天使と死神と福音と

第拾壱章 〔Re-ignition〕
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presented by 睦月様


思えば、最初からおかしかった。
予兆はあったのだ。
シンジが重要な話があるといって人気のない廃墟に呼び出した時点で感じるものはあった。
しかも、いつものライダースーツを着てきてくれと注文までしてきたのだ。

だが、その時点ではまだ、何か面倒な頼みごとがあると思っていただけだった。

指定された場所であいつに会うまでは・・・・・・

「説明しろ!!」

凪は飛んでくるワイヤーを避けながら背後に叫ぶ。
追撃してくるのは黒を纏う者
ブギーポップだ。

「説明か…」

凪の言葉にブギーポップが立ち止まる。
それに気づいた凪も警戒しながら振りかえる。

「…どういうことだ!?」
「そろそろ限界だろう?」

ブギーポップの言葉に凪の瞳が細まる。
ブギーポップが言っているのは例の能力による体調不良
正直なところかなりきつく、脂汗が出てきそうだったがいまはそんな事にかまっていられない。
この痛みすら感じられなくなるのはごめんだ。

「あのマンションで限界を迎えるつもりだったのかい?」
「ま、まだ余裕はある!!」
「動く事も出来なくなってからじゃあ遅いだろう?君の能力は“燃え移る”らしいからね」
「くっ」
「ここでならその心配も少ない。」

凪は唇をかんだ。
悔しいがブギーポップの言う事にも一理はある。
自分の能力がそんな物騒な一面を持っている以上、あのマンションにいる事は周囲の人間を巻き込む事にもつながる。

「君の能力が世界の敵になるようなら早めにその芽を摘んでおくに越した事はないし、いずれ限界を迎えるなら他に燃え移る前にどうにかしたほうがいい。」
「だ、だからこの場で殺そうと言うのか!?」
「必要ならね…」
「ふざけるなよ…」
「子供達ならともかく、シンジ君たちとの生活でふやけたか?死神と魔女の関係はそんなものじゃなかったはずだろう?」
「・・・・・・そうだな」

ブギーポップの自動的な言葉には感情が感じられなかった。
確かに二人の関係はそんな馴れ合いの元にはない。
わかっていたはずだ。

凪は内臓からくる痛みに耐えながらブギーポップと向き合った。

「君がこのまま能力を制御できなければ、シンジ君たちにもいずれ迷惑がかかる。」
「…シンジはこの事に同意しているのか?」
「彼は知らないさ、込み入った話があるって言って深くシンクロしてもらっている。この状態だと100%僕が体の主導権を握れるが、同時にシンジ君は外の事が分からなくなる。僕が呼ぶまでは出てこないようにお願いしてあるし。」
「そうか…」

凪は安堵のため息をつく。
それで状況が好転するわけじゃないが、それでも何か救われた気がする。
凪はライダースーツから両手にスローイングダガーを取り出した。

「…本気なのか?」
「変な事を聞くね?他の誰でもなく、他の何者でもなく、君なら僕が”こういう行動に出る事“を認められなくても理解できるはずだろう?」
「お前……」

凪はなにかを言いかけたがその言葉を飲み込んだ。
この場において言葉は意味をなさない。
行動こそが明確に物を語る。

「はっ!!」

両手のナイフを投げると共に疾走開始
“戦闘”が始まった。

凪のナイフが空中を走った鋼線に両断される。
しかし、そんなのは予想通りだ。

ナイフを切った鋼線の軌道を確認しながらブギーポップに迫る。

「ふっ!!」

右の拳が放たれる。
対するブギーポップは涼しい顔だ。
後方に飛んでやり過ごす。

「逃がさん!!」

さらに引き抜いたナイフを着地点に投げる。
足元に現れた刃物にブギーポップの体勢が崩れた。

「もらった!!」

凪がナイフを突き出すような格好で突き出したのはスタン警棒
シンジに考慮して電圧は下げてあるが、それでも当たれば勝負がつく。


このタイミングとこの状況…
かわせるわけがない。
その光景をひどくゆっくり感じながら凪は勝利を確信していた。

・・・目の前のブギーポップのつまらなさそうな顔を見るまで

ドン!!

