔だ。

二人に動揺したところは無い。
ネルフだって一応は国連組織だ。
よほどの無能じゃない限りいずれはばれると二人とも思っていた。

「なんでそんなことを気にするんです?」
「いや、一応マルドゥックってのは秘密機関でね・・・一般人が知っていると何かと問題があるかもしれんが・・・」

加持は一拍の間をおく。
その顔はいたずらっぽく笑っている。

「しかし半分以上は俺の興味だ。」
「素直すぎますよ?」

シンジは加持にため息混じりの突込みを入れた。
どうも自分の周りには自分に素直すぎる人物が多い。
何かそういう人間を引き寄せる要素でもあるのだろうか?

「俺が依頼されたのはシンジじゃない」

凪があっさり言い切った。
口調が目上の人相手のものじゃなくて普通の口調に戻っている。

「・・・って言う事はシンジ君と君の共通の友達って奴かい?」
「・・・あいつと友達になった覚えはないがな・・・」

凪は心外そうな顔だ。
実際友人と言うには凪とブギーポップの関係は微妙だ。
目的が同じ・・・その程度の関係でしかない。

「その人は今どこに?」
「さあね、案外近くにいるかもよ。」

シンジは苦笑するしかなかった。
確かに嘘はついていない。
依頼したのはシンジではないしブギーポップはすぐそば・・・目の前のシンジの中にいる。

「なるほど、もう一つだけ聞きたいんだが」
「ひとつだけか?」
「ああ、山のように聞きたいことはあるが、あまり欲張っても仕方ない。」

加持はシンジに向き直る。

「シンジ君?君は何者だい?」
「直球ですね?そして聞きなれた言葉です。」
「はは、すまないね、安易ではあるが答えてもらえると助かる。」

シンジは軽く目を閉じて考える。
ゲンドウやリツコ達のように煙に巻く方法もあるが・・・

「ぼくは世界の敵を狩る死神のパートナーです。」
「世界の敵を狩る死神?えらく抽象的だな・・・」

やはり、加持はシンジの言葉を何かの比喩的な例えと捕らえたようだ。
無理もない、事情を知らなければシンジが本当のことを言ったのだとわかるはずはない。
それを見越してシンジもしゃべったのだから信じられても困るのだが。

「それがヒントかい?」
「質問は一つでしょ?」
「ははは、厳しいな」
「自分で言い出したことですから守りましょうね」

シンジと加持はにこやかに笑いあう。
加持もこれ以上追及する気はないらしい。

「ん?ミサトが戻ってきたのかしら?」

リツコが階段から聞こえる音に振り向いた。
しかし、どうも一人じゃないような・・・

「おまたせ〜」
「・・・なんで皆までいるんですか?」

そこにいたのはシートを持ったミサトと一緒にアスカやレイなど皆がそろっていた。

「こんな面白そうなイベント、一人でやろうなんて甘いのよ!!」

アスカの声に皆がうなずく。

「イベントって・・・」
「さあ、皆座りましょう」
「聞けよ・・・」

ミサトが広げたシートに皆が座っていく。
とうぜん、シンジの言葉は誰も聞いていない。

「シンジ君も結構苦労してるんだな」
「って言いながら何ちゃっかり座ってるんですか加持さん?」
「あきらめろ」
「・・・凪さんまでぼくを見捨てるんですね」

いつの間にか全員が座ってシンジを見ている。
シンジは苦笑しながらチェロを引き寄せて弦を握る。

「オーダー(ご注文)は?」

そして再び旋律が流れ始める。
強く・・・やさしく・・・
それは月の光に包まれて・・・
それは夜の闇に溶け込んで・・・
夜の風は旋律を運んでいく・・・
この世界のどこまでも響けと言うように・・・

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黒いライダ−スーツの女性が走っている。

「はあ、っくううう」

凪は人のいない町を駆けていた。
背後からの追跡者はそんな凪を射程距離に置いたまま追跡してくる。

「くそ!!」

適当な建物に入ると背後をうかがう。
そこには人影があった。
かなり目立つ格好をしているくせに隠そうともしていない。

「・・・どういうつもりだ?」

それは黒い筒のようなシルエット・・・
死が具現化したような夜色のマントをなびかせてそいつはいた・・・

「答えろ!!・・・・・・シンジ!!!!」

そこにいたのは・・・一人の死神だった。






To be continued...

(2007.08.04 初版)
(2007.10.13 改訂一版)


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