次の瞬間、凪は空中を舞っていた。
錐揉み状に回転する視界の端に右手を銃のように突き出すブギーポップがいる。

「かは!!」

見えなかったが、理解は出来る。
衝撃波で吹っ飛ばされたのだ。
空中で身をよじって何とか受身の体勢を作る。

ドスン!!
「ぐうう」

地面との熱烈なスキンシップの衝撃にうめきながら自分の状態を確認した。
打ち身などはあるが我慢できないほどじゃない。

すばやく立ちあがってブギーポップに向き合う。
右手に握ったまま離さなかったスタン警棒を構えた瞬間、気づいた。
さっきの衝撃波で半ばから折れて壊れている。

「ちっ」

凪は警棒を捨て去るとアーミーナイフを構えるが…

キン!!
「なに!!」

構えた瞬間に鋼線が走り、ナイフは刃の三分の一を残して両断された。

「…君が百の技を出そうとすべて避けて見せよう、千の刃を構えるならその一つ残らず叩き折ろう。・・・・・・そんなもの効きはしない。」

ブギーポップはため息をついて凪を見る。
まるでどうしようもない子供だといった感じに

「…シンジ君と僕は一つの約束をした。」
「なに?」
「シンジ君が無の概念能力の事を皆に話した夜だ。」

自動的な死神はただまっすぐに凪を見ていた。
その視線は感情すら自動的だと言うように冷えきっている。

「彼が世界の敵となって全てを消し去ろうとしたら僕が彼を消す…そんな約束だ。」
「なんだと!!それをお前は受けたのか!!」
「そうだ」
「ふざけるな!!」

凪は叫んだ。
その声は絶叫となって無人の町を駆け抜けていく。
認めることなど出来ない。

「…彼の力は大きすぎる。」
「それでもだ!!お前があいつを殺すだと!!」
「たとえそうなったとしても今の君に止める事は出来ない。過去にしばられている君には僕もシンジ君も止められはしない。」
「くっ」

凪は歯を食いしばって立ちあがる。
もはや内臓疾患の痛みか衝撃波を食らって吹き飛ばされた痛みかわからない。
しかし……………立つ

「……」

ブギーポップにはそれに答える言葉はなかった。
ただマントから右腕を出す。
その手は銃のような形に握られていた。

「あくまで過去を引きずるなら・・・これで終わらせよう。」

そう言って指先を凪に向ける。
遠慮もためらいもない。

「・・・そういえば、この前読んだ小説にこんな言葉があったな・・・」
「・・・なんだ?」
「いつまでも寝てんじゃねえ、ちまちましてっとぶっ殺すぞ」

本来なら、気合のこもったセリフなのだろうがブギーポップの自動的な口調では威圧感にかける。
しかし、ブギーポップは本気で凪に衝撃波を叩き込むつもりだ。
威圧感など補って余りあるほどの説得力があった。

ブギーポップの言葉が終わると共に指先から衝撃波が飛ぶ
それは一直線に凪に向かった。

対する凪はまったく動きがない。

「・・・俺が寝ているだと?」

凪はその右手を砕けるほどに握りこむ
その拳から陽炎が立ち昇った。

「・・・言いたい事言いやがって・・・」

向かってくる衝撃波に対して握った拳を振りかぶる。

「ふざけるな!!!」
焼!!

と言う音が響いた。

剛!!

と言う音と共に凪の右手に絡みつくものが現れる。

その色は赤・・・真紅の赤・・・
その姿は炎・・・怪しく揺らめく炎・・・
その意味は燃・・・全てを飲み込む熱の塊・・・

凪の右手には炎があった。
赤く・・・いや、むしろ紅と呼ぶべき真紅
明らかに普通の炎ではない。

「ハアァァァァァァァァァ!!!」

凪はそのまま衝撃波にたたきつけた。
一瞬で衝撃波をぶち抜いて”燃やし尽くす”
そのまま、空気中の可燃物質を”燃え移り”ながら火炎放射器のようにブギーポップに迫る。

「・・・やはり炎か・・・しかし、ただの炎ではないな?」

自分に迫る紅蓮の炎を見ながらブギーポップはその片目を細める。
ここまでは予想通りだ。

「・・・シンジ君?」
「はい、終わりましたか・・・ってなんじゃこりゃ!!」

表に出てきたシンジは目の前の光景に驚きの悲鳴を上げる。
無理もない
彼にとっては目が覚めたとたん、自分が焼き殺されようとしていたわけだから

「くっそ!!」

反射神経と生への本能がとっさにシンジの左手を動かした。

「【Left hand of denial】(否定の左手)」

左手が輝きを放つとシンジは迷わず目の前の炎を殴り飛ばした。
否定された炎が砕けて散る。

「い、一体何が?」

シンジの疑問は解決されなかった。
次に見たものは人影
炎のすぐ後ろに距離を詰めてきていた凪がいたのだ。

「え?な、凪さ・ぐおっ!!」

シンジは何か言い切る前に空を飛んでいた。

シンジにとっての左下からの衝撃
すなわち、凪の右腕が非常に理想的な角度で斜め下からシンジの左頬をとらえたのだ。

「ん?シンジか!?」

凪の言葉を聞きながらシンジは生まれて初めてクワトロドライブ(4回転)を経験した。
あくまで”経験した”であって自分で飛んだわけじゃない。
当然着地も失敗、盛大に地面を転がった。

シンジが地面にズタボロになって止まった時には白目を向いていた。

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凪が気付けをして起こしたシンジはマントをシートにして座っている。
体の中心を打ち抜かれてまともに立てないのだ。

「・・・つまり、生死のぎりぎりのところまで追い込んで強制的に能力を発現させたと?」
(まあ、そんなところだね)
「そのまま死んでいても世界の敵になる存在を消せるしぼくらの安全も図れる?」
(デメリットが無いところがいいと思わないかい?)

・・・殴りたい
そう思ったが、それはつまり自分で自分を殴ることに他ならない。
自分で自分を殴って憂さ晴らしをする・・・シンジにはそんな趣味はなかった。

「シンジ、大丈夫か?」
「ああ、凪さん、ぼくは大丈夫ですよ。」
「すまない、あの瞬間、お前の体でもあることを忘れて思いっきり殴ってしまった。」
「いえ、凪さんのせいじゃありません。悪いのはブギーさんです。」

シンジはにこやかに言うがその額には青筋が浮いていた。
さすがにシンジも今回はやりすぎだと思う。
ブギーポップのことだからマジで凪を殺すつもりだったのだろう。
そういうことに躊躇する人じゃないのは重々承知だ。

「それよりも体のほうは大丈夫なんですか?」
「ああ、今までが嘘のように痛みがなくなった。世話になったな」
「世話をしたつもりもありませんけれどね、それで?結局どんな能力だったんですか?」
「ん?ああ、俺にもよくはわからないんだが・・・」

その時、凪を見るシンジの顔が左右非対称の笑みを浮かべる。
ブギーポップがでてきたのだ。

「っ、おまえ!!」
「おそらく君の能力は”燃えると言う意思の力”だ。」
「燃えると言う意思だと?」
「ATフィールドと似たようなものだと思うが、要するに”燃える”と言う意思の力を放出して物を発火させる能力だと思う。」

ブギーポップは面白そうに語る。

「怖い能力だ。おそらく、その意志の力を体から放出しているのだろうね、それに触れたものは例外なく燃えるというわけさ、単純だがそれだけに強力だ。僕の衝撃波を燃やしたところを見るとあらゆるものを発火させる事が出来るかもしれないな。」
「あらゆる物を燃やす事が出来るだと?」
「そう、しかも燃やすものを自分でコントロールできるらしい、現に君のライダースーツは燃えていないしね」

たしかに、ブギーポップの言うとおり、凪の服は燃えてはいなかった。
あれだけの炎なら服など一瞬で炭になりそうなものだが

「・・・なるほどな、あらゆる物を燃やすか・・・世界も燃やす事が出来るか?」
「君も世界の敵になるつもりかい?」
「そう言ったらどうする?」

二人の間に緊張と沈黙が下りる。
その視線はお互いに鋭い。

「そのときは、容赦しないと誓おう」
「誰が容赦しろと言った?」

その視線に危険なものを宿らせて二人は笑う。
これこそが死神と魔女の正しい関係
馴れ合いでも仲間でもなく・・・そして敵でもない。

その見つめ合いをおわらせたのはブギーポップだった。
シンジと入れ替わる。

「さて、そろそろ帰りましょうか?」
「ああ、バイクに乗っていくか?」
「お願いします。・・・っと」

まだダメージが抜けてなかったのか、立ち上がったシンジがよろめく。
凪がとっさにシンジの腕を取って支えた。

「あっと、すいません」
「いや、いい・・・それよりシンジ?」
「なんですか?」
「お前、あいつに自分を消してくれって頼んだらしいな?」
「・・・・・・はい」
「自己犠牲の精神が旺盛すぎるぞ?」
「違いますよ。ぼくは自分の好きなように生きているだけです。」

シンジの笑った顔に凪がどうしようもないなとため息をつく。
この少年は言った事を曲げたりしない。
誰に似たのか頑固な事だ。

「・・・本当に惜しいな、10年・・・生まれてくるのが早すぎたのか、それともこいつが遅すぎたのか・・・」
「え?何か言いましたか?」
「いや、何にも・・・」

凪はシンジの手をとって歩き出す。
空には星が輝きだしていた。

「なあシンジ?」
「なんですか?
「俺とも約束しろ」
「何をです?」
「お前が世界の敵にならないって言う約束だ。」
「それは・・・」

シンジは言いよどんだ。
どう答えるべきだろう?

「もし破ってお前が世界の敵になったら俺がお前を止めに行く」
「え?凪さんが?そんなことななったらぼくは焼死ですか?」
「バーベキューみたいになりたくなかったら世界の敵にならなければいい」
「なんかむちゃくちゃですね、面白すぎて悲しくもないのに涙が出てきそうですよ。これが本当の焼(笑)死ですか?」
「・・・お前、あんまり笑えないこと言ってると本当に焼くぞ?」
「ははは、冗談になってませんよ?・・・ところで帰りは安全運転でしょうね?」
「ふっ・・・安心しろ・・・」

凪の横顔はシンジが一歩後ずさるほど壮絶だった。

「・・・今日は160kmに挑戦だ。」

シンジの絶叫が第三新東京市に響いた。


彼らの真の戦いが記録に残る事はないだろう。

しかし彼らがこの世界、この時代、この瞬間を駆け抜けたことは真実・・・

それゆえにここに物語を紡ごう

それは力持つ者の物語

それは運命に魅入られた者の物語

それは不器用な愚か者達の物語

それは必死に生きた者達の物語

そして・・・


これは少年と死神の物語






To be continued...

(2007.08.04 初版)
(2007.10.13 改訂一版)


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